皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
|
---|---|
平均点: 6.39点 | 書評数: 1481件 |
No.41 | 3点 | 七つの時計- アガサ・クリスティー | 2015/10/13 21:22 |
---|---|---|---|
バトル警視その5。
本作わりと面白く読めた「チムニーズ館の秘密」の続編っぽい作品で、登場人物も5人くらい共通する作品だが...「チムニーズ」の好いところが続編のクセに全然なくなっちゃってる。 「チムニーズ」はこれでもか!と丁寧にミステリ的な伏線を引いて、バレても笑って許せる力感とスケールがあったけど、本作は悪馴れした感じのタダのキャラ小説。昔MGMの社是が「大きく正しく上品に」だった、という有名な話があるけど、この真相だとエンタメのキモである「大きく」が実現できないんだよね。「チムニーズ」は大甘のロマンスだけどしっかり「大きく」は押さえていたわけで、それがあるから「バレてもいいじゃないか」と笑って許せたわけだが、本作の真相は意外かもしれないが、ハッキリとショボい。これじゃ学芸会というものだ。 評者本作で一番面白かったのが、俗物官僚がヒロインの策の副作用で、ヒロインにプロポーズする勘違い。これじゃあ仕方がない...クリスティでも底辺に近い作品だと思う。 |
No.40 | 1点 | フランクフルトへの乗客- アガサ・クリスティー | 2015/10/06 23:12 |
---|---|---|---|
ヴァーグナーの毒に中ったクリスティ。
厨二の帝王ヴァーグナーは、天才も否定できなければ同時に詐欺師であることも否定できない19世紀の生んだ最強最悪の魔物としか言いようのない存在なんだが、それをナチと絡めてスパイスリラーしようってのが、そもそもキッチュの判らないクリスティじゃあムリというものだ。 まあそれでも出だしは悪くないし、コンサートで再接触するあたりの抑制的な描写はいいのだが...第二部の若きジークフリートはロッキーホラーショーかいな、という悪趣味だし、第三部に至っては主人公コンビさえどっかに消えてしまい、オチらしいものもロクにない。というわけで、何を読めばいいのか..と困惑するしかないハメに陥る。第三部の雰囲気に一番近いのは、セラーズとかニーヴンとか出てた「カジノ・ロワイヤル」のキッチュな大混乱かしら。あれよりも何がしたいか不明なので、読者は本当に置いてきぼり。クリスティのコンプしたい人はともかく、一般には読む価値のある作品ではない。 まあ60年代末のフラワーチルドレンとか大学紛争とかを、思いっきり理解なく陰謀史観で描いたらこうなるかもしれないんだが、およそ洞察を欠いているからどうしようもない。で、一番オソロしいのはこういうことなんだよ。 セックス・ピストルズが「アナーキストになりたいんだ」と歌ったのが、この作品のわずか6年後で、「アナーキー・イン・ザ・U.K.」の発売とクリスティの死は同じ年だ...(残念ながら死は1月で発売は11月だから期間はカブってない) いやはや。 |
No.39 | 6点 | チムニーズ館の秘密- アガサ・クリスティー | 2015/09/29 21:51 |
---|---|---|---|
バトル警視その4。
これクリスティ流の「ルリタニアン・ロマンス」じゃないかなぁ。 「ゼンタ城の虜」みたいな、架空の小国での冒険ロマンスをそういうんだけど、「ゼンタ城」みたいな雰囲気が結構濃厚に感じられる(クリスティが読んでないわけないね)。 作品的には「秘密機関」的な垢抜けなさが解消し、いろいろめまぐるしく展開するが、趣向がそれぞれ違って退屈な感じはない。伏線をきっちり丁寧に張りすぎてるおかげで、真相はサプライズだけどまあこれ、ヨメるよね。しかし、オトメのツボは充分心得たオチなので、そこらは合格。 バトル警視はナイスなオジさまだけど完全脇役。ヒロインのヴァージニアはあっけらかん美女で素敵。 ま、後年のバトル警視モノみたいなクセモノ作品じゃなくて単なるキャラ小説で、展開が速いから少女マンガにしたらハマると思う...と思ったらあるみたいだね。それも「忘れられぬ死」「ゼロ時間へ」と一冊になってるそうだ。よりによって激シブいノンシリーズだけで集めたものだなぁ。評者とあるマンガのあとがきにあった「クリスティはマンガ化が契約上難しい..」というのを真に受けてたが、芦辺拓氏によるとどうやらそんなことはないらしい。まそれでも権利は高いだろうから、編集の言ったテキトーな言い訳を真に受けたのかな。 |
No.38 | 7点 | 象は忘れない- アガサ・クリスティー | 2015/09/22 00:17 |
---|---|---|---|
晩年のポアロというと「クラシックな私立探偵」のイメージにクリスティ自身がリアリティを感じなくなっていったことに加え、クリスティの作家的成熟を通じてどんどんとサタスウェイト氏に近づいていくわけだが、評者は晩年の方が初期のエキセントリックな空威張りの外国人よりもずっとイイと思うのだ。
でこれはそういう晩年の典型作。これの次が筆力が衰えてしまって何が書きたいのか判然としない最終作の「運命の裏木戸」だから、「最後の読みがいのある作品」になる。結局のところ「真相を知っている人を探し出してその人に真相を語ってもらう」作品なので、ほとんど本格ミステリ的な興味はないが、さまざまな噂話から徐々に浮かんでくる手がかりを追っていく、捜査小説としては面白い上に、いろいろなデテールの妙もあって小説としてはちゃんと成立している。実際大詰めで最後の「象」がポアロの推理を聞くにあたっての会話で評者は結構感動していたりする...さりげない文学的明澄さがあっていいんだよね。 で真相は少しホロー荘風味。でもこっちのがずっと自然で悲劇的。だから小説として読むんだったら文句なし。 でだが、本作はたぶん今のネット環境に合わせて書き直したら凄い作品になるのでは...と思う。互いに矛盾しあう書き込みから、真実を語ってくれそうな「象」を探す電脳の旅...よさそうでしょ! |
No.37 | 7点 | ひらいたトランプ- アガサ・クリスティー | 2015/09/22 00:13 |
---|---|---|---|
バトル警視その3。
まあポアロものなんだけどね、バトル警視だと他のレギュラー探偵との共演でもオッケーだから、本作は実はバトル警視モノ=クセモノ作品じゃないかと思うのだ。 というのは、本作、意外にヘンなミステリなのだ。 一見、ポアロが心理主義的にブリッジの勝負から犯人を割り出して..のカナリア風の話に見えるんだけど、実はそうじゃない(まあそういう風にも読めなくないが)。枠組みは過剰なまでにフーダニットしていて、序文で犯人は4人のうちにしかいないと宣言までしちゃうわけだけど、これ自体を一種のミスディレクションと捉えるのがいいのでは?と思うわけだ。 で実際、本作は一見スタティックなパズラーとして中盤まで地味に展開するわけだが、後半怒涛の展開を見せる。4人の容疑者はそれぞれ別の殺人の犯人かも、というわけで、それぞれいろいろな思惑でポアロと対峙し、それぞれが自滅していく....あれ、これ心理主義フーダニットだったっけ??いやいや、ゲームにかこつけた心理戦小説でしょ。だからスリラー風にめまぐるしい展開を追っかければお腹一杯。 というわけで、ウラをかいた意外な趣向に加点。ロリマー夫人の造形がナイス。 |
No.36 | 5点 | 殺人は容易だ- アガサ・クリスティー | 2015/09/21 23:51 |
---|---|---|---|
バトル警視その2。
バトル警視ものに共通するのは、作品の形式的な狙い(これがどういう小説か?)が「謎」になっているところだと思う。表面的な話の進行は、ホイットフィールド卿を指し示す方に強く流れていくけども、まあ読者はダレもそんな流れを信用したり、あるいは実は別の人が犯人とダマされて満足、という風に素直に決着しないのを期待してしまう。なので、読んでいるうちに「作者の狙いはいったいどこに??」というのを探すようになる... まあポアロだったら本格ミステリのフォーマット重視を期待されるから、クセモノ小説だとポアロの居場所はないわけだ。透明な器のようなバトル警視ならば、こういう狙いの特殊なクセモノ小説用の脇役的探偵としてうまく使える...ということだろう。 とはいえ、本作はこの流れがABCとか「ゼロ時間へ」とか「死との約束」で扱われる心理操作に行き着くようなんだが、しっかり流れ着いていないためにどうも中途半端な印象を受けてしまう...これが作者の狙いとしてのどんでん返しとして狙われているようなんだが、あまり効果的には感じない。 どちらか言えば本作で一番印象的なのは「ネコの耳の××...」というような、ひんやりした即物的な気色のワルさだ(実は筆者この手の気持ち悪さがクリスティのオリジナリティのように秘かに思ってる)。そういうあたりでまさに「殺人は容易」であり、一番成功しているのがそういうリアリティだろうね。あとヒロイン、クリスティでは珍しい若干ツンデレ(苦笑)。 まあ本作の要素は後の「動く指」とか「蒼ざめた馬」に転用されて、そっちがうまく出来ていると思うから本作よりオススメ。 |
No.35 | 6点 | ゼロ時間へ- アガサ・クリスティー | 2015/09/21 23:24 |
---|---|---|---|
誰も指摘してないけども、本作は実は隠れたクィン氏ものじゃないかと思う...クィン氏の「海から来た男」からの自作引用風部分もあるし。
まあその引用部分の他にも偶然の絡ませ方とか、トレーヴ老弁護士がサタスウェイト氏ぽいキャラ(殺されたのが意外)の上に、バトル警視が登場しないポアロのことを想いながら捜査するあたり、サタスウェイト=クィン関係を結構彷彿とさせるものがあるわけで、本作を読む上ではぜひぜひクィン氏を事前に読む事をオススメする。 評者はクィン氏大好物なんだが、それでも本作の評価はそれほど高くはないなぁ。その原因は「ゼロ時間」という趣向はわかるんだが、その趣向はあくまで作者と読者との間でのメタなレベルでの趣向でしかなくて、小説的な内容に直接かかわるものではない(まあ関らないわけでもないんだが、極めてありきたりなものなので...)ところにあると思う。 とはいえ、バトル警視の娘から始まる「やってもいない犯罪を認める心理」は納得の内容。冤罪ってこういうことなんだよね。まあそんなところで、評価は「惜しい!」くらいの感じ。ていうか、クリスティってアリバイトリックを考えさせると何かモッサリした垢抜けなさが出るんだけどなんでだろう? で「なぜバトル警視?」という問題が一連の作品にあるように思うので、ちょっとそれを追求することにしよう。「殺人は容易だ」に続く。 |
No.34 | 2点 | 秘密機関- アガサ・クリスティー | 2015/09/06 17:54 |
---|---|---|---|
トミー&タペンス強化週間その3。
さてトミー&タペンスの長編の評としては最後になるが、第1作..というかクリスティ自身でも第2作という初期作なんだが... 要するにナイーブ。 でしかも、そういうナイーブさが微笑ませる方に働いているか...というと、そこまでも至ってない感じ。似たような展開が続いてはっきりダレるし、「敵」も何かガチ保守的な人が妄想する「サヨク」なイメージだけを膨らませたようなヘンテコな敵で、リアリティは皆無(まあこういう妄想が爆発した晩年の迷作があるなぁ)。解説では「政治音痴」とまで書かれても当たってるから仕方がない。この手のファンタジー政治学を分かってやっている「木曜の男」とは雲泥の差がある。 評者クリスティ・スリラーへの耐性が付いたつもりでいたけど、本作ははっきりダメです。ミステリ的興味もほとんどなし。敵の首領は二人のうちどっちかで、どっちでも大差ないじゃん....という感覚だから、ホントどうでもいい。「茶色の服の男」がいかにナイーブを装った小説としての巧妙さを潜ませているかが今になって分かる...と思うくらい。ふう。 |
No.33 | 7点 | 親指のうずき- アガサ・クリスティー | 2015/09/06 17:41 |
---|---|---|---|
トミー&タペンス強化週間その2。
トミー&タペンスというとスパイ小説...ということになるかもしれないけども、本作は違うよ。これは「第三の女」とか「象は忘れない」とかと同様の「いったい何が謎なのか?」を探すクリスティ晩年の独自形態のミステリである。実際本作、ジャンル分けすればサイコ・スリラーである。 傑作「終りなき夜に生まれつく」でも出た主題の変奏で、タペンスが「夢の家」(まあ作中では偶然相続した絵の中の家だが)を追う中で、どうやらそれが現実の隠れた犯罪と何か関係が...という展開なので、いわゆる本格ミステリ的な「出題」はなくて、曖昧な噂話の中からいろいろな推測が浮かんでは消えていくような構成になる。 サイコスリラーな真相も結構インパクトが強いし、これって「もし●●●が認知症になったら?」というホラーコメディ調の話かもしれない(それは斬新だなぁ)。まあ一筋縄でいくような話ではないので、変化球好きの読者ならば楽しめると思う。主人公カップルの明朗さと事件の暗さが、薄明のような雰囲気を漂わせているあたり評者は好き。考えてみれば「蒼ざめた馬」あたりに近い内容かもしれないね。 |
No.32 | 7点 | NかMか- アガサ・クリスティー | 2015/09/06 17:26 |
---|---|---|---|
クリスティという作家は、今までほぼ30年間途切れなく文庫で全作品が読める..という特別な立場にある作家なんだけど、これはありがたいと同時に恐ろしいことでもあるよね。ありがたいは当たり前だが、恐ろしいというのは、面白い作品が不人気だったら、それはとりもなおさず批評の怠慢だ、ということなのだから...
ちょっとイヤミを書いてしまったが、本作が本当に「注目度が極めて低いにも関わらず、面白い作品」なんだよね。まあクリスティのスパイスリラーはつまらない作品も多いのだが、これは別格。戦時中のノリノリの時期に、ミステリのノウハウをこれでもか、と盛り込んだ作品だから面白くないわけがないんだよ。 スパイ探しが目標になるのけど、これが本格ミステリの犯人探し同様にいろいろと巧妙に煙幕が焚かれている。しかもスリラーの逆転に次ぐ逆転の面白みまであるわけで、ポアロ物のB級作なんかよりずっとオススメである。クリスティ流スパイスリラーのほぼ唯一の成功作だと思う。 現況で評者のコメントが2件目という情けない状況なので、特に本作は推薦するものである。霜月蒼氏も最終的なベスト10に本作を入れている。これは本当に読まないと損である。 |
No.31 | 8点 | メグレのバカンス- ジョルジュ・シムノン | 2015/08/29 22:34 |
---|---|---|---|
ベストテン選びとかは、メグレ物には極めて縁遠いものなのだが、評者はメグレ物の中で一番好きなのがこの作品だ。
タイトル通りバカンスに出かけたメグレ夫妻。メグレ夫人の旅先での急な入院をきっかけに、半ば巻き込まれるようにメグレが旅先での事件に介入して...という話だが、まあ犯人らしい人物はただ一人で、フーダニット的な色はまったくないが、事件の背景が明らかになるのが最終盤で、そこで話が一気につながっていく快感が○。 また、メグレは自分の推理を語らないので、結果的に(未来の)「被害者を探せ!」になっている箇所があるが、この作品の最大のポイントは、犯人が自分から連続殺人を「降りて」しまうところなのである(そのためメグレが見つけた推定被害者は最大のウラ事情をメグレに話す)。 シムノンの一番イイところというのは、たとえ連続殺人の犯人であっても、鉄の如き非情の神経を持った殺人鬼ではなくて、当たり前の人間の繊細な神経をもち、恐れ惑いながら必死に抗う普通の人間だ、というところなんだよね。どちらか言えば一番非情な犯人の職業として選ばれがちな「医者」で、しかもそれらしいキャラであるにも関わらず、この犯人は殺人が殺人を呼び止められなくなることを理解し、途中で不毛な連続殺人を自ら止める。だからどちらか言えば「小説的でない」結末を迎えるのだが、それでもしっかりと「小説を読んだ」満足感があるのが、シムノン独特の円熟の味だ。類型的ではないオリジナルな良さのある作品。すばらしい。 |
No.30 | 6点 | 蛇- ミッキー・スピレイン | 2015/08/23 13:33 |
---|---|---|---|
スピレインって過小評価されすぎ作家だ、というのが評者の昔からの持論なんだけど、今回再読してその面白みを改めて感じた。
パルプマガジンってのは都会のブルーカラーの娯楽読み物として発達したわけで、そもそも田舎モノはお呼びじゃなかったんだろうね。しかし、第二次大戦で田舎の若者が徴兵→都会定住を通じて、ハードボイルド小説の読者になってきた時に、その「イナカモノ根性」も一緒にハードボイルドに混ぜ込もうとしたために、旧来のシティボーイな読者たちに猛反発を食らった...という風に評者は理解しているんだけど違うかなぁ。 だからイナカモノのヒーローであるハマーは、女性関係にオクテなほど慎重で、オマワリと仲がよく、ウヨク保守的なんだよね。しかし何やかんや言って文章は実に官能的で素晴らしいし、本作あたりだと「裁くのは俺だ」みたいな冒頭と結末だけが異常によくて中盤のヤッツケな「キセル小説」ではなくて、一応ちゃんと謎もあって、隠れた犯人もいるマトモな「私立探偵捜査小説」になっていて、ドラマチックな幕切れまである。 とはいえスピレインの良さはこういうハッタリのよく効いたカッコイイ文章の佳さだ。 「死人があれば、いつでもそこから始められる。死人とはどんづまりであり、同時に理想的な始まりなのだ。死は明瞭きわまるから多くの解釈を許さない。これを相手にしている限りは、足が地についている。」 大詩人小笠原豊樹氏の名訳に感謝。 |
No.29 | 9点 | 帝国の死角- 高木彬光 | 2015/08/23 12:59 |
---|---|---|---|
ある意味本当に「すごい」作品。こんな最適のネタ作品を本サイトがほっておくのはよろしくないな。
誰だったか「ストリック」という造語でこのタイプの作品を分類していたことがあったけど、本作はその究極じゃないかな。叙述トリック、というと少し違う気がするわけで「叙述」自体には仕掛けがなくて、もう少しメタを狙っている(小説/物語ってモノ自体が人類にとって一体なんのためにあるのだろう??)。上下2巻のボリュームとその構成がダテじゃないんだよね。 というか、本当にこの作品では読者は、真相判明後にきっと唖然となり、脱力し、索漠とした虚無感に捉われると思う。馬鹿馬鹿しいっていえばそれまでだけど、こういう虚無感は評者は嫌いではないし、この虚無には必然性もちゃんとある。そして虚無の後にはやはり日常が改めて回帰する... エヴァンゲリオンの最終回とか、少女革命ウテナのラストとか好きならば意外にハマれると思う(セカイから脱出という意味で)。そういう意味では究極のセカイ系かもしれないね。で評者がこの作品に肩入れするのは、戦後派世代でもっともオタクな作家だった高木彬光の、最終到達点が本作のような気がするからなんだよね。 ま、どうせ読者を選ぶタイプだとは思うけど、一読の価値は少なくともあり、読んでいる最中に退屈するような作品じゃないから、埋もれさせておくのは本当にもったいない。 |
No.28 | 5点 | 満潮に乗って- アガサ・クリスティー | 2015/08/16 22:12 |
---|---|---|---|
この作品ほど「ポアロ、あんた邪魔!」って思えたものはないなぁ...
前半の終戦直後の混乱期を舞台にしたメロドラマが、結構「風と共に去りぬ」調で面白く読めていたのに、第二篇でポアロ登場となると、ありきたりの探偵小説になってしまう....表面を取り繕いながら相互に陰険な闘争をしかける2つの陣営の中で、対立を越えて結ばれる恋愛感情。メロドラマ視点で「どうなるの?」って思っていると、殺人によってメロドラマがストップしてしまうのが評者はすごい不満だ。 戦後のクリスティの小説的な充実に向けての試行錯誤なんだろうけども、探偵小説としての部分と小説の部分の乖離が激しくて、ミステリが大ブレーキとしか思えない失敗作だなあ... デイヴィッドとローリィの間で揺れるヒロインって構図はそもそも「イノック・アーデン」の前半の関係だから、戦後の帰還兵について「イノック・アーデン」(しかも性別逆で)をしようとして、それに重ねて、あたりが当初の狙いだったのでは。 あ、ミステリとしてはまあまあ。証言は嘘だと対決すればいいのに?というあたりのロジックは素敵。だけど大枠の仕掛けと、殺人などの真相があまり密接に結びついていないので、殺人の真相が「軽く」感じられてしまう。名探偵よりもリン主人公で動くうちにわかってくる、あたりの話で充分だったのでは? |
No.27 | 8点 | 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー | 2015/08/16 21:15 |
---|---|---|---|
これはやはりクリスティの「死との約束」のオマージュとして書かれた作品なのではなかろうか。
ネタ以外にもいろいろとトリビアルな共通点が多すぎるので、おそらく間違っていないと思う(精神科医が関係者と結婚END。刑務所とか、情けない夫/婚約者が失敗するとか)。まあ、これだけあれば「わざと」だよね。表現者って「他人の作品に関心のない人」と「他人の作品が大好きな人」と二通りあると思うが、カーって明白に「他人の作品が大好きな」マニアタイプの作家だと思う。だからこそ、気に入ったクリスティの「死との約束」をベースにいろいろオリジナリティを追加して、より純化したかたちでこれを書いたのではなかろうか。でお遊び&クリスティに対する通信としてトリビアルな共通点を盛り込んだわけで、それに対するクリスティの反応はというと、どうも「脱帽」の件は資料的な確認ができないらしいんだが、まあこれ伝説でも「ありえた伝説」だからいいじゃないかと思う。 後発の強みもあってその試みは成功していると思う。みんな触れないけど、この作品のストーリー的に一番うまくできているのは、探偵役とヒロインとの恋愛感情が嫌みなく書けている点(ここらへんクリスティのロマンス志向をうまく取り入れているかもね。どうも他のカーの恋愛描写は取ってつけたみたいで嫌いだ)で、カーの個性(笑)ともいうべき中盤の弱さがカバーできている。 読みやすく、良くできており、シンプル...と良い点ばかりが目につく佳作なのでケナす気は毛頭ないのだが、本作がカーの一番人気とは、ちょっとファン気質も変ったのかな。 |
No.26 | 7点 | 死との約束- アガサ・クリスティー | 2015/08/16 21:07 |
---|---|---|---|
クリスティで一番プライヴェートな作品ではないだろうか。
中期の作品を見ていると、強権的な親に抑圧されていじけた子供たちが頻繁に登場するのに気がつかないだろうか?「ABC殺人事件」「ポアロのクリスマス」「死が最後にやってくる」「ねじれた家」などで繰り返しこのテーマが登場するし、「動く指」でも親とうまくいかない子供がヒロインになるわけで、この傾向の頂点になるのがこの作品だと思う。 この原因は...というと、もちろんクリスティ自身のかかえた問題にあるのだろう。この作品の真相では強権的な親に対するほとんど意趣返しに近い状況が、スポイルされた子供のイノセンスと同時に明らかになる.....これがおそらくクリスティ本人の復讐なのだろう。がこういう「黒さ」がこの作品の妙な魅力と迫力になっているような気もする。ミステリとしては、時間割や箇条書きについてのメタな言及があって、これの裏をかく力技が結構すごい(アクロイドを連想する)。「被害者を呼びに行かせた理由」など良い点がいろいろあって、良くできた作品だと思う。 ABCとか「カーテン」での主題になったように、今でいう「マインドコントロール」にクリスティは強い関心を持っていたようで、この作品では家族に対する被害者のマインドコントロールの他にもう一つのマインドコントロールを持ってくるなど仕掛け充分。今の視点で見ると「尼崎連続変死事件」ってこういう一家なんだろうなぁ... 評者は狙いもあって実は「皇帝のかぎ煙草入れ」と本作を続けて読んだ。やはり「皇帝の~」は本作へのオマージュとしか思えないような共通点が多すぎるが、この点については「皇帝の~」での評ですることにしよう。本サイトで「皇帝の~」の人気がすごいけど、それならもう少しこの作品も注目を集めていいのでは? |
No.25 | 4点 | オリエント急行の殺人- アガサ・クリスティー | 2015/08/16 21:01 |
---|---|---|---|
この作品を読み直すのはほぼ40年ぶりである...こんな企画をしようと思わなければ、本作を読みなおそうなんて考えなかっただろう、と思うくらいに本作の再読性は悪いんだよね。で実際に読み直した印象は「長い短編」である。とくに戦後のクリスティは小説的な充実度が高まるけども、本作にそういうものを要求してはいけない。
まあこういう真相だと、中盤の各乗客への尋問もあまり意味のある内容がないし、多すぎる乗客の個性を追及もできないし...と、中盤の興趣がかなり削がれている上に、ポアロも急に真相に気がついてしまったりして、真相へ迫る紆余曲折もないんだよね。「長い短編」ってそういうことだ。 でまあ背景がリンドバーグ誘拐事件を下敷きにしているのは有名な話だけど、要するにこれ「アメリカ」がテーマ。で「民族のるつぼ」アメリカなので....というあたりで、単なるエスノジョーク風のステロタイプの展覧会に堕しているあたり、評者に言わせるとクリスティの限界なんだよね。趣向を思いついて無理に書いたのだろうか....リンチとか陪審裁判とかアメリカ的なニュアンスは明白だよね。 まあだからこれは有名作だけどただの「長い短編」。長編作家クリスティの本領発揮というわけではまったくない。 (完全ネタバレ)やはり評者の判断は、どうしても真相に納得がいかない...という点にある。雪の中で停車した静かな列車の中を、大人数がウロウロしているのに、隣室の耳さとい老人であるポアロが全然気が付かないのは不自然だ。部外者が乗っており、かつ雪で停車している想定外の危険な状況なのだから、計画は中止するのが大人の判断ってものでしょう? |
No.24 | 9点 | そして誰もいなくなった- アガサ・クリスティー | 2015/08/16 20:51 |
---|---|---|---|
みんな大好き大古典をやっつけることにする。まあ、これ「オリエント急行」のペア作品なことは言うまでもない(共通項がすごく多いよ。互いに見知らぬ人々が閉鎖空間に集められるとか、裁判のメタファーとか)のだが、退屈なオリエント急行と違って、生々しい迫力が今でも失せていない。
考えてみれば、これ以外の真相はすべてアンフェアなものしかないんじゃないだろうか。論理的に考えれば真相とかなり高い確率で犯人も指摘できるのでは...と思うが、ほとんどの読者は迫力に呑まれてしまって、犯人推理しようなんて考えるよりも、一刻も早く真相が知りたくてエピローグを読んじゃうと思う。 この迫力の由来を考えてみると、誰もいなくなる不可能興味以上に、サバイバルと謎解きを結び合わせたアイデアにあるのだろう。そういう意味では冒険小説的な興味に近いかもしれない。で、こういうサバイバルと謎解きの結びつき、という面では、実は「そして誰もいなくなった」は「汝は人狼なりや?」に今では転生してしまっているのではと評者は思うのだ。「議論を仕切りたがるキャラの○●は?」とか、経験的な人狼セオリーベースの推論も可能なんだろうね。 というわけで、これは今でも十分生命力のある古典だ。すばらしい。第1章の描写は結構ギリギリで読みようによってはアンフェアかも... |
No.23 | 5点 | メソポタミヤの殺人- アガサ・クリスティー | 2015/08/02 01:03 |
---|---|---|---|
中期のクリスティって、強い個性で周囲の人間を操り倒すカリスマ風なキャラを巡る話が多いと思うんだが、これも実はその一つ。
準密室あたりの純ミステリ的興味で語られやすい作品だけど、評者が一番気になったのはそこらへんで、まあこの作品のあとによりエグくこのテーマを扱った(しかも中近東モノもカブる)「死との約束」があったりするので、やはりこれは何となくクリスティも不完全燃焼な作品だったのではなかろうか。 一番興味深いのは最後のエピローグで、手記筆者(看護婦だからクリスティ本人が自分を重ねているよね)が、被害者の印象を自分の叔母に重ねて語る部分があるけども、その叔母のイメージが実はミス・マープルも連想させるところがある...結構トラウマだったんだろうね。 とはいえ、被害者のキャラを理解させるのに読んでいた本を手がかりにするのは悪いアイデア。評者でもさすがに「メセトラに還れ」くらいしか知らないよ(読んでない...)。 Howの部分では実質1ネタでシンプルな構成。ネタがわかれば真相はもうこれしかないような、どっちか言えば短編っぽい内容を被害者キャラ分析で伸ばしたような作品である。犯人に関して説得力がないのは、これはおそらく被害者の恐怖症の描写が中途半端になったせいではなかろうか(ネタバレを恐れたのか?)。恐怖症の内容をうまく設定すれば今風サイコスリラー調の話になったかもね。 いろいろ考えてはいるんだが全体的に「不発」な作品だと思う。中期のいろいろな試行錯誤の作品というあたりの評価でよいのでは? |
No.22 | 4点 | ポアロのクリスマス- アガサ・クリスティー | 2015/08/02 00:28 |
---|---|---|---|
いろいろと至らないところの多い失敗作だと思う。
1. さすがにメイントリックは発表当時でも法医学的にギリギリくらいじゃないだろうか(時間がたっても...)。ましてや今の読者だと「何でそんなのわかんないの?」になると思う。 2. 犯人指名(というか他の容疑者の排除)が「心理学的探偵法」。けどこれ思い込みとか偏見の部類じゃないの?と言われたらそれまでだと思う。「心理的」とか付いてるとありがたがるのはもう止めにしたいね。 3. あとこれは評者が気がついたことだが、そもそものどを切り裂かれて悲鳴が上がるものだろうか?? 4. クリスマスストーリーとしては、悔い改める息子たちが揃いも揃って小市民的なセコい奴らで、悔い改めてもカタルシスがない....だから「古きよきイングランドのクリスマス」のお国自慢小説みたいなものにしかなってない。 というわけで、実はこれクリスティ本人も心残りが多かったのではなかろうか。ほぼこの作品の人間関係をそのままに採用して、「ねじれた家」が書かれているように思う。そう思うと結構共通点も多い... で「ねじれた家」は上記の反省が結構入っていて、ほぼ狂人に近いシメオン老人に代えて強い個性で子供たちを抑圧するけども、それでも邪悪ではなく魅力もあるアリスタイド老だし、ひねくれる子供たちも類型的な本作よりずっと陰翳が深い。「ねじれた家」は「その後」の家族の再構築に向けてを強く意識しているあたり、クリスティの作家的(というよりも人間的な)進歩が見えるように思う。 一部でバカミス的な扱いを受けていたりとか、意外な犯人の話だけが話題になりがちな作品だけど、そういう読み方って評者はかなり?である。単なる失敗作で、より改善された作品があるんだから、そっちをちゃんと取り上げるべきだと思う。 |