皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1326件 |
No.1026 | 6点 | 地獄の家- リチャード・マシスン | 2022/07/26 21:52 |
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吸血鬼モノの「血の末裔」がナイスだったし、マシスンやろうか。「地球最後の男」もやりたいし。
映画「ヘルハウス」は大好き!美しいホラーとしては「サスペリア」と双璧じゃないかしら。モダンな美意識が発揮された「サスペリア」に対して、こっちは王道のゴシックをセンス良く演出したうまさが光る。構図のキメ方やら広角レンズの効果やら評者は総ツボ。シネフィル好みの一作であることは間違いなくて昔から「信者」がついている作品。でもショッカーじゃなくて怖くないから、イマドキはウケづらいかな。 「幽霊屋敷のエベレスト」ベラスコ邸に挑む超心理学者夫妻・女性霊能者・前回探検隊の唯一の生き残りの4人組のアタック話である。映画は結構原作に忠実。原作でのヘルハウスのしつこいエロ攻撃は映画にしたら「成人向け」になっちゃうから、ほどほどに自粛したようだ(でもロリ系のパメラ・フランクリンがエロい)。ヘルハウスが四人組に仕掛ける罠に知恵比べみたいな側面があるから、その妙味は小説の方が伝わりやすいかな。ヘルハウスの呪いの正体とその除霊方法の探求に、ちょっとしたSFミステリ風の味わいがある。ダイイング・メッセージと言えばなるほど、そう。超心理学やらエクトプラズムやら「クラシックな心霊ホラー」のギミックいろいろ。 結論としてはエロをカットした映画の方がテンポがいい。沼に落とす手口を小説は何回も繰り返すあたり冗長。前回の探検隊唯一の生き残りのフィッシャーは、映画(ロディ・マクドウォール)はオタクっぽいけど、原作の方がしっかりした感じ。映画の原題が「The Legend of Hell House」なのに、原作はシンプルに「Hell House」。これが何となく不思議。「ヘルハウスの伝説」の方がカッコいい。 |
No.1025 | 6点 | 黒衣の花嫁- コーネル・ウールリッチ | 2022/07/26 13:15 |
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本当は映画を観たかったのだが、今簡単に見るのは難しいようだ。トリュフォーなんだけどもねえ。昔ゴダールやルイ・マルは熱心に観たけど、トリュフォーって肌が合わなくてね。まあそれでもYouTubeに上がっている予告編とかは鑑賞。脚フェチ映画。英語版予告編は動機が最初からネタバレしている。
小説はもちろん読みやすく、スタイリッシュな構成が光る作品。 で、なんだけども、評者は本作は淡白だと思う。同工異曲の「喪服」がこってりしたウールリッチ節を聞かせるのに対して、こっちはミステリ処女作。まだ「泣き」が全開じゃない。ひねりがない「喪服」に対して、こっちはひねりがあるわけで、「喪服」よりこっちがミステリファン受けがいいと思うんだが、どうだろうか。 要するに評者、ひねりが気にいってない。復讐というものの燃焼感がはぐらかされたような印象。「喪服」はこれでもか!なウールリッチ節でそれがうっとおしいことが多いのだけども、本作は無難な線でまとめたような印象。ウールリッチに伏線の整合性とかあまり求めちゃいけないけどもね(「幻の女」だって無理筋だと思うよ)。 というかさあ、やはり事件を追う刑事と犯人との間での心情的な交流(というか恋愛感情の一種)、というあたりがあれば泣かされるのだが、そういうのも目立たないし、ひねりのせいでこれが実現しづらい。 そんな印象。ウールリッチってどの作品もそれなりに傷があるからね。 |
No.1024 | 6点 | 野性の花嫁- コーネル・ウールリッチ | 2022/07/25 16:14 |
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ウールリッチのトンデモで一種の有名作。たとえば「夜は千の目をもつ」が強いていえばゴシックホラーだったりするのと同様に、本作もホラーの一種で捉えるのがいいと思う。前半の抑えた二重人格モノと、後半の蛮人コナン風の冒険ホラーと、タイプの違うホラーが二つ入っている、という感覚。
ほんと救われない小説。後味が悪いのは通例だけど、ウールリッチでも屈指じゃないかしら。訳題の都合でもあるけども「黒衣の花嫁」とタイトルが似ている....「死者との結婚」もあるし、結婚がテーマな「聖アンセルム」もあり、ウールリッチって「結婚」に妙に取り憑かれた作家だった、と見るのもいいのかも。としてみれば本作も市民的な「結婚」がいつのまにか血まみれな「聖婚」に化けてしまう話、と思ったら実にホラー。ウールリッチの「結婚」って幸せ度がゼロ? まあでもウールリッチ一流の美文は衰えてない。結構堪能できる。 一日々々が、二十四もの環からなる鎖で作られた手錠のように、二人を幽閉し続けた 見知らぬ街でなすこともなく過ごす新婚夫婦の描写....まあ、ウールリッチ、若い頃の結婚は速攻で破綻した人だしね。 |
No.1023 | 7点 | 真紅の法悦- アンソロジー(国内編集者) | 2022/07/24 16:39 |
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教祖平井呈一とチルドレン、といえば荒俣宏やら紀田順一郎となるわけだが、それに種村季弘のエッセイ「吸血鬼小説考」、吸血鬼に造詣の深い仁賀克雄...とオールスターによる吸血鬼アンソロ。この「怪奇幻想の文学」のシリーズ自体、ちょっと伝説的と言っていいくらいの幻想文学の金字塔となったシリーズなのだが、その第一弾。シリーズ自体の狙いは「オトラント城奇譚」の初訳にあったようだが、この本には吸血鬼小説の本家であるポリドリの「吸血鬼」、平井の名訳で今も創元にある「カーミラ」などなど収録。
ポリドリの「吸血鬼」って「バイロン真似っこ」とか意外に軽んじられている小説、というイメージがあるけども、いや悪くない。ルスヴン卿の両刀使いっぷりがなかなかナイス。要するに吸血鬼ってさあ「性的逸脱」をモンスター化したようなところがあるからね。実際、このポリドリの作品が、バイロン卿の乱行っぷりを当てつけたように読まれたらしい(種村の序文によるとね)。 E.F.ベンソンの「塔の中の部屋」はだんだん実現していく夢の話。雰囲気結構。前半はイギリス中心で、イギリスの吸血鬼小説はオーソドックスなゴシック小説のカラーが強いものが多い。後半はアメリカ物だが、こっちはSF作家が書いているケースが多いようだ。だから突飛な発想や仕掛けを楽しむのがいい。ウェルマンの「月のさやけき夜」はポオを主人公にして「早すぎた埋葬」から始めて怪異譚の中で「黒猫」のアイデアを思いつく話(苦笑)。で...だけど吸血鬼モノが得意のマシスン「血の末裔」。これね〜子供の頃読んでガチ怖かった記憶があるからぜひ取り上げたかったんだ。 ぼくは大きくなったら吸血鬼になりたい。ぼくは永遠の生命をえて、みんなに復讐をし、女の子を吸血鬼にするんだ。死の匂いを嗅ぎたいんだ と学校で作文を発表する少年、ジュールスの話。泣ける。というか、怪奇小説というものが、実は怪奇小説の愛読者というものを扱った一種の「読者論」になっているという性格(ラグクラフトなら「アウトサイダー」とか「インスマスの影」)が覗くと、実に味わいが深くなる。怪異に魅了されるのは、犠牲者も読者も同じことなのだ。 |
No.1022 | 7点 | 三銃士- アレクサンドル・デュマ | 2022/07/23 15:37 |
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デュマは登録だけあって、誰もやってないんだ....うん、じゃあやろう。もちろん、20世紀に至るまでエンタメでは影響力絶大の小説。
いわゆる「三銃士」は三部構成、邦訳11冊にもなる大河ドラマで、全体の通称としては「ダルタニャン物語」の方がいいだろう。第一部が「三銃士」で、邦訳は「友を選ばば三銃士」「妖婦ミレディーの秘密」の2冊になる。 ガスコン出身の若者ダルタニャンが華のパリに出てきて、マスケット銃で武装した近衛隊のマスケット銃士の三人組、アトス・ポルトス・アラミスと意気投合し、銃士隊長のトレヴィル殿に目をかけられ、不運な王妃アンヌ・ドーリッシュの肩を持って、陰険な宰相リシュリューの鼻を明かす明朗快活な冒険小説...というのが、パブリック・イメージなんだけども、実は結構、違う。 マトモに歴史小説の部分も強いから、敵役リシュリューも清濁併せのむ大物だし、三銃士が味方する王妃アンヌの恋人バッキンガム公爵はフランスの内乱に介入するイギリスの宰相だから、敵方といえば敵方でもある。三銃士とダルタニャンはもちろん、フランスの宗教戦争に絡んでイギリスが介入するラ・ロシェル包囲戦で手柄を立ててダルタニャンも晴れて正式に銃士の仲間入り.... 意外なくらいに善玉・悪玉のはっきりしない小説なのである。実はダルタニャン自身も結構な策略家であり、平気で敵を騙す。若いのに目端が利いて、食えない男なのである。三銃士も明朗快活なのはポルトスだけで、アトスは冷静沈着だが秘められた過去からニヒルなキャラ、アラミスは根暗タイプでホントは修道院に入りたがっている....で、この三銃士とダルタニャンは友情で結ばれながらも、第二部・第三部ではそれぞれ敵味方に分かれて戦うことになる。 さらにこの第一部で一番印象的なキャラクターはダルタニャンとアトスの宿敵である妖婦ミレディー。リシュリューの手先ではあるのだが、有能なスパイで口先三寸で人を騙し、人殺しを何とも思わぬ女。ゆく先々で死体がゴロゴロ...というとんでもない悪女。しかし、今の視点で見たら、実はこのミレディーが一番ウケるキャラかも?なんて思わせるくらいに、悪のカリスマ的な生彩があるんだよね。このミレディーが「恥をかかされた」と復讐の念でダルタニャンの命を狙い、さらにアトスとも深い因縁、さらにイギリス側で交友を持つウィンター卿とも因縁が....でも、フランスの軍事的なピンチをリシュリューの命を受けたミレディーが救っていたりする。 なので、読後けっこうモヤモヤする小説でもある。三銃士たちが敵味方に分かれる第二部・第三部もそうなんじゃないのかしら。 このシリーズ、気長にやっていきましょう。鉄仮面で有名な第三部なんて文庫本6冊だよ~ |
No.1021 | 6点 | 果された期待- ミッキー・スピレイン | 2022/07/19 14:18 |
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人並さん同様、評者も都筑道夫による「初期スピレインでベスト」という評が気になって、本作。主人公の記憶喪失、それから因縁の謎を解くために舞い戻ってきた男...というと、意外にアーチャー以前のロスマク「青いジャングル」とか「三つの道」みたいなところがある。マイク・ハマーじゃないのは、ちゃんとした理由があるわけである。
スピレインだもの、確変前のロスマクよりも達者なのは当然。主人公の記憶喪失と、瓜二つの男、そして以前とキャラが違う...といったあたりをうまく操って、主人公がジョニーなのかジョージなのか本人も分からなくなる、という大技が、ニューロチックな味わいになっていて、いやこれ評者真相なんて、どっちでもいいんじゃないかな、なんて思って読んでた。 スピレインというと、エッチなシーンでの描写が冴えるんだよね〜いやこれ、今回も堪能。さらにクライマックスの主人公のピンチ、ここでの血とエロの二重奏がなかなか、いい。人並さんはあまりお気に召されなかったようだけど、評者は本作のオチはけっこう、好き。王道じゃん。 結構ごたごたしているから、トータルの出来はすごくいい、というほどでもないのだけども、それでも「スピレイン、侮れない」というあたりが窺える一作。訳が古いのはまあこんなものだけども、「ウンニャ」には苦笑... |
No.1020 | 6点 | 明日よ、さらば- ミッキー・スピレイン | 2022/07/15 14:56 |
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ポケミスの本書には表題作と「性と復讐」の2作の短編が収録されている。両方とも創元の「スピレーン傑作集」に収録があるから、わざわざ本書なんて読む理由がない、といえばそうなんだけどもね。
たった2短編しか収録されていない本だからこそ、好事家的な価値があったりする。本書が要するにポケミスの最薄本、最終ノンブルは92。100ページに満たないという特異な本だったりする。厚い方は「コナン・ドイル」がレコードを作って以来、破られっぱなし(版組も変わったし)だが、この薄さのレコードを破るのは商業的に至難である。だって定価100円(1957年)だよ~ これには理由もあって、スピレイン旋風が吹き荒れてマイク・ハマー6作(+「果たされた期待」)が売れに売れまくった後、突如スピレインは沈黙してしまい、3年の沈黙ののちにキャヴァリエ誌に掲載されたのがこの短編2作で、久々の新作、ということでハヤカワが飛びついて版権取得。2作だけでも出版しなきゃ...という事情のようである。 「明日よ、さらば」は銀行強盗一味の人質になった主人公・保安官たちと、強盗一味との闘争を描いた作品。一団に押しかけれられた老人がイイ味だしているとか、クライマックスを冒頭に持ってきて興味を引っ張る書き方とか、スピレインらしい「技アリ」感のある小説。テクニカルには上手な人だ、というのが無視されがちなのが、評者とか不満なんだけどもね。 「性と復讐」は 淫売婦は、決して世間に背を向けちゃいないわ。むしろ、それを胸に抱きしめすぎるんだわ と語る高級娼婦の自分語り。スケッチとしてはなかなか興味深いもの。 まあだから、薄いとはいえ面白いのは確か。それに加えて都筑道夫の「スピレインとその周辺」という解説が、結構よく参照されるスピレイン論として有名。「彼の小説ぜんたいを支配しているモラルは、いやになるほど健全だ」というのはまさにそうだし、スピレインの「作品は立派に探偵小説になっている」。またスピレイン流の作家としてビル・ピーターズ(マッギヴァーン)、エドガー・ボックス(ゴア・ヴィダル)に注目しているあたり、さすがなもの。 薄いけど、それなりの充実感はある。 |
No.1019 | 8点 | 新しい人生- ジョルジュ・シムノン | 2022/07/15 09:39 |
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集英社の12巻のシムノン選集はメグレ以外のシムノンをまとまって紹介した最初のシリーズなので、評者は全作品やるつもりである。もう残りは本作と「妻のための嘘」の2冊。このシリーズ、ミステリ的な色彩が強いものもあれば、全然ミステリじゃないものもあって、シムノンの幅の広さを窺える。本作は...まあタイトルから察しもつくけども、「ビセートルの環」と並ぶ「非ミステリ」の傑作である。
食品会社の会計係デュドンは、会社の金を誤魔化して週一で通う娼家の帰りに交通事故に遭った。デュドンを跳ねたのは大手の葡萄酒メーカーの経営者で市議会の有力者のラクロワ・ジベだった。この事故でデュドンの人生は一変する。ジベの手配で高級私立病院に入院し、至れり尽くせりの看護をしたのが、魅力的な看護婦のアンヌ・マリー。退院したデュドンはアンヌ・マリーと結婚し、ジベの会社で働くことになる。その会社でデュドンは意外な才能を発揮して重用されるのだが.... とこうやって梗概をまとめると、シムノンらしからぬ「ドリーム小説」みたいだ(苦笑)ウダツの上がらぬ主人公が、交通事故をきっかけに「新しい人生」、美女と社会的地位を手に入れる話....いやいや、それでもこの小説のテーマは「罪」だったりする。シムノンだもの。そして原題のニュアンスも「新しいがごときの人生」で、ずっとビミョー感がある。 デュドンが会社の金を横領して娼家に通ったのも、「罪」を通じてしか人生を実感できない人間であることの証だったわけだ。「罪」を犯さなくてもやっていける「新しい人生」に放り込まれる、という予想外の出来事に遭遇しても、「罪」を抱えたデュドンはまたさらに自ら「罪」を求める衝動を抑えれない...そういうカトリック的なテーマが主題なのだけども、実のところこういうキャラクターは、たとえば「男の首」のラディックやら「雪は汚れていた」のフランクと共通する。ラディックやらフランクのヒロイックな部分を排除して、小市民の立場で改めて造型しなおしたのがこのデュドン、というだ。 だから、このデュドン、「罪」に対する強い感受性があるために、他人の罪に対しても鋭敏なのである。それが実はシムノンの「名探偵の資質」だ、とも読める。メグレの方法論を示唆するのも重要だろう。 本作は、ロマンの味わいがないと成立しないエンタメではない。だからこそ、本格小説として「小市民的立場での罪」、新しいようで「新しくない人生」が延々と続いていくことでしか、デュドネの「罪」は贖えない。ミステリなら解決があるが、人生には解決はない。 それもまたシムノンらしい。シムノンだもの、は「人間だもの」ということでもある。 |
No.1018 | 6点 | ドラキュラ紀元- キム・ニューマン | 2022/07/09 10:13 |
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ヴァン・ヘルシングに勝利したヴラド・ツェペッシュ(ドラキュラ)は、ヴィクトリア女王の配偶者として「プリンス・コンソート」と呼ばれイギリスを支配下に置いた....そして吸血鬼と人間(ウォーム)が共存する社会が実現した。その治世のもとで、吸血鬼の娼婦ばかりが惨殺される事件(現実のジャック・ザ・リッパーを踏襲)が起きる。旧体制の隠れた司令塔だったディオゲネス・クラブの腕利き諜報員ボウルガードはジャック・ザ・リッパーの追跡を命じられるが、その中で吸血鬼の少女ジュヌヴィエーヌと知り合う....
最初からバラしているので、一種の倒叙なのだけども、ジャック・ザ・リッパーの正体は、ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」に登場するセワード医師。ドラキュラに歯向かった罪を問われずに、貧民街の福祉施設で勤務している。ルーシーを巡ってゴダルミング卿と張り合うが、そのゴダルミング卿は吸血鬼になって首相のルスヴン卿の秘書をしている。 こんな感じの小説。古今の吸血鬼小説や映画に登場した人物とヴィクトリア朝の有名人、ヴィクトリア朝を舞台とする小説のキャラが総登場の壮大な「二次創作」みたいなもの。マイクロフトはかろうじて公職にいて主人公のボウルガードの上司だが、ホームズは強制収容所。ミステリで言えばモリアーティ教授やらモラン大佐やらフーマンチューやら紳士強盗ラッフルズやら皆々吸血鬼化している。オスカー・ワイルドは吸血鬼化するが同性愛嫌いのドラキュラの忌憚に逢うけど、詩人のスウィンバーンはマゾで人間(ウォーム)のまま。 そんな設定で人間と吸血鬼が共存しているが、ドラキュラが事実上の国王なので「吸血鬼にならないと役人の出世は不可」とか、そういう規則を定めようとしている。十字架やキリスト教に弱い、というのはタダの迷信とされ、悪霊めいた超自然の存在というよりも「生物的な状態の移行」という感覚。ただの出世主義や金儲けのために吸血鬼化するのが変じゃないような世の中。主人公のボウルガードの婚約者ペネロピは、仕事の鬼のボウルガードに愛想をつかして吸血鬼のゴダルミング卿と浮気して自分から積極的に吸血鬼化する。そんなノリ。 だからとても人間臭いし、吸血鬼の血統(ドラキュラの血統か、他の吸血鬼の血統か)、世代(最近吸血鬼になった者と、昔から吸血鬼であった者)の間での差別やら反感やら、いろいろある。ヒロインのジュヌヴィエーヌはドラキュラと別系統でしかもドラキュラより年上、だからドラキュラの政治に強く批判的。 まあだから、本作の吸血鬼、というのがどちらか言えば、イギリスの貴族制度やら国教会主義のパロディに見えるようなところもある。吸血鬼になりたがる人々の傾向は、貴族のような特権階級や闇のヒーローたち、それに娼婦やルンペンと、インテリや性的に放埓な人々...そんなニュアンスがあって、小市民的な価値観とそうでない人々で何となくの線引きがされているのかな。 話の展開や描写や雰囲気よりも、パノラマ的な面白さで引っ張っていく物量主義。ネタ元の知識がないとかなり読みづらいと思う。悪くはないが、1作でお腹いっぱい。まあ、いいか。 |
No.1017 | 5点 | 殺人者と恐喝者- カーター・ディクスン | 2022/07/07 21:57 |
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なぜか手元に別冊宝石63号があって、これに「この眼で見たんだ」「一角獣殺人事件」「盲目の理髪師(後編)」が収録されている。20世紀だったらレアで楽しい本だったけどもね...
で新訳とちょっと読み比べ。「この眼で見たんだ」は本作の原題が Seeing is Believing (百聞は一見に如かず)の訳題としては「殺人者と恐喝者」よりもナイスな気はするんだ。訳者は長谷川修二なので、創元の旧版と同じものだろう。とくに抄訳とかそういうことはない。 旧訳はHMの自称も「乃公」だし、あれも「不精〇〇〇」だったりする。そういうあたりに味がある。 作品的には HOW で興味を引っ張って...なのにどれも腰砕け感のある詰まらない方法。種明かしされてガッカリする、という悪い意味で「手品的」。例の反転の真相もそう魅力的とは思えないなあ..叙述トリックと言えばそうかもしれないけども、やや不手際。客観描写にしたことで、アンフェアにしかならないわけだ。ヴィッキーの一人称で描いたらサスペンスもあって良かったのでは。 この時期、HMのキャラ小説化が進んでいる印象がある。そのせいで読みやすい。 どうでもいいお楽しみ。スコットランド弁の医者のセリフ(12章末尾)。 (旧訳)「何や!薬のいりそうな坊(ぼん)がいるやないか!これ、坊、しつかりしいや!そないな―」「死んだんですか?」「何いうてんねん!」 (新訳)「このぼうず、薬がいるような顔してるじゃねぇか!しっかりしねぇか。おめぇは―」「あの人は死んだんですか?」「なに言ってやんでぇ!」 大阪弁から江戸弁に訳が変わった!(苦笑) |
No.1016 | 5点 | メグレと運河の殺人- ジョルジュ・シムノン | 2022/07/06 19:19 |
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初期作。シムノンというと海や船の話が多い作家なのだけども、これは運河に暮らす川船の話。戦前だから、すべての船にエンジンがついているわけじゃなくて、内陸河川だと閘門を超えるのに馬を併用する船も多い、というのが物珍しいあたり。そういう「川の民」の生活を描きつつ、ヨット暮らしの放浪者といったイギリス人の引退者(大佐)が対比される。
メグレ物だから、殺人事件があるわけだが、それはまあメグレがそういう「川に生きる人たち」の生活を覗き込むためのきっかけみたいなもの。ミステリはあまり期待すべきではない....けどもさあ、真相(というか話)はかなり無理あるように感じる。 それでも、場面場面の描き方は本当に感心する。初期は客観描写が多くて、中期以降のようにメグレの内面はほとんど描かない。だから映画みたいなタイトな描写の美しさを感じる。場面を絵として想像すると本当に美しさが際立つ作品なんだけど、話は結構ヘン、というか「こんなのアリ?」というくらいにバランスがおかしい。まあ映画で言えば「かくも長き不在」なんだどもね。ああいった庶民の生活の哀歓を、冴えたモノクロの映像美で描いた小説。 |
No.1015 | 7点 | 世界短編傑作集4- アンソロジー(国内編集者) | 2022/07/05 23:27 |
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この巻の目玉は何といっても「オッタ―モール氏の手」。意外な犯人とか言っていると実はこの作品の本当の怖さを見逃すのでは?なんて感じる。いやこの話だったら「誰もが連続絞殺魔でもありうる」し、自分はそうでないと思っていても、そうなる時にはどうしようもない...そんなタイプの怖さなんだよ。そして、動機が全くない殺人というものが、
自分たちが生活している平和な社会をささえる柱が、じつは、だれでもへし折ることのできる藁にすぎなかったということを、彼らは悟りはじめた。 いや、実に作者よく分かってる。この人間というものの、社会というのものの「危うさ」が主題なんだと思ってる。大傑作。 で、この巻の収録が1927年-33年、ということで、たとえばヘミングウェイの「殺人者」やハメットの「スペードという男」、チャータリスの「いかさま賭博」といったハードボイルド系作品も登場することになる。1920年代は「本格黄金期」という「本格史観」というのは、単なるイデオロギーでしかなくて、ホームズ・ライヴァルも黄金期本格もハードボイルドもすべて同時に起きているのが1920年代というもの。そういう実相を乱歩編のアンソロでさえちゃんと示しているわけだ。 どちらかいえば「信・望・愛」もハードボイルド寄りのクライム・ノヴェルと見るのがいいんだろう。因果話みたいなものだが、皮肉で非情な成り行きが面白い。ニューメキシコ州が舞台で、ペキンパーの世界みたいなものだ。好きな人が意外に多い... (あれ、面白い。誰もクイーン御大の作品に触れていない!) |
No.1014 | 6点 | アンドロメダ病原体- マイクル・クライトン | 2022/07/04 23:48 |
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宇宙空間から微生物を回収して、それを生物兵器に転用する米軍の秘密の作戦「スクープ計画」で打ち上げられた人工衛星スクープ7号が、事故で衛星軌道から落下して、ついにはネヴァダ州の寒村の外れに墜落した...しかし衛星の回収に向かった軍人が連絡を絶った! 偵察機による偵察によると、その村人のほぼすべてが絶命しているらしい。「地球外生物がもたらされた場合、その生物を調査・分析して地球上での伝播を防ぐ」ことを目的に定められた「ワイルドファイア計画」が発動されて、ストーン博士以下4人の科学者がその対策のために結集した!血液を血管内で凝固させて即死に至らせる「アンドロメダ病原体」の正体を暴き、有効な対策を見つけてその蔓延を防ぐことができるのか?
映画にもなったマイケル・クライトンの出世作。というか、「ジュラシック・パーク」より前なら本作が代表作だった時期もあるんだよ。 クライトンと言えば医学生時代に書いた医学スリラーの「緊急の場合は」がエドガー賞を獲ったりしたわけだが、典型的な「理系作家」である。それを生かして、本作は架空の科学ドキュメントの要素を取り入れていて、架空の謝辞が入った「まえがき」やら、衛星との通信記録やら、コンピュータからのアウトプット、血液検査のデータなど、臨場感を出すために生のデータをフィクションの中に持ち込む、という手法を確立したことでも有名な本である。言ってみれば「鼻行類」みたいなパロディ学術書のテイストがある。ここらが読みどころ。 さらに、ミステリ的な興味。このアンドロメダ病原体の猛威で全滅した村の中で、赤ん坊と胃潰瘍を患う老人だけが生存していた理由を解明したり、突如その村の上空で墜落したファントム機の墜落理由の謎やら、ミステリ仕立てな「謎」として提示されて解明される。そもそも「生物兵器として、宇宙空間で独自の進化をした細菌を使う」のはスパイ小説的なアイデアだしね。広義のミステリな興趣が結構この小説にあるよ。 それでもまあ、クライマックスの事故とその後始末を巡るあたりで、ちょっとお約束な「段取り」みたいに駆け足なところもあって、もう少しシツコくやってもよかったのかな..とちょっと残念。でも読んで損な小説ではないし、書かれた年代を考慮すれば十分「凄い」小説ではある。 |
No.1013 | 7点 | 魔女が笑う夜- カーター・ディクスン | 2022/06/30 10:23 |
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何て言うのかな、「バカミス」って呼び方がやはり随分罪作りな気がするんだよ。本作だったらイギリスの田舎を舞台にしたコージー・ミステリとして楽しい作品なんだと思う。けど、作者がカー、で密室もあるよ!という話になると、途端にパズラー・マニアに一言があることになる。「進化論」的なミステリ観をもう誰も信じなくなっている状況だと、一歩引いたネタ消費的な視点が優勢になって「バカミス」という妙に便利な表現が発明されてウケるようになったんだろうね。
だから海外のミステリ・ファンにはたぶん、「本格」との相関概念である「バカミス」という表現は理解できないとも感じる。いや本作なんて楽しく書かれたユーモア・ミステリだし、密室の扱いも、不思議ではあっても事件が深刻ではないから、扱いが軽い。まあだって、解決篇が100ページ弱あることもあるカーにしては、本作の解決篇はわずか20ページくらい。謎解き興味は薄い作品だと思うべきなんだろう。 珍しいことかもしれないが、カーで感動、みたいな感情も評者は覚えたんだ。体裁屋の親に抑圧された少女が、親とそれにツケこむドイツ人の精神分析医に責め立てられてるのを、HMが救出する....「あなたは"鎧を着た騎士"みたい」。ここに、英米人のコモン・センスの良さというものを本当に実感する。 としてみると本作は、そういうコモン・センスによる密室の解明、というのものなのかもしれない。評者が「黄色い部屋」の密室に強く共感したのも、実はそういうコモン・センスにある。だから、本作の「密室」は、実は正統な「黄色い部屋」の後継者なのかもしれないよ。 (今風に読むんならさあ、牧師の残念なイケメンっぷりがナイスってどうかしら?) |
No.1012 | 6点 | 夜の冒険者たち- ジャック・フィニイ | 2022/06/27 13:38 |
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フィニイの冒険小説系列の作品だと、ラストになるのかな。冒険小説、といっても、今回はカジノや豪華客船を襲撃するみたいな、クライムノヴェル風の事件ではない、というのがキモの小説。ミステリというよりも青春小説に近いんだが、それでもしっかり「冒険小説」だったりするのが、最大の手柄。
サンフランシスコで弁護士をするリュウとハリーは同級生で、それぞれジョーとシャーリーというパートナーを持ってこの四人ぐるみで仲のいい友達だった。ある夜、眠れないリュウは真夜中の散歩に出た...日常とは全く別の表情を見せる真夜中の世界。これに魅せられたジョーは偶然夜の高速道路でシャーリーに出会い、この2組の夫婦は揃って真夜中の冒険に乗り出すのだった。高速道路の路上で寝転ぶ、といったことから始まり、ショッピングセンターの駐車場のベンチでシャンパンを抜いたダンスパーティ....しかし、警察官に見つかって追っかけっこの末逃れるが、この警官パーリーは4人組を目の敵にしだした。しだいにエスカレートする4人の冒険と警官との攻防の行方は? ラストなんてゴールデンゲートブリッジを舞台にした、かなり大掛かりなプラクティカル・ジョークになるわけで、フィニイのケイパー小説に共通する「大仕掛けで、凝ったアマチュアの冒険」という要素は本作も健在。とはいえ、本作にも「夢の10セント銀貨」と共通する、アメリカ人のちょっとイヤな気風、というのも感じられて、評者はある意味、ノレないところもある。 確かに、1970年代の西海岸、ヒッピーからヤッピーへの自由な空気を感じさせるのだが、いささかハメを外しすぎて「笑えないジョークを無理して笑わせる」ような面があるし、リュウとハリーの間での「度胸比べ」がエスカレーションしていくことに、マチズムの香りを嗅ぐこともある。そして、彼らがバカにする警官との間にある「階級的」な敵対心..そう見ると、手放しで「かっこいい」冒険と捉えるのも難しい。困っちゃう。そもそもこういったプラクティカル・ジョークというのは、アメリカのエリート大学生の特権みたいな側面があるからねえ,,,日本人から見たら、イヤな側面が目に付くのも仕方ない。 「ゲイルズバーグの春を愛す」収録の、気球を発明してそれによる夜の街の散歩とロマンスを描いた「大胆不敵な気球乗り」の拡張版みたいな作品なんだけども、甘やかでシンプルでロマンチックな冒険、というフィニイの一番イイ面が薄れてきているのに、何か残念な気持ちがある。 |
No.1011 | 7点 | 火星人ゴーホーム- フレドリック・ブラウン | 2022/06/25 14:01 |
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SF古典、といえば古典なんだけども、笑えないアメリカン・ジョークがそのままSFになったような作品。火星人の悪趣味さってガチにアメリカン・ジョークの世界、じゃない? タイトルからして、「ヤンキー・ゴーホーム」のパロディのわけだから、それをヌケヌケとアメリカ人作家がやってみせるあたりの批評性を、自虐ギャグみたいに面白がるべき作品なんだろう。
それだけだと時代の証言に過ぎないわけだけども、SFとしてのキモはやはり「唯我論」というものなのだろう。要するに火星人ってアル中の妄想の象徴「ピンクの象」みたいなものなんだよ。火星人がもし主人公の作家ルークの想像の産物に過ぎないのなら、それによって悩まされる全地球人もルークの想像の中にしかいない。そして、それを読んでいる「読者」もルークの想像の中....いやいや逆に読者からすれば、読者の読む世界の中のルークも、ルークが想像する火星人も、すべて自分の想像の産物であって、読者が存在を否定すれば火星人も消えるがルークも消えて....こんな往還をブランコのように楽しむのが、やはりSFとしての楽しみ方、というものなのだろう。 |
No.1010 | 6点 | 帽子屋の幻影- ジョルジュ・シムノン | 2022/06/22 16:15 |
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タイトルがいいので昔から気になっていた作品。このサイトで内容を見たら、シムノンには珍しいシリアルキラーの話だから、ぜひ読みたいな...と思っていた作品だった。シムノンの1作品での最多の殺人数かしら。ようやくゲット。
シリアルキラーの主人公の内面描写がずっと続く作品だけど、リアルタイムでの描写が軸なので、背景とか動機とか、徐々にしか割れてこない。いろいろと考えながら読んでいく必要があるタイプの作品で、ミステリ色は強いといえば、強めの作品である。 シムノンの名犯人といえば、たとえば「男の首」のラデックが典型だけども、「絶対に捕まらない!」で頑張ったりしないんだよね。どこかしら「捕まりたがる」要素があるし、その行動も合理的というよりも、個人的なちょっとした「ひっかかり」に押されて、たまたま「してしまう」ような色合いが強い。評者のようなシムノン・ファンにとっては、そこらへんに強いリアリティを感じるわけだ。理屈で割り切れない行動をするからこそ、人間の行動として妙に腑に落ちる、とでも言えばいいのかな。 同世代の老女ばかりをチェロの弦で絞殺するシリアルキラーの帽子屋ラベ氏の隣人で、貧しい移民の仕立て屋カシウダスが、ラベ氏の犯行に気がついてラベ氏に付きまとうのだが、ラベ氏はそんなカシウダスの口を封じようとするわけでもないし、犯人告発の賞金が欲しいだろうとラベ氏は考えて、それをわざわざ病床のカシウダスに与えようとか、考えたりする...新聞社に挑戦状をラベ氏は送り付けるのだけども、その中では殺人が完全にプラン通りのものだ、と宣言したりする。でもその動機はというと...いやこれはお楽しみ。とんでもない動機で、この挑戦状にも窺われるけども、「首尾一貫し過ぎて、かえっておかしい」というような、そういう「リアルな病み方」を体感できるような面白さがある。 このラベ氏の「闇」が理解不能で、それでもそこに人間性のリアルが感じられるというキャラ設定がこの本の中心課題になる。だから、話のオチはつけようもない、といえばそうで、あまり筋道立った結末にはならない。7点をつけにくいのは、そういうところかな。「ベルの死」あたりに近い印象がある。 |
No.1009 | 6点 | 定吉七は丁稚の番号- 東郷隆 | 2022/06/20 14:20 |
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先日「黒の試走車」を書評したわけだが、本作も大阪商工会議所秘密情報部の活躍を描いた企業スパイ小説だ...なんてのは冗談。たまにはバカな作品が読みたくて、本作。
いや実際、007パロディとしては、なかなかイイところをツいている。 三週間後のロンドン。三月はガラガラ蛇のような嫌な天気でやってきた。 → 三週間後の大阪。十一月は養殖鰻のようなぬめぬめとした嫌な天気でやってきた。 要するに、007の小説としてのキモというのは、フレミングが書く気取ってスノッブな文体にある、というのがなかなか、分かっているのである。大阪ネタのお笑いだけ、というわけでもないのだ。この本は「ドクター・不好」「オクトパシー・タコ焼娘」の2本の中編だけども、とくに「ドクター・不好」の最初から2章は、「ドクター・ノオ」の逐語的なパロディになっている個所が多くて、それがいい。ぜひぜひ「ドクター・ノオ」と比較対照しながら読まれることをお勧めする。 007パロディというと「アリゲーター」がパロディをしようとして、結局パステーシュになってしまう体たらくで、本当に難しいものなんだけども、やはりこのフレミングの「スノッブっぷり」は揶揄するよりも真面目にコピーする方のが、ずっと笑えるものなのである。 まあとはいえジャマイカならぬ江ノ島に定吉が赴くあたりから、この逐語的パロディに作者も疲れたようで、プロットのパロディになってしまって、そこらへんが残念。まあ、逐語的パロディって書く方は大変だからね。プロットも原作からは離れて、野生児のハニーは登場せず、殺人伊勢海老飼育係の奈緒美が寝返ってヒロイン(?)不好も鳥の糞に埋もれて死ぬのではなくて、釜茹での釜に落ちて死ぬ(これは映画っぽい)。 でもう一本の「オクトパシー・タコ焼娘」は、単にタイトルからの連想で「オクトパス→たこ焼き」になっただけ。話の内容はほとんど原作の「オクトパシー」には関わらない。だって007短編でも特に地味な作品だしね。なぜかタイガー・ジェット・シンのネタ。 |
No.1008 | 7点 | 影丸極道帖- 角田喜久雄 | 2022/06/19 14:34 |
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将軍家斉の大御所政治も終わり、天保の改革へと幕末に向けて時代が動く世相を背景に、「影の影丸」を名乗る凶盗が逮捕された...しかし、影丸は取り調べの隙をついて逃走してしまう。影丸を追う引退与力の白亭たちは、その養女お小夜の誘拐事件に端を発した、家斉の愛妾お美代の方の一党をめぐる陰謀と、影丸による復讐らしき連続殺人に関わり合うことになっていく。お小夜と影丸との因縁は何なのか? 異常な出世を遂げた酒田左門の秘密とは? そして明らかになる影丸の正体...
評者世代だと、影丸、と言ったら「忍者武芸帳」なんだけども、この影丸もある種の伝説的な怪盗になるわけで、忍者の影丸には及ばなくてもダークヒーローの色合いがある。いやこの小説の仕掛には、そういう「ダークヒーロー」を相対化するような狙いもあるわけで、そこらへんミステリの視点がある作家による時代伝奇小説であることは、間違いない。 まあ、話も長いし、プロットは紆余曲折を極めていて、影丸によるお小夜救出劇などの冒険的な部分も読みどころになるので、本題の「影丸の復讐」に入ってくるまでに経過もある。だから、影丸逃亡の謎などのトリッキーな部分は、種明かしの段なると時間がたち過ぎていて....そういうわけで、いろいろとミステリ的な趣向もあるんだけども、「本格テイストが強い」とか言上げするのは筋違いな気もするんだ。 いやさ、やはり時代伝奇小説というジャンル自体、昭和初期にいろいろと紹介された海外のミステリ・冒険小説の影響を受けて成立した、というのを否定できるわけがないわけで、本作のようなどんでん返しは角田の作品でもいろいろあるわけだしね。まあそれでも影丸の正体とか、けっこう手が込んでいるし、白亭の名探偵っぷりはかっこいい(サバけすぎてるけどね)。 時代伝奇小説も含めた、昭和初期に成立した日本大衆小説の枠組みの中で、実はミステリというジャンルもしっかりと見直すべきなんだと、評者は思っているのだよ。(ちなみに家斉の愛妾のお美代の方が亡くなったのは、明治に入ってからなのが面白い。意外なくらいに近い時代なのである) |
No.1007 | 6点 | クイーン・メリー号襲撃- ジャック・フィニイ | 2022/06/16 21:48 |
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フィニイでミステリ畑、というと「五人対賭博場」「完全脱獄」本作「夜の冒険者たち」ということになるけども、どれもクライム・ストーリー。だけども、つい「クライム/倒叙」よりも「冒険/スリラー/スパイ小説」側に評者はしたくなっちゃう。
最近はあまりきかれなくなった言葉が一つあるんだ、ヒュー。使ったとしてもあまり真面目な口調でじゃない。今では流行遅れで、その言葉を使うときには、ちょっと嘲笑でも浮べなくちゃかっこうがつかない。何という言葉かわかるかい?(中略)それはね、冒険という言葉だ。 いや、冒険! 本作だと第一次世界大戦で自沈したUボートを引き上げて、これを使って豪華客船クイーン・メリー号を「大客船強盗」しようという話。「五人対賭博場」はコンゲームの色合いが強いけども、本作は舞台からして「海洋冒険小説」のカラーが強い。一味は男性5人+紅一点ヒロインだけど、男性5人は全員海軍さんの軍歴の中で潜水艦勤務の経験あり。それを生かしての作戦。主人公はといえば、一味の中でも機関長の役回り。主人公とヒロインを取り合って一時険悪になる艦長役の男は、大学出で中尉だった主人公とは違い、兵隊上がりの叩き上げだったりする。こういう男同士の因縁と確執が冒険小説らしさ...だよねえ。 最後は駆逐艦にどう対処するか?ときっちり冒険小説だし、犯罪を(話の中とは言いながら)肯定するクライム・ノヴェルと、アマチュアリズムが隠し味の冒険小説との間の綱引きみたいなものがあって、 最後は冒険小説が勝つ! という内容。だから冒険小説がいいと思うよ。 |