皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.1145 | 5点 | ヒッチコックを殺せ- ジョージ・バクスト | 2023/06/25 22:24 |
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まだ「ある奇妙な死」は評者しか扱ってないんだなあ。一応「ゲイミステリの金字塔」とまで言われた作品だったんだが、このジョージ・バクスト、1980年台のEQMMでは主力級で活躍していて、よく「EQ」に短編が載っていた。しかし長編の翻訳は2冊きり。紹介タイミングを逸した作家の一人になってしまった。
高踏的で文学的な「ある奇妙な死」とは違って、本作はメタな味わいを生かしたスパイスリラー。主人公は若きヒッチコック。前半は処女監督作「快楽の園」をミュンヘンで撮影中に、スクリプトガールが自宅のシャワー中(「サイコ」)、さらにその捜査に刑事が訪れている面前でピアニストが殺害されえ。ナチス台頭期の不穏な情勢。フリッツ・ラング夫妻と食事をするが、「メトロポリス」の脚本家でラング夫人のテア・フォン・ハルボウはしっかりナチスに感化...そんな状況下で、事件は未解決のまま終わる。 そして1936年のロンドン。「バルカン超特急」を準備中のヒッチコックの元に、ミュンヘンの事件で一緒に仕事をした脚本家から「見てほしい」といわれたシナリオが届く。それを持ってきた男はヒッチの面前で刺されて死んだ...このシナリオの導くままに、ヒッチコックはまさにヒッチコックの映画の筋書きそのままに追いつ追われつの追跡と逃亡の劇を演じる。 まあだから、メタなあたりが狙いの小説。ヒッチコックの映画の場面をそのままヒッチコックが演じるようなものだから、ファンアートっぽい印象もあるんだけど、そこはキャリア十分の作家だし、映画にだって関わっている人。映画のネタの嵌め込み具合など、堂に入ったもの。 しかしまあ、場面場面を優先することになるから、プロットはどうしてもはっちゃけ気味。どうやら文章に語呂合わせなどくすぐりが入ってて、それが面白味のようだけど、翻訳はこれが全然再現できなかった旨があとがきにある。 もっとガンガンと実在の映画関係者を出したらよかったのに。ラング夫妻くらいなのでそこらへんが不満なこともある。 狙いはわかるけど、もう一つ。「ある奇妙な死」は三部作だそうだから、続編を紹介してくれた方が嬉しかったな。 |
No.1144 | 6点 | 幻の下宿人- ローラン・トポール | 2023/06/24 09:46 |
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評者の世代だと
「善良な彼は、なぜ女装してパリの町を逃げまどうのか、なぜ女がトイレに入るのを覗くのか―平凡な日々の中の思わぬ恐怖の陥穽を描く!」 の惹句で馴染みがある本。1970年代のポケミスの宣伝ページに「ブラック・ユーモア選集」で紹介されていた本では、本作と「ジョコ、記念日を祝う」の2作が収録されていたが、河出文庫での再刊では本作のみ。これヴィアンの「北京の秋」と並んで気になる本、でしょう? でブラック・ユーモアのはずなんだけど、実はホラーといった方がいい内容。楳図かずおもギャグが得意だったり、伊藤潤二のホラーが笑えたりするのはよくあることで、日常を別視点からヒネって脱臼したかたちで提示して、感情を震撼させることでは、似たようなものだと言えるんだろうね。 引っ越し先のアパートで友人を呼んで騒いだことで、家主&ご近所から強烈なクレームを入れられた主人公が次第に病んでいく話。その部屋の前住人は窓から飛び降りて自殺を図り、主人公も部屋の賃貸権を気にして前住人の女を見舞に行ったのだが、その女と同じ目に逢わせようと、ご近所は企んでいるようなのだ...追い詰められた主人公は次第に自殺した前の住人の女性と同一化していく なんて話。サイコホラーだけど、下ネタとシュールな描写が多数。トポール自身、諷刺漫画家として世に出た人で、例のカルトアニメ「ファンタスティック・プラネット」にも関りがある。シュルレアリストとも言えるけど、カフェでのアンドレ・ブルトンの法王然とした姿を見てがっかりしたそう。サイコホラーなのか、オカルトチックな陰謀話なのか、シュルリアリスム小説なのか、下ネタお笑い小説なのか、よく分からないあたりに存在意義がある。 |
No.1143 | 4点 | アルセーヌ・ルパンの第二の顔- アルセーヌ・ルパン | 2023/06/18 11:56 |
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ボア&ナルの贋作ルパンの3作目。前作「バルカンの火薬庫」で作者はバレたから、本作からは堂々と原著もボア&ナル作を謳っている。けど、新潮文庫では今までの流れから作者は「アルセーヌ・ルパン」のままで、小さく「ボアロー=ナルスジャック」のカバー表記。背表紙は「アルセーヌ・ルパン」単独。扉ページでは「ボアロー=ナルスジャック」で、文庫本体は「ボアロー=ナルスジャック」と一貫性がない上、カバー折り返しではシリーズの一貫性を維持して「アルセーヌ・ルパン」。知らんよ、ホントの作者とか。
今回は「奇岩城」で恋人レイモンドを失って、盗賊稼業を廃業中のルパン。でも奇岩城の財宝が、「爪」を名乗る盗賊団に強奪された!ルパンに挑戦する気マンマンの「爪」一味の正体を暴こうと、ルパンは秘かに「爪」一味に潜入した!しかし「爪」の首領はルパンの正体を見破って....謎の美女、妻を一味に殺された峻厳な検事、ルパンを慕って一味を裏切る青年などなど、ルパンと「爪」の対決の行方は? こんな話。謎の美女に峰不二子テイストがあって、ルパンと濃厚なキスをしたりするシーンあり。ルパンが身元を隠して一味に潜入するあたり007っぽい味わい。いや007ってある意味ルパンの子孫なんだな、とか思う。 だから「ルパンっぽさ」はわりと薄いし、話も地味。さらに「爪」の首領の正体はお約束っぽいし、今回はルパンが翻弄されっぱなしで、ヤキが回ってる? というわけで、新潮文庫3作の中では一番落ちる。 シリーズ次作のサンリオ「ルパン、100億フランの炎」は、すでにボア&ナル名義での人並由真さんのご書評があるので、そっちで。 |
No.1142 | 5点 | 死刑執行人のセレナーデ- ウィリアム・アイリッシュ | 2023/06/17 21:37 |
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ウールリッチには珍しい?ミッシングリンク連続殺人....なんだけど、ポケミス裏表紙の解説がちょいとバレてる。この頃の編集、結構雑だからねえ。
場面場面はなかなかイイのがあるんだよ。中盤で金持ち女のコンパニオンとして、青春と才能を空費したオールドミスが「わたしの最初の独唱会」のアイロニーに嘆く姿、知恵遅れの青年が殺人犯が吹くヤンキードードルの口笛を覚えきれていないのを証明するクダリなど、「悲しい人々」を描かせるとウールリッチの筆が乗るなあ、というのを実感する。 いやソツなく事件を記述して、田舎の島で負傷後の静養をするNYの刑事、そして島で出会う画家の女、出会いと恋を事件に絡めつつ....ウールリッチ節は出過ぎず、それでも出る時はしっかり。サクサク殺されていくスピード感もあるし、犯人と目された知恵遅れの青年を村人のリンチから救う幕間劇やら、ミステリとして悪くないといえば悪くない。 でもね、どこかしら「火が消えた」ような印象を受ける。嫌々書いているような、といえばそう。自分が得意で描きたい場面だけ、俄然筆が乗る。そんなワガママを押し通したような印象。 |
No.1141 | 9点 | 女王の復活- H・R・ハガード | 2023/06/12 16:33 |
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いやこれは凄い。「洞窟の女王」の序で、レオとホリーはアッシャの復活を求めてチベットに旅立った旨が書かれているが、その17年後、ホリーの死を告げる手紙と原稿が著者の元に送られてきた....チベット放浪17年、レオとホリーはようやくアッシャの手がかりをつかみ、奥地の神秘郷カルーンに向かう。カルーンの女王アーテンはアッシャの生まれ変わりか?さらにその背後の火山を信仰する拝火教団の巫女が二人を呼ぶ...アッシャがいよいよ復活!この2000年越の神秘の恋の行方は?
傑作「洞窟の女王」をさらに上回る大傑作。「洞窟の女王」を読んでおかないとダメなのがもどかしいほど。この「神秘の恋」が小説の絵空事でなくて読んでいて感官に迫ってくるほどの迫力。まさに「読むヴァーグナー」。拝火教団の儀式に「パルジファル」が、アッシャの復活の荘厳な場面に「ジークフリート」が、クライマックスに「イゾルデの愛と死」が、読んでいる評者の脳内に流れっぱなしでありました。あの神秘的で濃密な「愛と死」の世界が小説として描かれているようなもの。 もちろん神秘の女王アッシャの美と御稜威のパワフルさは「洞窟の女王」に輪をかけており、前世からの因縁でレオを巡って対立するアメナルタスとの最終対決でも一蹴。それでも「洞窟の女王」よりも柔らかさを増している印象。それよりもイイのは、ようやくアッシャと結ばれるレオが、神秘の女王に圧倒されるのではなくて、近代人らしい自我をしっかりと発揮し、しかも「純愛」で我が身を省みずに愛に身を投げ出すあたり。惚れるようなイイ男じゃないか。このシリーズの美点は、レオの主体性がキッチリ描かれているところだと思うよ。(ヴァーグナーだと意外にヒーローが状況に流されやすい) まあさあ、「洞窟の女王」なんて原題が「SHE」なわけだしね。「彼女」なんて抽象的で短いタイトルで、それでも大納得のスーパーヒロイン。そのさらに大納得の完結編「AYESHA: The Return of SHE」。 (けどハガードやっちゃったから、本サイトでハワードの「蛮人コナン」やっていけない理由ってあまりない気がしてきた...ハガード+ラヴクラフト、じゃん?) |
No.1140 | 5点 | メグレとルンペン- ジョルジュ・シムノン | 2023/06/06 18:19 |
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そういえば船からドボン!で川に落ちて...で助かる、という設定は「第一号水門」でもそうだった。「国境の町」と連続して読んだせいもあるけども、また「川で生活する人たちの話」。シムノンって意外に「世界」のバリエーションは少ない作家みたいにも感じる。
で誰もが指摘するように雰囲気が明るめな作品で、表面的には世捨て人のルンペンの殺人未遂程度の事件。メグレが躍起になるのが不思議みたいなものだけど、ビー玉から殺されかけたルンペンに共感する場面が印象的。でもこの挫折したシュヴァイツァーみたいな元医師の造型をもう少し突っ込んでもよかったのかな、とかは感じる。元妻とか娘とか登場するわりにプロットに絡まないし。 メグレに謎解きを期待する、というのも何だけど、本作だとしつこく証言の矛盾を突いたり、意外な展開を見せるのは確かだし、「取り調べ小説」といえばそんな展開もある。まあ結局の後日譚でオチがついているわけだけども、ミステリとしての真相とかオチからはかけ離れているのも確か。でも作品の柄がどうも小さくまとまってしまうようにも感じる。 「ほんの小品」といった味わいなのが、なんとなく、もったいない。 |
No.1139 | 5点 | メグレ警部と国境の町- ジョルジュ・シムノン | 2023/06/05 17:45 |
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「メグレを射った男」の書評で「入手は降参」と書きはしましたが、調べてみると「国立国会図書館デジタルコレクション」というナイスなサービスがあります。身分証明書の画像を送って認証してもらうとかネット上の手続きが必要ですけど、シムノンの創元絶版分はおろか、名のみ聞く春秋社の刊行本やらわっさわっさと読むことができちゃいます。
本書とか「国会図書館で読んだ!」とか声の多い作品ですからね、こんなサービスするなら当然の候補というものでしょう。ただし、OCRではなくて画像としてそのまま取り込んだものですから、やや使い勝手は悪いです。スマホでもPCモニタでも読みづらくて、ノートパソコンを膝に乗せて立膝で寝転んで読むのが楽ちん。 そんな怠惰な読書姿勢でですが、幻の作品、行きましょう。 ベルギー国境の町ジベを、半ば私的な依頼のかたちで訪問したメグレ。パリで会った女アンナ・ピータースの冷たいキャラに興味を引かれて、アンナの弟ジョセフが、婚約者がありながらも子供まで作った女の失踪事件の捜査に乗り出したのだ。食料品店兼で角打ちでジンを提供し、フランス国内でありながら国境の向こうのフランドル人の河川労働者を相手に、利益を上げているピータース一家。そんな余所者一家の長男が、フランスの貧しい一家の娘に手をつけて子供まで作りながらも、許嫁と結婚しようとしている...ジベの街のフランス人からはこの失踪事件が一家の仕業と目されて、不穏な空気が漂っていた。メグレはこの事件をどう収拾するのか? 川沿いの街ということもあり、シムノンお得意の舞台設定、さらにはベルギー国境の街。さらには小商売に成功したプチブル傾向の強い余所者と、貧しい地元民の対立....コテコテのシムノン、と言いたくなるくらいの作品。でも事件は意外に単純。アンナの独特の情の強いキャラはいいんだけども、どうも作品としてはうまく回ってない。瀬名氏は「オランダの犯罪」の焼き直し、と言っているけども、まあそんな感じもあるかな。 さらにオチも第一期にたまにある後日譚で、ここらへんも「オランダの犯罪」っぽすぎるね。 う〜ん、雰囲気にはいいものがあるんだけど、手癖で書き飛ばしたような、と言ってしまえばそれまでか。メグレは本作だとジンばっかり飲んている(苦笑、あ一度グロッグにした)。 |
No.1138 | 8点 | 洞窟の女王- H・R・ハガード | 2023/06/05 13:27 |
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「ソロモンの洞窟」がジュブナイルみたいな明朗快活路線だったのにがっかりはしたのだけども、本作の方に期待していたからね。うん、本作って前半は「ソロモン」と大差ないアフリカ冒険旅行譚なんだけども、「SHE(原題)」である「洞窟の女王」アッシャが登場してからは...いやいや評者ツボでした。
アッシャのキャラがイケない方は、楽しめない小説だと思う。2000年間失った男を待ち続ける不老不死の女王。もちろん権高い肉食系。ツンはもちろんだけど、たまにデレてこれがたまらないです。評者イゾルデやらブリュンヒルデといった魔女系ヴァーグナー・ヒロインにズッポリな人間なのでどストライク。 先祖代々受け継がれてきた伝承をもとに、養父のホリーと共にアフリカ奥地に旅立った「ライオン」と形容される美青年レオ。この一行は引き寄せられるかのように女王が統治する「死者の国」めいたアマハッガー族の国を訪れる...一行を人喰い人種でもあるアマハッガー族の手から救った、レオに恋するアマハッガー族の少女アステーンも登場。 でもさ、あっさり女王アッシャの魔力でレオに恋する少女も撃退、にもかかわらずレオはアッシャの魅惑の虜。「2000年越しのミラクル・ロマンス」だから問答無用な威力。これを読者に納得させるためにか、醜男の養父ホリーもアッシャの魅惑に終始圧倒されっぱなし。うまいフックになっていると思うよ。 まあだからこれが受け入れられない人は、全然ダメだろうね。アッシャは「惚れたら命取り、惚れられても命取り」、道徳なんぞ踏み躙って何も気にしない魔女。そんな「ロマンス」だから理屈じゃないんだよ。 お話だから、すんでのところでこの恋は成就せず、レオとホリーは命からがらヨーロッパに逃げ帰り、その手記を作者の元に残して、チベットに旅立った.... というわけで続編「女王の復活」で決着がつくらしい。やならきゃね。 |
No.1137 | 5点 | 大あたり殺人事件- クレイグ・ライス | 2023/05/30 17:45 |
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評者は「大はずれ」からの連続で本作。まあやっぱり、こういう風に続けて読むものだよ。
「大はずれ」でのモーナとジェイクの「カジノ」を巡る賭けも決着するし、これが一応全体的な仕掛けになっているわけで、連続して読まないとこの機微がわからない。それが真相とはそうリンクしているわけではなくて、わりとご都合主義的に決着がつく。肩透かしな感じ。 で面白味はジェラルド・チューズディという身元不明の男が2度殺される、という謎。この趣向はわりと面白いし、「なぜ同じ名前?」という謎の説明もなるほど。真相は多少伏線が張られているから、何となく想像はついていた。唐突というほどではないと感じるよ。 それでもやや落ちる?と思わせるのは、ヘレンの破天荒っぷりが本作だとやや大人しめなことだと思う。前半のジェイクとのすれ違いシチュエーション(間に挟まれて困るマローン)は面白いけど、後半話がグダグダになって間延びするから、やや引き延ばしすぎ...という印象はある。後半失速で減点。 マローンは陳腐な言葉を吐いた。「所詮、人間は空に打ち上げられる途中で面倒にぶつかり、そして消える花火なのさ」 こんな言葉を吐くマローン、実は飲んでばかりのクセに有能で「シカゴ一の刑事弁護士」。パブリックイメージより二枚目寄りだと思う。訳者あとがきで小泉喜美子がマローンに「田中小実昌、殿山泰司、阿佐田哲也のお三方を足して三で割る」とアテているのは、ちょっとワキに寄せすぎだと感じるがなあ。フランキー堺くらいでもいいんじゃないかしら。 |
No.1136 | 7点 | 大はずれ殺人事件- クレイグ・ライス | 2023/05/26 21:43 |
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ライスの作品を「ユーモア・ミステリ」と呼ぶと、時代の違いもあってその美質を捉え損ねることもあるのではないかと危惧する。「何を笑うかによって、その人の人柄がわかる」って言うじゃない?訳者の小泉喜美子が
結局、彼女のミステリは本当の意味での成熟した大人のための娯楽なのだと思います。 と書いているのがまさにそう。読んでいて、ジェーク=アステア、ヘレン=ロジャース、マローン=E.G.ロビンソンあたりの配役がアタマに浮かんでしょうがない。そう「ザッツ・エンタテイメント!」なんだよ。アステア映画もそうだが、いわゆる「スクリューボール・コメディ」のシナリオの「ユーモア感」というものは、極めて知的で技巧的なものであり、現実離れして「砂糖菓子みたい」と言われながらも洗練の頂点を示している。これをそのままミステリに導入したのがライスの作品だと言っていい(第二期クイーンもやっているが、ライスには遠く及ばない...) しかし、公然と「絶対つかまらない方法で人を殺してみせる」という賭けをする女モーラと、それを受ける主人公ジェークという枠組みは、「ミステリの構成」として考えてみたらやたらと難しいことをしている。ジェイクがモーラの殺人の証拠を見つけたら、ストーリーは一貫するがミステリとしてはつまらない。モーラが実は殺していないのなら賭けは不成立で話の辻褄が合わないが、ミステリとしてはノーマル....いやいや、どうするんだ、これ。 しかしモーラの動機を巡る推理は、 犯人の正体を指摘するためには、動機の発見ではなく、動機が欠如していることを発見することだった という逆説があったりね。と、実はミステリとしてはいろいろと論点があって「ミステリ論的」に興味深い作品だと思う。まあ必ずしもこの「仕掛け」が真相に関して効いているとまでは言えないので、評価はこのくらい。これを完璧にこなしたらミステリ史上の大名作でしょ。 とはいえ堅苦しいこと言わなくても、三人組の「映画みたいな」洒落た活躍を追っていけば、十分楽しめる小説になっている。 |
No.1135 | 5点 | 疑惑の影- ジョン・ディクスン・カー | 2023/05/22 17:05 |
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フェル博士登場作なのに主人公は熱血弁護士バトラー。
どうも皆さんこの設定に面食らわられているのかな。いやこれカーの「プレ歴史ミステリ」ではなかろうか。バトラーのキャラ設定には「ニューゲイトの花嫁」のダーヴェントや「火よ燃えろ!」のチェビアト警視の面影があり、確かに「歴史ミステリのカー」好みの主人公だ。 そしてやや時代がかった黒ミサの話とか書いていて、「時代設定を一世紀ほど遡らせた方が絶対面白いじゃん!」とカーが思わなかったわけがない。だから翌年には「ニューゲイトの花嫁」を書くわけだ。 ただし、全体の構成がうまくいってない感がある。いやミステリ的な骨格は大変面白いんだけど、「作者が読者に対してメタに仕掛けたもの」という感覚のものなので、ミステリ的な見地でのデテールの無理があると興ざめる。 その他、面白い場面を描こうとするために、やや状況に無理を感じるとか、「もっと丁寧に書けばいいのに...」と残念なところが多い。オカルトの扱いも中途半端にしか感じない。 移行期の失敗作だと思う。 |
No.1134 | 8点 | 九マイルは遠すぎる- ハリイ・ケメルマン | 2023/05/17 08:43 |
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どんな「名探偵の推理」であっても、ヘリクツといえばヘリクツ。
ミステリにとって一番イタい指摘に対して、「でも!」と言える立場があるとするならば、その「推理」が築きあげる堂々とした空中伽藍の美にあるんじゃないのかと、評者は思うのだ。 だから表題作の「凄さ」というのは、片々とした隻句から幻のように犯罪計画が浮かび上がってくる、強引極まりない力技に徹し、それで振り切ったことなのだと思う。 いいじゃない?ニッキィの推理が妄想だったとしても。それでも十分小説になるよ。 まあだから、表題作以外の作品は普通に「安楽椅子のミステリ」を書こうとした、というのが何となく感じられる。 それなりに、いい。しかしこの「それなりに」さが、表題作の異常さを逆に際立たせているようにも感じられる。 「九マイルは遠すぎる」みたいな短編は、「天から降ってくる」ようなもので、書こうとして書けるものじゃない。そう思う。 |
No.1133 | 7点 | お楽しみの埋葬- エドマンド・クリスピン | 2023/04/22 03:40 |
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セイヤーズやり出したこともあって、イギリス新本格とかイギリス教養派とか呼ばれる作家たちの作品を改めて読むのもいいのでは...の狙い。
アマチュア探偵ジャーヴィス・フェン教授が縁もゆかりもない選挙区から無所属で選挙に立候補する話を軸に、恐喝事件に端を発しフェンの知人の警官が、フェンとニアミスみたいな状況で刺殺される事件を扱った本作、面白めの犯人とか、伏線が周到に張られていてミステリとしてナイスなんだけども、それ以上に諷刺的でコミカルな社会小説というか、ちょっとヘンでおいしい話が盛りだくさんな「小説」というあたりにいい部分があるわけだ。 ・宿屋を改造することに憑りつかれた持主によって、フェンが泊る宿屋がどんどん破壊されていく ・宿屋で育てていた「ゴクツブシの豚」が売っても売っても戻ってくる ・ポルターガイストを同居人扱いにする牧師 ....もちろん選挙戦と意外などんでん返しも笑える。だけども、こういうったヘンでオカシいイイ話が、ミステリとはまったく絡まない! そうしてみると、ミステリを話の軸にはするけども、他の面白要素とは並列的なユーモア小説というあたりで楽しめばいいのかな~なんて思う。要するにミステリの風俗小説化といえばいいじゃないのかあ。小説として強くローカライズされているから、マニア主導の日本ではウケなかったんだろうなあ。 |
No.1132 | 5点 | 腰ぬけ連盟- レックス・スタウト | 2023/04/12 17:22 |
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クイーンの「最後の一撃」の中で、スタウトの処女作がヒネクレた純文学だった話が出ているんだけど、ミステリ第二作の本作って、そういう片鱗が窺われる。ケンブリッジの学寮で起きた事故で障害を負った男と、その原因を作った寮生たちの間でできた「贖罪同盟」。障害を負った男は作家として成功するが、「贖罪同盟」の人々はこの件で負い目を負いつづけて...で、この「同盟」のメンバーに変死が立て続けに起き、それを嘲笑うような戯詩がメンバーに送り付けられた!メンバーたちはビビって、ウルフにその作家からの脅威を取り除くように依頼する...
この「腰抜け同盟」のメンバーは、中にはドロップアウトしたのもいるが、大体はインテリで成功者たち。しかもこの作家チャピンのヒネクレ具合といったら、本当に手におえない。このチャピンと、それに連れ添う妻ドーラが極めて個性的なキャラなのが、この小説の読みどころ。で...なんだが、直接に描かれてはいなくて匂わせているだけだが、チャピンはその事故で生殖機能を失っているみたいなんだね。その代りちょいとしたヘンタイな趣味も発揮している。そりゃ妻のドーラも相当変わってる。マゾ? まあ、ミステリとしての興味が絞られてくるのは相当遅いし、「贖罪連盟」のメンバーのキャラは数が多いだけであまり書き分けられているわけではない。結構読み進むのが大変だったが、訳文がアタマに入りづらいところがある気がする。佐倉潤吾氏だからそう下手な訳者じゃないんだがなあ。 ウルフ物としては、ウルフが珍しく外出する。しかもこの外出について、ちょっとしたギミックがある。またウルフが受けた依頼に「殺人犯を探せ」がないために、ウルフ物らしいヒネった策略もあったりする。そういうあたりは楽しい。ミステリとして悪くはないんだが、どうも不完全燃焼感がある。 ミステリとしての仕掛けがキマってはいるからか、代表作に挙げる人もいるようなんだが、ウルフ物らしい楽しさ全開..とまではいかないなあ。いや良い点いろいろリストアップはできるんだけど、あまり推したくないところがある。 |
No.1131 | 5点 | バルカンの火薬庫- アルセーヌ・ルパン | 2023/04/06 12:39 |
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ボア&ナルの贋作ルパン2作目。前作「ウネルヴィル城館の秘密」のラストで、第一次大戦が勃発することになるのだが、本作はそれを2年ほどさかのぼる話..だけど、第一次大戦の背景となったバルカン情勢に取材した話になっている。
でも幕開けからシャトレ座でのバレエ・リュスの伝説的な舞台をルパン(セルニーヌ公爵)が見物している!ニジンスキーとカルサヴィナの「薔薇の精」である。すごいな~羨ましいというかなんというか(小説の人物を羨ましがっちゃいけないが)。 この帰りがけにルパンが遭遇した乙女のピンチ。見逃したらルパンじゃない....これをきっかけに、不思議な強盗事件・精神病院に囚われたその妹と誘拐事件などなどの怪事件がこの乙女の周囲で起き、それをルパンが助けようと奮闘する話。だから、ルパンというよりも分身のセルニーヌ公爵の冒険譚。 しかし、その背景にはセルビアの大公の秘密の恋が絡み、最後はこの乙女の城館でのラブロマンスと、対立するハンガリーの刺客との闘争、といった展開。 まあだから「ウネルヴィル」と違って、ルブラン作品のパスティーシュの色は薄く、ルパンを主人公としたロマンス色の強いオリジナルの活劇になっている。それでもルパン、最後にはしっかり推理して殺人犯人を暴くミステリ要素がしっかり組み込まれているんだが、ボア&ナルの狙いはなんとなく、わかる。 王室のラブレター争奪戦というロマン色というのは、やはり「ボヘミアの醜聞」を連想するが、「醜聞」自体は1889年のマイヤーリンク情死事件(「うたかたの恋」)からヒントを得たものでもあろう。あるいはセルビア大公の「ミカエル」という名前から、あるいは架空の小国シリリアからたとえば「ゼンダ城の虜」を連想したりもする。そういった「ルリタニアン・ロマンス」の味わいを贋作ルパンとして構築してみせた、といったあたり。 それでも展開はやや地味かなあ。登場人物はこの姉妹が中心でかなり少ない。まあ、警官あがりでルパンと行動を共にする私立探偵モングージョがなかなかナイスなキャラ。 |
No.1130 | 6点 | 不自然な死- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/04/03 11:08 |
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「ブラックマスク」の件が気になるので、本作やろうか。
いや結構この話、リアリティがあるんだよね。最後まで問題になる犯行手段の件も、突飛なトリックではない(聞いたことはあるが、フツーの状況ではよっぽどの量がないと問題にならないようだし、直接的なやり方には違和感がある)し、具体的な動機となった法律の問題も、似たような話で評者もちょいとアタマが痛い。そうしてみると、この作品の「いい部分」というのは、現実の社会に根付いた「あるあるネタ」に近いようなリアルな部分だ、と結論できると思う。セイヤーズは松本清張同様にトリックメイカーだけど、トリッキーではないんだ。話のアウトラインだけを取ったら「ブラックマスク」に載ってもおかしくない非情なシリアルキラーの話なのかもよ。 いやだから、というか、クリスティとセイヤーズの違いみたいなものも気になるのだ。同じ女流とはいえ、中流上層出身で貴族探偵を起用するセイヤーズがイギリス社会の現実に即したリアルな話が得意なのに対して、クリスティの捉えるイギリス社会にリアルな味わいがない。これ意外かもしれないが、実はクリスティの両親はアメリカからイギリスに出戻った(※後記)人らしく、クリスティのバックグラウンドって、イギリスの地縁血縁のシガラミから脱したあたりにある。セイヤーズのいい面は「イギリスのローカルをリアルに描いた小説」である部分だし、クリスティのいい面は「インタナショナルで普遍的な小説」である部分なんだと思う。「イギリスのミステリ」という面ではクリスティ(とイギリスびいきなアメリカ人のカー)が特殊であり、セイヤーズの方がたとえばイネスやらクリスピンやらアリンガムやらに直接つながる面があるんだろう。 イギリスのリアル、という面だと、2組のビアン?なカップルが描かれた小説...と読めなくもないあたりも面白い。いや実はクリスティの「予告殺人」でも、田舎町で養鶏を営む女性二人組の話があったりして、本作ともヘンな共通性がある。「オトコ勝りな女」が、独力で社会生活を送ることができるようになった、最初の世代のストーリーとしてセイヤーズは読むのが、海外での最近のトレンドになっているんだろうなぁ。 うんまあ、ちょっとセイヤーズ、追いかけようか。 後記:クリスティの両親の経歴について、弾十六さんからのツッコミあり(掲示板#34467「RE:アガサさんのルーツ」参照)。ありがとうございます。実情はもう少しややこしいですが、一般的な意味での「イギリス人」というものとはちょっと違う面があります。 |
No.1129 | 7点 | 黄金の褒賞- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/04/01 22:23 |
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ガーヴというとシリーズキャラクターを頑固なくらいに排斥し、無名で平凡な善人が時ならぬ「悪意の脅威」に晒されて、右往左往・七転八倒するプロットが十八番のわけだ。本作はそれを純粋化したような話だから「道の果て」あたりが近い。
子供と妻の命を我が身を投げうって偶然助けた見知らぬ男。主人公は退役軍人と称するこの男への負い目から、とんでもない運命に巻き込まれる。主人公が善人であり世間知らずの学者体質だからこそ、この話の趣きがあるのだが、今回は「イベント」自体は中盤であっさり片付いてしまう。だからこそ、話の進行の中で「どんなかたちでのドツボが待っているのか?」と読者がアタマをひねるのが眼目で、現在進行形のスリラー要素がない、というのが大きな狙い。結構珍しいタイプの話じゃないのかな。 だから本作、ガーヴの中でも地味といえば地味な作品だし、「考えオチ」みたいな面があるヒネった小説だ。そういう罠といえばそうだが、それを最後にするりと....ガーヴのハッピーエンドのお約束はしっかり守られている。 「ガーヴは甘口」と仰るのはわからないわけではないが、これが王道というものでしょうよ。 |
No.1128 | 7点 | 奇相天覚- 高山和雅 | 2023/03/30 10:17 |
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SFマンガというものは、ちょっと主流から外れた扱いされつつも、それでも一定の地歩を保っているものだ。でも「マニアックなハードSFマンガ」となると、マーケットは限られる。高山和雅といえば、一時講談社モーニング誌で活躍しはしたが、単行本の多くは青林工藝舎(要するにガロ系)から散発的に出ているだけで、作品評価の高さの反面、極めてマイナーな作家にとどまっている。
というわけでハードSFの代表作の「天国の魚」を取り上げるつもりなのだが、まずは小手調べ。モーニングに前半を連載した後で、後半を書下ろしで出した伝奇SFの本作である。メジャーの仕事なので、ある程度キャッチーは狙っている。 辻占で生計を立てる容貌魁偉な天覚は、街で角の生えた男と遭遇する。その男の邪気にただならぬものを感じた天覚は、赤ん坊に生えた角をこの菊池という男の額に移植したことを調べる。菊池の行方を追って天覚は戸隠村を訪れるが、山中にダイダラボッチと呼ばれる巨石遺跡と、それを守護するイズナ使いたちとの、独鈷杵を巡る争いに巻き込まれる。しかしこれは鬼と人類の超歴史的な闘争の最終決着の幕開けだった....舞台は飛鳥からアイスランドへと移り、地球レベルでの地殻変動を天覚は防ぐことができるか? まあこんな話。「暗黒神話」+「ヤマタイカ」といった伝奇SFマンガの王道な雰囲気。しかし、絵柄は大友克洋をサイケデリックにしたような...というと、分かったような分からないような。この超古代のガジェットたちが実に縄文サイケデリックなデザイン、かつ「鬼の因子」の発動による変身が強く諸星流の「あんとくさま」テイスト、さらに「地上最強の男竜」みたいなパースの美もあって、グラフィックな楽しみが強くある。 逆に言えば、主人公の天覚、プロレスラー体格で坊主頭、と読者のいわゆる「感情移入」を期待しないような造型、というのがメジャー作品としてはかなり異色。いやキャラはすべてクールに外面的に描かれるだけで、そこらへんでも「SFの矜持」が窺われる。 まあとはいえ、アクションの連続で話が進んでいくから、スケールの大きさに讃嘆しながら読み進めればいい。そこらへんはメジャー仕事である。ガロ系SFな「天国の魚」だとこういうキャッチーな要素が切り捨てられて、ずっと渋くなるのだが、これを一人の作家の振幅として楽しむべきだろう。 (個人的には伝奇SF次世代の有名作品の「七夕の国」あたりとヒケを取らないとおもうのだがなあ...) |
No.1127 | 7点 | 建築探偵の冒険 東京編- 藤森照信 | 2023/03/28 13:09 |
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久々に反則したい。「探偵」ってタイトルがついているからまあいいじゃないの。
ポオの「群衆の人」が都市の不定形な群衆のイメージを「探偵」の目で観察した作品だったわけで、「都市の観察者としての探偵」というものは、実はミステリの成立の足元で同時に立ち現れていた...そう捉えるならば80年代の路上観察学会やら考現学といった動きはそのまま「探偵」活動だった、と言ってもいい。赤瀬川原平「超芸術トマソン」と並ぶ「都市の探偵」はこの藤森照信の「建築探偵」ということになる。 この本は東京都内に残された洋館建築を藤森が足でルポするエッセイなんだけども、そういう「探偵活動」、管理人に怪しまれ、犬に追いかけられ、はたまた誰も立ち入らないバックヤードに侵入しetc,etc な活動をユーモアを交えてレポートしている。小説のつもりで読んでも、いいんじゃない? 扱われる建築は「ダダイズム建築」として名高い東洋キネマ、クラシックな東京駅、ゴシック聖堂を内包する聖路加病院などなど、今では幻の建築も含まれるが、そういった東京の名建築の楽しみどころや由来を探検し探偵していく話である。実際、東洋キネマなどは著者のレポートがきっかけで無名の設計者への聞き取りも実現して、建設の経緯なども明らかになったそうだ。 訪れた建築にはマッカーサーが接収して本部とした第一生命館もある。以前、細野不二彦の「東京探偵団」の話を書いたことがあるが、その一編「星条旗の幻」(コミックス6巻)はこのビルが舞台で、本書に載っている写真がおそらくマンガの描写内でも模写されているし、このビルの土台の話もこの本から取材したものと思われる。原作みたいなものだな。 まあ80年代に元気よく東京の学生生活を送った人には、大変懐かしい本であろう。この本で取り上げられた建築のほとんどがそのままではもうすでに存在していないわけで、消え去った昭和への哀悼の念を改めて感じる。 「探偵」は必ずしも犯罪事件を追わなくてもいい、というのが「日常の謎」ミステリならば、本書だって立派に「日常の謎」かもしれないや。 |
No.1126 | 6点 | 一角獣殺人事件- カーター・ディクスン | 2023/03/27 19:20 |
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そういえば手元に別冊宝石63号があるので確認してみたのだが、1957年の訳者も国書刊行会が1995年に新訳で出した訳者も、田中潤司である。38年ぶりの旧訳者による改訳。訳文を対照してみたが、まったく新たに訳し直した訳文になっている。藤原編集室が企画した国書刊行会「世界探偵小説全集」の目玉だった作品。「こんなクラシック出して大丈夫?...でもね、マニア根性としては...」というあたりを突いた企画で、ギョーカイを動かしちゃったわけだが、こんな「仕掛け」も潜んでいたことが面白い。
「スパイとか怪盗とか大時代的な作品」で一般評価の低い作品なんだけども、いや、悪くないよ。人の出し入れがごちゃごちゃしている欠点はあるけども、導入のファース風味活劇がしっかりとした伏線になっているので、そういうあたりを肯定的に評価したい。 というかさ、今の読者が嫌がる理由って、「ありえないくらいの偶然から、話がもつれている」というあたりじゃないのかな。けどこれ「不可能」を解くためにはそうでないといけないから、十分推理可能だと思う。まあカーの独特の掟破りな傾向から「当てにくい!」という声があるのはわかるのだが。 まあ怪奇趣味にポイントはなくて、どっちかいえばケン&イヴリンのラブコメ冒険が軸の作品だと思うといいのかも。これも日本のマニアが嫌がる要素ではあるか。 そうしてみるとマニア向けなのかそうでないのか、ビミョーなあたりも妙に評者は面白い。 (あ、あと凶器の英語名称に評者は興趣を感じる。調べてみて) |