皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
|
---|---|
平均点: 6.40点 | 書評数: 1379件 |
No.1199 | 6点 | 富豪刑事- 筒井康隆 | 2023/12/07 12:12 |
---|---|---|---|
評者って筒井康隆は苦手作家なんだ。
一時必要に迫られて代表的な作品を集中して読んだこともあるんだが、どうも「合わない...」という印象だけが強いんだなあ。いや大変「頭のいい作家」だと思う。楽しめない、というわけじゃないんだが、「アタマのよさの使い方」に違和感を感じちゃって「う~ん、こんなこと、したいの??」と疑問に感じることが多くて興を殺がれる。ギャグ・パロディは大好物なわけで、小林信彦なら好きなんだけどもねえ。 というわけで「富豪刑事」。確かにミステリ・プロパーじゃない筒井康隆の「アタマの良さ」を発揮した作品で、所収の4短編すべて工夫と仕掛けを凝らしているのはわかる。「ミステリという形式」を作者が「面白がっている」のは伝わるんだよね。 しかしそこに「愛」はないんだ。筒井康隆って極端に「愛」に欠けた作家じゃないのかな、って思ったりする。「読者はこんなのしたら面白がるだろう?やってやろうか」と言わんばかりのところが、この人にはある。 だからこの人の「メタ」な仕掛けは、すべて韜晦だ。それに評者は「イヤな感じ」を抱くんだよね....困った。 とはいえね、捜査側が奇想天外な罠を容疑者に対して仕掛ける、というのは昔は「逆トリック」という言い方で、ミステリの「技」としてよく使われた(ホームズとかね)だからミステリの「本道」の一つなのだと思ってる。また、最後のホテルの話が、実はこれも一種の「密室殺人」になっているのが面白い。本作の「密室」って実は「逆密室」みたいな側面があって、興味深いのは確か。 だけど、この大富豪の刑事が金に飽かして捜査する、という趣向は、細野不二彦の「東京探偵団」の方がずっと成功しているとも思う。マンガの方が、突き抜けた「カネの使い方」ができてしまうんだ。 |
No.1198 | 7点 | 妖神グルメ- 菊地秀行 | 2023/12/06 21:08 |
---|---|---|---|
本作は1984年に刊行されているわけだから、日本のクトゥルフ神話のハシリみたいな作品でもあって、それこそクトゥルフ神話の解説書に確実に言及があるくらいのエポックメーキングな作品だったりするんだ。
トンデモない怪作でもある。 寝ぼけたような高校生、内原富手夫は、それこそマムシ・ゴキブリ・ネズミでも極上の料理に変えてしまうような「ゲテモノ料理」の天才だった。星辰が邪悪な位置に巡り来たり、再びルルイエが浮上しクトゥルーが復活する日が近づいた。内原の悍ましい料理をクトゥルーに捧げようとする、アラブ人アルハズレッドの誘いに内原は乗った! しかしクトゥルーの復活を阻止しようと米軍とアーミテージ博士は画策する。内原の赴く先々で、米軍とマーシュ率いるインスマウス軍団とヨグ・ソトト派が三つ巴で争い、巨大な魚人ダゴンとアメリカ太平洋艦隊が戦い、正道の料理の天才ギルクリストが内原に挑戦状を叩きつける。内原はクトゥルーを満足させることができるのか? ブロックの「アーカム計画」って結構マジメに「クトゥルフ神話のアクション・ホラー路線」の決定版を作ってやろうとしていたわけだけど、この作品は搦め手作戦。「アーカム計画」同様にラヴクラフトの原典をいろいろ再現するわけだが、すべてそれを「ゲテモノ料理」に集約してしまう(苦笑) 内原富手夫って名前もナイアルラトホテップのモジリで付いているわけで、実のところ「人間の味方」というわけでもない。ダーレスの側じゃなくて「ラヴクラフトの側」に立っているのかもよ。 で「クトゥルフの呼び声」で生存者がいた理由とか、なぜ内原がクトゥルフに料理するのを引き受けたかとか、ちゃんとオチがある。いやこれ凄いよね(笑)ヤラレた、としか言いようがない。 まあだから、クトゥルフ神話でもしっかり親しんでいる「上級向け」作品。ジュブナイルなんてとんでもない。時代を考えたら、相当凄い話だと思うんだ。 |
No.1197 | 3点 | 拳銃無頼帖 抜き射ちの竜- 城戸禮 | 2023/12/05 20:09 |
---|---|---|---|
渡辺武信の「日活アクションの華麗な世界」の頃だもの、評者学生時代はそれなりに日活アクションも見た世代なんだね。名画座のオールナイト主体で回ったよ。けどねえ、評者なんかはニューアクション期が好きだったから、意外に赤木圭一郎は見てなかったりするんだな。ジョーといえば「日本のハードボイルド俳優」として、評者世代のシネフィルの間でも人気だったわけだから、「ニッポンのハードボイルド」に、やはり日活アクションも影響を与えていると見ちゃ、いけないのかな?
で本作、赤木圭一郎のブレーク作の同題映画の原作。城戸禮といえば春陽文庫で膨大なタイトル数を誇っていた作家だけど、ミステリ作家と言っていいのか...困るね。確かにアクション小説には違いないんだよ。 早撃ちの名手で「殺さず」の殺し屋である「抜き射ちの竜」が、暗黒街の影の支配者である楊の世話になることになる。楊は竜を片腕として厚遇するが、楊の冷酷な手口に反発を抑えられなくなり、反旗を翻す... という話。もちろん楊は香港を根城とする中華系のギャングで「第三国人」という言い方がリアルだった時代の作品。意外にガンアクションの場面は少なくて、単に「抜くぞ!」と威嚇するだけで、ヤクザたちは恐れ入る。刑事の妹と純愛しちゃうし、非情さもないなあ.... 日本人....その言葉が竜二の胸に、ぎくッときた。そうだ、俺も日本人だったっけ。その日本人が、楊の意のままに同じ日本人を傷つけ、同胞を廃疾者にする片棒を担いでいる。これでいいのか?...悔いに似た一種の正義感が、今更のように甦ってきた。 と急に改心。ハードボイルドじゃないなあ....いやこういう余計なお説教的な心理描写とか先回りしたような予告とか原作には多いんだ。はっきり古臭い大衆小説である。 映画では宍戸錠が「コルトの銀」という竜のライバルとして、存在感があるんだが、原作には似たようなポジションで「両刃の源」と「コルトの徹」がいるにはいるが、小物臭が強い。やはりジョーあっての「コルトの銀」ということになるわけだ。う~ん、映画(それほど名作、というほどでもない)にも遠く及ばない原作だなあ。 Wikipedia なんかでも「ハードボイルドの先駆者」みたいに書かれている部分はあるんだが、西部劇か股旅モノを応用したような雰囲気の方が強い。大坪砂男の「私刑」なら、土着ハードボイルドと呼んでいい「鋭さ」と「新しさ」があるけど、これだとモダンな講談みたいなもの。 まあ試しに読んでみただけだがねえ。宍戸錠なら「拳銃は俺のパスポート」「みな殺しの拳銃」「殺しの烙印」と「ハードボイルド三部作」と称賛されるあたりはホントにストイックなハードボイルドらしさを味わえるわけで、「ミステリのハードボイルド」とはちょっと違う文脈での「ハードボイルド」も日本になかったわけじゃないと評者は思っているよ。 (たぶん後の加筆だと思うけど、最終章で実は竜は隠密捜査の刑事だったというバレがある...おいなあ....泣くよ) |
No.1196 | 7点 | 嫉妬- ボアロー&ナルスジャック | 2023/12/05 10:43 |
---|---|---|---|
ボア&ナル後期って日本ではあまり話題にならなかったこともあって、評者読んでなかったが....うん、本作「嫉妬」とかね、フランス純文学お得意のガチ心理小説か?と思っていると、実は違うんだ。
一人称小説で、妻の浮気を疑う小説家志望の俳優が、パリ郊外の浮気現場で、その妻の浮気相手を銃撃して殺した。主人公の目撃証言もあったようだが、被害者の同性愛が明らかになったことで、主人公は嫌疑から外れてしまった。誤殺でも目撃証言があれば困った立場に主人公は追い込まれるのだが、主人公が匿名で懸賞に応募した小説が受賞して大ベストセラーになってしまった!名乗り出るにも名乗り出れないジレンマに主人公は落ち込み、不審に思う妻との関係も悪化する。その妻とドライブに出かけた主人公は事故にあう... 軽妙に話が皮肉で思わぬ方向に展開していく。なんというか、心理的というよりも、ずっと客観的な筆致で描写がされていくから「ほんとにボア&ナル?」と思うところもある(苦笑)いやでもボア&ナルらしい心理描写と展開の妙もあって、「軽い」感じで楽しく読める。 プロットの綾に翻弄される。ちょっとした新境地だと思う。 だったら後期の読んでない作品にも改めて興味が湧いてくる。 (空さんご指摘のように、訳はあまり良くないな) |
No.1195 | 7点 | レアンダの英雄- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/12/03 20:21 |
---|---|---|---|
ガーヴお得意の海洋冒険スリラー。
そりゃ鉄板、と言っていいでしょう。イギリスの植民地からの解放闘争の指導者を、アイルランド人でヨットマンの主人公が雇われて、囚われの島から脱出させようとする話。なぜ主人公に白羽の矢が立ったか、というと「ヨットマンは大体イギリス人だから信用できない」んだそうだ。そういうデテールのリアルが、いい。 そしてこのヨットマンの相棒としてスポンサーから寄こされたのが、指導者を崇拝する若き解放運動の女性闘士のレアンダ。最初は遠慮もあったが、次第に主人公と息が合ってきて、ヨットでの遠征もスムースに、虜囚の地ユルーズ島へ.... という話。うん、だけど、ガーヴだから。単純な冒険物語じゃないんだよね。でもこのネタはバラすと読者の興を大きく殺ぐ。ガーヴっていつでも不条理なほどの「悪意」が話の急所にあるんだ。そんな悪意が爆発するんだけど、これもまたガーヴだから、悪意の主には因果応報。これを期待していいのがガーヴ。 めでたしめでたし。 (でも皆さんも指摘するけど、幕切れのあと、二人はどうやって脱出したんだろう?) |
No.1194 | 6点 | さあ、気ちがいになりなさい- フレドリック・ブラウン | 2023/12/03 20:06 |
---|---|---|---|
「異色作家短編集」の1冊で出た本。何よりのウリは、星新一訳。
日本のアイデア・ストーリーの第一人者が、アメリカのアイデア・ストーリーの教祖の名作集をやるわけだ。 確かに星新一っぽい言葉の使い方もあるが、こうしてみると意外なくらいに資質の差が出ているようのも感じる。ストイックなペシミストである星新一と、楽天性を恥ずかしがって意地悪なイタズラをを好むブラウン、といった構図で評者は読んでいたなあ。だから「シリウス・ゼロ」とか文明批判というよりも、「真面目さゼロ」な話として読んだ方がいいと思ってる。アホみたいな話が書ける、というのがブラウンの一番の強みじゃないのかしら。 そうしてみると表題作も、ナポレオン狂という誇大妄想をいかに変な風に着地させるか、を巡って(わざと)こねくり回した話のような気がするよ。こういう無意味なくらいに叙述でややこしくして煙に巻くのがブラウンらしいあたり。「ノック」なんてそうでしょう。「地球最後の男が聞いたノックの主」というテーマで、いろいろ思考実験する話じゃないのかな。 そういう意味だと、ブラウンの体質として、ミステリの多重解決みたいなノリがある。多くの作品にリドル・ストーリーな面があり、この二重性を一番ミステリらしくオチにしたのが「沈黙と叫び」だと思う。 |
No.1193 | 7点 | 人間以上- シオドア・スタージョン | 2023/11/28 16:43 |
---|---|---|---|
スタージョンって言えば、普通はこれ。ミュータントSFの大名作で有名。
ホモ・ゲシュタルト(集合人)、コンピュータ並みの知能・念動力・瞬間移動・テレパシーなどの超能者が一つに「集合」し人間を超えた「人間以上」になる...という話なんだけど、スタージョンだからね、 SF活劇になるわけが、ないじゃん。 評者最近ご縁があるのか、発達障害を抱えた方と一緒に動いていることが多いのだが、そういう方ってピーキーな能力があったりして、「すごいねえ」と思うんだよ。でもね、ホントできないことはまるっきりダメだし、意思疎通にも問題あることも多い。本作の超能力者もこれを極端にしたようなもので、いろいろ人間としての「能力」が欠落する代わりに「超能力」がある。本作はそういう「超能力者」の「内側」から描いた作品になる。 超能力ではなく、いろいろな「人間としての能力」を欠いているがゆえに、社会からは弾き出された人々。こんな孤独な「超能力者」たちが出会い、一つの「ゲシュタルト」を形成していく。とくにこの「魂の出会い」とでも言いたくなるような出会いを描いた三部構成の第一部に、あたかも蒼古の部族の歴史を見るかのような詩的な美があって素晴らしい。 この「ホモ・ゲシュタルト」が一旦形成されてしまうと、「何のために?」という「集合的な自意識」が芽生えることにもなる。自然発生的に「身を寄せ合った」ために、目的がないんだ。アイデンティティを求めて「ホモ・ゲシュタルト」は殺人など犯さざるを得ないこともある...こういう倫理的なアイデンティティの話に展開していくわけだ。 超人(スーパーマン)には、ひどい飢え(スーパー・ハンガー)があるかい、ジュリー?ひどい孤独さ(スーパー・ロンリネス)が? スタージョン節満開だね。だから第三部タイトルが「道徳」だったり、どうやら作品自体の結論は、人類も十分に「ホモ・ゲシュタルト」だとするようなものだったりする。これを「アメリカ的楽天性」とする論調があるみたいだけど、違うと思うよ。 キャラの内面に食い入るような描写が主で、描写の客観性が薄いから、読むのに時間がかかる本。SFっぽさが嫌いな読者に受けるタイプのSFだなあ。 |
No.1192 | 7点 | 大いなる殺人- ミッキー・スピレイン | 2023/11/24 20:43 |
---|---|---|---|
さてポケミスの(事実上の)No.1 の本作。読んだのは清水俊二自身の改訳版なので、やたら読みやすい。(というか「果たされた期待」の向井啓雄訳が読みづらくて参ったからね)No.2 の「赤い収穫」は砧一郎、No.5 の「裁くのは俺だ」は中田耕治。ここらへんがポケミス創刊当時のエース翻訳者という感じだったんだろう。
空が低くたれさがって大地を包んでいるような夜だった。 ポケミスがこの一文で始まった、と思うと面白い。スピレインは文章にアジがあるから評者けっこう買っている。で、この雨の夜にハマーが入ったシケたバーで嬰児を抱いた男が、涙を流して子に別れを告げて雨の中に飛び出し、車からの銃撃で殺されるのをハマーは目撃する... ハマーはその子を一時的に引き取って面倒を見る...はずだけど、実はナースを雇ってほぼそのナースに任せっきり。実はヴェルダ姉さんはフロリダ出張。都合がいい...(叱られる) 本作はミスディレクションがなかなか効いていて、ミステリとしてナイスな部分もあるし、ギャングたちにハマーが付け狙われて結局ハマーがギャングたちを退治することになるのは本線外でお約束。清水俊二だと軽妙、といった感じで話が展開するからか、ハードになり過ぎず軽いユーモア感も漂って、なかなか、いい。だいたいハマーってお喋りだしね。 「あなたの半分は私がこれまで見てきた中でいちばん美しい」 「じゃあ、半分だけお礼申しますわ」 と女たちに生彩があるから、中盤もそうダレずにつるつると読めていく。 でこれもショーゲキのラストシーン(なぜショーゲキかは内緒だが) もう顔とは云えない赤く濡れた不気味なマスクにしてしまった。 でサクっと話を締める。お手際お見事。 スピレインって職人的な冴えってある作家だよ。 |
No.1191 | 6点 | メグレと優雅な泥棒- ジョルジュ・シムノン | 2023/11/22 23:46 |
---|---|---|---|
困ったね。警察小説としては非常に楽しい本なんだが、ミステリとしては見るべきものがない。警察小説がミステリのサブジャンルというわけではない、ということのようだ(苦笑)
「優雅な泥棒」と本作で呼ばれているキュアンデは、時間をかけて下見をし、わざわざ家人が寝ている中に忍び込み、目を覚まさせずに枕元の貴金属宝石を盗む、という特徴的な手口の泥棒で、メグレもよく知っているが尻尾を掴ませたことはない。原題は「怠惰な泥棒」だそうだが、優雅も怠惰もしっくりいかない。静かな、とかそういう形容詞が似合う読書好きで親孝行な人柄でもある。 いやこんなキャラ設定したら、それだけで小説としては実に生彩が出るのは決まっている。このキュアンデが殺された事件に、メグレは担当外とはいえ非公式に深入りしていく。しかしメグレに割り当てられた仕事は、群集の中で現金輸送をする行員から強奪する武装強盗の捜査。確かに社会的には重大事件かもしれないが、「古いデカ気質」のメグレにはつまらない事件。そんな想いもあってメグレはキュアンデの事件にこだわっていく... 連想するのは「鬼平犯科帳」の「畜生働き」とかそういう隠語。本格の盗賊であるキュアンデにメグレは感情移入し、その死の原因となった背景を知りたいと思う。メグレも古い男なのだ。だから「警察小説」であることは、間違いない話なんだよ。 でも、キュアンデの事件と現金強奪事件がうまく交わるわけではない。もちろん小説としての対比はしっかりとあるのだが、それはミステリというよりも小説としての構成だ。いや、それ言ったらギデオン警視とか87だって、モジュラーの個々の事件が交差するというほどでもないのだから、いいんじゃない? だから本作は、やっぱり「警察小説らしい警察小説」なんだ。ちなみに本作はメグレの部下たちがほぼオールスターで(最低名前だけは)登場する。意外に珍しいかも。常連のリュカ・ジャンヴィエ・トランス・ラポアントは名前だけで、あまり出番のない二コラやバロンが活躍し、ロニョンは名前だけで、同様な下積み刑事で妻に逃げられたフェメルが活躍する。そういうあたりもちょっと変わっているか。 あと「アルザスの宿」に登場した怪盗ル・コモドールのことをメグレが懐かしく回想するシーンがある。メグレシリーズ開始以前の脇役時代に接点があるのかな。 |
No.1190 | 6点 | 自殺室- コーネル・ウールリッチ | 2023/11/21 13:48 |
---|---|---|---|
すでに「913号室の謎」で書評があるんだけど、困ったな。あちらはあくまでハヤカワの世界ミステリ全集第4巻に「幻の女」「死者との結婚」と合本で出た「913号室の謎」の話で、この項はポケミスNo753「自殺室」の評ということにしよう。ちなみに創元では「アイリッシュ短編集3」に、また集英社文庫で「ホテル探偵ストライカー」に本編は収録されている。人気作である。しかも創元が村上博基なだけであとはすべて稲葉明雄の訳。
で、稲葉明雄といえばウールリッチの名訳者のわけで、「ぎろちん」に続く稲葉選で独自コンパイルの稲葉ウールリッチ短編集。「私が死んだ夜」「もう探偵はごめん」と続いていく。ちなみに「ぎろちん」と本書が「稲葉由紀」名義。 わたしとて処女ではなかったので、最初の夜の彼の真実と口説のテクニックが、思わず呻きをあげさせられるほどの、味わいぶかいものであったことが感得できたのだろう。もうこの上は、べたべたにくっついて、貢いで貢いで、押しかけ女房をきめこむ外あるまい。 と女性に仮装して稲葉氏がウールリッチに「恋」している「ぎろちん(1961)」の「あとがき」を、評者面白がって「女装訳」って評したんだが、「野性の花嫁」や「運命の宝石」が紹介されて晩年のウールリッチの困った状態が知られるようになった本書の頃(1963)では「五〇年代になると、もうだめだ」と百年の恋も醒めた模様で、 異性にかんしては愛という言葉を深刻に思いまどうくせに、仕事になると、簡単に愛という言葉を使えるのも変な話である。 と女装もどうやら剥げてきたような書きっぷりである(苦笑) うんまあ、それでもウールリッチのパルプ作家時代の短編「殺しの足音」「眼」に、中編規模の「913号室の謎」だから、コテコテのウールリッチ節とまではいかないが、クールでスピーディなパルプ・ストーリーだ。「眼」(「じっと見ている目」)は「黒いカーテン」の後半のアイデアの原型。「殺しの足音」はホテルの掃除婦のオバサンの裏表の話で皮肉な面白味。 「913号室の謎」は一種の密室トリックだけど、ホテルの特定の部屋で次々と起きる自殺事件を、ホテル付きの探偵ストライカーが解明する話。自殺しそうにもない幸せそうな男が連続で自殺するから、ホラーテイストがあるわけで、ホラーに寄せれば、エーヴェルスの「蜘蛛」とか乱歩の「目羅博士」とかそういう話になる。探偵役のストライカーにハードボイルド風の味わいが少しだけあるのがいいあたり。トリックはカーの某作にもちょっと似てるかな。 でこのホテルが「聖アンセルム・ホテル」なのが晩年作を読んでいたらちょいと感慨。「聖アンセルム913号室」のわけね。 |
No.1189 | 7点 | 空白の起点- 笹沢左保 | 2023/11/20 10:57 |
---|---|---|---|
中島河太郎が選んだ「日本作品ベスト30(昭和42年まで)」に入っていることで、「新本格派」と呼ばれた初期の笹沢左保の秀作として知られる作品...というイメージを評者は持っていたなぁ。「招かれざる客」「人喰い」「霧に溶ける」「結婚て何さ」とパズラーに軸を置きながら、社会派ネタとロマンをうまく結合させた初期の笹沢左保の高い(ヨクバリな)理想を結実させた作品だと思う。
「新本格」って出版元の思惑で何度も使われたレッテルのわけで、松本清張が導入したリアルな人物造型と社会背景をうまくパズラーの枠組みに落とし込む、という理念を考えたら、「ポスト本格」という位置づけとして笹沢を捉えるものいいんじゃない?とか思うところでもあるんだ。 にしてもさ、笹沢左保だから分かり切っていることだけど、メロドラマが実に達者なんだよね。ニヒルな保険調査員新田と、保険会社ライバルながら男女の関係になる初子、それにヒロインの鮎子が織りなす三角関係が、メロドラマとしての骨格をしっかりと保持して、不可能犯罪をリアルなかたちで埋め込んである、という構成がまず秀逸。このトリックって「プロビバリティの犯罪」っぽい面があるから、失敗したら失敗したで...とリアルに逃げることができるうまい着想じゃないのかしら。いいかえると「リアルなトリック」でしかもパズラー的には「不可能犯罪」になる秀逸トリックだと思う。これを「小粒」とか言うのは失当だと思うんだ。 あと笹沢の「パズラーの背骨」というと、 一枚の紙を隠すために、同じ紙をその上に貼りつける―新田は、これが男女関係だと思っている。 本作のこの名セリフは、笹沢版「木の葉は森に隠せ」じゃないのかしらね。 パズラーをロマンと結合する手腕はガーヴを凌ぐものがあるしね。ちょっと追っかけてもいいかもなあ。 |
No.1188 | 6点 | アーカム計画- ロバート・ブロック | 2023/11/18 11:04 |
---|---|---|---|
ロバート・ブロックといえば、ラヴクラフトと文通し10代で「ウィアード・テイルズ」でデビューした早熟作家である。ラヴクラフトと「殺しあうくらいに仲良し」でも有名だね。若年ながらクトゥルフ神話の形成に貢献した作家なんだが、ラヴクラフト没後にはサイコホラー・SFと領域を広げながら、「サイコ」で大ブレークしたという経歴である。で、作家として地位を確立後の1979年に満を持して発表したのが、クトゥルフ神話に真正面からアタックした本作である。
「ピックマンのモデルだ...」美術コレクターのキースが店頭で見つけた一枚の悍ましい絵を見て、友人のウェイバリーは指摘する。「ピックマンのモデル」同様に、現実の背後に蠢く邪悪な神々の陰謀を、ラヴクラフトの小説は人類に警告しているのでは?という疑惑に駆られた二人は調査を始める...しかしその秘密に近づくものは「暗黒の男」ナイ神父率いる「星の智慧派教会」というカルトの手によって、不審な死を遂げる。キースの別れた妻ケイに迫る魔の手から救ったのは政府の諜報機関員だった。政府もクトゥルフを由々しい問題と捉え、地震で浮上したルルイエを核攻撃する計画が進行していた! というわけで、ラヴクラフトが作りあげたクトゥルフ神話の手の込んだパスティーシュ。作中に散りばめられたネタ元に精通すればするほど「クトルーランド」に遊ぶ気持ちで読める作品だ。ラヴクラフトゆかりのプロ作家が書いた、ガチの二次創作といえばまさに、そう。 クトゥルフ神話がそのまま事実であり、ラヴクラフトはこれを人類への警告として書いた、というメタなアイデアをベースに、モダンでドライなアクション・ホラーとして再構築している。最後にはラヴクラフトの本自体が禁書扱いになっていたりする(苦笑) アクション・ホラー化しているから、ダーレスの「永劫の探求」やラムレイのタイタス・クロウ物に近い印象があるけど、「永劫の探求」の退屈さと比べれば随分いい。けどねえ、本質がパスティーシュだからか、作者が頑張れば頑張るほど、何かシラケる部分も評者は感じるな。いや力作なのはよくわかる。でも「恐怖」の部分が「お約束」になってしまうから、怖くないんだよね... だったらもっとパロディ色の強い菊地秀行の「妖神グルメ」の方が楽しめると思う。そのうちやろう。 |
No.1187 | 6点 | ミクロ・スパイ大作戦- リンドジイ・ガターリッジ | 2023/11/16 19:14 |
---|---|---|---|
キッチュと言えば、まあスパイ小説っていくらでもキッチュになるものだ。
日本でも「エスパイ」なんて作品があるわけだが、SFと絡めてしまえばいくらでもネタはあるし、007(とくに映画)なんてSFとしか言いようのない設定もあるわけで、SFとスパイ小説の境界は曖昧と言えば曖昧。でもさ「現実のスパイはそんなことはしない!」とかリアルスパイからのクレームがありえないジャンルでもあり(苦笑)ファンタジーに突入すればし放題なのも事実だったわけだ。 リアルスパイもひと段落するとネタに困るのはその通り。だからジャンルの拡散の中で、「ミクロの決死圏をスパイと合体!」とかね、普通に思いつくネタでもある。評者の世代だとさ「親指トムは役に立つ男、小っちゃいってことは便利だね、あ便利だね!」なんてフレーズがアタマの中を駆け巡ってしまう(笑)というわけで、 人口対策の脅威に対応するため進められた人間縮小計画。イギリス情報部員デュルクは1/300、6ミリのカラダに縮小された(原理不明。いいよもう「ちびっこ光線」で)。デュルクは昆虫サイズの人間としてのサバイバル条件を研究するために縮小され、昆虫学者・プロハンターなどの縮小人間の仲間と共に、昆虫たちと戦いつつサバイバルについての経験を深めていった...しかし、政府から縮小人間たちが招集を受ける。縮小人間をスパイとして使い、ルーマニアの将軍の髪に盗聴器を設置しようというスパイ活動に動員されたのだ!否応なしに縮小人間たちはルーマニアに潜入し、苦難の末将軍の頭に取り付いた.... こんな話。科学的なツッコミどころは多数。でも、昆虫たちと闘争しサバイバルに活用する描写に妙な迫真性がある。そんなサバイバルに終始する前半がシリアスな味わいで面白い。後半はスパイ小説で007風ルーチンをしれっと踏襲してみせるあたり、シャレで書いているのが分かるぶん何か憎めない作品。イギリス人らしく「真面目な顔をして笑わせる」芸風と見た。 意外にこれが日本でもウケたのか、翻訳もハヤカワ文庫側に移して「ルーマニア潜入作戦」と改題して出版、さらに後続のシリーズが「カナダ森林作戦」「ペルー猛毒作戦」と続いて翻訳されている。 (マジでツッコめば、昆虫サイズになると重力より表面張力や空気の粘性抵抗の方が動くうえで重大になるとか、物理法則自体が人間世界の常識から外れるんだがなあ...虫って高いところから落ちてもピンピンしているでしょう?) |
No.1186 | 6点 | 恐怖- コーネル・ウールリッチ | 2023/11/15 09:01 |
---|---|---|---|
ジョージ・ホープリー名義で出版された作品。日本では営業配慮でアイリッシュ(創元)、ウールリッチ(創元以外)でとかく出版社の都合が優先するウールリッチの名義sだけど、アメリカ読者からしたらあの独特の文体からして「名義が何でも同じ人...」というのはバレバレだったんだろうなあ、とも思う(苦笑)
結婚式当日、はずみで恐喝者を殺してしまった青年は、そのまま結婚式・新婚旅行へと赴き、ニューヨークには戻らず妻と共に新婚旅行先で知り合った社長の世話になって田舎町に住むことにする。青年は自分への追手への「恐怖」に苛まれ続ける... という話。いやこの主人公「人を殺すくらいの図太さ」がないわけ。これが話のキモになっている。このために新妻との関係もオカしくなる..というのが、ウールリッチらしい「呪われた結婚」満開。けなげに自己犠牲する妻がいじらしいが、恐怖に飲み込まれた夫はそんな妻の思いも全部踏みにじる。このウールリッチの視線に自暴自棄な残酷さを感じて、心がイタいぜ。 実は「死者との結婚」の別バージョンみたいな話だと思うんだ。あれも大それた、とはいかないプチ犯罪で得た幸せを、ちゃんと生かすだけの図太さのない女性の話だったしね。話としては「死者との結婚」の方に特異性があって面白いのだが、本作はストレートにテーマに取り組んでいる。好き不好きだろうが、評者は「死者との結婚」の方を推すなあ。 |
No.1185 | 6点 | 灰色のためらい- エド・マクベイン | 2023/11/11 17:13 |
---|---|---|---|
「87シリーズで最初に読んではいけない本」として有名な本(苦笑)
異色作だとか呼ばれることも多いけど、これって「外伝」みたいな本、と捉えるのがいいと思う。お馴染みの刑事たちもキャレラ・ウィリス・ホース・マイヤーなど登場しないわけでもないが、チョイ役程度に、あくまで外側から知らない人が眺めた程度で描かれるだけ。でもキャレラとティデイのデートの熱々っぷりにアテられる。 で、話は街に出てきた大男ロジャーが、何かの犯罪を犯したらしく、それを自白しに警察に出頭しようとして...でグズグズする話。それをシンネリとやっていく。でも、何をしたのかはずっと不明のままで、街で引っかけた女性との関係にあるような....だけど、翌日また黒人の女の子をロジャーはひっかけてしまう。ロジャーの犯罪は?この女の子の身が案じられるが?ロジャーはちゃんと出頭するのか? そうしてみると、ちゃんとサスペンス系のミステリになっているじゃないの。このロジャーくん、大男のくせにマザコン気味の田舎者。だからちょっとしたサイコスリラー要素も感じたりもしたなあ。長いシリーズ、たまにはこんなのが紛れ込んでいる、というのもオツなものだと思うよ。 (あと言うと、原題は「ためらう男」くらいの意味だけど、わざわざ「灰色」をつけるあたりが、とっても日本的なセンスだと思う) |
No.1184 | 7点 | トッド調書- コリア・ヤング | 2023/11/10 18:23 |
---|---|---|---|
実は本作、ロバート・ブロックの作品なんだよね。「サイコ」の解説では「ゴーストライター」扱いになっていたり、日本語Wikipediaではペンネーム扱いになっていたり、いろいろ??となっていたこともあって調べたが、英語版Wikipediaがブロックの自伝をソースとして
この本の署名はブロックの筆名ではない、コリア・ヤングは映画制作者で、同題の映画のプランのため、(ジャーナリストの)ジョアン・ディジョンとジョン・グレゴリー・デューンのストーリーを元にした小説の権利をブロックと共に確保しようとした。映画は作られなかった。ブロックはペーパーバックのための契約をしたが、ヤングが自分の名前でハードカバーで出版したことに衝撃を受けた。 としているのが、多分真相なんだろう。実際に書いたのはブロックだが、ヤングはちゃんとした経歴のある実在の映画人である。ボツった映画の企画と権利闘争の中で、ブロックが貧乏クジを引かされたということのようだ。本書のあとがき(署名は「S」)ではブロックのブの字もないが... 内容は心臓移植をめぐる医学サスペンス。大富豪のトッド氏は心臓病にかかっていて、心臓移植しか手段がなかった。しかも血液型がAB型Rhマイナス...稀なドナー候補がロサンゼルスで見つかり、トッドたちはロスへ飛んだ。ドナーは元オリンピック選手で下半身不随になっていた青年。車椅子の暴走事故で命を落としたのだ。トッドは心臓移植を受けるが、外科医チームの一人が、この青年の死に疑念を抱く。果たして心臓のために殺人が行われたのか? この話を「調書」というくらいだから、さまざまな関係者による「証言」で構築していく。この多面性がなかなか、いい。医師の倫理と「金で買える命」、そして真相を知ったトッドの決断...小ぶりながら、ドラマがなかなか良くできている。トッドの「妻」格の愛人がなかなかイイ味を出している。 貧乏クジを引かされたブロックだが、今ではブロックが書いたことは知られているようなので、めでたし、ということなんだろうか。 |
No.1183 | 6点 | 不死鳥を殪せ- アダム・ホール | 2023/11/09 21:18 |
---|---|---|---|
そういえば本作って、ハヤカワ・ミステリ文庫が創刊した時の最初のラインナップに入っていた作品だった。「そして誰もいなくなった」「長いお別れ」「幻の女」「ゴールドフィンガー」を含む創刊ラインナップの中では、今の知名度が一番低い作品になってしまう。1976年だから、当然冷戦真っ最中。まだスパイ小説のリアリティがしっかりあった時代である。
本作はMWAも獲っていて(1966)、その前年のMWA受賞作が「寒い国から帰ってきたスパイ」。でやはりベルリンを舞台にして「敵の裏をかく」をメインにした頭脳戦の小説なんだが、筆致は即物的で至ってクール。一人称で内面描写は多いのだが、自分自身を「モノ」として冷静に観察するような冷徹さが目立つ。でもね、この作戦にファンタジックな味もあって、ハードボイルド化した「リアルな007」といった雰囲気がある。 話の内容は、イギリス情報部所属なんだけど、ナチ戦犯ハンターをしている主人公クィーラーが、ナチス再興を狙うネオナチ勢力「フェニックス」と単身闘う話。ネオナチ秘密組織ということもあって、実態がよくわからないから、クィーラーは自分を囮にして敵の攻撃を待ち構える、という極端な戦法を取る。だからほぼわざと捕まって、自白剤による拷問を受けるあたりの、自己分析がなかなか面白い(「アタマ・スパイ」という有名な評言がある)。 でも謎の美女とクィーラーが深い仲になるとか、ネオナチ組織の「ご神体」とか、アホみたいに大きな「計画」の話とか、堅苦しい組織小説のル・カレとは完全に別口。強いていえばレン・デイトンが近いが、組織批判とかそういう要素は希薄。敵もわかりやすい純エンタテイメント。 いいところは多いけど、だまし騙されの小説でもあって、一体何がなんだか逆転に次ぐ逆転からわからなくなってきて、ファンタジーっぽくなるところもある。これが不思議な持ち味。思うんだけど、スパイが得た情報って、それがレアで価値が高ければ高いほど、ホントの情報なのか、敵がわざと流したニセ情報なのか、あるいはスパイが自分の利益のためにでっちあげたものなのか、スパイが疑心暗鬼から膨らませた妄想の産物なのか、実はわからなくなる、という逆説も感じるんだ。特に本作、一人称の小説でもあるから、007みたいなファンタジーの傾向も感じたりする。 立ち位置が不思議な作品といえる。名作として定着するのはまあ、無理だなあ... |
No.1182 | 5点 | 雲なす証言- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/11/08 21:38 |
---|---|---|---|
これって一種のドタバタ喜劇だから、ジャンルはほんとはコージーくらいが適切なんだと思うんだよ。すでにピーター卿周辺のキャラは固まってきているわけで、評者もセイヤーズ読むのは7冊目ともなれば、先代公妃あたりのキャラまで十分馴染んでも来るというものだ。これってやはり狭い人間関係で事件が起きるコージーらしさなんだろう。
だから、今回のネタというのは、名にし負うイギリスの貴族制度の中で、「公爵が殺人罪で公判を受けるのなら?」というあたりに力点がある。 裁判は次のように始められた。議会守衛官が静粛を宣言した後、大法官府次官が王座の足元にひざまづいて、国璽の押された辞令を王室執事長に渡し、王室執事長は自分にはどうしようもないということで、それをまた厳粛に時間に返した。(中略)議会守衛官が力一杯「国王陛下万歳」と応じるにおよび、ガーター紋章官と黒杖官が再びひざまづき、王室執事長に役職の杖を手渡した。 とまあ、議会と王権の対立の歴史から、公爵ともなると刑事裁判でも繁文縟礼と言っていいくらいにややこしいのだ。死刑なら斬首か絹の紐による絞首か、とかマジに検討するような、イギリス特有のややこしさをセイヤーズは皮肉な目で描いているあたりが狙い目なんだろう。 こんなご時世だからこそ、その公爵の妹は、面白半分にコミュニストと付き合って状況を紛糾させる。それをピーター卿は「ソヴィエト・クラブの人は、いろいろ疑われるのが愉しくてやっているんだろう?」と評しているわけだから、まあこれどう見ても社会風刺コメディなんだよね。 だから、評判の悪い真相だって、実のところ「真実の愛」だったのかもしれない。そんな真実の愛が報われるはずもなくて....で捻り過ぎてもう一つインパクトがなくなったのかも。でもまあ、公爵の妹メアリが、のちにピーター卿の相棒のパーカー警部と結ばれることになる、と思うと妙な感慨もあるというものだ。 (こういうことを書くには何だ、という気もするけど、実はこの作品、軽薄才子のピーター卿が、事件を八方丸く収めるために、ああいう「真相」をでっちあげたんだ、という解釈はどうだろうか? なんというか、わざとらしいメロドラマだしなあ...こう見ると、ラストシーンのピーター卿のご乱行が腑に落ちる) |
No.1181 | 5点 | 海から来た男- マイケル・イネス | 2023/10/30 14:16 |
---|---|---|---|
イネスの単発の冒険スリラー。「39階段」っぽい巻き込まれ型スパイ。「海から来た男」を主人公が周囲の人たちを巻き込みながら、スコットランドの田舎の海岸からロンドンまで護送するプロセス。怪しげな「海から来た男」の狙いは?
というか「イギリス伝統」感って、この手の小説だと、オフビートなキャラ設定に妙味があるようにも思うんだ。で、主人公(22歳カレッジを卒業してすぐ)からして、人妻と海岸でアヴァンチュール中に、「海から来た男」を拾ってしまい、腐れ縁みたいにロンドンまで付き合うことになる! そりゃ「イギリス紳士のアマチュアリズム」ってそういうものなんだけどさ。本人も分析するけど、要するに「人妻との情事」の後ろめたさから、非合法のキケンな香りを漂わせる「海から来た男」の言いなりになる、という心理的な動機を否定しきれなかったりする。客観的には利用されて「気の毒」なんだけど、本人は自発的に「バカやってる」と思える、というのがなんともはや。 「海から来た男」はどうやらイギリス人の核物理学者だけど、東側に協力するために失踪し、そこから逃亡して...という独自の狙いがあるようだ。だから「アブない」キャラには違いない。そして、主人公に協力するのが幼馴染の救急隊員とか、オーストラリアから来たイトコのカントリーガール。そして寝取られ亭主の従男爵や、飛行機狂の大貴族。 なのでイネス流「39階段」という印象の作品。わりと面白く読めるんだけど....いや、訳文がヒドくって、ちょっと困る。「ところのもの」とかやりそうなくらいの直訳調の複文が読んでいてわけがわからない。時間切れで下訳をそのまま出したんじゃないか?と勘繰られても仕方のないレベル。翻訳書としてどうよ、でマイナス1点しておく。 そりゃさあ、イネスの捻ったユーモアのある文章って難しいのは分かるんだけどさあ... (どうやら「海から来た男」は「英国には私みたいなのはいません。日本ならば...」とか自分の右手について言っているから、要するに放射能被爆してケロイドになっているんだろう...そういう時代) |
No.1180 | 7点 | メグレとマジェスティック・ホテルの地階- ジョルジュ・シムノン | 2023/10/25 07:59 |
---|---|---|---|
珍しくハヤカワがメグレの未単行本化作を新訳で出してくれた。ありがたい!
「EQ」に載ったきりの作品は面白いものが多いから、ぜひ続けて出して頂きたいな~応援のため、勇んで新本ゲット。 で、本作は「メグレ再出馬」から八年後の戦時中(1942)に出版された「メグレの帰還」という本に、「メグレと死んだセシール」「メグレと判事の家の死体」と合本で出た作品。「EQ」じゃ一気掲載だったから、評者何となく「奇妙な女中」なんかと同じくらいの中編かと思っていたが、堂々の長編。 で「メグレ再出馬」で「開放的なメグレ」に描き方が変わった面を継承していて、雰囲気的には第三期とあまり変わらなくなっている。で、意外にこの第二期から第三期の初めあたりって、結構メグレ物でも「意外な真相」とかパズラー風味を感じる部分もある(関係者一同を集めて謎解きするよ~)から、メグレ苦手な本格マニアにも正面から紹介したら、意外に支持されるかもしれないな。「男の首」が代表作というメグレ観は間違っている。 でこの作品の特徴は、高級ホテルを舞台として、労働者階級の裏方スタッフと、偶然客として宿泊した、アメリカの大金持ちの玉の輿に乗った元仲間との因縁話が描かれる。 <クラーク氏は、きみとは住む世界がちがう。きみには理解できまい。クラーク氏のことは私に任せて」おくんだ> メグレは骨の髄まで庶民だったので、今、自分のまわりを取り巻いているものに反発を覚えた。 と、無実の罪で逮捕されたカフェの係の男のために、アメリカ人の金持ちを挑発してパンチを喰らい、金持ちと直接交渉する糸口にする....いや、銭形の親分みたいなタイプのカッコよさ。メグレは庶民で英語が分からないから、インテリの予審判事から受けていた「階級差別」を見返すわけだ。 庶民の味方、メグレ これは大衆小説の王道、というものだ。大傑作というものではないが、佳作ではある。 |