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斎藤警部さん
平均点: 6.69点 書評数: 1409件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.549 7点 八つ墓村- 横溝正史 2016/05/27 13:24
嘆かわしや、探偵金田一耕助の「非実力派宣言」! 巷に流行るSuchmosの ♪頭だけいいやつ もう Good night .. って格好いいフレーズが浮かんで来る。

【以下、ネタバレ含む】

結末は、まさかの二重底。八つ墓(Y)の悲劇か。。最後に浮かび上がる本格推理らしい枠組みは鮮烈だ。。。そうそう動機も哀しき二重構造なんだったね。。そういや冒頭も本格の味だったな。長い中間部はスリラー物の様相、、なのは雰囲気だけで事件発生の流れは本格流儀では?パルプの匂いこそ芬々ですが。。アクション、恋にお涙頂戴、通俗のようで通俗でない(?)微妙な線を突いてる所、見せ場となる洞窟の危ない冒険と言い「孤島の鬼」後半を思い出しますねえ。真犯人も最後は異形の姿で悶死。。。

しかし連続殺人の対象と順番に意外性あり過ぎ(良い意味)!膨れあがる謎の堆積が終盤近くなってさっぱり収まりの気配を見せないじゃないか、おまけに金田一がこの通りダメだ!!。。 ところが、あれだけ死人を出しながらまだまだ大勢のプレゼンス高き登場人物が集結する、涙の出そうな大団円が待っていたとはね。。。忘れ得ぬチョイ役、諏訪弁護士も泣けたな。。そして、お父さん。。。。

それにしても「奴はカムラ」と一発誤変換されるのは時代の移ろいを感じます。嘉村(香村?)って誰や?? てか加村真美ちゃんか・・?

No.548 5点 ポワロの事件簿1- アガサ・クリスティー 2016/05/25 11:44
西洋の星の事件/マースドン荘園の悲劇/安いマンションの事件/ハンター荘の謎/百万ドル公債の盗難/エジプト王の墳墓の事件/グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件/誘拐された総理大臣/ダヴンハイム氏の失踪/イタリア貴族の事件/遺言書の謎
(創元推理文庫)

目次を見ると何だか安心して楽しめそうな表題たちが。。コチャコチャと色とりどりに並んで楽しそう。
じっさい読んでみると何気な凡庸さをちょいちょい感じるが、まぁじゅうぶん楽しめます。

No.547 5点 ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ- R・オースティン・フリーマン 2016/05/24 19:31
倒叙と科学捜査、二つもの目新しい看板を引っさげて颯爽と登場したホームズのライヴァル。

計画殺人事件/歌う白骨/おちぶれた紳士のロマンス/前科者/青いスパンコール/モアブ語の暗号/アルミニウムの短剣/砂丘の秘密書
(創元推理文庫)

地味で時折の退屈を混じえながらも、興味を繋げる物語の本領は脈々。
とは言え読後振り返れば、ちょっとばかりカサついた後味が舌に残ったかなあ。

本書のベースとなったオリジナル第一短篇集の表題作である「歌う白骨」は小学生のとき、ミステリアスでちょっと怖い題名に惹かれてジュブナイル翻訳で読んだが、その時はいまひとつ内容を理解しきれなかった記憶がある。

No.546 5点 殺人者と恐喝者- カーター・ディクスン 2016/05/23 11:35
オルガンのパイプを分からないように並べ替える悪戯って。。ギターの変則チューニングじゃないんだから(笑)。「それはグレープフルーツですか?」「グレープフルーツです。」ギャハハハハハハ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆しかもその会話を弾劾する理由ってのがまた!!いやー参った、HMのドタバタを中心とした攻撃的ユーモアの切れと豪腕がいつにもまして強力!それでも5点しか付けられないのは真相にどうにも感心しないのとメインとなる殺人(凶器すり替え)トリックのあまりの浅さにずっこけるせい(目立たない殺人未遂トリックの方は主役級でないだけにまずまず)。文庫解説の麻耶氏が書いておられる様に、真犯人から疑いの目を逸らす手法は私も理論上は鮮やかと思うが、(不謹慎な言い方をすれば)小説上「0次会」的な第0の殺人を巡るミスディレクションも理論上は大した大規模トリックだと思うが、更に言えば満載ユーモアの一つの中にトリックの核心が潜んでいたのには実際感心もしたけれど、結果どうにもガツンとは来ないわけですよ。いかにも心理の罠が入り込む隙がありそうな不可能状況はかの『緑のカプセル』をも彷彿とさせる際どい魅力に満ちているのだがねえ、そのトリックがこれじゃあねえ。犯人云々真相云々の方でトリックの小ささをぶっ飛ばしてくれればむしろ逆トリックのノリで問題無かったのかも知れないけどさ、先に書いた理論上の感心は「ほほゥ」で止まっちゃう程度だから。でも面白可笑しさは本当に特筆もの。 

No.545 4点 悪の温室- リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク 2016/05/18 12:22
ドラマは結構好きだった! まぁドラマ向きだね。 本ならではの味は、さほど見当たらないかな。
狂言誘拐から殺害へと移行する犯行の二重底は(よくある手とは言え)趣き深し。しかも誘拐の時点で探偵役コロンボが既に登場、というのが妙味だね。
ハイテク科学捜査を信奉する一方で’心証王’コロンボを慕ってやまない若手ウィルソン刑事のちょっとトボケた味もヴェリー~・ナイス。脇役の中で特に忘れ難い男。

No.544 5点 死者の身代金- リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク 2016/05/18 11:48
ドラマが面白かった! 本もまずまずだが、ドラマほど上手に伝えてないかな。
本作は何と言っても、犯人とは不仲のあの年若い義娘ね、彼女の活躍というか暴れっぷりこそ肝ですよね色んな意味で。犯人捕捉の決定打となる、心理的な側面の大きい『物的証拠』は思わず「成駒屋!」ならぬ「刑事(デカ)部屋!」と大向こうの一つも唸りたくなる(笑)鮮やかさ。
最初期作(二作目)という事もあってか、コロンボがピン!と来るポイントがいちいち初歩的というか分かりやすくて、なんだか推理クイズの定番オンパレードみたい。でもそれが映像作品では実にスリリングで面白いんだよなあ。ピーター・フォークの演技力の賜物なんだろうか(実際ここまで漏れ漏れの手掛かり残したら凡庸な警察官でも合わせ技で見破ってしまいそうなもんだが)。犯人役リー・グラントの顔も好きだ。

No.543 8点 枯草の根- 陳舜臣 2016/05/18 10:09
清廉で学識を感じるが意外と軽いタッチ、しかし不思議と若い風格がある。道尾秀介を思わす人物紹介やすれ違いのギミック多発、そのせいか色んな一々が伏線に見えて嬉しく困った。在日華人ならではの語彙選択や言葉の綾、漢字筆談の件(くだり)も興味深し。“私だけが知っている”を毎週見てるなんてエピソードは流石に萌える。ワトソンがホームズ並みにしっかり働くのも頼もしいぞ。

物語も終盤になって、ちょっとした叙述の戯れがあったのだと気付く。小ぶりだがロジックの積み上げも綺麗。やっぱり、文体の軽さをものともしない底光りする風格があるんだな。そして風格あるものに相応しく、ラストシーンは実に爽やかで印象鮮やかな深みの境地だ。表題の意味を明かす瞬間も完璧。最後、狂おしいまでに言外「だけ」で表現される、ある重要人物の強い意志、気持ちの熱さには泣かされた。 終盤の筆の際立ちにやられた私は遂に8点を献上。
「気違いだと思ってくれんだろうか。」 ← この台詞。。 そりゃ犯人は見えてましたがね。半分だけ。。。。

日本人とは大いに、ではなく少し違う中国人ならではのモラルやプライドの表出や暗示が小説を時に引き締め時に和ませていましたね。舞台は神戸、昭和三十年代中期。 「コーヒ」だの「オーバ」だの、森博嗣かと目を疑う表記も光っていました(古拙笑)。


【最後にネタバレ&逆ネタバレ: 「イニシエーション・ラヴ」を未読の方は何卒お控えを】

本作は「李」という中国人(朝鮮韓国人も)にありふれた姓が何気な隠れ蓑になっていますが、それちょっと「イニシエーションなんとか」に於ける「鈴木」という静岡人(とうぜん日本人も)にありふれた姓のアレのナニを思い出させなくもありませんですな。

No.542 8点 もっとも危険なゲーム- ギャビン・ライアル 2016/05/16 12:01
“古い蓄音機が止まる時のように、自分の声も遠くから聞こえてきた。。”

私見ですが、日本の心に照らせば「さむけ」や「W家」は本格、「深夜+1」や本作はHB。(「ちがった空」は冒険小説) フィリップ・マーロウが好きな日本人なら本作も良かろう。 舞台は北極圏某紛争地域。

“幸福以外はなんでも表現できる表情ゆたかな顔”
「私は、今あなたにあごをかいて欲しいのです。」

主人公は冷静そうだが危険な不安定要素もある、そんな事実が少しずつ暴露され読者をスリルに曝し続ける。’死人が一人じゃない’と分かるシーンはなかなかだ。ジャッドは意外と魅力あるファック野郎じゃねえか??うんにゃ、そうにちげえねえ。。しかし主人公を小用で雇った奇妙な金持ちの男と、彼を捕捉しようと躍起なその妹の真の狙いは一体?

“土曜日の夜のきこり酒場のようなにおい”って、嗅いだことあるか?
「見知らぬ熊などに話しかけるなよ。」

鋳造のトリック。。 信頼、つまり評判の重みが知らん奴一人の命を凌駕するわけだ。
「時間はあるし ウイスキーもあるからね。。」

催眠剤を盛られてからの疾風の描写には泣かされた! 「わかったよ きみにほれたよ」
クソださい文章は訳しても飾ってもクソださかろう。穏当にださい文章なら訳で紛れる隙もあるだろう(その機微を気まぐれに当たるのは外国人読者の愉しみだ)。 しかし、本書の格好良さと来たら。。。。

”自分が金持ちになった瞬間をこの耳で聴きたかっただけだ。”
ヒロイン設定の女を本気で本能で殺したくなるシーンの創出なんて、おいらには納期永遠の宿題サボリだな。

“彼女も一瞬それを考えていたようである。”
二人の女の登場の間のxxxxに、永遠より遥かに儚いxxxxを突き付ける。 このマッチョな俳諧師の様な言葉の豪腕晒し。

「ヘルシンキへビールを飲みに行くか?」 「たまには俺の言う角度でものを見たらどうだ?」 “もう少しで殺すところだった。。” 「こういう思いつきは時折うかぶのかい?」

北欧神話発生への洞察はなかなか良い。
表題の洒落はホヮイダニットの解答だったのか。。 最後まで礼節と穏やかな狂気を失わない、社交性と孤独と富を備えた男。 そして、冷酷で合理的な仕事ぶりだが友達として愉しい男。 そして、主人公。 どんなに近づいても遠くにいるあの女。 ミステリ的にトリッキーな役回りを与えられた、悲劇の男。 嗚呼、悪い仲間たちよ。。

「本当の人間社会に害を与えてはいなかったんだからね。」 
果たして、この台詞に作者は重みを持たせたかったのだろうか。

No.541 5点 材木座の殺人- 鮎川哲也 2016/05/11 17:17
かの”私だけが知っている”脚本をベースとしたと言う、ちょっとしたクローズド・サークルの二作「棄てられた男」「青嵐荘事件」はその出自で興味を引くね。まァ不可能興味の「人を呑む家」はなかなか面白いかな少なくとも結末直前までは、、全体で見渡すとやっぱりミステリ興味、物語興味共に弱さは感じるね。。我が心の中の『俺の本格~鮎川哲也作品大全集』では三番館シリーズは別巻扱いだなァ。

ところで、三番館も四冊目のこのあたりから弁護士の登場をスキップしたり「わたし」がチラッとしか見えなかったり(要は真の探偵役バーテン以外すっ飛ばす傾向)、少しずつレギュラー陣の扱いにイレギュラーが混じって来ますね。そのへんもまあ、地味に面白いっちゃそうなんだけど。

No.540 5点 ブロンズの使者- 鮎川哲也 2016/05/11 16:05
「百足」は少しばかり印象強いですかね。「相似の部屋」「マーキュリーの靴」もまぁまぁぁ。。
後は(てか全体的に)やっぱり謎解かれが緩いというか脆いというか。。物語としても、氏ならではのサムシングってやつが薄いんだな、これが。

自分にとって特別な存在の鮎川さんですが、三番館シリーズは微妙にのめり込めません。
ノン・シリーズで他にもユルユルの短篇が結構あるんだけどねえ。。本シリーズはやっぱり、レギュラー登場人物の相関図からしてユーモアの流れ出る道筋がだいたい決まっちゃってるのが不用意な弛緩を招くのだろうか。それでも「4点」までは下がりません。

No.539 5点 完全犯罪のエチュード- 森村誠一 2016/05/11 00:48
コンセプト短篇集。ちょっと名前負けしたかな。。もう少しばかり、エグさやらキツさが欲しかった。それと全体標題と各作間のシビレるような連関性も、こちとら要求してしまう。。

敗れる花/見忘れた夢/善意の傘/停年のない殺意/途中下車する女/致死音
(光文社文庫)

No.538 7点 隅の老人の事件簿- バロネス・オルツィ 2016/05/10 19:40
探偵役の設定に負うのが大きいか、独特のぬめった空気感が好きだ。ホームズを思わせる古風な題名が並ぶのも良い。心理トリックの光る作品が印象深い。店の片隅に居座るだけでなく、意外と外向きの行動も見せる老人。しかし犯罪の真相は内に秘めようとする老人。多くのフォロワーを唆した(?)「最後の事件」はもはや伝説だね。

フェンチャーチ街の謎/地下鉄の怪事件/ミス・エリオット事件/ダートムア・テラスの悲劇/ペブマーシュ殺し/リッスン・グローヴの謎/トレマーン事件/商船〈アルテミス〉号の危難/コリーニ伯爵の失踪/エアシャムの惨劇/《バーンズデール荘園》の悲劇/リージェント・パークの殺人/隅の老人最後の事件
(創元推理文庫)

ところで「ABCマート」ってまさか「ABCショップ」に因んだ名前じゃないですよね? 靴と言えば紐が付き物だけど。。。

No.537 8点 しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術- 泡坂妻夫 2016/05/09 21:27
ストーリーそのものはね、別に詰まらなかぁないけど読まなくてもいっかな人生は短いし、
ってなくらい。
もちろん、例のアレはね、大したもんだと思いますよ、
マジックそのものである基本トリック案出もさる事ながら、
それを実行に移す意志力、完遂させる技倆、そして期待に応えた完成度、こりゃあ、驚きですよね。
何気に短いし、読みやすいから、別段苦も無く鮮やかに騙される体験が出来ますよ。お試しを。

No.536 8点 片眼の猿- 道尾秀介 2016/05/09 19:20
流石に展開が速い、もう終盤のどんでん返しかとドッキリさせるような反転が早いうちからpop-up快調。「カラス」を少しだけ若くした質感。削ぎ落としを露骨には感じさせないが抑えた言葉数、高速で進める読みやすさで濃密な内容を披瀝、しかも途上には緩急の整えどころまで設えてあるんだ、基礎分厚き者の余裕だぜ。
短いミスリード、割と長い伏線、妙に魅力あるチョイ役、谷口社長。。かなり長い伏線ないしミスリードもある。変わった子か。。まさか『絶対に映像化できない』なるコンセプトが先行した作品じゃなかろうな?それも、別の意味で映像化出来ないって方からインスパイアされたとかじゃ。。しかしまあ 何というか、豊潤たる叙述トリックですよね。これだけのジョトリを重ねておきながら嫌味な後味が(おいら的には)全くしないってんだから凄いなあ。そっか、四菱が某人物(とその仲間達)をそこまで畏れるのには、そんな理由も。。
しっかしまあ、こんだけ言葉数を絞った小説でこういうナニとなればだ、正味の話 o(^_^)o 伏線でもミスリードでもナニでもない部分のパーセンテージって両手で数えるほども行かないんじゃないか? ま、ミスリードの突起がゴツゴツししてるから多少とも手馴れた読み手にとっちゃあまるっきり根底から騙されるってわけにも行かなそうだけどさ、こりゃ何かあるとかナニが逆だとか、何となしに少なくとも頭の片隅だろうけどさ、それでもやっぱりですよ、色々明かされるタイミングもジャストだし、こりゃあぐっと来ますよ。思いのほかとて~も長い伏線ないしミスリードもあったな。。 主人公の口癖「言葉の綾」。。たしかに事件そのものはあっさりしたもんだけどさ、バカ●●トリックも本当にバカで笑うけどさ、だけどそっちのミスリードがこっちのミスリード(どっちのミスリードだ?)に引っ張られるからこそのミスリードだったりして、決して叙述の罠だけ宙に浮いてるわけではないしね。 ただ、そのへんのナニに納得出来過ぎちゃって、再読したくはならないけどね。。 いいの別に。 あと、こういう素敵な暗号の謎はいいな本当に、って思ったよ。 そしてこの題名だ。
しかし冒頭近くの二人の青年ね、小説的にね、いい仕事したねえぇ~  
読後、餃子が喰いたくなるかどうかは微妙だね。

No.535 6点 深夜の散歩- 評論・エッセイ 2016/05/07 17:59
どれもこれも、ミステリのおもしろさの真髄を外して外枠のハイブラウな遊戯に明け暮れるからこそ零れ落ちる、余分な興味とでも呼びたい論述の行方の追い駆けや、知識の拾い集めの愉しさこそが本書の美点、ではなかろ~~か?

中村真一郎のカーター・ブラウン’論’ならぬ’論ぜず’が見事に(ちょっとしたトリックを使って)論じていない、そして作品群への興味を持たせる事には成功しているのが素晴らしい。 もう三十何年ぶり、久ッ々(ひっさびさ)に再読してみると、その一篇がやけに良い。全体的には柔らかに華やかな福永武彦のパートが最も面白い。ちょっと硬めの丸谷才一も悪くない。

ま後追い読書分や知識系の確認にはともかく、純粋に愉しむぶんには一回だけ読みゃじゅうぶん。

No.534 5点 あなたに似た人- ロアルド・ダール 2016/05/07 00:37
奇妙な味とか言うより、折り目正しいまともな古典作品群に見える。’ライター’の一件にしろ’羊肉’の話にしろ、はみ出してない拡がらない、安定しちゃってる感じがちょっとね。。作りがしっかりしているから名作として味読も出来ようが、昔の喩えで恐縮だけど「沢口靖子さんは絶世の美人だけど女性としての魅力は云々」みたいな、個人的にそんな感じ。 (比較対象じゃないかも知らんが)シャーリー・ジャクスン派の私としては、長澤まさみより水川あさみの方が遥かにいい私としては、琴線にヒットまではしない。やはり童話作家こそ本領の人なんだな、って思いますよ。 とは言え読んで損は無かろう。

No.533 9点 けものみち- 松本清張 2016/05/06 12:28
清張は通俗でも充分殺せる。
割烹旅館に住み込む不遇美女に纏わった後ろ暗い手探りの蠢きから始まって、、突然或る事件が起きるタイミングの衝撃波の煌めき!同種のショックは忘れた頃ふたたび襲う。そしてみたび。。。 「まるで往来と同じだ」 「遠近法の計算」。。心理戦のリアルタイムカットバック描写にシビれる場面もある。展開の意外性にヤられた咄嗟の指紋抹消シーン!まさかの疑惑まみれ展開が終盤でもない中盤でもない絶妙無比なその瞬間に急襲!

エログロとは異なるキモエロシーンのしつこさには辟易したが、悔しい事に途中から慣れてしまった。

古の某氏を思わせる闇のフィクサーを中心に据え。。ながらも社会派の色は背景に薄く塗る程度かな、と思えばなかなかどうして、と思わせておきながら。。ストーリーの駒をタイミング良く動かすのが本当に上手いねえ、清張さんは。或る人物の「真実は曲げられませんからね」なる平凡な台詞に込められた或る強靭な意図、いや思い過ごしか。。と保留していたら、かなり後になってその真意を思い知らされた。

終盤に入ると言うには微妙に早い頃合い、それは無いでしょうと言いたくなる、キリキリ来る違和感のすれ違いシーンが、いやいやその外枠にはもう一つまた相当に巨大そうなすれ違いの構図、この外限が見えない感覚に読み手は圧倒される。 しかし。。。。。。。清張さんってのはよほど、言外の屈辱をやり過ごして嘗めまくって昇華させ尽くして最高無比の栄養にまんまと変容させ続けた人なんだな。 

いやいやこの本は東野圭吾ファンに受けが良さそうだ。圭吾さんがこの本大好きなんじゃなかろうか。物語と犯罪の構造こそ全く違えど「白夜行」に大いに通じる何かが底にある。しかし準主役級の刑事が途中から予想外に気持ち悪いメタモルフォーゼを見せる所は大いに違う。白夜行の笹垣刑事はけものみちの久恒刑事(字面ちょっと似てるが響きは違う)を外観はほぼそのままで内面というか全体像を、物語の機微を曇らさない限界まで極力格好良く仕立て直したある種理想の存在だったのではあるまいか?

出て来るんだよねえ「黒革の手帳」なる言葉が、メタ絶妙と名付けたくなる深淵のタイミングで。 疑心暗鬼の独りよがりな応酬を乱反射させる清張の罪無き悪意。。 「世の中は不思議なものだ」だってさ。どの悪党(?)の台詞だったか。

最終局面で意外性を大いに含むバイオレンスアクション展開(!)となるが、その末に明らかになる、真の黒幕、ではなく真犯人、でもなく’最後に残る者’が実に意外! いかにも終盤の前半終わりあたりで’意外にも’あっさり抹消されそうな人物が、まさかあんな悪どさを道連れに、、残るとは! 最後まで生き残ると思われた或る人物のまさかのいきなりの最期、と対になった残酷な意外性には柔らかな心理の盲点を衝かれる。 と前後して別の或る人物がチョイ役と見えて実は黒幕、とまでは言えんが意外と’分かっていた’側の人物である事が露呈、ところがその露呈の直後に。。 と目を瞠らざるを得ない意外意外の急展開に唖然としているうち物語は瞬殺のエンド! この最後の最後にぶん殴られる衝撃の構図は果たして清張当初の構想通りか、それとも。。。

さて本篇、「わるいやつら」の巨悪版とも見えましょうが、この物語内で展開される犯罪は決して巨悪ではなく、巨悪の前々々準備段階(という意味でやはり糾弾すべき?巨悪の構成部分)とは言えても飽くまで、殺人を含むとは言え、小規模の悪行に留めて描写敷衍されたもの。その特徴にこそ通俗的手触りが強く残るが、冒頭で触れた通りそれでもじゅうぶん重厚な殺人的快感をくれるのが清張余裕の底力。 8.6強の9点。

No.532 8点 さむけ- ロス・マクドナルド 2016/04/28 22:35
つかみは緩いし、最初の男女の絡みは駆け引きとも突き放しとも呼べないくらいチャラい。時に見える言説の出しゃばりも 気を効かした比喩もマーロウのトーキンロッキンブルーズに較べたらオヤジュゲグ特区送りみたいなもんだ。まるで先達のハードボイルド名手達に憧れるが資質の追い付かない作家がHBもどきの薄い本格を書いてるかのよう。出だしから軽く二百頁以上はそんなもん。だがしかし、それでもこの小説に読ませる力があった。。。。。。。“レフティ・ゴドー”なんて小むずかしい洒落を言われて巨人軍魅惑の00番、曲者後藤(右投左打)を思い出した。冒頭の失踪事件で謎を引っ張るのかと思いきや、失踪人は第二の事件の重要参考人としてあっと言う間に発見されちまう。ところがこれが単純に『第二の事件』と思ったら大間違い(なのだが、全体真相が暴かれて見ると、実は。。!?) ! 古代だったら殺される。。蜘蛛の濡れた足のようなものが首筋に。。聖堂のように保存するだろう。。あなたはずいぶん複雑な生活をしていらっしゃるのね。。悲劇はたいていそうしたものです。。。終盤近く差し掛かってやっと魅力的なフレーズ群があぶり出され始める。それにしても本作で見せるアーチャーの無色透明な媒介感は。。ヴァン・ダイン作品中におけるヴァン・ダインに匹敵するんじゃないか?

謎追いの道筋がぐにゃぐにゃ捩れて絡み合うのは確かにハードボイルド流儀かも知れん。だからこそ一見HBより本格風ムードの愛憎ギラギラ連続犯罪ストーリーがいつしか「初めに見せてくれた主題を置きっ放しにしてないか?」と軽く疑いを持たせもするのだろう。 或る会話の中でアーチャーが返したジョーク「まあ似たようなもんですがね」には笑った。結局、主人公は誰だったんだ。

しかし気持ち悪い結末だな。。。。 この動きの激しい急襲サプライズ・エンディングはまるで山田風太郎が少し生真面目に書き過ぎたかの様な内容で、リアリティが皮膚感覚で迫るぶん気持ち悪さも前面に出ちまっている。だけど確かに吐き気よりは寒気だ。
米国式に言やぁ私立探偵小説=ハードボイルドなのかも知れないが、日本の心の分類で言えば本格じゃないかなあ、これは。少なくともわたしにはHB的魅力はさほど感じられない。しかし最後の台詞は流石になかなかだった。

7.500でぎりぎりの8点。 やはり魅力はある。

No.531 5点 地下球場- 佐野洋 2016/04/21 12:29
黒い鞄を狙え/ロスからの男/強打者牽制

常勝川上哲治監督が携行するという『黒い鞄』の謎を追う表題作。連続V記録更新中の読売巨人軍が実名付きで登場するが、現実人気球団をダシに使ってかなり踏み込んだ想像話ゆえか、なんとも歯切れの悪い終わり方。ミステリ腹に落ちない。 他二作は軽い娯楽作。悪くはない。

No.530 6点 10番打者- 佐野洋 2016/04/21 12:19
急映、大毎、太陽ロビンス、金星スターズ、巨人の加倉井に坂崎、後楽園にはアンラッキーネット(!)。。魅惑のアーリーデイズプロ野球用語がポンポン飛び交う中、速やかにクールに展開する戦後ニッポン陰謀物語、の飽くまで一側面、に軸足置いたサスペンス・ファンタジー。 星野組はプロ化を意向するも頓挫、ですって。。

序章 彼との出会い   第一話 不均衡計画  第二話 ウイニング・ボール  第三話 盗まれたサイン.

「桜機関」の「桜氏」(どちらも仮名)なる衆議院議員にして正体不明のフィクサーの下に職を得た「私」は、氏の幅広い暗躍領域の中で『(戦後復興した)日本プロ野球人気を今度こそ定着させる』というミッションのために奔走する。(その真の目的は、果たして。。) 氏と「私」の出逢いを描いた序章と第一話は、社会派に振れ過ぎない政治スリラー的様相でスイスイ進行。(森村誠一だったらどんなに熱く脱線しまくったろうか)
かと思うと第二話、出だしのつかみどころの無さは底知れぬ陰謀のようで日常の謎のようで。。急に社会的要素が蒸発してしまったかのような微妙な中弛みを見せつけ、核心はまさか色事絡みかと匂わせ、、 と思うと唐突な感動秘話に向きを変えて締める。。なんだこりゃ?
二話三話と連作が進むに連れ黒幕から主人公(共に十数の歳を取り)へと物語上での存在感が軽くシフトする、かと思いきや。。 第三話ではやにわに謎解き要素が色濃くなるが、最後の最後で急にリアリティの薄いトンデモ陰謀論に転んで終わっているのは。。 週ベ(週刊ベースボール誌)連載時色々あって、ひとまず冗談めかしといて様子見、という事なのかしら? なんて穿った見方をせずにいられませんね。 (まさか、佐野流の『逆トリック』ってやつだったりして)

ちょっとバランス悪い連作集だけど、まずまず。

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斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.69点   採点数: 1409件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(59)
松本清張(56)
鮎川哲也(51)
佐野洋(40)
島田荘司(38)
アガサ・クリスティー(37)
西村京太郎(35)
島田一男(29)
エラリイ・クイーン(26)
F・W・クロフツ(25)