皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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tider-tigerさん |
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平均点: 6.71点 | 書評数: 369件 |
No.149 | 7点 | ある閉ざされた雪の山荘で- 東野圭吾 | 2017/03/04 15:50 |
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作り物めいたところのある作品だが、私はその作り物感がいい方向に作用していると思う。
とにかく設定がいい。雪なんかどこにもないのに雪の山荘に閉じ込められる、電話があるのに助けを呼べない、こんなおかしな状況に登場人物らが追い込まれるのだが、ぜんぜん不自然ではない。理由づけがしっかりしている。ゆえに殺人事件が本当に起きたのかどうかを推理する愉しみが増す。下手なクローズドサークルよりもクローズドでドキドキワクワク感がすごい。 最初のうちは二人組での行動などあったりもして、読者である私はおいおい危ないなあと思ったのだが、登場人物たちは呑気なものである。登場人物と読者の感じ方にそういうギャップがあると白けてしまいがちだが、本作はそういうギャップが愉しいのだ。 序盤、中盤はとても良かった。終盤は意表を衝かれはしたが、動機にやや強引さがある点(正確には動機そのものではなく、動機が生ずるまでの流れ)、ラスト数頁の雰囲気があまり好みでないことなどあってやや評価を落とす。が、かなり面白かった。 この人は人間ドラマを強調しない作品の方がいいと思う。また、あまり売れなかったのかもしらんが、初期作品の方が作者の持ち味が出ているように思える。 直木賞受賞までのくそ無駄な道のり(本人に罪はない)のせいで持ち味を削られていったような気がする。バカミスな方向に突き進んだりしても面白いのでは。 ※『白夜行』や『容疑者X』を最近になってようやく読んだ自分がこんなことを言うのもなんですが、『秘密』や『白夜行』がダメで『容疑者X』で合格という直木賞の選考基準がよくわからない。 |
No.148 | 6点 | 美人薄命- 深水黎一郎 | 2017/03/04 15:46 |
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ゼミのフィールドワークとして老人に弁当を運ぶヴォランティア活動を始めた大学生の主人公が、とある老婆と親しくなる。このばあさんには辛い過去があって、主人公と老婆の人生が交錯して……みたいな話。
本作を読み終えたことにより『ジークフリートの剣』の序章に登場した婆さんの正体が判明してすっきりした。 ジークフリートは芸術家の挑戦と生態から始まって途中から大きく軌道がずれていったが、こちらは老婆の日常や過去からとんでも話へと展開する。 スケール感ではジークフリートの方が上だが、読む人を選ばず誰でも楽しく読めるのはこちらかも。 ただ、ミステリとしてはどうだろうか。 注意深く読まないと気付かずに流してしまうような伏線、ネタが多く散りばめられていて(自分もけっこう読み落としてそう)、凝った作品だと思うけど、こうした部分が気に留めて貰えずにサラッと読み流されてしまいそうな作品でもある。 また、オチにちょっと強引な部分がある。 驚きのある話、だが、自分はミステリとしては少し評価を下げて、6点とします。 この人の作品は人物造型は類型的だったり浅かったりするんだけど、なんか人間の不思議さを感じさせてくれる。 作中にあった「若い頃に老人を軽んじていた人間は必ず惨めな老後を送る」という説は正しいかどうかはともかくとして、大いに頷きたいところではある。 なんか『トムは真夜中の庭で』が思い浮かび、読み返したくなった。 |
No.147 | 6点 | ドキュメント 精神鑑定- 評論・エッセイ | 2017/02/28 23:33 |
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ミステリにもしばしば登場する精神鑑定。
私の好きな作品でも犯行が露見した犯人が最後の最後に精神科で貰った診断書を取り出してドヤ顔するような作品がありましたが、そんな簡単なことなのか。 現実世界でもこんな流れがよくあります。 犯人「人を殺してみたかった」 検察「はい精神鑑定」 一般人「頭おかしいからってまた無罪かよ」 本当にそんな簡単に無罪になるものなの? 事例がいくつも紹介されておりますが、下手なサイコものミステリよりはるかに面白い。 精神鑑定に興味ある方が最初に読む本として強く推奨します。 ここでの点数は6点としておきますが、名著だと思います。 |
No.146 | 2点 | そして殺人者は野に放たれる - 評論・エッセイ | 2017/02/28 23:26 |
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「心神喪失」の名の下で、あの殺人者が戻ってくる! 「テレビがうるさい」と二世帯五人を惨殺した学生や、お受験苦から我が子三人を絞殺した母親が、罪に問われない異常な日本。
~以上 Amazon内容紹介より ミステリ小説でもしばしば目にする精神鑑定。 本作はいわゆる刑法39条反対論が展開されておりますが、その主張が酷すぎる。 刑法39条に異議を申し立てるのが悪いのではなく、事実誤認が多すぎるうえに感情的に過ぎるようです。 内容が酷いだけならスルーですが、内容に反比例してAmazonでの評価がとても高いので取り上げました。 著者は法学部を出ているようですが、法律に関する間違いが散見されます。 著者は精神病の知識もあやふやです。 著者が提示するデータにも間違いがあります。 触法精神障碍者は許せないという気持ちだけが先走っています。 私は、正常 (責任能力あり)と異常(責任能力なし)の区別は意味がないと思います。が、「異常」であれば「事件をなかったことにしよう」という、まさに異常な発想が日本には明治以 来ずっと定着してきてしまいました。 試みに、このアマゾンで「心神喪失」と検索してみると、処遇がらみのものが数点あるだけで、この国には「犯罪」と「被害者」と「心神喪失」を真正面から論じた本が1冊も流通していないことがわかります。 ~以上 Amazon著者コメントより 失礼な話です。この問題について真面目に書かれた文献はいくらでもあります。 著者の言葉でいう『異常な発想』とやらは江戸時代よりもはるか昔から定着している考え方で(事件をなかったことにしようなんて誰も言ってはおりません。違法だけど責任はないと言っているだけです)、なおかつ日本だけの特殊な『発想』ではありません。 他の本を探すことを推奨します。 |
No.145 | 6点 | 人魚は空に還る- 三木笙子 | 2017/02/24 22:11 |
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創元のミステリー新人賞応募作。最終選考で落選するも書籍化とあいなった表題作に三編を加えた短編集です。
人によって評価が極端に分かれたり、最終選考で落ちたんだけど推す人がいて書籍化、みたいな作品がどうにも気になる質なので、読んでみました。 明治時代を舞台にしたライトなミステリ 傲岸不遜な天才絵師 有村礼と謙虚なお人柄の雑誌記者 里見高広のコンビが帝都で勃発する様々な事件を解決していきます。この二人の仲良くなった切っ掛けは里見が当時英国で人気を博していたシャーロック・ホームズを有村に翻訳して読み聞かせ、有村がそれに夢中になってしまったから。そして、二人の役割分担なんですが、謙虚な高見がホームズで、傲岸不遜な有村がワトスンというちょっとした捻りがあります。 ミステリとしては弱めですが、話作りはまあまあ上手で読み心地は悪くない。特に表題作はいいですね。 ただ、明治の人がとても現代的なのは気になりました。まあそこをつつくべき作品ではなさそうですが。 それから、傲慢なワトスンと謙虚なホームズという図式を崩さないで欲しかったなあ。そのギャップで愉しませて欲しかった。いや、高見さんは謙虚な人柄なんですよ。ただ、謙虚ではない設定(政府高官の養子であったり、剣道の達人であったり)が加算されていくのが個人的には残念だった。キャラを押し出したライトなミステリを好む女性をターゲットにした作品なのかも。 デビュー作だし、読み心地は悪くないのでおまけして6点。 |
No.144 | 8点 | 黒い画集- 松本清張 | 2017/02/24 21:29 |
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代表作(だと思っていた)点線がいまいち楽しめなかったので清張は長らく敬遠していましたが、三十過ぎてから小倉日記や本作を読んで認識を改めました。
以下寸評。ややネタバレあり 『遭難』筋運びが巧みで本当に面白かった。真相はけっこう早めに気付きましたが、勝負の行方は最後の最後まで読めず、緊張感を維持したまま読み終えることができました。読者がどちらかに感情移入し過ぎないよううまく調節されているように感じました。実は伝説の登山家は……などと推測しておりましたが、大ハズレでした。偶然に頼り過ぎな犯行計画ではありますが、どの段階にあっても怪しまれることなく計画を中止できるという利点はでかい。確実性には不安あるも安全性は高く意外と実用的なプランかもしれません。 『証言』最初に読んだときは感心しましたが、再読して平凡な作品だと感じました。 『天城越』これも時系列に沿って普通に書いたら平凡な作品になったと思うのです。見せ方、構成によっては凡作も良作となり得る良い見本だと思います。味わい深く、とても面白かった。 『寒流』読んでいてなんとも息苦しくなるような話。ラストは実現可能性を考えると? てか、バカミスすれすれでしょう。ですが、この馬鹿馬鹿しい発想はけっこう好きです。このおバカなトリック、類例があったような気がしますが、なんだったっけか? 『凶器』初読時は酷いパクリ(下手なパクリ)だと思ったのですが、二度読みすると読み味がかなり異なっているように思われました。やはり清張。先行作品はユーモア色が濃く(ミステリ的な価値はおまけだと思っています)、こちらは紛うことなくミステリって感じがします。 『紐』ミステリとしてはこれが一番面白いと思いました。 『坂道の家』寒流以上にリアルでなんとも嫌な話だなあ。 全体的には7点。遭難と紐を評価しての8点とします。 |
No.143 | 7点 | リコ兄弟- ジョルジュ・シムノン | 2017/02/24 11:12 |
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作中では組織やらギャングやらと遠回しな表現が使われておりますが、要するにマフィアのオメルタ(沈黙の掟)にまつわる話です。
マフィアのメンバーである三兄弟。うち末弟トニィに裏切りの疑いが持ち上がり、長兄エディは苦悩しつつも組織の命ずるままにトニィを捜す。 ただそれだけの話です。派手な展開はありません。 空さんが本作について以下のように仰っていました。 ~この人(シムノン)、こんな小説も書いていたのかと驚いたことを覚えています。~ ~書き方はいかにもシムノン。~ シムノンには以下のような発言(評者が要約)があります。 『私はまず、こんなことが起こったら、この人物の人生はどうなるのだろうか? と考える。それを見つけるために第一章を書きはじめる。主導権を握るのは登場人物で、私(シムノン)ではない。書いている間はストーリーではなく、登場人物に注意を集中する。ストーリーには興味がない』 シムノンのこうした発言がそのまま体現された作品のように思います。 シムノンの異色作でありながら、同時に典型的なシムノンともいえる面白い(興味深い)作品。 エディがトニィの行方を訊きだすため母親に会いに行く場面がかなり印象的でした。腹を探り合うようなことになってしまった親子の会話には真冬の便座に腰掛ける時のような緊張感があります。母親との場面は以下の文章で締めくくられます。 ~彼には母親の投げた最後の眼差が気になった。~ どんな眼差しであり、なにがどう気になるのかをシムノンははっきり書きません。 本作は抑制された筆致で描かれ、なおかつエンタメ的な盛り上がりに乏しいため、淡々と進んであっさり終わったなと感じる方もいらっしゃるでしょう。ですが、行間に滲む緊張、哀しみ、重苦しさに読んでいてだんだん辛くなってくる、胃が痛くなってくるという方もいらっしゃると思われます。これはもう好みの問題でしょうが、この書き過ぎずに醸す緊張感と悲哀を私は評価します。 次兄の絡ませ方もいい。 掟に縛られたマフィアの一構成員の哀しい人生の断片に焦点を当てた本作とマフィアの世界を壮大なファミリーサーガに仕立てた最上のエンタメ小説『ゴッドファーザー』を読み比べてみるのも面白いかもしれません。私はどちらも素晴らしい作品だと思っておりますが、本サイトでの評価は『ゴッドファーザー』に軍配を上げることにします。 ポケミス版 裏表紙の内容紹介がちょっとピントがずれているように感じました。『非情なギャングの世界で骨肉相喰む三兄弟』などとありましたが、この謳い文句には非常に違和感あります。 |
No.142 | 6点 | 首切り- ミシェル・クレスピ | 2017/02/04 11:48 |
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優秀な経営コンサルタントだったカースヴィル(私)は突然のリストラに苦悩するも、優秀な人材に就職先を斡旋してくれるという企業にて試験を受けることになった。300人以上の人材の中から勝ち残ったカースヴィル含む十数人は最終試験として孤島に集められ、熾烈な戦いを繰り広げるのであった。
2001年のフランスミステリー大賞受賞作品。変な作品です。 冒頭でカースヴィルが人を殺してしまったことが匂わされます。 そして、就職試験を受けることになった切っ掛け、試験中に起きたことなどが回想されていきます。失業の恐怖、そして、就職を斡旋してくれるという企業への執着が描かれ、その後、受験者が孤島に集められ、三チームに分けられてのシミュレーションゲームが行われます。 孤島に集められる必然性が不明でいかにも怪しげですが、相応のリアリティがあって、受験者たちのマジな雰囲気をうまく作り出しています。 そもそもゲーム開始早々から受験者たちは企画者の意図を深読み、全知全能のゲームマスター(企画者)の想定を逸脱して、彼らの裏をかこうと画策。本当になにをやってんだか。無茶苦茶なようでいて、あくまでも人と人との頭脳戦で読ませようという姿勢は高評価。参加者たちの知的バトルが非常に読ませます。ここに楽しい人間模様も織り込まれて状況は二転三転していきます。もっとも三百人の中から選りすぐられたにしては凡庸な人物が多すぎる気もしますが。 まあとにかく、ミステリかどうかは疑問あるも面白いのです。 ところが、終盤が……私は受け付けなかった。 失業の苦悩、つかみかけた希望、ゲームで追い詰められて、絶望と浮き沈みするカースヴィルがついにライバルを殺害してしまうと、こういう流れでミステリ的な方向に話が向かうのかと予想していました。ところが、私の想像を悪い意味で超えた展開。 とても楽しく読めた前半と中盤でしたが、終盤で減点。6点とします。 非常に惜しい。 |
No.141 | 6点 | 二日酔いのバラード - ウォーレン・マーフィー | 2017/02/01 19:39 |
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その男は保険金の受け取り人を自分が入所していた療養所の院長に変えていた。
「俺の友人もこの療養所に入所しているんだよな……」保険会社の社長を務める友人からトレースは事情を調べて来て欲しいと依頼される。 だが、その療養所はニュージャージーにある。行きたくないと駄々をこねるトレース。なぜならニュージャージーには別れた女房と子供たちがいるからだ。 ユーモアミステリーとか軽ハードボイルドとか言われるアル中調査員トレースシリーズの一作目。やや安定感に欠ける作品。トレースやチコのキャラが確立されていない。作者が書きながら人物像を探っているような気配が感じられる。二人の関係もどこか不安定な状態で始まっている。プロットもいきあたりばったりで、トレースが絶対に会いたくないと騒いでいた妻子――楽しみにしていたのに――も物語にほとんど絡んでは来ないので肩透かし。ミステリとしてもそれほど上出来とは思えない。素直過ぎる。 ユーモアはふんだんにあるが、そちこちに感傷性もあって、それが奇妙な読み心地を生んでいる。脇役の女性がよかった。ただ、このキャラは女性読者には「男にとって都合良すぎな女」と反発を買いそうではあるが。 「わたしたちお酒を止められるかしら」 トレースとの別れの際の言葉。なんてことないセリフなんだけど、文脈が、物語が、このセリフをとても印象深いものにした。こういう文脈型の名言(造語です)を大事に拾っていきたいと思う今日この頃。 好きか嫌いかでいえば好きな作品だが、高評価はしづらい。 |
No.140 | 7点 | 猿丸幻視行- 井沢元彦 | 2017/02/01 19:38 |
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乱歩賞受賞作って読んでいる最中は楽しくスイスイ読めるんだけど、「特記事項なし」みたいな作品が多い印象がある。そんな乱歩賞の中ではかなり好きな作品。だが、書評するのに悩む作品でもある。知的好奇心をくすぐって引っ張るタイプで、和歌、日本史、民俗学などに興味ある方には良いが、そうでない方には辛い作品でしょう。
個人的にはせっかく折口信夫が出張ってくれたのにイマイチ活かされていないように思えて残念だった。 SF的な導入部は安易だと感じた。結局、あの薬はどうなってしまったの? 素直に折口信夫を主人公にしとけばよかったのに。て、そうしなかったのには理由があるわけだが。 柿本人麻呂の謎解きはよかった。特に名前の話、なるほどねえ。証明は難しいだろうが、納得はできる。話もかなり大きくなったし、面白かった。 資料にずいぶんよりかかっている作品らしいが、主たる参考文献をしつこいくらいに明示している点は好感が持てる。 最初の殺人に関して、ハウダニットは許容範囲。フーダニットは楽しめず。ホワイは納得できる。二つ目の殺人のハウは「ほわ?」っとなりました。なぜそういうことをする。ホワイもなんだかなあ。二つ目の殺人が足を引っ張って完成度、納得度を落としてしまった。 構成も良くないと思った。人麻呂の謎解きに殺人事件をもう少しうまく絡めることができなかったか。あれでは乱歩賞だからと殺人事件を無理矢理ひねり出したように感じられてしまう。歌の謎が解かれるにつれて折口信夫の周辺で事件が起こり、人が死んでいくといった展開が望ましかった。 占星術と同年の応募で占星術に競り勝った(圧勝だった?)作品らしいが、もし自分が審査員だったら双方受賞の線で押したいところ。どちらか一方というのであれば、好きなのは猿丸だが、ミステリとしては占星術に軍配を上げたと思う。乱歩賞は小説としてのバランス、リアリティが要求される賞だと思うが、それが仇となって受賞作がどこかこじんまりしている印象(『脳男』みたいな変な作品やアアオンエみたいな素人っぽいのもあったけど)。コントロールは小学生以下だが、スピードだけはメジャーリーグクラスのピッチャーにも門戸を開いてはどうだろう。たまには本格で真っ向勝負の作品が乱歩賞受賞というのも気持がいいと思うのだが。一発目は『猫は知っていた』なのにねえ。 (ここ四、五年の受賞作は読んでいないのですが) |
No.139 | 8点 | 高い窓- レイモンド・チャンドラー | 2017/01/26 16:03 |
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『さらば愛しき女よ』とともに私がもっとも好きなチャンドラー作品であり、褒めどころを必死に探さなくてはならない『さらば愛しき女よ』とは違って、チャンドラーの長編三作目にして初の成功作(完成度が高い)だと思っています。
ただ、タイトルが地味で内容も地味なんですよね。謎の核心を端的に象徴したいいタイトルだと思うし、内容もちゃんとしているのにイマイチ盛り上がらない作品。ミステリ要素はあってもエンタメ成分が希薄。序盤から中盤は淡々と進行し、盛り上がりが終盤に集中している。 やはり、文章、雰囲気、場面、人物を味わうのがチャンドラーの愉しみなのでしょうか。しかし、敢えてマーロウの感情の動きを味わうともいってみたい。ハードボイルドで感情を味わう? ハードボイルドは登場人物の内面や感情を描写せず、行動を描く手法だと聞いたことがありますが……本作の依頼人との顔合わせのシーン。好きだの嫌いだのの直接的な描写はこの場面の最後まで出てきません。でも、マーロウの依頼人への嫌悪感は最初から疑問の余地なく読者に伝わる。 ~彼女は顔を赤かぶのようにまっか(真っ赤)に~します。薔薇のように真っ赤ではないのです。 依頼人の亡夫である『じいさん』は地域社会に尽力し、毎年命日は新聞に写真が掲載され、『彼の生涯は奉仕であった』という献辞がつく(笑)そうです。 シニカルな視線で依頼人や邸宅の様子が描写されていきます。依頼人は喘息もちらしいのですが、~私は片方の脚を膝の上で組んだ。そのために喘息がひどくなるということはあるまい。~と、マーロウ。その場のイヤな空気が歴然としています。 当初の依頼は金貨の盗難事件です。この件の真相はよく考えられています。ところが、どうもそこに焦点がいかない。物語はぜんぜん違う方向に進み、真相が徐々に判明するにつれてマーロウの義憤がどんどんヒートアップ、マーロウの気持が直接的に語られる終盤の会話、言葉自体は淡々としていますが、非常に強い感情がこもっています。ここで読者はカタルシスを得られます。 「あなたはこわくない。あなたをこわがる女の人なんて、いるはずないわ」 若い頃よりも、なぜか今の方が泣けてしまうのですよ。 とにかく、地味で動きの少ない小説を愉しめる人には一押しの作品です。 気になる点。 1マーロウが事件の真相を長々と説明する構成がちと不細工。 2トラウマ。記憶を改竄、喪失させるというトラウマ。 喪失した記憶を取り戻すことによって、心の傷が癒えていくという。 こういう設定は数多の小説で目にするも、本当にそんなことが起こるのか? 近代小説に最も大きな影響を与えた人物はドストエフスキーやヘミングウェイではなく、ジグムント・フロイトではないかと。半ば冗談、半ば本気でそんなことを思うわけであります。 さて、残るはもっとも印象の薄い作品と言われがちな『かわいい女』と、最高傑作とされる『長いお別れ』 かわいい女(けっこう好き)の褒めどころを探しつつ、長いお別れ(もちろん好きだけど世評ほどに好きではない)は弱点を見つけ出そうと、そういう方向になりそうです。 ※『湖中の女』『高い窓』田中訳も読んでみたいですね。クリスティ精読さんが引用した部分に関しては、田中訳の圧勝ですな。 村上訳は『ロング・グッドバイ』を購入済みなのですが、なんか読む気になれない。 村上氏のチャンドラー長編翻訳計画は『湖中の女』を残すのみになりましたが、なんか湖中は村上氏好みの作品ではないような気がするのです。むしろ、氏があとがきで「実はわたしはこの湖中の女はあまり好きな作品ではない」とかなんとかと、もっとも入門に向いている作品をディスったりしないだろうかと危惧しております。 |
No.138 | 7点 | 少年時代- ロバート・R・マキャモン | 2017/01/26 15:59 |
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本サイトからお薦めされたので読んでみました。マキャモンは初読みです。
十二歳の少年が一年の間に体験した出来事が時系列に沿って並べられています。父親と二人で早朝の牛乳配達に出掛けた際に遭遇した殺人事件が核となってはいますが、殺人事件とは関係ない話も多く、長編というよりは連作短編といった趣の強い作品です。 作者の脱ホラー宣言後の第一作目とのことですが、ホラー小説的な書き方がずいぶんと残っているように感じられます。 本作は一口、二口齧るとスティーヴン・キングの味がします。人物造型(特にデーモン)にはキングを思わせるものがありますし、後半にはペット・セマタリーを想起せざるを得ないエピソードがあったりもして、キングからけっこう頂いているのは間違いないでしょう。ただ、キングのように行間まで塗り潰す厚塗りではありませんし、キングにはないある種の郷愁を感じさせます。 読み進めていくうちに、キングと見せかけて、実はこの人がやろうとしているのはレイ・ブラッドベリではないかと気付きました。ブラッドベリお得意の舞台が用意され『霧笛(ブラッドベリの短編 太陽の黄金の林檎に収録)』を想起させられるエピソードが飛び出します。すると、やはり、主人公の少年は両親からブラッドベリの『太陽の黄金の林檎』をプレゼントして貰い、ご丁寧に『霧笛』について感想を述べたりします。 ※最後に作者自らがブラッドベリを讃える後書きを残しておりました。 車窓を流れゆく美しい風景のようなレイ・ブラッドベリと映画館の最前列に座ることを強制するかのようなスティーヴン・キング。両者は持ち味、読み味のまったく異なる作家だと思っていたのですが、彼らを重ねるとこういう風になるのかと。 おまけで『銀河鉄道の夜』まで登場する。まさか、マキャモンは宮沢賢治を読んでいた? 主人公、及び親友たちのキャラが少し弱いか。まあ些細な欠点というか、実在の人物がモデルだからあまり無茶はできなかったのかもしれません。作者から少し離れた位置にいるキャラが面白かった。デーモン、ヴァーノン、ジェイバードなどなど。特にヴァーノンはもったいなかった。最後にもう一度登場して欲しかった。 あびびびさんの『特に彼の父親と母親は、まさに父親と母親である』というコメントが最初のうちはいまいちピンと来ませんでした。二人ともごくごく普通の人たちというか、むしろ弱さの方が目立つくらい。でも、そのごく普通が、やっぱり『まさに父親と母親』なんですね。 いい作品でした。 |
No.137 | 7点 | 悲しみのイレーヌ- ピエール・ルメートル | 2017/01/18 23:06 |
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その現場は、こうした「仕事」には慣れっこになっているはずの彼らでさえ、かつて見たことのないほど凄惨なものであった。捜査班の指揮を執るカミーユはマスコミに煽られるもなかなか進展しない状況に焦っていた。猟奇殺人、快楽殺人としか思えない事件であったが、なにかがおかしい。そして、カミーユはふとした切っ掛けでとんでもないことに気付くのであった。
アレックスよりもこちらの方がいい(傷だらけのカミーユは未読です)。 なかなか興味深いネタだった。そして、大掛かりな仕掛け、そのアイデアに寄りかからず、丁寧に仕上げたことをさらに評価したい。無駄がなく、展開力(特に中盤は面白かった)もある。登場人物もなかなか魅力的。動機をもう少し入念に構築してくれればさらに高評価だったのに。 第一部は犯人に神の御加護でもあるが如くなにごともうまくいきすぎ(目撃者不在など)なきらいはあるも許容範囲。このまま終わってもなかなか読ませる作品になっていたと思う。 どうでもいいことだが、個人的に気になったことが、 1リンゴ、ジャガイモなどの消化器の残留物までも一致させた犯人の手管を知りたい。 2マイクル・コナリーの『ザ・ポエット』は良作だとは思うけど、古典とか傑作というのは違うような……。 第二部はキビキビとした仕上がりに好印象。手に汗握る緊迫感が凄い。最後の場面の舞台はなるほどねと思わされた。ただ、奴の仕事の見せ方(挿入の仕方)にはもう少し工夫の余地があったように思える。また、第一部と第二部の食い違いをもっと鮮明に浮かび上がらせればさらに面白かったのでは。 こういう作品で優れた仕事への愛(殺人への愛ではありません)を表明するのは、いかにもひねくれた(私見です)フランス人らしいと思った。 最後に日本語タイトルについて。 「明日にでも変更すべし」 原題は直訳すると『丁寧な仕事』『入念な仕事』みたいな意味らしい。 丁寧な仕事、入念な仕事では内容がわかりづらいというのであれば、仕事を殺人と置き換えて、丁寧な殺人、入念な殺人とでもすれば良かったのでは。 悲しみのイレーヌ、悲しいのはこっちだよと言いたい。 |
No.136 | 7点 | 地球最後の男 人類SOS - リチャード・マシスン | 2017/01/15 13:01 |
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ハリウッドの中心で「映画でしか本作を知らない方 是非とも原作をお読み下さい!」と、声を大にして言いたいのです。
では、内容紹介をば。 「ロバート出て来い!」 「イヤだ便所!」 突如蔓延した疫病により、人類はみな吸血鬼になってしまった。そんな世界に一人生き残ったロバート・ネヴィルは奴らとの絶望的な戦いに明け暮れていた。いや、戦いなんかじゃない。奴らはロバートを狩り出そうとしている。ロバートは生き残ることができるのか。吸血鬼と化した人々を元の姿に戻すことができるのか。 高校生の頃に読みました。その当時としてもちょっと古臭い吸血鬼小説。ロバートの孤独な戦いと侘しい生活が綴られ、まあまあ面白いという程度。 このまま終われば6点くらいですが、ですが……ラストに痺れました。 答えははっきり提示されているのに、人(読者である自分)って自分に都合の悪いことは見えないわけです。このラストで点数繰り上げ7点とします。 本作は十年ほど前に『アイ・アム・レジェンド』として映画化されました。映画化に当たって、原作にはわずか数頁しか登場しない犬に焦点が当てられました。そんなことにばかり無駄な力を使い、肝腎要のレジェンドの意味は改竄されました。悪い意味でアメリカ的な、みんなが喜ぶような、そんなしようもない映画になってしまいました。これ、マシスン生きてたら映画化は許さなかったと思う。俺だって許せないくらいなのに。 ※すみません マシスン 2013年まで生きてました。 なんで許可してしまったのか……。 私の持っている本は邦題が『地球最後の男』で田中小実昌訳 訳文古く、ウィルスがビールスと訳されています。でも新訳よりこちらの旧訳を薦めます。 ちなみに原題は I am legend です。このタイトルは素晴らしい。これしかない。 ※ネットで得た映画のラストに関する情報 当初は原作の精神に則ったラストだったらしいんです。ところが、スクリーンテストをしてみたところ、観客の多くがその価値観の逆転についていけず不満が続出。50年前の作品なのに、ですよ。これって凄いことじゃないですか。 藤子不二雄がオマージュとして『流血鬼』という短編を描いていますが、マシスンの意図を汲んだうえで、さらなる捻りを加えて読後感を変えています。こっちはマシスンも支持してくれそうな気がする。 |
No.135 | 8点 | 春にして君を離れ- アガサ・クリスティー | 2017/01/05 13:12 |
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バクダッドにいる娘夫婦の元を訪ねた帰りに天候不順のため砂漠の真ん中で足止めを食ったジョーン。自分は幸福な家庭を築き上げたと信じている裕福な女性がなにもない砂漠に取り残され、やることがないので自分を見つめ直してみたところ……これだけの話です。それが読ませる。さすがとしか言いようがありません。
いつだったか、ミステリしか読まない友人が「俺はあんまり好きじゃないけど、おまえは好きそう」と言って貸してくれたのですが、読み終わった後、自分で購入しちゃいました。 一般的なクリスティのイメージからは遠く遠く離れた作品です。そもそもこれはミステリではないでしょう(ゆえに採点は減点あり)。書評されている方が何人かいらっしゃるので便乗しますが、どなたも登録されていなければ書評しなかったであろう……名作です。 クリスティの初書評作品がこれというのはどうなんだろうとは思いましたが。 読み始めて早々に作者の狙いが見えました。テーマを前面に押し出した作品です。ただ、序盤は哀しいとか怖いというよりも笑いが先に立ってしまいがちでした。登場人物の造型が誇張され過ぎに思えて(夫の物分かりの良さと妻の洞察力の無さ)、いくらなんでもそんなバカなという気がしたのです。テーマをくっきりと映すためだろうとは思いましたが、うーんやり過ぎかなという感じ。 前半は「地味な話ながらもなかなか面白い」という感想。 そして、長女の不倫騒動。震えがくるほど素晴らしい場面だと思いました。 ジョーンの夫ロドニーが長女を説得します。言葉の内容もいいのですが、ここに至るまでにクリスティの入念な下準備があり、とにかく計算が行き届いているのです。伏線、人物造型、小説内での人物配置、テーマ、これらが混然一体となっています。 尋問とか説得のシーンは作者の頭の出来が如実に出ます。クリスティはろくでもないお涙頂戴で泣き落すようなことはしません。説得する側、される側の人物像を考慮しながらの大論陣。さらに、ジョーンに落とされる爆弾。クリスティの頭の良さをまざまざと感じました。 この場面で本作の評価は「なかなか読ませるなあ」から「名作だな」に変わりました。 ジョーンは悪人ではありません。頭が悪いわけでもありません。社会にはなに一つ迷惑をかけず、むしろ有益な人でしょう。 主観(自分)による自分と客観(他人)による自分があまりにも異なっていること、そのことにふと気付いて立ち止まること、怖ろしい。 そして、ロドニー。嫌な人だとはまったく思いませんでしたが、見方によっては無能な人間です。 結末が如実にそのことを示しているように感じました。 そんなわけで名義違い二連発で書評初めをば。今年のテーマは「変身」とでもしておきますか。 本年もよろしくお願いいたします。 |
No.134 | 6点 | 酔いどれ探偵街を行く- カート・キャノン | 2017/01/05 13:01 |
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この本はずいぶん昔に古本屋でなんとなく手に取った。裏表紙の著者近影を見て笑った。作者名カート・キャノンとあるも澄まし顔の被写体はエド・マクベイン御大だったのだ。ハヤカワが写真を貼り間違えたのだと思った。
本作はエヴァン・ハンター名義でマンハントという雑誌に掲載され、後に名義がカート・キャノンに書き替えられた。すなわち、87分署シリーズを書いたエド・マクベインの別名義の作品。 都筑道夫の訳文がなかなか味わいがあっていい。 ~おれか? おれは、なにもかも、うしなった私立探偵くずれの男だ。うしなうことのできるものは、もう命しか、残っていない。カート・キャノンというのが、名前だ。 以下略~ どこかで聞いたことのあるような序文だった。あるいはこちらがオリジナルなのか。 作者と同じ名前の登場人物が出てくるのはあまり好きではないが、本作はあまりイヤな感じはしなかった。舞台はニューヨークのドヤ街。カート・キャノンの友人はルンペンばかりで依頼人もいわゆる下層の人間ばかり、金持ちの依頼などない。そもそもキャノンは資格を剥奪された探偵なのだ。 プロットは平凡で意外性はさしてなく、殺しを一つ、女を一人と律儀に通俗の道を行く。 個人的にはハードボイルドには探偵役に信念が欲しいところだが、本作のカート・キャノンにそれらしきものはなく、ただただ『いつも酔っ払ってフラフラしている』という原理原則だけがある。それでいて、有能で喧嘩も強く、女になかなかもてる。いささか都合のよいキャラではある。 とにかく雰囲気がいい。本作を読んだとき、マクベインは一人称の方が板についていると感じた。 プロットはどうということはないのだが、どこか心に残るものがある作品集。 マクベインの本性は87分署シリーズではなくて、むしろこちらにあるのではないかという気がしてならない。 |
No.133 | 8点 | 火刑法廷- ジョン・ディクスン・カー | 2016/12/28 13:28 |
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最初に読んだカーの作品がこれだった。二十年くらい前だったような。
掴みは最高。だが、訳のせいなのか読みにくいし(小倉多加志訳 この人の訳は個人的には相性が悪い)、内容もそれほど凄いとは思えなかった。理由は他の方々の書評にある通り。ミステリとして少々肩透かしだと感じた。 これが最高傑作ならカーはもういいやと思った、のだが…… ※余談ですが、一作読んでもういいやとなってしまった作家がけっこういます。もういいや状態が継続している作家もいれば、読み直しや他の作品で持ち直した場合もあります。たぶんみなさんも同様の経験がおありではないかと。自分の場合、マルタの鷹(ハメット)、点と線(清張)、動く標的(ロスマク)などが「もういいや状態」を生み出したことがあります。ちなみに以上の三者はすべて名誉挽回済であります。 後年、本作を読み直した時に思ったのは、これは派手な二つの消失を扱ったわりに地味に着地した本格ミステリなどではなく、派手な消失事件の陰で主人公の妻への疑惑を描いでいる。巧みで丁寧な演出を施したサスペンスなのではなかろうかということ。 妻に対するちょっとした疑惑。最初は比較的安全なところにいたスティーヴンスだったが、徐々にその疑惑が膨らんでいく。まどろっこしいという印象を持つ方もいらっしゃるだろうが、スティーヴンスの退路が着実に絶たれていく過程が非常に読み応えありと感じた。特にブレナン警部がやって来て、会話を重ねていくうちに警部の真の狙いがはっきりし、妻への疑惑が頂点に達した瞬間がたまらない。その後もスティーヴンスの問題提起で他の可能性が検討されたりもして、非常に丁寧な作り方だと思った。キャラの動き方や言動は自然で無理なく話が進行する。 第三部までは非常に出来がいいと思う。ただ、第四部では少々御都合主義、ごり押しが目につく。前述のとおりトリックは小粒で拍子抜け。だが、第五部で鮮やかに……結論としては、 殺人事件(毒殺犯消失と遺体消失)を軸に読むと世評ほどではない本格ミステリ。ラストも本作をミステリだと考えた場合は蛇足の感が強い。 妻への疑惑を軸に読むと、実によくできた怪奇幻想風味のサスペンス小説。 妻への疑惑を消去法的にじわじわと盛り上げる演出は非常に巧みで、探偵役の登場、ホニャホニャ、そして、サスペンスだからこそ活きるあのラストへと。これらの流れも素晴らしい。 本格ミステリの大家が書いた名作ということをいったん忘れて、無名作家ジョンソン・カーディックさんの作品だとでも信じ込むことが本作を愉しむ秘訣ではないかと、そんな風に思う。 昨年はYの悲劇が書評納めでしたが、今年も名作ということで、仮性、もとい火刑法廷で締めとさせて頂きます。 みなさま、よいお年をお迎え下さいませ。 |
No.132 | 7点 | 恐怖の谷- アーサー・コナン・ドイル | 2016/12/23 10:44 |
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恥ずかしながら、最近まで未読でした。
面白いは面白いのだが、採点するに迷う。これは果たして長編と言えるのか。また、ホームズものといえるのか。 第一部は相変わらず掴みがうまい。ミステリ的にも不倫騒動の意味など、細部がある一つの事実によってひっくり返っていくのが気持いい。とてもいい作品だと思う。 第二部もよかった。街を牛耳る悪党集団にすんなりと受け入れられる主人公。それでいて嫌な印象は抱かせない不思議な人物。ラドラムの『暗殺者』を読んだ時のような感覚が甦った。霧が一気に晴れるような爽快感がなんともいい。 ハードボイルドとはまったく思えないのだが、ハードボイルドと同じ根っこを持つリアルを追及した作品のようには思える。これならチャンドラーに馬鹿馬鹿しいだのなんだのとは言われないでしょう。 一部と二部の食い合わせの悪さはいかんともし難いものの、どちらも高水準のエンターテイメント。ただ、あの終わり方はないでしょう。下手すると一部、二部と読んできたことが徒労に感じられてしまう。最後の最後でベルトサタンがニーナをかっさらっていくような感じか。※参考 ポールのミラクル大作戦 あの三者が一堂に会する第三部を設けて、彼に花道を飾らせてやって欲しかった。 |
No.131 | 6点 | ハローサマー、グッドバイ- マイクル・コーニイ | 2016/12/23 10:38 |
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長い間絶版で幻の名作とされてきた作品です。河出の復刻版の表紙で作品の印象がガラリと変わった。
結論を申し上げれば、過度に期待しなければ十分に楽しめる作品。私はすごく読んでみたいと思っていた頃ではなく、年を食って読みたいという情熱が少し醒めてから読んだのが良かったかもしれません。 さまざまな要素が混在する小説ですが、大雑把にいえば前半は恋愛小説、後半はSF展開となります。 主人公は少々鼻につく部分ありますが、おっさんになっていたせいか、若さだよなあと大らかな気持で見守っていられました。若い頃に読んでいたらこの主人公はちょっと気に食わなかったかも。 対するヒロインのブラウンアイズはお人形。ちょっと生々しい場面もありますが、良い意味でのギャップではなく、なんかチグハグな人物。対照的に置かれたサブヒロインの方が好感が持てた。彼女がああなってしまったのは……作者が悪い。 それから、青い恋愛を描くのはいいんだけど、作者の描き方まで青いのはちょっと頂けない。 恋愛における「どうしたらいいのかわかんない」状態など、主人公の気持はまあまあよく描けていると思うが、恋愛が展開していく模様の書き方がまずくて、どうもこのカップルは傍目に魅力的には映らない。 そんなわけで、前半は名作というわりにはやや凡庸かと。弟が消えたエピソードも姉や主人公の対応がちょっと理解しがたい。これは大きな瑕疵かと。 後半は俄然面白くなる。SF史上最大のどんでん返しは褒め過ぎだと思うが、なかなかうまく決まっている。ラスト前の暗黒展開は、こっちまでうすら寒さ(笑)を感じる。 ラストの一文がほぼ予想通りだったのが気持良かった。ただ、戦争のことなど、細かな部分では騙されており、驚きや感心するところもあって、全体としては満足な出来栄え。タイトルもいい。 ミステリファンへの訴求力という点を鑑みて採点は6点としておきます。 |
No.130 | 9点 | 妖異金瓶梅- 山田風太郎 | 2016/12/22 23:55 |
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舞台を金瓶梅の世界に移すことによって、本来は成立し得ないものが傑作になった。リアリティのなさ(逮捕されずにこんな連続殺人を続けていけるわけがない)と小粒なトリック(かなりいいものもあるし、使い方も巧みであると思うが)という欠点は吹き飛んだ。動機の異様さも長所でしかなくなった。この着想は素晴らしい。
変な世界を舞台に変な(恣意的な)設定を積み重ねて独自の世界観などと謳うミステリが最近増えている。そういうことをするのならシンプルな方がいい。ノートに名前を書いたら死ぬ、みたいな。個人的には大きな嘘(設定)を一つ、その一つの嘘を活かすべく、もっともらしい細部でリアリティをもたせるのが美しいと思う。 本作は金瓶梅でミステリやるよ~、と一言で説明可能な明快さに加えて、類例があまりない探偵と犯人の人物像や関係性、その他のキャラも良し、物語良し、テーマ良し、怒涛の後半は圧巻。世界は借り物でも咀嚼の仕方が素晴らしい。ワールドクラスのミステリだと思う。 |