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HORNETさん
平均点: 6.31点 書評数: 1078件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.378 7点 だれがコマドリを殺したのか?- イーデン・フィルポッツ 2016/05/08 11:42
 ここまでの方が多く書かれているように、事件発生まで作品の半分以上を要しているが、まったく苦にならなかった。男女の愛憎劇、人間模様が面白く描かれており、もともとはミステリ作家ではなかった著者の力量がいい意味で発揮されている。
 逆にミステリの仕掛けとしてはこの時代だからこそで、今では典型的な「〇〇ネタ」である。少しでもミステリに通じている読者ならば早々に気づいてしまうトリックであるが、それでも最後まで興が削がれることがなかったのは、人物造形のしっかりした「物語」となっているからだ。
 それにしても主人公ノートンは、純粋であり悪気はないのだが、結果的に周りに甘えた生き方に映り、周りの人たちの気高さや心の広さが逆に際立った。自分の幼さ、青臭さが招いた悲劇であるのに(しかも周りの人はさんざん忠告したのに)、なんだかなぁ…。もっと痛い目見てもいいのに。
 …なんて思いながら、とにかく「かなり楽しめた」

No.377 6点 スキン・コレクター- ジェフリー・ディーヴァー 2016/05/08 11:06
地下道で腹部に意味ありげな言葉の刺青を入れられて殺害される事件が次々に発生。殺害方法は、刺青の墨(?)に毒を仕込み、それによって死に至らしめるという特異かつ残酷な方法。また、被害者のそばにあった遺留品には、ボーン・コレクター事件でのライムチームの捜査について書かれた書籍の断片が。
 "the second""fourty""17th"…それぞれの入れ墨に込められた意味は何なのか?ボーン・コレクター事件、ライムチームへの犯人の思惑は?並行して描かれるウォッチメイカー死亡の報の顛末は、物語にどう結びついてくるのか?―すべてがつながり、明らかになるラストへと、お得意のどんでん返しが畳みかけられている。

<以下ネタバレ要素あり>

 散りばめられた伏線が見事に回収されながら、予想外の結末へと結んでいく手腕はさすが。ただ、とはいえ実行犯についてはそれほど予想外でもなかったが…。(この作品を読むちょっと前に、アイラ・レヴィンの「死の接吻」を読んでいたから、何となくダブってしまった)。
 しかしこれを読むと、本シリーズの中でも「ウォッチメイカー」は特別な存在なんだとつくづく思う。まだまだライムとの闘いは続くようだ。それを「楽しみだ」と好ましく思う読者が多いのだろうか。私個人としては、各作品は単品で楽しめるほうが手を出しやすいので、切り上げてくれてもいいのだが…

No.376 9点 死の接吻- アイラ・レヴィン 2016/04/16 11:08
 古典作品ではあるが、いつの時代に読んでもまったく色褪せず楽しめる名作。
 「ドロシイ」「エレン」「マリオン」と三姉妹の名が冠された3部構成の仕組みも非常に巧み。第1部「ドロシイ」は犯人の視点から一人称で描かれ、第2部「エレン」は第1部の一人称=つまり犯人を探るフーダニット、そして第3部「マリオン」は犯人を追い詰める倒叙的なサスペンス。厚みのある作品だが、一本槍ではないこうした仕組みが、ラストまで飽きさせることなく読者を引き付け続ける力をもっている。
 不思議なことに、第1部ではどこか犯人に気持ちが寄ってしまい、予定外の展開に「畜生!くそ!」と毒づいているときなどは共感的に読んでしまう。第2部のラスト、真相が明らかになる場面の展開は背筋がぞくっと。そして第3部物語自体のラスト、絶妙な幕引きに最後まで息を呑む。
 それほど数は読んでいないが、海外古典の中も強く印象に残る一冊だった。

No.375 4点 オルゴーリェンヌ- 北山猛邦 2016/04/16 10:48
 このシリーズの前作を読んでおらず、設定に慣れていないためか、非常に読みづらかった。特殊な世界設定によるミステリ自体には基本的に抵抗感はないのだが、なぜか本作品は頭の中でその世界を描きにくかった。
 各事件のトリックも突発性や偶発性が多い気がしたり、アクロバティックな仕掛けがぴんと来なかったりした。登場人物のキャラクターも揺れが大きく、汲み取りきれなかった感があるし、謎めいた要素や意味深な要素が不要にちりばめられている感じもした。何より、この世界設定に慣れていないからか、動機などの心情面があまり理解できず、全体的に次第と読むのが億劫になってしまった。

No.374 7点 交換殺人はいかが? - 深木章子 2016/04/16 10:35
すでに刑事を引退した君原のもとに、定期的に遊びに来る孫の樹来。将来ミステリ作家をめざしているという樹来は、君原が過去にかかわった事件の話を聞きたがる。かわいい孫とのその時間が君原の至福の時なのだが、事件の顛末を話す「じいじ」に、樹来は「そんなことじゃないと思うんだけどなぁ」と、真相を看破する推理を披露する。
 ミステリ作家になりたいという樹来は、表題の「交換殺人」のように、「密室の事件ってあった?」「ダイイングメッセージの事件は?」など、ミステリの定番テーマに関する事件を聞きたがる。よってそうした定番モノを扱った各短編という構成になっているが、そうした使い古された「枠」を使いながら、当然トリック等は作者ならではの面白い仕掛けになっており、ライトなタッチの読みやすさも手伝って非常に楽しく読めた。
 作者の他の作品と趣がずいぶん違い、引き出しの多さにも感心する。

No.373 5点 ミネルヴァの報復- 深木章子 2016/03/12 20:25
 弁護士・睦木怜シリーズ。
 前作の「敗者の告白」よりがぜん臨場感というか、躍動感があってとても読み進めやすかった(「敗者…」は手記といいう形式だったからまぁあたりまえかもしれないが)。とにかく、断然こっちのほうが良かった。

 ただ―なんでだろう?さり気ない感じで描いていると思うのだけど、「ここ、ちょっとなんか含みがあるな」というのが目についてしまう。要は「仕込み」が分かってしまうのだ。だから嘘じゃなく、真相はほとんど看破できていた。

 この話では主人公の、横手弁護士は早々に「間違いない」と断じすぎ。しかし人間性としては嫌いになれない。睦木弁護士よりむしろ共感してしまうところはあった。

No.372 5点 敗者の告白- 深木章子 2016/03/12 20:10
 弁護士・睦木怜シリーズの一作目(たぶん)
 別荘で妻と8歳の息子がベランダから転落死した男・本村弘樹。睦木はその弁護を担当する。本書は、その事件の顛末が関係者の手記として語られる構成。死んだ妻が報道関係者に宛てた文書、同じく死んだ8歳の息子が祖母に送ったメール。いずれも、「自分が殺される」という内容のもので、本村は最重要容疑者に。しかし、異なる角度から供述する他の事件関係者の供述で、真実は何なのかが次第にわからなくなる。いったい、事件は事故なのか、殺人なのか、殺人であるとするなら、犯人は誰なのか―。

 設定・構成としては面白いと思ったが、結末(真相)は予想の範疇内。その予想が早々に立てられてしまったので、早く読み終えたくて、少々読むのが面倒に感じた。
 伏線の張り方、その回収の仕方はなかなか見事。ただ、伏線を目立たせないために一つ一つの章(手記)を詳細に(長く)している感じがしてしまったのは正直なところ。

No.371 6点 虹の歯ブラシ 上木らいち発散- 早坂吝 2016/03/07 21:27
 まぁ下ネタのオンパレードで、さらにはそれがしっかりミステリに絡んでくるんだから、よく考えるものだと感心してしまう。しかもそれでいてミステリとしての叙述のルールはきっちり押さえて、ロジカルに仕上がっているので、作者のミステリ作家としての力量の高さは間違いない。
 前作の「○○○○○○○○殺人事件」は一発企画モノかと思っていたが、シリーズ化して連作短編の形にしたことでクオリティが高まったと思う。

 ラストはSF、メタ要素も入って思わぬ方向へ行くが、これについては好みがわかれるかも。個人的には普通に終わってくれたほうが、今後もシリーズが続く気がして嬉しかったのだが…。

No.370 5点 夕暮れ密室- 村崎友 2016/03/07 20:59
 青春ミステリらしいライトなタッチで読みやすく、ミステリアスな雰囲気もそれなりにあるので、楽しんで読むことはできた。
 ただ、無駄に冗長な感じは否めない。特に天文部の(名前忘れた)オタクっぽい男子の密室推理のくだりとか、不要に感じた。

<ネタバレ>
 ミステリ的には△、という感想がここまでも見られるが、自分は、一番の欠陥は登場人物ごとの手記による章立てだと思う。だってそのまんまじゃん。そりゃないよねぇ。

No.369 7点 黒野葉月は鳥籠で眠らない- 織守きょうや 2016/03/07 20:49
新米弁護士の木村が担当するのは、女子高生への淫行、肉親の殺傷事件、離婚案件、相続問題など、まぁ取り立てて奇抜な案件ではない法律問題。だが、実はその一つ一つに、依頼人や関係者の巧妙な仕掛けが施されており、予想外の結末にあっと言わされる。
 結末にブラックさを感じる人もいるかもしれないが、個人的には「三橋春人は花束を捨てない」がよかった。最後の「小田切惣太は永遠を誓わない」は一転、ハッピーエンドな感じでこちらもよかった。
 一つの設定で貫く連作短編集でありながら、ワンパターンにならずにそれぞれにクオリティが高いと感じる。今後も作品にも期待が持てるのでは。

No.368 7点 死と砂時計- 鳥飼否宇 2016/02/27 18:05
「魔王シャヴォ・ドルマヤンの密室」
一短編として標準以上の出来。この一話目で、本物語の特殊な設定にも目が慣れる。凶器の在りかについてのくだりなど、秀逸。
「英雄チェン・ウェイツの失踪」
 予想はできるのだが、そのうえでやはりオチがよい。そうだろうとは思ったのだが。
「監察官ジェマイヤ・カーレッドの韜晦」
 この話は”動機”が奥深くて面白い。禿頭にしていたことの説明も秀逸な仕掛けだと感じた。
「墓守ラクパ・ギャルポの誉れ」
 思い出せないが、何かの作品で似たような設定の話を読んだ気が…
「女囚マリア・スコフィールドの懐胎」
 非常に面白かった。ラストの結びにも関係してくるのが、連絡短編集の構成としてもうまい。
「確定囚アラン・イシダの真実」
 この話の、さらにラストが衝撃。いい気持にさせといて・・・やるなぁ。

No.367 7点 片桐大三郎とXYZの悲劇- 倉知淳 2016/02/20 22:03
 読みやすさ、ユーモラスな作調、一方で内容としてはしっかりロジカル。幅広い層に受け入れられそうな快作。
 引退した聴覚障害の俳優が探偵役と、クイーンのドルリイ・レーンに重ねた設定になっているが、その探偵役の大スター・片桐大三郎のキャラクターはレーンとはまったく対照的で(表紙からも察せられるとおり)、味があってよい。倉知淳らしい。その表紙や登場シーンのイメージから、実力もなく、偶然やあてずっぽうで事件がうまく解決する、というパターンかと思ったら、いやはや推理に関しては純粋に天才的だった
(笑)。
 クイーンの悲劇四部作を知っている読者なら、思わずニヤニヤしてしまう設定や場面が満載だが、主となる謎自体は(あたりまえのことだが)別仕掛けで施してあり、上手につくってあるなあと思う。ただ、kanamoriさんがおっしゃっているように、私も「夏の章」と「Z」との関連はぴんと来なかった。ただ、作品としてはこの「夏の章」と、最後の「秋の章」が「やられた」感が強かった。特に最後の「秋の章」は、犯人と手口もすぐわかったのに、最終的に騙された…。
 

No.366 5点 赤い博物館- 大山誠一郎 2016/02/20 21:39
 時効等で捜査が打ち切られた事件の証拠品を保管する「犯罪資料館」。自らの失態でそこへの異動を命ぜられた、元捜査一課の寺田聡の役割は、そうした事件の証拠品を事件ごとにラベルを貼って保管すること。花形の捜査一課からの「左遷」に忸怩たる思いを抱える寺田だったが、館長の緋色冴子は実はキャリアで、未解決に終わった事件を、証拠品から再検討し、真実を暴き出す名捜査官だった―。
 作品は事件ごとの短編。
①「パンの身代金」…パンに異物を混入された製パン会社の社長が、金を要求され、犯人の要求に従ってお金を持って行った先で殺害。身代金(?)は手付かず。
②「復讐日記」…女子大生と関係をもった教授が、彼女を殺害。その数日後に教授も殺害される。女子大生の彼氏の犯行として終結した事件だったが―。
③「死が共犯者を別つまで」…交通事故で死んだ男が最後に残した言葉。「俺は交換殺人をした…」その真相は?
④「炎」…両親と叔母(母親の妹)を火事で亡くした幼い娘。叔母の元恋人が3人を殺害し、火を放ったことになっていたが…。
⑤「死に至る問い」…26年前の殺人事件と全く同じ状況で行われた殺人。

 「密室蒐集家」ほどではないが、基本的にパズラー小説のアイデア集。謎解き主体というかほぼオンリーで、そこが嗜好の主体にある読者には歓迎されるだろう。私も好きである。
 ただ、「突発的に起こったことに対応したことによる不可解状況」というパターンが多い印象。そういう手で来られると、読者としては「そりゃ看破できないっしょ」って感じになるかな。
 その点、②④はロジカルで面白かった。

No.365 3点 まほろ市の殺人 冬- 有栖川有栖 2016/02/07 14:19
 ここまでの評価が低いのも納得。私は有栖川有栖のファンだけに、擁護したかったのだが、書評サイトである以上それはダメかな、と。
 まず、この「真幌市」シリーズでは、我孫子氏が「夏」の作品で双子ネタを書いているので、ただでさえ「かぶってる」感があったうえに、そちらの方の質と比較するとさらに評価が下がってしまう。
 簡単に言えば、偶然に次ぐ偶然、偶然の超過積載。いくらなんでも・・・・。
 基本的に、有栖川氏のこういった企画的短編は、「機会があればどこかでやってみたかったアイデア」レベルのものがよくある気がする。

No.364 6点 まほろ市の殺人 秋- 麻耶雄嵩 2016/02/07 14:10
 真幌市出身の人気推理作家・闇雲A子と、捜査一課刑事・天城憂が、市内で半月ごとに殺人を犯す「真幌キラー」を追う。コメディタッチのふざけた名前の登場人物でありながら、事件は陰惨、また主要登場人物も次々に殺されていくという、二面的でシュールな雰囲気は相変わらず麻耶氏らしい。
 この短い作品の中でほとんど間断なく人が殺され続け、どんどん情報が増えていくので混乱してくるが、それらが巧みにまとめられ、意外な真相に結び付いていくさまを楽しむことができた。流石である。「A子」という変な名前も何かしらに関わってくるのかと思っていたけど、それはなかった・・・(笑)

No.363 6点 まほろ市の殺人 夏- 我孫子武丸 2016/02/07 13:59
 「まほろ市の殺人」シリーズ・春「無節操な死人」から、この「夏」へ。倉知氏の軽いタッチの作品から一転する。その反動もあったからか、ミステリとしてしっかりしている印象が強かった。
 双子等、姉妹関係が出てくる時点でトリックはそこにあることは感付くのだが、予想を超えた結末だったので素直に面白かった。ただ、姉妹要素に+αされる要素の方が、(本当にそういうのがあるのか知らないけど)ちょっと現実離れしている感じがして、それは予想できないでしょ、とも思ったが。
 双子ネタにもまだまだ余地はあるのだな、と感心させられた。

No.362 4点 まほろ市の殺人 春- 倉知淳 2016/02/07 13:51
 舞台設定や軽妙なタッチの物語描写は読み易く好感が持てるが、話としては・・・最後まで読んで力が抜けてしまった。
 バカミスと言っても差し支えないだろう。このシリーズは他に我孫子武丸、麻耶雄嵩、有栖川有栖という錚々たるメンバーで描かれているが、企画ものということもあり、各作家の遊び心というか、「書いてみたかったアイデア」集というか、そんな感じがする4編でもある。
 

No.361 6点 浜中刑事の妄想と檄運- 小島正樹 2016/02/07 13:38
群馬県警の浜中康平刑事は、難事件や大きな事件の解決に何度も寄与し、数々の輝かしい実績をもって若くして捜査一課配属となった。・・・ただ、本人は全くそのような上昇志向はなく、鄙びた片田舎での駐在所勤務を切望している。普通の刑事なら「やった!」と小躍りするような手柄も、彼にとっては「また夢(駐在所勤務)が遠ざかる・・・」という悲劇でしかない。人が良く、望んでもいないのに手柄が「転がりこんでしまう」という一風変わった刑事を主役としたシリーズ中編2本立て。
 どちらも、犯罪の場面から物語が始まる倒叙法で、その真相に浜中刑事らが迫っていく展開のお話だが、ただ犯人VS刑事のせめぎ合いが描かれいてるだけでなく、ちゃんと仕掛けも施してある。ただ、1作目も2作目も、伏線の張り方がややわかりやすく、何となくわかってしまう感じはしたが、それなりに真相には納得させられ、面白いと素直に感じた。
 氏の作品は初読。基本的に本格王道タイプの方らしいので、そっちのほうをまた読んでみたい。

No.360 7点 悲しみのイレーヌ- ピエール・ルメートル 2016/01/23 15:59
 多くの人が恐らくそうであるように、私も「アレックス」「死のドレスを…」を読後に、遡る形で本作を読んだ。これまでの2作が話全体に仕掛けを施すパターンだったので、それが作者の特徴だと思っていたが、デビュー作(?)の本作はさすがに一応フーダニットだった。とはいえそこはルメートル氏、猟奇的殺人、犯人とのやりとり、名作ミステリを絡めたミッシング・リングなど、そこに一色も二色も味が加えられており、展開部分が読み物として非常に楽しめる。だから、フーダニット作品であったにもかかわらず、読んでしばらくしたら、物語の概要は覚えているが、犯人は誰だったか忘れてしまっていた(笑)。ただちゃんと「犯人は誰か」というメインの謎も十分驚きに値する結果である。
 まだ出版作品が少ないということもあり、これで一応、出版作品は網羅していることになったので、ルメートル作品は続けて読んでみようかと思う。展開部分を読み進めるのが楽しい作家だと思う。

No.359 6点 下山事件 暗殺者たちの夏- 柴田哲孝 2016/01/23 15:31
 昭和二十四年、鉄道総局は運輸省から独立し、「国鉄」として生まれ変わることとなった。その初代総裁に抜擢されたのが下山定則である。だが、この初代総裁の命題は、前代未聞の「職員10万人規模の人員整理(つまりクビ切り)」であった。当然、労組の激しい反発、社会不安の中、下山は団体交渉の矢面に立たされる日々。混乱の渦中、しかし7月4日についに、3万7000人の整理対象者を示した「第一次整理者名簿」を発表した。
 それから一夜明けた7月5日。いつものように自宅を出た下山総裁は、午前9時半ごろ、「5分くらいで戻る」と運転手に言い残して三越本店へ入ったきり、行方が分からなくなった。「国鉄下山総裁失踪」のニュースが流れる中、翌7月6日未明、足立区五反野、国鉄常盤線の下り線路上で、バラバラの轢死体となった下山総裁が発見された。
 これが戦後最大の謎とまでいわれる「下山事件」。史実である。

 警察による捜査はされたものの、事件についての明確な結論は公的に示されぬままに終わり、事実上の「迷宮入り」事件とされているが、時を経て多くの関係者の証言が明らかにされ、現在では当時の政治的実権を握っていた者、あるいは暗躍していた者たちによる「謀殺」であったというのが最も有力な説である。

 本書は、事件関係者と目される人物の孫である著者が、自身の取材活動により究明してきた真相を小説仕立てで書き上げたもので、実質、創作物語の娯楽ではなく事件の真相解明を主眼にしている。下山総裁の総裁就任から、迷宮入りとなるまでの顛末を時系列に沿って描き出している内容だ。
 柴田氏が調査によって「明らかになった事実」をつなぎ合わせていく中で、その「隙間」を想像による創作で埋めていった、という体である。だが、各場面でのかなり具体的な描写は、これが「事実」であったのだとすると、背筋が寒くなる思いである。史実に沿って描かれているので、政府要人や闇組織のメンバー、事件の目撃者など非常に多数の人物が登場するのが厄介だが、主要な人物さえ理解できていれば問題はない。むしろそれより、当時のGHQと日本政府、GHQ内部の各機関の状況、社会情勢等についてある程度の予備知識がないと、難解に感じるかもしれない。
 下山事件の推理では、清張の「日本の黒い霧」が有名だが、そういった他の著作を読んだり、ネットでのまとめを見たりしてから本書を読んだ方がよいかもしれない。

 それにしても、このころの日本の事件には謀略、謀殺といった説があるものが多い。事実だとすると、法にまで関わる高級公人が、裏で人を殺していたということであり、空恐ろしい。

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ひとこと
好きな作家
有栖川有栖,中山七里,今野敏,エラリイ・クイーン
採点傾向
平均点: 6.31点   採点数: 1078件
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