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kanamoriさん
平均点: 5.89点 書評数: 2460件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.2420 7点 地下組織ナーダ- ジャン=パトリック・マンシェット 2016/09/19 22:34
半端者の過激派グループ「ナーダ」の一員であるブエナベントゥーラ・ディアスは、アルジェリア解放戦争当時の盟友で、今は一匹狼のテロリスト・エポラールに偶然パリで再会した。彼をメンバーに加えた「ナーダ」は、かねてより準備を進めていた駐仏アメリカ大使の誘拐計画を実行に移すことに-------。

フランス”ロマン・ノワール”の旗手、マンシェットが1972年に発表したクライム・ノヴェル。
出世作である前作「狼が来た、城へ逃げろ」と同様に誘拐犯罪を扱っているのですが、アナーキスト集団によるテロというイデオロギー要素があって、本作には、かつて左翼運動家でもあった作者の信念が覗える部分があるように思います。ただ、グループの犯行動機は、思想的なものというより、どちらかというと社会から受ける閉塞感から、という感じが強いです。組織のメンバー誰もがどこかなげやりで虚無的なところがあるのです。
研ぎ澄まされた文体で短いセンテンスを続ける作風が特徴的で、後半の章割りを多くしたスピーディな展開にマッチしています。とくに、パリ郊外の百姓家に隠れたメンバーの男女5人と、包囲した警察隊との銃撃戦のシーンが大半を占める32章が圧巻で、非常にインパクトがありました。
ちなみに、本書の原題は”Nada”。作中のアナキスト・グループの名称ではあるのですが、訳者あとがきによると「何もない」を意味するポルトガル語ということで、救いようのない結末を踏まえると、シニカルで象徴的なタイトルです。

No.2419 5点 挑戦者たち- 法月綸太郎 2016/09/18 17:41
本格パズラーでお馴染みの趣向「読者への挑戦」を素材にして、パスティーシュ、パロディ、クイズ、評論モドキなどなど、ありとあらゆる形式の挑戦状を創作して遊び倒した文体遊戯集。

本書にはミステリの問題編や解決編はなく、ただただ「読者への挑戦」部分だけを99通り並べています。
97番目の「不完全な真空」のなかで、フランスの前衛作家レーモン・クノーが書いた「文体練習」の推理小説版とありますが、それがそのまま本書の創作意図と思われます。
巻末に引用・参考文献一覧があるので、文体模写の元ネタに関しては読者に分かるよう配慮はされてはいますが、作者の博覧強記ぶりに感心はできても、マニアック過ぎる引用元が多いこともあり、ピンとこないものが散見されるというのが正直なところ。大半の読者には、分かったふうな顔をして読むことが求められますw
そんななかで印象に残っているのを数点挙げると、グリコ森永事件の脅迫状風の「和文タイプ」、「こんな”読者への挑戦”はイヤだ!」、クリスティ作品とノックスのコラボ「十戒」、宣伝付きの挑戦状「最多挑戦記録」、名探偵オルメスもののパロディ「挑戦状盗難事件」、「口述筆記」、「黄金比率」、代作クイーンをネタにした「合作者が多すぎる」、マローン弁護士のパロディ「最後の一撃」あたり。
パロディになるとニヤニヤ笑えて面白いと思えるものの、やはり作者にはそろそろ正統な本格パズラーを書いてもらいたいものですね。

No.2418 7点 暗殺者の反撃- マーク・グリーニー 2016/09/17 16:02
孤高の暗殺者コート・ジェントリーは、世界各地で5年にわたりCIAの刺客の群れと死闘を繰り広げてきたが、反撃に転じるべく故国アメリカに上陸、ワシントンDCに潜入した。それを知ったCIAの国家秘密本部長カーマイケルは、外国人暗殺集団らを使いグレイマン狩りを開始する--------。

”グレイマン”(人目につかない男)の異名を持つ元CIA特殊工作員で凄腕の暗殺者コートランド・ジェントリーを主人公とするシリーズの第5弾。マンネリ感なく、今作も面白く読んだ。
シリーズ各話はいちおう独立していますが、”目撃しだい射殺”というCIAのグレイマン抹殺指令が常に物語の背景にあり、今回はその謎の部分を明らかにすることが中核になっているので、シリーズ第1ステージの最終作という趣きがあります。
序盤の、武器や資金の調達という準備段階のディテールから、中盤以降は、例によって多彩な活劇・戦闘シーンの連続で全く飽きさせません。ワシントン・ポスト紙の男女記者や、CIAの女性上級局員、ジェントリーの特殊工作員時代の仲間など、わき役陣とジェントリーとの絡ませ方のさじ加減も絶妙で、(終盤の、女性記者による活躍が都合よすぎるのが気になりましたが)、往年のエスピオナージュ物を彷彿とさせるラストまで、スリリングな展開を堪能することができました。
上下巻850ページを超える長尺なので、一気読みとはいかないものの、スティーヴン・ハンターのスワガー・シリーズなどが好きだった人には躊躇なくお勧めできる冒険小説の傑作シリーズです。

No.2417 7点 血の季節- 小泉喜美子 2016/09/12 18:12
昭和12年の秋、父親の事業の失敗で、その街に引っ越してきた小学生の〈ぼく〉は、某国公使館の屋敷に住むフレデリとルルブルの兄妹と運命的な出会いをする。彼らと夢のような日々を過ごす一方で、兄弟の母親の死や怪奇な事象の目撃、そして戦争の爪痕が、〈ぼく〉の精神を徐々に現実から引き離していく--------。

3年前の「このミス」の特別企画、”復刊希望アンケート投票”で国内部門第2位に入った小泉喜美子の第3長編で、「弁護側の証人」から18年ごしの3部作完結編でもあります。このたび版元が責任を取って?宝島社文庫でめでたく復刊となったので再読してみました。
青山墓地近くで発見された幼女の殺害犯として収監されている死刑囚のもとに、弁護士からの依頼を受けた精神科医が訪れるシーンで幕を開けますが、小説の大部分は死刑囚が語る戦前の少年期の物語で占められています。ドラキュラ伝説がモチーフになっていることは早めに分かるのですが、記憶していたような怪奇性は今回あまり感じられません。外国人の兄妹ら一部の人物を除き、主人公の〈ぼく〉をはじめ、捜査をする警部、精神科医など、主要登場人物の名前が一切明示されない趣向が特徴的で、この小説をメルヘンチックで幻想的な作品にしていると思います。(作者は、のちに別の長編でも同じような趣向を使っています)
以下ネタバレぎみになりますが、最終章での、精神科医による分析結果が、本作を幻想ホラーから合理性のある”謎解き”に反転させたかと思うと、さらに・・・という(ディクスン・カーやヘレン・マクロイの某作を想起させる)多重反転プロットが印象的で、余韻を残すラストと併せて個人的には評価します。ただ、このリドル・ストーリー的な仕掛けは、読者によっては好みが分かれるかもしれませんね。

No.2416 6点 幻の屋敷- マージェリー・アリンガム 2016/09/09 22:59
英国上流階級の高等遊民にしてアマチュア探偵、アルバート・キャンピオンが登場する、1938年から55年までの作品11編を発表順に収録した日本オリジナル編集の短編集2巻目。

ロンドン警視庁のオーツ警視のアドバイザーとして殺人事件に関わる〈本格編〉や、上流階級の揉め事の処理にあたる〈日常の謎〉〈コンゲーム物〉、さらにはクリスマス・ストーリーまで、今回もバラエティに富む内容になっています。
〈本格編〉を中心に印象に残ったものを挙げていくと、表題作「幻の屋敷」では、”家屋の消失”という大掛かりで魅力的な謎が提示される。序盤の伏線が丁寧で(そのため真相は見えやすいですが)まとまりのいい佳作。
守衛が監視する密室状況下で絞殺死体が見つかる「見えないドア」は、小品ながらも切れ味鋭い不可能殺人もの。この盲点をつく手筋は名作「ボーダーライン事件」に似ている感じがする。
「ある朝、絞首台に」も完成度の高い本格パズラー。凶器の拳銃の隠し場所トリックのアイデア(=他の作家も使っていますが本作が元祖かも)だけでなく、キレのあるラストの処理が抜群に光ります。
本格編以外では、キャンピオンが隠れた犯罪を暴く「魔法の帽子」「極秘書類」が印象に残りました。そのほか、ルーク警部から過去の事件を拝聴する2編をはじめ、後期の作品になると謎解きの妙味が薄れてきますが、全体的には前作より楽しめる作品が多かった。

No.2415 6点 古書ミステリー倶楽部Ⅱ- アンソロジー(ミステリー文学資料館編) 2016/09/06 23:23
古書にまつわるミステリを集めたミステリー文学資料館(=新保博久氏)編のアンソロジー第2弾。
名作の誉れ高い坂口安吾「アンゴウ」と、ケッサク冗談小説の皆川博子「猫舌男爵」が抜きん出て面白いですが、既読の作品が多かったこともあり、総体的には前作よりやや落ちるラインナップという印象。

坂口安吾「アンゴウ」は、自身の蔵書に挟まれていた暗号文を解読した主人公が、戦時中の妻の不倫を疑う話。クロフツの「樽」を想起させるような”2冊の同じ本”の複雑で錯綜した動きに気を取られていると、ラストで予想外の着地をみせる。ミステリの謎解きで得られるカタルシスを超越した感動的な作品。
皆川博子の「猫舌男爵」も、ある意味ミステリを超越している、というか、これは全然ミステリじゃないw 山田風太郎の忍法帖に心酔したポーランドに住む大学生を巡る冗談小説で、勘違いによる徹底したお馬鹿ぶりが笑える。書評家の日下三蔵、千街晶之両氏の特別出演も愉しい。
横田順彌の「姿なき怪盗」は、古本屋から本の付属物だけが次々と万引きされる話ですが、”ホワイ”の真相はともかく、万引きのトリックが明示されていないのはミステリとして消化不良。(巻末解説で、新保氏が作者に代わってトリックを解明?しているのが素晴らしいw)
そのほか、泡坂妻夫「凶漢消失」(バカミス?)、乾くるみの蒼林堂古書店シリーズの一編(日常の謎)、逢坂剛の御茶ノ水警察署のずっこけコンビ・シリーズの一編(ユーモア・コンゲーム風)などが収録されています。

No.2414 7点 明日に別れの接吻を- ホレス・マッコイ 2016/09/04 18:36
インテリの犯罪者ラルフ・コッターは、デリンジャーのような大物ギャングになる野望を抱いていた。刑務所を脱獄した彼は、逃げのびた町で脱獄仲間トコの姉で脱獄の手引きをしたホリディと暮らし始め、野望実現の第一歩として、地元警察の幹部の弱みを掴み、小さな町を牛耳る計画を進めるが--------。

米国人作家ホレス・マッコイは、長編第1作「彼らは廃馬を撃つ」など1930年代に3作の長編を出すも、さほど評判にならず、戦後になってフランスで再出版されたものが、”文学性”で高い評価を受け、本国アメリカでも認められるようになった作家とのことです。フランスからの逆輸入というパターンは、「イマベルへの愛」のチェスター・ハイムズとよく似ており、不条理なノワールものが大好物なフランスならではという気もします。
本書は、すでに名声を得たあとの1948年発表の長編第4作で、ハヤカワミステリ文庫の裏表紙には、”ハードボイルド抒情派”という紹介をされていますが、今でいうクライム・ノヴェルの範疇にはいる作品だと思います。
クライム・ノヴェルといっても、メインとなる競馬の売上金強奪の場面は意外とあっさりした書き方をしていて、「俺」こと主人公のラルフ・コッターの不条理で屈折した造形が一番の読みどころと言えます。
富豪から差し出される大金を拒否する一方で、薄汚れた犯罪による札束には固執したり、富豪令嬢より男好きの欲深い女ホリディを選ぶ。主人公の思考と行為は不条理で一貫性がなく、結局は選択を誤ったことが最後に破滅に繋がってしまいます。子供の時に受けたトラウマからくるある行為と併せて、この不条理感が”文学性”といわれる所以なんでしょうか。

No.2413 6点 敗北への凱旋- 連城三紀彦 2016/09/01 20:34
小説家の柚木は、二十数年前の戦後まもなく横浜中華街の安宿で中国人娼婦に射殺された元大尉の寺田武史という男に興味を抱き、小説の題材にすべく彼の生涯を調べ始める。やがて、ピアニストでもあった寺田が遺した謎めいた楽譜から、男女の狂おしく哀しい人生と、壮絶な真相が浮かび上がってくる---------。

昭和58年に講談社ノベルズで出版された作者の長編第2作。
玉音放送が流れた終戦の日の夕方、空爆で荒廃した東京の空から、真紅の夾竹桃が雨のように降って来るという、序章の情景描写が映像的で美しいですが、真相を知って読むと一転して禍々しく感じるという、いかにも連城風で印象的なシーンです。
夾竹桃を小道具に、恋愛小説と特異な動機のミステリを結合し、ラストで”あるもの”を葬るというプロットなので、たしかに花葬シリーズの長編版と言えるかもしれません。でも、その壮大なホワイダニットの真相が、有名な海外古典作品を想起させる(設定までよく似ている)のは、独創性という点では減点材料ですね。
楽譜の暗号が重要な要素として提示されているのですが、読者が推理に参加するのは困難で、ましてや音楽の素養が全くない身には、解明説明部分を読んでもチンプンカンプン(死語?)な非常に難解なものです。ただ、もともとミステリの暗号解読はさほど興味がないので、個人的にはそれは本作の欠点とは見做さず、さらっと読み流しましたw

No.2412 5点 九つの解決- J・J・コニントン 2016/08/30 18:20
濃霧の夜、急患宅に出向いた代診医リングウッドは、間違えて入った家で銃弾を受けた男の死体に出くわし、さらに電話を借りるため赴いた隣家で女中の絞殺死体を発見する。その後、事件の一報を受け捜査に乗り出した警察本部長のクリントン卿のもとに、「バンガローを調べよ」という匿名の電報が届く-------。

警察本部長クリントン・ドリフィールド卿が探偵役をつとめるシリーズの4作目で、先に邦訳された「レイナムパーヴァの災厄」のひとつ前、1928年の作品です。
本書は、医療関係の化学研究所に所属する職員らの人間関係に起因する殺人というプロットで、細かい手掛かりにも大学の化学教授だった作者の経歴が活かされています。(あるヒントが専門的すぎて、普通の読者に分かりようがないという難点もありますが)。
多重解決ものを思わせる邦題がついていますが、さに非ず。邸宅の男とバンガローの女の2つの変死体の死因が、それぞれ他殺、自殺、事故のどれに該当するか、順列組み合わせで9通り考えられるということで、タイトルは事件に対するアプローチの多面性を現しています。ただ、序盤でクリントン卿とフランボロー警部が消去法で事件の形態をいくつかに絞り込む場面はあるのですが、その後はウヤムヤになっていて、この趣向が十分に活かしきれていない気がします。
また、発表された時代を考慮すると、ロジックを重視したパズラー志向は評価できますし、最終章のクリントン卿のノートによる丁寧な推理説明も好感が持てる一方で、匿名の情報提供の内容を暗号にする必然性や、男の死体が邸宅にあった事情など、いくつか腑に落ちない点があるのが残念なところです。

No.2411 5点 罠の中- 結城昌治 2016/08/27 20:39
犯罪者の更生保護施設「新生会」の会長・矢次は、施設の印刷工場で働く収容者からピンハネを続け、社会事業の美名の裏で蓄財に励んでいた。そんなある日、矢次から借金を冷たく断られた軍隊時代の元部下が怪死し、その事件を契機に、旧悪を暴露する脅迫電話や殺人予告につづき遂に殺人が起きる--------。

「ひげのある男たち」「長い長い眠り」に続き、昭和36年に書き下ろし出版された長編の第3作。
今回はノンシリーズですが、軽妙洒脱な語り口と、とぼけたユーモアという作者の持ち味は前2作と変わららない軽本格ミステリです。けっこう重いテーマも隠されていますが、前科23犯のスリの常習者や、女好きのポン引き、大学出でバクチ狂の屑屋ら、施設の収容者である人生の落伍者たちのユーモラスでペーソスも溢れるやり取りで、シリアスな動機が中和されている感がありますね。
一方で本格ミステリの出来栄えという点では前2作よりやや落ちるという印象。
死亡フラグが立ちまくりの矢次を中心に置いた群像劇という構成のなかで、途中から登場するある人物の役割が推測しやすく、ミスディレクションの手法もあまり効果を挙げていないと思えるのが残念です。謎解き面でも、もろもろの伏線の回収については最後に一応の説明はあるものの、終盤のバタバタとした解決がちょっと淡泊に感じてしまいました。

No.2410 6点 灯火管制- アントニー・ギルバート 2016/08/22 22:53
弁護士のクルックは、フラットの下の階に住むカージー氏とひょんなことで知り合った。風変わりな言動を繰り返すカージー氏に興味をいだき部屋を訪ねると、地方に住むはずの彼の叔母の帽子と手紙を発見、さらに翌朝カージー氏は突如として姿を消してしまう--------。

”私の依頼人はみな無罪”をモットーとするアーサー・クルック弁護士シリーズの一冊。
巻末解説によると、これまでのシリーズ邦訳作品ではクルックの登場場面が限られていて、人物像が十分に描かれているとはいえないようですが、本作では、クルックが住むフラットの隣人の失踪で幕を開け、同じフラットの空き部屋で女性の死体が発見されるという展開なので、クルックは終始出ずっぱり。戦時中ながら、ドイツの空襲とヒトラーをネタにしたブラック・ジョークを連発するなど、ユーモア感覚と悪辣さを兼ね備えたクルックのアクの強さが存分に見て取れます。
謎解き面では、些細なヒントから真相を引っ張り出す堅実な推理の手際と、少ない登場人物のなかで意外性を生み出すプロットは評価出来ます。目立たないですが助手のビル・パーソンズもいい仕事をしていましたね。
なお、訳者あとがきに本書がシリーズ第20作であると書かれていますが、nukkamさんが書評に書かれているとおり11作目が正当です(原題が似ているので勘違いしたのでしょうか)。

No.2409 7点 許されようとは思いません- 芦沢央 2016/08/19 20:34
かつて祖母が暮らしていた村を訪れた”私”は、その地で祖母が起こした殺人事件について回想する。ある理由で村民から村八分の扱いを受けていたうえに、なぜ彼女は末期癌で余命わずかな曽祖父を敢えて惨殺してしまったのか?(表題作の「許されようとは思いません」)----------。

日常の中に潜む狂気をテーマにしたミステリ短編5編を収録。
イヤミス系とか暗黒ミステリという評もありますが、そのテーマ自体をミスリードの小道具に使っている作品もあり、連城三紀彦や米澤穂信の一部作品の系譜に連なるような”ホワイダニット”ものとして秀逸な作品集です。
表題作「許されようとは思いません」は、収録作の中でも隠された動機の異形ぶりが突出していて評価が分かれそうですが、女性読者のほうがより納得性が高いかもしれません。
営業マンが発注ミスを隠そうとしてドツボに嵌っていく様を倒叙形式で描く「目撃者はいなかった」は、終盤にある人物が投げかける一言が重く響く。
「ありがとう、ばあば」では、祖母が子役俳優に育て上げた孫娘から痛烈な一撃を喰らう。かなりブラックなオチは予想の斜め上をいくもの。好みでいえばこれがベストかな。
「姉のように」は、育児ノイローゼから幼児虐待に進むイヤミス系の話ですが、読者の先入観を利用したミスリードの仕掛けの部分が冴えている。
最後の「絵の中の男」は、芸術家の特異な思考形態からくる”ホワイダニット”ものということで、もっとも連城ミステリを想起させる作品ですが、これは落としどころが何となく予測できてしまった。

No.2408 6点 白骨の処女- 森下雨村 2016/08/17 18:50
神宮外苑に放置されていた車の中から帝大生・春木の変死体が見つかる。続いて、新潟の石油王・山津家の令嬢で春木の婚約者でもある瑛子が、血痕と切断された指を残し新潟の海辺にある別荘から失踪した。彼らの友人・永田は、東京の新聞記者・神尾と連携し、事件の真相を追うが---------。

戦前の探偵小説界を牽引した雑誌「新青年」の創刊編集長で、江戸川乱歩らを世に出し”日本探偵小説の父”と称される森下雨村が、出版社をやめ本格的に創作に入った昭和7年(1932年)に発表した”幻の最高傑作”(© 山前譲の内容紹介)です。
本書は、タイトルや漠然と抱くイメージから怪奇幻想もののスリラーのようにも思えますが、アリバイ崩しとフーダニットを主軸にした本格ミステリに分類される作品です。
東京で起きた殺人の時刻に容疑者は新潟から大阪に向かう汽車の中にいたという時刻表トリックは、現在の観点から見ると真相が分かりやすいのですが、「点と線」の四半世紀前の作品であることを考慮すべきで、その先進性は評価できるのではと思います。
動機があまりに大時代的なことや、発端の事件が後の連続殺人と有機的に繋がっていないプロットなど、ツッコミどころはいくつもあるものの、スリリングな展開がつづく後半部は読みごたえ十分です。

No.2407 5点 ブッポウソウは忘れない- 鳥飼否宇 2016/08/14 11:14
野鳥の生態を調べる大学の研究室に所属する”ボク”こと、大学生・宗像翼の周りで起きる”日常の謎”5編からなる連作短編集。

奄美大島に住み、地元の”野鳥の会”会長を務めている作者らしく、野鳥の生態の薀蓄と、謎解きとを上手く絡めたライトな作品集になっています。
三匹の猫のなかで、どれが野鳥のヒナを殺したのか?という第1話、ツンデレ美女が書いたラブレターの相手はだれか?という第2話、変わり者の先輩研究員の不可解なケガの秘密の第3話と、いずれも提示される謎はたわいもないものばかりですが、”思い込みや先入観による誤解から生じる謎”というのが、連作を通して共通する要素となっているのが面白いところです。
実験室で発生した事件の犯人を、インコが告発したように見える第4話が、編中で最も本格ミステリをしていて、伏線の回収と意外なところから飛び出す犯人というフーダニットとしてプロットがよく練られてます。また、連作を締めくくる第5話も(だいたい予想がつくとはいえ)ハートウォーミングなラストシーンが印象的です。

No.2406 6点 拾った女- チャールズ・ウィルフォード 2016/08/12 20:16
サンフランシスコ、夜。俺が働く安食堂にふらっと入ってきたブロンド女は、ハンドバックをなくし無一文だという。ホテルを世話した翌日、金を返しに来た女と再会した俺は、衝動的に仕事を投げ出し、その女ヘレンを連れ出して同棲を始める。だが、酒浸りの貧乏暮らしを続ける2人の胸中に、やがて死への抗いがたい誘いが---------。

いわゆる典型的なファム・ファタールものの恋愛小説です。主人公の”俺”ことハリーは、画家を目指すも挫折しその日暮らしをするダメ男で、”運命の女”ヘレンは、暴力的な夫から逃げてきた強度のアルコール依存症。八方塞がりの二人に未来はない。
はっきり言って先は読めるし、クライム・ノヴェル風の展開になるのもだいたい予想の範疇内ですが、本書のキモは「ラストの2行」で明らかになるある仕掛けです。たしかに、これは最後まで読むと、もう一度違和感があったところだけでも読み直したくなりますね。
ただ、”二度読み必至の恋愛小説”といっても、十年ぐらい前にベストセラーになった某国内ミステリのような、どんでん返しや構図の反転モノではなく、再読すると人物の言動・行為が別の意味を持ってくるという妙味です。解説の杉江松恋氏が書いているように、同じ50年代のアメリカの作品で同じアイデアの技法を使った有名作がありますが、伏線の置き方など、先行する本書の方が巧いかもしれませんね。

No.2405 6点 プレード街の殺人- ジョン・ロード 2016/08/09 18:52
ロンドンのプレード街で突如として発生した謎の連続殺人。被害者は、青果商、パン屋、詩人、酒屋など、何の繋がりもないように見えたが、番号が入ったカードが事前に送られていたという共通点があった。警察は状況証拠から煙草屋のカッパードックに目を付けるが、彼にも6番目のカードが届く-------。

プリーストリー博士(本書の表記は”プリーストレイ”)が探偵を務めるシリーズの一冊。本書は、70作以上あるシリーズのなかの最初期の作品(昭和28年に森下雨村が翻訳)で、昔から、ジョン・ロードの作品の中では、典型的な”ミッシングリンク”ものとしてタイトルだけは有名な長編です。
前後編の2部構成になっていて、煙草屋のカッパードックと隣近所に住む薬草家の二人を中心に、街で次々と発生する殺人事件が語られる前半部は、それなりに面白く読めました。全く見えてこない動機の謎に加え、警察監視下の密室状況の殺人というハウダニットの興味まで用意した”謎の提示”に関しては申し分ないです。
ところが、プリーストリー博士が登場する後半部になると、おやおやとなってしまう。探偵だけが知る情報によって、キモの部分がスルスルと解けてしまうのでは、読者が謎解きに参加する余地がありません。本格ミステリとして成立している要素も残りますが、作者の狙いの方向は、どちらかというと名探偵対犯人というスリラー部分にあったように思いますね。

No.2404 7点 宇宙探偵マグナス・リドルフ- ジャック・ヴァンス 2016/08/06 14:31
白髪白髭の老紳士にして、宇宙空間を駆け巡るトラブルシューター、マグナス・リドルフの冒険&探偵譚、全10編を収録した連作短編集。

環境や文化・価値観が異なる様々な惑星を舞台に、ユニークな習性をもつ異星生物、種属が登場するSF作品集で、精緻で色彩豊かな異郷描写と併せて、悪人に対するリドルフ爺の意地悪で容赦ない”お仕置き”で終わるスタイルが特徴的です。また、エラリー・クイーン名義の代作(=昨年「チェスプレイヤーの密室」が訳出されました)を手がけたジャック・ヴァンスだけあって、フーダニットもの、密室殺人、アリバイ崩しと、謎解きミステリの要素を備えた作品も多い。
個人的ベストは「ココドの戦士」か、SF的発想が光る「ユダのサーディン」。最初に置かれた中編の「ココドの戦士」は、シリーズの魅力を過不足なく備えた完成度の高い作品だと思います。
あと、「禁断のマッキンチ」と「とどめの一撃」は、ともに限られた集団の中から犯人を絞り込むフーダニット・ミステリで構成が似ている。容疑者集団が様々な特性を持つ異星人であることで、消去法推理がより効果的に使われているとともに、異形の生物を前にしての”名探偵、皆を集めてさてと言い”という構図がシュールですw  「とどめの一撃」はホワイダニットとしての意外性もあります。
密室殺人と意外な犯人ものの「呪われた鉱脈」や、数百万光年を隔てた壮大なアリバイ崩しの「数学を少々」、これも壮大な集団人間消失トリックもの「暗黒神降臨」は、SF的発想をトリックに活かした試みがミステリ読みにどのように受け入れられるか、読む人によっては微妙なところがあるかも。

No.2403 6点 大当りをあてろ- A・A・フェア 2016/08/02 18:14
実業家ホワイトウェルから跡取り息子の婚約者コーラが失踪した案件を引き受けたクール所長とラム君は、手掛かりの手紙の差出人ヘレンが住むラス・ヴェガスにやってきた。ところが、その女性ヘレンはカジノのスロット・マシンを不正操作して稼ぐ詐欺師で、やがてコンビを組む男がアパートの一室で射殺死体で見つかる---------。

大女バーサ・クールと小男ドナルド・ラムの凸凹探偵コンビ、シリーズの第4弾。
このシリーズは、探偵事務所の所長が巨漢だったり、女性にモテモテの若い助手の一人称で構成されているところなど、レックス・スタウトのネロ・ウルフシリーズといくつか重なる部分があるのですが、謎を解くのが助手(次作で共同経営者になるらしい)のラム君なのがいちばん異なる点でしょうか。今回もバーサは調査の金勘定に勤しみ ”ぼく”ことラム君がひとりで奮闘しています。
カジノの従業員でボクサーくずれのルーイがいい味を出していて、ラム君とヘレンの三人組がネバダ州の砂漠で野宿する場面は、本筋とさほど関係しないのですが、なぜか印象に残ります。ふたりの”その後”が示唆されるエピローグにはニヤリとさせられた。
謎解き面では、その人物の行動に不自然さを感じていたので、真相はある程度見当はついていたのですが、ラム君のある行為の理由は意外で、これはいかにもガードナーらしいやり方でした。

No.2402 5点 吸血鬼飼育法- 都筑道夫 2016/07/28 20:37
渋谷に”faa”(ファースト・エイド・エージェンシー)という事務所を構える”なんでも屋”のトラブルシューター、片岡直次郎を主人公にした4編収録の連作中編集(初出時のタイトルは『一匹狼』)。

片岡直次郎が、のちに物部太郎の相棒として登場する「七十五羽の烏」以下の長編パズラー3部作とはだいぶテイストが違っていて、腕っぷしで難題を解決するハードボイルドというか、アクション・スリラー風の内容のものが多い。
警察に包囲された強盗殺人犯の脱出を引き受ける第1話や、強姦願望の男からの依頼を受ける第4話は、悪事にもためらいなく手を出しながら、当初の依頼内容から外れて、ストーリーがどんどん予想外な方向に展開してゆくプロットが面白いです。アクション・シーンで飛び出す”007”ばりのアイデアも凝っていて、「なめくじに聞いてみろ」ほどではないですが、それに近い味わいがあります。
ライフル男に女性とともにエレベーターに閉じ込められる第3話のみ”巻き込まれ”タイプのアクション・スリラーになっていますが、これは平凡な出来で読みどころが見当たらない。
吸血鬼の系譜だと信じる女性からの依頼で、夫の代役として新婚旅行に同伴することになる第2話が、編中ではもっとも謎解きミステリらしい構成になっていますが、真相に意外性はあるものの、ロジックや推理の要素は希薄でした。

No.2401 6点 ハイチムニー荘の醜聞- ジョン・ディクスン・カー 2016/07/25 18:35
妹2人を早く結婚させるよう父を説得してほしい-----友人のヴィクターからの奇妙な依頼を受けて、ハイチムニー荘を訪れた作家のクライヴは、ヴィクターの父親から、子供たちの中に昔自ら死刑に追い込んだ殺人犯の遺児がいるという、驚くべき話を聞かされる。クライヴがその名を尋ねたその時、書斎に銃声が響き---------。

ヴィクトリア朝の英国を舞台にした本格ミステリ。
ディクスン・カーの歴史ものは、時代背景やロマンス、風俗描写に重点が置かれた冒険スリラー色が強い作品も多いのですが、本書は(男女のロマンスはミスディレクションの道具になっていて)、フーダニットを主軸にした比較的謎解き要素が強い作品です。
メイントリック自体は、それほど新味を感じさせるものではありませんし、読み終えれば真相も意外と単純なものだったと分かるのですが、語り(騙り)のテクニックで容易に真相を見抜けなくなっています。読む人によっては、真犯人の隠蔽の方法がアンフェアとは言えないまでも、あざとすぎると感じるかもしれませんが、各章の終りで興味をつなぐ”引き”のテクニックをはじめとして、作者のストーリーテラー巧者ぶりを再認識させられる仕上がりだと思います。
なお、文庫版巻末の”好事家のための注記”のなかで、ウィルキー・コリンズ「月長石」の完全ネタバレがあるので、未読の人は注意が必要です。(ただし、クリスティの有名某作と比較したカーの「月長石」評は非常に示唆に富む分析だと思います)。

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