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kanamoriさん
平均点: 5.89点 書評数: 2426件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.2146 6点 クライム・クラブへようこそ- 事典・ガイド 2014/09/20 11:54
映画、ジャズ、海外ミステリなど、粋で多彩な趣味を持ち、”歩くサブカルチャー”と称された植草甚一氏の評論・エッセイをまとめた「植草甚一スクラップブック」の18巻目。

植草氏は、江戸川乱歩の肝いりでスタートした早川ポケミス”世界ミステリシリーズ”の最初期の作品選定に関わり、早川の編集と喧嘩別れするや、今度は東京創元社で創元推理文庫発刊の礎となった「世界推理小説全集(全80巻)」の監修を担当している。いわば、現在の2大翻訳ミステリ出版社である早川と創元の黎明期の影の功労者といっても過言ではないでしょう。
本書は、その後’50年代末に監修した東京創元社の二つの叢書「現代推理小説全集(全15巻)」と「クライム・クラブ(全29巻)」の全作品に付された自らの解説をそのまま収録したものです。
「クライム・クラブ」などの、”幻のミステリー叢書”については、雑誌「ミステリーズ!」に連載の評論家・川出正樹氏の「ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション」でも全作品取り上げられ、作品紹介・解題も今ではそちらのほうが詳細で正確ですが、植草氏の功績はやはり作品選定の斬新さ、先取性にあります。
これまでの名探偵が登場するトリック重視の型にはまったミステリではなく、斬新で変化球型のプロットを用いた新人作家や、日本では無名の作家の旬な作品を多く入れた点は評価すべきでしょう。
両叢書の収録作では、「二人の妻を持つ男」「藁(わら)の女」「殺人交叉点」など、文庫化されて評価が定まった名作がある一方で、埋もれてしまって簡単に読めなくなった作品も多い。個人的には「飛ばなかった男」「殺人の朝」「消えた犠牲」「名探偵ナポレオン」などは復刊・文庫化してもらいたいものです。

No.2145 5点 運河の追跡- アンドリュウ・ガーヴ 2014/09/18 21:47
美人モデルで一歳の娘の母親でもあるクレアは、冷酷で傲慢な性格の夫アーノルドを愛せなくなり、ある事件を契機に離婚を決意する。しかし、アーノルドは同意せず、娘を拉致し何処かに隔離してしまう。クレアは仕事仲間のカメラマン・キャメロンと共に捜索の旅に出るが-------。

デビュー作の「ヒルダよ眠れ」以降、出す作品が次々と邦訳され60~70年代に日本でも人気作家だったガーヴの、最盛期に書かれた中で唯一未訳だった作品。
単行本で200ページあまりのコンパクトな作品ですが、前半は巻き込まれ型サスペンス、後半が冒険スリラーとなっていて、本書もガーヴの典型的なプロットになっています。
ただ、構成として敵役が早々に逮捕されてしまったのはどうだったか。そのため、ミッドランド(英国中部地域)の運河を舞台にした男女2人の捜索行という後半部が(土地勘がないこともあり)読んでいて意外と単調に感じました。娘の所在を絞り込むヒントとなる手紙の文面にある趣向を施していたり、ラストの活劇などはガーヴらしいのですが。

No.2144 5点 御子柴くんの甘味と捜査- 若竹七海 2014/09/16 17:25
短編集「プレゼント」でシリーズ探偵の葉村晶と共演した小林警部補の部下、御子柴刑事を主人公とする連作短編集。
あとがきによると、編集部から彼を20年ぶりに再登場させる原稿依頼があったとき、作者は「小林警部補? 誰それ」状態だったらしいので、読者が憶えているわけがありませんw

長野県警から警視庁に出向し、捜査共助課で長野と東京が絡んだ事件の調整役を務める御子柴刑事が、甘党の捜査一課主任からちょっかいを掛けられながら、5つの事件に関わるといった構成になっています。
スイーツとミステリの組み合わせは、またか!の感があり、「哀愁のくるみ餅事件」「忘れじの信州味噌ピッツァ事件」など各話タイトルも、某小市民シリーズを連想してしまいますが、コージー風のキャラクターのわりに、警察が扱うだけに事件はわりと殺伐としています。謎解きの妙味よりも捜査小説としての展開の面白さを狙った連作ミステリでした。

No.2143 7点 逃げる幻- ヘレン・マクロイ 2014/09/14 21:40
米海軍情報局のダンバー大尉は、スコットランドのハイランド地方に向かう軍用機内で、偶然乗り合わせた当地の伯爵からある相談を受ける。それは、伯爵の領地内に住むストックトン家の息子ジョニーの不可解な行動に関するもので--------。

開けた荒野の真ん中から突如少年が消えるという”人間消失”の謎や、後半には”密室殺人”も起こりますが、2つの不可能状況の真相は大したことはなく、作者もそのハウダニットに重点を置いてはいません。少年が家出を繰り返す”ホワイ”が終始”謎の中核”となっており、それが、精神科医でもある「私」ダンバー大尉の本来の目的とどう関係するのかが本書の読みどころでしょう。読後にふり返ってみると、伏線が結構あからさまなのでかえって驚きましたw
シリーズ前作「小鬼の市」の冒険スリラー風とはガラッと雰囲気が変わって、荒涼としたハイランド地方が舞台のためか、今作はゴシック・サスペンスの趣がありますが、その一方で、戦争の影(ヨーロッパ戦線の終結直後です)が重要なファクターである点や、ベイジル・ウィリング博士の登場の仕方とタイミングなど、2作は対になっている感じもします。姉妹編というほど明確ではないので、「小鬼の市」の従妹編といったところでしょうか。

No.2142 6点 黒龍荘の惨劇- 岡田秀文 2014/09/11 21:50
地方官吏の杉山は、十年前に共に書生として伊藤博文邸に住み込み某事件に関わった月輪龍太郎に再会する。月輪は探偵業を始めており、現在は山縣有朋公の影の側近といわれた漆原の邸・通称”黒龍荘”で発生した殺人事件に関わっていた--------。

明治時代を背景にした本格ミステリ、「伊藤博文邸の怪事件」に続くシリーズの第2弾。
わらべ唄に見立てた連続殺人、しかも畳掛けるように首なし死体が次々現れるという、王道というか、ベタ過ぎる館ミステリの様相で複数の殺人事件が展開される。
終盤は、まるで「そして誰もいなくなった」状態で、残りページが少なくなって、いったいどうやって収拾を図るのだろうと思っていたら、なんとも悪魔的な構図の反転が待っていました。
前作と比べると歴史ミステリの要素が減退しており、梶龍雄や三津田信三の先行作とのアイデアの類似性も気になるものの、本格編としての仕掛けの強烈さでは本作の方が一枚上かもしれない。

No.2141 6点 火の鈴- 小林久三 2014/09/09 21:21
初期の傑作短編集。昭和50年から51年にかけて雑誌『野生時代』に発表された割と長めの短編が4作品収録されている。

表題作の「火の鈴」は、映画製作会社の若手助監督である「私」が、ある”幻の脚本家”を追い求めるうちに二十数年前に故郷・古河で起きた殺人事件の真相に行きつく話。田舎の映画館の知られざる慣例をアリバイトリックに利用するという点が元映画人の作者らしい。斜陽化した映画界の暗いトーンで作品全体が覆われた文芸的にも秀でた作品。
「火の壁」も映画界が舞台で、犯人のある偽装工作が映画製作の小道具を利用しているところは「火の鈴」と共通している。
「火の穽」は、ポオの「黒猫」を思わせる心理サスペンスですが、真相が予想できる点で編中ではイマイチの出来か。
「火の坂道」は、高台の家から毎朝乳母車を曳いて坂道をおりる若い母親の話。アリバイ工作というか犯行手段の異様さで非常に印象に残る傑作。真相が主人公の過去に跳ね返ってくるところも巧い。
本来の想いが叶わず屈折した心情を抱えた男性主人公という設定が多いのは、なんとなく森村誠一の初期作品を想起させるところがありました。

No.2140 5点 松谷警部と三鷹の石- 平石貴樹 2014/09/07 18:05
三鷹と八王子で発見された男女の変死体は、当初は無理心中とみられたが、事件の背後関係を調べていくうちに、4年前に河口湖で起きた元カーリング選手の殺害事件との関連が浮かびあがる-------。

”マッタリ警部”こと警視庁の松谷警部と、明晰な推理力をもつ女性巡査・白石のコンビによるシリーズの第2弾。今回の素材となるスポーツ競技はカーリングで、タイトルの”石”はカーリングのストーンのこと。
前作同様に、多くの事件関係者への聞き込み捜査を中心とした動機探し&アリバイ確認という地味な展開で終始していて、テイストはほとんど昭和の本格ミステリですw  終章で明らかになる犯人像はなかなか印象的なのですが、作者のウリである犯人特定のロジックという点では今回はイマイチな出来かなと思いました。
カーリング用語と事件の構図をダブルミーニングにした英語版タイトル”Double Takeout”は洒落ていますし、「だれポオ」の更科ニッキの近況が語られる幕間があったりで、往年のファンに対するサービスは怠りがないのですが。

No.2139 6点 散歩する霊柩車(光文社文庫版)- 樹下太郎 2014/09/05 21:36
初期短編集。作者がサラリーマン小説に軸足を移す以前の、昭和30年代に発表されたミステリ作品が8編収録されている。

個人的ベストは(世評的にも同じだと思うが)表題作の「散歩する霊柩車」。
妻の遺体を乗せた霊柩車で不倫相手の三人の男のもとに次々と回っていく男の話で、トリッキイな仕掛けとオチの切れ味が抜群にいい。伏線も過不足なく、編中で唯一現在でも評価できる作品だと思う。
「夜空に船が浮かぶとき」は、冒頭の謎が魅力的ですが、ミッシングリンクものとしては真相が常識的で尻すぼみの感がある。
ともに”悪女もの”のサスペンス「ねじれた吸殻」「悪魔の掌の上で」も出来自体は悪くはないけれど、いまいち突き抜けたものがない印象を受けた。あとの後半収録作は、いずれも若い男女が主人公格で、漂うロマンチシズムがウールリッチを思わせるところがあるが、ミステリ(クライム小説)としては平凡な内容だった。
あと付け加えると、この作者はタイトルの付け方がうまい。上記以外でも「泪ぐむ埴輪」「雪空に花火を」など、読者を引きつける魅力的なタイトルだと思う。

No.2138 6点 さよなら神様- 麻耶雄嵩 2014/09/03 20:51
久遠小学校5年生の”俺”桑町が、身辺で起きた殺人事件の犯人を全知全能の”神様”こと同級生の鈴木太郎に尋ねると、”神様”は一言だけ宣う、「犯人は〇〇だよ」--------。

ジュヴナイル小説なのにそのブラック過ぎる結末で話題になった「神様ゲーム」に続くシリーズ第2弾で、今回は連作短編集。
最終話を除いて、各話とも冒頭で神様によって犯人の名前がいきなり開陳される構成になっているため、フーダニットの興趣を排した、ホワイダニット(動機の謎)やハウダニット(アリバイ崩し)を主軸にした内容となっている。
正直なとこと前半の3編は、麻耶作品としては驚くような出来ではなく凡庸かなと思いますが、第4話「バレンタイン昔語り」でギアチェンジ、仕掛けが炸裂する。アレ系の騙りは「またか」と思いますが、それとは別に構成自体をミスリードに使った騙しの手際のほうは見事です。
全知全能の神様の存在を前提にした企みによる最終話までの流れ、ヒネクレた収束の仕方はいかにも麻耶作品らしいです。

No.2137 6点 闇の夢殿殺人事件- 風見潤 2014/09/02 17:55
奈良の学会に出席していた天文考古学が専門の大学講師・神堂は、指導教官の娘でもある恋人の奈々から、失踪した友人の姉を捜してほしいと頼まれる。友人の姉は、聖徳太子の生まれ変わりを教祖とする新興宗教と関わっていた--------。

神堂賢太郎&早瀬奈々の素人探偵コンビが、写真の暗号、アリバイ工作、密室トリック、ならびに新興宗教の秘密に挑む本格編で、「殺意のわらべ唄」に続くシリーズ第2弾。
若い男女探偵による”奈良殺人案内”という趣があって、プロット的には火曜サスペンス劇場風なのですが、コンパクトな長編のなかに、多彩で細かなトリックが散りばめられているので割と楽しめました。
アリバイ・トリックが綱渡り的など、いろいろ小さな難点がありますが、法隆寺の夢殿を模した教団の祈祷所の密室の謎は(オリジナリティはあまりないにしても)まずまずの出来では。
(しかし、この男女探偵は、深谷忠記の黒江壮&美緒コンビと造形イメージがかなりカブってますねw)。

No.2136 5点 思考機械(未書籍化作品集)- ジャック・フットレル 2014/08/31 19:00
”思考機械”こと、ヴァン・ドゥーゼン教授ものの書籍化されていない作品を集めたもの。これまた宮澤洋司さんの「翻訳道楽」編。(おっさんさんから情報をいただいてから3年も経ってしまいましたw)

収録作は、①紐の切れ端 ②オペラ桟敷席の謎 ③オルガン弾きの謎 ④専用個室の謎 ⑤廃屋の謎 の5編で、初出は不詳ですが、おそらく新聞掲載のものと思われます。
個人的ベストは、初期の不可能トリックものをちょっと想起させる②ですが、情報の後出しが多いのが難点。(偶然にもコレはミステリマガジンの先月号にも転載されていました)。頭脳派のはずのヴァン・ドゥーゼン教授が、暗闇の地下室で冒険する⑤も異色作として捨てがたい。本来なら、こういった冒険は記者のハッチ・ハッチンソンの役回りなんですけどね。
ただ5作品いずれも枚数が少なめなので物語性が弱く、謎解きものとしても物足りないものが多かったのが残念なところです。

なお、渕上痩平氏のブログ「古典海外ミステリ探訪記」にも数か月前に、思考機械ものの初訳作品が3編訳載されておりました。「隅の老人」の完全版も出たことですし、次は「思考機械」の全作品邦訳版を期待したいものです。

No.2135 3点 波上館の犯罪- 倉阪鬼一郎 2014/08/30 18:33
とある半島の近海に浮かぶ小島に建つ白亜の洋館。波に浮かんでいるように見える”波上館”で、館主の芸術家が謎の窒息死を迎えた後、残された家族・使用人がドミノ倒しのように殺されていく--------。

”わたしは犯人、探偵、被害者、記述者、そして波------” といったような、謎めいたフレーズが冒頭に置かれたゴシック小説風の作品。
毎年恒例のバカミス・シリーズの一冊、かと思って読んでいたらテイストがちょっと違う。
あとがきによると”交響曲シリーズ”とあるが、そんなシリーズは聞いたことがない、だまされた気分だw それでも、泡坂妻夫の「しあわせの書」にインスパイアされたような例のお遊びは入っていますが......(だから今回は一段組なのか)。
物語の中味のほうは、率直にいって「つまらない」のひとことです。倉阪さん病んでないですか?と、ちょっと心配になる。

No.2134 6点 プードルの身代金- パトリシア・ハイスミス 2014/08/28 20:40
レイノルズ夫妻の愛犬が公園で行方不明になり、身代金千ドルを要求する手紙が届く。警察に相談しにきた夫婦の話を、たまたま傍で聞いていた若い警官クラレンスは、職務をはなれて事件に関わるが--------。

本書は、愛犬プードルの持ち主レイノルズ夫妻の視点を主軸にした誘拐サスペンスではなく、誘拐犯の元建設作業員ロワジンスキー視点のクライム・ノヴェルでもない。善意で事件を解決しようとする若い警官クラレンスが巻き込まれた悪夢のようなトラブルの顛末を描いている。
銀行の人事部の仕事を嫌い、何となく警官になった普通の青年が主人公なだけに、終盤の展開は読むほうにとってもかなり精神的なダメージを受ける。気軽に他人にお薦めするのを躊躇うような結末が控えていました。
ハイスミスの長編を読むのは4冊目になりますが、胸糞の悪い読後感でいえば本書が一番。でも、これはあまり高い点数を付けたくない。

No.2133 6点 蜂に魅かれた容疑者- 大倉崇裕 2014/08/25 18:44
新興宗教団体「ギヤマンの鐘」に対する捜査の責任者・鬼頭管理官が襲撃を受け、警察病院に入院する事態になる。同じころ、スズメバチが人を襲う事件が続発、こちらの捜査は警視庁総務部の須藤にお鉢が回ってきた--------。

事件関係者のペットの世話を担当する警視庁の動植物係・須藤警部補と、動植物オタクの不思議ちゃん・薄圭子巡査のコンビによるシリーズの第2弾で、今回は長編。
天然でボケをかます女性巡査に振り回される元捜査一課の鬼刑事という設定のコミカルなテイストは前作同様ながら、終盤にいたり事件が急展開を見せ緊迫した内容になる。新興宗教団体とスズメバチの関係は予想できるものの、これは意外な方向から一撃を喰らった感じだ。
薄巡査が”裏の構図”に気付くキッカケがちょっと強引なロジックと思えなくもないが、そこそこ楽しめる出来でした。

No.2132 6点 サンセット77- ロイ・ハギンズ 2014/08/24 00:00
私立探偵ベイリーは、実業家キャリスターの依頼を受け身辺警護のためにホノルルに向かう豪華ヨットに同乗する。家族ら5人だけの船内には異様な緊張感が高まり、やがてライフル弾で頭を撃ち抜かれたキャリスターの死体が発見される(第1話)--------。

ロサンゼルス市サンセット通り77番地に事務所を構える私立探偵、スチュアート・ベイリーを主人公とする連作中編集。
「サンセット77」は、私立探偵モノとして「ハワイアン・アイ」と共に’60年代に日本でもテレビ放映された人気シリーズだったようですが、本書の小説版はネットで仕入れた情報とはやや雰囲気が違う。TV版では、相棒のスペンサーや駐車係のクーキーなど、仲間のレギュラーキャラクターが物語を彩っていたのに対し、この小説版ではベイリー単独の探偵譚となっていて、若いころのマーロウ物を通俗的にした感じを受けました。
内容的にはminiさんも書かれてますが、密室トリックや凶器の消失トリックなど、3話とも本格ミステリ顔負けのトリックが施されている点が面白いです(動機や必然性が弱く、実現可能性などを度外視したところもありますがw)。
なお、個人的ベストは太平洋上の豪華ヨットという舞台装置がハードボイルド小説としては異色な第1話「死は雲雀に乗って」。

No.2131 6点 破門- 黒川博行 2014/08/22 19:00
映画製作の出資金を持ち逃げされたヤクザの桑原と堅気の二宮は、詐欺師を追ってマカオへ飛ぶ。標的の身柄を押さえたのもつかの間、詐欺師を裏で操る男が本家筋の組幹部と分かり、事態は組同士の修羅場に発展する---------。

腐れ縁の桑原と二宮のコンビによる”疫病神”シリーズの第5弾。本年上期の直木賞受賞作品。
ヤクザ社会を背景にしたクライム小説ですが暗さは一切なく、例によって2人のドツキ漫才さながらの関西弁のやり取りで、物語は軽快なテンポで展開されていく。リーダビリティは抜群で面白かった。
しかし、マカオのカジノのシーンはあれだけ詳しく書く必要があったのでしょうか?取材費で黒川さんが楽しんだだけのようなw

余談ですが、現在の直木賞選考委員10名のメンツを知ってちょっと驚いた。ミステリ畑出身者が過半数を占めている(しかも推理作家協会の理事長経験者が3名)。さらには委員の東野圭吾、宮部みゆき、桐野夏生、高村薫各氏は黒川さんよりたぶん作家デビューは後でしょう。これは直木賞は必然だわ。というか、「国境」か「悪果」でとっくに獲っていておかしくない、むしろ遅いぐらい。

No.2130 6点 血のなかのペンギン- デイヴィッド・アリグザンダー 2014/08/19 20:21
探偵事務所に雇われたばかりの帰還兵の”おれ”ことテリー・ルックの初仕事は、浮気調査のためにホテルの隣部屋である女性を見張ること。ところが、飲んでホテルの自分の部屋に帰ると全裸女性の死体が椅子に座って待っていた---------という発端の、アリグザンダーのデビュー長編。

アリバイを証明してくれるはずのバーの店主ら全員の否定証言、戦争の後遺症で精神が不安定ということもあり、窮地に追い込まれるテリーどうする?という前半は、よくある巻き込まれ型のサスペンスですが、本当の主人公トミー・トゥートーズという風変わりな老富豪が登場する後半からが面白い。
豪邸の敷地内に何匹もペンギンを飼っていたり、社会の落伍者たちが屯するニューヨークの浮浪者街にリンカーンで乗り付け、高級酒をふるまったりする変人トゥートーズのキャラクターが魅力的だ。解説では、「ネロ・ウルフを連想させる」とあるが、飲んだくれの落伍者たちを使って容疑者の動向を探らせるところなど砂絵のセンセーを思わせるw
大活躍?をするペンギンのクレオ嬢のその後も気になるところですが、シリーズ第2作が邦訳されていないのが残念。

No.2129 5点 魔法使いと刑事たちの夏- 東川篤哉 2014/08/17 23:13
家政婦の魔法使い少女と被虐趣味の若手刑事による倒叙形式の連作ミステリ、シリーズ第2弾。

魔法と本格ミステリという組み合わせが、ストーリーを面白くするという点で、それほど効果を上げているとは思えませんが、倒叙ミステリの肝である、最終的に犯人を追いつめる”詰め手の意外性”にこだわった内容は前作より優れていると感じました。(前作を読んだ印象がほとんど残っていませんがw)
個人的ベストは、犯人の余計な工作がかなり皮肉な結果につながる第1話「魔法使いとすり替えられた写真」。
準ベストは、鮎哲の倒叙短編ネタの逆ヴァージョンというか、”ある現象”が起こらなかったことによってアリバイが崩れる「魔法使いと妻に捧げる犯罪」ですが、4編とも何気ないエピソードが決定的な手掛かりにつながる伏線の張り具合が巧みです。

No.2128 7点 魔力- トニイ・ヒラーマン 2014/08/16 22:29
ナヴァホ族警察本部のリープホーン警部補は、保留地で発生した3つの殺人事件が相互に関連があるのではと疑っていた。一方、ジム・チー巡査が暮らすトレーラーハウスに夜間何者かによってショットガンが撃ち込まれる事件が起きる---------。

これまで別々のシリーズで主人公だったナヴァホ族出身の2人の警察官、リープホーン警部補とジム・チー巡査が本書で初めて顔を合わすことになる。
インディアン保留地という特異な舞台背景がシリーズの特徴となっていて、大自然の描写に加えて、呪術信仰などの異文化情報が興味深いのですが、謎解きミステリの要素として、それらを巧くプロットに組み込んでいる点が素晴らしい。
本書でいえば、ミッシングリンクの欠けたピースや、犯人の施したトリックは、こういう背景があって成立するもので、単なる珍しい異文化小説ではなく謎解きの伏線にもなっている。
リープホーン警部補の抱える家庭の問題や、チー巡査のプライベートのその後も気になるところで、シリーズ続編も読んでみたい気になりました。

No.2127 6点 殺人回廊- 梶龍雄 2014/08/14 22:26
太平洋戦争末期の昭和20年2月、東京目白の新田公爵邸の周辺に不審な男たちが出没するという通報を受けた警視庁の堀川刑事は、邸内で張込みを始める。やがて男たちの正体がスパイ容疑の次男を内偵中の”特高”と判明するが、雪中の離れの別館で三男が変死体で発見される-------。

作者が亡くなる直前に書下ろしで出版された遺作長編。
時代設定は初期作品を思わせる戦争を背景にしたものですが、学生を主人公とした青春ミステリではなく、名家の秘密が絡む殺人事件の真相に平凡な刑事が迫るといった本格ミステリになっている。
特高刑事たちの監視の目と、雪に囲まれた別館という二重の密室の謎解きはそう大したものではないものの、時局を反映した異様な殺人動機に見るべきものがあります。
ただ、名家女主人の刀自と令嬢・智加子の、ふたりの女性の存在感が突出しているため、途中で真相はぼんやりと見えてしまいましたが。

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kanamoriさん
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