皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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E-BANKERさん |
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平均点: 6.00点 | 書評数: 1859件 |
No.979 | 6点 | 寒い国から帰ってきたスパイ- ジョン・ル・カレ | 2014/02/16 21:34 |
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1963年に発表されたスパイ小説の金字塔的作品。
アメリカ探偵作家クラブ賞&英国推理作家協会賞受賞作。 ~薄汚れた壁で東西に引き裂かれたベルリン。リーマスは再びこの地を訪れた。任務に失敗し、英国情報部を追われた彼は、東側に多額の報酬を保証され、情報提供を承諾したのだ。だがそれは東ドイツ情報部副長官ムントの失脚を図る英国の策謀だった。執拗な尋問のなかで、リーマスはムントを裏切り者に仕立て上げていく。行く手に潜む陥穽をその時は知る由もなかった・・・。英米の最優秀ミステリー賞を独占したスパイ小説の金字塔~ さすがに「看板に偽りなし」という感想。 冷戦下のベルリンを主舞台とし、英国対東ドイツの構図を背景に、スパイ達が虚々実々の駆け引きを行う。 それまでのスパイ冒険小説というと、超人的主人公が危機一髪の場面を乗り切り、最後には任務を華々しく遂行する、という図式がほとんどであったが、巻末解説によれば、作者はあくまでもリアリテイに拘り、本作を描いたとのこと・・・ 確かに、ドラマティックなラストこそ目につくが、序盤から終盤までは割と平板な展開が続いていく。 (そういう意味では、いかにも冒険小説という派手な展開を好む方には向かないかもしれない) あくまでも、主役はスパイたちの「心の中」ということなのだろう。 資本主義対共産主義、東側対西側というイデオロギーの対立軸なども当然垣間見えるのだが、その辺りはあまり気にせず読める。 終盤以降は、本作の主人公リーマスが囚われ、東ドイツで私設法廷にかけられるなど、緊張感のある展開が続き、悲劇的(?)なラストになだれ込む。 ラストシーンの背景として登場する「ベルリンの壁」こそ本作のもうひとつの主役ということなる。 まぁ21世紀の現在から見れば、「ベルリンの壁」など今は昔・・・ということになるが、やはり東西冷戦の象徴なのだと再認識させられた。 時代性もあるけど、ミステリーとしては今ひとつ盛り上がりに欠けるかなというところがマイナスなのだが、重厚でスキのないストーリー展開は十分に楽しめる。 評点はちょっと辛めだけど、そこは個人的な好みの問題。 (50歳のスパイも恋をするということだな・・・) |
No.978 | 5点 | パーフェクト・ブルー- 宮部みゆき | 2014/02/16 21:34 |
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1989年に発表された作者の処女長編。
「犬」視点で書かれているのが珍しい(?)が、発表から約25年たった昨年、なぜかTVドラマ化された・・・ ~諸岡克彦は私立松田学園高校野球部のエース。地区大会では完全試合を達成し、夏の甲子園大会出場が期待されている高校野球界のスーパースター。その克彦が殺害され、ガソリンをかけて燃やされてしまうという凄惨な事件が発生した。現場に出くわした克彦の弟・進也、蓮見探偵事務所調査員の加代子、そして俺、元警察犬で今は蓮見家の一員であるマサは事件の真相を追い始めるが・・・~ 今や大御所となった宮部みゆきも、さすがに“若書き”だなぁと思わされた。 そんな読後感。 確かにウマイといえば旨い。プロットそのものは単純な手合いなのだが、見せ方に十分工夫が成されているので、終盤にはパズルのピースがカタカタと埋まっていくようなカタルシスを味わうことができる。 フーダニットについてもラストにドンデン返しが用意されており、良質なミステリーとしての条件は備えているとは思えた。 ただなぁ・・・何か違和感というか、無理があるという気にさせられる。 パズルのピースは埋まったように見えて、実はうまく嵌ってなかった、とでもいう感じだろうか。 他の方も触れているが、真犯人の動機やなぜここまでしなければならないのか、という部分には納得できない。 黒幕として登場するある人物やその周囲の人物についても、書き込みが不足しているせいか、どこかふわふわしているというか、存在感のないまま終了してしまった感が強い。 そして何より「犬視点」なのだが、これって必要だったのか? 意味がないとまでは言わないが、ミステリー的な仕掛けには全く関係なしというところがどうも引っ掛かる。 (『・・・だから犬視点なのかぁ』と読者に思わせないとダメだと思うのだが・・・) ということで、決して面白くないというわけではないのだが、高い評価も難しい。 もともと作者の作品とはどうも相性が悪いのだが、今回もその思いは払拭できなかった。 (世評は高いので、ついつい期待してよんでしまうけどねぇ) |
No.977 | 6点 | 火曜クラブ- アガサ・クリスティー | 2014/02/11 01:05 |
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ミス・マープルが初登場した短篇集。
セントメアリーミードに住む男女が集まり、自身が体験した迷宮入り事件について披露するというパターンの作品が並ぶ。 ①「火曜クラブ」=クラブ設立の経緯が語られるシリーズ初編。初っ端からマープルらしい推理が語られるのだが、これってある意味偏見じゃないのか? ②「アスタルテの祠」=ゴテゴテした設定の話だが、ミステリーとしてのプロットは単純。骨組みはまさに「シンプル・イズ・ベスト」という感じだ。 ③「金塊事件」=人のいい甥のレイモンドが実に単純な詐欺に遭う・・・という話。これもプロットは単純明快。 ④「舗道の血痕」=これは短篇らしい捻りの効いた好編だと思う。血痕だけから事件のからくりを見抜くマープル女史の推理が冴える一篇。 ⑤「動機対機会」=意味深なタイトルだが、動機がある容疑者には機会がなく、機会のある容疑者には動機がないというのが今回の謎。これも短篇っぽいキレがある。 ⑥「聖ペテロの指のあと」=マープル本人が謎の語り手となる本編。一種のダイイング・メッセージもの。 ⑦「青いゼラニウム」=何となくホームズものの短編を想起させる作品。プロット自体は単純で、すぐに想像がつく。 ⑧「二人の老嬢」=これもプロットそのものは非常にシンプルなのだが、さすがに見せ方がうまい。それだけにラストでは真相に唸らされることになる。 ⑨「四人の容疑者」=ミステリーらしいタイトルの作品だが、ちょっと分かりにくいかも。 ⑩「クリスマスの悲劇」=被害者の死亡前と後で帽子の位置が違っている・・・この一つの物証だけで展開されるマープルの推理。さすがに手馴れている。 ⑪「毒草」=大勢の人が食べた料理に混入されていた毒。しかし死んだのはひとりだった・・・。しかし、ラストには見事にひっくり返される。 ⑫「バンガロー事件」=披露される謎はなかなか複雑で面白い事件に思えたのだが・・・ラストでは結構ガクッとさせられるかも。 ⑬「溺死」=⑫までとは毛色が違い、マープルがクラブのメンバーである元警視総監に村で発生した事件の「相談」を持ち込む、という形式の本編。マープルが明かす真犯人は意外性十分。 以上13編。 体裁だけを取り上げると、アシモフの「黒後家蜘蛛の会」などとほぼ重なるのだが、そこはやはりミステリーの女王らしく、実にクオリティの高い作品集に仕上げている。 上述しているとおり、プロット自体は実に単純な作品が多いのだが、とにかく見せ方がうまいのだろう。 でも、個人的にはクリスティなら“やっぱりポワロシリーズの長編”ってことで、マープルものは一段下の評価となる。 (個人的ベストは⑧⑬辺り。他なら②⑦⑫って感じか) |
No.976 | 4点 | 白と黒- 横溝正史 | 2014/02/11 01:03 |
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1961年発表の金田一耕助シリーズ長編。
岡山の山奥ではなく、東京都内の新興集合住宅という舞台設定が珍しい作品。 ~平和そのものに見えた団地内に、突如怪文書が横行。プライバシーを暴露する陰険な内容に、住民たちは戦慄をおぼえる。その矢先、団地内のダスト・シュートから真っ黒なタールにまみれた女性の死体が発見された。眼前で起きた恐ろしい殺人事件に団地の人々の恐怖は頂点に達する。謎のことば「白と黒」の持つ意味とは? 団地という現代都市生活特有の複雑な人間関係の軋轢と葛藤から生じる事件に金田一耕助が挑戦する~ およそ金田一耕助シリーズとは思えないような雰囲気。 「獄門島」や「犬神家の一族」など、戦前戦後の地方の暗くて重い雰囲気漂う舞台設定・・・が本シリーズの定番だとしたら、本作ではそれに全く当て嵌らない。 その辺り、作者が方向転換というか時代性に合わせようと試みた作品なのだろう。 (ただし、それが成功しているとは言い難いのだが・・・) 事件の鍵を握るのは、紹介文のとおり『白と黒』という謎のことばで、最終章で金田一の口からこの意味が明らかにされてやっと事件の構図が鮮明になる。 逆にいうと、中盤から終盤にかけても今ひとつ事件の輪郭がはっきりしない展開が続くので、イライラさせられるかもしれない。 タールで真っ黒にされ、しかも顔を潰された死体、などというと作者お得意のトリックかなと思わされるが、その真相もちょっとなぁ・・・なにかすっきりしないのだ。 金田一の役立たず(?)振りは本作でも遺憾無く発揮されているというか、さらに酷くなっている。 真犯人の影が薄すぎるというのもいただけない。 というわけで、なにか作品のプロット自体が煮詰まってない印象を受けた作品だった。 (「社会派を意識」っていう感じもあまりしなかったなぁ・・・) |
No.975 | 6点 | クール・キャンデー- 若竹七海 | 2014/02/11 01:02 |
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2000年発表。
祥伝社文庫創刊十五周年を記念して出された書き下ろしシリーズ中の一冊。 ~「兄貴は無実だ。わたしが証明してやる!」。誕生日と夏休みの初日を明日に控え、胸を弾ませていた中学生の渚(なぎさ)。だが、愉しみは儚く消えた。ストーカーに襲われ重態だった兄嫁が他界し、さらに同時刻にそのストーカーも変死したのだ。しかも警察は動機充分の兄・良輔を殺人犯として疑っている・・・。はたして兄のアリバイは? 渚は人生最悪のシーズンを乗り切れるのか?~ これはもう『最後の一撃』のために存在する作品。 序盤~中盤~終盤までの経緯なんてあまり関係なく、最後の一行でどれだけ「ゾーッ!」とできるかで、本作への評価は大きく変わってくる。 冒頭から一人称で語られ、分量の短さからみても、恐らく叙述系の仕掛けがあるのだろうと予想しながら読んでいたが、まずは終盤でそれっぽい仕掛けが判明し、「やっぱりな」と納得。 ただし、それに満足していると、間髪入れず最後の一撃が脳天に振り下ろされるのだ。 これには相応のサプライズを感じてしまった・・・ さすがにミステリー好きの“ツボ”を心得ているということなのだろう。 制約された分量のなかで、こういう計算し尽くした作品を書けるということに、作者の「腕」を感じることはできた。 ただ、まぁそれだけと言えばそれだけなので、あまり高い評価もし難い。 短いし、軽い読書にはちょうどいいだろう。 |
No.974 | 9点 | 倒錯の舞踏- ローレンス・ブロック | 2014/02/02 16:18 |
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1991年発表。原題“A Dance at the Slaughterhouse”。
マット・スカダーシリーズの最高傑作のひとつに挙げられることも多い作品。 本書のほか、「墓場への切符」「獣たちの墓」と合わせて『倒錯三部作』とも呼ばれる・・・ ~スカダーの知人がレンタルしたビデオには、意外にも現実の猟奇殺人の一部始終が収録されていた。だが、その残虐な映像からは、犯人の正体はもとより、被害者の身元も判明しなかった。それからしばらくして、スカダーは偶然その犯人らしき男を目撃するが・・・。現代のニューヨークを鮮烈に描くハードボイルド大作。MWA最優秀長編受賞作~ これはスゴイ。読み終わってしばらく放心するほどの衝撃だった。 実はマット・スカダーシリーズは本作が初読み。 本作以外にも「八百万の死にざま」やもちろんシリーズ一作目など、「初読み」として適当な作品はあったのだが、なぜか本作を選択してしまった。 でもまぁ、それはそれで良かった。いきなりこんな強烈な作品に出会えたのだから・・・ 作品としての出来については、スキのない実によく練られた作品ということに尽きる。 導入部分から謎の人物を複数登場させ、時間軸を微妙にイジリながら、読者を引きつけていく。 妻のレイプ&殺人事件とビデオに収録された猟奇殺人という二つの謎が、スカダーの執拗な捜査の前で遂にクロスする瞬間・・・ ある男の告白シーンに戦慄が走る! とにかく、こんな強烈な真犯人キャラクターは久しぶりだ。 (男の方ももちろん怖いが、女の方がもっと怖い!) 最終章、スカダーと真犯人との対決シーンには手に汗握ること請け合い。 ということで、なんだか興奮したまま書評している次第です。 スカダーの協力者など、魅力的な人物も数多く登場し、スカダーとの軽妙かつ含蓄のある会話も十分に楽しめる。 評価としてはこのくらい当然でしょう。 (さて、つぎはどのシリーズ作品を読むべきか・・・迷うなあ) |
No.973 | 6点 | 地球儀のスライス- 森博嗣 | 2014/02/02 16:16 |
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1999年発表。S&Mシリーズ二篇を含み全十作から成る作品集。
同系統の作品集としては、「まどろみ消去」に続く二作目に当たる。 ①「小鳥の恩返し」=タイトルどおり民話「鶴の恩返し」をモチーフにした作品。殺人現場で飼われていた小鳥を逃がしたところ、その小鳥が献身的な看護婦になって現れるという夢のようなストーリーなのだが、そこは「夢」で終わらずミステリーらしい結末が付けられる。なかなかの佳作。 ②「片方のピアス」=こちらは双子の入れ替わりがプロットとなった作品。終わりがあるようなないような結末・・・っていうことはリドルストーリーということか? ③「素敵な日記」=まさに日記で始まり、日記で終わる一篇。狙いは・・・?? ④「僕に似た人」=いかにも曰く有りげな主人公やその他の登場人物たち・・・。きっと何かあるはずと大技を予想していたが、そういう方向性の作品ではなかった。でも、ラストの一行(或いは二行)はどういう意味(或いは意図)? ⑤「石塔の屋根飾り」=本編と続く⑥がS&Mシリーズ作品。本編は犀川が萌絵や喜多、国枝らにクイズを提供するというプロットとなっている。問題の方はちょっと“絵的に”思い浮かびにくかったんだけど、なる程という解答が示される。 ⑥「マン島の蒸気鉄道」=本編については、謎がどうのこうのというより、とにかくマン島という存在自体が面白い。浅学にもこれを読むまでこんな島があることすら知らなかった。行ってみたいねぇ、乗ってみたいねぇ・・・蒸気機関車。 ⑦「有限要素魔法」=書き下ろし作品なのだが、ある意味ファンタジックでブラックな一篇。 ⑧「河童」=冒頭に示されているとおり、芥川の「河童」に触発されて書かれた作品なのかな? とにかく純朴なはずの田舎の女子高生・亜依子がコワイ・・・ ⑨「気さくなお人形、19歳」=⑦に続く書き下ろし。プロットとしては特段目新しいものではないんだけど、とにかく纐纈老人の一途で偏屈な思いに最後はホロリとさせられる。でも「僕」っていうのは、もしかして叙述トリックかと思わされた(!) ⑩「僕は秋子に借りがある」=これも⑨に続き“いい話系”の作品。こういう美少女に振り回される役を一度はやってみたいよねぇ・・・ 以上10編。 前作(「まどろみ消去」)と同様、「作者が書きたいものを書いて、それを集めました」という雰囲気の作品集。 ということで、凡そミステリーとは呼べないものもかなり含まれていて、長編と同じノリを期待するとガックリくるかも。 ただし、ストーリーテラーとしてやはり非凡な才能を十二分に感じさせられるし、レベルの高い作品集という評価。 どちらかというと、前作よりもこちらを押したい。 (個人的ベストは①かな。後は④⑥⑨というところか) |
No.972 | 8点 | 青の炎- 貴志祐介 | 2014/02/02 16:15 |
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1999年発表。嵐・二宮和也主演で映画化もされた、ノン・ホラーでは作者を代表する長編作品。
主人公・櫛森秀一の心理が読者の心に染み入る倒叙型ミステリー。 ~櫛森秀一は湘南の高校に通う十七歳。女手ひとつで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭を踏みにじる闖入者が現れた。母が十年前再婚し、すぐに別れた男・曾根だった。曾根は秀一の家に居座り、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを・・・。日本ミステリー史上に残る感動の名作~ ラストまで読み終えて、とにかく“悲しい”という感情しか思い浮かばなかった・・・ これほど救いようのないラストもそうないのではないか。 主人公は二つの殺人を犯すに当たり、その殺害方法について高校生とは思えないような深謀遠慮を尽くす。 ただし、悲しいかなやはり高校生は高校生でしかなく、どんなに考え尽くしたと思っていても、あちこちにあった綻びを刑事に突かれ、ついには殺人を認めざるを得なくなってしまう・・・ この辺のプロットはまさに倒叙形式そのものという感じなのだが、主人公を高校生としていることで本作は何とも言えない“やるせなさ”や深い哀愁が漂う効果が出ているのだろう。 巻末解説で佐野洋氏が「僕が倒叙ミステリーを選択するのは、登場人物の心理を自由に書けるから・・・」という清張のことばを引用しているが、本作でもこの狙いは十二分に当たっている。 (『感情移入できなかった・・・』という書評を残されている方が多いようだが、私個人もともと物語の人物にすぐ感情移入しちゃう方なので、今回も秀一の心にすぐに共鳴してしまった・・・) あまり倒叙、倒叙などと、ミステリーの形式ばかりを論じるのは的外れのような気もする。 青春ミステリーでもいいし、クライムミステリーでもいいし、とにかく本作は読者ごとで感じることは大きく異なるのかもしれない。 個人的には「さすが貴志祐介」という評価&評点。 (仕掛けに対する秀一の拘りぶりは、何となく真保裕一「奪取」で偽札づくりに精魂を込める主人公とオーバーラップしてしまった・・・。あと、紀子は相当可愛いな・・・) |
No.971 | 6点 | この町の誰かが- ヒラリー・ウォー | 2014/01/26 20:27 |
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作者晩年に当たる1980年発表の本作。
ウォーと言えば米・警察小説作家の代表選手というイメージだが、本作は一風変わった味わいを持つミステリーに仕上がっている。 ~コネテイカット州クロックフォード・・・。アメリカのどこにでもありそうな平和でそして平凡な町。だが、ひとりの女子高校生が死体で発見されたとき、町はこれまで見せたことのない顔を露にする。あの子を殺したのは誰か? この町の住人なのか? 浮かんでは消えていく容疑者たち。焦燥する捜査陣。怒りと悲しみ、嫌悪と中傷のなか事件は予想のつかない方向へと展開していく。だが、局面を一転させる手掛かりはすでに目の前に・・・!~ これは作者の作戦勝ちだ。 本作は、普通の警察小説のように捜査状況を追っていくというスタイルとは全く異なり、小さな町で起こった十六歳の少女の殺人事件を、事件に関わった人々の証言や会議記録で再現する、という構成をとっている。 最初は、事件の状況や被害者の人となりが順に語られ、中盤以降は容疑者の証言や捜査陣のやりとりがすべて会話形式で進行していく。 視点人物が次々と変わっていくというのは、読み手が混乱しやすいというデメリットもあるのだが、本作では作者の手腕により混乱することなく、終局の真相解明まで突き進んでいく。 田舎町というのは、アメリカでも日本と同様、よそ者に対して排他的で差別の対象になるんだねぇ。 殺人事件を契機として、人種差別や暴力事件、性犯罪など、平和な町に隠されていた闇が徐々に姿を現していく・・・ この辺り、舞台設定に関する手練手管もやはりさすがという気がした。 ラストはもしかして「叙述トリック?」と思わされたのだが、これは作者の狙いなのだろうか・・・? ミステリーとしても新鮮で、まずは安定感のある作品。 欲をいえば、中盤のまだるっこしさが何とかなれば・・・ということになるけど、水準以上の評価はできる。 |
No.970 | 7点 | はやく名探偵になりたい- 東川篤哉 | 2014/01/26 20:25 |
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TVドラマ化もされ、ますます大人気(?)の「烏賊川市シリーズ」短篇集。
今回も鵜飼&流平のコンビが、依頼された(というか巻き込まれた)くだらない(?)事件の数々を解き明かしていく。 (今回は砂川警部や朱美など、他のレギュラーメンバーは登場せず・・・) ①「藤枝邸の完全なる密室」=倒叙型の変化球ミステリー。折原の黒星警部シリーズものに近い風味だが、こういう軽快なミステリーは作者の得意技っていう感じ。オチもマズマズ決まっていてよい。 ②「時速四十キロの密室」=トラックの荷台に積まれ、追尾車両に監視された状態の人間が気付いたときには死んでいた、という謎。伏線が最初からあからさまなのが玉に瑕だし、これはまぁおフザケミステリーだな。 ③「七つのビールケースの問題」=ギャグ度合いは別にして、こういう短編が書けるというのは、やっぱり本格ミステリー作家としてレベルが高いのだと感じる。もっとも、こんな偶然の連続あるわけない! ということはもちろんであるが・・・ ④「雀の森の異常な夜」=本格ミステリーの名作を彷彿(?)させるようなロジックあふれる作品。人間の目ってそこまで節穴か?というツッコミはさておき、ここまでロジックを効かせられるとは「有栖川有栖もビックリ!」だろう。特に、死後硬直をこんなことにブッ込んでくるミステリーは初めてお目にかかった。 ⑤「宝石泥棒と母の悲しみ」=最初は宮部みゆき氏のアノ作品かと思わせておいて、実は綾辻行人氏のアノ作品の本歌取りだった・・・という仕掛け。大学のミステリー研辺りで書かれそうな作品だけど、決して嫌いではない。ラストにはタイトルの意味にも納得させられ、なかなかウマイ。 以上5作。 これは予想以上に面白かった。 とにかく作者の本格ミステリー愛が伺える作品が並んでいて、作者の力量を感じられる作品集に仕上がっている。 「謎解きはデイナーのあとで」があまりにも有名になり過ぎたけど、やっぱり作者の本筋はこの「烏賊川市シリーズ」にあるのだろうと思う。 最近濫作気味なので、あまりに頑張りすぎてネタが枯渇することのないよう祈りたい。 軽い読書にはお勧め。 (個人的ベストは④。あとは⑤と③の順。) |
No.969 | 7点 | 成吉思汗の秘密- 高木彬光 | 2014/01/26 20:23 |
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1958年発表。J・テイの名作「時の娘」にインスパイアされ書かれた歴史ミステリー。
病に倒れ入院中の名探偵・神津恭介が『成吉思汗=源義経』という歴史ロマンに挑む大作で、「邪馬台国の秘密」「古代天皇の秘密」と続く、作者の歴史ミステリー三部作の一作目。 ~兄・源頼朝に追われ、あっけなく非業の死を遂げた源義経。一方、成人し出世するまでの生い立ちは謎に満ちた大陸の英雄・成吉思汗。病床の神津恭介が義経=成吉思汗という大胆な仮説を証明するべく、一人二役の大トリックに挑む歴史推理小説の傑作~ 『義経=成吉思汗』というのはやっぱり日本人のロマンなんだろうなぁと思わされた。 作者の取材力や熱意には敬意を表するけど、正直なところ、歴史的真偽という観点からはちょっと無理筋なんだろうと感じる。 江戸時代から義経北行説はあって、作中にも徳川光圀編纂の「大日本史」が紹介されているが、日本人の義経に対する大衆の判官びいきぶりが伺える。 ただ、確かに“火のないところに煙はたたぬ”的に考えるのなら、十分研究の対象にはなるのだろう。 井沢元彦氏の「逆説の日本史」などを読んでると、歴史学者の「書物偏狭ぶり」がよくやり玉にあがっていて、「歴史書に書かれていないと全く評価しない」という風潮はあるようで、そういう意味からでは、本説を単純に絵空事と断じることはできないのかもしれない。 まぁ、平泉から東北、北海道に義経伝説がこれだけ点在しているという事実だけからも、「義経=成吉思汗」説の面白さ&奥深さを表している。 国産ミステリー史上でも稀代の名探偵・神津恭介を歴史ミステリーの探偵役に据え、歴史学者(本作では井村助教授)と論争させるという設定自体、斬新で面白い。 個人的には、中国史(元~明~清)に関わる部分が特に興味深かった。(特に清朝と義経の関係ね) 歴史好きの方ならやはり一読の価値はありの一作。 (光文社文庫新装版の解説は島田荘司氏。作者に対する島田氏の思いが窺えるコメント・・・) |
No.968 | 7点 | 人喰い- 笹沢左保 | 2014/01/18 23:56 |
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1960年発表。その年水上勉氏の「海の牙」とともに日本探偵作家クラブ賞を受賞した作品。
本格ミステリーを量産していた作者初期の代表作。 ~花城佐紀子の姉が遺書を残して失踪した。労働争議で敵味方に分かれてしまった恋人と心中するというのだ。だが、死体が発見されたのは相手の男だけで、依然として姉は行方知れずのままであった。姉にかけられた殺人容疑を晴らそうと、佐紀子は恋人の豊島とともに事件を調べ始めることになるが・・・~ まずは佳作といっていいと思う。 とにかく読みやすいし、時代性を勘案すればトリックの取り入れ方や意外性十分の真犯人など、初期の作者らしい本格ミステリーのギミックが十分込められた作品だろう。 (まぁ、2014年の今から見れば、多少陳腐化したプロットに見えるのは致し方のないところ・・・) 「人喰い」というタイトルも随分意味深だが、真犯人が語るこの言葉の意味や、労働組合・労働争議などという単語など、やはり60年代という時代性を考えずにはいられない。 ただし、一方的に社会派寄りにならず、あくまで本格ミステリーという風合いを大事にしていた作者には敬意を評したい。 で、本筋としては、二幕目の社長殺害がやはり本作の「山」になるのだろう。 「錯誤」をうまく使ったアリバイトリックは、シンプルな分だけ説得力はある。 (犯人サイドにとってかなり危ういと言えることは言えるが・・・) フーダニットについては、序盤から慎重に伏線が張られていて、多少齟齬があるとはいえ、なかなか良いと思った。 探偵役を素人の女性にしていることもプロット全体に効いていて、作品の雰囲気作りとともに成功している。 まぁ全体の出来としては、「霧に溶ける」などの方がやや上かなという気はするが、本作も十分評価に値する作品だと思う。 他の方が書評しているとおり、若干「二時間サスペンス感」があるのがちょっと残念。 (女性を書かせたらさすがにウマイ!) |
No.967 | 5点 | 雨の殺人者- レイモンド・チャンドラー | 2014/01/18 23:54 |
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東京創元社が編んだチャンドラー短編集の第四弾がコレ。
(なぜ第四弾から手を出したのかというと・・・単なる買い間違いだったりする・・・) F.マーロウものを含む全五編。 ①「雨の殺人者」=ロサンゼルスという街の雰囲気がよく出てる、いかにも的な作品。台詞まわしや静謐な筆致など、チャンドラーの魅力の要素はつまってるよなぁ・・・ ②「カーテン」=F.マーロウ登場作。でも早川の清水俊三訳版に慣れている身にはどことなくマーロウの造形に違和感を感じてしまう。プロット自体は単調。 ③「ヌーン街で拾ったもの」=これもまた“いかにもチャンドラー”らしい一篇。登場人物たちの会話がとにかく何とも言えない雰囲気を醸し出す。このリズムと空気は真似できない。 ④「青銅の扉」=ちょっとよく分からない・・・ ⑤「女で試せ」=これは「さらば愛しきひとよ」の原型なんだろうなぁ・・・。②につづきマーロウが登場し、やはり美女との絡みが用意されている。これが最も読ませる作品かな。 以上、全5作。 さらに巻末には稲葉明雄氏により、チャンドラーが作家デビューするまでの半生、経緯が紹介されている。 (これはなかなか興味深い・・・) 短篇になっても、チャンドラーはチャンドラーだし、マーロウはマーロウという読後感。 この独特の世界観や静謐な文章は他の追随を許さない。 ただし、ハードボイルドはやはり長編でこそという思いは強くなった。 やっとその作品の世界観に浸ってきた・・・という辺りで作品が終局を迎えてしまうのが、「どうもねえ」ということになってしまう。 というわけで、長編作品より上の評価は無理かな。 (個人的ベストは断然⑤。次点が①。後は横一線というところ) |
No.966 | 4点 | 凍える島- 近藤史恵 | 2014/01/18 23:53 |
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1993年発表。作者の処女長編であり、第四回鮎川哲也賞の受賞作。
絶海の孤島に集まった男女が順に殺されていく・・・という“いかにも”な設定の本作ですが・・・ ~友人と喫茶店を切り盛りする野坂あやめは、得意客込みの慰安旅行を持ちかけられる。行く先は瀬戸内海に浮かぶ無人島。話は纏まり、総勢八名が島へ降り立つことになる。ところが、退屈を覚える暇もなく起こった事件がバカンス気分を吹き飛ばす。硝子扉越しの室内は無残絵さながら、朱に染まった死体が発見され、島を陰鬱な空気が漂う。道中の遊戯が呼び水になったかのような惨事は終わらない。連絡の絶たれた島に一体何が起こったのか?~ こんな紹介文を読まされたついつい期待してしまう・・・ それがミステリー好きの悲しい「性(さが」っていう奴だろう。 ただし、殆どの場合それは裏切られてしまう。そして、今回もその例には漏れなかった・・・ それが率直な感想。 何か妙というか、ちぐはぐな感じなのだ。 もちろんデビュー作だから、プロットや筆使いに多少の齟齬があってもよいのだが、最後まで平板で盛り上がりのないまま終わってしまった感が強い。 中盤までは登場人物ひとりひとりにスポットライトを当て、何とか「人物」を描きたいとの思いがあったようなのだが、結局それも中途半端かな。 密室トリックや連続殺人に至った動機なども、どうも素直に首肯し難い。 そして、恐らく一番の大技であろう最後のドンデン返しも不発っていうか、とってつけたように思えた・・・ どうも批判しか思いつかない感想になったけど、褒めるところがないのだから仕方ない。 こういう“いかにも”な舞台設定をセレクトするなら、やはり余程の見せ場がないと逆に苦しいなという感じ。 紹介文だけに惹かれているなら、そのままスルーした方がよいと思う。 (鮎川哲也賞受賞作には期待してるんだけどねぇ・・・) |
No.965 | 6点 | 戦士たちの挽歌- フレデリック・フォーサイス | 2014/01/12 23:22 |
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角川文庫で編まれたF.フォーサイスの作品集一作目。
すべて結末の意外性が存分に楽しめる三篇で構成。 ①「戦士たちの挽歌」=ロンドンの街中で発生した撲殺事件。被疑者は無抵抗の被害者を二人がかりで殴り殺したのだが、被害者の身元がなかなか判明せず・・・。終盤、辣腕弁護士の手に掛かり、被疑者が無罪放免される展開の後に、意外な結末が用意されている。タイトルの意味はラストまで読み終えると納得。 ②「競売者のゲーム」=本編の舞台は絵画を中心とするオークション会社。貧乏な役者が換金のために持ち込んだ古びた絵画が思わう波紋を呼び起こす・・・。序盤に嵌められたオークション会社社員が、嵌めた男に復讐を果たすというのが本筋なのだが、なかなか軽快なコン・ゲーム風に書かれていて面白い作品に仕上がっている。良作。 ③「奇蹟の値段」=物語の舞台はイタリアの都市・シエナ。第二次世界大戦中の野戦病院で、多くの入院患者に対して奇跡を起こしてきたひとりの看護婦とドイツ軍医師。この二人にはどのような秘密があったのか? というプロットなのだが、ラストには思わぬ“引っ掛け(肩透かし?)”が待ち受ける。でも、ちょっと分かりにくい展開。 以上3編。 著名作「ジャッカルの日」以来、久々にフォーサイス作品を読了。しかも短篇。 感想としては、マズマズの面白さという感じかな。 最初に触れたとおり、三作とも終盤からラストに捻りが効いていて、さすがに達者だなという気にはさせられる。 ただ、迫力というか重厚感という観点から見ると、やはり長編でこそという作家なのかもしれない。 評価としては水準+αということに落ち着く。 (順位を付けるなら②>①>③ということになりそう) |
No.964 | 7点 | ひまわりの祝祭- 藤原伊織 | 2014/01/12 23:21 |
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乱歩賞&直木賞ダブル受賞のデビュー作「テロリストのパラソル」に続く第二長編がコレ。
1997年発表。いかにも藤原伊織らしい雰囲気のある作品。 ~自殺した妻は妊娠を隠していた。何年か経ち、彼女にそっくりな女と出会った秋山だが、突然まわりが騒々しくなる。ヤクザ、闇の大物、昔働いていた会社のスポンサー筋などの影がちらつくなか、キーワードはゴッホの「ひまわり」だと気付くが・・・。名作「テロリストのパラソル」を凌ぐ、ハードボイルドミステリーの傑作~ これぞ“伊織流ハードボイルド”とでも言いたくなる・・・そんな作品。 「テロリストのパラソル」にしても「てのひらの闇」にしても「シリウスの道」にしても、作者の作品には何とも言えない“匂い”があるのだ。 どの作品にも、必ず過去を背負った影のある主人公(男性)が登場する。 主人公は表の世界に背を向けたような生活を送っているのだが、ちょっとしたことから事件に遭遇し、徐々にその大きな渦に巻き込まれていく・・・ これを「ワンパターン」と呼ぶのはたやすいのだが、それでも引き込まれてしまう。 まるで花の蜜に誘われるミツバチのように・・・ 本作の主人公は高校時代、天才的な絵の才能を見せていたグラフィックデザイナー。 彼が、ゴッホの幻の「ひまわり」を軸とした事件に巻き込まれていく。 過去に触れ合っていた知人たち、そして事件の渦中で知り合った人たち・・・ その登場人物ひとりひとりが魅力的な役割を与えられているかのように、ドラマを彩っていくのだ。 なんだかミステリーの書評っぽくないけど、こんな感想になってしまった。 とにかく早逝が惜しまれる作者。これで、長編作品はすべて読んだことになるのが・・・それが何とも切ない。 まだまだ新作が読みたくなる、そんな作者&作品だった。 (確かに「テロリストの・・・」よりこちらの方が良いと思う・・・) |
No.963 | 5点 | ダブルダウン- 岡嶋二人 | 2014/01/12 23:20 |
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1987年発表。
21編ある作者の長編のうち14番目に発表された作品に当たる本作。 ~ボクシング、フライ級の四回戦。対戦中のボクサー二人が、青酸中毒で相次いで倒れ死亡した。雑誌編集者の福永麻沙美は、記者の中江聡介、ボクシング評論家の八田芳樹と真相を追い詰める。衆人環視の二重殺人のトリックとは? 二転三転する事件の陰に巧妙に身を隠す意外な真犯人とは? 傑作長編ミステリー~ 提起される謎はかなり魅力的。 ただし、これはちょっとプロット倒れかなと思わせる・・・そんな作品。 作者の作品では警察官や私立探偵ではなく、完全な素人が「探偵役」となる場合が殆どだと思うが、本作でもそれは当て嵌る。 「探偵役」の能力不足という前提のためか、とにかく終盤に入るまでは事件そのものの輪郭ですら掴めない状況が続く。 被害者の周りで怪しい人物がつぎつぎと浮かんでいくのだが、その人物の白黒がつく前に新たな材料が提示され、読者としても何だか落ち着かない感じになってしまう。 中盤までのモタモタ感を一掃するかのように、終盤は一気に進んでいくのだが、これはスピード感があっていいというよりは、とにかく帳尻合わせました・・・というような感じ。 真犯人は意外性もあっていいのだが、こんな偶然の連続のような動機では、本格ミステリーとしてはどうかなと思わされた。 せっかく魅力的な舞台設定なんだし、もう少しプロットを煮詰めてからの方が良かった。 (その辺りは、作者のエッセイにも書かれているらしいが・・・) ボクシングを題材にした作者の作品は他に「タイトルマッチ」があるが、作者の作品としてはどちらもそれほど成功しているとは言い難い。 ミステリーとボクシングでは相性が良くないということなのかな? (この時代、BMWはまだ珍しかったんだろうか?) |
No.962 | 6点 | マドンナ- 奥田英朗 | 2014/01/05 15:11 |
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直木賞作家である作者が贈る中間管理職サラリーマンへの応援歌(書?)的作品。
上司のこと、父親のこと、夫のことを知りたいあなたにもお勧めの一冊。 ①「マドンナ」=妄想癖のある大手企業の課長が主役(もちろん妻子持ち)。ある日、人事異動でやって来た可愛いくて上品な女性部下に恋してしまう。年甲斐もなく、部下の若手社員と張り合ってまで女性の気を引こうとするのだが・・・。その気持ちはたいへんよーく分かるよ!! ②「ダンス」=一人息子が大学にも行かず、進路として選んだのが“ダンサー”(!) 当然父親としては反対するのだが・・・。そして、職場では組織に与しない同期の課長の扱いに困って・・・。その気持ちはよーく分かるよ!! ③「総務は女房」=エリートとして営業の第一線で活躍してきた男。組織を知るために、二年間という期限付きで配属されたのは総務部。そして、そこでは今までの価値観を壊されるような出来事が相次ぎ起こる・・・。 ④「ボス」=自分が昇進すると思っていた部長職へ抜擢されたのは、中途採用の才媛として名高い女性上司(ボス)だった! そして、そのボスは従来の体育会系的慣習を次々破るような社内ルールを打ち出していく・・・。主人公の中年男性課長の立場は如何に!? っていう粗筋なんだけど、これも何か分かるなぁ・・・。こういう人が上司になるととりあえず困ってしまうよなぁ・・・ ⑤「パティオ」=湾岸沿いの再開発地区。開発時の思惑は外れ、なかなか人が集まってこない。主人公の課長を始めとするプロジェクトチームは、集客を目指すべく様々なプランを出していくが・・・。男性が出会うひとりの老人がかなりいい味出してるし、実父との関係は身につまされる。 以上5編。 まず、本作は100%ミステリーではありません。 よって評点はこんなもんですが、とにかく「中年サラリーマン」、特に『中間管理職』にとっては、実によく分かる、実に身につまされる内容の連続。 「そうだよなぁー」とか、「分かるわー」と読みながら何度思ったことか!! さすがのストーリーテラー振りとしか言いようがない。 上司には責められ、部下には突き上げられ、家に帰れば妻に虐げられる・・・。もう少し「中間管理職を大事にしてくれ!」と思わず声に出して言いたくなってしまった・・・ (①~④ももちろん面白いのだが、個人的ベストは⑤だな。割と静かな作品だけどそれがいい) |
No.961 | 7点 | ブラック・ハート- マイクル・コナリー | 2014/01/05 15:10 |
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「ナイト・ホークス」「ブラック・アイス」に続くハリウッド署・ボッシュ刑事シリーズの三作目がコレ。
過去に自らが引き起こした被疑者銃殺事件に基づき、被告として法廷に立たされることになったボッシュ。 彼はどのようにピンチを乗り切るのか?? ~11人もの女性をレイプして殺した挙句、死に顔に化粧を施すことから、“ドールメイカー(人形造り師)”事件と呼ばれた殺人事件から四年・・・。犯人逮捕の際、ボッシュは容疑者を発砲、殺害したが、彼の妻は夫が無実だったとボッシュを告訴した。ところが裁判開始のその日の朝、警察に真犯人を名乗る男のメモが投入される。そして新たにコンクリート詰めにされたブロンド美女の死体が発見された。その手口はドールメイカー事件とまったく同じもの。やはり真犯人は別にいたのか? 人気のハードボイルドシリーズ第三弾~ 本シリーズはどの作品も水準以上の面白さだ。 一作目から三作目まで読んでも、その感想は変わらない。 紹介文のとおり、本作の特徴は過去の事件と現在の事件がクロスし、シンクロしながら進行していくことにある。 刑事として自信を持って逮捕した男の妻から訴えられ、しかも相手は辣腕の女性弁護士。こちらの弁護士は頼りにならない二流弁護士・・・。 女性弁護士の罠にはまり、法廷で窮地に陥る・・・というのが中盤までの概要。 そして、後半以降はギアが変わり、一気にスピードアップ。 思わぬ人物までもが“ドールメイカー”の毒牙にかかってしまう事件を経て、終局へなだれ込む。 さらに、終盤では本シリーズではお馴染みの「ドンデン返し」或いは「サプライズ」が待ち構えていて、思わず唸らされることになる。 特に本作の真犯人はかなり意外な人物だ(ネタばれ?)。 もちろん本格ミステリーではないから、読者が推理を楽しめるというわけではないが、ここまで読者を楽しませてくれる要素があれば十分。 ボッシュと前作で知り合った恋人のシルヴィアとの大人のラブストーリーもいい具合に絡めていて、その辺りも物語に華を添えている。 というわけで万人にお勧めできる良作という評価。 (巻末解説では評論家の吉野氏が作者のチャンドラーへの敬愛振りに触れている。なる程ね・・・) |
No.960 | 6点 | 追憶の殺意- 中町信 | 2014/01/05 15:09 |
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2014年明けましておめでとうございます。(ちょっと遅くなりましたが・・・)
というわけで、本年一発目に何を読もうかと、書店をぶらつきながら手に取ったのが本作だったという次第。 今回読了したのは東京創元社より「追憶の殺意」のタイトルで新たに刊行されたものだが、実際は1980年に発表された「自動車教習所殺人事件」を底本とし改題したもの。 ~年も押し詰まったある日、埼玉県岩槻市の土手で自動車教習所の配車係が死体で発見された。男には職場の同僚と悪質なギャンブルを行っていた疑いが浮上する。そして年が改まった途端、教習所の技能主任が密室状況下で撲殺される。さらに指導員の男が自宅マンションのマイカーのなかで殺されていた! 自動車教習所へ通う教習生と指導員・・・その絡み合いの中からあぶりだされる複雑な人間関係。やがて捜査線上に浮かんだ容疑者には鉄壁のアリバイがあった!~ まず自動車教習所という舞台設定が珍しい。 教習所に通ったのはかれこれ十年以上も前だが、教官と生徒が免許証取得をめぐって愛憎渦巻く・・・なんて想像できないし、ましてや殺人事件の舞台としてはあまり似つかわしくないような気がした。 (時代性の違いかもしれないが) で、本筋だが、他の方の書評にもあるとおり、既刊の「○○の殺意」シリーズと違い、本作は叙述系トリックは一切なし。アリバイ&密室トリックをメインとした古いタイプの本格ミステリーで、確かに鮎川哲也の鬼貫警部ものと似た風合いの作品。 特にアリバイトリックはよく練られており、鮎川のように鉄道トリック一本槍ではなく、鉄道に自動車を絡めた結構複雑なトリックに仕上がっている。 ただし、密室トリックもそうだが、伏線が割とあからさまなところが玉に瑕で、フーダニットやハウダニットの醍醐味はあまり感じられなかった。 この辺りはデビューして間もない頃の作品ということなのだろう。 オーソドックスなミステリーをという方なら安心して読める作品ということになるが、作者らしい切れ味鋭い変化球ミステリーを求める読者にとってはちょっと物足りない作品。 本年一発目の読書としてはちょっと不発だったかな・・・ (今年はできれば「量」より「質」を重視した読書をしたいものだけど・・・結局乱読になってしまうのかな?) |