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E-BANKERさん
平均点: 6.00点 書評数: 1845件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1105 5点 トラップ・ハウス- 石持浅海 2015/02/10 23:04
(サイトがリニューアルされててビックリ!!)
2011年発表の長編。
作者の「デビュー十周年記念作品」として発表された作品とのことで、作者らしい「企み」が詰まっている(のか?)

~大学の卒業旅行としてトレーラーハウスでの一泊キャンプを計画した同級生の男女九人。だがドアを閉めた瞬間、トレーラーハウスは脱出不能の密室と化した。混乱のなかひとりが命を落とし、悪意に満ちたメッセージが見つかる。次々と襲いかかる罠を仕掛けたのはいったい誰か? 果たして生きてここから出られるのか? 本格ミステリーの原点に立ち返った著者の新たなる傑作~

ありそうなプロットといえばプロットだと思う。
密室の中で次々と襲いかかる罠に立ち向かうというサスペンス性と、フーダニット・ホワイダニットを効かせた本格ミステリーとがうまい具合に融合され、魅力的なプロットとなっている。
紹介文を読んだときは、岡島二人の「そして扉は閉ざされた」的な奴を想像していたのだが、どちらかというと、それと作者の出世作「扉は閉ざされたまま」とを混ぜ合わせたような感じというのが近い。

ただ、「扉は・・・」と比べると、作品としてプロットの切れ味は落ちる。
「扉は・・・」は倒叙だったから、当然フーダニットの面白さが加えられているはずなのだが、どうもそこがスッキリしない。
探偵役のひとりが真犯人を指名するロジックも甚だ根拠が薄弱で、読者からすると「そこっ!?」っていう突っ込みを入れたくなる。
動機もなぁ・・・序章でいかにも「それらしい」場面が挿入されているので、ある程度読者は想像しながら読み進めているけど、ラストの真犯人の「大暴れ(!)」を引き起こすほどのインパクトはないような気が・・・

というわけで、舞台設定はたいへん魅力的なのだが、ちょっと活かしきれなかったという印象。
枚数制限のなかで書いた作品なのかもしれないが、こういう“いろんなものを”詰め込んだ作品というのは長すぎてもいけないし、短すぎてもいけない気がして難しい。
軽い気持ちで通勤時間に読むのならばちょうどいい・・・のかも。
(ラストの場面を書きたかったから「トレーラーハウス」なんてことにしたのか?)

No.1104 6点 殺人者と恐喝者- カーター・ディクスン 2015/02/01 20:49
1941年発表。原題“Seeing is Believing”(=百聞は一見に如かず)
昨年、東京創元社より出された新訳版にて読了。
もちろん探偵役はHM。

~美貌の若妻ヴィッキー・フェインは夫アーサーがポリー・アレンなる娘を殺したのだと覚った。居候の叔父ヒューバートもこの件を知っている。外地から帰って逗留を始めた叔父は、少額の借金を重ねた挙句、部屋や食事に注文をつけるようになった。アーサーが唯々諾々と従っていた理由がこれで腑に落ちた。体面上警察に通報するわけにはいかない。催眠術を実演することになった夜、衝撃的な殺害事件が発生。遠からぬ屋敷に滞在し回想録の口述を始めていたHM卿の許に急報が入り、捜査にあたることになったのだが・・・~

カーらしいといえば、実にカーらしさの窺える作品。
何より舞台設定がいかにも「らしい」のだ。
衆人環視のなか、催眠術の実演により、夫にナイフと銃を向けることになった若妻。
間違いなくゴム製のナイフだったはずなのに、夫は刺殺されてしまう! いったいいつナイフはすり替わったのか?

いやぁー実に刺激的で魅力的な謎!
HMも当初は若妻の自作自演を疑っていたのだが、若妻の毒殺未遂事件を契機として、事件の裏の構図が浮かび上がってくる。
プロットそのものは実にシンプルというか、「それ!」っていう奴。(だからこの邦題だったのねぇー)
HMがやたら動機に拘っていた理由も腑に落ちた。

麻耶雄嵩氏の巻末解説もなかなか秀逸。
(ただしネタバレだらけなので注意が必要)
麻耶氏も言及しているとおり、本作の冒頭部分がフェアかアンフェアかというとかなりグレーな気はする。
私みたいな素直な読者だと、この文章を読んでしまうと本作の仕掛けは決して見抜けなくなるのは確かだからなぁ。
あと、メイントリックのアレ(あの道具)はどうか・・・
麻耶氏もフォローしているとおり、この時代では真面目に取り上げられるものだったのかもしれない。
(今だったら下手するとバカミスになりそう)

ということで、他の佳作に比べれば評価が低くなるのは致し方ないかな。
でも決してつまらないわけではなく、カーらしい稚気やミステリーの楽しさを十分味わえるのではないかと思う。
(本作でのHMはかなりドタバタ・・・っていつもと同じか!)

No.1103 7点 楽園のカンヴァス- 原田マハ 2015/02/01 20:48
2012年発表。同年の山本周五郎賞受賞作。
作者は作中にも登場するMOMA(ニューヨーク近代美術館)勤務経験もある美術の専門家ということだが・・・

~ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム=ブラウンは、ある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵画。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵画を譲ると告げ、手掛かりとなる謎の古書を読ませる。リミットは七日間。ライバルは日本人研修者・早川織絵。ルソーとピカソ、ふたりの天才がカンヴァスに籠めた想いとは・・・?~

さすがに評判どおりの面白さだった。
文庫版の『これまでに書かれたどんな美術ミステリーとも違う』という帯の惹句は決して誇張ではない。
絵画や美術は全くの門外漢の私。読む前には「ルソーって絵なんて描いてたの?」って、正直、哲学者のジャン=ジャック=ルソー(=著書「社会契約論」で有名な人物)と勘違いしていた。
(そもそも活躍してた時代が全然違う!)
そんな美術オンチの私でも十分に本作は楽しめた。

ミステリーとしてのメインテーマはもちろん絵の真贋なのだが、それよりも作中に登場する「古書」と登場人物たちに纏わる謎の方に個人的には惹かれた。
「古書」については、特に作中の人物に施された「仕掛け」がなかなか旨い。ルソーとピカソのグレイな関係を目くらましに使い、「作中作」というミステリーっぽいプロットを巧みに取り入れている。
ルソーの幻の絵画を軸に、それを手に入れたい謎の人物が次々に登場する展開もスリリング。
七日間というタイムリミットを設け、終盤に向かい徐々に盛り上げていく手法もなかなか良く出来ていると思う。

惜しむらくは織絵の扱いか。
冒頭から、過去に秘密を抱えた謎の人物として登場する織絵なのだが、掘り下げ不足で結局今ひとつ盛り上がらないまま終了した感じだ。
(岡山弁を操る超美少女=「織絵の娘」もかなり気になったが・・・)

「絵画」っていうのは実に謎に包まれた存在なんだろう。
絵に魅せられた人は、絵画そのものだけではなく、描かれた動機や背景、手法などあらゆることを知りたいと願う・・・
これってミステリー或いは謎解きの楽しさと同じ、ってことか??

No.1102 4点 私が捜した少年- 二階堂黎人 2015/02/01 20:47
~渋柿信介、独身。ライセンスを持たない私立探偵。日常のしがらみに追われながらも、鋭敏な頭脳と大胆な行動力とで、次々と舞い込む事件を解決へと導く~
と書くと真っ当なハードボイルドのように思えるが、実は主人公は幼稚園児・・・という変格ハードボイルド作品。

①「私が捜した少年」=「私が殺した少女」へのオマージュ(?)的作品。幼稚園児が主役な割に、事件の真相はかなり血みどろなもの・・・。それを示唆するシンちゃんって(!)
②「アリバイのア」=これは当然スー・グラフトンへのオマージュだ。タイトルどおりアリバイ崩しを取り扱っているのだが、トリックは発表年(1996年)ならでは。
③「キリタンポ村から消えた男」=C.デクスターの「ギドリントンから消えた娘」をもじっているらしい(作中にもそれらしい表現あり)。ハードボイルドらしいカーチェイス(?)があるのだが、演じているのはシンちゃんの母親って・・・
④「センチメンタル・ハートブレイク」=サラ・パレツキーへのオマージュ(らしい)一編。①~③までの渋柿家周辺で起こった事件ではなく、民放TV局の出世争いを背景に世界を股にかけたアリバイを崩す・・・などと一機にスケールアップ! でもこのアリバイトリックは本当に通用するのか、甚だ疑問。
⑤「渋柿とマックスの山」=これは当然高村薫の「マークスの山」と「照柿」のもじり。ただし、内容はスキー場で起こった殺人事件でのアリバイ崩しがテーマ。プロットは陳腐。

以上5編。
実に肩の力の抜けた作品。
巻末解説によると、この頃次々と上梓していた「二階堂蘭子シリーズ」があまりにも重量級で、作者の精神の均衡を保つために本作を手がけたとのこと。

ただし、非常に中途半端な印象を受けるのがイタイ。
東川氏ほど“笑い”のセンスがあるわけでもなく、一応入れた本格っぽいトリックも上滑り・・・
というわけで、これは明らかに駄作。
主人公の意外性だけで読ませる作品になってしまった。
(これってやっぱり「クレヨンしんちゃん」へのオマージュなのか?)

No.1101 7点 古い骨- アーロン・エルキンズ 2015/01/25 15:45
1987年発表の長編作品。
本作が長らく続いているスケルトン探偵(=ギデオン・オリヴァー)シリーズの邦訳第一作目ということになる。

~レジスタンスの英雄だった老富豪が、北フランスの館に親族を呼び寄せた矢先に事故死した。数日後、館では第二次大戦中のものと思われる切断された人骨が見つかり、さらに親族のひとりが毒で・・・。現在と過去の殺人を解き明かすスケルトン探偵ギデオン・オリヴァー教授の本格的推理! アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作~

なぜか最新刊から順に読んでしまった「スケルトン探偵」シリーズ。
もちろん新しい作品も相応の面白さがあったけれど、初っ端に本作を読んでいれば、今以上本シリーズにのめり込んでいたかもしれない・・・
それほど本作でのギデオンの推理は見事だった。

肝心の「骨鑑定」からの結論は、本シリーズに頻出する代表的なプロット。
ギデオンの鑑定が事件の“骨格”そのものを根底から覆す・・・という奴だ。
本作ではある富豪一族が登場し、遺産争いを背景に過去と現在双方で一族内に殺人事件が起こるなど、まるで黄金時代の本格ミステリーのような舞台設定。
メイントリックはまぁ分かりやすいと言えば分かりやすいのだが、それを差し引いてもミステリーの面白さを十二分に体現した作品に仕上がっている。

愛妻ジュリーや友人でFBI捜査官のジョンなど、シリーズキャラクターはすでに登場。
また、本シリーズは作品ごとに世界の有名観光地が紹介され、「ワールドワイド・トラベルミステリー」的趣があるのだが、本作でもフランスの景勝地モン・サン・ミシェルが事件の主な舞台として描かれているなど、作者はすでに長期シリーズ化を見据えていたかのよう。

とにかく、シリーズファンならば決して読み飛ばしてはならない作品ということ。
もちろん、それ以外の方にもお勧めできる佳作。
(「モン・サン・ミシェル」かぁ・・・行ってみたい!)

No.1100 8点 江戸川乱歩傑作選(新潮文庫)- 江戸川乱歩 2015/01/25 15:44
新潮文庫で編まれた作品集。
作者が通俗スリラーを量産し始める前の初期(概ね大正期)の作品が中心で、まさに乱歩の代表的短編が並んでいるという印象。
既読&既評の作品もあるが、あまり気にせず再読&再評する。

①「二銭銅貨」=作者のデビュー作&暗号を扱った作品として有名な作品だが、実は初読(だったりする)。暗号のからくりは非常に難解だが、プロットとしてはポーの「黄金虫」やドイルの「踊る人形」と同系統。ラストにひと仕掛けあるのが乱歩オリジナル。
②「二癈人」=既評だが、これもラストのひと仕掛けが作品のキレを生んでいる。
③「D坂の殺人事件」=既評。明智小五郎初登場として有名な作品。日本家屋では無理とされてきた「密室殺人」に挑んだ作品ということになるが、密室そのものはあまり褒められるものではない。
④「心理試験」=既読だが、これは大変な名作だと思う。③ではあまり推理に切れ味が感じられなかった明智だが、本作の明智はまさに「名探偵」という冠に相応しい。倒叙の主役たる真犯人の内面描写も実に見事。短編のお手本だろう。
⑤「赤い部屋」=①~④と毛色は違うが、これもまた乱歩らしい雰囲気の作品。序盤から中盤の非現実的事象がラストで現実に引き戻される“感覚”が作者の腕前。
⑥「屋根裏の散歩者」=既読&既評。「屋根裏」という暗く淫靡な設定がやはり乱歩らしい。真犯人がたったひとつ犯した過ちが、明智によって真相を解明されるきっかけとなってしまう刹那! これも倒叙の面白さを体現した作品。
⑦「人間椅子」=既読&既評。人間が椅子の中に潜む・・・何て淫靡でファンタジック! これも終盤までの非現実をラストで現実へ引き戻す「手」が旨い。
⑧「鏡地獄」=「鏡」や「レンズ」は乱歩作品に頻繁に登場する小道具なのだが、それを「地獄」まで突き詰めた作品。凹版レンズをここまで歪んだ存在として描く作者もスゴイ。
⑨「芋虫」=うーん。こういう系統の作品も確かにいくつか書いてるよなぁー。でも好みではない。

以上9編。
さすがにこれは「珠玉の作品集」という感じだ。
個人的な好き嫌いはあるが、どれも日本のミステリー史に残されるべき作品というレベル。
こういう作品に触れていると、「やっぱ乱歩は(ミステリーの)巨人だわ!」という思いが強くなる。

偉大な作家「江戸川乱歩」を知るためには不可欠な作品群(集)という評価になる。
(個人的な評価では④→⑥→①→⑦という順かな。あとは一枚落ちるという印象)

No.1099 8点 白夜行- 東野圭吾 2015/01/25 15:43
1,100冊目の書評は東野圭吾の一大傑作とも言えるこの作品で。
文庫版で800頁超という分量であるが、それを感じさせない圧倒的なリーダビリティと目眩く展開。
すでに地上波ドラマ&映画化もされた名作。

~1973年、大阪の廃墟ビルでひとりの質屋が殺された。容疑者は次々に浮かぶが、結局事件は迷宮入りする。被害者の息子・桐原亮司と、「容疑者」の娘・西本雪穂・・・暗い眼をした少年と並外れて美しい少女は、その後まったく別々の道を歩んでいく。ふたりの周囲に見え隠れする幾つもの恐るべき犯罪。だが、何も「確証」はない。そして十九年・・・。息詰まる精緻な構成と叙情詩的スケール。心を失った人間の悲劇を描く傑作長編ミステリー!~

うーん。久し振りに時間を忘れて読み耽ってしまった。
それだけ「面白かった」ということだろう。

ふたりの周りで起こる事件の数々・・・明言こそされないが、すべてふたりが引き起こし、特に雪穂は、その才覚と美貌で成功への階段をのし上がっていく。
亮司はともかく、雪穂の心中は決して作中では明らかにされない。
あくまでも第三者を通して、雪穂という人物が描かれるというスタイルが貫かれる。
でも分かるのだ! 読者は「雪穂」という女性がどれほど恐ろしい人間であるかを! しかもジワジワと・・・

紹介文にもあるが、亮司と雪穂はまさしく「心を失った人間」として描かれている。
そして、読者は多くの関係者の証言や遭遇する事件を通じて、徐々にふたりの動機、更には「心を闇」を知ることになる。
巻末解説では、ノワール小説の第一人者(?)である馳星周氏が「人間の心の暗い側面、邪な断面を描くのが(ノワール小説だ)」と書かれているが、これほどに深淵としてダークな人間の内面を描いている作品は初めてかもしれない。
(しかも繰り返すが、雪穂本人の内面描写は一切なし、というのがスゴイところ)

確かに、本作のプロットそのものは決して目新しいものではないのかもしれない。
(こういう作品を書いてみたいという作家は多そうな気がするのだが・・・)
ただ、作品としての構成力、そして読者を引き込む圧倒的なリーダビリティはやはり「東野圭吾」だと唸らされた。
並の作家ではこうはいかないに違いない。
未読の方は是非ご一読していただければと思う。それほどのパワーと魅力を備えた作品。
(ラストはあれでよかったのだろう。でも後日譚が是非読みたい気はするよなぁー)

No.1098 8点 銀翼のイカロス- 池井戸潤 2015/01/17 22:07
「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」そして「ロスジェネの逆襲」に続くシリーズ四作目。
今回の舞台は「帝国航空」。そう日本航空の再建を元ネタに、いつものシリーズキャラクターが大暴れ(?)するはず・・・

~半沢直樹シリーズ第四弾。今度の敵は巨大権力。新たな敵にも「倍返し!」。頭取命令で経営再建中の帝国航空を任された半沢は、五百億円もの債権放棄を求める再生タスクフォースと激突する。政治家との対立、立ちはだかる宿敵、行内の派閥争い・・・etc。プライドをかけ闘う半沢に勝ち目はあるのか?~

というわけで、あの「半沢直樹」である。
今、日本で一番有名な銀行員である(?)・・・(私自身、地上波は全く見ていないのだが)

今回も更に強力になった敵対勢力に対し、正面突破を挑んでいく半沢。
とにかく熱い、熱い、暑い男たちの物語。
(お楽しみの「倍返しだ!」が登場するのは単行本の303頁一回だけ! これってネタばれだろうか?)
ただ、正直なところ、途中まではあまりにも分かりやすく、極端に言うと戯画化した正義VS悪者という構図に、「何だかなぁ・・・単純すぎるだろ!」というように思いながら読み進めていた。
さすがに、池井戸作品も「馴れ」と「人気の過熱」が悪い方へ来てるのかという落胆も感じていたのだ。

しかし、やはり作者は只者ではなかった。
本作のヤマそして白眉は「終章」に詰まっている。
半沢たちの活躍で帝国航空に対する債権放棄を回避、そして半沢の前に立ち塞がっていた大物政治家にも「ギャフン(死語)」と言わせ、物語が大凡の終局を迎えたその時。
中野渡頭取が敵対勢力である紀本常務に対して切々と語る言葉・・・
銀行員として、社会人として、そして何より人間として、どういう行動を取るべきなのか。
欲望、保身、妬み、プライド、誇り・・・人間は様々な感情を抱えながら生活している。
作者は人間の“素”の感情を表現するのに、「銀行員」そして「銀行」という舞台こそが最も適しているということを熟知しているに違いない。

私自身も社会人の端くれとして、日々過ごしている。
いろいろなしがらみも当然抱えているのだが、それでも「誇り」「矜持」を持って前へ進もう。
そう思わせてくれる作品だった。
単純って書いていたが、実は私自身が「単純」だったわけである。
でもズルイよねぇ、作者は。これを計算ずくで書くのだから・・・

No.1097 5点 窓辺の老人- マージェリー・アリンガム 2015/01/17 22:07
作者はA.クリスティ、D.セイヤーズ、N.オマーシュと並ぶ、英国四大女流推理作家のひとり。
その作者が創造した名探偵“アルバート・キャンピオン”ものを集めた作品集。
私自身初読なのだが、最近創元文庫で刊行されたので早速読了。

①「ボーダーライン事件」=何の「ボーダーライン」なのかが事件のミソ。これみよがしに現場見取り図などが挿入されているが、キャンピオンの解決を読むと「何じゃこりゃ・・・?」と思わないでもない。でも作品の雰囲気は好き。
②「窓辺の老人」=ロンドンの老舗クラブの窓辺にいつも座っているひとりの老人。その老人もついに寿命を迎えた・・・と思った矢先に生き返った老人の姿を発見してしまう! 分かってみると実になんてことない真実なのだが・・・。これも雰囲気は好き。
③「懐かしの我が家」=ある犯罪の手口が“懐かしの我が家”ってことなのだが、これも分かってみると何てことないことは共通。いかにも怪しいのに脳天気にモンテカルロに遊びに来てしまう被害者一行がカワイイ。
④「怪盗<疑問符>」=<疑問符>というのは「?」ということで、クエスチョンマークの形状そのものが肝となっている。子供だましのような話なのだが、本作が発表された雑誌の表紙には「?」の意味がそのまま印刷されている(これって思い切りネタバレでは?)。
⑤「未亡人」=「未亡人」という名の犯罪者・・・って何ていうネーミングセンス!? これはミステリーっていうかドタバタ劇というような雰囲気。でもまぁのんびりしてていい雰囲気。
⑥「行動の意味」=これは何だろう・・・!? 
⑦「犬の日」=これも何だろう・・・!?

以上7編。他にボーナストラックとして「我が友、キャンピオン氏」というエッセーを収録。
何回も書いてきたけど、何とも雰囲気の良い作品なのだ。
まったく殺伐としてなくて、緩~い感じで読める作品が並ぶ。
他の方も触れているとおり、本格ミステリーと呼べそうなのは①~③くらいで、後はジャンル分けの難しい作品ばかり。

そういうわけで、正統派の短編集を求める向きには、時代性を勘案してもちょっと物足りないかもしれない。
でも読み物としてはマズマズ評価していいのではないか。
(ベストはやはり①でしょうか。③も個人的には好き。)

No.1096 7点 ナニワ・モンスター- 海堂尊 2015/01/17 22:06
浪速(ナニワ=もちろん大阪のことですが)を舞台として、海堂ワールドの面々が大騒ぎする物語。
いつもの桜宮(=東城大学医学部)ではないが、これもまた“桜宮サーガ”を彩る一編であるのは間違いない。

~浪速府で発生した新型インフルエンザ「キャメル」。致死率の低いウィルスにも関わらず、報道は過熱の一途をたどり、政府は浪速の経済的封鎖を決定する。壊滅的な打撃を受ける関西圏。その裏には霞ヶ関が仕掛けた巨大な陰謀が蠢いていた・・・。風雲児・村雨弘毅府知事、特捜部のエース・鎌形雅史、大法螺ふき・彦根新吾。怪物たちはこの事態にどう動くのか・・・? 海堂サーガ、新章開幕~

相変わらずの超エンタメ作品に仕上がっている。
海堂ワールドの軸となる白鳥=田口コンビこそ登場しないが(白鳥は一瞬だけ出てくるのだが・・・)、その代わりに大暴れするのが彦根新吾。
彦根は村雨府知事(=これは完全に橋下知事をパクってる)すらも呑み込み、まるでフィクサーのように日本の政治すらも動かそうとする!

Aiについては一番最初(「バチスタ」)の頃から、その必要性を強く訴え続けてきたが、今回もそこは不変。
最近は救急医療や医師不足などのテーマにも切り込んできた作者だが、本作ではそんな個別の問題ではなく、医療をベースに置いた地方自治を主張しているのだ。(何とも壮大!)
確かに、政治家の使命とは、全ての住民に幸福をもたらすことだろうし、幸福のベースというのは「健康」そして「命」にあることは間違いないのだから、あながち作者の主張は誇大妄想ではないように思える。
しかし、今回は道州制にまで踏み込んで、日本を三つに分けることまで提案してきたからなぁ・・・
(あくまで彦根の主張ですが)
ここまでくれば、作者には是非選挙戦に立候補していただきたくなった。

何だかミステリーと全く無縁の書評になってしまいましたが、やはりエンタメ小説としては一級品。
ここまで大量に発表される作品をすべて関連付け、「サーガ」としてまとめる構想力には脱帽だ。
でも、果たして桜宮サーガは終局へ向かっているのか、はたまた新しい展開を志向しているのか・・・?
とにかく次の作品に進むことにしよう。
(今回の登場人物では、村雨や彦根ではなく、第一章に登場する菊間名誉院長が何ともいい味出してる。こういう人物こそが日本の医療を支えてきたのだろう。それと大河内老人。解説者の見解では「白い巨塔」の大河内教授へのオマージュらしいが、本当か??)

No.1095 6点 ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!- 深水黎一郎 2015/01/11 21:12
2007年発表。同年のメフィスト賞受賞作。
今回は河出書房で改題文庫化された「最後のトリック」にて読了。
(「ウルティモ・トルッコ」=イタリア語で究極のトリック、という意味になるが・・・)

~『読者が犯人』というミステリー界最後の不可能トリックのアイデアを二億円で買ってほしい・・・。スランプ中の作家のもとに、香坂誠一なる人物から届いた謎の手紙。不信感を拭えない作家に男はこれは「命とひきかえにしても惜しくない」ほどのものなのだと切々と訴えるのだが・・・ラストに驚愕必至! この本を閉じたとき、読者のあなたは必ず「犯人は自分だ」と思うはず!?~

前々からなんで文庫化しないんだろう、って思っていた作品がやっと文庫化。
でもなぜか違う出版社から改題されて刊行・・・なんでだろう?

まっ、それはさておき、このトリックである。
「読者=犯人」というオチをいかに納得感を持たせられるか?
作者のチャレンジ精神と斬新な発想には敬意を評したい。
(因みに同種のプロットを持つ辻真先氏の「仮題・中学殺人事件」でも同じようなコメントを書いている)

確かに本作では「読者=犯人」は成立している。
それは良いのだが、ただこのトリックを成立させるために、かなり無理してるんだよなぁ・・・
それどころか、途中の「覚書」の必要性そのものがどうなのか? という気にさせられた。
他の方の書評を読んでると、多くの皆さんもどうも懐疑的に今回のトリックを見ているようだし、その気持ちはよく分かる。
(巻末解説者の島田荘司も本作を手放しで褒めているわけではなさそうだし・・・)

まぁ高い壁に挑んだ作者のチャレンジ精神を粋に感じて低い評価はやめておこう。
(「企み」自体はGood!)

No.1094 8点 十一番目の戒律- ジェフリー・アーチャー 2015/01/11 21:11
1998年発表の長編。
CIAの天才的暗殺者を主人公に据えたサスペンス・スリラー(っていうジャンル分けでいいのか?)

~CIAの天才的暗殺者コナーは、南米での任務を終えたあと、大統領から直々の電話を受けて再び不可能な任務に挑むことになった。ロシアに入国し、次期大統領候補の命を狙うのだ。しかし彼の周囲には周到に仕組まれた幾重もの罠が待ち受けていた・・・。天才的暗殺者はCIAの第十一戒(「汝、正体を現すことなかれ」)を守れるのか。CIAとロシアマフィアの実体が描かれていると大評判のサスペンス長編~

作者の力量の確かさを感じさせる一冊。
目眩くスピーデイーな展開は最後まで読み手を飽きさせることはなかった。
本作のメインはロシアの新大統領(コイツがまた強烈なキャラクターなのだが・・・)の謀殺を巡る攻防なのだが、何しろ依頼者はかのCIAなのだ。
いかに天才的暗殺者であろうと一筋縄ではいかない。
ということで、敵方に捕らえられてしまうコナー。
手酷い拷問を受け、万事休すかと思わせた瞬間、アッと驚くどんでん返しが待ち受けている。

第三部では攻守逆転。ついに暗殺者の面目躍如かと思いきや・・・
(アメフト競技場のシーンはなかなかの名場面!)
ポリティカル・スリラーというとすぐにF.フォーサイスの名作「ジャッカルの日」が思い浮かぶが、主人公をひたすら殺人マシーンのように描いていた「ジャッカル・・・」に比べ、本作はコナーを家族思いの男という側面からも描いているのが良い。
ラストにそれが活きてくるのだ。(この辺が作者の旨さ!)

①サーガ物、②ポリティカルスリラー、③短編集、の順に作品を発表している作者。
いずれのジャンルも読み応え十分という評価に揺ぎはない。
(アメリカ大統領のキャラがねぇ・・・もう少し何とかならなかったのか?)

No.1093 5点 天久鷹央の推理カルテ- 知念実希人 2015/01/11 21:10
医療法人天医会総合病院。その副院長にして統括診断部長である天久鷹央を探偵役とした連作短編集。
「統括診断部」とは、他の診療科では持て余した患者を主に診断する・・・というどこかで聞いたような設定(海○氏の愚痴外来?)なのだが・・・

①「泡」=医療ミステリーの筈が、何とテーマは「カッパ」! 不気味な池に出没するというカッパが実在した(?)という謎に挑む医師・天久と助手の小鳥遊(“たかなし”と読む)。こういうリアリティの薄い現象に科学的解決を付けるというのが、こういうミステリーの肝となるのは明らか。
②「人魂の原料」=カッパの次は「人魂」の謎。夜中の病棟に現れる人魂は本当に霊の仕業なのか・・・?というストーリーなのだが、一旦解決がついたと思ってからの二段構えのトリック。そこにひと工夫あり。
③「不可視の胎児」=これは結構ヘビーな内容。①②は非科学を科学で解き明かすというスタイルだったが、本編は純粋に医療ミステリーとなっている。謎の解明がメインではあるのだが、それ以上に「出産」という事象を通して天久のキャラをより人間的に魅せているのが良い。連作短編としてはこういうキャラ付けは必要だろう。
④「オーダーメイドの毒薬」=①の話中で登場した母親に医療ミスで訴えられた天久。ミスでないと主張するのだが、なかなか証拠が見つからない・・・というピンチを描く最終譚。「毒薬」とは言ってもこういう毒薬もあるのねぇ・・・。大病院での主権争いというのも医療ミステリーの“あるある”のひとつ。

以上4編。
作者の知念氏は東京慈恵会医科大学卒の現役医師。2011年に島田荘司氏が審査員を務めるミステリー大賞を受賞しデビューというプロフィール。
最近本作みたいな「理系寄り」のミステリーって増えたなぁー
医療ミステリー自体は大好きだし、この手の連作形式も好み。
・・・なのだが、やっぱり若書きというか、読み物として何とも言えない「浅さ」が気になる。
(もともと若手読者を意識したレーベルだし、キャラ重視というところもあるのだろうけど・・・)

もう少し作家としての「磨き」が必要なのだろうな。(生意気な書き方だが・・・)
(書き方やプロットからして続編が出るんだろう・・・)

No.1092 6点 仮面劇- 折原一 2015/01/11 21:09
1992年に発表された本作(「仮面劇~MASQUE」)。
今回、文藝春秋社が「~者シリーズ」として「毒殺者」のタイトルへ改題し再刊行。
「仮面劇」では既読なのだが、改題に当たって直しが入っているとのこと・・・

~妻に五千万円の保険金をかけたMの殺人は大成功のはずだった。だが、謎の脅迫者の電話に悩まされることになる・・・。一方、五千万円の保険金をかけられた妻は夫の行動に不信を抱いた。もしかして・・・? どんでん返しにつぐドンデン返し。実際の事件に想を得た「・・・者」シリーズの原点となった「仮面劇」を改訂改題して復刊~

比較的初期の折原らしいテイストを感じる作品。
この頃は生真面目に叙述トリックに取り組んでいたよなぁーということを強く感じた。
(この生真面目さが吉と出るか凶と出るかが問題なのだが・・・)

ただ、佳作レベルの作品に比べると叙述の切れ味は今ひとつという印象。
三章立てになっており、さらに「入れ子」構造となっているのが最後に判明するのだが、この「入れ子」が全く活かされていないのだ。
ということで、読者が「あっ」と思わされるのはラスト近くのワンセンテンスのみ。
ただし、この仕掛けも伏線があからさまな分、ちょっとサプライズ感に欠けるんだよなぁー

本作が過去に起こった「トリカブト殺人事件」に発想を得ているのは周知の通り(?)。
まぁ「・・・者」シリーズは全て新聞社会面のB級ニュースに着想を得ているのだが、巻末解説でその辺に作者が触れているのが興味深かった。
ただ、「冤罪者」「失踪者」頃のクオリティが徐々に落ちている感が強いので、そろそろ「これぞ折原!」という作品を期待したい。
(やっぱり「仮面劇」というタイトルの方がベターだと思うけどなぁ・・・)

No.1091 7点 フローテ公園の殺人- F・W・クロフツ 2015/01/11 21:08
1923年発表。
フレンチ警部登場前の初期四作品のうち、「樽」「ポンスン事件」「製材所の秘密」に続く四番目に当たる。
創元文庫の復刊フェア2014の一冊。
(ここ最近復刊フェアでは必ずクロフツが入ってるよねぇ・・・)

~南アフリカ連邦の鉄道トンネル内部で発見された男の死体。それは一見何の奇もない事故死のようだった。しかし、ファンダム警部の迅速な捜査により、事件は一転して凶悪犯罪の様相を帯びてくる。しかし警部はこのとき自分がもっと悪質なトリックに富む大犯罪を手掛けているとは気付かなかった。やがて舞台は南アフリカからスコットランドへ移り、ロス警部が引き継ぎ犯人を追うことに!~

良くも悪くもクロフツらしい作品。
初期作品に共通しているが、今回も二人の探偵役(ファンダム・ロスの両警部)が登場し、とにかく靴の底をすり減らす捜査を地道に行う。
最初に有望と思われた道はやがて行き止まりであることが判明し捜査は混迷するのだが、地道な捜査の甲斐があって、ついに真相につながる光明を発見する・・・
まさにいつもの展開だ!
当然ながら途中の捜査行が丹念に語られるわけで、その辺りを退屈と取ることはできる。
(あろうことか、訳者があとがきで「退屈」と評しているのだ!)

最終章に突入し、今回も「クロフツらしい生真面目な作品だったなぁ・・・」と思ってきた矢先に訪れた最後の一撃!
これこそが本作のプロットの肝だろう。
もちろんアリバイ崩しも重要なガジェットなのだが、本作ではそんなことよりもこの僅か一行の衝撃で「読んだ甲斐があった」と思わせるに十分だろう。
まぁ、いくら○○でも、そこまで警察が見逃すのか? という当然の疑問はあるのだが、時代性もあるし、後から考えると伏線もフェアに張られていたなぁと思う。(クロフツのよくある“手”ではあるのだけど・・・)

ということで、クロフツびいきの私としては高評価したい作品。
スコットランドという舞台設定も好み。

No.1090 5点 人質カノン- 宮部みゆき 2015/01/11 21:07
(遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。年末年始は何かと忙しく、書評をアップする余裕がありませんでした。ということで、今回は一挙六冊分アップ!)

まずは・・・1996年発表の短編集。
さすがのストーリーテラー振りが堪能できる作品集に仕上がっている(のかな?)

①「人質カノン」=コンビニ強盗に遭遇した主人公の女性。フルフェイスのヘルメットを被った犯人というベタな設定なのだが、その辺に仕掛けはなし。それよりも「コンビニ」という存在を軸とした人間関係をメインに描きたかったのか?
②「十年計画」=たまたま乗ったタクシーの女性運転手。人の良さのにじみ出た人物から遠大な殺人計画という思わぬ話が飛び出てくる・・・。何となく“絵”が浮かんでくるのはやはり筆力だろうか。
③「過去のない手帳」=昼間の中央線各駅停車。のんびりした電車の網棚で見つけた女性雑誌と手帳。その手帳にはひとりの女性の名前が書かれていた・・・。ちょっとした事件が思わぬ事件につながっていくのか、と思いきや最後は良い話になる。
④「八月の雪」=これこそ非ミステリー。いじめがきっかけで片足を失った主人公。引きこもっている最中に亡くなった祖父。にこにこ笑うだけの人と思っていた祖父には意外な過去が・・・って、ちょっと「永遠のゼロ」を思い浮かべてしまった。
⑤「過ぎたこと」=“自分を守ってほしい”という依頼をしてきた中学生。しかし、主人公に告げたプロフィールは嘘だった・・・。数年後、街の雑踏の中であの日の中学生を見かけたのだが・・・サスペンスかと思いきやいい話に。
⑥「生者の特権」=男にフラれ、飛び降り自殺しようとする主人公が出会ったのは、夜の校舎へ忍び込もうとする小学生。本編でもいじめがテーマとなっているのだが、この時期ホットな話題だったのかな?
⑦「溺れる心」=分不相応な高級マンションを購入した家族。夫の地方転勤を機にマンションを売ることになったのだが、ある日天井から大量の水が・・・? 世間には「溺れる」人間が多いってことだろう。

以上7編。
冒頭に触れたとおり、さすがのストーリーテリング!
この一言に尽きる。
ということで書評終了!

【注意事項】ミステリーと思って読まないこと。
(個人的ベストは⑦かな。後は②③。他も粒ぞろいではある。)

No.1089 7点 ゼロの焦点- 松本清張 2014/12/27 21:04
1959年(昭和34年)発表。
「点と線」や「砂の器」と並び、作者の代表作とも言える本作。
これまで何度も映画化やTVドラマ化された有名作品。

~縁談を受け十歳年上の鵜原憲一と結婚した禎子。本店勤めの辞令が下りた夫は、新婚旅行から戻ってすぐに引き継ぎのため前任地の金沢へ旅立った。一週間の予定を過ぎても戻らない夫を探しに、禎子は金沢へ足を向ける。北陸の灰色の空の下、行方を尋ね歩く禎子はついに夫の知られざる過去を突き止める・・・。戦争直後の混乱が招いた悲劇を描き、深い余韻を残す著者の代表作~

何とも言えない叙情感溢れる筆致と作品世界。
さすがに名作として語り継がれるだけのクオリティを備えた作品だと思う。
失踪した夫の行方を捜すため、夫の過去を調べるうちに思わぬ秘密が明らかになる・・・
基本プロットだけを取り出すと、どこにでもある二時間サスペンスのような作品とそう違いはないようにも見える。

でも全然違う。
本作が発表された昭和三十年代前半、そして過去の舞台となる戦争直後という時代性・・・
この舞台設定こそが本作を他の凡庸な作品との大きな差を生んでいるのだ。
人々が、男も女もただ生きるために一生懸命だった時代。
その地獄のような環境から這い上がり、一筋の幸せを掴んだ男と女。
それこそが悲しい事件へと繋がっていくのだ・・・

「社会派」という一言でまとめるのは簡単だが、人間という生き物の弱さを赤裸々に描いた作品ということなのだろう。
それこそが“リアリズム”なのだと感じさせられた。
評点をつけるのもおこがましいのだが、やはり低い評価はできない佳作。
作者の代表作という位置付けに相応しい一作。

No.1088 5点 あなたに不利な証拠として- ローリー・リン・ドラモンド 2014/12/27 21:03
2004年発表。
アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短編賞を受賞した「傷跡」を含む、五人の女性警察官を主人公とした作品集。

①「完全」=①~③はキャサリンの章。ひとりの男を射殺した女性巡査の心の葛藤を切々と描いた一編。アメリカの警察官ならばこんな場面に出くわすのだろうなぁ・・・
②「味、感触、視覚、音、匂い」=主に女性巡査がこれまでに出くわした「死体」に関して綴られた一編。確かに「臭い」については嫌だろうねえ・・・。これも元警察官ならではの作品だ。
③「キャサリンへの挽歌」=警察官として成長したキャサリンの姿を描く一編。
④「告白」=④~⑤はリズの章。ショートショート程度の分量だが、なかなか味わい深い登場人物・・・
⑤「場所」=こういう話を読んでいると、作者が昔確かに警察官をしていたんだろうなぁと感じさせる。そのくらい臨場感に溢れた一編なのだ。
⑥「制圧」=⑥~⑦はモナの章。警官と銃・・・切っても切れぬ関係だが、女性警官にとって銃で「制圧」することの大変さを思い知る。
⑦「銃の掃除」=たいへん短い作品なのだが、何とも言えない“香り”を感じる作品。巻末解説の池上冬樹氏が本編を絶賛する気持ちも分からなくもない。
⑧「傷痕」=⑧はキャシーの章で、本作がアメリカ探偵作家クラブ賞の対象作品。ミステリー風味の薄い(要はミステリーではない)作品が並ぶなか、最もミステリーっぽいのが本編。一旦解決したはずの事件が、数年後思わぬ形でキャシーの前に現れる。
⑨「生きている死者」=⑨~⑩はサラの章。ホラーっぽいタイトルだが、実際は女性警官たち(複数)の葛藤や悩みを描く一編。本編のみ中編といってもよい分量。読み応えあり。
⑩「わたしがいた場所」=まるで放浪するかのようにとある田舎町にたどり着いたサラ。新たな職業を得て、生まれ変わったような暮らしを送っていたが、ある日事件が起こる・・・。味わいは十分。

以上10編。
これはミステリーと思って読むと、どうしても評価が低くなる。
そうではなく、女性警官たちを主人公にした「叙情詩」或いは「群像劇」なのだ。
謎がどうとか、トリックがどうとかを期待して読んではいけない。

そういう意味では警察小説よりもハードボイルドに近いのかもしれない。
まぁジャンルなんてどうでもよいではないか!
とにかく彼女たちの前を向いて懸命に生きている「姿」を堪能しよう・・・何てことを思った次第。
(やはり⑥がベストだろう。⑨⑩も良。)

No.1087 6点 明日という過去に- 連城三紀彦 2014/12/27 21:02
1993年発表の長編。
一周忌を迎え、「このミス」への二作ランクインなど、死後ますます評価が高まる作者・・・さすがです。

~矢部綾子、野口弓絵。二十年あまり姉妹のように信頼し合っていたが、弓絵の夫がガンで死んだのを契機に二人は愛憎をあらわにする。互いの夫との深い交わりと心の惨劇をつづる手紙のやり取り。そこに書かれた酷いまでの嘘と感情が恐るべき愛の正体を伝える。ひとりの男の死を突破口に人間の存在そのものの謎を描ききった感動の傑作長編作品~

このネチネチ感!
これこそが「連城節」とも言える、氏の真骨頂だろう。
綾子と弓絵、そしてそれぞれの夫。
それぞれがそれぞれの夫と不倫を重ねるという凄まじい関係。
しかもそれだけで終わらず、何と娘までも絡んで愛憎劇を繰り広げていく。
これでは昼ドラ(フジTVの13時30分からの奴ね)も真っ青だ!

本作のもうひとつの特徴が「手紙」。
綾子と弓絵の手紙のやり取りだけでラストまで進んでいく。
そこには当然「仕掛け」があるのだけど・・・
最初から最後までとにかく「嘘」だらけ!
嘘につぐ嘘で、一体何が真実なのか分からなくなってくるのは必至。

人間、特に女性って何て業が深いんだろう!
愛する対象をまるで鏡のようにして、結局自分自身を愛してるんだろうなぁ・・・
などということを考えさせられた・・・ってこれじゃミステリーの書評じゃないね。
毎回書いてるけど、これも連城にしか書けない作品。

No.1086 6点 跡形なく沈む- D・M・ディヴァイン 2014/12/20 21:19
原題“Sunk without Trace”。
作者の没年(1980年)の2年前、生前最後に発表された長編ミステリーに当たる。
個人的にもディヴァインの作品は久々に読むような気がする・・・(そうでもないか?)

~ルース・ケラウェイは父を知らずに育った。母の死後、彼女はスコットランドの小都市シルブリッジに渡り、父親を標的とした周到な計画に着手する。一方、人生を立て直すため故郷の役所に勤めたものの、同棲相手との荒んだ生活に憔悴しきっていたケン・ローレンスは同じ職場で働くルースの美貌に似合わぬ狷介な性格に興味を惹かれるが、彼女が父親を探しながら数年前の選挙における不正を追求していることを知る。ルースの行動は街の人々の不安を煽り、ついに殺人事件が発生する・・・~

さすがディヴァイン。
しかもキャリアの最終段階という円熟期ということで、作者の“旨さ”を堪能させられた。
何といっても、登場人物たちの心理描写が見事。
複数の男女が複雑に絡み合い、それぞれがそれぞれに複雑な感情を持ち合わせる。
夫婦、親娘、恋人、片思いの相手etc・・・
ストーリーが進む中でもなかなか本音、真意が見えてこない展開が続いていくのだ。
そして終章に入って判明する真の姿、真の構図。サスペンスフルなガジェットも加えられており、飽きがこないような工夫が成されている。

ただ最初から最後まで一本調子だったなぁーという印象は残った。
視点人物が次々入れ替わることもあり、なかなか本筋が見えないもどかしさというか分かりにくさもあるだろう。
他にもフーダニットにキレがないなど、絶頂期に比べればやや「老い」を感じさせる作品かもしれない。

というわけで、あまり高い評価というのは難しいけど、作者に期待するレベルにはギリギリ達しているかなっていうレベル。
次は是非、絶頂期の作品を出していただきたい。
(って思ってたら創元から新刊が・・・)

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