皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
メルカトルさん |
|
---|---|
平均点: 6.04点 | 書評数: 1901件 |
No.621 | 8点 | 幻の女- ウィリアム・アイリッシュ | 2015/12/28 21:56 |
---|---|---|---|
どこをどう取っても優れたサスペンス小説、だと思う。
しかし、囚われの身となったヘンダースンが、「幻の女」の特徴や言動などを一切思い出せないというのがいかにも解せない。一晩一緒に過ごした女の容姿すら忘れ去ってしまっているのはやはりどうかしている気がするが。それを除けば、隅々まで神経の行き届いた、端正な名作なのではないだろうか。 後半、世界が反転する展開はおそらく当時としては、今でもそうだが、かなりセンセーショナルなものだったと思う。 ま、いずれにしてもこれだけ平均点が高いのも頷ける傑作に違いないだろう。 |
No.620 | 6点 | 記憶破断者- 小林泰三 | 2015/12/22 19:55 |
---|---|---|---|
前向性健忘症のため数十分で記憶を失う男田村二吉が、他人の記憶を書き換えることができる能力の持ち主雲英光男と対決する心理サスペンス。
なのだが、文章が軽すぎるため読みやすいのはいいが、重厚さや緊迫感に欠けるきらいがあるのはやや残念。グロさは必要ないが、もっとこう二人の手に汗握る心理戦が展開されると私的にはさらに満足できたと思う。それでも、今までに類を見ないタイプの小説であり、二吉が一々ノートを引っ張り出して、つい一時間前の記憶をたどっていく姿や、雲英が他人に触れて言葉を発するだけでその人物の記憶が改ざんされていく様は、なかなか新鮮で面白い。 全体的に平板で盛り上がりに欠けるのはちょっとつらいが、癖のある脇役たち、特に徳さんがいい味を出している。 結末もなんだか意外性があるようでいて、すっきりしない。やや消化不良気味な終わり方であった。 |
No.619 | 6点 | 密室蒐集家- 大山誠一郎 | 2015/12/18 22:00 |
---|---|---|---|
実に端正な造りの本格ミステリ短編集。タイトルから分かるように、密室にとことんこだわっており、さらにはトリックも考え抜かれたものばかりである。
余分なエピソードや登場人物の個性などをできる限り排除し、あくまで推理小説に固執した作者の執念すら感じる作品が並んでいる。しかも、意外な犯人という点ではまさに秀逸と言える。ハウダニット、ホワイダニットにもしっかり気を配っており、どこを取っても本格の名に恥じない、密室殺人のオンパレードとなっている。 探偵の密室蒐集家は時代を隔てても全く容姿が変わらない謎の人物で、事件の概要を聞いただけで、即解決して知らぬ間に去っているという、個性も何もあったものではない。そこが逆にインパクトを与える効果をあげているように思う。 |
No.618 | 6点 | 瓶詰の地獄- 夢野久作 | 2015/12/10 21:40 |
---|---|---|---|
もっと奇天烈な世界観を味わえるのかと思っていたが、意外と普通だった。いやまあ普通と言ってもそれなりに特異な物語が並んでいるのは確か。
中でも『一足お先に』が白眉だと私は思う。片足を失った主人公だが、さほどの悲壮感が漂っていないのが逆に怖い。病院内で起こる殺人事件を巡って、夢と現実の狭間を行き交う幻想味が印象的である。私が断念した『ドグラ・マグラ』を彷彿とさせるようだが、そこまで難解ではないと思われる。 年代の割には古臭さを感じさせず、現代でも十分通用するのではないかと感じる。 |
No.617 | 5点 | このミステリーがすごい! 三つの迷宮- アンソロジー(出版社編) | 2015/12/04 20:22 |
---|---|---|---|
『リケジョ探偵の謎解きラボ』 喜多喜久
『ポセイドンの罰』 中山七里 『冬、来たる』 降田天 以上の三作品からなるアンソロジー。とは言え、別にこれと言ったテーマが与えられているわけではなく、勝手気ままに書かれたミステリ。 『リケジョ』と『ポセイドン』は本格物。『冬』は何とも言い難い不思議な作品。敢えて言えば、三姉妹の母が亡くなり葬儀の日に、突然現れた一番下の弟。幼くして失踪した彼は果たして本物なのか、というのがあらすじ。正体不明の人物が登場する辺りは、横溝を彷彿とさせるが、果たしてミステリと言って良いものかどうか判断が難しい。 喜多氏がミステリとしての出来は一番だと思われる。これまでにない密室トリックは、さすが理系の作者だけのことはある。 一方中山氏は船上での殺人を描いており、被害者以外すべて動機ありの容疑者という、いかにもありがちな設定。こちらはこの作者にしては凡作ではないだろうか。 |
No.616 | 7点 | ヒトでなし 金剛界の章- 京極夏彦 | 2015/11/29 21:45 |
---|---|---|---|
これはいったい何だろう。ミステリの要素はある、観念小説か、宗教小説、或いはクライムノベルなのか。
主人公の尾田は幼い娘を亡くし、職も追われ、家族と離れ、そしてヒトでなしになった。そんな彼に人殺しという重罪を背負った人間や、人生における大きな苦難を抱えた人間たちが、次々に接触し救われていく。というか、憑き物が落ちる如く人が変わっていく様を描いている。 文体はいかにも京極らしく、執拗でありながら理解しやすい。それでも、おそらく一般読者を意識して、読みやすく書いていると思われる。目次には一話から十一話までとの表記があるが、長編である。そして無論続編が書かれるだろう。印象としてはまだまだ序章に過ぎないと思わせるからだ。はたして彼らの今後の物語はどう変遷していくのか、新たな登場人物は現れるのか、括目して次作を待ちたいと思う。 それにしても、ラストの清々しさは何とも言えない余韻を残す。それだけでも一読の価値はあるだろう。 |
No.615 | 5点 | 十三回忌- 小島正樹 | 2015/11/20 22:12 |
---|---|---|---|
第一から第三までの殺人の概要はよく分かるが、警察の捜査をやや端折り過ぎの感がある。警察関係者は幾人か登場するわりには、そちらからのアプローチが足りていないと思われる。
それぞれのトリックはなかなかの奇想が感じられるが、偶然に頼ったものがほとんどで、現実味は薄い。ただ、壁を隔てた死者の声の仕掛けは面白い。 全体として盛り上がりに欠けるきらいはあると思うが、本格の王道を行こうとする作者の姿勢は買える。しかし、なんと言うかワクワクやドキドキとは無縁だし、探偵の海老原もイマイチ魅力的とは思えない。その辺りも含めて、もう一息な感は否めない。 |
No.614 | 5点 | 言霊たちの夜- 深水黎一郎 | 2015/11/12 19:52 |
---|---|---|---|
同音異義語、外国人から見た日本語の難しさ、ややこしさ、など「言葉」をテーマにした連作短編集。連作とは言っても、それぞれの短編が独立しており、有機的な繋がりはほとんどない。
それぞれまずまず面白いというか、ところどころ笑えるが、ほのぼのとしたそれではなく、どこかエキセントリックな笑いを誘うものである。 一応事件らしきものが起きたり、警察関係者が出てきたりと、それらしい面もあるがミステリではあるまい。あまり真剣に構えると肩透かしを食らうので、まあ興味本位で読んでみるつもりくらいが一番かもしれない。ひまつぶし程度の感覚で肩の力を抜いて読むべき作品。 |
No.613 | 7点 | ミステリー・アリーナ- 深水黎一郎 | 2015/11/06 20:07 |
---|---|---|---|
氾濫する叙述トリックを揶揄しているかのような皮肉さと、色物的なたくらみに満ちた、一気に読ませるリーダビリティを持った異色作。
徐々に明らかにされる問題編に対して、次々と回答される解決編。そのほとんどが様々な叙述トリックを利用したもので、明らかに怪しげな記述から、さりげないと言うかどうとでも取れるような曖昧な表現を突いたものまで、矛盾なく解決に結びつけようとする作者の苦労がしのばれる。その意味では確かに多重解決物の極北といってもいいだろう。 最後に解答者側の狙いが明らかにされるが、やや取って付けたような印象を受ける。さらに唐突な終わり方があっけなく感じたのが勿体ないなと思わないでもない。 |
No.612 | 6点 | その可能性はすでに考えた- 井上真偽 | 2015/10/30 19:34 |
---|---|---|---|
冒頭、新興宗教団体が居住する広義での密室内での集団自殺、更にはその信者の首を切り落とすという、奇妙な連続首切り事件が発生する。そのシチュエーションの異様さに引き込まれるものの、面白いのはそこまで。後は奇蹟を現実のものにしたい探偵と、その事件の解決策を引っ提げて登場する刺客との対決が繰り返されるが、その構成はまるで劇画そのもの。本当に漫画化を意識したのかと思うほど、タッチは劇画風である。
多重解決のトリックはほとんどが機械トリックで、正直こじつけめいており、説得力に欠ける。アンチミステリと評する人も中にはいるようだが、決してそんなことはなく完全に本格の範疇内だろう。 もう少し期待していたのだが、やや裏切られた感は否定できない。謎が魅力的なだけに残念としか言いようがない。 |
No.611 | 6点 | 一番線に謎が到着します 若き鉄道員・夏目壮太の日常- 二宮敦人 | 2015/10/22 21:57 |
---|---|---|---|
日常の謎と共に、私鉄の鉄道員の活躍を描いた佳作。
第一章は大切な原稿を失くした若い編集者が、遺失物係を慌てて訪ねてきたところから始まる。壮太はなぜ彼女が○○したのかに疑問を持ち、そこから裏の事情を推察し推理を重ねる。 第二章では、ポルターガイストやラップ音などの超常現象を描くが、ストーリーは意外な方向に展開し、果たして壮太はどう解決に導くのかが読みどころとなっている。 しかし何といっても白眉は第三章で、鉄道員と乗客が協力し困難に立ち向かっていく姿は、感動的といっても過言ではあるまい。もっとサスペンスフルに、或いはスケールの大きな物語に仕上げることもできたのだろうが、敢えてコンパクトにまとめ上げることにより、あくまでライトな読み物に徹した姿勢は二宮氏のスタンスを感じる。 また、ラストにちょっとしたサプライズがおまけとして付いてくる。 |
No.610 | 7点 | 聖母- 秋吉理香子 | 2015/10/17 20:33 |
---|---|---|---|
一見幸せそうに見えるが、不妊治療に悩み苦しむ平凡な主婦、連続幼児猟奇殺人の犯人の行動と心理状態、それを追うベテランと若手女性の刑事。それぞれのパートで巧妙に構成された、読み応え十分なサスペンス。
グロさはないが、どこか安孫子武丸の『殺戮にいたる病』を彷彿とさせるプロットで、久々のらしいサスペンス作品と言えよう。 さらには、やられた感が半端ないラスト。この仕掛けを見破れる読者はそうはいないだろうが、しっかりと伏線は張られていてフェアプレーも好感が持てる。 |
No.609 | 6点 | 東京結合人間- 白井智之 | 2015/10/10 19:41 |
---|---|---|---|
プロローグは手に汗握るほどグロい。そりゃもう、この先どうなるんだろうと心配になるほどえげつない。で、序盤は独自の特異な世界観を見せつけられて、なにこれ?と思いながらも、グイグイと引き込まれる。そして、なんだかんだで取り敢えず、一件落着的な感じですっきり。
さらにその後の展開が期待されるが、いわゆる孤島もので既視感アリアリ。どこかで読んだことある感が満載で、しかもやや退屈。結合人間やオネストマンといったネタが全然生かされていないではないかと憤慨してしまうのであった。 そしてエピローグ、ここに来てやっとなるほどと首肯できる解決が明示され、再度すっきり。 全体としては、グロ+まったり+異様な世界+ちょっと意外なラストといった感じ。 |
No.608 | 7点 | 掟上今日子の挑戦状- 西尾維新 | 2015/10/03 20:22 |
---|---|---|---|
基本に忠実に描かれた本格ミステリとの印象が強い。それは取りも直さず、西尾維新がまぎれもなくミステリ作家であるという証左に他ならない。本シリーズは年内に二作も上梓されるそうなので、なお一層の期待が持てそうだ。
だが、本作は設定もプロットもストーリーもぶっ飛んだものはないので、全体的にやや小ぢんまりとした感じは否めない。それと、ところどころにちょっとした疑問点が散見されるのが気になる。例えば第一話では、そもそも死者に対して義理も借りもないのに、わざわざアリバイまで作って偽装するのはなぜなんだろう。最終話のダイイングメッセージを残す理由も納得がいかない。まあこの場合、今日子さんの推理は大変面白かったが。 とは言え、相変わらず読者に対して良心的かつ、「忘却探偵」という特殊な設定ゆえの独特の世界観があって楽しませるエンターテインメントに仕上がっているのは間違いないだろう。 |
No.607 | 4点 | 黒猫の遊歩あるいは美学講義- 森晶麿 | 2015/09/29 20:10 |
---|---|---|---|
これは好き嫌いがはっきり分かれるタイプの作品であり、激しく読者を選ぶ作品だと思う。そんな私は正直好きになれなかった。嗜好の範疇から外れてしまっていたというべきだろうか。
その原因の一つは、文面が上滑りしてすんなり頭に入ってこないことが挙げられる。勿論それは自身の読解力のなさや脳細胞の死滅も大いに関係しているものと思われるのだが。読みづらいとかではなく、文体が肌に合わなかったという話なのだ。 内容的には、ケチをつけるわけではないが、謎そのものがあまり魅力的とは思えないこと、黒猫の謎解きが詩的過ぎていまいち理解できないというか納得できない感じが否めなかったのが、印象を悪くしている原因かもしれない。 ただ、アガサ・クリスティー賞に選出されたわけだから、選考委員のどこか琴線に触れる部分があったのは間違いないだろうゆえ、読む人が読めばやはり面白いのだろうと考えられる。 |
No.606 | 6点 | 天使のナイフ- 薬丸岳 | 2015/09/23 21:47 |
---|---|---|---|
乱歩賞受賞作の中では、優れた作品だと思う。何人かの方が書かれているが、本格的な社会派ミステリでありながら、根底にエンターテインメントがしっかり息づいているのが素晴らしい。さらに言えば、重いテーマを扱っているにもかかわらず、ある種娯楽作として楽しめるように出来上がっているので、毛嫌いせずに読まれるのもよろしいかと思う。
ただ難点もあり、偶然にしても少年犯罪があまりに多発しているのは不自然であろう。それを除けば、単純に見えた主人公の妻の殺害事件が、意外に複雑な展開を見せる辺りのサスペンスや、少年法の是非を問うべき永遠のテーマなど、読みどころ満載である。 |
No.605 | 5点 | 猫色ケミストリー- 喜多喜久 | 2015/09/20 22:37 |
---|---|---|---|
いわゆる人格入れ替わり物で、ありがちなパターンではあるが、若い女性の人格が猫に入り込んでしまうところが目新しさなのだろう。
所々引き込まれるシーンがあるが、全体としては緩めでのんびりとした雰囲気で進行していく。主人公の人格である「僕」の肉体が病院のベッドで仮死状態のまま、母親に見守られつつ、その身体が消滅するように死に至ってしまうという無慈悲さに抗うことなく、あきらめの境地で自らの身体を見つめるシーンなどは結構印象深い。 ただ、作者の得意分野である化学合成に関する実験の場面などは、門外漢の私としてはいささか退屈ではあった。それと、せっかく猫が人格を持ったのだから、それ相応のハッとするような異色の物語に持っていってほしかったというのが正直な感想でもある。 |
No.604 | 8点 | 正三角形は存在しない 霊能数学者・鳴神佐久に関するノート- 二宮敦人 | 2015/09/09 22:07 |
---|---|---|---|
女子高生の佳奈美はどうしても霊に遭遇したくて、クラスメートで霊能者の雄作とその兄でこれまた霊能者で大学生の佐久に近づく。それから様々な事件に巻き込まれるが、彼女の熱は冷めず、ますますのめり込んでいくことに・・・
主人公はこの三人だが、他の登場人物も含めてとてもよく描き分けられており、それぞれの個性が際立っている。見方によっては連作短編にも取れるが、長編として捉えたほうがしっくりきそうだ。 文体は相変わらず安定していて、非常に読みやすく好感が持てる。第二章まではどこかライトなオカルト・ミステリかと思わせて、第三章でとんでもない展開に持っていく力技は見事だ。とにかく胸がいっぱいになり、読んでいてせつなさで心が震えるような体験をすることになった。この感覚は久しぶりなので、思わず高得点をあげてしまったのだった。 本作は取り敢えず私史上、二宮氏の最高傑作となった。とても素敵な作品だと思う。 |
No.603 | 3点 | よろずのことに気をつけよ- 川瀬七緒 | 2015/09/07 21:50 |
---|---|---|---|
これはいけません。
面白味のない文章に乗せて綴られる、男女の犯人探しの旅。そこに呪術という要素を取り込んで、淡々と語られるストーリー。一見面白そうに思われるかもしれないが、無味乾燥な文体でイマジネーションがかき立てられることもなく、正直ずいぶん退屈であった。 殺人事件そっちのけで被害者の過去を探るのに終始しているが、これといった盛り上がりもなく、最後に明かされる犯人と真相は至ってありきたりなもので、脱力感を覚える。ストーリー自体もごく単純で、これだけのボリュームにする必要性は全くなかったのではないかと思う。 一人称の文章だが、主人公が自分のことを僕と呼んでいるのには違和感を覚えるし、読んでいて三人称と錯覚するほど、心情が語られていない。 これだから乱歩賞は・・・と愚痴も言いたくなるというもの。 すみません、思ったことを正直に書くたちなので、反感を覚えた方もおられるかもしれませんが、どうかご容赦下さい。 |
No.602 | 7点 | 掲載禁止- 長江俊和 | 2015/08/31 21:36 |
---|---|---|---|
なかなかの力作ぞろいの短編集、十分楽しめた。
殺人や自殺など、人の死の瞬間を目の当たりにできるバスツアー、別れた恋人に未練を持つ女が、ひそかに作っていた男のマンションの合鍵で留守中に侵入し、それがやがてエスカレートしていく物語など、相変わらずいかがわしさ満載の作品ばかりである。そうしたちょっと風変わりなストーリーが好きな読者には堪らない短編ばかりなので、嗜好が合えば嵌ること請け合いである。 臨場感、緊迫感も申し分なく、多分誰も読まないと思うけど、結構お薦め作品だと個人的には思っている。いずれもちょっとした反転を味わえるし。 |