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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1835件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1055 6点 可視える- 吉田恭教 2020/01/19 22:12
「幽霊画の作者を探して欲しい」画商の依頼を受け、島根県の山奥に佇む龍源神社に赴いた探偵の槇野康平は、その幽霊画のあまりの悍ましさに絶句する。そして一年が過ぎ、警視庁捜査一課の東條有紀は、搜査員の誰もが目を背ける残虐な連続猟奇殺人事件を追っていた。不祥事から警察を追われて探偵となった男と、自身の出生を呪う鉄仮面と渾名される女刑事が難事件を追う!
『BOOK』データベースより。

実業之日本社文庫版改題タイトル『凶眼の魔女』にて読了。
警察小説、本格ミステリ、ホラー、ハードボイルドなど様々な要素を含んだサスペンス小説。連続猟奇殺人事件を扱った作品で、接点のないまま女刑事と探偵が同じ事件を別角度から追うという構成になっています。両者ともに人物造形はしっかりと出来ており、すべての登場人物が個性的に描かれています。一方で事件の被害者の殺害状況は一貫して悲惨なもので、特に三人目の被害者の惨状は目を瞠るものがあります。淡々と見た儘を書かれていますが、結構グロいですので念のため注意してください。

二転三転するプロットはなかなか読み応えがあり、グッと惹きつける魅力を持っています。最後まで犯人像が見えてきませんが、結局はなるほどそう来たかと感心させられました。ラストの○○と●●の対決には不自然さが付き纏う気もします。何故●●が親切にあれこれ語るのかが疑問ですし、真犯人に人間性の欠如というサイコパスらしい不気味さがなく真実味が感じられないのも気になりました。そこまで残酷になれるのかという暗い情念と、緻密な計画性が相反するように思えてなりません。
しかし、総じて力作であり異色作だとは思います。これでもかと詰め込み過ぎなのは、作者なりの読者サービスなのでしょう。

No.1054 6点 彼女が追ってくる- 石持浅海 2020/01/17 22:20
旧知の経営者仲間が集う「箱根会」の夜、中条夏子はかつての親友・黒羽姫乃を殺した。愛した男の命を奪った女の抹殺を自らの使命と信じて。証拠隠滅は完璧。さらに、死体が握る“カフスボタン”が予想外の人物へ疑いを向ける。夏子は完全犯罪を確信した。だが、ゲストの火山学者・碓氷優佳は姫乃が残したメッセージの意味を見逃さなかった。最後に笑う「彼女」は誰か…。
『BOOK』データベースより。

倒叙ミステリと言うのは犯人の心理がどれだけ詳細かつ繊細に描かれているかが勝負の一端だと思います。その意味でこの作品は成功しているでしょう。箱根会の仲間たちがああでもないこうでもないと推理を巡らす間にも、夏子の心情が細部に至るまで描かれているので、読み手としては臨場感を味わうことが出来、さらにその時々の状況を知ることが出来ます。

問題は優佳がどのように夏子を追い込んでいくのかですが、意外とあっさり窮地に立たされ、すんなり罪を認めてしまいます。えっこんなことで?というのが正直な感想ですが、まあ確かに急所を突ているとは言えると思います。却って煩雑な論理展開の末に徐々に迫っていくよりも、スッキリしていて良いのかも知れませんが。しかし、その後のカフスボタンの謎や被害者である姫乃の奸計にはかなり意表を突かれました。まさに最後に笑うのは誰か?って訳ですよ。
ところで作中には優佳は童顔であるとの記述がありますが、ノベルスの表紙はどう見てもクールビューティな美形なのはどうしたものでしょうね。どうでも良いですが。

No.1053 5点 幻惑密室- 西澤保彦 2020/01/15 22:41
ワンマンで女好きの社長宅で開かれた新年会。招待された男二人と女二人は、気がつけば外に出ることが出来なくなっていた。電話も通じない奇妙な閉じられた空間で、社長の死体が発見される。前代未聞の密室の謎に挑戦する美少女・神麻嗣子たち。大人気「チョーモンイン」シリーズ長編第一作、待望の文庫化。
『BOOK』データベースより。

ある意味で密室殺人を扱ったこの事件、これは凄いと思いましたが、うっかり忘れていました。チョーモンインシリーズ第一作という事を。超能力がありならば、どんな殺人事件でも書けるよね。でもその特異設定を存分に生かしながら、更にそこを超えていく論理展開が見られます。まあしかしインパクトには欠けますね。意外な犯人は良かったけれど、なんだか脱力系な感じでどうもスッキリしません。

ジャンルはSFになっていますが、本格ミステリで良いんじゃないでしょうか。本質的には本格ですよ。まああまり期待せず、肩の力を抜いて楽しめばそれでいいのかなと思いますが。
ノベルスの挿絵は神麻さんは可愛いけど、能解警部はあまりに酷い。デフォルメし過ぎなせいか、私の最も苦手とするタイプにしか私の目には映りません。

No.1052 5点 くくるくる- 一肇 2020/01/13 22:18
高校入学式の翌日、語木璃一は公園で一人の女の子に出会う。その少女は桜の木の枝に荒縄をくくりつけている。うーん、ひょっとしてこれは首吊りってやつですか?桜の花びらが降り、少女が宙に浮かぶ…と、同時にぶちんと音がして少女はそのまま落下!「げうー。もう百二十二回め!また首吊りに失敗!」―自殺を試みようとするたびに天変地異が巻き起こり絶対に死ねない少女・なゆた。そんな彼女に一目惚れしてストーキングする少年・璃一。桜の下で巡りあい“括る繰る”でクルクル回る不思議な恋物語のはじまり。
『BOOK』データベースより。

何度自殺しようとしても死ねない少女なゆたと、彼女と出会い観察者兼記述者となった璃一のボーイミーツガールの物語。ですが、単なるラブストーリーではありません。主要キャストは他に璃一の妹ありす、全国を股に掛ける連続殺人鬼キリングK、警視庁捜査一課警部補霧ヶ峰しずかの五人だけ。それでも紆余曲折あり、なかなか面白い物語に仕上がっています。特に最終局面はそれまでののほほんとした雰囲気が一転、とんでもないスケールと作風からは想像もできないような○○ぶりを見せます。油断なりませんね。
一応なゆたが自殺する度に起こる天変地異の理由も明かされます。勿論物理的な面からではなく何故なのかという観点からのアプローチではありますが。

それにしてもラノベの男子は何故誰も彼も喜怒哀楽がないのでしょうね。腹が座っているというか、一見普通の男子を装っているものの、一般的な感覚から相当ずれているのが定番なのが不思議です。しかし本作はそれを利用するようなある仕掛けが施されており、只のラノベと思っていると足を掬われることになりますよ。
作者はあとがきで触れているようにプロットは考えないらしいです。どうやらそれぞれのキャラが独り歩きしていく模様。それも才能の一種なんでしょうね。

No.1051 6点 倫敦時計の謎- 太田忠司 2020/01/12 22:15
ロンドンのビッグベンを象った大時計の完成式典で、針が十二時を指した時、仕掛け人形のかわりに死体が飛び出した。死んでいたのは奇矯な行動で知られる時計作家弥武大人。出馬を要請された作家探偵霞田志郎の苦悩を嘲笑うかのように、さらに殺人は続いた。地元有力者高野の屋敷で、大人作の巨大な砂時計の中から孫娘あずみの死体が発見されたのだ。やがて事件の背後に横たわる巨大な悪意に気づいた志郎は…。『上海香炉の謎』に続く人気本格推理シリーズ待望の第二弾。
『BOOK』データベースより。

弥武大人が製作する時計の関係者が次々と密室で死んでいく事件そのものは、大変派手で雰囲気もあり、まさに本格の王道を往くと言っても過言ではありません。これぞコテコテの本格ミステリって感じです。しかし、それに対する真相はトリックも含めてあまりに予定調和的で、私の好みではありませんでした。事件の裏に隠された陰謀も予想の範囲内でしたし、どこにも突き抜けたところがなかったのが悔やまれます。

探偵役の霞田志郎や妹の千鶴もあまり個性が感じられず、強烈な印象を残す作品とはまた違った形のやや地味目な本格推理だったと思います。ただ、テンポが良いのと読後感が意外に爽やかだったのは褒められる点ではないでしょうか。
期待したほどの出来ではなかったですが、まあ良作と言って良いのではと思いますね。

No.1050 5点 屍蝶の沼- 司凍季 2020/01/10 22:30
中国地方の山里・羽室町で発見された美少女の死体。焼けただれた惨殺死体には、犯人の猟奇的な刻印が残されていた。しかも発見場所の通称“幽霊沼”には、昔から奇妙が噂が…。町のミニコミ誌記者・稲葉菜月は事件を追うため、かつての恋人でフリーライターの高野舜を呼ぶが、町に残る因習に阻まれ、事件は闇のまま。しかし、新たな惨殺死体の発見を契機に、二十年前に隠蔽された“謎”が浮上。驚愕の真実を追う高野は、さらなる恐怖のなかにのみ込まれていく!流麗な筆致で描かれた、美しくもおぞましい未体験の恐怖!ホラーと社会推理を融合させた意欲作、登場。
『BOOK』データベースより。

さて登録登録♪と思ったら、まさかの登録済み。しかも書評まであるとは、恐るべし『ミステリの祭典』。見る限り司凍季の全作が登録済みのようですね。しかもこんなマイナーな作品までとは驚きました。

大して面白くもないのに何故か読みたくなる司凍季。でも本作は出来が良い方です。ホラーなのかサスペンスなのか本格ミステリなのか、しかし最後は島荘ばりの社会派に大変身します。この豹変ぶりには流石に吃驚でした。司凍季は島田荘司の影響を強く受け、特に『奇想、天を動かす』に深い感銘を受けた作家で、この作品にもそれが顕著に現れています。改題前のタイトルは『去勢された蝶たちの森』、ちょっと意味が解らない感じがしますけど。

印象としてはプロットが散漫で話があちこちに飛び過ぎな感が否めません。そして文章が相変わらず下手。もう少し纏まりがあってそれなりの文章力を持っていれば、本作は凄い作品になったかも知れません。
あと、背の低い人々が沼に次々と飛び込む件が最後まではっきりせず、謎解きも何の伏線もなく解かれていく様はかなり残念でした。動機も曖昧。ただ事件の奥に隠された真実には意表を突かれましたね。

No.1049 4点 SPEEDBOY!- 舞城王太郎 2020/01/08 22:35
孤独だからいいんだ。孤独だからこそ速くなれる」。友人、家族、町、世界、そして愛―すべてを置き去りにして鬣の生えた少年スプリンター成雄は速さの果てを追う。そこに何があった?何が見えた??―誰がいた???疾風怒涛、音速も超え、すべての枠を壊しマイジョウオウタロウの世界は、限界の向こう側へ。
『BOOK』データべ―より。

何となく読み始め何となく読み終わりました。途中まで長編と思い込んで読んでいましたが、違和感を覚えAmazonを見てみたら連作短編集とのこと。どおりで主人公がとにかく足が速いことを除いて、登場人物の設定や物語の背景などが異なっているはず。訳が分かったような分からないような、オチがあったりなかったりして、結局深読みは出来なかったですね。

部分的に面白いところもありますが、果たして作者が何を意図して描いたのか、理解が及ばないことが多すぎてどう評価して良いのか見当が付きません。これも舞城王太郎の世界なのでしょう。しかし、少なからず読者に対して不親切じゃないですかね。ミステリじゃないのだから余計な説明は不要とでも考えたのかな。だとしても、もっとページを割いていいから色々な「その理由」を書けよと思います。

No.1048 7点 厭魅の如き憑くもの - 三津田信三 2020/01/07 22:19
神々櫛村。谺呀治家と神櫛家、二つの旧家が微妙な関係で並び立ち、神隠しを始めとする無数の怪異に彩られた場所である。戦争からそう遠くない昭和の年、ある怪奇幻想作家がこの地を訪れてまもなく、最初の怪死事件が起こる。本格ミステリーとホラーの魅力が圧倒的世界観で迫る「刀城言耶」シリーズ第1長編。
『BOOK』データベースより。

横溝正史と雰囲気は似ているかも知れませんが、それとは一線を画すものだと思います。ホラーとは言ってもホラー小説ではありませんので、それ程怖い恐ろしいってことはなくて、少しだけゾッとする程度です。特に冒頭の憑き物落としのシーンなどは興味深いと同時に、後々の伏線であったり本書の特徴を印象付けることに成功しています。しかし、あくまで本線は本格ミステリですので、あまりそちらにばかり目を向けると、肝心な布石を見逃すことになりますよ。因習や伝説などをそのまま殺人装置として具現化させている点もポイントが高いです。

正直『首無の如き祟るもの』程完成度は高くないと思います。しかし、シリーズ第一作としてその方向性を位置付けた点に於いて評価されるべき作品ではないかと思います。その造りは重厚で、何と言っても七章とおわりには圧巻です。多重推理と言えば聞こえがいいですが、刀城はわざとなのか読者を迷わせるようないくつもの仮説を繰り出します。結局最後は落ち着くところに落ち着くわけですが、なら最初からそう言えよとか言ったりしてはいけないんでしょうね。まあ一人推理合戦とでも解釈すれば問題ないかもしれません。

No.1047 4点 前代未聞の推理小説集- アンソロジー(出版社編) 2020/01/05 22:18
歴史学者・芥川賞・直木賞・天才バカボン、元文化庁長官など短編の名手11人集。
『BOOK』データベースより。

雑誌『小説推理』1979年1月号から12月号までの「推理小説に挑戦」欄掲載。
『ある殺人』『古墳殺人事件』『若葉照る』以外はほぼ凡作か駄作です。中にはどこが推理小説なのってのもあり、やはり非推理作家による推理小説なんてものはこの程度なのかと思いますね。
赤塚不二夫以外全く知らない作家ばかりなので、思い入れも先入観もなしに読めました。因みに、最も興味が惹かれた赤塚不二夫は俳句を扱ったダジャレ連発の、くだらない作品でした。同じ俳句をあしらった『若葉照る』は密室物で、これは面白かったですね。キャラもよく練られていて好感が持てました。同じトリックを使用した作品がありましたが、どちらが先だったのか曖昧なので何とも言えませんが、当時としては意外と斬新だったのかも知れません。

世間的に見てミステリは文芸作品より低く見られがちな気がしますが、この短編集を読んでみるといかにミステリ作家が優れたアイディアを提供しているかが良く分かります。そして推理小説を書く事の難しさが身に沁みますね。11作も並んで目を引くのが3作だけというのはちょっと淋し過ぎます。ミステリ作家としてデビューしながら次第に他ジャンルへ流れていった幾多の作家の気持ちがなんとなく想像できますね。

No.1046 6点 Jの神話- 乾くるみ 2020/01/03 22:09
全寮制の名門女子高を次々と襲う怪事件。一年生が塔から墜死し、生徒会長は「胎児なき流産」で失血死をとげる。その正体を追う女探偵「黒猫」と新入生の優子に追る魔手。背後に暗躍する「ジャック」とは何者なのか?「イニシエーション・ラブ」の著者が、女性に潜む“闇”を妖しく描く衝撃のデビュー作。
『BOOK』データベースより。

読み始めて暫くして、何か既視感があるなあ、もしかして既読?やっちまったのか自分と思いましたが、そうではありませんでした。典型的というか定型的な本格ものの学園ミステリの世界が広がり、一方ではハードボイルドな女探偵が謎を追う。これはどう考えても本格ミステリではありませんか。しかも、その事件が見事なまでに魅力的で、一体これをどう収束させるのかが当然注目されますね。
途中の受精と胎児の蘊蓄には引き込まれます。エピソードにもそれに類するさらに詳しい解説がなされており、そこは評価されるべきだと思います。しかし、誰がこの結末を予想できたでしょうか。そんな馬鹿なと憤りすら覚える読者も多いのではないかと思います。でも、よく考えれば破綻はしていませんし、整合性は取れています。もうそれ以外に真相はないだろうと無理やりにでも納得するしかないではないですか。だから評者はどれほど破天荒でもそれを認めざるを得ないのです。

本作は乾くるみのデビュー作で、メフィスト賞受賞作ですが、自身二作目だったようです。最初に描いたのは『匣の中の失楽』のオマージュである『匣の中』らしいですね。確かに『匣の中』ではメフィスト賞は獲れなかったと思います。
まあとにかく怪作ですよ。果たしてこれを本格と見なして良いのか疑問ですが、スクールカーストや受胎の神秘、人工授精、体外受精、SF、ホラーなど楽しめる要素が満載なのは間違いないでしょう。

No.1045 5点 私が大好きな小説家を殺すまで- 斜線堂有紀 2020/01/01 22:23
突如失踪した人気小説家・遙川悠真。その背景には、彼が今まで誰にも明かさなかった一人の少女の存在があった。遙川悠真の小説を愛する少女・幕居梓は、偶然彼に命を救われたことから奇妙な共生関係を結ぶことになる。しかし、遙川が小説を書けなくなったことで二人の関係は一変する。梓は遙川を救うため彼のゴーストライターになることを決意するが…。才能を失った天才小説家と彼を救いたかった少女―なぜ彼女は最愛の人を殺さなければならなかったのか?
『BOOK』データベースより。

Amazonでの異様な評価の高さは何なのでしょう。
主人公の梓に同情の余地はあるものの、遙川も含めた登場人物の誰にも感情移入することが出来ませんでした。エゴとエゴのぶつかり合いでもって、終始一貫して暗いトーンでストーリーは進行していきます。詰まる所愛憎劇なんですね。
梓からすれば 自殺しようとしているところを大好きな小説家が救ってくれた⇒小説家に依存していく⇒彼がスランプに陥る⇒やがて彼は自己崩壊してく⇒彼を救いたいと願う⇒しかし状況は悪化する⇒梓がゴーストライターに仕立てられる⇒現状に疑問を抱く⇒決定的な間違いが起こり二人の間に亀裂が生じる⇒殺すことを決意する という流れです。
こうして見ると色々あったように感じるかもしれませんが(実際色々あった)、どうにも安直で短絡的な結論だった気がします。

愛が憎しみに変わる典型的な男と女の救いのない物語。面白い訳でもなく詰まらない訳でもないですが、梓、遙川双方の心情が私にはイマイチ理解できませんでした。正直期待を裏切られた気分がします。作風としては乙一に近い気もしますが、遠く及びませんでしたね。

No.1044 6点 青酸クリームソーダ- 佐藤友哉 2019/12/31 22:22
普通の大学生、鏡公彦18歳。ごくごく平均的な、何気なくコンビニエンスストアに行こうと思って出かけただけの夜。運悪く、最悪なことに目下殺人中の灰掛めじかに出会ってしまう。それを「見て」しまった責任を取らされる公彦。それは、めじかの「殺人の動機」を1週間の期限で探ることだった―。―ここから始める。ここから始まる―。「鏡家サーガ」入門編、遂に幕開け。
『BOOK』データベースより。

以前『フリッカー式』の書評でも述べましたが、相変わらずリアリティは欠片もありません。小説なんて所詮絵空事とは言え、そういう事もあるかもなと思わせるのもある意味必要であるのは事実です。その点、本作は徹底して現実性を排斥しており、言ってみれば劇画のようであります。色々無茶苦茶です。本格志向の読者は読むべきではないと断言できます。
ホワイダニットに特化していますが、その真相は明らかに想定内で、意外性は全くありません。ただ、長兄の潤一郎のフェイクの推理はなかなか面白かったと思います。まあ、本格の体を成してはいます。しかし、これは鏡家の兄弟の物語であり、特に潤一郎、稜子にスポットライトが当てられていて、公彦はあくまで語り手なのでしょう。佐藤友哉式が描く兄弟愛は捻じれていて、普通の感覚では理解が及ばないのではないかと思いますね。
余談ですが、本書には浦賀和宏をリスペクトしているような記述が見られます。というか好きなんですね?


【ネタバレ】


公彦は連続殺人鬼のめじかによって、胸に小型爆弾を埋め込まれますが、いくらでも解除できるチャンスがあったのに、なぜそれをしないのか。潤一郎の腕を持ってすれば、取り除くのに一時間もかからなかったはず。それを言っちゃお終いよって事なんでしょうけどね。
兄弟なのに、なぜ弟を突き放すのか、もっと親身になって弟の身を案じるのが一般的な家族のあり方のはず。その辺の感覚のズレが作品を異形の物語にしている気がします。

No.1043 6点 東京二十三区女 あの女は誰?- 長江俊和 2019/12/29 23:01
「東京の隠された怪異」の取材で二十三区の都市伝説の現場を巡るライターの原田璃々子。霊を信じない先輩・島野と取材を続けるが起こるのは奇妙なことばかり。“池袋の女”のポルターガイスト伝説、東向島の“迷路”に消えた小説家、願いを叶える「立石様」の奇跡…。そして「将門の首塚」の取材中、璃々子は二十三区最大の禁忌に触れ―。
『BOOK』データベースより。

前作同様、東京二十三区の心霊スポットを取材、都市伝説を絡めたホラーテイストのルポとそれぞれの区の物語。

『豊島区の女』 巣鴨プリズンと帝銀事件。シンシャイン60は実は巨大な○○だった。
これが最もミステリに近い内容となっています。情緒溢れる悲恋物語と思いきや・・・。

『墨田区の女』 永井荷風の『濹東綺譚』。浮世絵師歌川国芳の『東京三ツ又の図』には当時では考えられないものが描かれていた。
奇妙なアルバイトで、見知らぬ母娘の父親役として雇われた男の顛末とは?

『葛飾区の女』 首無ライダーの由来と、立石熊野神社の謎。
所謂下町の人情話。何故かほろりとさせられる、不思議な魅力に満ちたある家族の物語。

『千代田区の女』 京都で打ち首になり獄門台に晒された平将門の首が、東京まで身体を求めて飛んできたという伝説の将門塚。
ここでは、主人公の原田璃々子と島野の関係が明らかになり、衝撃の展開が待っている。

という訳で、今回も十分に楽しめました。内容が濃くギュッと詰まっている割にはコンパクトでライトな文体で描かれており、非常に好感が持てます。やや微妙な終わり方だけに、続編が気になるところです。まだ続くとは思いますが、今後どの視点でどういう形になるのか不透明ではあると思います。
本当は7点にしたかったんですが、涙を飲んで6点で。

No.1042 5点 痩せゆく男- スティーヴン・キング 2019/12/27 22:25
痩せてゆく。食べても食べても痩せてゆく。老婆を轢き殺した男とその裁判の担当判事と警察署長の3人に、ジプシーの呪いがつきまとう。痩せるばかりではない、鱗、吹出物、膿…じわじわと人体を襲い蝕む想像を絶した恐怖を、モダン・ホラーの第一人者スティーヴン・キングが別名義のもとに、驚嘆すべき筆力で描きつくした傑作。
『BOOK』データベースより。

物語の大筋が単純な割りに460ページは長いでのではないでしょうか。無駄な描写を省けば300くらいで十分収まる内容だと思います。評者としては心理サスペンス的なものを期待していましたが、ダイレクトに伝わってくる恐怖感がなく、解説にもあるように多分に読者の想像力を必要とする小説となっています。
それにしても、これが名義こそ違え世界のスティーヴン・キングかと思うとかなり拍子抜けです。私は『キャリー』が好きでした、映画しか観ていませんが。DVDも持っています。そういった作品に比べると、映像的に優れた描写が足りないせいか、情景が浮かんでこないし、第一に読みづらいのが厄介でした。これは原作者のせいでもあり、訳者のせいでもあると思いますね。本音を言えば、キングは文章が下手なのかと勘繰りたくもなります。何しろ他作品を読んでいないので何とも言えませんが、こんなものではないと信じたいというか、希いたいです。

終盤の疾走感や落としどころは良かったと思います。特に呪いを掛けたジプシーの長老と主人公の邂逅は、これこそ映像的だったのではないかと。しかし何度も言いますが、日に日に痩せていく恐怖と向き合う主人公の心理状態を掘り下げていく描写がもっと欲しかったですね。そこが物足りなさを生んだ原因となっている気がします。それさえクリアしていれば更なる傑作になったと思いますね。

No.1041 6点 あなたがいない島- 石崎幸二 2019/12/26 22:30
古離津島へようこそ。これから五日間、心理学研究のため無人島で精神的サバイバル生活が始まります。持ち込める物はひとつだけ。しかし考えた末に持参したパソコンは壊され、携帯電話は紛失。なぜかCDやK談社ノベルスも消えた。奇抜なミステリィ談義と意匠を凝らした周到な事件。ここは本格の“約束の地”だったのです。
『BOOK』データベースより。

章題に第一の殺人?第二の殺人?とある割りには、殺人どころかそれらしい気配もなく、なんだかなあと思っていましたが、それを相殺するのが石崎とミリア、ユリのボケとツッコミ。これに大笑いさせてもらいました。誰がボケで誰がツッコミという訳でもなく、それぞれがボケをかましそれにツッコミが入ります。まるでトリオ漫才の様相を呈しています。前作よりさらにパワーアップしている気がしますね。そんな中粛々と伏線が張られていきます。なかなか全体像が見えて来ず、それと気づかせないテクニックを駆使しています。

島に到着後、漸く紛失事件が起こります。その後失踪事件、殺人事件と立て続けに発生し、やっと本格ミステリらしさが姿を現します。
しかしねえ、それまで天然ボケを連発していた三人が突如名探偵よろしく事件を解明していく様は、若干違和感を覚えないでもありませんね。こんなに切れ味の鋭い推理を見せるのに、それまでの阿保ぶりは何だったんだってなりますよ。まあそれがこのシリーズの持ち味と言えばそれまでですけど。
見切り発車で他の作品も入手済みなので、これがコケたらどうしようと思っていましたが、取り敢えず合格点でしたのでほっと安堵しているような次第であります。些細な事ですが、コンビニ弁当の蓋は良いのかよ、と思いました。

No.1040 6点 病の世紀- 牧野修 2019/12/24 22:43
人体を発火させる黴、口腔に寄生し人を人肉喰いに走らせる蠕虫、そして性交渉で感染し、人を殺人鬼に変える「666」に似た形体の謎のウイルス。街に解き放たれた病原体は、黙示録が預言した終末へのカウントダウンなのか―。人々を恐怖に陥れる巨大な陰謀とは?そして立ち向かう孤独な医師の決断とは?バイオテロをも予見した、牧野ホラーこれぞ最高傑作。
『BOOK』データベースより。

おいおい、クリスマスイブという聖なる夜に豪く不気味なタイトルだなあ、縁起が悪いぜ。
ちょっとお待ちください。クリスマスイブって単なる降誕祭の前夜ってことでしょ。私には関係ないですね、私はクリスマスだろうが正月だろうが、ガンガン人が殺される小説の書評を書きますよ。

とまあ、水増し感満載なわけですが、本作なかなか良く出来てはいます。ホラー、サスペンス、アクション申し分ありません。文章も上手で人間も描けています。しかし、どこか吹っ切れない印象ですぐに内容を忘れてしまいそうな予感がするんですよね。そういう小説って結構ありませんか。
まあそれはそれとして、この作品はクリスマスに全く無関係という訳でもありません。ある陰謀により、日本に様々な病原菌による疫病が発生し、次々と奇怪な事件が起こる物語ですが、そこに通底しているのが○○なんですね。読めば分かります。でも牧野修って誰?という方も多いと思いますので、このサイトでは私だけ読んでいれば良いですよ。そこまでお薦めはしません。

No.1039 5点 少女は踊る暗い腹の中踊る- 岡崎隼人 2019/12/22 22:14
連続乳児誘拐事件に震撼する岡山市内で、コインランドリー管理の仕事をしながら、無為な日々を消化する北原結平・19歳。自らが犯した過去の“罪”に囚われ続け、後悔に塗れていた。だが、深夜のコンビニで出会ったセーラー服の少女・蒼以によって、孤独な日常が一変する。正体不明のシリアルキラー“ウサガワ”の出現。過去の出来事のフラッシュバック。暴走する感情。溢れ出す抑圧。一連の事件の奥に潜む更なる闇。結平も蒼以もあなたも、もう後戻りはできない!!第34回メフィスト賞受賞!子供たちのダークサイドを抉る青春ノワールの進化型デビュー。
『BOOK』データベースより。

話自体は悪くないと思いますが、何とも纏まりに欠ける印象を受けます。
粗削りな文章、味気ない文体、全く見られない心理描写、プロットのこなれなさなど欠点を挙げればキリがありません。まあノワールですよ、真っ黒です。でも青春じゃありませんね。こういうのが一般受けするようではまさに世も末、末世です。舞城王太郎に作風が近いとする意見もありますが、似て非なるものだと私は思います。

連続幼児誘拐事件の動機は意表を突いていて、なかなか面白いです。かなり呪われていますけどね。しかし、四番目の事件の両足切断の理由はどうにも納得がいかないです。納得がいかないという点では、もう総てに対して言えますね。そもそも幼児の死体を発見した時点で、何故主人公の結平は真っ先に警察に連絡しないのか、そこに拘ってしまった私はおそらく読者失格なのかも知れません。本書に関しては。又、ウサガワは何故無意味な虐殺を行うのかも不透明ですし。ただ派手な事件で賑わわせようとの目論見にしか見えません。そして誰も彼もイカれてる、小説としては破綻していなくても、物語として破綻している気がしてなりません。
もう少し上手く書き上げていたら、もっと評価は上がったと思いますがね。でも所詮メフィスト賞なんてこの程度でしょう。

No.1038 7点 アイの物語- 山本弘 2019/12/20 22:30
人類が衰退し、マシンが君臨する未来。食糧を盗んで逃げる途中、僕は美しい女性型アンドロイドと出会う。戦いの末に捕えられた僕に、アイビスと名乗るそのアンドロイドは、ロボットや人工知能を題材にした6つの物語を、毎日読んで聞かせた。アイビスの真意は何か?なぜマシンは地球を支配するのか?彼女が語る7番目の物語に、僕の知らなかった真実は隠されていた―機械とヒトの新たな関係を描く、未来の千夜一夜物語。
『BOOK』データベースより。

短編を無理やり繋げて長編の体裁を取ったSF。なので各短編に関連性はなく、独立した物語として楽しめます。長編としてはどうなんでしょう、やはり継ぎ接ぎな感は否めません。
AI(アンドロイド)は人類にどこまで近づけるのか、或いは人類を凌駕し超越した存在になり得るのかという普遍的なテーマに挑んだ、意欲的な作品だと思います。

夫々の作品が水準をクリアしており面白いんですが、『詩音が来た日』に根こそぎ持っていかれましたね。久しぶりに涙と鼻水を流しながら読みました。感動しました。名作だと思いますよ、マジで。簡単に言えば介護アンドロイドが介護老人保健施設に赴任して、様々なことを学びながら成長していく物語です。アンドロイド詩音が老人と接していく中で、次第に感情の翼を広げ心を持つに至るまでの、心温まるSFというジャンルを超えた必読の書です。これだけでも読む価値ありだと声を大にして言いたいですね。
表題作を最後に持ってきていますが、カタカナの造語が多すぎて正直半分も理解できなかった気がします。それでもまあ何とか作者の意図は伝わっては来ます。
SFファンだけじゃなく、すべての読者に読んでほしいなあと思いますねえ。

No.1037 7点 奇想小説集- 山田風太郎 2019/12/17 22:28
戦後の東京で、青年と、神宮の森の樟をねぐらとする骨の軟かい美少女との愛欲を描いた「蝋人」、主人公の男のシンボルの形をした「鼻」を見て、女性が群がる「陰茎人」。グロテスクな表現の中に風刺とユーモアと哀愁を込め、医学的知識をも駆使して人間の“性”を描いた山田風太郎の初期短編集。全9編を収録。
『BOOK』データベースより。

ハチャメチャで女性蔑視が多々目に付く日本を、医学的見地や科学的立場から鋭くアプローチした作品が目立つ稀有な短編集。医師を目指していた風太郎流石です。
世間ではスケールの大きい『満員島』が受けているようですが、私的には『蝋人』がミステリ的にもストーリーとしても最も優れていると思いますし、一番好きですね。不可解な殺人事件を論理的に解決するのは本格ミステリにはまあ普通にあるパターンですが、実に奇妙な密室殺人を奇想で解決に導く力技は素晴らしいですよ。時代背景も生々しく、犯人に感情移入し同情を禁じ得ないという滅多にお目に掛かれない作品だと思います。

掉尾を飾るのはホームズを皮肉った『黄色い下宿人』。ロンドンに留学していた謎の東洋人が、ホームズの推理をバッサリ切り捨て事件を解決します。その人の正体とは一体?そこにも注目です。
他にも『陰茎人』『自動射精機』『ハカリン』(ハカとは破瓜のこと)など、誰が見てもすぐそれと気づくようなエロを、真面目に取り扱った作品が目白押しです。夫々ちゃんとオチも付いていますし、馬鹿馬鹿しいと一蹴できない何かを含んでいると思いますね。特に『自動射精機』の落とし方が個人的にはお気に入り。

No.1036 5点 眩暈を愛して夢を見よ- 小川勝己 2019/12/15 22:15
大学卒業後、AV制作会社に就職した須山隆治は、撮影現場で高校時代の憧れの先輩・柏木美南と再会してしまう。その後、会社が倒産し、アルバイトをして日々を送る須山だったが、美南が失踪したと聞き、彼女の行方を追い始める。調査が進むにつれ明らかになる美南の悲惨な過去。同時に彼女の過去に関わる人物が次々と殺されていく。やがて事件は一応の解決を見せるが…。横溝賞受賞作家が放つ驚天動地の大傑作ミステリ。
『BOOK』データベースより。

多重構造、多視点、作中作など私の好むところの範疇に完全に入っています。その複雑な構成にはタイトル通り眩暈を起こしそうになりました。嘘ですけど。特に作中の合評会にて散々こき下ろされていますが、作中作は三篇共面白かったですね。その辺り中盤になるとかなりメタな展開が目立ってきます。これをどう着地させるかで、本作の評価ががらりと変わってくるものと思いながら読みましたが、結局最後は何がなんだか訳が分からない結果に終わり、凄く勿体ないと感じました。ここが綺麗に決まっていれば十分な傑作になったと思いますが、残念でした。

一人称で書かれた「僕」「おれ」「わたし」がそれぞれ一体誰だったのか、どこまでが虚構でどこからが現実なのか、書き切れていないのが何とも悔やまれます。最終的には読者に委ねられる形になっているようです。何かと未完成な印象が免れませんし、色々惜しい怪作という気がします。
が、果たして角川が新潮から版権を買ってまで文庫化するような作品なのか、疑問に思わずにはいられません。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1835件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(26)
西尾維新(25)
島田荘司(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
中山七里(19)
折原一(19)
日日日(18)
森博嗣(17)