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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1829件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1069 7点 猫物語(白)- 西尾維新 2020/02/13 22:45
“何でもは知らないけれど、阿良々木くんのことは知っていた。”完全無欠の委員長、羽川翼は二学期の初日、一頭の虎に睨まれた―。それは空しい独白で、届く宛のない告白…「物語」シリーズは今、予測不能の新章に突入する。
『BOOK』データベースより。

何よりこれまで阿良々木暦の一人称だったのが、委員長羽川翼の一人称になったのに新鮮さを感じます。更に正直あまり掴み所のなかった戦場ヶ原が人間臭くて、これまた個人的に嬉しい誤算ではありました。しかもいいままで出番のなかった阿良々木家の父母が出ているではありませんか。チョイ役ではありますが、阿良々木母の台詞には痺れました。
結局何がしたかったのかがはっきりしているのに好感が持てます。それは愛、家族間の愛、兄弟愛、男女の愛なんだと思います。今回虎の怪異が主となっており、猫対虎の図式が描かれますが、その裏には羽川の生々しい感情が隠されていて、それが前述の愛に繋がります。

阿良々木暦は取り込み中で、ほぼ出てきません。それと主要キャラの神原、真宵、仙石も。代わりにファイヤー・シスターズ、戦場ヶ原ひたぎ、忍がそれぞれいい味を出しています。いやしかし、<物語>シリーズ七冊読みましたが、初めて阿良々木暦がカッコ良いと思いましたね。安定して面白い本シリーズですが、本作が最も私の好みに合う作品のような気がしました。

No.1068 5点 時の誘拐- 芦辺拓 2020/02/11 22:15
府知事候補の娘樹里が誘拐された。身代金運搬に指名されたのは全く無関係の青年阿月。だが大阪の都市構造を熟知した犯人の誘導で金を奪われ疑いの目は阿月自身に。彼の汚名をすすぐべく乗り出す素人探偵森江だが、捜査の先には戦後の大阪で起きた怪事件の謎が!?過去と現在が交錯する著者屈指の傑作長編。
『BOOK』データベースより。

相変わらずこの作者の作品は盛り上がらないなあ、と思いました。序盤の身代金運搬方法と強奪の大胆不敵さと綿密さは、当時のハイテクを駆使しており、ううむと唸らされました。そこまでは良かったんですが、いきなり過去の不可解な殺人事件に呑み込まれて、なんだか誘拐事件の影が薄くなってしまったのは惜しい感じがしましたね。
まあどちらの事件に重きを置いているという訳でもないですが、過去の事件についての記述が長いので、誘拐事件はどうなってるんだってなりますよ。そして、全体のボリュームに対して森江の解決編がかなり短く、やや物足りない気もしました。

エピローグはなかなか印象深かったです。でも犯人の決定的証拠が薄いように思います。特に主犯がね。最初からある人物が怪しいと感じていましたが、やはりある役割を果たしていましたね。
プロットと文章がもう少しこなれていれば相当な傑作になったかも知れません。素材は上質だったのに料理の腕が問題だったとしか言えません。

No.1067 6点 フォークの先、希望の後- 汀こるもの 2020/02/09 22:13
政治家の息子が飼う魚の世話で日給五万円、ただし飼い主の少年が現れると誰かが死ぬと噂あり。家庭の事情で高額バイトを探していた女子大生・彼方が屋敷へ向かうと理想の男性・高槻が目の前に…オクテな少女は恋に落ちた!だが戦慄の事件が続発。噂の少年“thanatos666”の呪いはやはり本物だった!?彼方の恋と命の行方は?恋愛&恐怖の“タナトス”最新刊。
『BOOK』データベースより。

タナトスシリーズ第三弾。ストーリーらしいストーリーもなく、事件と言っても変わった魚が盗まれるくらいでさして進展がありません。何だかこう、ミステリのようなものを読まされている感じが犇々とします。でもそこが良くも悪くも本シリーズの特徴と言うべきなのかも知れません。結局は双子の兄美樹が事件に関わり、それを弟の真樹が事件を解説するだけで、誰かが誰かを積極的に殺そうとする訳ではありません。なので本格ミステリと冠するのもおこがましいですが、こういうのが好きな人も結構いるんですよね。魚の蘊蓄にうんざりしながらの双子萌え的な感じで。まあ確かにキャラは良いんですよ、私も嫌いではないですしね。

魚+死神の存在が故に起こってしまう事件+兄弟愛ということになるのでしょう。本作の場合誰も傷つかず元の鞘に収まる、そこが救いと言えば救いですかね。
郭公の托卵は知っていましたが、その先があるのは流石に初耳でしたよ。一つ勉強になりました。尚、タイトルに深い意味はありません。

No.1066 5点 六とん4 一枚のとんかつ- 蘇部健一 2020/02/07 22:27
ある日曜日、六人が殺された。死体は岐阜・明智鉄道の六つの各停車駅の近所で発見され、犯人は電車を利用して犯行に及んだとみられる。最有力の容疑者には犯行時刻に鉄板のアリバイがあり、事件は迷宮入りする―「一枚のとんかつ」。他、全11編を収録。伝説のアホバカミステリが、さらにパワーアップして帰ってきたぞ。
『BOOK』データベースより。

表題作のアリバイ崩しは割と真面な方で、所謂時刻表トリックですが、単純明快で解りやすくまずまずの滑り出しです。『聖職』『犯行の印』『ひとりジェンカ』『修学旅行の悪夢』『翼をください』『追われる男』は最終頁のイラストで結末が分かる仕掛けになっています。これは同作者の『動かぬ証拠』の流れを踏襲するものですね。この中では『聖職』が一番ピンときますが、『追われる男』のラストが判然としません。どういうオチだったのでしょう、今考えてもスッキリしません。因みにこの一篇、主人公の女芸人のモデルはオアシズの光●靖●のようです。
意外と心に残るのはミステリでも何でもない純愛小説の『恋愛小説はお好き?』です。ミステリ作家としては駄目な人ですが、こういった異ジャンルの小説の方が体質に合っているのかも知れません。

蘇部健一はキング・オブ・バカミスの称号を与えられているようですが、本書はバカミスにすらなっていない気がします。でもあまり期待せず読めばそれなりに楽しめるのではないかと思いますよ。ユーモアミステリの一種ですが、笑えないネタが多いですね。

No.1065 7点 もう教祖しかない!- 天祢涼 2020/02/05 22:47
寂れた団地で人々の心の隙間を埋めるように広がる新宗教“ゆかり”。大企業スザクに勤める六三志は、自社の顧客を守るため、教団潰しを命じられた。ところが若き教祖・禅祐は、宗教を用いて金儲けをたくらむ頭脳派。信者の前で正体を暴こうとする六三志の告発をかわしてしまう。教団の存亡を賭け、どちらが住民の支持を得られるのか、激しい心理戦が始まった!気鋭の放つ傑作長編ミステリー。
『BOOK』データベースより。

本格とは言えないですが、一応広義のミステリには含まれるでしょう。
教団側とスザク側の直接対決のシーンは少ないものの、両者の火花散る激突が読んでいてワクワクします。良いですね、気分が高揚してきます。カリスマ性の強い教祖禅祐と、一介のサラリーマンでありながら熱血な面と頭脳明晰な面を持ち合わせる六三志の心理戦。それに加えて、キーパーソンとして禅祐の妹桜子やスザクの会長朱雀慶徳の存在も見逃せません。又敵か味方か分からない橘真理佳も神出鬼没でいい役どころを演じています。その他新たに信者となった高齢者稲葉や若者斎藤、六三志の頼りない上司小山内、部下の松山などキャストは豊富で、それぞれきっちり性格や人となりが描き分けられています。その辺りも高評価に繋がりますね。

この新興宗教対大企業の図式だけでも読み応えがあります。特に最後の勝負の場面はスリルと緊迫感を味わえます、更に当然ミステリ的な仕掛けも施されており、只では済まない結末にも注目したいところです。
おそらく好き嫌いが分かれるタイプの作品だと思いますが、個人的には何故もっと話題にならなかったのか不思議なくらい気に入っています。

No.1064 5点 多重人格探偵サイコ 西園伸二の憂鬱- 大塚英志 2020/02/03 22:25
連続殺人犯の射殺をきっかけに新たに生まれた人格・雨宮一彦。そんな彼に興味を抱いた精神科医・伊園磨知だったが、雨宮とともに何者かに拉致されてしまう。そして雨宮は、犯罪専門の海賊FM局「ラジオ・クライム」のスペシャル・ゲストに。街で次々と発生する童話をモチーフにした犯罪、明らかになるカニバリズム事件の犯人・田辺友代の秘められた過去、覚醒する第四の人格・久保田拓也。彼と伊園磨知の関係とは?六〇〇万部を突破したベストセラーコミックの原作者自身によるノベライゼーション。
『BOOK』データベースより。

間違えて本格で登録しました。ジャンルはサスペンスだと思います。
前作で残った謎である連続殺人鬼、島津寿は何故千鶴子を殺さなかったのかはやはり曖昧なままでした。その事件はもう終わった事として処理されています。まあ前に進むのは良いですが、なんだか消化不良な感じですね。本作は第四の人格が登場しますが、ほんのチョイ役で主に雨宮と西園が前面に出てきます。物語は精神科医津葉蔵により操られた患者四人が童話の見立て通りに事件を起こし、その模様を海賊FM局で実況する流れが中核となっています。短い中にあれもこれもと詰め込み過ぎて、結果どれもさして印象に残らない残念なものになっている気がしますね。

コミックなら確かに面白いのかも知れません。又ノベライズする作家によってはもっと優れた小説になった可能性も捨て切れません。しかし現状はコミックはベストセラーでも小説は駄目なパターンのようです。大して世間に見向きもされず、そのまま静かに記憶の彼方に葬り去られたような作品とでも言うのでしょうか。ブックオフで110円で買われ、読み終わったら又ブックオフに売られるのが定めの様な感じですね。手元に置いておく意味がないとしか思えません。

No.1063 3点 ゴースト≠ノイズ(リダクション)- 十市社 2020/02/01 22:58
高校入学七ヶ月目のある日。些細な失敗のためクラスメイトから疎外され、“幽霊”と呼ばれているぼくは、席替えで初めて存在を意識した同級生にいきなり話しかけられた。「まだ、お礼を言ってもらってない気がする」―やがてぼくらは誰もいない図書室で、言葉を交わすようになる。一方、校舎の周辺では小動物の死骸が続けて発見され…。心を深く揺さぶる青春ミステリの傑作。
『BOOK』データベースより。

欝々とした青春の日々を回りくどい筆致で描かれた青春ミステリ。傑作ではありません。
正直、早く終わらないかなと思いながら読んでいました。まず気に入らないのが文章。比喩が多すぎる点が一つ。そしてやたらと長い文章が散見されるのが二つ目。長すぎず、短すぎずというのが小説の基本中の基本でしょう。長すぎる文章に比喩的表現が絡んで、頭が混乱しそうになりました。過分に読者に対して想像力を課すのはどうかと思いますよ。
そして、人間が描かれていないのも難点ですね。キャラに全く魅力が感じられません。それは作品の性質上仕方ないのかも知れませんが、特にヒロインの高町が掴みどころがなく、どうしても絵が浮かんできませんでした。

本作最大の仕掛けが中盤に施され、読者を翻弄しますが、その必然性が全然ないじゃないですか。しかもいつの間にか用意周到に。いつどこでそんな物を調達できたのか不思議で仕方ありません。私はミステリ小説に於いて騙されるのは大歓迎です。しかしこの作者の手法はあまりにもあくど過ぎると思いますね。ただ欺くためにのみ施されたトリックなど必要ありません。
解説者は本書を絶賛していますが、それには同意しかねます。一体何がしたかったのか意味が解りませんし、トーンが暗くお世辞にも救いがあったとも言えないです。しかも、序盤の最大の謎であった連続小動物殺傷事件がなんとも簡単に流されているのにも不満を覚えました。呆気無さ過ぎて唖然としました。
この作者ははっきり言って小説家には向いていないと思いますね。デビュー以降の活動を見ても大した実績を残せていませんしね。そう云う事ですよ。少し言葉が過ぎました、不快に思われた方には申し訳ありません。

No.1062 8点 medium 霊媒探偵城塚翡翠- 相沢沙呼 2020/01/30 23:01
推理作家として難事件を解決してきた香月史郎は、心に傷を負った女性、城塚翡翠と出逢う。彼女は霊媒であり、死者の言葉を伝えることができる。しかし、そこに証拠能力はなく、香月は霊視と論理の力を組み合わせながら、事件に立ち向かわなくてはならない。一方、巷では姿なき連続殺人鬼が人々を脅かしていた。一切の証拠を残さない殺人鬼を追い詰めることができるとすれば、それは翡翠の力のみ。だが、殺人鬼の魔手は密かに彼女へと迫っていた―。
『BOOK』データベースより。

完敗(乾杯)です。これは久しぶりに凄いものを読んでしまった気がします。三冠は伊達ではなく、それまで日常の謎を主に書いてきた作者が初めて真っ向から本格ミステリに挑んだ力作で、もう最高傑作と言っても過言ではないと思います。『マツリカ・マトリョシカ』と並ぶ相沢紗呼の代表作になるのは間違いないでしょう。
途中までは割と普通かなという印象しかありませんでしたが、丁寧に読まないとつい伏線を見逃してしまいます。まさに伏線だらけ、後から思えば、ですけどね。


【ネタバレ】


これから先は、既読の方か終生本作を読まないと自分に誓える方のみ読んでください。読む予定の人、読むかも知れない人は絶対スルーしてください。後悔しても責任は負いかねます。


【ネタバレ】の【ネタバレ】


本当に良いんですね?
私は早い段階で作者の目論見を見破りました。と勝手に独り悦に入っていた自分の馬鹿さ加減を呪いたいくらい、愚かさで胸がいっぱいになりましたよ。おそらくそれは作者も織り込み済みであったのだと思います。更にその先に新たな地平線が待ち受けていたとは、予想もしませんでした。まだページ数が残っているが・・・と嫌な予感がしなかった訳ではないですが、それにしてもこれは。最後まで読んでしまった方、まだ大丈夫です。今からでも遅くはありません、本格ミステリ・ファン必読ですよ。

No.1061 6点 インサート・コイン(ズ)- 詠坂雄二 2020/01/30 22:40
スーパーマリオ、ぷよぷよ、スト2、ゼビウス、そしてドラクエ、ビデオゲーム史に燦然と輝く巨大タイトルを、さんざん遊び倒したプレーヤーの視点から描く、まっとうなゲーム小説って、ほんとうは、こういうことだ。ビデオゲームの高度成長期に青春を費消したファミコン世代、必読。シニカルな仮面の奥深く、やわい心を突き刺す傑作。
『BOOK』データベースより。

基本的にゲームは麻雀とパチンコしかしない私でも、それなりに楽しめたので、ゲーマーの方にとっては涙ものでしょう。第一話第二話で日常の謎を扱っており、オッこれはゲームだけじゃないな、ミステリとしても通用するのかと思いましたが、それ以降早くもネタ切れ気味でグダグダな印象。
詠坂雄二は結構ポテンシャルを持った作家と勝手に思っていて、毎回期待しているのですが、なかなか本領を発揮してくれませんね。早く『遠海事件』を超える傑作を書いて欲しいですよ。一応隠れファンなのでどうせなら月島凪を探偵役に据えた本格物を、と思いますね。たまには変化球じゃなく直球勝負で行ってくれ。

No.1060 6点 シャーロック・ホームズたちの冒険- 田中啓文 2020/01/28 22:43
シャーロック・ホームズとアルセーヌ・ルパン―ミステリ史に名を刻む両巨頭の知られざる冒険譚から、赤穂浪士の討ちいりのさなか吉良邸で起こった雪の密室殺人、シャーロキアンのアドルフ・ヒトラーが戦局を左右しかねない事件に挑む狂気の推理劇、小泉八雲が次々と解き明かす“怪談”の真相まで―在非在の著名人たちが名探偵となって競演する、奇想天外な本格ミステリ短編集。
『BOOK』データベースより。

解説では連作短編集とありますが、相互の関連性は全くありません。架空の人物を含めた歴史上の偉人有名人が探偵を務める本格ミステリの作品集となっています。ホームズの第一話はバカミスですし、ルパンはよくあるトリックではありますがちょっと意外でした。しかし、ホームズやルパンにはさして思い入れもないので、悪くはないと思いますが、どちらかと言えば平凡でしょうか。ヒトラーは当時の世相や戦局が背景にあったり、八雲は怪談話を論理的に解決していたりと、一々作風を変えています。全体としてクオリティはそれなりに高いのではないかと。

個人的にはやはり日本人の誰もが慣れ親しんだ赤穂浪士の物語『忠臣蔵の密室』が最も印象的ですね。元々ベースがしっかり出来上がっているので、そこに雪の密室が絡めば面白くない訳がないです。探偵役は果たして誰なのか、勿論映画やドラマ、或いは小説でお馴染みの主要キャストの一人です。そして内蔵助の決断とは?など魅力的なドラマ性たっぷりの逸品で、浅野内匠頭の切腹以後の模様が語られており、時代小説としても違和感は全くありません。ミステリとしては弱いですが、これは好感度が高いですね。

私は本格ミステリ志向が高いと自認していますが、こんな色物的なのを好んで読んでいるのは、実はそうしたどこか「外れた」小説に惹かれる為なのでしょうか。だから誰も読まない、或いは書評数の少ない珍品を読む羽目になるのかも知れません。生まれながらのマイノリティなんですよね。

No.1059 6点 浦賀和宏殺人事件- 浦賀和宏 2020/01/26 22:28
ミステリ作家浦賀和宏は悩んでいた。次作のテーマは「密室」。執筆が難航するなか、浦賀ファンの女子大生が全裸惨殺死体で発見される。彼女が最後に会っていたのは浦賀和宏!?そして…その裏にはもうひとつの事件が?愕然の結末!永遠のテーマ「密室トリック」に挑む講談社ノベルス20周年書き下ろし。
『BOOK』データベースより。

講談社ノベルス20周年記念企画袋綴じ『密室本』の一冊。
密室と言えるのは、ほぼ全編YМO塗れのページ数にして僅か16ページの作中作(真相はかなりショボい)であり、他は浦賀らしさが存分に感じられる本格ミステリです。まさにタイトル通りの内容ではありますが、そこはそれ作者らしく捻くれまくっています。初めてこの作家の作品を読む人は、浦賀和宏ってこんな嫌な奴なのだろうかと、真剣に思い悩むかも知れませんね。それこそが作者の狙いであり、術中に嵌ったってことになります。いずれにしてもファン必読の書であるのは間違いないと思います。

御手洗潔や二階堂蘭子、法月綸太郎、鹿谷門実らを揶揄する場面があったり、自作の名探偵マルコシを出してきたり、まあ色々とやってくれます。メタな要素をも取り入れ、禁断の一発芸を披露するなどサービス満点の内容となっています。
個人的には『密室本』の中では舞城王太郎の『世界は密室でできている。』の次に良く書けている作品だと思います。派手さはないけれど、後からジワジワ来ますね。

No.1058 7点 冷蔵庫より愛をこめて- 阿刀田高 2020/01/24 22:51
事業に失敗して精神病院に逃げこんだ男が退院してみると、妻はいきいきと働いていた。巨額の借金も返済したという。そんなとき、あの男とめぐり合った。あの男は妻の不貞を告げ、一緒に新商売をやろうと誘う。あの男の正体がやがてあばかれ……。ブラック・ユーモアで絶妙に味つけされた、才筆の出世作。
Amazon内容紹介より。

名手がその気になればこれだけの素晴らしい短編を書けるという見本のような作品集。全部で十八篇収められているが、一つもハズレがないのが凄いです。奇妙な味と言えばロアルド・ダールというのが鉄板だそうですが、本作はそれに肩を並べるか或いは凌駕するくらいの出来だと私は思います。いずれも残り数行で暗転したり、床が抜けるような感覚を覚えます。最後の最後までオチが想像できない物も多く、世界が反転する様を存分に味わうことが出来ますね。
似たような話がなく、それぞれ違う世界が広がります。ほぼブラックな味わいで、エッジが効いていたり、ホラーテイストであったり、とにかく印象に残る後味であるのは間違いないと思います。

まあデビュー作にして代表作でしょう。流石に短編の名人と呼ばれるだけのことはあります。多くの読者にお薦めできる作品です。

No.1057 5点 海底密室- 三雲岳斗 2020/01/22 22:39
深海4000メートルに存在する、海底実験施設「バブル」。取材に訪れた鷲見崎遊は、そこで二週間前に、常駐スタッフが不審な死を遂げていたことを知る。自殺としてすでに処理されてしまったひとつの“死”。だが、それはひとつだけでは終わらなかった。連続して発生する怪死事件。完全に密閉された空間の中で、なにが起きているのか。携帯情報デバイスに宿る仮想人格とともに、事件の推理に乗りだす遊だったが…。『M.G.H.』で第1回日本SF新人賞を受賞した新鋭がおくる、本格SFミステリー第二弾。
『BOOK』データベースより。

最終章、つまり解決編7点、それ以外3点で均して5点ですかね。いかにも本格を書き慣れていない作家が書いた本格ミステリって感じがします。
余計な描写が多々見られるし、主人公以外登場人物が十人くらいですが、二人を除いて誰が誰だか判別できないほど。まるで人形に台詞を喋らせている印象で、はっきり言って少々退屈です。密室トリックも禁じ手ですし、素人でも理解できるように図解でもしてくれと思いますね。ただ、真相だけはなかなか良く考えられています。

本格ミステリと言っても、伏線を丹念に張って回収しロジックで解決に導くというものではなく、奇想や意外性を重んじるタイプです。『少女ノイズ』は面白かったんですけどねえ、どうしたんでしょう。構想自体は見るべきものがあったと思いますが、文章に面白味がなかったのと冗長さが致命的でしたね。

No.1056 4点 億千万の人間CMスキャンダル- 清涼院流水 2020/01/20 22:41
それは、わずか十五秒の奇妙な悪夢から始まった。人気TV番組『ゴールデンU』に出ていた、もう一人の自分自身。あの「木村彰一さん」は誰だ?同じ街に住む、同姓同名で同い年のそっくりさん?「違うんだ、あれはおれじゃない!」日本中の注目を一身に浴びる中、彰一は不可解な陰謀から逃れようとするが…。著者渾身の新感覚ミステリ。
『BOOK』データベースより。

要するにもう一人の自分は誰なのか?というのがテーマです。同姓同名、同じ顔の自分だけど、自分のはずがない。木村彰一シリーズ、その裏に隠されているのは陰謀なのかはたまた超自然現象なのか。作者自身は文庫化に当たって、説明がくど過ぎるのとインパクト不足を是正する為、大幅に縮小して加筆修正したそうですが、残念ながらインパクトの大きさは全く感じませんでした。オチが披露された瞬間、はあ?ですね。分かったような分からないような、一瞬の間の後理解できましたが、ここまで盛り上げておいてそれかいと思いましたね。

巻末に特別寄稿として40ページに亘り延々自慢しています、文庫化の狙いはそれだったのかと勘繰りたくなります。己の武勇伝を実在の人物であり親友である(という設定の)木村彰一に語らせ、めっちゃ自画自賛しています。曰く清涼院流水は不世出の作家、眠らない男、アイディアが枯渇することがない、天才、時代の先を幻視しているなどなど。まあここまで自分を褒め称えられる人はそうはいないですね。だから誰も注目しないんじゃないかと思ったりします。ミステリ作家としてはもう終わった人だけど私はまだまだ読みますよ、流水大説を。

No.1055 6点 可視える- 吉田恭教 2020/01/19 22:12
「幽霊画の作者を探して欲しい」画商の依頼を受け、島根県の山奥に佇む龍源神社に赴いた探偵の槇野康平は、その幽霊画のあまりの悍ましさに絶句する。そして一年が過ぎ、警視庁捜査一課の東條有紀は、搜査員の誰もが目を背ける残虐な連続猟奇殺人事件を追っていた。不祥事から警察を追われて探偵となった男と、自身の出生を呪う鉄仮面と渾名される女刑事が難事件を追う!
『BOOK』データベースより。

実業之日本社文庫版改題タイトル『凶眼の魔女』にて読了。
警察小説、本格ミステリ、ホラー、ハードボイルドなど様々な要素を含んだサスペンス小説。連続猟奇殺人事件を扱った作品で、接点のないまま女刑事と探偵が同じ事件を別角度から追うという構成になっています。両者ともに人物造形はしっかりと出来ており、すべての登場人物が個性的に描かれています。一方で事件の被害者の殺害状況は一貫して悲惨なもので、特に三人目の被害者の惨状は目を瞠るものがあります。淡々と見た儘を書かれていますが、結構グロいですので念のため注意してください。

二転三転するプロットはなかなか読み応えがあり、グッと惹きつける魅力を持っています。最後まで犯人像が見えてきませんが、結局はなるほどそう来たかと感心させられました。ラストの○○と●●の対決には不自然さが付き纏う気もします。何故●●が親切にあれこれ語るのかが疑問ですし、真犯人に人間性の欠如というサイコパスらしい不気味さがなく真実味が感じられないのも気になりました。そこまで残酷になれるのかという暗い情念と、緻密な計画性が相反するように思えてなりません。
しかし、総じて力作であり異色作だとは思います。これでもかと詰め込み過ぎなのは、作者なりの読者サービスなのでしょう。

No.1054 6点 彼女が追ってくる- 石持浅海 2020/01/17 22:20
旧知の経営者仲間が集う「箱根会」の夜、中条夏子はかつての親友・黒羽姫乃を殺した。愛した男の命を奪った女の抹殺を自らの使命と信じて。証拠隠滅は完璧。さらに、死体が握る“カフスボタン”が予想外の人物へ疑いを向ける。夏子は完全犯罪を確信した。だが、ゲストの火山学者・碓氷優佳は姫乃が残したメッセージの意味を見逃さなかった。最後に笑う「彼女」は誰か…。
『BOOK』データベースより。

倒叙ミステリと言うのは犯人の心理がどれだけ詳細かつ繊細に描かれているかが勝負の一端だと思います。その意味でこの作品は成功しているでしょう。箱根会の仲間たちがああでもないこうでもないと推理を巡らす間にも、夏子の心情が細部に至るまで描かれているので、読み手としては臨場感を味わうことが出来、さらにその時々の状況を知ることが出来ます。

問題は優佳がどのように夏子を追い込んでいくのかですが、意外とあっさり窮地に立たされ、すんなり罪を認めてしまいます。えっこんなことで?というのが正直な感想ですが、まあ確かに急所を突ているとは言えると思います。却って煩雑な論理展開の末に徐々に迫っていくよりも、スッキリしていて良いのかも知れませんが。しかし、その後のカフスボタンの謎や被害者である姫乃の奸計にはかなり意表を突かれました。まさに最後に笑うのは誰か?って訳ですよ。
ところで作中には優佳は童顔であるとの記述がありますが、ノベルスの表紙はどう見てもクールビューティな美形なのはどうしたものでしょうね。どうでも良いですが。

No.1053 5点 幻惑密室- 西澤保彦 2020/01/15 22:41
ワンマンで女好きの社長宅で開かれた新年会。招待された男二人と女二人は、気がつけば外に出ることが出来なくなっていた。電話も通じない奇妙な閉じられた空間で、社長の死体が発見される。前代未聞の密室の謎に挑戦する美少女・神麻嗣子たち。大人気「チョーモンイン」シリーズ長編第一作、待望の文庫化。
『BOOK』データベースより。

ある意味で密室殺人を扱ったこの事件、これは凄いと思いましたが、うっかり忘れていました。チョーモンインシリーズ第一作という事を。超能力がありならば、どんな殺人事件でも書けるよね。でもその特異設定を存分に生かしながら、更にそこを超えていく論理展開が見られます。まあしかしインパクトには欠けますね。意外な犯人は良かったけれど、なんだか脱力系な感じでどうもスッキリしません。

ジャンルはSFになっていますが、本格ミステリで良いんじゃないでしょうか。本質的には本格ですよ。まああまり期待せず、肩の力を抜いて楽しめばそれでいいのかなと思いますが。
ノベルスの挿絵は神麻さんは可愛いけど、能解警部はあまりに酷い。デフォルメし過ぎなせいか、私の最も苦手とするタイプにしか私の目には映りません。

No.1052 5点 くくるくる- 一肇 2020/01/13 22:18
高校入学式の翌日、語木璃一は公園で一人の女の子に出会う。その少女は桜の木の枝に荒縄をくくりつけている。うーん、ひょっとしてこれは首吊りってやつですか?桜の花びらが降り、少女が宙に浮かぶ…と、同時にぶちんと音がして少女はそのまま落下!「げうー。もう百二十二回め!また首吊りに失敗!」―自殺を試みようとするたびに天変地異が巻き起こり絶対に死ねない少女・なゆた。そんな彼女に一目惚れしてストーキングする少年・璃一。桜の下で巡りあい“括る繰る”でクルクル回る不思議な恋物語のはじまり。
『BOOK』データベースより。

何度自殺しようとしても死ねない少女なゆたと、彼女と出会い観察者兼記述者となった璃一のボーイミーツガールの物語。ですが、単なるラブストーリーではありません。主要キャストは他に璃一の妹ありす、全国を股に掛ける連続殺人鬼キリングK、警視庁捜査一課警部補霧ヶ峰しずかの五人だけ。それでも紆余曲折あり、なかなか面白い物語に仕上がっています。特に最終局面はそれまでののほほんとした雰囲気が一転、とんでもないスケールと作風からは想像もできないような○○ぶりを見せます。油断なりませんね。
一応なゆたが自殺する度に起こる天変地異の理由も明かされます。勿論物理的な面からではなく何故なのかという観点からのアプローチではありますが。

それにしてもラノベの男子は何故誰も彼も喜怒哀楽がないのでしょうね。腹が座っているというか、一見普通の男子を装っているものの、一般的な感覚から相当ずれているのが定番なのが不思議です。しかし本作はそれを利用するようなある仕掛けが施されており、只のラノベと思っていると足を掬われることになりますよ。
作者はあとがきで触れているようにプロットは考えないらしいです。どうやらそれぞれのキャラが独り歩きしていく模様。それも才能の一種なんでしょうね。

No.1051 6点 倫敦時計の謎- 太田忠司 2020/01/12 22:15
ロンドンのビッグベンを象った大時計の完成式典で、針が十二時を指した時、仕掛け人形のかわりに死体が飛び出した。死んでいたのは奇矯な行動で知られる時計作家弥武大人。出馬を要請された作家探偵霞田志郎の苦悩を嘲笑うかのように、さらに殺人は続いた。地元有力者高野の屋敷で、大人作の巨大な砂時計の中から孫娘あずみの死体が発見されたのだ。やがて事件の背後に横たわる巨大な悪意に気づいた志郎は…。『上海香炉の謎』に続く人気本格推理シリーズ待望の第二弾。
『BOOK』データベースより。

弥武大人が製作する時計の関係者が次々と密室で死んでいく事件そのものは、大変派手で雰囲気もあり、まさに本格の王道を往くと言っても過言ではありません。これぞコテコテの本格ミステリって感じです。しかし、それに対する真相はトリックも含めてあまりに予定調和的で、私の好みではありませんでした。事件の裏に隠された陰謀も予想の範囲内でしたし、どこにも突き抜けたところがなかったのが悔やまれます。

探偵役の霞田志郎や妹の千鶴もあまり個性が感じられず、強烈な印象を残す作品とはまた違った形のやや地味目な本格推理だったと思います。ただ、テンポが良いのと読後感が意外に爽やかだったのは褒められる点ではないでしょうか。
期待したほどの出来ではなかったですが、まあ良作と言って良いのではと思いますね。

No.1050 5点 屍蝶の沼- 司凍季 2020/01/10 22:30
中国地方の山里・羽室町で発見された美少女の死体。焼けただれた惨殺死体には、犯人の猟奇的な刻印が残されていた。しかも発見場所の通称“幽霊沼”には、昔から奇妙が噂が…。町のミニコミ誌記者・稲葉菜月は事件を追うため、かつての恋人でフリーライターの高野舜を呼ぶが、町に残る因習に阻まれ、事件は闇のまま。しかし、新たな惨殺死体の発見を契機に、二十年前に隠蔽された“謎”が浮上。驚愕の真実を追う高野は、さらなる恐怖のなかにのみ込まれていく!流麗な筆致で描かれた、美しくもおぞましい未体験の恐怖!ホラーと社会推理を融合させた意欲作、登場。
『BOOK』データベースより。

さて登録登録♪と思ったら、まさかの登録済み。しかも書評まであるとは、恐るべし『ミステリの祭典』。見る限り司凍季の全作が登録済みのようですね。しかもこんなマイナーな作品までとは驚きました。

大して面白くもないのに何故か読みたくなる司凍季。でも本作は出来が良い方です。ホラーなのかサスペンスなのか本格ミステリなのか、しかし最後は島荘ばりの社会派に大変身します。この豹変ぶりには流石に吃驚でした。司凍季は島田荘司の影響を強く受け、特に『奇想、天を動かす』に深い感銘を受けた作家で、この作品にもそれが顕著に現れています。改題前のタイトルは『去勢された蝶たちの森』、ちょっと意味が解らない感じがしますけど。

印象としてはプロットが散漫で話があちこちに飛び過ぎな感が否めません。そして文章が相変わらず下手。もう少し纏まりがあってそれなりの文章力を持っていれば、本作は凄い作品になったかも知れません。
あと、背の低い人々が沼に次々と飛び込む件が最後まではっきりせず、謎解きも何の伏線もなく解かれていく様はかなり残念でした。動機も曖昧。ただ事件の奥に隠された真実には意表を突かれましたね。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1829件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
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島田荘司(25)
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