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[ 短編集(分類不能) ]
名も知らぬ夫
新章文子 出版月: 2019年04月 平均: 7.00点 書評数: 3件

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光文社
2019年04月

No.3 7点 ぷちレコード 2023/05/16 22:08
作者は宝塚歌劇団出身という経歴を持つ乱歩賞作家。
8編を収録した本書では、主として女性の視点から人の心に中で殺意が成長していくメカニズムを描いている。
表題作は、長く音信不通の途絶えていた従兄に恋した女性が窮地にはまっていく話で、日常が悪意に侵食される過程には有無を言わせない凄味がある。

No.2 6点 メルカトル 2020/06/29 22:34
婚期を過ぎて母とつましく暮らす市子のもとに、二十五年前に音信を絶った徒兄の圭吉が訪ねて来た。市子に昔の記憶はないが、目の前の中年男は優しく魅力的だった。ほどなく二人は一つ屋根の下で暮らし、結ばれるが、日を追って男の正体が明らかに―。巧みなプロットで読む者を引き込む表題作など、女性ならではの繊細な心理描写が光るサスペンス推理八編を収録!
『BOOK』データベースより。

目茶苦茶読みやすいです。が、ほとんどが平均点レベルの作品で、これは凄いと唸らされるようなものは見当たりません。1959年から1964年に書かれた短編で、表現に古さは全く感じられません。逆に言うと昭和テイストがあまり味わえないとも言えますね。
『年下の亭主』は一捻りしてあり、好みの範囲ではあります。心理サスペンスとしてもミステリとしても引き込まれます。
『不安の庭』は展開が読めず、途中ハッとさせられるようなシーンもあり、なかなかの逸品だと思います。
上記二作がツートップですね。しかし、最初に書いた様にそれぞれが平均的な出来なので、読者によって各短編の評価はまちまちになってくるでしょう。決して悪くはないのですが、何か突き抜けた部分があるのかと問われると、残念ながら否と言わざるを得ません。この年代の表立っていない作家の珍しい作品をと思われる方だけ読めば良いんじゃないですかね。

どうも個人的に光文社はイマイチなんですよね。編集者が悪いのか、作家があまり乗り気でないのか、これといった傑作名作が少ないと思われてなりません。

No.1 8点 人並由真 2019/07/19 14:59
(ネタバレなし)
 山前譲さんの編纂(&解説)による、昨今ではあまり顧みられない名作短編を作家単位で集成した、光文社の近年の好企画「昭和ミステリールネサンス」シリーズの3冊目。
 少し前に同じ作者の長編『女の顔』を読んだばかりの評者だが、巻末の山前さんの解説にあるように、新章文子は長編もさながら(長編よりも)短編分野でこそ本領発揮なのではないか、という実感を強める一冊。
 基本的には、昭和期の市井の家庭内で起きる人間の欲望や情念絡みの短編を主体に8本集成してあるが、どれも1950~70年代の翻訳ミステリ誌に掲載されるノンシリーズのクライムストーリー、またはサスペンス編のような洗練された食感。正に粒ぞろいの短編集である。
 今で言うイヤミスっぽい作風のものも少なくないが、なんかこの作者の場合、あえて読者を登場人物に過度に感情移入させず、離れた距離から物語を見守るように誘導してくれる感じなので、どの作品も後味は悪くない。
 良い意味で他人事の、情念と皮肉に彩られた物語を、舞台の外の客席から見届けるような緊張感と心地よさがある。

 メモ代りに各編の感想&コメントを残しておくと

『併殺(ダブルプレイ)』……巨匠シナリオ作家の愛人となって、自分自身も脚本家デビューした中堅女優の話。表向きは妹分、実際には自分の自尊心を満たすため見下していた後輩に追いあげられる心理、そして凝縮されたハイテンポな筋運びが読みどころ。

『ある老婆の死』……金を溜め込んだ老婆と、その財産がつまる金庫を狙う親族との攻防。日本版「ヒッチコック・マガジン」に掲載される翻訳ミステリ的なブラックユーモア編。

『悪い峠』……財産家の双子の姉妹にたかろうとする孤独で貧乏な老婆と、その先で起こる思わぬ事件。死亡推定時刻の確定がそんなに厳密かは気になるが、短編ミステリとしての流れの組み立ては本書中でも上位。

『奥さまは今日も』……愛猫を失った金満家の熟女が、寂しさをまぎらわすために下宿人(のちに夫)を呼び込む話。夫となる男、陰から事態を演出する女中と三者の思惑のからみ合いが巧妙。

『名も知らぬ夫』……実母と二人暮らしのオールドミスが、突然現れた従兄弟と名のる男と出会い、物語が進む。本書の中では、仁木悦子が称えたという作者・新章文子の「女」の部分を最も感じた作品のひとつ。最後まで(中略)というのも、作者の確信的なアイロニーだろう。

『少女と血』……社会人の十代の姉と二人暮らしの少女の生活に、妹のかつての恩師だった青年教師が割り込んでくる話。これは上で名前を出した、その仁木悦子の<子供もの>っぽい。ラストはちょっとだけ通常のミステリの枠組みからはみ出しかけたか。

『年下の亭主』……金持ちの女房にたかる髪結いの亭主が競馬好きで……という話。新章作品にはしばし、割と妙なユーモラスさが感じられるのだが、これはその辺の味わいが濃く出た一編。ただしツイストをきちんと設け、短編ミステリとしての形質もおろそかにしていないのは流石。

『不安の庭』……女房の方が財産がある中年夫婦。だが子供がいなくて、知人の助産婦の老婆の仲介で女児の赤ん坊を養子にする。そう長くない紙幅の中で二転三転する筋立てが鮮やかで、もし自分が昭和期のテレビ業界人で、本書の中から、一時間ものの単発ミステリアンソロジー番組用の原作をひとつ選べ、と言われたら、迷った末にこれにするのではないか。細部では勢いに任せて話を進めだ部分も皆無ではない気もするが、本書のトリを務めるに十分な秀作。

 なんにしろ予想以上に面白かった。ミステリファンの研究サイトとかを見ると、新章作品はまだ書籍になってない雑誌に初出のままの短編もかなり多そうなので、そのうち二弾・三弾も出して欲しい。


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新章文子
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