皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ サスペンス ] 嫉ける |
|||
---|---|---|---|
新章文子 | 出版月: 2021年08月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 講談社 2021年08月 |
No.1 | 6点 | 積まずに読もう! | 2025/08/03 15:18 |
---|---|---|---|
【あらすじ】
ファッションモデル戸倉由里亜は元カレの柾目秋介が友人で同業の松宮のり子と付き合いだしたことを知り、心を乱されていた。一方松宮のり子は格下に見ていた由里亜が男としても、カメラマンとしても一流の戸倉作也と結婚したことに不満を抱いていた。しかし新たに秋介との関係を持ったことで、由里亜がすごく嫉いていることを知り、悪魔的快感に酔いしれている。そんな折、戸倉作也は由里亜の心が離れかけていることを知り、のり子にある芝居を打つように申し入れる。逞しい作也に惹かれるものがあるのり子は作也を誘惑し、由里亜に対しさらに優位に立とうと画策する。そして…… 【登場人物】 〇戸倉由里亜 25歳。ファッションモデル。華奢で少女っぽい。戸倉作也と結婚しているが、捨てたはずの柾目秋介がのり子と付き合いだしたことを知り、未練を隠し切れなくなった。長嶋雄太郎からは「ストールの君」と呼ばれている。 〇松宮のり子 25歳。ファッションモデル。由里亜の高校時代からの友人。由里亜とは反対に長身で堂々たる体躯。性格も奔放。 〇戸倉作也 50歳過ぎ。大物カメラマン。逞しい肉体を持ち、大人の風格。 〇柾目秋介 26歳。売り出し中の推理作家。中肉中背だが、なかなかの男前。由里亜の元恋人だが捨てられ、いまはのり子と付き合っている。 〇長嶋雄太郎 23歳。長嶋薬局店主。薬剤師。丸々と太り、図々しいが人の好い性格。ある夜、硫酸を買いに薬局に訪れた由里亜に一目ぼれする。 〇野田金次郎 23歳。雄太郎の薬科大学の同輩。一流製薬会社勤務。のり子が住む高級アパートの隣人。雄太郎とは正反対で、長身だが気の弱い性格。のり子からは「馬面さん」と呼ばれている。 〇立花平吉 23歳。戸倉作也の助手。のり子に言わせると、ラッキョウが逆立ちしたような顔。 【感想】 出来るだけ配慮していますが、ストーリーの内容には詳しく言及しています。イヤな人は注意してください。 1962年5月刊行の長編としてはかなり短い小説です。登場人物も限られ、ストーリーも受け身である由里亜と仕掛けるのり子との応酬を中心に、彼女たちに引きずり回される愛人たちと、偶然に彼女たちと関りを持った若者の懊悩ぶりを、新章文子にしては軽めのタッチで描いています。文子先生にしては珍しく、読後感もそれほど悪くないです。 相変わらずミステリ的な趣向にはまーったく興味を示さない文子先生ですが、正反対の女同士による嫉妬についてはじっとりむっちり、微に入り細を穿ち実に巧みに描いていきます。なにしろ彼女たちの行動の規範はすべて相手に対する嫉妬であり、その感情のまえには仕事や近親者の感情といった要素はすべて排除されます。取り巻きの男たちが今回の小説では一様に常識人として描かれていて、彼女たちの身勝手ぶりは清々しいほどです。これは作者が意識してやっている事でしょう。逆説的に言えば、感心させどころは、ほぼそれだけです。それで長編を保たせているのですから、文子先生の筆力は相変わらず達者です。 この作品では二人の人物の死が扱われますが、そのうちの一人の人物の殺害についての合理性は相変わらず低いです。人物の嫉妬や感情の機微に関してはあれほど巧妙に描き出すことが出来るのに、ミステリ的要素に係る人物の動きに関しては、乱歩賞作品含めてもんのすんごく不器用、というか取って付けたような仕上げにしかできないのは、もう文子先生に関しては仕方がないです。ミステリの愉しみはそれだけではないので、それ以外の部分を味わいましょう。ちなみに最後の脱力系のオチは賛否両論だと思います。私はOKです。 この作品、人物をもう少しカリカチュアしてコメディ風のサスペンスに仕上げたら、ストーリーの無理も目立たなくなり、小洒落た良い映画になったのではないでしょうか?東映や東宝、松竹ではこういう作品は無理なので、大映の市川崑「穴」や同時期の「黒い十人の女」みたいな感じですね。ただ市川崑や和田夏十はビンボ臭い国産作品には目を向けないと思うので、ここは日活に引き受けてもらって、井上梅次か中平康あたりを監督にして低予算のプログラムピクチャに仕上げていただきたかったもんです。のり子は白木万里、由里亜は芦川いづみ、戸倉作也は二谷英明、柾目秋介は川地民夫あたりでしょうか。すみません、ミステリには関係のない話でした。 同時期のミステリ傑作群と比較するわけにはいきませんが、軽い読み物として文子先生の人のわるさを愉しむ分には悪くないと思います。6点です。 |