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[ サスペンス ]
バック・ミラー
新章文子 出版月: 1960年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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桃源社
1960年01月

No.1 7点 積まずに読もう! 2024/10/04 23:28
【あらすじ】
(詳しくストーリーを説明すると台無しになってしまうので、今後の読書の興を削がない程度の内容しか紹介していません。それでも嫌な人は注意してください)

短大を出たばかりの青地有美は宣伝誌の編集部員として歌人河野いさ子を訪ねたが、その俗離れした美しさにたちまち魅了された。話をするうちにいさ子は有美の母、孝子と古い友人であったことが判る。前日孝子は、執拗なほど有美がいさ子を訪問することに水を差してきたが、旧友のもとへ有美を行かせたくなかったのは明らかであった。
何事も理屈通りに、物事をはっきりと決着をつけないと気が済まない有美と、一人娘ゆえ何かと有美の行動に干渉し、京女の典型で煮え切らない態度の孝子。母娘としてのソリは合わず、父親幹雄には素直になれても、母親に対して有美はつい反抗的な態度に出てしまうのであった。有美は母親と何もかもが正反対のいさ子に傾倒し、その息子一郎に惹かれていく。
一方、孝子はどうしても有美をいさ子や一郎に近づけたくない理由があった。有美の性格上あまり詮索すると意固地になってしまうことが判っており、成り行きに気を揉まずにはいられない。青地母娘と同様、いさ子との仲がしっくりいっていない一郎の妹早苗とも有美は知り合いになっているようで、事態は抜き差しならぬ方向へ進み始めている。孝子は追い詰められ、いたたまれずある行動を起こす……。
そんな中、いさ子が突然ガス管を咥えて自殺したことが報道される。それほどまで深い付き合いには至っていなかったが、有美はどうしてもいさ子が自殺をしたとは思えなかった。有美は河野家の人々やいさ子の愛人郷田、いさ子の別れた夫江藤家の人々と積極的に接触し始める。そしてまた新たな死が・・・・・。
骨肉ゆえ諍い、傷付けあう母娘。奔放な母親に翻弄される兄妹。誰も悪意をもって動いていないのに、事態はなぜこうも悪い方向に向かっていくのか?夏の京都を舞台に悲劇の幕が開く。

【感想】
(出来るだけ配慮していますが、ネタバレが嫌な人は注意してください)

面白かった筈なのに内容をさっぱり忘れている小説がありますが、内容的にはまあまあだったのに、いつまでもディテールに至るまで記憶に残っている小説があります。新章文子の『危険な関係』は少年時代に黒背の講談社文庫で読んだきりで、今手元にはありませんが、いまだにメグと呼ばれる登場人物や邸内の運転手役、メグが運転手の忠誠を試すために、ガス火(ライターだったか?)で指を炙らせるシーン、最終ページの台詞での物語の締め方などを今でも思い出すことが出来ます。
今回『バック・ミラー』を読んで、ああ、新章文子、こんな感じだったよなということをまざまざと思い出しました。多視点での物語進行。熱量を感じさせないが、それでいて登場人物の焦燥や絶望を絶妙に伝えかけてくる文章力、描写力。抜群の会話文の巧さ。
この小説、謎という要素がほぼありません。いや、基本的にやっていることは横溝正史やロス・マクの長編と同じなので、構成方法によってはかなり複雑な「謎」にすることが可能なはずなのですが、作者はさっさとそれらを早い時点で提示してしまいます。つまり従来のミステリの全く裏っ返しになっているわけですね。「謎」のために最後まで隠し通さなければならない犯罪や出来事の事情を早々に提示することによって、自然な形で登場人物の矛盾した言動や迷い、懊悩、滑稽さ、狡猾さをじっくり描き込んでいるわけです。藤木靖子や南部樹未子、ちょっと肌合いは違うが藤本泉など、女流作家の達者であるけど、地味な作品群がもう少し評価されてもいいのではないかと思います。その中でも新章文子は抜群の巧さです。
この小説は前述のとおり多視点ですが、主に青地有美と河野早苗を中心に物語は展開します。
青地有美はその若さ、世間知らず、持ち前の性格によって、一本気だが思慮に欠け、経験不足ゆえの狭量さのため、他者、特に肉親に対しての配慮が足りず、時には自分勝手で傲慢でもあります。ゆえに世話をしたはずの高校生の早苗にさえ「底の浅い考え方をする人だと思う。おっちょこちょいなんだわ、とも」思われてしまう。ただ無駄に行動力があり、結論を急ぐため、自らの至らなさを結果的思い知らされることになり、常にイライラしています。
その母親の孝子は典型的な京女で、明確な意思表示はしませんが、基本は頑迷。くどくどと小言を述べる母親に反抗し、いつも不機嫌な娘。若い娘のいる家庭の一時期どこにでもある風景ですが、ある一つの秘密を頑迷に抱えているために、すべてのバランスは狂い、崩壊に向かっていきます。このプロセスが実に巧く描かれています。
いさ子の娘である高校生早苗についても個性的な造形がなされています。この小娘、生活力、行動力は無いくせに、他者から厚意を受けても一切感謝することなく、周りの大人が迷い、懊悩し、ときには死に至るさまを実に底意地悪く見つめ続けます。例えある人物を救える立場にあっても、あえて積極的に動くことをせず、「自己」を保ち続けるのです。そのように自ら進んで「孤立」を求めているような早苗が、四明嶽で2体の白骨死体を発見することで、精神的均衡を得るエピソードがありますが、これを読んで岡崎京子の『リバースエッジ』が思い浮かびました。岡崎京子はヴァーセルミやアーヴィングは読んでも、新章文子の本を手にすることはないと思いますので、これは女性ならではの感性でしょう。男には思いもよらぬことです(差別とか言わないで)。
結論です。ストーリーテリングは抜群。修正一切なしのネイティブな京ことばを嫌味なく小説の中に活かせる技巧も逸品。モブ含めた登場人物も非常によく描かれている。枚数の関係か、ダレるような要素も一切ない。技巧的にP・ハイスミスと遜色は無いのではないのではないかと思います。そして肝心のストーリーは・・・・・・・・。ストーリーは・・・・・・・。
これはアカンわ・・・・・・。京風に言えば、あかんあかん。内容が安易とかそういうことではなく、救いというものが一切ないのです。現役のミステリ作家のように作為的にではなく、巧まずしてこれをやっておられるわけです。文子先生は。読んだ後のやるせなさに私は、ちょっと叫んでしまいました。講談社を始めとする出版社が文庫でこれを再販しなかった理由がわかる気がします。ただ前述のとおり、広義のミステリを受け入れられる度量のある人にとって、完成度は低くないです。よって評点は高めです。ぜひ実際に読んで叫んでください。

蛇足ですが、某書評家が言い出した、イヤミスとかバカミスとかいう、作者が懸命に描き出した世界観を十把ひとからげに規定してしまうようなジャンル分けは、作者に対して非常に失礼なのではないかと思っています。一部それを迎合するように「合わせてくる」作者も同類ではありますが・・・・・。ごめんなさい、余計なことを言いました。


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