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[ サスペンス ]
女の顔
新章文子 出版月: 1962年01月 平均: 6.50点 書評数: 2件

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文藝春秋新社
1962年01月

講談社
1984年08月

No.2 7点 積まずに読もう! 2025/08/16 17:15
【あらすじ】
詳しくストーリーを説明すると台無しになってしまうのと、人並由真様が既にあらすじを書いておられるので、ここでは登場人物の整理を行っておきます)

〇夏川薔子(しょうこ) 24歳 完璧な美貌を持ち、乞われて女優となるが、自意識過剰で役になり切れず、その才が無いことを自覚している。女優を辞め、平凡な暮らしに憧れるが、意志薄弱な割には自己愛が強く、結果的に周囲を翻弄する。仕事からの逃避先の京都で勉と出会い、惹かれる。
〇葉山勉 20代半ば 京大医学部卒のインターン。京都で薔子に逆ナンされ、関係を持つ。長身かつ精悍な美貌を持ち、野心家。薔子に惹かれつつ、平凡ではあるが母性的な節子との関係も断ち切れない。
〇(伊藤?)(野上?)節子 19歳 美大に通う京都旧家の娘。勉に惚れ込んでいる。美人ではないが現実的で行動力があり、薔子と勉の関係にいち早く勘付き、探りを入れる。
〇夏川兼子 64歳 医学博士。薔子の母。英輔を養子として迎え、夏川医院の副院長として経営に手腕を発揮してきたが、病気のため失明して現在は杉原卓二に医院の運営を任せている。
〇夏川英輔 故人 婿として夏川家に入ったが、医師としての情熱もなく怠け者で、女好きは終生直らなかった。糖尿病で死亡。
〇夏川葉子 40歳 夏川家の長女ではあるが、英輔が女中に産ませたため、夏川家直系の血族ではない。若いころ駆け落ちして家を出たが、娘道子を連れて今は夏川家に出戻っている。
〇夏川道子 20歳 葉子の娘。能天気。
〇杉原卓二 40半ば 夏川医院の雇われ医師。ある秘密と企みのもと、図太く夏川家の人々に接する。
〇倉敷保樹 30前 新鋭の映画監督。親ゆずりの財力でプロダクションを設立し、世間に才を認められている。渋る薔子をなんとか懐柔して3本目の映画を撮影中。薔子とは婚約中であるが、自分勝手な薔子に見切りをつけ始めてもいる。
〇服巻利元 40半ば 赤ら顔の酔いどれ闇整形外科医。腕は良い。

【感想】
(出来るだけ配慮はしていますが、ネタバレが嫌な人は注意してください)
いいですね。新章文子。今回は完璧な美貌を持ちつつ、人格的には全く未熟な女性を主人公にしており、文子先生が持つ美点をかなり活かせる設定となっています。生まれつきの美貌を持ち、両親が医者の娘で経済的にも恵まれている女性が「気まぐれで、自分を過信し、自分を誇りたいくせに自分というものを全く持たない女。そして、誰よりも自分が大事な女」になってしまうことは無理のない事(女性の皆さん、失礼!)です。美貌以外にこれといった才もなく、他動的な性格の薔子が映画女優という、特別なタレントとある種の図太さを必要とする職業に適合せず、打ちのめされる事情と、意志薄弱だが金銭に全く不自由していないが故に引き起こす身勝手な行動が実によく描かれています。薔子を取り巻く男たち、努、倉敷保樹、杉原卓二は彼らなりの思惑で薔子を利用しようとしますが、彼らの計算通りになかなか薔子は動いてくれません。自己の無能さと女優として生きていくことの辛さを背負うことは、自分の性格では無理であるにも関わらず、名を成したい気持ちを捨てきれず、悶々とする薔子。遂には完全に女優を諦めて出奔し、京都の努のもとに走りますが、強引な映画会社に引き戻されます。すべてに行き詰まった薔子ですが、母の死についてある事実を掴んだことをきっかけに、思い切った行動を起こすまでのプロセスも好調。努や倉敷保樹の打算や狡さも無理なく嫌らしく、ストーリーテリングは抜群です。努を愛するが故に狂言回し的役割を果たす節子の造形もいいですね。妙な行動力と決断力があり、そのうえ京女らしく芯はねっとりした良いキャラです。抜群の美貌ではあるが意志薄弱の薔子と、美人というわけではないが自分なりに自己を磨き、一途な節子(但し性格が良いわけではない)は良い対比です。これは文子先生意識しての配置でしょう。
内容的にも『危険な関係』に次ぐ形でミステリの傾向が強いです。とは言え文子先生ですので、謎の手の内は早々に読者の前に開示されます。いわゆる「XXのないXXX」トリックですが、そこが物語の重点ではないのでご心配なく。
ただ実行される犯罪は新章文子諸作に倣い、相変わらず乱暴です。DNA鑑定などが無かった当時においても、この怪しい状況においては露呈する確率1000%でしょう。このあたり、似た作風の創元系フランスミステリの作家(そんなのあるのか?)なら、もうちょっとうまく処理してくれるのになぁ、と思ってしまいます(煙に巻くとも言う)。
『嫉ける』でも言及しましたが、本作も視覚的に処理したら結構良い映画になるのではないかと思います。最後の場面は自分の美貌に絶望した薔子と努の整形外科病院での対峙ですが、包帯で顔をくるぐる巻きにされた薔子の状況なんかは、『シンデレラの罠』っぽくないですか?ラストも映像のほうが映えると思います。皆さん興味ないかもしれませんが、もし映像化するとすれば、東宝の鈴木英夫の監督で、薔子はクールビューティの司葉子。節子は団令子あたりではどうでしょうか?無論白黒低予算で。
この物語、全員が得することなく、関係者すべての行動が徒労に終わるようにすることも出来たはずです。というよりも、最初の文子先生の構想ではそのようなラストだったのではないかと推察します。ところが薔子は最後の最後で心変わりをします。その原因を薔子の「他愛のない感傷」としていますが、大衆小説として、あんまりにもあんまりの結末を乱発した文子先生に編集者が余計なことを言ったのではないかと考えてしまいます。この物語については、突き放したラストにしたほうが良かったと思いますね。その方が文子先生らしいですよ。瑕はありますが、ストーリーは良くできているので超甘目で7点です。

No.1 6点 人並由真 2019/03/20 23:28
(ネタバレなし)
「東洋映画」の専属女優で24歳の夏川薔子(しょうこ)は絶世の美貌を誇りながらも役者としては致命的なほどに演技力に欠け、東洋映画の主力監督で婚約者でもある倉敷保樹の手を煩わせていた。女優業からの引退を何度も考えながらも稀に演技や表現がうまくいった時の達成感と周囲の賛辞の味が忘れられない薔子は、転身する勇気も湧かなかった。映画製作の日程に空白期間を見出した薔子はカメラから逃げるようになじみの地・京都への旅路につき、そこで知り合った京大医学部のインターン・葉山努と肉体関係を結ぶ。今後の関係の継続を願う努を振り切って東京に帰る薔子だが、自宅で彼女を待っていたのは元女医であった実母・兼子の頓死の知らせだった。だが母の死の状況に不審を感じた薔子は…。

 ややこしい(今風に言うならめんどくさい、か)心情の主役ヒロイン像を主軸にした普通小説っぽい作りで開幕し、途中から殺人事件? フーダニットの謎? を追いかけるミステリっぽくなる。それでそれ以降は双方のジャンルを行ったりきたりするような、そんな感触の長編作品。まあ確かに広義のミステリの一冊ではあろうが、確実に謎解き作品またはサスペンスものの定石を外している。
 ただ読み物としては、この掴みどころのない感じの筋運びに妙な緊張感が見出せて、最後まで結構面白かった。
 今回は1984年の講談社文庫版で読んだけれど、巻末の解説は同時期の乱歩賞作家ということで多岐川恭が担当。その多岐川はくだんの1980年台前半の観点で、作者・新章文子の主人公・薔子の突き放した描き方がドライだと書いている。まあそれはそうなんだろうけど、21世紀の今読むと、自分の心のままに生きていこうと迷いながらも一歩一歩行動する薔子の描写って、当人の自由な心情をしっかり大事にされているようにも思えたよ。旧来の一般常識に照らせば相応に破天荒なヒロインではあるが、そういう意味では嫌いではなかった。
 といいつつ中盤以降の展開はかなりショッキングで、一体この作品どこへ行くのかと思ったが、まあ最後は……。後半の内容は半分許せて、半分認めたくない感じ。なかなか地味に刺激的な一冊であった。


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新章文子
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