皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ サスペンス ] 沈黙の家 |
|||
---|---|---|---|
新章文子 | 出版月: 2020年03月 | 平均: 6.50点 | 書評数: 2件 |
![]() 光文社 2020年03月 |
No.2 | 6点 | 積まずに読もう! | 2025/07/26 22:48 |
---|---|---|---|
【あらすじ】
(詳しくストーリーを説明すると台無しになってしまうのと、人並由真様が既にあらすじを書いておられるので、ここでは登場人物の整理を行っておきます) 〇保科あゆみ 29歳。若いころ結婚したが離婚して少女小説を書き始めた。両親を従業員に殺害されたことを機に京都から東京の高級アパートに居を移す。楽天的で奔放な性格だが、頼りないところもある。 〇保科新太郎 23歳。あゆみの弟。あゆみとともに東京へ出て児童誌の編集者となる。心にある鬱屈を抱え、常に受動的。姉に対しての愛情は深い。 〇坂崎友之 40代半ば。新太郎の高校時代の教師。新太郎にある大きな影響を与える。 〇徳田牧子 少女小説家。あゆみの友人。新太郎に気がある。 〇船原宇吉 40代半ば。有名な小説家。本妻と母親がいる自宅を出て、保科姉弟の隣室に津矢子とともに暮らしている。 〇向井津矢子 26~27歳。詩人。宇吉の愛人となって保科姉弟の隣室に住む。小柄でおとなしく、人の好い性格。実家の母親は高利貸しで資産家。 〇向井樹里子 19歳。津矢子の妹。姉とは違い大柄で奔放な性格。宇吉とひそかに関係を持ち、子を宿す。 〇向井伊久子・保 母子。津矢子、樹里子の姉。実家に出戻っている。 〇三上泰夫 樹里子の中学時代の同級生。美容師見習い。父親を刺して途方に暮れているところ、腹の子の父親に身代わることを条件に樹里子に救われる。以後樹里子に執着する。根は素直で流されやすい少年。 〇(名字無し)久子 宇吉の父の愛人だった女。四谷に住む。宇吉を親身に世話する。 〇たけちゃん 丹波の田舎出の女中。ナイスキャラ! 【感想】 「何を考えているのです?」「何を考えているの?」・・・・登場人物が何度か各々の相手に対して問いかけます。それぞれの登場人物が抱えている思惑や思考、そして行動があまり合理的ではなく、読者もそう彼らに問いかけたくなってしまいます。そのためにかなり強引になってしまったストーリーの展開も、(それなりに)納得できてしまえるのは新章文子の筆力だと思われます。あゆみの話す京言葉、『気色悪い』『のべっとした白い顔』など、通常他の作家は地の文で使わない表現も健在。こういう表現って、例えば久夫十蘭なんかは技巧的に選択している感じがしますが、文子先生は全く素で使っていますね。それでいて視点は極めてドライ。飽きさせずリーダビリティは高いです。この時代の女流作家は、ミステリ畑に限らず、こと語り口に関しては男性作家の先を進んでいましたね(現在もそうか)。20~30代の有吉佐和子の作品群なんかはまさに奇蹟だったと思います。閑話休題。 (以下、出来るだけ配慮していますが、ネタバレが嫌な人は注意してください) この物語は3章、文庫では各々約100頁で構成されています。第1章は樹里子の妊娠を中心に、保科姉弟と隣室の船原宇吉と愛人の津矢子との関わり、あるマイノリティの性癖を持つ新太郎の心情を描いていきます。中期のアガサ・クリスティも事件をなかなか起こさず、それぞれ事情を抱える登場人物の関係性を描き、その行動やちょっとした会話が後半の謎解きの伏線となりますが、文子先生はそっち方面には全く興味がなさそうです。ただ、保科姉弟、向井姉妹の関係性、船原宇吉のクズっぷり、樹里子の矛盾した性格などは実に底意地悪く、巧みに描写されていて、良い感じです。ただ、あゆみ、津矢子、徳田牧子それぞれの女性は作家、詩人なのですが、少しもそういう感じがしません。違う設定にするか、もうちょっと工夫がほしいかな。 それら静的な物語から一転、第2章は冒頭から3人が殺害される展開となります。さらに2名の登場人物も…。う~ん、私が引っかかったのはここですね。一種の完全犯罪を目論んでの行動ですが、こういう大それた犯罪を行うには、あまり割に合いません。近親者にちょっと問い詰められただけでこの犯人はすぐに告白しますが、つまりこの犯人は深い考えもなく、行き当たりばったりなのです。作者のやりたいことは分かりますし、方向性も良いと思うのですが、ちょっと乱暴にストーリーを進め過ぎているように思われます。続く2名の殺人は犯人の心情や手法がさらに矛盾しており、その行動自体が破滅を呼ぶ可能性がかなり高いです。展開上この殺人は必要ですが、ここももう少し工夫がほしいですね。一時期創元やポケミスで出版されていたフランスの薄い長編ミステリも、読んだときは何となく納得させられますが、よ~く考えるとかなり矛盾や突っ込みどころがあることが多いですが、作品自体が独特の雰囲気を漂わせており、その辻褄のあわなさも『味』のひとつになっているところもあるのですが(よく考えれば日影丈吉の長編もそうだ)、文子先生の作風は極めてリアル(言い方を変えるといささか所帯じみた感じ)なので、そのあたりはアラに見えてしまいます。惜しい。 第3章でようやく文子先生がやりたかったミステリの趣向が見えてきます。2人の登場人物の駆け引きは同様に底意地が悪く、読者をニヤけさせます。ただ、ここでもやはりかなりの矛盾が生じていて、各々リスクを冒していろいろな行動をしたのに、目の前で大事な人が死んだり、大切なことが駄目になっても、ここまで急に割り切ることは出来るでしょうか?がっつりした行動を起こす割にはそれぞれの登場人物は淡白で、諦めと切替が早すぎるのです。登場人物が度々述べる、「何を考えているの?」はそのまま読者の気持ちに直結します。 ただ最後の最後で題名の意味が分かる趣向はいいですね。 この作品は1961年刊行ということですが、当時『探偵小説』から『推理小説』に推移したばかりのミステリの概念から大きく外れています。ミステリ界の大御所たちや出版編集者の評価は「なんじゃこりゃ」というものだったと思われます。確かにお金と貴重な余暇を使ってこんなに救いのない(しかも社会的なテーマも持たない)物語を読む数奇者は少なかったでしょう。早すぎましたよ、文子先生。 P・ハイスミスやアルレーには洗練性や精緻さでは及ばず、未完成な部分もありますが、新章文子が目指していたものは判るような気がします。私は好きですね、新章文子。 ちょっと強引にストーリーを進め過ぎた、ということで評点は6点になります。 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2022/07/14 16:32 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
保科家の姉弟。29歳の少女小説家あゆみと、その弟で23歳の会社員・新太郎。ふたりは京都の成功した乾物屋の主人だった父と母を逆恨みした若者に殺され、東京に出てきた。姉弟は高級アパートに入居するが、あゆみは隣人で中年作家の船原宇吉に、相手に妻や複数の情人がいるにも関わらず、思慕を傾ける。一方、京都で四十過ぎの教育者・坂崎丈之と同性愛の関係にあった新太郎は、東京で生活の刷新を図り、女性と交際を始めるが。 作者の5作目の長編。1961年12月に書き下ろし刊行で、評者はもちろん2年前に復刊された、光文社文庫版で読了。 あらすじからして「濃い」内容で、物語の序盤に限れば犯罪の要素や事件性はとりあえず無いのだが、それが少しずつ世界の位相をずらしはじめ、中盤でいきなりショッキングな展開に急転する。 実に湿気の多い物語だが、筆の達者な作者の叙述は平明でストーリーはサクサク進行。トータルで読むと、ポケミス300~500番のナンバーの時期によくありそうな、垢ぬけたノンシリーズものの海外ミステリのような触感であった。 21世紀の令和の時点から、昭和の中盤を回帰するとなんとなくどこか微温的な雰囲気が頭に浮かんでくるものだが、改めてこの時代には時代なりに際どさや人の心の闇などもひしめいていたということを実感する作品。 しかし少し冷めた視線で外側からこの物語を覗く読者にとっては、この上なく面白い群像劇的なミステリ(またはサスペンス)である。 光文社文庫版の巻末に併録された短編3本も、70年代のミステリマガジンにちょくちょく翻訳掲載された、マスタピースのクライムストーリーを読むようでそれぞれ非常に楽しかった。 白状すると評者は、このように長編のオマケで短編が数本あわせて一冊の本に収録されている場合は、眼目の長編を呼んだところで気力が下がってしまい、添え物の短編は後回しにする(そして時にそのまま放っておくことになる)ケースも少なくないのだが、今回は、これはきっと読まずに放置するのがもったいないな、と予期し、実際に裏切られない出来であった。 短編3本は、ジャンルが言いにくい作品ばかり(あえて言えばサスペンスまたはクライムストーリーか)なので、詳述は控えさせてもらうが、ハマる人には結構ハマる内容だと思う。 まだまだこの作者の未読の作品があるのが、本当に嬉しい。 |