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[ サスペンス ] 沈黙の家 |
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新章文子 | 出版月: 2020年03月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
光文社 2020年03月 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2022/07/14 16:32 |
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(ネタバレなし)
保科家の姉弟。29歳の少女小説家あゆみと、その弟で23歳の会社員・新太郎。ふたりは京都の成功した乾物屋の主人だった父と母を逆恨みした若者に殺され、東京に出てきた。姉弟は高級アパートに入居するが、あゆみは隣人で中年作家の船原宇吉に、相手に妻や複数の情人がいるにも関わらず、思慕を傾ける。一方、京都で四十過ぎの教育者・坂崎丈之と同性愛の関係にあった新太郎は、東京で生活の刷新を図り、女性と交際を始めるが。 作者の5作目の長編。1961年12月に書き下ろし刊行で、評者はもちろん2年前に復刊された、光文社文庫版で読了。 あらすじからして「濃い」内容で、物語の序盤に限れば犯罪の要素や事件性はとりあえず無いのだが、それが少しずつ世界の位相をずらしはじめ、中盤でいきなりショッキングな展開に急転する。 実に湿気の多い物語だが、筆の達者な作者の叙述は平明でストーリーはサクサク進行。トータルで読むと、ポケミス300~500番のナンバーの時期によくありそうな、垢ぬけたノンシリーズものの海外ミステリのような触感であった。 21世紀の令和の時点から、昭和の中盤を回帰するとなんとなくどこか微温的な雰囲気が頭に浮かんでくるものだが、改めてこの時代には時代なりに際どさや人の心の闇などもひしめいていたということを実感する作品。 しかし少し冷めた視線で外側からこの物語を覗く読者にとっては、この上なく面白い群像劇的なミステリ(またはサスペンス)である。 光文社文庫版の巻末に併録された短編3本も、70年代のミステリマガジンにちょくちょく翻訳掲載された、マスタピースのクライムストーリーを読むようでそれぞれ非常に楽しかった。 白状すると評者は、このように長編のオマケで短編が数本あわせて一冊の本に収録されている場合は、眼目の長編を呼んだところで気力が下がってしまい、添え物の短編は後回しにする(そして時にそのまま放っておくことになる)ケースも少なくないのだが、今回は、これはきっと読まずに放置するのがもったいないな、と予期し、実際に裏切られない出来であった。 短編3本は、ジャンルが言いにくい作品ばかり(あえて言えばサスペンスまたはクライムストーリーか)なので、詳述は控えさせてもらうが、ハマる人には結構ハマる内容だと思う。 まだまだこの作者の未読の作品があるのが、本当に嬉しい。 |