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ぷちレコードさん
平均点: 6.27点 書評数: 176件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.176 6点 奇譚蒐集録 弔い少女の鎮魂歌- 清水朔 2023/09/27 22:37
大正十二年、華族の四男で生物学者の南辺田廣章と若き書生の山内真汐は、琉球本島から二日以上かかる恵島を来訪した。この島では御骨子と呼ばれる少女たちが、洞窟で遺体から骨を抜く葬送儀礼に従事していた。
琉球や薩摩にも属さない歴史を持つ秘島、百年前に島を吹き荒れた大量虐殺、御骨子たちの肌に浮かぶ青黒い呪いの痣といったおどろおどろしい謎とともに、廣章主従の前に次第に明らかになってゆくのは、弔いを請け負う「祓い屋」にこき使われる少女たちの過酷な境遇。多方面にわたる知識を持つ廣章の明晰な推理によって謎に合理的に解明されるのか、それとも呪いは存在するのか、そもそも廣章主従は何のために島を訪れたのか。三津田信三の刀城言耶シリーズをもっとホラー寄りにしたような作風。

No.175 6点 芙蓉の干城- 松井今朝子 2023/09/27 22:27
歌舞伎の殿堂・木挽座の近くで右翼結社の幹部とその愛人の他殺死体が発見された。その前日、澪子は木挽座で観劇の最中、死んだ二人が真向いの桟敷席にいるのを目撃していた。この事件と歌舞伎座の世界に関連はあるのか。
前々年には満州事変、前年には五・一五事件が起こるという不穏な世相の中、一方では右翼や軍部のきな臭い人間関係、一方では梨園の浮世離れした愛情の世界が繰り広げられ、そこに接点が生じたことから惨劇が続発する。歌舞伎の芸という大の虫を生かすために小の虫の犠牲はどこまで許されるのか。
ねじれた動機により次々と殺めてゆく犯人の屈折ぶりもさることながら、笹岡警部が祖先と似た選択を迫られた時に下した決断の非情さには戦慄とさせられた。

No.174 6点 空を切り裂いた- 飴村行 2023/09/11 23:02
一九九九年の七月、千葉県の海沿いの街を舞台に、互いに絡み合う五つの短編が不穏な世界を織り上げる。一時は文壇の寵児としてもてはやされながら、やがて忘れられた小説家・堀永彩雲。それぞれの人生に「歪み」を抱えていた人々が、堀永彩雲の小説に接することによって、何かが開花してしまう。
作者が得意とするグロテスクな描写は抑え気味に、奇異な小説に触れて不穏な行動に駆り立てられる人々の様子を描き出す。起きていることは陰惨なのに、各編の結末は不思議なことに爽快な解放感が漂う。

No.173 7点 雷神- 道尾秀介 2023/09/11 22:52
埼玉で父と一緒に小料理屋を切り盛りする藤原幸人の一家が不幸に見舞われるシーンから始まる。四歳の娘・夕見がマンションのベランダの淵に置いた植木鉢が落下、それが原因で起きた事故で妻の悦子が亡くなる。
物語は本編だが、その十五年後、父の小料理屋を継いだ幸人のもとへ、娘の秘密ネタに金を要求する男が現れるところから動き出す。幸人は十五年前の事故の原因を夕見に明かしていなかったのだ。やがて脅迫者らしき男が店に来るに及んで、幸人はついに過去と向き合うことを決意。実は、彼はさらなる秘密を抱えていた。
冒頭の脅迫者の出現から、それを軸に話が動いていくのかと思いきや、次第に三十年前の羽田上村の事件へとスライドしていく。幸人たちによって羽田上村の人間関係が明かされていくあたりは、本格ミステリと社会派ミステリの読みどころを見事に融合させており、さすがと思わせる。

No.172 7点 お前の彼女は二階で茹で死に- 白井智之 2023/08/25 23:20
「ミミズ人間はタンクで共食い」高級住宅街で乳児が水槽に落とされ殺される事件が発生、刑事のヒコボシが捜査に乗り出す。因縁深い被害者家族を相手に鋭い推理を進めるヒコボシ。
誰一人としてまともな人が出てこないが、中でも倫理の欠片もないヒコボシのキャラクターは強烈。グロテスクな設定てんこ盛りな反面、推理は理詰めで、特に冒頭ノエルが複数の相手の誰を襲ったのかで解決が変わってくる多重推理が素晴らしい。第二話は、樹海に接して対立する二つの村で、第三話は、山間の温泉宿で殺人事件が起きるといった具合に、作りは本格ミステリの王道を行く。変態設定とのギャップは天才的。

No.171 6点 逢魔宿り- 三津田信三 2023/08/25 23:13
作者自身の現実をディティールのみならず、作品の構造そのものに取りこんだメタ趣向の怪談連作。テーマやモチーフの枠組みを定めた作品集が多い作者だが、今回は知人から聞いた話という以外に縛りはなく、結果が張られた山中の奇妙な家屋に立て籠もり、押し寄せる怪から身を護る通過儀礼、死を予告する絵を描く子供、新興宗教の夜警、家を訪れる得体の知れない何か、とバラエティに富む。しかも最終話でこれらにある意味が与えられるのも作者らしい。
何らかの論理性は見出せても、怪異自体の解明、解決はされないまま底なしの不気味さを堪えて体験者や語り手、ひいては読者を引きずり込もうとする怪異譚。

No.170 7点 マザー・マーダー- 矢樹純 2023/08/10 23:34
夫の給料減額などで生活不安に陥った主婦が稼ぎ口を求めてネットショップの手伝いを始めたことから被る受難。看護助手として働く一人暮らしの女が、半年前に死んだ別れた夫の隠し子だという若い男と顔を合わせることに。ひきこもりの自立支援施設の職員が、家族の依頼を受け当事者の引き出しに向かってみると、まさかの事態が。
こうしたエピソードに家から一歩も出ない謎めいた息子の恭介と、彼を溺愛するがあまりトラブルが絶えないモンスターマザーの美里、この不穏な母子の存在が何らかの形で絡んでくる構成になっている。
ミステリとしては、ある女性との不登校の原因となった校内の事件を意外な探偵役が解き明かす、「シーザーと殺意」が白眉。そして迎える最終話まで、連作ならではの趣向の先に訪れるおぞましさ。読み手を鮮やかに打ち抜く驚きと異形の母性に震える。

No.169 6点 IN- 桐野夏生 2023/08/10 23:25
女性小説家のヒロインと編集者のダブル不倫を鋭い筆致で正面から描き出す。情熱、独占欲、嫉妬、憤り、打算、憎悪、執着。どんな恋愛にも付きものの感情の諸相を作者は生々しく定着する。
だが、ヒロインが目下書きつつある小説の中ですでに亡くなった作家の私小説「無垢人」の真実を追求するという二つの筋立てが絡み始めると、何処へ着地するか分からない魔術的なメタ小説の領分に入り込む。しかしここでも主題は恋愛であり、なぜ人間はこんなにも恋愛に取りつかれ、恋愛を小説に書こうとするのかという問いが浮上する。人間にとって最大の謎である恋愛をめぐるミステリ。

No.168 5点 栄光なき凱旋- 真保裕一 2023/07/30 22:31
三人の日系二世を主人公にしている。日本軍による真珠湾攻撃で人生が暗転し、日系人たちが強制収容所に送られるなか、ある者は法廷の場で争い、ある者は語学兵として米陸軍情報部に入り、ある者はハワイの国防軍へ志願する。
日系人として逆境にありながらも、米国を祖国とみなすのだが、やがて両親が生まれ育ったもう一つの祖国への思いが強まる。二つの祖国があるゆえに、愛国心のありかは複雑となり考えさせられる。特に終盤、日系アメリカ人のみの軍隊、第四四二連隊の欧州での死闘を描いてテーマ把握を強くしている。

No.167 5点 いつかの人質- 芦沢央 2023/07/30 22:21
三歳の時に連れ去られた宮下愛子は、ほどなく自宅に戻れたものの、その時の怪我で視力を失ってしまう。それでも、両親の庇護のもと、健やかに育っていた愛子だったが、初めて親の介助なしに友人同士で出掛けたアイドルのコンサート会場から、またしても何者かに連れ去られてしまう。折しも、それは十二年前、愛子を連れ去った犯人の娘で、今は漫画家となっている江間優奈が、夫の礼遠とともに宮下家を訪れた後のことだった。
愛子の誘拐事件を追う過程で、優奈が失踪していることが明らかになる。物語は、愛子を誘拐した犯人捜し、礼遠の優奈捜しを並行して描いていく。二つの謎がたどり着く先は、何処なのか。メインのストーリーはミステリなのだが、根底にあるのは、愛子と家族の物語であり、優奈と礼遠の夫婦の物語である。
とりわけ、端から恵まれたカップルに見えていた優奈と礼遠の、その実は「すれ違ってしまう愛」が息苦しいまでに迫ってくる。

No.166 6点 グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ- 飛浩隆 2023/07/16 22:19
舞台は仮想リゾートの一区画、南欧の港町を模した「夏の区界」。人類の訪問が途絶えてから千年、取り残されたAIたちは同じ夏の一日を繰り返している。しかし突如として永遠の夏は終焉を迎える。
物憂げなリゾート地、多感な少年の年上の奔放な少女への淡い恋心、といった叙情的な序盤とは一転して、中盤以降は激しい攻防戦とAIたちを襲う残虐な運命が、五感のすべてを駆使した圧倒的な文章で描かれる。透明な叙情とエロスとグロテスクさが渾然一体となった、陶酔感あふれる作品。

No.165 8点 しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術- 泡坂妻夫 2023/07/16 22:12
ヨガと奇術の達人ヨギガンジーが登場するシリーズの第一作。ある宗教団体が発行する、小冊子「しあわせの書」を偶然手に入れたことから、ガンジーとその仲間は教祖継承問題に巻き込まれていく。読者はユーモアたっぷりの賑やかな謎解きを楽しむうちに、作者が用意したとんでもない企みに驚くことになる。
家業の紋章上絵師を継いだ職人であるうえ、マジシャンとしても有名。直木賞受賞作の「蔭桔梗」のようにしっとりとした作品を発表する一方、こうした仕掛けのある作品を丁寧に組み立てていくのも得意と多才。
本書のトリックは紙の本ならではのもの。普段は本を読まない人にも、こんな風に本で遊ぶことが出来ると知ってもらえたら嬉しい。

No.164 6点 神の悪手- 芦沢央 2023/07/01 22:18
東日本大震災を背景に、若い才能について棋士が「好ましからざる状況」を見抜き、さらにある選択を迫られる第一話や、駒を選ぶ際に棋士が心変わりした謎を探る第五話など、将棋が題材の五編を収録した短編集。
ミステリ味の濃淡はあれど、各編の主人公が読み手の心に入り込んでくるため、読者はまさに当事者として悩むことになる。その刺激は抜群に鋭利。決断に至る道筋の意外性もある。

No.163 6点 完全恋愛- 牧薩次 2023/07/01 22:10
戦時中から昭和末期にかけて、心に純愛を秘めて生き続けた男の生涯と、彼が遭遇した三つの不可能犯罪を巧みに絡めた恋愛ミステリ。
信州と沖縄の間を凶器が瞬間移動する二つ目の事件の豪快さは、トリックの名手の面目躍如。さらに恋愛小説の中に埋め込まれていた伏線が過不足なく回収された瞬間、それまで陳腐に見えていたトリックが全く違った光芒を放つ。

No.162 6点 ハルさん- 藤野恵美 2023/06/15 23:18
妻が早くに亡くなり、一人で育ててきた娘・ふうちゃんが今日結婚する。式場に向かう父の脳裏には、彼女の成長の過程で遭遇したいくつかの小さな事件の思い出が浮かぶ。ハルさんとは心優しいその父親の名前だ。児童文学で人気を博する著者が初めて大人に向けて書いた、ほのぼのとした連作ミステリ。
幼稚園の友達のお弁当箱から卵焼きが消えたこと、小学四年の夏休み、植物図鑑を眺めていたふうちゃんが翌日失踪したこと。謎にぶつかるたび、天国の妻が話しかけて名推理を発揮、ハルさんを助ける。娘の知らないところで交わされる夫婦愛、親子愛に満ちた会話が心温まる。いわゆる幽霊探偵のパターンだが、亡くなった妻を探偵役にすることで、夫婦の思いと謎解きの描写を両立させたところが見事。冒険好きなふうちゃんも非常に魅力的。
終盤の結婚式の場面では、ふうちゃんがなぜその男性を選んだのか、過去の親子の会話の中にヒントがあったと分かって胸を打つ。

No.161 6点 ガソリン生活- 伊坂幸太郎 2023/06/15 23:08
緑色の車デミオが語り手になっている。世界中で走り回っている車同士は、普段から会話をしており、ただそのことを人間のほうは気付いていない、という架空の設定が奇抜で微笑ましい。
ストーリーはデミオの持ち主である望月家の長男・良夫と小学生の次男・亨が偶然、元女優を同乗させるところから始まる。スキャンダルを追うマスコミに辟易している彼女を安全な場所へ運ぶ。ところが翌日、彼女は別の車で事故死する。本当に事故だったのか疑念を抱いた亨は、独自の調査を開始する。
明らかにライトミステリの体裁を取っているけれど、こめられた思想は深い。なぜ人はツイッターに夢中になるのか、マスコミを悪者扱いする考えは正しいのか、といった問題をさりげなく掘り下げる。つまり現在の様々なコミュニケーションを取り上げて、最も理想的な絆のありかたを探る小説なのだ。深い内容を易しく楽しく語るのである。

No.160 7点 追想五断章- 米澤穂信 2023/05/30 23:07
叔父の古書店で店番をしている青年が、客に頼まれて奇妙なアルバイトを引き受ける。依頼人の父親が生前に書いた五つの短編小説を探し出す仕事である。
そのうち四編は古い同人雑誌などの載っているのが見つかったが、なぜかいずれも結末の一行を伏せたリドル・ストーリーになっていた。調査を続けるうちに、彼は未解決のまま終わった「アントワープの銃声」事件に行き当たる。二十二年前のその夜、依頼人の両親の間にいったい何があったのか。真相はその最後の一行に隠されている。
小説の中に別の小説を組み入れて、異なった時制の物語を同時進行させる手法は珍しくない。しかし、このように五編の「小説中小説」が緊密に組み合わさってひとつの物語を構成するミステリは、あまり無いのではないか。

No.159 6点 誓約- 薬丸岳 2023/05/30 23:00
バーテンダーが、ある老人と交わした約束の実行を迫られる話。その約束とは?実行とは?
殺人事件が起きて、濡れ衣を着せられて、謎を解いていくと意外な真犯人がいるというミステリではあるけれど、その興趣以上に少年の犯罪の告発と更生という問題を正面から捉えて、読者の善悪観を揺るがせにかかる。
ラストはいつものように温かいけれど、必ずしもすっきりしたものではない。非情な現実と長く厳しい人生を見据えているからだが、それでも作者の小説らしく、人の幸福と良き魂を願う思いは本作でも貫かれていて思わず落涙する人もいるでしょう。

No.158 7点 暗手- 馳星周 2023/05/16 22:11
犯罪者の内面を掘り下げて描いた圧巻のスリラーである。舞台となるイタリアの描写も興味深い。
「暗手」と呼ばれるプロの犯罪者・加藤昭彦は、サッカーの八百長工作を進めていた。だが、ある女性に出会ったことが切っ掛けで、彼の計画に暗雲が立ち込め始める。人の心を捨てたはずの男が、沸き上がる恋慕の思いに苦しめられる物語だ。終盤の非情な展開が読みどころである。

No.157 7点 名も知らぬ夫- 新章文子 2023/05/16 22:08
作者は宝塚歌劇団出身という経歴を持つ乱歩賞作家。
8編を収録した本書では、主として女性の視点から人の心に中で殺意が成長していくメカニズムを描いている。
表題作は、長く音信不通の途絶えていた従兄に恋した女性が窮地にはまっていく話で、日常が悪意に侵食される過程には有無を言わせない凄味がある。

ぷちレコードさん
ひとこと
中学生の頃、ミステリにはまった。でも続いたのは3年間ぐらい。今また、ミステリにはまりつつある。やっぱりミステリは最高だ。
好きな作家
採点傾向
平均点: 6.27点   採点数: 176件
採点の多い作家(TOP10)
伊坂幸太郎(8)
東野圭吾(7)
道尾秀介(6)
歌野晶午(5)
芦辺拓(4)
米澤穂信(4)
知念実希人(3)
芦沢央(3)
今村昌弘 (3)
真保裕一(3)