皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
メルカトルさん |
|
---|---|
平均点: 6.04点 | 書評数: 1828件 |
No.1248 | 5点 | メルキオールの惨劇- 平山夢明 | 2020/12/30 22:15 |
---|---|---|---|
人の不幸をコレクションする男の依頼を受けた「俺」は、自分の子供の首を切断した女の調査に赴く。懲役を終えて、残された二人の息子と暮らすその女に近づいた「俺」は、その家族の異様さに目をみはる。いまだに発見されていない子供の頭蓋骨、二人の息子の隠された秘密、メルキオールの謎…。そこには、もはや後戻りのきかない闇が黒々と口をあけて待っていた。ホラー小説の歴史を変える傑作。
『BOOK』データベースより。 序盤、「俺」は自分の子供の首を切断した女にインタビューを試み、必然的に何故殺害切断したのかに興味が持たれるところですが、それが自然女の息子二人に焦点が当てられて行き、切断理由はどうなったんだってなります。ストーリーはもうそんな事どうでも良いというように進んでいき、全く何なの?と疑問を持たざるを得なくなり、読者は置き去りにされます。まあ結局そのテーマは明らかにはなりますが、どうにも釈然としないものが残る感じですね。 ジャンルは断じて本格ではないです、ホラーの一種です。でも平山にしてはあまりグロくはありません。途中哲学的な要素も出現しますし、何だか理解不能な感じの兄弟の秘密も飛び出して、それが主題になっていきます。ですが、全然ホラーの歴史を変える傑作ではありません、ごくごく普通のどこにでもあるような作品です。一寸無国籍な雰囲気が異色と言えば異色ですけど。特に秀でたところはないと思います。何と言うか、全体的にどこか煮え切らない不完全燃焼な感じを受けました。 |
No.1247 | 5点 | 罪人が祈るとき- 小林由香 | 2020/12/29 22:20 |
---|---|---|---|
少年が住む町では、三年連続で同じ日に自殺者が出たため「十一月六日の呪い」と噂されていた。学校でいじめに遭っている少年は、この日に相手を殺して自分も死ぬつもりだった。そんなときに公園で出会ったピエロが、殺害を手伝ってくれるという。本当の罪人は誰なのか?感動のヒューマンミステリー!
『BOOK』データベースより。 初めましての作者さん、可もなく不可もなしの出来でした。どちらかと言うと、ジュブナイルではないけれど子供向けの作品の様に感じました。平易な文体で読み易いのは良いけれど、内容もそれに比例してそれらしさを装っているものの、いかにも浅い印象は免れません。 学校でいじめ(またまた)に遭っている主人公の少年が、謎のピエロと共謀していじめの相手に復讐、殺害しようとするパートと、いじめのせいで妻子を失った中年男性のパートが交互に描かれています。根底にはいじめの被害者やその家族には、果たして報復が是か非かと云うテーマが流れています。デビュー作『ジャッジメント』は未読ですが、何だか共通するものがあるようですね。そこを鑑みると、作者の引き出しの少なさが見え隠れしているような気がしてなりません。 Amazon他世評は高いようですが、意外性の高さやプロットの妙などは微塵もありません。いじめの実態の生々しさもいじめられる側の絶望感もないがしろにされている為、どこか絵空事にしか感じられません。ただ、後味は悪くありません。読者の心に何かしらの救いを齎したのは好印象を残す事でしょう。 |
No.1246 | 7点 | 片翼の折鶴- 浅ノ宮遼 | 2020/12/27 22:38 |
---|---|---|---|
医科大学の脳外科臨床講義初日、初老の講師は意外な課題を学生に投げかける。患者の脳にあった病変が消えた、その理由を正解できた者には試験で50点を加点するという。正解に辿り着けない学生たちの中でただ一人、西丸豊が真相を導き出す―。第11回ミステリーズ!新人賞受賞作「消えた脳病変」他、臨床医師として活躍する後の西丸を描いた連作集。
『BOOK』データベースより。 医療ミステリとは言え堂々たる本格ミステリの秀作短編集だと思います。特に二作目の『幻覚パズル』などは見取図を配して、ある意味密室事件の謎を本格的に多重推理を披露し真相を究明していきます。最早医療はほとんど関係ないと言っても良いでしょう。それよりも何よりも表題作ですよ、素晴らしいです。かなり毛色の変わった異色作ではありますが、西村豊が見事に脳変異が消えた謎を暴いています。これだけ理詰めの推理を見せられてはこの作品の前に平伏すしかありません。欠点らしい欠点は全く見当たらないと思います。全てが伏線に繋がっており、むしろ読者への挑戦状がないのが不思議なくらいです。このクラスの短編が並んでいれば、9点を付けるのも吝かではなかったでしょうね。 他はどうしても医療に対する知識がないと解けない作品もあり、やや残念な部分はありますが、いずれも好編揃いです。単行本刊行時の表題作『片翼の折り鶴』がもう少し踏ん張ってくれれば8点でしたね。それでも8点に近い7点と思って頂けたら、と言うところではあります。 作者は現役の医師でありながら、文章力も文句なく、露出度が少ない探偵役の西村豊医師の個性を僅かな仕草や言動で表現しており、見事としか言いようがありません。 |
No.1245 | 7点 | クレイジー・クレーマー- 黒田研二 | 2020/12/26 22:30 |
---|---|---|---|
大型スーパー“デイリータウン”のマネージャー袖山剛史は、クレーマー・岬圭祐、万引き常習犯「マンビー」という二人の敵と闘っていた。激化する岬との対立関係といやがらせに限界を感じ始めた袖山の前で、ついに殺人事件が発生する…。最終章で物語は突如変貌!あなたは伏線を見破り、真相にたどり着けるか?―。
『BOOK』データベースより。 最初のクレーマーネタだけで一冊連作短編集を書けそうな勢いで、冒頭から引き込まれました。ただこれはサスペンス長編、どことなく笑いを誘うようなクレーマーの連続攻撃から、ユーモアミステリかなくらいにしか思っていませんでしたが、終盤を迎えるに従って次第に只者ではないなと感じ始めました。 何となく猟奇殺人事件の大凡の概要は予想していましたし、私もあ、あれだなと誰しもが陥る陥穽に見事に嵌りました。しかし、真相は想像をさらに超えたところにあります。まあ騙されますわ。それが怒りを呼ぶかどうか、それは読者次第だと思いますが、私自身は意表を突かれ、その後色々と頷ける伏線がある事に遅まきながら気づかされました。 個人的にはとても満足しています。反則ギリギリかも知れませんが、上手く技巧で肝心なところを暈しながら、何とも際どい綱渡りを渡り切った達成感が作者にはあったのではないかと想像します。ただ、マンビーの正体が残念でした。 |
No.1244 | 6点 | 名探偵登場 日本篇- 事典・ガイド | 2020/12/24 22:52 |
---|---|---|---|
日本のミステリは一八八九年に始まった。明智小五郎の名前の由来とは。三毛猫ホームズは一作限りの設定だった…岡本綺堂、野村胡堂から江戸川乱歩、松本清張と続き、赤川次郎、高村薫に及ぶ探偵小説にまつわる意外な事実を、主人公別に説き明かした名探偵クロニクル。すぐに役立つ読書案内と、詳細な著者紹介を付す。
『BOOK』データベースより。 大正、昭和、平成の世に活躍した73人の名探偵名鑑。岡本綺堂の三河町の半七から高村薫の合田刑事に至るまで、各探偵、刑事達の人となりや解決した事件などを膨大な知識と情報量で紹介しています。又、名探偵を創造した作者に関する裏話なども披露されています。ただ新本格からは法月綸太郎のみが選ばれており、新保教授が新本格に傾倒してると疑われるのが嫌だった為なのか、私としてはせめて島田潔くらいは入っていて欲しかったところです。探偵に関するエピソードがあまりなかったせいと思いたいですね。 名探偵に纏わる知られざる情報として面白かったのは ・銭形平次はアルセーヌ・ルパンを善人にしたものだった ・神津恭介の名は先行する金田一耕助、加賀美啓介のイニシャルがK・Kだったから名付けられた ・伊集院大介のモデルはさだまさし ・竹本健治は囲碁ばかりしていて大学五年間で単位を一つも取れなかった ・法月綸太郎は法水麟太郎のもじりではない などです。 |
No.1243 | 7点 | 魔女の子供はやってこない- 矢部嵩 | 2020/12/23 22:41 |
---|---|---|---|
小学生の夏子はある日「六〇六号室まで届けてください。お礼します。魔女」と書かれたへんてこなステッキを拾う。半信半疑で友達5人と部屋を訪ねるが、調子外れな魔女の暴走と勘違いで、あっさり2人が銃殺&毒殺されてしまい、夏子達はパニック状態に。反省したらしい魔女は、お詫びに「魔法で生き返してあげる」と提案するが―。日常が歪み、世界が反転する。夏子と魔女が繰り広げる、吐くほどキュートな暗黒系童話。
『BOOK』データベースより。 独特のクセのある、かなり読みづらい文体です。連作短編なのか長編なのかちょっと判別し難いところがありますね。1話でいきなりグロとスプラッター全開で、結構ハードでホラーな展開かと思えば、2話ではほのぼのとしたアットホームなドラマに急変し、その後ファンタジーの世界に突入します。 そして何より4話5話のオチが凄いです。これは恐ろしい、まるで本格ミステリの大トリックが解明された時のようなカタルシスを得られました。巷にありがちなホラーとは一線を画す、所謂問題作と言って良いでしょう。それ以上の感想が思い浮かびません。それにしても、夏子を始め誰も彼も嘔吐しすぎです。タイトルや表紙画に騙されて、軽いホラーと思ったら大間違い、ずっしりと重い読み応え十分の作品になっています。 |
No.1242 | 6点 | 四季 春- 森博嗣 | 2020/12/21 22:26 |
---|---|---|---|
四季 <春>
天才科学者・真賀田四季。彼女は五歳になるまでに語学を、六歳には数学と物理をマスタ、一流のエンジニアになった。すべてを一瞬にして理解し、把握し、思考するその能力に人々は魅了される。あらゆる概念にとらわれぬ知性が遭遇した殺人事件は、彼女にどんな影響を与えたのか。圧倒的人気の四部作、第一弾。 『BOOK』データベースより。 何と言ってもこの作品は各読者の感性に合うかどうかで評価が変わってくるものと思われます。一応ストーリーらしきものはあるし、密室殺人事件も起こります。しかし、それらは二次的な副産物に過ぎず、あくまで本質は真賀田四季の天才ぶりを如何に我々凡人に理解させるかに重点を置いているものと思います。まあしかし天才にも様々なタイプがあるでしょう、四季の場合は人格を非人格として捉える、というか、極論すれば人間としてのあらゆる感情を取り除いて、残った知性のみに支えられた非人間性の極致ではないかと思うのです。だからと言って感情がない訳ではなく、表面的には非情な血も涙もない人間にしか見えませんが、勿論そんな事はありません。ですが、読み手には四季の人間性が伝わってきません。まるで精密機械のようで。 その代わりに「僕」の存在がある訳ですね、言ってみれば。あまりに天才的過ぎて副作用としての「僕」のありよう。それで中和しているのではないかと。 まあ私ごときがあれこれ書いても何も伝わらないし、瀬在丸紅子や西之園教授との邂逅を含めて楽しめばそれで十分じゃないでしょうかね。 |
No.1241 | 6点 | 夜よりほかに聴くものもなし- 山田風太郎 | 2020/12/20 22:32 |
---|---|---|---|
「証言」「精神安定剤」「法の番人」「必要悪」「無関係」「黒幕」「一枚の木の葉」「ある組織」「敵討ち」「安楽死」と犯罪者の心理、人間考察十話。これらの何ともやりきれない事件に遭遇する老八坂刑事は、犯罪者のやむにやまれぬ事情を十分理解しながら「それでも」職務上犯人に手錠をかけなければならない。人間のエゴイズム、国家権力や価値体系からはじき出された人間のはかない抵抗と復讐、権力末端の人間の悲哀が…。
『BOOK』データベースより。 最初に書いておきたいのは光文社から出ている『夜よりほかに聴くものなし サスペンス篇』は本書にプラスして12の短編が収録されており、そちらのほうが断然お得感があります。私はそれを事前に知らず買ってしまったのでちょっぴり後悔しています。 序盤は好調で読むごとに、事件の裏に隠された意外な事実や動機が明らかになっていく趣向に、やはり風太郎は面白いと思いました。連作短編集で八坂刑事が探偵役となって最後には決め台詞で幕を閉じるお約束になっています。しかし、終盤に近づくに従って、次第にその奇想の勢いが半減していく感があり残念に思います。 流石に年代を感じさせる差別用語の連打には鼻白むものがありましたが、文体は現代的で違和感はありません。しかしその年代ならではの動機などもあり、興味深く読むことはできました。人間の根源的な部分まで深層心理を掘り下げて、なるほどと肯ける面もあれば、そんな馬鹿なと思う面もあり、微妙な読後感でしたね。それでも全体としては平均的にまずまずの出来(風太郎としては)と思います。 |
No.1240 | 7点 | 地図男- 真藤順丈 | 2020/12/19 22:35 |
---|---|---|---|
仕事で移動中の“俺”は、大判の関東地域地図帖を脇に抱えた奇妙な漂浪者に遭遇する。地図帖にはびっしりと、男の紡ぎだした土地ごとの物語が書きこまれていた。千葉県北部を旅する天才幼児、東京23区の区章をめぐる闘い、奥多摩で運命に翻弄される少年少女の軌跡―数々の物語に没入した“俺”は、それらに秘められた謎の真相に迫っていく。『宝島』で第160回直木賞を受けた俊英の、才気溢れるデビュー作。
『BOOK』データベースより。 第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作。 短い作品ながら、中身がぎっしり詰まった濃密な内容で、その短さを全く感じさせない何かを残す逸品に仕上がっていると思います。個人的には特に分厚い地図帳に書かれた、東京23区の覇権争い中央区の擬宝珠じじいと港区代理人のニット帽を被ったフリーター女性の競技かるた対決に燃えました。凄い緊迫感に圧倒され、しかもコンパクトに纏められていて、披露される数少ない物語の中では最も惹かれるものがありましたね。勿論メインのムサシとアキルの物語にも他に類を見ない魅力を感じました。 あとがきに書かれているように、角川から十年の時を経て再文庫化された際に、地図男の描くエピソードをもっと追加するつもりだったが、今の自分には書けなかったと嘆いているのが読者としても残念な限りです。それと、地図男の正体があまりに曖昧模糊として謎めいており、掴み所がなかったのが良かったのか悪かったのか私には判断できません。ストーリーの雰囲気を壊さなかったという点に於いては正解だったのかも知れませんが。あとは、何故地図男は物語を紡ごうとするのかが、謎のまま終わっており、未完な印象を残しているのはどうなのでしょうかね。それでもエンターテインメント小説として一級品だと私は思います。 |
No.1239 | 5点 | 壊れた少女を拾ったので- 遠藤徹 | 2020/12/18 22:27 |
---|---|---|---|
ほおら、みいつけた―。きしんだ声に引かれていくと、死にかけたペットの山の中、わたくしは少女と出会いました。その娘はきれいだったので、もっともっと美しくするために、わたくしは血と粘液にまみれながらノコギリをふるいました…。優しくて残酷な少女たちが織りなす背徳と悦楽、加虐と被虐の物語。日本推理作家協会賞短編部門候補の表題作をはじめ五編を収録、禁忌を踏み越え日常を浸食する恐怖の作品集。
『BOOK』データベースより。 グロテスクではありますが怖くはありません。しかし、異常な状況を平然と描写しているので、据わりの悪さや猛烈な違和感を覚えます。特に『弁頭屋』『赤ヒ月』『カデンツァ』の三編は、最初からそういう世界なんだと頭に叩き込んでおかないと、何だこれってことになってしまうと思います。私は大いに細かい事が気になりましたが、何故とか何が起こっているのかと云った思考はシャットアウトしなければ物語自体を楽しむことが出来ませんね。 帯の謳い文句に「血に濡れた少女はきれいでおいしくいただきました・・・・・・」とありますが、当然表題作の事を示していると勘違いしていました。実は違っていたんですね。前述の三作品はグロと官能を美化して芸術にまで昇華しようと一生懸命書いているのは分かりますが、それが上手く描かれているとは言い難く、あと一歩のところでB級ホラーのそしりを免れない結果に終わっている気がします。表題作と『桃色遊戯』はホラーと言うより、文芸に近い作風だと思います。 |
No.1238 | 6点 | 交換殺人はいかが? - 深木章子 | 2020/12/17 22:42 |
---|---|---|---|
僕は君原樹来、小学六年生。将来の夢は推理小説作家。作品の題材になるような難事件の話を聞きたくて、元刑事のじいじの家に遊びに来た。そうしたら交換殺人や密室、ダイイングメッセージとかすごい謎ばかりで期待は的中!でもね、じいじ。その解決、僕はそんなことじゃないと思うんだけどなあ。可愛らしい名探偵の姿を通じて、本格ミステリーの粋を尽くした魅惑の短編集。
『BOOK』データベースより。 本格の定番のテーマを取り上げて、ちょっと変わった角度からアプローチした連作短編集。密室、超常現象、ダイイングメッセージ、双子、交換殺人、見立て殺人とずらりと並んだ本格ミステリ愛に満ちた作品集となっています。 第一話の密室を扱った『天空のらせん階段』はトリックはバカミスに近いものがありますが、螺旋階段を有機的に機能させた意表を突くもので、図面を備えて非常に分かりやすくとても良い作品だと思います。まあ無理がある点は否めませんが、発想は面白く個人的には満足です。 双子を扱った『ふたりはひとり』は従来の双子トリックを逆手に取って、これまた今までになかった新たな切り口で謎に迫っています。 じいじは孫息子の樹来をこよなく愛しているのですが、その妹である孫娘に対して何かしら訳ありげに距離を取っているのが些細な事ではありますが、何故か気になります。それにしても樹来はとても小学生とは思えぬ慧眼を持って、警察が解決できなかった事件や一応解決と考えられてきた過去の事件を、次々に暴いていきます。この調子では将来名探偵間違いなし、或いは彼が目指しているミステリ作家になる日は近いと思われますね。 全ての作品が一定の水準を保っていて、取り敢えず粒揃いと言っても過言ではないでしょう。 |
No.1237 | 6点 | イルカは笑う- 田中啓文 | 2020/12/15 22:28 |
---|---|---|---|
最後の地球人と地球の支配者イルカの邂逅「イルカは笑う」、倒産した日本国が遺した大いなる希望「ガラスの地球を救え!」、ゾンビ対料理人「屍者の定食」、失われた奇跡の歌声が響く「歌姫のくちびる」…感動・恐怖・笑い・脱力、ときに壮大、ときに身近な12の名短編。日本人よ、これが田中啓文だ!
『BOOK』データベースより。 荒唐無稽、無茶苦茶、破天荒、脱力系、グロ、ダジャレ、SF、これらを纏めて分散したような作品の数々。誰も書けない、他の誰が書いてもこのように面白くは書けないであろうと予測されるものです。まさに田中啓文の独壇場であります。それぞれの短編が妙な迫力を有していたり、とんでもないスケールの大きさを誇っていたり、意外な感動を持っていたり、シニカルな味わいを出していたりします。 巨額を掛けて造られた宇宙リゾートで完全再現された宇宙戦艦ヤマトは、波動砲で宇宙人の侵略を防げるか、そしてその後意外な事実が判明する『ガラスの地球を救え!』。 ある出来事(勿論でっちあげ)を切っ掛けに謀反を決意する明智光秀が、本能寺で信じられないものを目の当たりにする『本能寺の大変』。 それまで一度も試合で登板したことのなかった星吸魔が、甲子園で初マウンドに立ち180キロのストレートを投げるが、体中が本物の「血の汗」を流し始める『血の汗流せ』。 等々、田中啓文の入門書には持って来いの短編集です。駄作は一つもありません。合う合わないはあると思いますが、たまには毛色の変わった物をという方にお薦めです。 |
No.1236 | 7点 | 殺人鬼(角川文庫版)- 横溝正史 | 2020/12/13 22:43 |
---|---|---|---|
ある説によると、我々の周囲には五百人に一人の割合で、未だ発見されていない殺人犯がいるという。あなたの隣人や友だちは大丈夫ですか? あの晩、私は変な男を見た。黒い帽子をかぶり黒眼鏡をかけ、黒い外套を着たその男は、片脚が義足で、歩くたびにコトコトと無気味な音をたてる。男は何故か、ある夫婦をつけ狙っていた。彼の挙動が気になった私は、その夫婦の家を見はった。だが数日後、夫の方が何者かに惨殺されてしまった! 表題作ほか三篇を収録した横溝正史傑作短篇集。
Amazon内容紹介より。 居並ぶ名作長編と比較すると見劣りするのは確か。それは短編ならではの物足りなさではなく、物語の裏に隠されたドロドロした人間関係がやや希薄であることに起因すると思います。それでも横溝らしさは随所に見られ、陰鬱たる事件の数々を中和するのが金田一耕助の存在であるのも何ら変わりはありません。『百日紅の下にて』以外はそれほどトリッキーという訳ではなく、スリラー寄りの本格ミステリではないかと感じます。 何故名作『百日紅の下にて』を表題作に持ってこなかったのか不思議でなりませんが、『殺人鬼』の方がインパクトがあるという理由だったのでしょうか。 実は一年ほど前だと思いますが、『百日紅の下にて』がBSでドラマ化されており、それを観ていた私は横溝正史がこんな作品も書いていたのかと云う衝撃を受けたものです。それを思い出してこの度この作品目当てで購入に至りました。流石に『横溝正史が語るわたしの十冊』に選ばれるだけあり、二転三転する展開と眩暈がするほどのロジックには敬意を表するしかありませんね。この作品は紛れもなく名作であると断言しても良いと思います。 |
No.1235 | 6点 | 小説スパイラル 推理の絆3 エリアス・ザウエルの人喰いピアノ- 城平京 | 2020/12/12 22:32 |
---|---|---|---|
『エリアス・ザウエルの人喰いピアノ』と呼ばれた古きグランド・ピアノ。華族の名家、柚森の令嬢・史緒はそのピアノによる奇怪な企みにからめとられ、かつてピアノ教室で一緒だった鳴海歩に救いを求めた…。ピアノに隠された秘密とは何か?そして歩の推理が導き出した真実とは!?ガンガンNETにて大好評掲載中の「名探偵鳴海清隆―小日向くるみの挑戦」から3編も同時収録。
『BOOK』データベースより。 中編と番外短編が三編。表題作『エリアス・ザウエルの人食いピアノ』の真相は本格とは言い難く、鳴海歩の過去に起こったちょっとした事件の顛末を描いた、軽めの作品です。どちらかと言うと短編のほうがメインになってしまっている感じですね。タイトル負けしている感が強く、おどろおどろしい古式ゆかしい本格物を期待すると裏切られます。その代り歩の兄である清隆が活躍する、問題編と解決編で構成された二作がかなり充実している印象です。 ノンキャリアで若き警部の名探偵、鳴海清隆と、大財閥小日向グループのお嬢様小日向くるみ、鳴海の部下で突っ込み役の羽丘まどかの三人のやり取りが楽しい番外編はよく練られた本格ミステリで、読者への挑戦の意味合いを兼ねた佳作だと思います。主にフーダニットですが、細かい伏線や小細工がなかなか憎らしい粋な短編ですね。表題作はともかく、こちらを評価しての点数となりました。 |
No.1234 | 5点 | 動機未ダ不明- 汀こるもの | 2020/12/11 22:35 |
---|---|---|---|
「完全犯罪テクで悪人を始末せよ」裏活動に精を出す醍葉学園“推理小説研究部(通称・完全犯罪研究部)”が学校爆破事件で廃部に。平和が訪れると思いきや、懲りない部員たちは密かに裏活動再開!イジメ、オカルト、猫殺し、父親殺害計画…続発する事件を解決するべく最恐女子高生・杉野更紗たちがアブナイ正義で大暴走!元顧問・由利千早にもありえない災いが。
『BOOK』データベースより。 シリーズ第一作が未読であることもあり、完全犯罪研究部が一体何を目指しているのか不透明な部分があります。完全犯罪を成し遂げたいのか、未然に防ぎたいのか、両方なのか、イマイチ一貫性がないというかポリシーが奈辺にあるのか、しっかり見えてきません。まあどうでも良いんですけどね。こういった小説はキャラが大事なんですけど、これと言った個性が感じられません。それでいて高校生のくせに誰も彼もイカレているじゃないですか。事件そのものも魅力がなく、又起承転結の結に当たる部分、つまり謎の解決、結末が弱すぎてはっきり言って出来は贔屓目に見ても悪いです。 ですが100ページを超えて『インターミッション2』から漸く骨のある内容になってきます。そこまではもう読まなくても良いレベルじゃないかと思いますよ。良く辛抱してここまで読んだものだと自分を褒めてあげたいです。 ですので、前半3点後半7点で均して5点となりました。シリーズの他の作品は多分読まないでしょうね。 |
No.1233 | 6点 | 性格交換- 吉村達也 | 2020/12/09 22:30 |
---|---|---|---|
結婚三年目の南田礼子は、陰気な性格が夫に嫌われているのを察し、それを変えたいと思っていた。そんなある日、ネットで『性格交換案内所』という奇妙なサイトに出会う。自分と他人の性格を交換するという、常識では実現不可能と思える世界。しかし礼子は、その効能を信じ、会員登録をしてしまう。一方、堅物な夫の博は、もっと柔軟な性格になるべきと、弟から浮気を勧められ、いつもと違う人格で美人受付嬢と不倫の世界に。夫婦で第二の自分を求めていたころ、世間では性格交換によると思われる殺人事件が次々に…。
『BOOK』データベースより。 本人同士が会わずしてネット上で性格交換が出来るなど、あろうはずもないと言ってしまえばお終いですが、それを途中までは何となくあり得そうと思わせた時点で作者の勝ちですね。ただ登録をして性格を交換する相手が絞られ、いよいよ実行に移す段階でそれはないだろうといささか拍子抜けでした。簡単に理想の性格を手に入れるのは土台無理筋です、そんなに容易に人間の本質は変えられるものではありません。普通の感覚からすればそれは所謂詐欺に近い存在であると判断できるはずで、しかし振り込め詐欺に騙される人の様に、迷いながらも会員登録してしまう現実もあるのではないかと思わせられます。その意味で、ある程度のリアリティは感じます。 流石は吉村達也で、重くなり過ぎずサクサク読めます。そして丁度良いところでの場面切り替えは見事で、ああそこで次行くのかと思いながらも、そこからもまた面白いので中弛みもなく最後まで楽しめました。そのテクニックというか構成は心憎いばかりです。殺人事件まで絡んできて、俄かに性格交換サイトの信憑性が深まり、実際にそこにのめり込んでいく人の姿や行く末をも描いて、オチも着地点もしっかりしており、面白いホラーサスペンスの良作だと思います。 |
No.1232 | 6点 | 蟲と眼球と殺菌消毒- 日日日 | 2020/12/08 22:07 |
---|---|---|---|
あれからひと月―。「エデンの林檎」の不思議な力を手に入れながらも、仲間の鈴音や愚龍と共に日々平穏に暮らそうとするグリコのもとへ、賢木財閥から二人のエージェントが送りこまれて来る。その使命はなんと、「グリコの両親になること」!?慣れぬ「家族生活」にすっかり調子が狂うグリコ。一方その頃、町では手長鬼と名乗る怪人が残虐な事件を起こしていた。その犯行に超常のものを感じたグリコは、手長鬼と対決する決心をするが…。グリコの不器用な優しさが読む者の胸を打つ!未曾有の学園ファンタジー再開。
『BOOK』データベースより。 一作で完結するはずだったとあとがきで作者が書いている通り、やや無理やり感が無きにしも非ずのシリーズ第二弾。もう完全に主役はグリコになってます。鈴音や賢木の出番が少なすぎてやや不満ではありますが。それにしても色々詰め込みすぎて、その後はどうなったのか気になる、中途半端で終わっているエピソードもあって、所謂続編に続くって感じな終わり方ですね。 今回はグリコが擬似家族に馴染んで、うまく家庭生活をやっていけるのかがテーマとなっているのかと思いきや、それはほんの味付けに過ぎず、結果バトルがストーリーの中心になっています。手長鬼が最強の相手だと思っていたら大間違い、その後に更に強力な化け物を相手にすることに・・・。 ラノベなのにこれがラノベかと思うような、重くて暗い救いのない話に終始しており、かなり異色です。手長鬼の残酷すぎる過去や、憂鬱刑事嘆木の登場、次々に惨殺される少女たちといった魅力的な要素を孕みながらも、テンポが速すぎてじっくり腰を落ち着けて読む状況になりませんでした。 前作が面白過ぎた為、嫌でも期待が高まりましたが、やはりそれに比べると一枚劣る感は否めません。でも、エピローグには心揺さぶられるものがあり、半端に終わったエピソードも含めて、とても次回作が気になります。 |
No.1231 | 7点 | ドールハウスの人々- 二宮敦人 | 2020/12/07 07:36 |
---|---|---|---|
大学生のソウスケは天才的な球体間接人形作家。こだわりぬいた作品は妖しい魅力に満ちていた。ところがある日、恋人のヒヨリを展示会に連れていったことから、狂気に満ちた連続殺人事件が幕を開けた。犯人は、親交のある人形作家か狂信的なファンか―。真犯人を追ううち、人形を愛する人たちの狂気の世界に呑みこまれ、ソウスケのすぐ近くまで魔の手が迫る。
『BOOK』データベースより。 作品の性質上ネタバレの危険性がありますので、あまり多くは語れませんが、如何にも二宮敦人が書きそうな作品ではあります。ジャンルとしてはホラー寄りのミステリでしょうかね。短い小説ですが、その世界観が濃密で特に人形に執着する人間たちの狂気がよく描かれていると思います。まあ、やられましたよ、それ以上は何も言えません。 途中までは舌足らずな表現をわざと駆使して、どうにも据わりの悪い小説だという印象でしたが、それも計算の内だと気付いた時には作者の罠に嵌っていたわけです。猟奇殺人の意味するホワイダニット、少ない登場人物の中で果たして誰が犯人かに興味を引っ張られ、それにプラスしてあくなき人形への偏愛をも描き切っています。 警察の動きがあまりに緩慢だとか、色々瑕疵はありますがかなり楽しめたのは確かなので、甘目に採点してこの点数に敢えてしました。 |
No.1230 | 7点 | 香菜里屋を知っていますか- 北森鴻 | 2020/12/06 07:39 |
---|---|---|---|
ビアバー香菜里屋は、客から持ちこまれる謎がマスター・工藤によって解き明かされる不思議な店―。常連客は、工藤による趣のある料理とともにこの店を愛していた。だが、その香菜里屋が突然たたまれてしまう。そして若かりし頃の工藤の秘密が明らかになる。シリーズ完結編。
『BOOK』データベースより。 これがシリーズ完結篇だったと気付かず、うっかり先に読んでしまいました。しくじったなあ。でもいずれ読むはずだったし、この作品を踏まえたうえで先行作をじっくり楽しむのもアリかとは思い、自分を納得させているところです。しかし、流石に評判が良いだけあり、格調高い文章で綴られる本作は、やや淡白な感は否めないものの、掉尾を飾るに相応しい作品集となっていると思います。そして、工藤の過去を知り、香菜里屋の最期を迎えるという場に立ち会えた事を感無量の想いで読み終得ることが出来、我知らず感銘を受けました。 そして最終話には驚きました。読者サービスの一環かも知れませんが、北森作品には欠かせない人やあの人が登場し、最後を盛り上げてくれます。やや散文的に過ぎる感はありますし、取って付けたような感覚は否めませんが、読者にとっては嬉しい誤算だったのではないでしょうか。それにしても、工藤の作る料理の数々は誰しもが一度は口にしてみたくなるようなものばかりで、やはり本シリーズを語る上ではなくてはならないアイテムとして機能していた事は書いておきたいですね。いずれ読むであろう、残りの未読作品も楽しみです。 |
No.1229 | 6点 | 微笑む人- 貫井徳郎 | 2020/12/05 23:04 |
---|---|---|---|
エリート銀行員の仁藤俊実が、「本が増えて家が手狭になった」という理由で妻子を殺害。小説家の「私」は事件をノンフィクションにまとめるべく取材を始めた。「いい人」と評される仁藤だが、過去に遡るとその周辺で、不審死を遂げた人物が他にもいることが判明し…。戦慄のラストに驚愕必至!ミステリーの常識を超えた衝撃作、待望の文庫化。
『BOOK』データベースより。 久しぶりの貫井徳郎、相変わらずどんよりしてますね。しかし読み始めてからの吸引力は流石で、思わず物語に入り込んでしまいました。ノンフィクション小説風に纏め上げられて、仁藤という人物の過去を遡ることによって、その性格、人格を掘り下げようとしますが、調査すればするほどその人物像が浮き彫りになるどころか、曖昧になっていきます。一体どこに真実があるのか最後まではっきりしません。よって読後感は決してスッキリした物にはならず、結局仁藤俊実という人間を把握することが出来ないため、読者は結構なフラストレーションを抱えることになりそうです。 ストーリーとしては平坦ではなく、それなりに起伏もありミステリ的趣向も盛り込まれていたりして、読む者を飽きさせないような工夫は見られます。実際最後まで退屈することはありませんでした。だからと言ってこれが傑作であるとか問題作だとかは思いません。ミステリなのかサスペンスなのか社会派なのかすら判然としません。しかし、読後に何かが引っ掛かり何かを心に残す、嫌らしい作品だとは思います。それがこの人の持ち味でもあるでしょうしね。 それにしても本の置き場が無くなったから妻子を殺した、というのは果たして本当だったのか、そこだけははっきりして欲しかったと思いますよ。多分事実だったんでしょうけど。 |