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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1828件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1288 7点 不安な産声- 土屋隆夫 2021/03/01 22:36
大手薬品メーカー社長宅の庭で、お手伝いが強姦・絞殺された。容疑者として医大教授・久保伸也の名が挙がり、犯行を自供する。名誉も地位もある男がなぜ?しかも、久保にはアリバイがあり殺害動機もなければ証拠もない。担当検事・千草がみた、理解を超える事件の裏に隠された衝撃の真相とは…?斬新な手法を駆使した日本推理小説史上に残る記念碑的作品。
『BOOK』データベースより。

非常に丁寧且つ堅実な文章で好印象。ホワイという大筋がありながら、そこを通過しているうちに万華鏡のように次々と見ている景色が変わっていく感じがします。つまりは、巧みに構築されたプロットが見事に最後まで展開されていくわけです。適度に人工授精に関する情報を取り込みながら、ミステリとしての愉しみを読者に提供する姿勢を忘れていない作者の強い心意気に感心させられました。


【ネタバレ】


ただ、肝心のホワイ、何故事件に関係なさそうなお手伝いの糸子が殺されたのかの回答にはかなり肩透かしを喰らいました。しかし、それを補って余りある裏事情、一体誰が一番悪だったのかには驚かされました。まさに久保の気持ちを思うと絶望しか残らないし、救いのないラストにも十分納得がいきます。
最終章の第四部の畳み掛ける様などんでん返しの連続は圧巻で、この物語の最後を飾るに相応しい幕引きと言えるでしょう。

No.1287 6点 さみしさの周波数- 乙一 2021/02/27 22:51
「お前ら、いつか結婚するぜ」そんな未来を予言されたのは小学生のころ。それきり僕は彼女と眼を合わせることができなくなった。しかし、やりたいことが見つからず、高校を出ても迷走するばかりの僕にとって、彼女を思う時間だけが灯火になった…“未来予報”。ちょっとした金を盗むため、旅館の壁に穴を開けて手を入れた男は、とんでもないものを掴んでしまう“手を握る泥棒の物語”。他2篇を収録した、短編の名手・乙一の傑作集。
『BOOK』データベースより。

乙一節が炸裂します。切ない話、奇妙な話、怖い話、救いのない話、それぞれ乙一らしいんです。最もお気に入りは誰も触れていませんが最初の『未来予報』ですね。これこそ本領発揮の一篇ではないかと思いますよ。他はその奇想は買うものの、やや霞んでしまっている感じがします。まあこの作者ならこれくらいは当たり前との認識が強いため、他の作品集と比較して特に優れているとは言えません。それでも面白いのには違いなく、入門編としてもお薦めでしょうかね。

全体的にもう少し切なかったらなあと思います。何しろ乙一と言えば切ないイメージですからね。
嘘か誠か、あとがきでえらく恐ろしいことを書いていますが、作家って色々大変なんですね。しかしこの人ももうちょっと頑張って短編書いて欲しいです。他名義も良いですが乙一としての新刊を期待しています。出来れば『GOTH』を超えるやつを。

No.1286 5点 闇の伴走者 醍醐真司の博覧推理ファイル- 長崎尚志 2021/02/25 22:55
元警察官の“探偵”水野優希がコンビを組んだのは、容貌魁偉、博覧強記、かつとても感じの悪いフリー編集者・醍醐真司。巨匠漫画家のスタジオに残されていた、未発表作品の謎の解明を依頼されたのだ。やがて、この画稿と過去の連続女性失踪事件が重なりはじめ―。『MASTERキートン』など数々のヒット作を手がけてきた著者が全ての力を注ぎ込んだ、驚天動地の漫画ミステリ。
『BOOK』データベースより。

文章とプロットに難あり。折角の一流の素材を下手な料理で台無しにしてしまった印象です。それでも漫画に関する薀蓄は面白く、その道のプロだからこそ書けたものだと思います。しかし、サスペンス、ミステリとしては謎が最後に収束されるのではなく、その都度明かされていくのでサプライズ感はほとんどありませんでした。その辺りは推理作家としての資質を備えているとは言い難く、この人の限界を感じざるを得ませんね。ドラマ化された本作ですが、上手く脚色されていればそれなりに見応えのあるものに仕上がったのではないかと想像します。

主役の二人醍醐真司と水野優希のキャラは立っていますが、その他は誰が誰だか分からない位インパクトがありません。肝心の「漫画家」と「漫画編集者」に関してもその異常性があまり発揮されていません。惜しいですね、追う者と追われる者が同等の個性や力量を見せてくれないと、両者の対決の構図が骨のあるものになり得ませんので。本当に残念な作品という恨みの残る痛恨の失敗作ではないかと、個人的に思います。

No.1285 7点 透明人間- 浦賀和宏 2021/02/23 22:39
孤独に絶望し、自殺未遂を繰り返していた理美に、10年前に不審死を遂げた父の秘密が明かされる!?自宅地下に隠されていた広大な研究所。遺された実験データの探索中に起こる連続密室殺人。閉じ込められた飯島と理美。亡き父の研究とは?透明人間以外にこの犯行は可能なのか!?名探偵安藤直樹の推理が真相に迫る。
『BOOK』データベースより。

明後日2月25日浦賀和宏の命日を控え、一周忌の供養の代わりに勝手に本作を読ませていただきました。
安藤直樹シリーズ最後の作品。800枚の大作。但しそれに見合った内容とは言えません。それは前半のヒロイン理美の一人語りの部分が大半を占めている為です。死にたいけれど死にきれない、そんな理美の内面を執拗にねちっこく描いています。しかしだからこそそこに浦賀らしさの一端を垣間見ることが出来る訳で、一ファンとしてはああまたやってるよってなります。そしてある種懐かしさすら覚えます。又、冒頭に配された日記と手書きの「わたしの町マップ」が涙を誘います・・・。

一転後半は目まぐるしく物語が動き、どんどん人が死んでいきます。
理美が目の当たりにした、透明人間の仕業としか考えられない父の死と、地下室での惨劇。この双方を安藤直樹が解き明かしますが、一方で理美が考えた推理も全くの絵空事とは思えないので、どちらを選択するかは読者に委ねられます。いずれにしてもシリーズ髄一のダイナミックなトリックを堪能できるのは間違いありません。
唐突に打ち切られた安藤直樹シリーズ、その後に書かれたシーズン2の萩原重化学工業シリーズ。その間に何があったのかは不明のままで、出来る事なら天国の浦賀に訊いてみたいものではあります。

No.1284 7点 アリス・ザ・ワンダーキラー- 早坂吝 2021/02/21 22:40
十歳の誕生日を迎えたアリスは、父親から「極上の謎」をプレゼントされた。それは、ウサ耳形ヘッドギア“ホワイトラビット”を着けて、『不思議の国のアリス』の仮想空間で謎を解くこと。待ち受けるのは五つの問い、制限時間は二十四時間。父親のような名探偵になりたいアリスは、コーモラント・イーグレットという青年に導かれ、このゲームに挑むのだが―。
『BOOK』データベースより。

かなりの変化球ながら、私のストライクゾーンの真ん中付近に突き刺さりました。『不思議の国のアリス』に関しては無知ですし興味もない私でも、問題なく楽しめました。仮想空間での問題はそれぞれ趣向が変わっていて、単体でも十分面白いと思います。第一問では図解入りで、なるほどそちらから攻めてきたかと感心させられます。まるで手品のような感触もあり、トリックと言うよりパズルに近い解答ですね。第二問の伏線を回収しての犯人指摘、第三問の意表を突くダイイングメッセージの謎解き、いずれも捻りが効いていて好感度が高いです。第四問第五問と更に本格度が増していきます。

これこそ早坂吝の底力を見せつけた、本領発揮渾身の一冊であると断言しても良いでしょう。
勿論バーチャル体験をした後がいよいよ本番となり、最後の最後まで凝りに凝ったパズルミステリで、文句なく楽しめる作品だと思います。こういうオチは個人的に好きです。まあ、こういうのは余計だという意見もあるかも知れませんがね。

No.1283 6点 狩眼- 福田栄一 2021/02/19 22:42
多摩川河川敷で、野田という医師の両眼が刳り抜かれた死体が発見された。事件から二週間経っても、所轄の南多摩署の刑事課は有力な情報も得られず、捜査は行き詰まる。そんな中、若手刑事の伊瀬は上司の水野から、突如別の任務を与えられた。それは、警視庁本部からきた戸垣巡査部長と組んだ、独自の“調査”だった。異常犯vs.若手&ベテラン刑事との攻防戦。
『BOOK』データベースより。

世間的に知名度の低い作家による本格警察小説。しかし、端正な文章で書かれたずしっと重く内容の濃い作品でした。両眼を刳り抜いたり傷つけたりする動機は早々に明かされて、その意味での興味は薄れてしまいますが、地道な捜査の中に様々な人物からの視点も入れ込み、最後まで緊張感を維持して読むことが出来ました。ベテラン刑事で単独行動を黙認されている、言わばはぐれ刑事の戸垣と若手でこれと言った特徴のない、程々の正義感を持つ伊瀬のコンビは決して心を通わせる事はなく、付かず離れずの関係性を保ちながら捜査に臨みます。

そして次第に明らかになる犯人像、被害者のミッシングリンク、裏に隠された真実、戸垣の苦い過去などがじわじわと迫るように表出してきます。決して読んでいて気持ちの良い話ではありませんし、際立って面白い訳でもないですが、かなりのめり込めます。警察小説の王道を往くと言ってもよい作品に仕上がっているのではないかと思いますね。

No.1282 5点 名探偵ぶたぶた- 矢崎存美 2021/02/17 22:48
日常の中の、小さな謎。心に引っかかった、昔の記憶。
失くしてしまったものの行方。胸に秘めた、誰にも言えない秘密。
そんな謎や秘密を抱えた五人が出会うのは、なんとも「謎すぎる」ぶたのぬいぐるみ、山崎ぶたぶた。
小さくてピンク色で、かわいいけど、実は名探偵って、本当⁉――本当なのだ。
悩みを解決するヒントをくれるんだって。
心温まる謎解き、5編を収録。

お母さんの電話の謎
ホテル、記憶の謎
いなくなった友人の謎
ぬいぐるみが消えた謎
心にかけた鍵の謎
――ぶたぶただから解ける、5つの謎のお話です。
Amazon内容紹介より。

第一話を読み終えた時おっと思いました。それなりに期待できそうです。しかし、後続の短編の謎があまりにささやかで読み応えがありません。ある時はカフェのマスター、ある時はホテルマン、ある時は海の家の店主といった具合に様々なシチュエーションで登場する、バレーボール大の喋って動けるぶたのぬいぐるみ山崎ぶたぶた。おじさんの声で優しく迷える人々を解決の方向に導いて行きます。
第三話で新型コロナウイルス感染予防という文言が出てきた時、ハッとしました。そうか、もうそういう時代に入っているんだと実感しましたね。

まあミステリとしては大いに物足りませんが、作者はどうしてもミステリを書きたかったとの事で、作家仲間に訊いたらそのまま日常の謎として今まで通り書けばよいのではとのアドバイスを受け、一念発起したようです。尚、ぶたぶたシリーズは最新作の本作『名探偵ぶたぶた』を含めて32作と、長年ハートウォーミングな作風で愛されている模様。

No.1281 5点 蟲と眼球とダメージヘア- 日日日 2021/02/16 22:28
不思議な林檎の力を持つ孤独な少女・眼球抉子、通称グリコが生きる世界は、全知全能の「神」の力で、平穏を取り戻したはずだった―。グリコは林檎の力を失い、ごく普通の少女として過ごしていたが、ある日、この世界にいないはずの宇佐川鈴音と再会する。なぜまたこの世界に戻ってきたのか、彼女にもわからないという。しかし、鈴音との再会と前後して、町では「人食い鬼」と呼ばれる不審な人物が事件を起こし始めた。「ダメージヘア」と名乗る彼女は新しい敵なのか!?せつなくも深い絆で結ばれた鈴音とグリコ、そして賢木は、再び一緒に事件解決に乗り出す。殺原姉妹やブレイクサンたちも活躍(?)の特別番外編、期待に応えて登場。
『BOOK』データベースより。

私の中では前作『白雪姫』で物語は完結していましたので、本作は言わば蛇足、付け足しみたいなものとしか感じられません。一つ意味があるとすれば、それは今まで名前だけで登場していなかった欠片の一人神蟲天皇が出てくることでしょうね。それがダメージヘアです。今回の敵は主に彼女一人で、これまでの様にバトル中心でありません。

終わった後の話ですから、何だか抜け殻のようにも思えて、個人的にはあまり感心しませんでした。読んでいる途中でおそらく編集者にお願いされて番外編的に描いたのだろうと想像しましたが、あとがきではっきりとその事が書かれていていました。Amazonの評価などを見る限り歓迎されており、余程のファンなのだろうなと思いながら苦笑せざるを得ませんでしたね。私としては殺原姉妹やブレイクサンの活躍よりも、刑事嘆木狂清とその恋人のエピソードの方が印象に残りました。この憂鬱刑事は私のお気に入りですので。

No.1280 7点 クドリャフカの順番- 米澤穂信 2021/02/15 22:42
待望の文化祭が始まった。だが折木奉太郎が所属する古典部で大問題が発生。手違いで文集「氷菓」を作りすぎたのだ。部員が頭を抱えるそのとき、学内では奇妙な連続盗難事件が起きていた。盗まれたものは碁石、タロットカード、水鉄砲―。この事件を解決して古典部の知名度を上げよう!目指すは文集の完売だ!!盛り上がる仲間たちに後押しされて、奉太郎は事件の謎に挑むはめに…。大人気“古典部”シリーズ第3弾。
『BOOK』データベースより。

古典部シリーズ初読み。これがあの古典部シリーズですか、なるほど面白いですね。青春ミステリそして日常の謎として細部まで良く作り込まれていると思います。四人の古典部部員が一人称で己の心情や、それぞれが目撃した事象を入れ代わり立ち代わり描いており、全ての登場人物から犯人を推理することが出来る仕組みになっています。
中盤の山場であるお料理対決のシーンは盛り上がりますね。奉太郎以外の三人が料理の腕を振るいますが、最後の大将である摩耶花が時間に間に合うのか、そして残りの材料で上手く一品を作ることが出来るのか、ドキドキします。

そしてラストの謎解き、動機が弱いですねえ。そこまでしなくても他に方法があった気がしますが。まあでもそれを言ってしまったら事件は起こらない訳ですから、やむを得ないでしょうかね。誰が探偵役なのかは伏せますが、なかなか良い根性してます。謎を解くばかりでなく・・・まで。やられました。
本作は群像劇であり、青春小説の側面もあります。心憎い演出で締めくくり、読後も清々しいだけじゃない何かを読者の心に残す佳作だと思います。

No.1279 7点 ファントムレイヤー 心霊科学捜査官- 柴田勝家 2021/02/13 22:54
陰陽師・御陵清太郎と刑事・音名井高潔は対心霊の最強バディ!霊障事件を調べるため御陵が女子校に潜入捜査。流行するおまじない「クビナシ様」は、ゲームアプリを利用するものだった。異色の呪術に御陵は興味を持つが「クビナシ様」は暴走を続け―。密室での呪殺に隠された、悲しい恋物語の結末とは。FBI仕込みの管理官・青山が現れて、二人の関係にも不穏な影が差し…!?
『BOOK』データベースより。

密室殺人事件が起こるまでは、女子校の雰囲気がよく描かれていて、お約束の七不思議なども紹介されて面白く読ませてもらいました。ただ事件の捜査法は陰陽師だけあって、霊子や怨素、要するに怨霊を祓うもので、本格物とは違うので違和感を覚えます。そこでのクラス委員長で陰陽師の末裔倉橋の豹変ぶりには、それまでがあまりに毅然としていたので、狼狽え方に何故にと思いましたね。

そして密室の扉が開けられる時、漸く本来のミステリが姿を現します。その真相の裏には思いも寄らぬ人間関係や秘密が隠されており、更に意外な伏線の数々が収束されたりもしています。全く上手く纏めたものだと感心します。まさに本格ミステリとオカルトの融合と言って良いでしょう。そのどちらにも傾かない微妙なバランスが取られて、本シリーズの本領を発揮していると思います。

No.1278 6点 さあ、気ちがいになりなさい- フレドリック・ブラウン 2021/02/11 22:18
記憶喪失のふりをしていた男の意外な正体と驚異の顛末が衝撃的な表題作、遠い惑星に不時着した宇宙飛行士の真の望みを描く「みどりの星へ」、手品ショーで出会った少年と悪魔の身に起こる奇跡が世界を救う「おそるべき坊や」、ある事件を境に激変した世界の風景が静かな余韻を残す「電獣ヴァヴェリ」など、意外性と洒脱なオチを追求した奇想短篇の名手による傑作12篇を、ショートショートの神様・星新一の軽妙な訳で贈る。
『BOOK』データベースより。

もっと奇想天外で荒唐無稽な話を期待していましたが、それ程でもなく大人し目な感じでした。『みどりの星へ』の興味深い仕掛けや『おそるべき坊や』の偶然が奇跡を呼ぶ二つの出来事、『不死鳥への手紙』のスケールの大きさなどは印象に残りました。一方で最初の一行でオチが読めてしまう『ノック』や結局どうなったのか理解できなかった、読者を煙に巻く表題作などはあまり共感できなかったですね。

こうした奇想が発揮される短編集は幾つも読んで来ましたが、そこまで常識を打ち破る作品が並んだ佳作揃いとは言い難いと思います。表題作のタイトルに上手く騙された感じもしましたね。多分私の想像の上を行く無茶な試みに挑戦したものであろうとのワクワク感はあえなく裏切られました。それでも発刊当時にしてみれば十分常識外れな作品集だったのではないかとは思いますが。

No.1277 3点 Xサバイヴ2 都市伝説ゲーム- 上甲宣之 2021/02/09 22:29
謎の携帯番号「089」にコールしたことにより、もうひとつの裏側世界が見えるようになってしまった編集者の白雪亜夢子は、自らの持つ携帯電話を狙われ続け、異形のモノとの追いかけっこはまだ終わらない。一方、亜夢子の担当作家である天生勇希斗は、ある秘密を抱えたまま、マスクの女に襲われている少女を助けに向かうのだった!“封じられた記憶”と悲しいすれ違いによる、絶望のゲームが始まりの鐘を鳴らす―!ハ・イ・リ・コ・ン・ダ・ラ・ヌ・ケ・ラ・レ・ナ・イ。「このミス」大賞受賞作家が放つ、予測不可能なデンジャラス・ゲーム。
『BOOK』データベースより。

前作読後一年も経っていないのに、ぼんやりとした記憶しかなく、何が何だかよく分からないまま読み始めてしまい、結局最後までその繋がり具合が不明でした。しかも、まだ続きがあることを匂わせていますが、作者は2009年以降新刊を出しておらず、続編はおそらくもう読めないものと考えています。別にもういいやとは思いますけどね。この人はもうアイディアも尽きたようですし、筆を折った方が賢明と言えそうです。

最初から最後までバトルの連続、と言うより戦闘シーンしか描かれていないです。その割に手に汗握るスリリングさの欠片もなく、臨場感に欠けます。文章が下手なせいか、情景が浮かんで来ないのです。異界の魔物とタッグを組んで特殊能力を身に付けた者達が延々戦っていますが、どうにも冗長ですんなり頭に入って来ませんでした。主要登場人物の背景に何があるのかも描き切れていませんし、そもそも面白くありません。
『Xサバイヴ』と『2』が同時刊行されたようですが、売れなかったんでしょうね。『3』は出されず未完のまま終わってしまったのは当然の帰結だと思います。余程の猛者でない限り読もうとは思わないでしょうからね。

No.1276 6点 嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 幸せの背景は不幸- 入間人間 2021/02/08 22:28
御園マユ。僕のクラスメイトで、聡明で、とても美人さんで、すごく大切なひと。彼女は今、僕の隣にちょこんと座り、無邪気に笑っている。リビングで、マユと一緒に見ているテレビでは、平穏な我が街で起こった誘拐事件の概要が流れていた。誘拐は、ある意味殺人より性悪な犯罪だ。殺人は本人が死んで終了だけど、誘拐は、解放されてから続いてしまう。ズレた人生を、続けなければいけない。修正不可能なのに。理解出来なくなった、人の普通ってやつに隷属しながら。―あ、そういえば。今度時間があれば、質問してみよう。まーちゃん、キミは何で、あの子達を誘拐したんですか。って。第13回電撃小説大賞の最終選考会で物議を醸した問題作登場。
『BOOK』データベースより。

故意に読みづらく書いているとしか思えないごつごつした文体。無機質で人間味のないみーくん。情緒どうなってんねんと思うくらい壊れているまーちゃん。どれを取っても好感が持てません。小さな町で同時に起こった連続殺人事件と誘拐事件を扱っていますが、一方は最初からネタバレしていますし、他方は最後の最後まで犯人を指摘するための伏線はなし、ミステリとして評価できませんね。

三章まではまーちゃんが誘拐した子供達とみーくんとの心許ないふれあいを中心に物語は進みます。全然紆余曲折などはありません、しつこい位比喩を多用したねちっこい文章で、正直一体何がしたいんだと思いました。しかし四章で突如として目覚めたように動き出します。結局そこに惹かれて加点した訳ですが、全体として粗削りな感は否めません。
これが2年で19版も重版されたとは俄かには信じがたいものがあります。それ程受けたのでしょうか、おそらく若年層中心でしょうが、一般受けするとはとても思えませんねえ。

No.1275 6点 復讐執行人- 大石圭 2021/02/06 22:56
香月健太は33歳。3つ下の妻と5歳と6歳の娘たちと4人で横浜市郊外の住宅地に暮らし、大手家電メーカーの横浜営業所にサービスエンジニアとして勤務している。平凡でありきたりの毎日だったが、香月健太は心の底から幸せだった。あの男が現れるまでは……。明日から家族旅行へ行くという夜、事件は起きた──。
Amazon内容紹介より。

グロ少な目エロ多目です。被害者香月健太が三人称、加害者の「僕」が一人称で、これらが交互に描写される、ちょっと変わった構成となっています。どちらにも感情移入できる仕様で、私は迷いながら結局あちらにこちらにと両者にフラフラと行き来してしまいました。冒頭からいきなり加害者の暴虐ぶりが露わになり、若干付いて行けない感もあったりしてモヤモヤしつつ進行します。そして更なる家族が狙われ、ミステリ的に言えばミッシングリンク物と言えるでしょうか。果たして二つの家族を繋ぐ線は何なのか?

思ったよりも後味は悪くありませんでした。所々に感動できるポイントが用意されており、ハードな面ばかりがフューチャーされる訳ではなく、どこか感傷的なシーンも挿入されて、抑揚が確りしています。作者の名前で先入観を持たずフラットな気持ちで読んでいただきたい作品ですね。加害者の一人称はこの人の得意とするジャンルですが、今回は被害者側の立場にも立っていて、両面から心理描写がなされて十分楽しめました。

No.1274 5点 囮物語- 西尾維新 2021/02/05 22:37
“―嘘つき。神様の癖に”かつて蛇に巻き憑かれた少女・千石撫子。阿良々木暦に想いを寄せつづける彼女の前に現れた真っ白な“使者”の正体とは…?“物語”は最終章へと、うねり、絡まり、進化する―。
『BOOK』データベースより。

ストーリーがあってないようなもので、ひたすら仙石撫子の内面を描き続ける、撫子ファンのための作品。
それまであまり目立たなかった仙石撫子、主役としてはやはり役者不足ではないかと思います。バトルもほとんどなく、主な登場人物も撫子の他には阿良々木月火、阿良々木暦だけです。もし何の予備知識もなく初めて本シリーズを読んだ人は、おそらく何じゃこれ?と思う事でしょう。順に追って読んでいる私でもかなり物足りなさを覚えたのは確かですので、最後まで退屈せずに読めたことを考慮しても、シリーズ中最も地味で大人しい作品ではないかと思いますね。

読み所としては、中学のクラスでも目立たなかったのに委員長を務めている撫子が、突如覚醒したかのように暴言を吐き心中を吐露する件でしょうか。あとは月火との遣り取りで、少女同士の馴れ合わない会話がなかなか面白かったですね。決して嫌いではありませんが、そもそも撫子に思い入れがないため十分に楽しめなかったのは事実です。

No.1273 6点 死んでもいい- 櫛木理宇 2021/02/03 22:26
「ぼくが殺しておけばよかった」中学三年の不良少年・樋田真俊が何者かに刺殺された事件。彼にいじめを受けていた同級生・河石要は、重要参考人として呼ばれた取り調べでそう告白する。自分の手で復讐を果たしたかったのか、それとも…少年たちの歪な関係を描いた表題作他、ストーカーの女と盗癖に悩む女の邂逅から起きた悲劇「その一言を」など書き下ろしを含む全六篇を収録。人間の暗部に戦慄する傑作ミステリ短編集。
『BOOK』データベースより。

それぞれ持ち味の違うイヤミス系ミステリ短編集。
例えば反転を味わえるもの、或いは誰が誰を殺したのか最後まで巧妙に隠蔽されたものなど様々な作風を味わえますが、底意地の悪い人間やゾッとする程サイコな人物が続々と登場します。表題作を読んだ時点ではやや期待外れかなと思いましたが、その後は順調に重苦しくて嫌な感じの作品が並び、作者の底力を感じました。

マイベストは『ママがこわい』で、双子の幼稚園児の母親でとんでもないモンスターペアレントの暴れっぷりを描いたかと思うと、次第に視点が他の人物に変わって、裏に隠れていた思いも寄らなかった真実の物語を読者に見せつけるというアクロバティックな妙技を披露して、唸らせます。
書下ろしの『タイトル未定』はまるで綾辻行人ばりの酩酊感を伴うホラー色の強い作品です。途中まで櫛木理宇自身が出てきて、自らを男として登場させています。あれ?と思っていたら、あ、そういう事だったのねとなりますが、またまたそれが引っ繰り返されて・・・といった猫の目の様に目まぐるしく変化する気味の悪さには良い意味で辟易としました。

No.1272 6点 五覚堂の殺人~Burning Ship~- 周木律 2021/02/02 22:30
放浪の数学者、十和田只人は美しき天才、善知鳥神に導かれ第三の館へ。そこで見せられたものは起きたばかりの事件の映像―それは五覚堂に閉じ込められた哲学者、志田幾郎の一族と警察庁キャリア、宮司司の妹、百合子を襲う連続密室殺人だった。「既に起きた」事件に十和田はどう挑むのか。館&理系ミステリ第三弾!
『BOOK』データベースより。

ガチガチの館ミステリですね。雰囲気はなかなか良い感じです。二つの密室のトリックは同じようなシチュエーションですが、その規模が大きく違います。第一の密室はやや小ネタ的です、それでもそれなりに考えられたものであり、解りやすいのが何よりです。第二の密室は大掛かりな物理的トリックで、そんな馬鹿な事があるのだろうかと誰もが思う類のものですね。バカミスとは言えないかも知れませんが、何らかの痕跡が残るであろうことは疑い様がないでしょう。一々図解で説明されていて、そこは評価が高いです。よってトリックが解明されるまでは7点付けようと思っていました。しかし


【ネタバレ】


しかし、動機の面と犯人の心理面でかなり作者の考えと私の解釈とに乖離が見られることによって点数を下げざるを得ないとの結論に達しました。その反論点とは

・二十三年前の事件で、幾郎が家政婦の優が妊娠八ヶ月だったのを何故鬼丸に聞くまで知らなかったのか。誰の目にも明らかなはずであり、優に特別な想いを抱いていた幾郎なら尚更あり得ない。

・連続殺人事件の真犯人は何故もっとも憎むべき相手が死ぬまで手を拱いていたのか。真っ先に殺意を抱くはずなのにそれを我慢して、その親族を根絶やしにしようとするのはお門違いではないか。

この二点に於いて矛盾を生じているのは間違いないと思います。よってマイナス1点で6点としました。

No.1271 6点 午後の足音が僕にしたこと- 薄井ゆうじ 2021/01/31 22:37
こつ。こつ。午後1時25分、今日もハイヒールの音が町の東からゆっくりと近づいてくる。足音は「僕」の仕事場のすぐわきを通り過ぎ、町の西までいくと戻ってくる。そして、町の東へ消えていく。彼女は、もう何年も同じ行動を繰り返し続けていたのに、ある日、足音が途絶えた……。人知れずざわめき揺れる心、一瞬のロマンス――読むことの楽しさを堪能できる極上の小説集。
Amazon内容紹介より。

これぞ分類不能の短編集。およそ文庫本10ページの短編が22篇収められています。ほぼ毎回出てくる主人公の「僕」はおそらく同一人物で、必ず女性が絡んできます。そして小さな小さな謎やほんの些細な不思議な体験をすることになります。ある意味では恋愛小説の様相を呈していますが、最終話で見事にひっくり返されます。これはまさしくミステリの手法で、最後まで読んでみないと分からないものですね。

ドラマティックとは無縁の、どちらかと言うと淡々とした作品ばかりで誰にでも書けそうな感じがします。しかし、実際書けないんでしょうね。これで食べていけるのかと他人事ながら心配になったりしますが、それなりに数は書いているようなので大丈夫みたいです。

No.1270 7点 血液魚雷- 町井登志夫 2021/01/30 22:29
放射線科医・石原祥子のもとに搬送されてきた心筋梗塞の患者は、かつての恋人・羽根田医師の妻、緑だった。だが、冠動脈に詰まった血栓の除去手術中、透視画像に映り込んだのは、血流に逆行して移動する不気味な影。羽根田医師の強硬な主張により、その正体を解明すべく試験稼働中の“アシモフ”が投入されることになった。それは、挿入したカテーテルからナノ単位のビームを照射し、血管内をリアルタイムに撮影する世界初の装置だった。“アシモフ”のゴーグルを装着し、血管内世界を体感していく祥子。やがて彼女の眼前に現われたのは、ミサイルのごとき形状とプロペラのような鞭毛を備えた謎の物体であった…人体という異世界を舞台に、極小存在と人類との息詰まる攻防戦を描いた、現代版『ミクロの決死圏』。
『BOOK』データベースより。

人間関係とかサイドストーリーなど何するものぞとばかりに、迫力だけで押し通すハードSF、或いは医療サスペンス。いきなり心筋梗塞患者を手術するシーンから始まり、その時点で既に本筋に入っています。
この作者は何者?と思うくらい医療に詳しく、調べてみたら普通のSF、推理作家で医療従事者ではありませんでした。それだけ様々な文献を参考にし、現役医師のアドヴァイスを受けて勉強していたようです。とにかく直球勝負で、動脈を脳から心臓、四肢の細部に至るまで縦横無尽に疾走する異物の正体を突き止めようとするシーンの連続です。その様は確かに往年の名作映画『ミクロの決死圏』を彷彿とさせるものです。アシモフを操縦しながら物体Aを探る一方、サブでそれを魚群探知機の様に位置を確定させ、それを撮影していく過程は凄い勢いを感じます。

エピローグで明かされる意外な真相はミステリにも通じるもので、その手掛かりは読者の前にあからさまに晒されており、異物の正体を推理する事も可能になっています。
第3回『このミス』大賞の最終選考にまで残った本作は、まさに骨太の力作と言えるでしょう。医学の知識に疎い一般の人でも十分に楽しめるエンターテインメント小説に仕上がっていると思います。

No.1269 7点 首吊少女亭- 北原尚彦 2021/01/29 22:21
英国留学中に、ネス湖へのツアーを申し込んだ女子大生の私。だが、参加者は日本人の私ひとり。ガイドが運転する車でネス湖へ向かうと、道路沿いに小さなパブが建っている。看板には「The Hanging Girl」と奇妙な名前がついている。ヴィクトリア朝時代に起きた少女の首吊り自殺に由来があるというが…。―表題作「首吊少女亭」19世紀末、帝都ロンドンを舞台に、怪奇と幻想で織りなされる珠玉のヴィクトリアン・ホラー。
『BOOK』データベースより。

何と言っても起承転結が確りしているのが良いですね。難を言えば結が呆気ない点でしょうが、野卑なシーンなどでも品性が感じられ、文章が美しいです。ロンドンを舞台にイギリスと言えばという要素が盛り込まれていて、何となく当時の帝都の風景が浮かんでくる様でもあります。『眷属』ではシャーロック・ホームズらしき人物(あとがきで当人だと言明されている)がちょっとだけ出てきますし、表題作ではネッシーに関する記述があったりします。12の短編が納められていますので、様々な毛色の違う作品が楽しめると思います。全体的にはホラー色が濃いですが、怖いと言うよりラストでこの先どうなってしまうのか不安感を煽る物が多い気がします。

個人的には切り裂きジャックを扱った『妖刀』、古書愛好の度が過ぎて予想もしていなかった事態に陥る『愛書家倶楽部』、最も奇想が際立ったとんでも小説『火星人秘録』、下水道を浚って金属などを拾い集め金にする者たちに訪れる恐ろしい結末を描いた『下水道』、後はやはり表題作が印象に残ります。残りの作品も含めて駄作凡作のない良品揃いの短編集だと思います。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
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