皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
nukkamさん |
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平均点: 5.44点 | 書評数: 2865件 |
No.2725 | 5点 | 鬼蟻村マジック- 二階堂黎人 | 2024/01/25 22:13 |
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(ネタバレなしです) 2008年発表の水乃サトルシリーズ第7作(社会人編としては第4作)の本格派推理小説です。第二章で「まるで宮野叢子の『鯉沼家の悲劇』(1949年)や横溝正史の『犬神家の一族』(1950年)みたいじゃないですか」とサトルに語らせているように、鬼神様の血が流れていると噂される上鬼頭家の険悪な人間関係とその中で繰り広げられる悲劇を描いています。どちらかと言えば二階堂蘭子シリーズ向きのテーマに思えますがあえてミスマッチを狙ったのかもしれません。もっとも本書のサトルはいつものマイペースぶりが影を潜め、謎解きに苦戦して悩む姿が目立っていていつもの個性を発揮しているとは言えないように感じましたけど。70年前の事件の真相はアイデアは面白いものの、あの不自然なトリックは普通一目でばれてしまうのでは。衣装部屋の消失トリックはまずまず。しかし最後の事件の真相ははっきり言って脱力レベルだと思います。 |
No.2724 | 4点 | 殺人は展示する- マーティ・ウィンゲイト | 2024/01/22 22:41 |
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(ネタバレなしです) 2020年発表の初版本図書館の事件簿シリーズ第2作です。英語原題は「Murder Is a Must」で、ドロシー・L・セイヤーズの「殺人は広告する」(「Murder Must Advertise」)(1933年)をモチーフにしています。殺人事件の謎解きもありますが、主人公のヘイリー・バークが抱える問題はそれだけではありません。展覧会の企画、セイヤーズの稀覯本探し、恋人ヴァルの双子の娘たちとの出会いなどがそれぞれ丁寧に描かれており、そういうのに興味を抱ける読者ならいいのですけどミステリーへの期待の高い読者だと無駄の多い作品と感じてしまうかもしれません。終盤はそれなりにサスペンスが盛り上がりますが、好都合な目撃者の登場で犯人がわかって解決しただけにしか感じられませんでした。第22章で「怪しい人物には全員、鉄壁のアリバイがある」とか言ってたのは一体何だったんでしょう?本当に鉄壁だったのか最初から穴だらけだったのかもよくわかりません。一応は本格派推理小説の体裁をとってはいますが推理説明が不十分です。 |
No.2723 | 5点 | 生存する幽霊- 笹沢左保 | 2024/01/16 23:56 |
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(ネタバレなしです) 1999年から2000年にかけて雑誌連載されて2000年に単行本化された夜明日出夫シリーズ第7作となる本格派推理小説です。本書での夜明は39歳、「昼下がり」(1991年)で登場した母親とは死別し、実家を処分してマンションで1人暮らししています。同じマンションに住む女性といい関係に発展する可能性が示唆されていますが、笹沢左保(1930-2002)の死去で本書がシリーズ最終作となってしまいました。群馬の温泉地まで老夫婦を送ることになった夜明はタクシー道中で孫娘の志くらが買ったばかりの新車に奇妙ないたずらされたことを聞かされ、その翌日志くらが殺されたことを知ることになります。元刑事である夜明を慕う2人の若手刑事の捜査に協力することになって、捜査の前面に立たないようにしつつもタイプの異なる刑事たちに公平な立場であることを気配りながらアドバイスを与えていく場面が読ませどころです。犯人にたどりつく捜査と推理よりも、逮捕後に明かされる秘密とタイトルの意味の方が印象に残った作品です。 |
No.2722 | 5点 | 受験生は謎解きに向かない- ホリー・ジャクソン | 2024/01/14 20:41 |
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(ネタバレなしです) ピップ三部作の最終作である「卒業生には向かない真実」(2021年)の創元推理文庫版の巻末解説でピップの初めての事件を描いた中編作品があることが紹介されていましたが、まさかそれが単行本で読めるようになったのは驚きです。創元推理文庫版で150ページ少々の薄い作品で、三部作に続いて2021年に発表されていますが作中時代は「自由研究には向かない殺人」(2019年)の少し前の設定です。主要登場人物はピップとその友人たち7人で構成されており、三部作で激変する前の安定した人間関係が描かれています。但しページ数量が限られているので三部作のような濃厚な心理描写はなく、謎解きのみに集中したプロットです。レノルズ家にみんなで集まって犯人当てゲームをするという展開で、横溝正史の「呪いの塔」(1932年)やアガサ・クリスティーの「死者のあやまち」(1956年)のようにゲームの最中に本当の事件が起きてしまうというようなことはありません。第11章で(犯人役も含めた)全員が誰が犯人かの推理を発表するという本格派推理小説ならではのクライマックスが用意されているのですが、登場人物間で「そんなのズルいよ」「たんなるゲームなんだから」と意見が分かれていますけど、これは本書を読んだ読者の間でも同様の賛否両論になりそうな結末ですね。作者は謎解きの完成度より「自由研究に向かない殺人」へつながる物語を書くことを大事と考えていたように思います。 |
No.2721 | 5点 | ホメロスの殺人方程式- 小峰元 | 2024/01/11 23:16 |
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(ネタバレなしです) 1987年発表の本書は小峰元(1921-1994)の最後の長編作品となったユーモア本格派推理小説です(但し本書以降も短編作品はいくつか書かれていた模様です)。マンションの自室で見知らぬ男の死体を発見する羽目になった大学生の主人公が仲間たちと事件を調べていくという青春ミステリーです。中盤に結構衝撃的な出来事が起きるのですが、飄々とした雰囲気は全く変わりません。軽妙で読みやすい作風ながら最終章で方程式を駆使しながら明かされた真相は非常に複雑で難解、そして事件の決着のつけ方という点では(家庭教師の件も含めて)不満を抱く読者もいるかもしれません。 |
No.2720 | 5点 | レイヴンズ・スカー山の死- アルバート・ハーディング | 2024/01/09 07:08 |
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(ネタバレなしです) 素性が全く知られていない英国のアルバート・ハーディングが1953年に発表した唯一の作品は、グリン・カーを彷彿させる山岳本格派推理小説でした。引退した61歳の元保険会社社員が放浪の旅の途中で山での不審死事件に巻き込まれるプロットです。面白そうなトリックが使われているのですがそのトリック効果が上手く表現されていないのが惜しいところです(あまり目立つと謎解きが見え透いてしまうリスクもあるのですが)。誰が犯人かをどのようにして推理したのかの説明が省略されているのも残念です。ミスリーディングの手法は賛否両論かも。控え目ですが背景描写に優れており、当時としても古典的であろうロマンス描写も印象的です。 |
No.2719 | 5点 | 陰摩羅鬼の瑕- 京極夏彦 | 2024/01/07 04:02 |
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(ネタバレなしです) 2003年発表の百鬼夜行シリーズ第7作です。「宴の支度編」と「宴の始末編」合わせて講談社文庫版で2000ページに達する巨大作の「塗仏の宴」(1998年)に続く作品で、多くのシリーズファン読者が待ちに待ったと思いますが果たして期待に応えた作品だったでしょうか?文庫版で1200ページ近い大作なのはこのシリーズらしいですが、これまでの作品に比べて登場人物は少なくシンプルな展開の本格派推理小説だと思います。それでいて「塗仏の宴」には及ばないもののこれだけ長大な作品になったのはワトソン役の関口の対人恐怖症と失語症が実にしつこく描写されるからでしょう。症状が悪化したのは「塗仏の宴」での体験で「壊れた」からと説明されており、あれを読んだ立場から評価するとごもっともと納得はできるのですがそれにしてもくどい、くどすぎます。舞台が洋館のためかこのシリーズの特色である妖怪要素が弱く、京極堂による憑物落としも強引に挿入されたように感じました。「鉄鼠の檻」(1996年)が宗教的なら本書は哲学的、巻末解説を哲学者が書いています。 |
No.2718 | 6点 | ストリップ・ガールの馬- E・S・ガードナー | 2024/01/06 16:23 |
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(ネタバレなしです) 1947年発表のペリイ・メイスンシリーズ第29作で、英語原題は「The Case of the Fan-Dancer's Horse」です。ハヤカワポケットブック版で扇ダンサーがストリッパーであることが補足説明されているので日本語タイトルは間違っていないしストリップ場面もありますが、エログロ演出に関心の低い作者ですのでお色気に期待してはいけません。砂漠地帯をドライブしていたメイスンが交通事故を目撃します。事故車の中から一対の扇と一足のダンス靴を発見したメイスンは拾得物の広告を掲載しますが、扇ダンサーと思われる人物から私の馬ですとの意外な連絡が届くプロットです。同じ名前を使っている2人のダンサーを登場させて謎を深めたり、第10章では時間表を駆使して殺人現場に出入りした容疑者たちの動向をチェックしたりと本格派推理小説として充実した作品です。 |
No.2717 | 5点 | 火車と死者- 高木彬光 | 2024/01/06 16:04 |
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(ネタバレなしです) 1959年発表の神津恭介シリーズ第10作の本格派推理小説で、短編「火車立ちぬ」(1958年)を長編化した作品です(短編版は「神津恭介の回想」(1996年)で読めます)。鴉、猫、狐が力をあわせて死体をあやつり人形のように動かすという火車伝説を死体なき殺人事件に絡めていますが、当時全盛期だった社会派推理小説の影響でしょうか派手な演出は抑制され、地道に事件関係者の身辺調査が長々と続く展開のためオカルト演出は上滑り気味です。エラリー・クイーンの某作品を連想させる仕掛けはアイデアとして悪くありませんが、空さんのご講評で指摘されているようにその仕掛けの成立のために偶然を多用しているところも気になります。 |
No.2716 | 7点 | アゼイ・メイヨと三つの事件- P・A・テイラー | 2023/12/30 00:31 |
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(ネタバレなしです) アゼイ・メイヨシリーズの中編集は2冊が発表されていますが1942年発表の本書が第1中編集で、「ヘッドエイカー事件」(1941年)、「ワンダーバード事件」(1939年)、「白鳥ボート事件」(1942年)の3作が収められています。筆致は軽快でユーモアもたっぷりですが、漫然と読んでいくと複雑なストーリー展開に置いてきぼりを食らいかねません。せめて登場人物リストは作っておくことを勧めます。長編作品に引けを取らない充実の謎解きプロットの本格派推理小説が揃っていますが個人的ベストは「ワンダーバード事件」。いつの間にかトレーラーが別のトレーラーに代わった上にそのトレーラーから見知らぬ男の死体が発見されるという風変わりな事件で、巧妙なミスリーディングと論理的なアゼイの推理が見事です。まさかのトリックの「ヘッドエイカー事件」といとこのジェニー・メイヨとのはじけた会話が楽しい「白鳥ボート事件」も面白く読めました。 |
No.2715 | 6点 | 金田一耕助の冒険- 横溝正史 | 2023/12/28 09:34 |
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(ネタバレなしです) 1956年から1958年にかけて雑誌に発表された「女」というタイトルのつく金田一耕助シリーズの本格派推理小説を集めた短編集です。当初は6作を収めた「金田一耕助事件簿」(1959年)が、後には7作を収めた「金田一耕助の謎」(1975年)が出版されていますが、私は11作を収めた本書(角川文庫版)(1976年)で読みました。巻末解説によるとその11作以外にも「女」タイトル短編がいくつかありますがそれらは改訂されて長編作品になったようなので、最終版作品のみで構成されている角川文庫版で十分だと思います(ちなみに改訂長編化される前の「女」作品も「金田一耕助の帰還」(1996年)で読めるようです(私は未読))。1作を除いて金田一が氏名不詳の「記録者」に真相を説明する形式を採用していて連作短編集を意識したようなところがあります。読者のための推理データは十分とはいえず、既視感のあるトリックもありますが(某海外本格派からの拝借では?)、作品の出来栄えはほぼ均等で気楽に読めました。その中では動機に唖然とする「鏡の中の女」(1957年)、犯人当てとしては楽しめませんが心理分析が印象的な「夢の中の女」(1956年)がお気に入りです。金田一が笑う場面が多いのも印象的でした。 |
No.2714 | 5点 | ものはためし- A・A・フェア | 2023/12/26 11:36 |
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(ネタバレなしです) 1962年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第23作で本格派推理小説要素の少ないハードボイルドです。若い女性とモーテルに宿泊した依頼人から、そのモーテルで殺人事件が起きたのでドナルドに身代わりとなって警察に出頭して証言してほしいという依頼です。殺人事件の謎解き捜査はほとんど前面に出ませんが、10章や13章でドナルドが想定外のピンチに陥るなどメリハリのついた展開で退屈しない作品です。後半は法廷場面が用意され、弁護士出身のドナルドが検事補を影で支援する場面が読ませどころです。もっともそれと引き換えにドナルドの活躍が目立たなくなってしまった感があり、最終章で事件の真相を説明するのもドナルドではありません。複数の女性にもてる場面の多いドナルドですが本書はそういう場面がありませんけど、代わりに秘書のエルシーとの関係は最も深い仲に進展したような印象を受けます。 |
No.2713 | 5点 | 目撃者 死角と錯覚の谷間- 中町信 | 2023/12/25 15:54 |
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(ネタバレなしです) 翻訳家の夫・健と時代小説家の妻・千絵の和南城(わなじょう)夫妻シリーズ第1作の本格派推理小説で1994年に発表されました。夫婦間の役割設定は氏家周一郎シリーズに近いですが、本書では千絵の妹・香織が死ぬという設定のためかユーモアは感じられません。地震の落石で死亡したとされる香織は子供の飛び出しを誘ってひき逃げ死亡事故のきっかけになった男(逃亡)とひき逃げ犯の女(逃亡)を目撃しており、夫妻は殺されたと考えてひき逃げ事故の関係者を調べていきます。千絵が感情的になって具体的な根拠もなしに殺人と決めつけるのはまあわかるのですが、それに異を唱えない健は名探偵役としてはどうかなという気もします。とはいえこの作者らしく密室にダイイング・メッセージ、どんでん返しの連続と本格派としてのツボはきっちり抑えた作品です。ダイイング・メッセージの謎解きがなかなか変わっていて、kanamoriさんのご講評でも紹介されているように部屋を暗くすることが被害者の狙いではという推理は興味深かったです。 |
No.2712 | 6点 | 叫びの穴- アーサー・J・リース | 2023/12/24 23:16 |
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(ネタバレなしです) アガサ・クリスティーやF・W・クロフツがデビューした1920年を本格派推理小説黄金時代の幕開けと定義するなら、オーストラリア出身のアーサー・J・リース(1872-1942)は1916年がデビューなのでプレ黄金時代の花形作家と本書の論創社版の巻末解説で紹介されています。最初の2作は他作家との共作のようですが1919年発表の第3作である本書は初の単独執筆作品で、代表作の一つとされています。イギリスの海岸沿いの宿屋に宿泊していた考古学者が殺され、死体は宿の近くの丘にある深い穴で発見されます。同じ宿の若い宿泊客が犯人とみなされますが、私立探偵グラント・コルウィンは疑問を抱いて捜査するプロットです。コルウィンが足の探偵として描かれ、考えていることを読者に隠さないところは後年のクロフツの作風を連想させますが、地味な展開ながらも風景描写や人物描写、文章力はクロフツより練達していると思います。死刑の危機にも関わらず証言を拒否し続ける容疑者とか前時代的と感じさせるところもありますが(ファーガス・ヒュームの「二輪馬車の秘密」(1886年)をちょっと連想しました)、謎解き伏線への配慮や効果的などんでん返しなどは黄金時代前の本格派としては立派な出来栄えだと思います。 |
No.2711 | 5点 | 風の証言- 鮎川哲也 | 2023/12/20 23:55 |
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(ネタバレなしです) 1971年発表の鬼貫警部シリーズ第13作の本格派推理小説で、中編「城と塔」(1971年)を長編化したと紹介されていますがアリバイトリックは1960年代前半に発表されていた短編作品(私は未読)で既に使われていたそうです。前半はまさかの産業スパイが容疑者となり、鬼貫が出る幕もなくアリバイが崩されるという展開です。もちろんこれで解決には至らず、事件は新たな局面を迎えるというのが本書の一工夫です。メインのアリバイトリックは失敗リスクが高そうであまり感心できませんが、トリック成立に必要な小道具を入手するための犯人の苦心の行為が印象的でした。そこを鬼貫に目をつけられるのですけど。最後になってタイトルの意味が明らかになる演出が上手いと思います。 |
No.2710 | 7点 | もしも誰かを殺すなら- パトリック・レイン | 2023/12/18 02:02 |
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(ネタバレなしです) パトリック・レインはアメリア・レイノルズ・ロング(1904-1978)の別名義で、エラリー・クイーンという有名な前例がありますがレインも作者名と同じシリーズ探偵の作品を全6作品書いており、本書は1945年発表のシリーズ第1作である本格派推理小説です。探偵役が盲目という設定が後半の謎演出でよく活かされています。文字通り吹雪の山荘状態の舞台に集まった人たちの間で怒涛の連続殺人がおき、しかも犯罪議論で語り合った殺害方法で殺されていくという派手な展開です。ロング名義の「ウインストン・フラッグの幽霊」(1941年)の論創社版巻末解説で、作者の特色の一つを「連続殺人の波状攻撃」と紹介していますが本書はその典型例です。推理に次ぐ推理で謎解きの面白さにも十分配慮されています。 |
No.2709 | 5点 | 花ほおずき、ひとつ- 斎藤澪 | 2023/12/16 21:26 |
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(ネタバレなしです) 「丹波篠山殺人事件」のサブタイトルを持つ1987年発表の本格派推理小説です。平凡なトラベルミステリー風なサブタイトルよりは「花ほおずき、ひとつ」の方がよいとは思いますが、ミステリーと認識されないかもしれません(笑)。婦人雑誌の取材で丹波を訪れた主人公のカメラマン郷原と編集者辻井。古い窯場の跡と本物の鬼灯(ほおずき)と見間違うほどの精巧なやきものを郷原が見つけ、それを作った男が12年前に失踪した女性を殺した容疑者らしいと聞いた辻井は興味を抱いて郷原と別れて取材を続けますが行方不明になってしまうというプロットです。12年前の事件も今回の事件も失踪ということで謎解きとしてはちょっと捉えどころがなく、郷原の家族に起こった不幸な境遇の方に興味を抱く読者もいそうです。証拠不十分なまま警察と連携して容疑者たちを追求する展開はかなり強引な印象を与えますし、最終章で犯人に対して郷原が指摘する証拠もあれだけでは弱いように思います。謎解きとしては不満の残る作品ですが、登場人物たちの複雑な心理描写が生み出す暗い抒情性は作品個性を感じさせます。 |
No.2708 | 5点 | 未来が落とす影- ドロシー・ボワーズ | 2023/12/12 01:44 |
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(ネタバレなしです) 1939年発表のダン・パードウ警部シリーズ第2作の本格派推理小説です。いきなり余談になりますが、本書の論創社版の巻末解説を書いている幻ミステリ研究家の絵夢恵はおそらく海外ミステリの原書(多くは日本未紹介)を800作品もレビューした「ある中毒患者の告白~ミステリ中毒編」(2003年)を書いたM・Kと同一人物でしょう。2023年にやっと日本で翻訳出版された本書も既に20年以上も前に読破されているようですから畏れ入ります。人物描写や背景描写に優れているところは前作の「命取りの追伸」(1938年)にひけをとらず、手掛かりの配置やミスリーディングの技巧では進歩したように思えます。登場人物リストに載っていない人物が何人も関わっているかのような真相が複雑すぎてわかりにくいのが難点です。 |
No.2707 | 4点 | 直前の声- 佐野洋 | 2023/12/09 04:47 |
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(ネタバレなしです) 1977年から1978年にかけて新聞連載された「空の波紋」を大幅に改訂して1985年に出版された本格派推理小説です。アマチュア無線局の免許をとって様々な人との交信を楽しんでいる主人公の研修医が、何者かが自分を名乗って交信しているらしいことを知ります。しかも交信相手が彼の勤める病院のかつての入院患者らしいので自宅を訪問すると何とそこにいたのは全くの別人で、謎は深まります。とはいえ作中人物から「本当に(中略)迷惑をしているのですか?」と指摘されているように、奇妙ではあっても主人公が危機を迎えるわけでなく犯罪性も見えないまま人間関係だけが複雑になっていく展開です。最終章ではトリックや犯人当てについての推理がありますが、何を謎解き目標にすればよいのか焦点を定めにくい物語を延々と読まされたので解決のすっきり感は味わえなかったです。 |
No.2706 | 5点 | 姿なき招待主(ホスト)- グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング | 2023/12/06 10:12 |
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(ネタバレなしです) 米国のグウェン・ブリストウ(1903-1980)とブルース・マニング(1902-1965)の夫婦が1930年に発表したミステリ第1作で、出版前に早くも舞台化が決まって劇作家オーエン・デイヴィス(1874-1956)の脚本により「九番目の招待客」(1930年)というタイトルで劇場公開され、1934年には映画化されたほどの出世作です。2人は夫婦コンビ作家としてさらに3作のミステリを発表するも本書ほどの成功は得られませんでしたがブリストウは歴史ロマンス作家として、マニングは映画脚本家としてその後も活躍を続けたそうです。ミステリ評論家のカーティス・エヴァンズによる序文ではアガサ・クリスティーの名作「そして誰もいなくなった」(1939年)との類似点が指摘され(クリスティーの剽窃の可能性まで示唆している)、巻末解説では犯人の造形についてかなり突っ込んで解釈するなど読んだ人が何か言わずにいられない作品のようです(笑)。執筆のきっかけが大音量でラジオをかける隣人に悩まされたからでしょうか、謎の招待者からの招待客への殺人予告手段にラジオが使われているのが印象的です。本格派推理小説としての推理場面もありますがサスペンスの方が重視されているように感じました。仕掛けがかなり強引に感じられるところがあって巻末解説で褒めているほど完成度が高い作品とは思いませんが面白さは十分あり、扶桑社文庫版で300ページに満たない長さなので一気に読み通せます。 |