海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

nukkamさん
平均点: 5.44点 書評数: 2865件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.2765 4点 分類項目:殺人- サラ・レイシー 2024/06/15 18:52
(ネタバレなしです) 1990年に作家デビューした英国のケイ・ミッチェル(1941年生まれ)は1998年までにミッチェル名義でモリッセー主任警部シリーズを5作、サラ・レイシー名義で税務調査官リーア・ハンターシリーズ5作を発表しましたがそれ以降は活躍していないようです。森英俊編著の「世界ミステリ作家辞典『本格派編』」(1998年)ではモリッセー主任警部シリーズによさげな本格派推理小説がありそうに紹介されていますが、1992年発表のリーア・ハンターシリーズ第1作である本書は(個人的には残念ながら)本格派要素はあまりありません。突然の雨をしのぐために美術館へ飛び込んだリーアと偶然話し相手になった男性が美術館の外へ出た途端に倒れて死んでしまいます。警察の制止を無視するかのように事件を調べていくリーアは何度も襲撃を受けますが、ドライで洗練された文章で描かれているためかサスペンスはいまひとつです。「すべての断片があるべき場所にひとつずつ収まっていくのがわかったのだ」と本格派の謎解きを期待させるところもありますがきちんとした推理説明がないままに事件の秘密にたどり着いています。襲撃者(たち?)が黒幕の手先っぽいなど組織犯罪色が濃く、28章でリーアが株主リストで発見した重要人物が登場人物リストに載っていないというのも本格派好きの私には合わない作品でした。文章が読み易いのと税務調査官を主人公にしながらも敷居が高すぎないのはよいのですが。

No.2764 6点 天啓の殺意- 中町信 2024/06/02 17:41
(ネタバレなしです) 1982年に「散歩する死者」というタイトルで発表された本格派推理小説で、私は作者の晩年に改題改訂された創元推理文庫版(2005年)で読みました。この時期の作者は読者を騙す技巧を凝らした作品が多い印象がありますが本書もその典型で、「模倣の殺意」(1973年)に匹敵すると思います。犯人の細工があまりにも手が込んでいて不自然感がないわけではありませんが、謎解きにこだわりぬいた本書の場合はそれも大きな弱点には感じませんでした。リアリティを重視した社会派推理小説の方がお好みの読者にはお勧めはできませんけど。

No.2763 6点 竜王氏の不吉な旅 「三番館」全集第1巻- 鮎川哲也 2024/06/01 23:42
(ネタバレなしです) 名無しの弁護士からの依頼、名無しの私立探偵の捜査、名無しのバーテンの謎解き推理と3人もの名無し人物が登場するのを特徴として1972年から1991年にかけて全部で36作の短編が書かれた三番館シリーズ、短編集としては複数の出版社から1974年から1992年にかけて6つの短編集が出版されたのが最初です。但し「竜王氏の不吉な旅」(1972年)という短編は長編化の構想があったためかこの短編集には収められませんでした(残念ながら長編化はとうとう実現しませんでした)。完全全集としては全3巻の出版芸術社版(2003年)と全6巻の創元推理文庫版(2003年)が最初です。私は3番目の全集である全4巻の光文社文庫版で読みました。この光文社文庫版は作品発表順に収めているのを売りにしています。第1短編集にあたる本書(2022年)は「春の驟雨」(1972年)から「サムソンの犯罪」(1974年)までの6作を収めています。初期作品ゆえか構成や規模がばらばらで(個性的とも言えます)、「新ファントム・レディ」(1972年)は100ページ超え、「白い手黒い手」(1973年)も90ページ近くと中編サイズです。真犯人は誰かよりもどのように別の人物を偽犯人に仕立てたのかの(トリックの)謎解きに重点を置いた作品など本格派推理小説としてはやや型破りなものが多いです。最後の一行でトリックの全貌を明かすのに成功した「竜王氏の不吉な旅」が個人的には1番印象に残りました。

No.2762 5点 古本屋探偵登場: 古本屋探偵の事件簿- 紀田順一郎 2024/06/01 23:03
(ネタバレなしです) 紀田順一郎(1934年生まれ)は評論家として名高く、1960年代から2010年代の長きに渡って活躍していますが数は多くないながらミステリー小説も書いています。代表作とされるのが長編1作と中編3作が書かれた須藤康平シリーズの本格派推理小説です。須藤は神保町で古書店を営みながら古本を探す依頼を引き受ける探偵という設定です。私が読んだ本書はシリーズ中編3作を収めた創元推理文庫版(2023年)で、同じタイトルの文春文庫版(1985年)は「殺意の収集」(1982年)と「書鬼」(1982年)の2作のみですのでご注意を。シリーズ最初の作品である「殺意の収集」は当初は非ミステリー作品として着手されたそうですが、消えた珍本の謎解きに挑んだ1番本格派らしいプロットの作品です。しかし古書界や愛書家心理をたっぷり描いたという点で「書鬼」と「無用の人」(1983年)の方がより作品個性を発揮しているように思います。

No.2761 6点 キャンティとコカコーラ- シャルル・エクスブライヤ 2024/05/31 03:51
(ネタバレなしです) 1965年発表のロメオ・タルキニーニシリーズ第3作となるユーモア本格派推理小説です。「チューインガムとスパゲッティ」(1960年)を連想させるタイトルで実質的に後日談的な要素を持っています(前作ネタバレはありません)。「チューインガムとスパゲッティ」ではイタリアのヴェローナを訪問したアメリカ人のリーコックがタルキニーニを筆頭にヴェローナの人々との人生観の違いに翻弄されていましたが、本書ではタルキニーニにリーコックの故郷であるアメリカのボストンを訪問させて保守的で厳格な人々と対峙させています。良かれと思ってしたことが裏目に出て落ち込むという珍しい場面もありますがタルキニーニの主義主張はぶれません。初めはよそよそしかったけどタルキニーニに感化されて味方が増えていくプロットが楽しいです。謎解きも感覚に頼った推理が目立つものの、これまでのシリーズ作品では1番しっかりしているように思います。

No.2760 5点 鷺の舞殺人事件- 鳥羽亮 2024/05/27 00:56
(ネタバレなしです) 1995年発表の探偵事務所シリーズ第2作の本格派推理小説です。9名の人物に9種類の殺人方法のメッセージが書かれた歌舞伎の鷺娘の写真が送られ、その殺人方法の通りに事件が連続するという派手な設定は本格派というよりスリラー小説に近いです。但し中盤まで被害者たち・容疑者たちの直接描写が非常に少ないため、どこか遠くの世界の事件のように感じられてサスペンスが案外と盛り上がらないのはエラリー・クイーンの「九尾の猫」(1949年)を連想させます。終盤はサスペンスが一気に増して第六幕で室生の謎解き推理によって解決ですが、上手いトリックの紹介がある一方で証拠もなしに強引な説明が気になるところもありました。

No.2759 5点 ゴア大佐の推理- リン・ブロック 2024/05/26 02:46
(ネタバレなしです) アイルランド人ですが第一次世界大戦では英国軍に在籍し戦後は英国に定住したリン・ブロック(1877-1943)は戦前から劇作家として活躍していましたが、戦後は小説にも手を染めるようになりました。非ミステリー作品もありますがミステリー作品ではゴア大佐シリーズ(全7作)の本格派推理小説が有名です。1924年発表の本書がそのシリーズ第1作で、退役軍人で探検家であるゴアが旧友たちと9年ぶりに再会して怪死事件に巻き込まれます。ゴアが何を考えているかを読者に隠さないのが意外でしたが、感情の起伏はほとんど描かれません。捜査も丁寧に描かれてはいるのですが推理はかなり空想的で(ヴァン・ダインは弁証的方法と評価していますけど)、せっかく集めている証言や証拠を活かしきれていないように感じました。11章や27章ではグラフまで用意しているのですけど何を意味しているのか理解できません。同じ本格派でも同年発表のフィリップ・マクドナルドの「鑢(やすり)」の読者へのフェアプレーと論理性を重視した謎解きと比べると説明説得力が足りないと思います。

No.2758 5点 四月の橋- 小島正樹 2024/05/21 04:45
(ネタバレなしです) 2010年発表の那珂邦彦シリーズ第2作の本格派推理小説ですが、シリーズ前作の「武家屋敷の殺人」(2009年)とは随分と作風が変わった印象を受けました。派手な謎は全くなく、人間ドラマ要素を重視していて異色作と感じる読者も多いと思います。後半になって何人かの人物のキャラクターががらりと変わるような仕掛けがあったのが印象的でした。那珂邦彦の登場場面が非常に少なく主人公の弁護士・川路弘太郎のアドバイザー的な役割に留まっていて、やはり人間ドラマ重視型である海老原浩一シリーズの「怨み籠の密室」(2021年)と比べると名探偵役としては物足りなさを感じます。地味ながらも終盤での川を舞台にした演出がなかなか劇的です。

No.2757 5点 大胆なおとり- E・S・ガードナー 2024/05/17 08:29
(ネタバレなしです) 1957年発表のペリイ・メイスンシリーズ第54作の本格派推理小説です。第15章でポール・ドレイクがメイスンのことを「こんぐらがらせの名人」と評価していますが、本書の場合は真相を知るとメイスンがというよりも事件そのものがこんぐらがっています。空さんがご講評で指摘されているように偶然の要素も強いです。依頼人がどれだけ不利なのか曖昧のまま強引に法廷シーンへ突入しているような感じがあり、解決はそれなりに推理が披露されてまあすっきりできましたがこの作者にしては前半のテンポが遅すぎです。

No.2756 5点 殺しはアブラカダブラ- ピーター・ラヴゼイ 2024/05/12 21:56
(ネタバレなしです) 1972年発表のクリッブ巡査部長&サッカレイ巡査シリーズ第3作の歴史本格派推理小説で、ハヤカワポケットブック版の風見潤による巻末解説では作中時代は1881年頃となっています。ミュージック・ホールを舞台にして次々に芸人たちがトラブルに見舞われるという事件を扱っています。描写説明が雑然としているのか回りくどいのか何とも言えませんが何が起きているのかわかりづらいのが難点で、kanamoriさんのご講評で指摘されているようにどたばたぶりが伝わって来ません。巨匠ジョン・ディクスン・カーならさぞ読み応えある展開にできたのではと想像します。12章でクリッブが経緯を整理して上司に報告しているので何とか話の流れについていけましたけど。謎解きもなかなか盛り上がりませんが、クリッブが「冷厳な論理」と推理した動機が印象的でした。

No.2755 4点 退職刑事6- 都筑道夫 2024/05/01 08:30
(ネタバレなしです) 1990年から1995年にかけて発表された退職刑事シリーズの短編8作を収めて1996年に出版された第6短編集でシリーズ最終作となりました。なお徳間文庫版のタイトルは「退職刑事5⃣」です。私は創元推理文庫版で読みましたが、巻末に作者あとがきと西澤保彦による巻末解説が付いています。これを読むと本格派推理小説としてしっかりした謎解きの作品が読めたのは「退職刑事3」(1982年)あたりまでと評価されていて、個人的に私もそう思います。本書の作品も論理性を感じさせない思いつき程度の推理で強引に解決しているような作品が多いです。作者が「思いきり、でたらめな作品が書きたくなった」という動機で書いた「拳銃と毒薬」(1993年)は衝撃度ではナンバーワンですが、あまりに型破り過ぎて拒否反応する読者の方が多いと思います。

No.2754 5点 スリー・カード・マーダー- J・L・ブラックハースト 2024/04/27 05:29
(ネタバレなしです) 2010年代に心理サスペンス小説家としてデビューした英国の女性作家ジェニー・ブラックハーストが別名義で(といっても大きい違いはない名前ですが)2023年に発表した新シリーズ作品で(本国で「The Impossible Crimes」と紹介されています)、創元推理文庫版巻末の作者の謝辞では「《奇術探偵ジョナサン・クリーク》ミーツ《華麗なるペテン師たち》のような、やりたい放題のとても愉快な密室もの」と紹介されています。もっとも「愉快な」といってもユーモア・ミステリーではありませんが。主人公である姉妹のやり取りの中で詐欺師の妹セアラが警部補(但し警察習慣的に警部と名乗ります)の姉テスをからかう場面もありますけど全般的にはとげとげしくダークな雰囲気で、ちょっとハードボイルド風でもあります。被害者が姉妹の過去に因縁のある人物らしいのですが、どういう因縁なのかが小出しに読者に情報が与えられる展開なのは評価が分かれそうです。密室トリックについては様々な推理が飛び交い、特に第一の事件のトリックは綱渡り的ながらも状況証拠と辻褄が合うように謎解きされていて感心しましたが、一方で犯人当てとしては読者が推理しようもない真相になっており、本格派推理小説としてはやや型破りの作品です。

No.2753 4点 松本発あずさ殺意の信濃路- 草川隆 2024/04/20 20:25
(ネタバレなしです) 1995年発表の紅茶館シリーズ第4作の本格派推理小説です。特急列車で殺人事件が起き、事件を目撃したかもしれない同じ列車の乗客が殺され、捜査線上に浮かんだ容疑者が自殺の可能性を残して死亡します。ここから紅茶館メンバーによる捜査が始まるのですが、アリバイ崩し中心のプロットですが深いトリック議論もなく安易に感心できないトリックではないかとしているのは工夫のかけらもない謎解きにしか感じられません。犯罪小説風に事件再現して真相説明しているのがちょっと珍しいですが、謎解き推理による解決ではないのも賛否両論でしょう。事件解決後にちょっとした人間ドラマ(といっても示唆レベルですけど)が用意されていますけど、感情描写が十分でない物語なので蛇足にしか思えません。

No.2752 5点 レザー・デュークの秘密- フランク・グルーバー 2024/04/17 10:36
(ネタバレなしです) 1949年発表のジョニー・フレッチャー&サム・クラッグシリーズ第12作のユーモア・ハードボイルドです。「だれでもサムソンになれる」という怪しげな本の行商で生計をたてている2人ですが、肝心の本が届かないために新たな仕事を探す羽目に陥ります。皮革会社に首尾よく雇われるのもつかの間、革工場で殺人事件に巻き込まれます。前半は探偵活動よりもどうやってその日の食事にありつくかでジョニーの口八丁の工夫が目立ちます。後半は探偵活動に本腰が入りますが、けちる時はけちるけど必要と判断すれば金に糸目をつけないジョニーの捜査が印象的です。謎解きは強引に解決しているように思いますがテンポのいいストーリーテリングは相変わらずの出来栄えです。

No.2751 5点 QED 河童伝説- 高田崇史 2024/04/15 22:54
(ネタバレなしです) 2010年発表のQEDシリーズ第15作の本格派推理小説で、「QED 神器封殺」(2006年)に登場した御名形史紋が再登場しています。歴史や伝説の謎解きと現代の犯罪の謎解きの融合がこのシリーズの特色ですが、本書に関してはあまり上手く融合できていないように思いました。死体が手や腕を切り落とされるという謎はそれなりに魅力がありますが、被害者が製薬業界関係者という設定なのに薬局に勤務している桑原崇や棚旗奈々が事件捜査にほとんど関わりません。真相解明場面にも立ち会わず、トリックの一部を見破ってはいるものの探偵役としては全く物足りません。神話や伝説に登場する有名な神々や人物があれも河童、これも河童という崇の説が少し興味深いですが、ちょっとこじつけっぽく感じました。

No.2750 6点 善人は二度、牙を剝く- ベルトン・コッブ 2024/04/12 04:35
(ネタバレなしです) チェビオット・バーマン警部の部下のブライアン・アーミテージ巡査部長をシリーズ探偵にした作品の先駆けとなったのが1965年発表の本書で、チェビオット・バーマンシリーズ第32作でもあります。ダイヤモンド盗難事件の議論でルダル一家の容疑を巡ってのバーマンとアーミテージの対立、そして納得いかないアーミテージが独断でルダル一家に下宿人として潜入捜査する前半が「善意の代償」(1962年)を連想させますが、「善意の代償」以上にサスペンス豊かに展開します。もっともそれまでの捜査でルダル一家と面識のない設定のアーミテ-ジがなぜそこまで怪しいと確信していたのかは不思議ですけど。警察小説と本格派推理小説のジャンルミックス型作品で、容疑者が少なくて意外性などないに等しい謎解きですがアーミテージの成長物語としては十分に面白いです。

No.2749 6点 伊集院大介の冒険- 栗本薫 2024/04/11 06:42
(ネタバレなしです) 1981年から1984年にかけて雑誌発表された伊集院大介シリーズの中短編7作を収めて1984年に出版されたシリーズ第1短編集です。肩の力を抜いて書かれたような気軽に読める本格派推理小説ですが、こだわりを見せた作品もあります。不可能犯罪を扱った「袋小路の死神」(1981年)が個人的に1番のお気に入りで、チェスタトンの某作品を連想させるトリックが面白いしタイトルもよく考えられています。外国人読者に読んでもらったら理解しづらいかもしれませんが。完全犯罪を扱った「青ひげ荘の殺人」(1981年)と「誰かを早死させる方法」(1984年)も印象的です。もっとも前者は犯人が自慢する理由がそれほど確実とは思えず、計画としては完全どころか危険な賭けに感じました。後者はまあまあの出来栄えと思います。複雑な人間関係を描いた「鬼の居ぬ間の殺人」(1984年)は消去法で容疑者を減らしていくのですが消去する推理が不十分なので最後に残った1人が犯人と指摘されても説得力が足りません。長編にしてもっと書き込めばと思いました。

No.2748 4点 倫敦橋の殺人- 阿曾恵海 2024/04/06 21:07
(ネタバレなしです) 西魚リツコ(にしおりつこ)(1964年生まれ?)は1988年に漫画家としてデビューするも眼の病気をきっかけに小説家に転身しました。小説は冒険小説を得意とするようですが阿曾恵海(あそめぐみ)というペンネームでミステリーも書いています。2003年発表の本書がそのデビュー作で舞台は1890年のロンドン、主人公は17才の日本人留学生・百目恭市郎(どうめきょうしろう)です。切り裂きジャックの再来かと騒がれる連続猟奇殺人の謎解きで、最終章では図解によるトリック説明があり本格派推理小説らしく終結していますがそれまではスリラー色の濃いプロットでした。時代描写にかなり力を入れていますが、ちょっと現代社会との違いを強調しすぎているように感じました。全般的に整理が悪くてごちゃごちゃ感が強く、読解力の弱い私は何が起きているのか、誰が誰だかわからなくなってしまうことがしばしばでした。恭市郎も存在感を失うことがあり、主人公としてあまり印象に残りません。

No.2747 8点 ウナギの罠- ヤーン・エクストレム 2024/03/31 11:08
(ネタバレなしです) 広告業界で成功を収めていたスウェーデンのヤーン・エクストレム(1923-2013)がミステリー作家として活躍したのは1960年代から1990年代前半にかけてで、1967年発表のドゥレル警部シリーズ第5作である本書(扶桑社文庫版)の巻末の作品リストにはわずか15作しか紹介されていませんが、スウェーデン・ミステリー・アカデミーの創設にも関わるなどスウェーデンミステリー界の重鎮と目されていたようです。本書は施錠されたウナギの罠の中で死体が発見されるというユニークな設定の密室殺人事件が扱われ、作者が「スウェーデンのカー」と称されるきっかけになった作品で、第3章では作者直筆の立体図で罠の構造が説明されています。しかし密室の謎解きに期待をかけ過ぎると前半は拍子抜けを感じるかもしれません。なぜなら罠は外から施錠する構造で、単純に犯人が鍵を持って行ったという仮説が成立するのです。中盤になって被害者の衣服のポケットから鍵が見つかってもドゥレルは別に予備鍵があるだろうと推理しています。しかしその可能性も否定されてついに強固な不可能犯罪の謎が立ちはだかり、第9章でドゥレルが密室トリックを次々に考案しては自ら否定していく推理の自問自答は密室好き読者ならきっとわくわくするでしょう。犯人当てとしても充実していて様々な証拠と証言が集められ、一体どれが真相につながるのか読者を大いに悩ませます。終盤の劇的な展開も印象的だし密室トリックも個性的、難点を挙げるならミステリー作品として注目を集めそうにないタイトルですがスウェーデン最高の本格ミステリーのひとつと評価されているのも納得の内容です。

No.2746 5点 母親探し- レックス・スタウト 2024/03/29 03:49
(ネタバレなしです) 1963年発表のネロ・ウルフシリーズ第26作の本格派推理小説です。依頼人は若い未亡人で、自宅の前に「父親の家に住むのが当然だから」というメッセージを添えられて捨てられた赤ん坊の母親を探して欲しいと依頼してきます。赤ん坊の母親を探すための試行錯誤の捜査が読ませどころで、特に第12章で「殺人は自策で」(1959年)に登場した女性探偵サリー・コルベット(アーチーは現代最高の女探偵と絶賛しています)の助けを借りての写真大作戦が面白いです。もっともサリーは一言も発せず描写は極めて地味で(論創社版の登場人物リストにも載っていません)、ここはもっと盛り上げる演出が欲しかったですね。途中で殺人事件も発生しますがウルフはそちらは警察まかせと解決に乗り気ではありません。もちろん最後には殺人犯を指摘するのですが推理はそれほど印象に残らず好都合な証人に助けられており、他の容疑者が犯人であってもおかしくないように感じました。

キーワードから探す
nukkamさん
ひとこと
ミステリーを読むようになったのは1970年代後半から。読むのはほとんど本格派一筋で、アガサ・クリスティーとジョン・ディクスン・カーは今でも別格の存在です。
好きな作家
アガサ・クリスティー、ジョン・ディクスン・カー、E・S・ガードナー、D・M・ディヴ...
採点傾向
平均点: 5.44点   採点数: 2865件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(82)
アガサ・クリスティー(57)
ジョン・ディクスン・カー(44)
エラリイ・クイーン(43)
F・W・クロフツ(32)
A・A・フェア(28)
レックス・スタウト(27)
ローラ・チャイルズ(26)
カーター・ディクスン(24)
横溝正史(23)