皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
nukkamさん |
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平均点: 5.44点 | 書評数: 2813件 |
No.2073 | 5点 | 樹霊の塔- 栗本薫 | 2018/11/29 22:07 |
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(ネタバレなしです) 「伊集院大介の聖域」というサブタイトルを持つ2007年発表の伊集院大介シリーズ第24作です。作中時代は出版時期と乖離していて、ある人物を明治20年生まれの92歳と紹介していることから1977年頃でしょうか。しかし時代描写は重視されていません。なぜなら舞台が時代に取り残されたような秘境の村ですから。都会からの訪問者たちが独特の村社会に対してある者は理解し共感し、ある者は否定し反発する、その対比が印象的です。犯罪とは関係ない秘密については手掛かりに基づく丁寧な推理が披露されている一方で、肝心の犯罪の謎解きは到底読者が自力で推理できるような設定でないのが残念です。本格派推理小説というよりはスリラー小説に近いと思いますが、いずれにしろ実質的な主人公である森カオルが直接事件に遭遇しない展開なのでミステリーらしさが希薄です(解決も唐突かつ強引)。物語性は豊かですので退屈する作品ではありませんけど。 |
No.2072 | 7点 | 世界を売った男- 陳浩基 | 2018/11/29 21:48 |
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(ネタバレなしです) ホラー小説やファンタジー小説なども書いている中国の陳浩基(1975年生まれ)が2011年に発表した本書は本格派推理小説とは思えないタイトルですが、私が手に取った文春文庫版の巻末解説では恩田陸が「本格がわかっている男」と絶賛しているではありませんか。記憶の一部を失った男を主人公とするミステリーというところがビル・S・バリンジャーのサスペンス小説「消された時間」(1957年)を彷彿させます。自分の素性を明らかにしようとするバリンジャー作品と違い本書のプロットは普通に殺人事件の捜査ですが、第5章の展開にはとても驚きました。そこから先は一体どうなるのか、ページを捲る手がもどかしかったです。謎解き伏線の回収も巧みで、恩田陸の「わかってるね」に私も同調します(笑)。 |
No.2071 | 5点 | 大東京四谷怪談- 高木彬光 | 2018/11/29 21:28 |
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(ネタバレなしです) 1976年発表の墨野隴人シリーズ第3作で、このタイトルから怪談系を連想する方も少なくないと思いますが純然たるホラー小説ではなく、本格派推理小説要素も織り込まれています。現代版の四谷怪談の脚本を執筆中の作家がお岩を名乗る人物からそれをやめるよう脅されます。電話での脅迫というところが現代を意識しているのでしょうね。続いて劇の関係者が殺されたり、謎の卒塔婆が出現したりとホラー演出を巧みに交えた前半の展開はなかなか魅力的です。しかしこの調子を維持するのが難しかったのか、中盤は複雑な人間模様の描写に重きを置くようになってホラー要素は薄まります(登場人物リストを作りながら読むことを勧めます)。もっともあまりの悪行が明らかになる場面は下手なホラー小説よりもインパクトありますが。残念ながら機会や手段についての説明がほとんどなく、具体的な手掛かりも提示されず、読者が推理に参加できるような謎解きではありません。 |
No.2070 | 4点 | 不条理な殺人- パット・マガー | 2018/11/22 21:52 |
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(ネタバレなしです) 1960年代以降のマガーは長編8作(と短編集1作)を発表していますが、その半分に当たる4作は非ミステリーらしいです。その時期の作品である1967年発表の本書はミステリーではありますが謎解きが弱く感じました。主人公である俳優が妻と前の夫(17年前に自殺したとされてます)との間に生まれた息子が書いた劇のタイトルに動揺します。17年前の事件を思い起こさせるのが動揺の理由のようですが当時わずか4才だった息子に一体何をびくびくしているのか、息子の真意を探るために劇に出演しようと画策する主人公が理解できません。主人公、息子、そして妻までもが絡んできて互いに感情の爆発まで見せながらどこまでが本音なのかわからない家族ドラマが繰り広げられます。それはそれなりに読ませるのですが、時に謎解きが置いてきぼりになっている感が否めません。最後はミステリーとして着地はしているのですが、推理らしい推理もないまま事件の真相がわかりました的な決着は個人的には好みではなかったです。 |
No.2069 | 6点 | 火曜新聞クラブ 泉杜毬見台の探偵- 階知彦 | 2018/11/22 21:26 |
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(ネタバレなしです) サブタイトルが「泉斗毬見台(せんとまりみだい)の探偵」と付けられていることからも予測しやすいでしょうが、セント・メアリイ・ミード村を舞台にしたアガサ・クリスティーの「火曜クラブ」(1932年)を意識して書かれた2018年発表の本格派推理小説です。但し「火曜クラブ」は短編集ですが本書は序章と終章の間に七章を挿んだ長編作品です。クリスティー作品は探偵役がミス・マープルという人生経験豊富な女性、一方本書の探偵役は御簾真冬(みすまふゆ)という男子高校生(外見は青い瞳に銀髪です)とまるで違うキャラクターですが推理を披露する時に自分が住んでいる毬見台団地の住人に起きた出来事を引き合いに出しているところはミス・マープル風ですね。人物描写は意外とあっさりで謎解き重視スタイルなのはシャーベット・ゲームシリーズに通じるところがあります。前半は高校の駐輪場建設工事中断の謎と殺人事件の謎の関係がもやもやしていますが、御簾が初登場する三章から謎解きプロットは引き締まります。ハヤカワ文庫版の登場人物リストがどうでもいい小学生は載っているくせに重要容疑者が何人も漏れているのが残念ですが、事件篇の五章まででかなりの謎を解いていながら解決篇の残りの章でさらに推理が推し進められる展開はなかなかよく出来ています。 |
No.2068 | 6点 | カササギ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ | 2018/11/22 21:05 |
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(ネタバレなしです) 2016年発表の本書は(創元推理文庫版で)上下巻合わせて700ページを超す大作の本格派推理小説です。作中作を挿入しているのが特徴で、上巻では人気作家アラン・コンウェイの名探偵アティカス・ピュントシリーズの最新作を読まされます。これがアガサ・クリスティーを連想させる雰囲気に満ち溢れていて、派手ではありませんがクリスティー好きの私は結構わくわくしながら読み進めました。いよいよ解決間近かと思わせて下巻に突入するのですが、しかしここで思わぬ展開に驚かされます。作中作の謎解きと現実世界の謎解きの二本立てというのは本書以外にもありますが、本書は両者の絡ませ方がなかなか巧妙です。もっともご馳走を前にしてお預けを食わされるようなプロット構成については賛否両論あるかもしれません。まあそれがあるから個性的な作品であるのですけど。 |
No.2067 | 6点 | 方壺園- 陳舜臣 | 2018/11/22 20:45 |
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(ネタバレなしです) 陳舜臣はミステリー作家としてデビューしますが後年にはミステリーから離れて中国文学の巨匠として名を残します。そのためミステリー好き読者としては手に取った作品(特に中国を連想させるタイトルの場合)が非ミステリーだったらどうしようと不安を抱くことになるのですが1962年発表の第1短編集である本書はその点ではご安心を、全6作が本格派推理小説です。意外にもトリッキーな作品が多いのですがそれ以上に個性を感じさせるのが時代や舞台です。唐や清時代の中国、果てはムガル朝インドと実に多彩で、現代日本を舞台にした作品でも異国要素が織り込まれています。フィクションと史実を巧みにブレンドしたプロットは短編らしからぬ読み応えがあり、作者が「ペダンチックにすぎたかも」と述懐しているように歴史知識のない私には読みにくく感じる時もありましたが一読の価値は十分あります。多くの読者が高く評価している「方壺園」(現場見取り図は欲しかったけど)はやはりいいと思いますし、トリックは専門的過ぎですが人間ドラマが印象的な「梨の花」も個人的にはお気に入りです。 |
No.2066 | 6点 | マクシミリアン・エレールの冒険- アンリ・コーヴァン | 2018/11/09 21:27 |
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(ネタバレなしです) ミステリーを長編4冊と短編集1冊を残したフランスのアンリ・コーヴァン(1847-1899)のデビュー作で代表作が1871年発表の本書です。ROM叢書版の巻末解説ではコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズに影響を与えた可能性を示唆していますがどうなんでしょう?イギリスではその説が流布していないのは何となく理解できますが。国民的ヒーローのモデルがフランス人なんて説は絶対に認めないでしょうね(笑)。探偵役であるマクシミリアン・エレールは病弱で隠遁生活をおくっている身、いつ死んでもおかしくないと思い込んでいてなかなか個性的人物です。医者(名前は紹介されません)が彼と出会い、事件捜査に巻き込まれながら友情を育んでいくプロットはなるほどホームズとワトソンの出会いを連想させるところがあります。物語が2部構成なのは先輩作家のガボリオや後進作家のドイルとも共通していますが、ガボリオやドイルが過去を大きく遡ったり登場人物を入れ替えたりするのに比べると本書は語り手の交代こそありますが事件の解決という目標はずらさないので非常に読み易いです。病弱なマクシミリアンが行動的なのがサスペンスを盛り上げるのに効果的です。犯人は中盤ぐらいで指摘されますが殺人罪以外の秘密の方がインパクトありますね(でも何であんな目立つことしたんでしょう?)。そこの説明がもう少し明快であればとも思いますが、書かれた時代が時代なので謎解きの完成度をあまり追及しないのが読者としての礼儀かも。 |
No.2065 | 5点 | 霧枯れの街殺人事件- 奥田哲也 | 2018/11/09 21:09 |
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(ネタバレなしです) 1987年にデビューした綾辻行人以降の本格派推理小説の書き手を「新本格派」と分類されていますが、奥田哲也(1958年生まれ)はそれより少し早い1984年から活動していますが1990年発表の長編第1作である本書で広く知られるようになったためか新本格派の作家として認知されているようです。北海道の架空の地を舞台にして序盤こそ自然描写がありますが後半はほとんどなし、印象的なタイトルですがこれにはあまり多く期待しないで下さい。探偵役の4人の刑事の個性が弱く、随所で署長の悪口を言ってますが肝心の署長が登場せず、どれほどひどい人間なのかを読者に納得させる説明もなく、これでは読者の共感を得にくいと思います。中盤で容疑者たち1人1人の内心描写(そこには当然嘘はありません)を挿入しながら誰が犯人で誰が無実なのか容易に判らないようにしている工夫は光りますが、どんでん返しの真相説明は動機の後出し感が目立ってしまっています。 |
No.2064 | 6点 | 数字を一つ思い浮かべろ- ジョン・ヴァードン | 2018/11/09 20:54 |
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(ネタバレなしです) ミステリー作家としては遅咲きの米国のジョン・ヴァードン(1942年生まれ)による2010年発表のデビュー作で、退職刑事デイヴ・ガーニーシリーズ第1作です。警察小説と本格派推理小説のジャンルミックス型で、3部構成の第1部では謎めいた脅迫文を次々に受け取り、頭の中で思い浮かべた数字を的中されてパニックになった旧友から相談を受けるガーニーが描かれますがここではまだ警察小説とは言えません。現役時代は伝説的名刑事だったガーニーが臨時捜査官として警察捜査に参加する第2部から警察小説らしくなりますが、ここでも雪の上の犯人の足跡が途中で消えてしまうなど謎づくりへのこだわりを見せています。後半になると登場人物リストに載っていない人物が殺されたりと少し雑然としてきた感もありますが、ガーニーの私生活ドラマや正体を現した犯人の異常性格描写など内容は盛り沢山で、(文春文庫版で)550ページを越す厚さながら物語はだれることなく進行します。 |
No.2063 | 5点 | 死の実況放送をお茶の間へ- パット・マガー | 2018/11/01 22:38 |
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(ネタバレなしです) デビュー作の「被害者を捜せ!」(1946年)から「四人の女」(1950年)まで被害者は誰かとか探偵は誰かとか目撃者は誰かとの異色の本格派推理小説を書いてきたマガーが、犯人は誰かの伝統的本格派推理小説として1951年に発表したのが長編第6作である本書です。ラジオ放送中の殺人を描いたヴァル・ギールグッド&ホルト・マーヴェルの「放送中の死」(1934年)に影響を受けたかはわかりませんが、本書ではテレビ番組放送中の殺人を扱っています。大勢の視聴者(100万人以上?)がその場面をテレビ画面越しに見ており、それがタイトルの由来でもあるのですが劇的効果はそれほどでもありません。またどういうプログラムにするかで関係者同士が揉めているので仕方ない面もあるのですが、番組の制作準備描写もわかりにくかったです。人物描写に関しては作者の手腕が冴えわたっており、終盤のサスペンスも秀逸です。推理が人間観察と心理分析に拠っているのもこの作者らしいのですが(探偵役も認めているように)具体的証拠に乏しいのは(それも作者らしいのですけど)もう少し工夫があればと思わずにいられません。 |
No.2062 | 5点 | 青銅の悲劇- 笠井潔 | 2018/11/01 22:21 |
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(ネタバレなしです) 「瀕死の王」の副題を持つ本書は矢吹駆シリーズ番外編として2008年に発表された本格派推理小説で、講談社文庫版で上下巻合わせて900ページを越す大作です。作中時代は矢吹駆シリーズの時代より約10年後の1988年から1989年にかけて、舞台はフランスでなく日本になっています。時代描写に力を入れてますが昭和天皇の評価(それも批判的な)にまで踏み込んでいるのは随分と大胆ですね。矢吹駆は会話の中で語られるだけで登場しません。シリーズのワトソン役であるナディア・モガールは活躍しますが本書ではワトソン役は別人が務めていてナディアは第三者描写なのが特徴です。シリーズの特色である哲学談義がないのは個人的にはありがたいですが、それでも読みやすいとは言えません。登場人物は多く(登場人物リストを作って読むことを勧めます)、大作の割には事件数が少ないです。その分非常に丁寧に推理しているのですが、ABCにXYZ、さらにαβγまで駆使して可能性、可能性の可能性、可能性の可能性の可能性を延々と議論しているので謎解きに集中するのは大変です(私は置いてきぼりを食らってしまいました)。重箱の隅をつつくのに抵抗感のない読者向けです(笑)。 |
No.2061 | 5点 | わたしを深く埋めて- ハロルド・Q・マスル | 2018/11/01 22:01 |
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(ネタバレなしです) 米国のハロルド・Q・マスル(1909-2005)は弁護士出身の作家で、弁護士スカット・ジョーダン(スコットの表記もあります)のシリーズを書いたことからペリイ・メイスンシリーズで有名なE・S・ガードナーと比べられることもあるようです。もっとも多作家のガードナーに比べてマスルはむしろ寡作家で、長命だったにも関わらず残された作品は長編20作にも満たなかったです。1930年代後半から短編を発表していたマスルの初長編が1947年発表の本書です。マスルは作風が軽ハードボイルドとか通俗サスペンスと評されているようですが、本書ではアパートに帰宅したジョーダンを下着姿の女性が待ち構えている冒頭からして確かにそういう雰囲気が漂っています。前半の謎づくりは結構読ませるし巧妙なミスディレクションがあったりと本格派推理小説の要素もそれなりにありますがジョーダンの説明はこれならつじつまが合うというレベルで、謎解き伏線を回収しながらの推理ではありません。銃を持ったならず者による殺人場面(そこには何の謎もありません)などのアクションシーンや(濃厚描写ではありませんが)ベッドシーンなどの通俗性は読者の好き嫌いが分かれそうです。 |
No.2060 | 5点 | 天使の眠り- 岸田るり子 | 2018/11/01 21:43 |
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(ネタバレなしです) ジャンルミックス型の作品を書き続ける作者の2006年発表の第3長編は本格派推理小説とサスペンス小説の要素を持っています(よくある組み合わせではありますが)。第1章で第1の主人公が13年前に別れた恋人と再会します。しかし彼女は以前の彼女とどこか違っており、さりとて別人とも確信できず主人公が悩みます。続く第2章は第2の主人公の視点で描かれる物語となり、その後も奇数章と偶数章で主人公の交代が繰り返されます。彼女が本者なのか偽者なのかでうじうじ悩む第1の主人公の描写がくどいし、第2の主人公の物語はそれに輪をかけてミステリーらしさが希薄です。最後には2つの物語が巧く融合してパズルのピースが埋まるように謎が解かれるのですが、探偵役の推理でなく犯人の回想という形での説明のため、個人的にはサスペンス小説に分類します。 |
No.2059 | 5点 | ガラスの蛇- ピエール・ヴェリー | 2018/10/11 21:36 |
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(ネタバレなしです) 1934年発表の本格派推理小説で、日本では雑誌「EQ」の69号(1989年5月号)から71号(1989年9月号」の3回に渡って連載されました。全身赤ずくめの女性の運転する車に乗せられて水辺の家へ案内された男の奇妙な体験談、泥棒対策として雇われた大男と小男のコンビが寝込んでしまった隙に銅製の悪魔像が盗まれる事件、そして密室状態の部屋の金庫から貴重な本と大金が盗まれる事件と脈絡のなさそうな事件が相次ぎますがどの事件現場にもガラス製の蛇が出現するという風変わりなプロットです。複数の探偵役が謎解きを競う展開は前例もありますが、本書では推理の披露が新聞への投稿合戦の様相を呈するのが珍しいです。また重要な役どころなのに大男と小男のコンビが名無しのままというのもユニークです(最後の最後でようやく名前が紹介されますが)。本格派推理小説としては異色の部分も多く、中でも犯人逮捕後の18章での悪夢を見ているかのような描写は印象に残ります。 |
No.2058 | 6点 | 疑問の黒枠- 小酒井不木 | 2018/10/11 21:10 |
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(ネタバレなしです) 早逝が惜しまれる小酒井不木(こさかいふぼく)(1890-1929)は医学者でありますが海外留学中にミステリーに目覚め、国内ミステリーの父と呼ばれる森下雨村と共に江戸川乱歩のデビューを後押ししたことで知られます。海外ミステリーの翻訳にも携わっていますが現代でも入手が難しそうなスウェーデンのS・A・ドゥーゼの作品を翻訳したというのはとても不思議ですね。小説家としてのデビューは乱歩より後発で、活動時期は最晩年の約4年間に留まりますが100作近い短編を書き、その中には国内初のSF小説もあるそうです。1927年発表の本書は唯一の長編ミステリーで国内初の長編ミステリーと評価している文献もあります。これには異説もあって黒岩涙香の作品こそ国内初と主張する文献もありますが、黒岩の長編は海外ミステリーの翻案小説なので創作小説である本書と同列にはできないのではと思います。本書のプロットですが、まだ存命中の人の死亡広告が新聞に載る事件が3件続きます。3件目の被害者がこのいたずら(?)に便乗して自分の葬式を企画するのですが、棺桶の中で死んだふりをしているはずの彼が本当に死体となっていたという事件が起きます。さらに彼の家族、事件の鍵を握ると疑われた人物、そして被害者が飲んだと思われる丸薬の残りが次々と消えてしまう展開に読者は引きずり込まれます。大袈裟な芝居のような言動が気になったり、容疑者として残すのか外すのかの推理が根拠不十分だったりと問題点もありますが国内ミステリー黎明期の作品としては予想以上によく出来た本格派推理小説だと思います。私の読んだ河出文庫版は現代仮名遣いに改訂されていて読みやすくなっています。 |
No.2057 | 5点 | 処刑6日前- ジョナサン・ラティマー | 2018/10/11 20:46 |
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(ネタバレなしです) 空さんがご講評で紹介されているように、1935年発表のビル・クレインシリーズ第2作のハードボイルド小説である本書は密室殺人事件を扱っていること、迫り来る処刑執行日までに事件解決しなくてはならないタイム・リミットの趣向をウィリアム・アイリッシュの名作サスペンス小説「幻の女」(1942年)より早く導入していることで有名です(なお英語原題は「Headed for a Hearse」です)。前半は処刑囚の友人知人たち(容疑者でもあるのですが)も積極的に捜査に参加していてその分クレインがあまり目立ちませんが、後半になると酒と女性に目がないクレインらしさが発揮されます。創元推理文庫版の翻訳はそれほど古臭くはありませんけど登場人物リストは重要人物が抜けているのがちょっと残念です。謎解きが結構しっかりして本格派推理小説好き読者へのアピールポイントは高いですが、事件解決の重要な鍵を握っていそうな人物(登場人物リストに載ってません)が複数の殺し屋たちにマシンガンで蜂の巣にされてしまうところなどはやはりハードボイルドです。 |
No.2056 | 6点 | 気ままな女- E・S・ガードナー | 2018/10/05 23:04 |
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(ネタバレなしです) 1958年発表のペリイ・メイスンシリーズ第56作の本格派推理小説です。ある女性が見知らぬ女性と無理心中になりそうになって何とか助かり(相手は死亡)、その後(かなり無理矢理感がありますが)死んだ女性になり替わろうとします。脅迫者が現れたのを機にメイスンへ相談しますが、読者は彼女がメイスンに隠し事をしているのを知ったまま物語が進む展開が新鮮です(メイスンも薄々気づいていますが)。殺人事件が起きて彼女が10章でついに逮捕されたかと思うと11章ではもう法廷場面です。メイスンが被告を証言台に立たせるレアな場面が用意されています。17章でどんでん返しの真犯人指摘、しかしそれよりも「裁判記録を完全にするため」のメイスンの最後の一手が想像の斜め上を行く衝撃でした。18章のメイスンが真相に気づいた理由の説明は推理の説得力としてはどうなんだろうと思わなくもありませんが、それがタイトルに使われている「気ままな」の真意なのかもしれません(英語原題は「The Case of the Foot-Lose Doll」です)。 |
No.2055 | 6点 | ホック氏の異郷の冒険- 加納一朗 | 2018/10/05 22:40 |
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(ネタバレなしです) 加納一朗(1928-2019)は小説家としては1960年のデビュー以来50年近いキャリアがあって書かれた作品も子供向け作品からSF小説までと多彩ですが、さらには漫画原作やアニメ脚本、アニメソングの作詞まで手掛けています。ミステリーの代表作とされるのが長編3作と短編2作のサミュエル・ホック氏シリーズです。ホックと言われてもぴんと来ない読者もいるかもしれませんが、実は英国の有名な探偵です。1983年発表のシリーズ第1作である本書ではその素性をはっきりとは説明してないものの、その描写を読めばかなりのミステリー好きの読者は気づくでしょう(ちなみに作者あとがきでネタバレされてますし、角川文庫版に至っては堂々とホックを表紙カバーに描いています)。要するにパスティーシュミステリーなのですがホックにとっての異郷である日本の描写がかなり凝っていて、作中時代が1891年ということもあって時代描写に作者のオリジナリティーを感じさせます。名探偵ならではの鋭い推理を披露しながらもホックが日本の文化風習を理解しきれていないため、探偵助手役の榎元信のサポートも重要な役割を果たしています。本格派推理小説と冒険スリラーのジャンルミックスタイプですが読者が推理に参加できるプロットでないのはちょっと残念。でも元ネタである原典作品もそういう作品が多いのですから、パスティーシュとして評価するならそこは弱点とは指摘できないですね。 |
No.2054 | 6点 | 元年春之祭- 陸秋槎 | 2018/10/05 22:18 |
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(ネタバレなしです) 中国の陸秋槎(1988年生まれ、男性作家です)が2016年に発表した長編デビュー作の本格派推理小説で非常に力作です。作中時代は紀元前100年の前漢時代です。4年前に観家で起きた四重殺人事件の謎が早い段階で語られ、不可能犯罪要素もあります。しかし漢詩や人生哲学に関する議論がとても難解で、謎解きに集中しにくいプロットはどこかヴァン・ダインを連想しました。探偵役に若い女性を配し、他の登場人物も女性の描写に多くのページを費やしていますが、美しさや華やかさや抒情性はほとんど感じられません。激しい人間ドラマが息苦しいほどで、探偵役の於陵葵は使用人に容赦なく暴力を振るうし、友人の観露申はどんどん憎悪に染まっていくしと読んでてはらはらします(それも作者の計算の内でしょうけど)。中盤からは新たな事件が起きて2度も「読者への挑戦状」が挿入されるなどミステリーらしさが加速、しかし真相が明らかになってめでたしめでたしではなく、事件の悲劇性と動機の重苦しさが余韻となって残る作品です。余談ですが巻末の著者あとがきを読むと日本のミステリー(特に新本格派)の影響を受けているようで、同じ日本人してちょっぴり誇らしく感じました。 |