皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
nukkamさん |
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平均点: 5.44点 | 書評数: 2865件 |
No.2205 | 6点 | シャーロック・ホームズ絹の家- アンソニー・ホロヴィッツ | 2020/02/10 21:24 |
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(ネタバレなしです) 英国のアンソニー・ホロヴィッツ(1955年生まれ)は1979年のデビュー以来、児童書作家やテレビドラマの脚本家として活躍し大人向けの小説を書くようになったのは21世紀になってからのようです。日本で知られるようになったのはアーサー・コナン・ドイル財団が史上初めてシャーロック・ホームズシリーズの続編として公認した2011年発表の本書あたりからだと思います。個人的にはドイルこそ唯一の正当たる作者であり、財団が何と言おうとこれまで無数に書かれた非公認(?)のパロディー(或いはパスティーシュ)小説と同じじゃないかと(偉そうに)主張したいところですが。とはいえドイル作品の雰囲気をよく再現していることは認めます。私のお気に入りである、ホームズの人間鑑定場面もちゃんと用意されています。謎解きよりは冒険スリラー小説要素が強いですがホームズが推理を披露する場面もあります。おぞましい真相は読者の好き嫌いが分かれるかもしれませんが。レストレイドの無能警官ぶりもしっかり描かれていますが、読者の好感度を上げる工夫もありました。 |
No.2204 | 6点 | ラットマン- 道尾秀介 | 2020/02/03 22:09 |
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(ネタバレなしです) 2008年発表の本格派推理小説です。文学志向を意識している作者ですが本書も謎解き要素と物語要素の内、どちらかと言えば後者の方に注力しているように感じました。事件が引き起こした悲劇性や登場人物が抱える秘密が重苦しく描かれています。しかしながら終盤でのどんでん返しが連続する謎解きは鮮やかで、謎解きにもちゃんと配慮されていることがわかります。タイトルはミステリーのタイトルとしては魅力的でないように思いましたが、なかなか意味深です。 |
No.2203 | 5点 | シャーロック・ホームズの事件録 眠らぬ亡霊- ボニー・マクバード | 2020/02/03 21:45 |
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(ネタバレなしです) 2017年発表のシャーロック・ホームズ事件録第2作です。ストーリの性格上やむを得ないところもあるのでしょうが苦悩して孤立するホームズがしつこいほど描かれており、個人的にはコナン・ドイル原作のヒーロー像を壊しているように思います。ドイル原作でワトソンがホームズの天才ぶりに感心する場面は私のお気に入りですが、本書ではそれもほとんどありません。ハーパーBOOKS版で500ページを超す厚さですがそれ以上に重厚さを感じさせるプロットで、登場人物リストに載っていない重要人物も少なくありません。前作で登場したフランス人探偵ジャン・ヴィドックが再登場していますが本書では単なるお邪魔虫的な脇役に過ぎないのが残念です。ホームズの学生時代のエピソードは無用の添え物かと思っていたら後半になると実は物語の重要な要素だったのには驚きました。犯人(というより悪人)の極悪非道ぶりが印象的です。 |
No.2202 | 5点 | 秘密パーティ- 佐野洋 | 2020/01/24 22:00 |
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(ネタバレなしです) 1961年発表の本格派推理小説です。タイトルがミステリーらしくないと考えたのか「完全殺人の完全なトリック」と読者の謎解き挑戦意欲をそそるようなサブタイトルが付いていますが、まあこれをあまり真剣には受けとらないほうがよいかと...(笑)。料亭に男女が集まって怪しげな映画を見ながら雰囲気が盛り上がりそうなところで事件が起こって秘密パーティは中断されます。脛に傷持つ面々は事件を自然死に見せかけることで合意し、隠蔽工作は上手くいったかに思えますが彼らの元に脅迫状が舞い込むというプロットです。怪死事件が起こったら殺人かどうか、殺人なら誰が犯人なのかという謎解きがミステリーの王道パターンですが本書についてはそれは完全に後回し、脅迫にどう応じるかと誰が脅迫者なのかが物語の大半を占めているのが特徴です。犯行はかなり無理筋かつご都合主義で、仮に犯行が成立したとしても(一応成立するのですが)後から秘密がばれてしまうリスクが常につきまとっているように思えます。 |
No.2201 | 4点 | アッサム・ティーと熱気球の悪夢- ローラ・チャイルズ | 2020/01/24 20:47 |
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(ネタバレなしです) 2019年発表の「お茶と探偵」シリーズ第20作のコージー派ミステリーです。今回はお茶というよりお茶会の紹介になっていますがこれがなかなか興味深く、終盤でのボザールのお茶会描写はいい雰囲気を醸し出しています(結局シークレット・シッパーはお茶会に来たんでしょうか?)。そんなわけで「お茶」に関しては合格点なのですが、肝心の「探偵」に関しては...困りましたね(笑)。ドローンを熱気球に衝突させて被害者を墜落死させるというのが珍しく、これで3人もの死者が出るのですが誰が狙われたのかについてはあっさり絞り込まれてしまいます(死者の1人は登場人物リストに載せてさえもらえません)。犯人の行動は矛盾だらけで、犯行後すぐに逃げなかったのは不審に思われたくないからというのは理解できますが、そのくせ結構目立つ振る舞いを繰り返して馬脚を現しています。推理による解決要素がほとんどなくて謎解きとしては物足りないです。 |
No.2200 | 5点 | 思案せり我が暗号- 尾崎諒馬 | 2020/01/17 21:36 |
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(ネタバレなしです) わずか3作を発表した後は沈黙してしまったらしい尾崎諒馬(1962年生まれ)の1998年発表のデビュー作である本格派推理小説です。暗号ミステリーというのは謎の難易度が高く、小説としては動きが少なくなりやすくて人気の面では不利だと思いますが、それでもわざわざタイトルで暗号ミステリーだと謳っているのですから相当自信があったんでしょうね。様々な手法による解読(いや復号か?)で暗号が万華鏡のごとく変化する展開が圧巻です。私は暗号の謎解きはほとんど理解できなかったのですが、よく考え抜かれた暗号なのはわかりました。暗号談義があるのも珍しいです。また構成にも凝っていて、プロローグとエピローグで全体の90%以上を占めています。ただプロローグで物語が一段落して非常に短い中間部を挟んでエピローグに突入すると驚きの仕掛けがあるのですが、カドカワ・エンタテインメント版の粗筋紹介でこの仕掛けをネタバレしているので驚けなかったのが残念です。あとエピローグの後ろに「読者への挑戦状」を用意して謎解きはまだまだ続くという展開なのですが、これは蛇足というか空回りに感じました。 |
No.2199 | 6点 | 思考機械「完全版」第二巻- ジャック・フットレル | 2020/01/13 20:49 |
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(ネタバレなしです) 完全版第二巻は1906年以降に発表された思考機械シリーズの短編31作(となぜかシャーロック・ホームズのパスティーシュ短編1作)が収められてます。発表順に並べたので生前発表された第二短編集(1908年)の作品が一巻と二巻に分かれてしまいましたが、これは本の厚さを考えるとバランス的に仕方ないですね。全作品を俯瞰的に見ると第一短編集(1905年)が質量共に充実した作品が多いことを再認識させられます。本書のコンパクトな作品群は出来不出来の差がありますが、それでも同時代のG・K・チェスタトンと並ぶトリック・メーカーであることがよくわかります。本書で個人的に気に入ってるのは、トリックがチェスタトンの某作品(ブラウン神父シリーズ)を先取りしている「オペラボックス」、謎の魅力では全作品中屈指(実現性はともかくトリックも独創的)の「幽霊自動車」、唯一の夫人との共著で神秘的な謎の「にやにや笑う神像」、複雑な犯行計画が印象的な「余分な指」です。それにしても思考機械から「不可能」という言葉が嫌いなのを何度指摘されてもつい「不可能」と発言してしまうハッチって...(笑)。 |
No.2198 | 8点 | 金沢逢魔殺人事件- 梶龍雄 | 2020/01/13 20:32 |
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(ネタバレなしです) 全4作の旧制高校シリーズの第3作にあたる1984年発表の本書は、タイトルから予想がつくように旧制四校が登場します。作中時代は1936年です。青春物語要素はシリーズ中一番希薄なのですがそれが弱点とは感じられないほど本格派推理小説としては圧巻の出来栄えです。怪人「片目マント」が目撃される連続猟奇殺人事件のサスペンスも出色ですが、最終章での火花散るような推理バトルがこれまた息を呑むようなスリルを生み出します。一気に読み終えたのが惜しまれるような謎解きでした。 |
No.2197 | 5点 | 火中の栗- A・A・フェア | 2020/01/13 20:18 |
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(ネタバレなしです) 1965年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第25作の本格派推理小説です。ひき逃げ交通事故のもみ消し工作ではないかという、発覚したら探偵ライセンス没収になりかねない依頼を引き受けたドナルド、わずか4章であっさり解決かと思ったらやはり大ピンチになります。ドナルドのしっぽを押さえようと執念を見せるセラーズ部長刑事(過去にドナルドから受けた恩は忘れてはいないようですが)に共同経営関係を破棄すると脅かすバーサと、味方はエルシー唯一人です(本書では献身ぶりがいつも以上に際立ってます)。ドナルドが相手にするのは姿を消す依頼人、依頼人と微妙な関係の家族たち、言動怪しげな交通事故の被害者、どこか悪党臭い弁護士と多士済々です。メインの謎であるはずの殺人の方はいつの間にか発生していつの間にか解決とあっさり過ぎの扱い、もう少し推理の説明してほしかったですね。それにしてもセラーズとバーサに犯人逮捕に加担させて花を持たせるドナルド、いいやつだ。最後はエルシーとのお楽しみが待っているのかな(笑)? |
No.2196 | 6点 | 死者の靴- レオ・ブルース | 2020/01/13 19:57 |
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(ネタバレなしです) 1958年発表のキャロラス・ディーンシリーズ第4作の本格派推理小説で、国内では「AUNT AUROLA Vol.2」(1988年)に掲載されました。序盤はモロッコのタンジールからロンドンへ向かうサラゴサ号が舞台で、船内にはイギリスのバートン・アビスでの殺人容疑者が居合わせてますが(それから「死の扉」(1955年)の登場人物が再登場しています)、ロンドン到着目前で船から落ちたのか行方不明になります。その後キャロラスがバートン・アビスで探偵活動する場面に移り、後半にはタンジールにまで乗り込みます。タンジールの風景描写はほとんどありませんがそれでもイギリスとは違う社会であることを感じさせます。謎解きに関しては露骨過ぎる手掛かり描写がある一方でちょっとアンフェアに感じるところもありますが、単純なトリックをとてつもなく手間をかけた犯人には敢闘賞を贈りたいです(笑)。 |
No.2195 | 5点 | 章の終り- ニコラス・ブレイク | 2020/01/10 21:26 |
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(ネタバレなしです) 1957年発表のナイジェル・ストレンジウェイズシリーズ第12作の本格派推理小説です。出版社を舞台にした1種のビブリオ・ミステリーですが、半世紀以上前の作品ですから本書で語られる出版業界描写が現代の出版業界とどれだけ相違点があるかは私には未知数です。ナイジェルへの依頼は原稿から削除されるはずの描写が何者かによって削除取消(イキ)の処理をされてそのまま出版、名誉毀損の訴訟に発展した事件の犯人探しです。ユニークな謎ですが長編ミステリーを支える謎としては弱いと思います。ブレイクよりはF・W・クロフツが扱いそうな企業犯罪の謎ですね(そういえば本書の出版年にクロフツが亡くなったのを思い出しました)。殺人事件がすぐに起きない展開ということもあって序盤の伏線は大概スルーされるでしょう。事件が起きてからも地味な展開に終始しており、推理説明はしっかりしているし動機に絡む心理分析が丁寧なのもこの作者らしいですが、やはりもう少し全体を盛り上げる工夫は欲しかったです。 |
No.2194 | 6点 | 漂流密室- 湯川薫 | 2020/01/10 21:10 |
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(ネタバレなしです) 2001年発表の湯川幸四郎シリーズ第4作の本格派推理小説です。徳間ノベルス版では世界遺産ミステリー第1弾と宣伝されていますが、その後第2弾が発表された形跡はないようですが。本書に登場する世界遺産は屋久島で序盤と終盤では触れられていますが、メインの舞台は人工の浮島「メガ・フロート」です。この作者らしくトリックに力を入れており、雑然が整然を上回るかのような逆説的な発想が見事です。また演繹法でも帰納法でもない第三の手法による推理を試みているのも注目で「読者への挑戦状」まで付いています。こういった長所が数多くあるのですが、幸四郎たちが閉じ込められて無事に脱出できるのかというサスペンスが優れているばかりにせっかくのトリックが演出不足気味になってしまったことはちょっと惜しいです。また犯人当てとしてはこれが唯一の正解という説得力が弱くて、他の犯人パターンでもいいのではと思えてしまい、こちらについてはかなり残念でした。 |
No.2193 | 5点 | 陰謀の島- マイケル・イネス | 2020/01/10 20:49 |
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(ネタバレなしです) 1942年発表のアプルビイシリーズ第8作の冒険スリラーですが同じジャンルのシリーズ前作である「アララテのアプルビイ」(1941年)と比べると実に捉えどころのない怪作で、読者の評価が大きく分れそうです。第一部でいくつかの事件が起きてアプルビイたちが捜査に乗り出す展開自体は普通ですが、その事件が複数の女性の失踪(誘拐?)だったり馬の盗難(ご丁寧にも最初の馬を返して目的の馬を盗み直してます)だったり家屋の消失(盗難?)だったりと何これというもの。第二部になると物語はますます破天荒になり、なぜかアプルビイたちが南米行きの船に乗っていて、船には怪しげな人物がうろうろ。失踪者たち(馬や家屋も)がそれぞれ普通でない特性をもっていることがわかりアプルビイの推理は予想範囲の斜め上です。多重性格者との会話や容疑者相手にアプルビイたちのとんでもない芝居も強烈な印象を残します。第三部は舞台が南米、ここでは「アプルビイは2件の殺人を犯した」という文章にどっきりです。プロットはハチャメチャでまともに理解できませんでしたが強力な磁力に引っ張られるかのように読まされました。 |
No.2192 | 6点 | 絵に描いた悪魔- ルース・レンデル | 2020/01/05 13:21 |
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(ネタバレなしです) ルース・レンデルの作品はウェクスフォードシリーズが本格派推理小説、非シリーズ作品がサスペンス小説という評価が一般的ですが、初の非シリーズ作品である1965年発表の本書はプロローグこそサスペンス小説風ですが全体的には本格派推理小説で、後年作品で高く評価されている異常心理描写を本書に期待すると肩透かしを味わいます。一度は自然死と判断されますが殺人の疑惑が生まれ、ではどのようにして殺害したのかというハウダニット重視の謎解きがパトリシア・モイーズの「死の贈物」(1970年)を彷彿させます(使われたトリックは別物です)。この種のトリックは専門的になりやすいのでただトリックの正体だけ説明されても一般的読者は感心しませんが、巧妙な謎解き伏線を用意してあるところが上手いです。非シリーズ作品のため本格派ファン読者からは敬遠されやすく、サスペンス小説として読むとインパクトが弱いことからレンデル作品の中では存在感の薄い作品ですけど。余談になりますが本書の角川文庫版が翻訳家でもあった小泉喜美子(1934-1985)の最後の翻訳作品だそうです。 |
No.2191 | 7点 | 紅蓮館の殺人- 阿津川辰海 | 2020/01/05 12:52 |
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(ネタバレなしです) 阿津川辰海(1994年生まれ)の2019年発表の長編第3作で館四重奏第1作の本格派推理小説です。過去2作は転生ありとか未来予知ありとか特殊な設定の世界(何でもありになってしまいがちなので個人的には好きではないです)での謎解きらしいので敬遠してましたが、本書はそういうのがないので読んでみました。山火事に囲まれた館を舞台にしているところがエラリー・クイーンの「シャム双生児の秘密」(1933年)を、探偵役が容疑者全員の秘密を暴いていく展開がアガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」(1926年)を、そして探偵と元探偵を対峙させて探偵の存在意義を見つめ直しているところが市川哲也の「名探偵の証明」(2013年)を連想させます。吊り天井の下敷きになった死体は前例があったかな(時代劇のからくり城ならありそうですが)?本格派推理小説として凝りに凝った作品ですので本格派好き(それも大がつくほどの)読者にはお薦めしますが、幅広いジャンルのミステリーを楽しむタイプの読者にはリアリティーを度外視して謎解きを突き詰めている本書は少し息苦しく感じるかもしれません。 |
No.2190 | 6点 | 死が目の前に- ハロルド・Q・マスル | 2019/12/30 16:01 |
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(ネタバレなしです) スカット・ジョーダンは弁護士ですがこれまでのシリーズ作品でその設定をあまり活かしてないのを作者が気にしたのか、1951年発表のシリーズ第3作の本書ではジョーダンが訴訟相手に召喚状を渡そうと工作する場面で始まります。普通は弁護士自らそんなことはしないのですが、読者だって普通を期待してはいないでしょう(これがきっかけで死体とご対面です)。さらに法廷場面も用意してありますがここでのジョーダンは被告として自己弁護するという、これまた普通の法廷ではありません。依頼人の利益のために奔走するどころか自らにふりかかった火の粉を払うのに右往左往のジョーダンを、日頃の恨みをはらさんとばかりにここぞと攻勢をかけてくる検察や警察ですが(ひどいな)、その中で中立公平にジョーダンを扱ってくれるジョン・ノーラ警部の頼もしいこと!ちょっとした手掛かりから推理して犯人のとてつもない秘密に気づくのはジョーダンですが、犯人逮捕の手柄はノーラのものに。でも今回はひとかたならぬ世話になっているのですから気持ちよくノーラに花を持たせましょうね(笑)。 |
No.2189 | 6点 | 七日間の身代金- 岡嶋二人 | 2019/12/30 15:41 |
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(ネタバレなしです) この作者は誘拐サスペンスが評価高いので本格派推理小説にしか興味のない私はそれほど興味はなかったのですが、1986年発表の本書の講談社文庫版の巻末解説では全22作の長編ミステリーの内、誘拐物はわずか5作と紹介されていたのにはびっくりです。本書はその5作の1つなのですが誘拐前の場面も誘拐場面もなく、誘拐後から物語が始まります。誘拐犯からの指示で身代金を運ぶ指示を受けた人間を男女のアマチュア探偵コンビが様子を伺うという展開ですが、何と警察が監視している状況下で(私有地の)島に入った運び役が殺され、犯人も身代金も見つかりません。もっとも島を十分に探索していない段階でこれを不可能犯罪と言うのは誇大表現だと思いますが。軽快なテンポで物語は進み、誘拐被害者の安否も早々と明らかになり、後半は本格派推理小説へと変貌します。探偵役が推理を惜しげもなく披露するので犯人の正体は早い段階で読者の知るところとなり、トリック破りに重点を置いた謎解きです。まずまず楽しめる内容ですが、天才型ではないアマチュア探偵の捜査に先行されっ放しの警察、小細工を弄し過ぎのところへ偶然のいたずらが次々に重なり、よく犯行が成立したなという無理筋の犯行計画などリアリティー重視の読者にはちょっとつらい作品かも。 |
No.2188 | 8点 | 双頭の悪魔- 有栖川有栖 | 2019/12/24 21:40 |
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(ネタバレなしです) 1992年発表の江神二郎シリーズ第3作の本格派推理小説です。それほど多くはないでしょうけど「読者への挑戦状」が2度挿入された作品なら古くはベルギーのS=A・ステーマンや高木彬光、もう少し新しいところでは島田荘司やロビン・ハサウェイや篠田秀幸の作品が頭に思い浮かびましたが、それが3度も挿入となると全く前例を知りません。しかもそれぞれの挑戦状で異なる謎を解けと読者に突きつけています。これは非常によく考え抜かれた作戦だと思います。というのは真相はややもすると読者にアンフェアではという不満を与えかねない類のもので、このネタでいかにフェアな謎解きであるか主張し、そして読者を納得させるためにこの挑戦状は必須アイテムだったという気がしてなりません。ストーリーテリングに大きな飛躍が見られ、創元推文庫版で700ページ近い大作ですが全く退屈しませんでした。 |
No.2187 | 6点 | 闇という名の娘- ラグナル・ヨナソン | 2019/12/24 21:13 |
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(ネタバレなしです) 2015年発表の本書は、女性警部フルダ・ヘルマンスドッティルを主人公にした三部作の第1作の本格派推理小説です(本国アイスランドではヒドゥンシリーズと呼ばれてるそうです)。特長としては本書が作中時代が1番新しく第3作が1番古いことで、本書のフルダはもうすぐ65歳、第3作のフルダは40代です。警察を退職目前のフルダの文字通り最後の事件は難民申請中のロシア人女性の不審死の再調査です(前任の担当刑事は自殺と報告)。雲をつかむような捜査描写のため謎解きはあまり盛り上がりませんが、フルダ自身のドラマとしてとても充実した作品で本格派好き読者よりも国内社会派推理小説好きの読者の受けがよいかもしれません。とはいえフルダが真相に気がつくことになる、さりげない手掛かりの配置は巧妙です。もっとも最後はミステリーとしてよりもドラマとしての衝撃が忘れがたい余韻を残しますが。 |
No.2186 | 4点 | 女子高生探偵シャーロット・ホームズの帰還 <消えた八月>事件- ブリタニー・カヴァッラーロ | 2019/12/20 21:54 |
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(ネタバレなしです) 2017年発表のシャーロット・ホームズシリーズ第2作のスリラー小説です。シリーズ前作でもホームズ家の宿敵であるモリアーティー一族が登場していましたが、本書に至っては登場人物リストの大半がホームズ一族とモリアーティー一族で占められています。もっとも単純に両家の対決模様にしていないところに工夫の跡が見えており、ホームズ一族が結束が固いかというとそうでもないし、対立関係を終わりにしようとしてシャーロットをサポートする(ような)モリアーティーもいます。シャーロットとジェームズの仲もぎくしゃくしており、ダークで重苦しい雰囲気とあいまって読んでて息苦しいです。終盤でのシャーロットの兄マイロのとんでもない行動(キャラクターイメージ台無しです)も読者の賛否は分かれるでしょう。とにかくコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズで描かれている作品世界とはあまりにも異質です。余談ですが前作の竹書房文庫版の表紙イラストのジェイミーは元ラガーマンらしく肩幅がっちりの青年として描かれてましたが、本書の表紙イラストではスリムなイケメンに大変身、一体何があったんだ(笑)。 |