皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
空さん |
|
---|---|
平均点: 6.12点 | 書評数: 1505件 |
No.90 | 6点 | メグレと老婦人の謎- ジョルジュ・シムノン | 2013/06/17 22:40 |
---|---|---|---|
何らかの事件でメグレに会いたいと司法警察にやってくる人は時々いますが、本作ではそれが表題にもなっている老婦人(原題を直訳すれば「狂女」でしょうが、フランス語の”folle”は熱烈なファンといった意味にもとれます)です。最初にたまたま老婦人の話を聞くことになったラポワントが、その後も主としてメグレに付き従うことになります。
その老婦人が殺されますが、犯人は老婦人の家で何を探し回っていたのか、というのがメインの謎です。しかしこういう解答はシムノンにしては珍しいですね。それが老婦人の棲んでいた、19世紀さえも思わせるような古いアパートの内装と対照的です。後で考えてみると、確かにそれで登場人物たちの行動理由が無理なく説明できるという真相になっています。 メグレが奥さんと一緒に散歩したり、公園のベンチに座ったり、といったシーンが多いのも、本作の特徴の一つでしょうか。 |
No.89 | 6点 | メグレの退職旅行- ジョルジュ・シムノン | 2013/05/15 22:44 |
---|---|---|---|
『メグレ夫人の恋人』に続き『メグレの新捜査録』からの6編を収録した短編集です。その上巻とは逆に、かなり長い作品が4編あり、その前に短い2編が置かれています。
短い『月曜日の男』と『ピガール通り』は、たいしたことはないかな、といったところ。次の『バイユーの老婦人』はメグレものには珍しいハウダニットの佳作になっています。後の3編は本のタイトルにもあるメグレの退職がらみで、まず『ホテル”北極星”』は退職2日前の事件です。ホテルで起こった殺人事件で、司法警察に連行された若い女セリーヌがなかなか印象的。『マドモワゼル・ベルトとその恋人』は退職後田舎で暮らしているメグレに宛てられた手紙から始まります。なんとこの作品では、常連リュカ部長刑事が殉職したという設定になっています。最後が『メグレの退職旅行』で、英仏海峡に臨む港町で嵐の夜という、シムノンお得意の雰囲気がたっぷり楽しめる作品でした。 |
No.88 | 7点 | メグレ夫人の恋人- ジョルジュ・シムノン | 2013/04/23 23:24 |
---|---|---|---|
原書では『メグレの新捜査録』として出版された短編集の中から半分ぐらい選んで翻訳されたものです。なお、残り半分は『メグレの退職旅行』に収録されています。
全体としては、どちらも60ページ近くある表題作と『殺し屋スタン』の間に、短い作品7編をはさんだ構成になっています。読みごたえのあるのはやはり長い2編で、特に翻訳者長島良三氏のお気に入り『殺し屋スタン』は評判に違わずおもしろくできています。この2編もそうなのですが、メグレものの長編よりも結末の意外性に気を配った作品が多いというのが、妙なところかもしれません。徹底的な尾行サスペンスの『死刑』でも、容疑者の法律を盾にとった行動とその裏をかくメグレの策略が意外性を出しています。考えてみると、シムノンにはメグレものでないパズラー系の短編集がいくつもありますが、短編向きの謎解きアイディアが得意なのかもしれません。 |
No.87 | 6点 | メグレとワイン商- ジョルジュ・シムノン | 2013/03/12 21:11 |
---|---|---|---|
前作『メグレと録音マニア』との共通点と相違点を意識させられる作りになった小説です。簡単な粗筋だけで人間関係等を問題にしなければ、なんだ前作とそっくりな展開ではないかとも言えるでしょう。
しかし、これはひょっとしたら前作の問題点に対する修正版ではないか、とも思えてきます。前作は前半と後半が分断されたような印象を与えたのに対し、本作は、オーソドックスなミステリ的人間関係で全体がまとめられているのです。今回は原題の意味も邦題と全く同じで、殺されるのがワイン商です。この被害者のいやな性格が事件の中心にあって、動機を持つ人間を探していく、という話になります。普通に捜査を進めていくだけでも、犯人を特定して逮捕することはできたはずの事件なのですが、あえてこのような展開にしたというのが、前作を意識していたのではないかと推測する根拠です。それだけに最後の2章はなかなか読ませてくれます。 |
No.86 | 5点 | メグレと録音マニア- ジョルジュ・シムノン | 2013/02/16 09:16 |
---|---|---|---|
訳者あとがきにも書かれていますが、携帯テープレコーダーといった当時の最新機器が出てくる作品です。それだけでなく、メグレが新聞社編集長と話し合うところがあるのも、シムノンにしては新しい感覚ではないかと思えます。
邦題の「録音マニア」は被害者を指していますが、原題を直訳すれば「メグレと殺人者」となります。この点については、メグレが「犯人だよ…殺人犯というと、計画的でなくては…」と言うところがあります。たぶん「殺人犯」はassassin、「犯人」が原題で使われているtueur(英語ならkiller)ではないでしょうか。本作は内容的には被害者よりもむしろ犯人の方に力点が置かれているのですが、河出書房はすでに邦題を『メグレと殺人者たち』とした作品も出版してましたから、まあしかたがないでしょうね。殺人者が最後にとる行動は、この犯人だからよかったようなものの、という気にもさせられました。 |
No.85 | 5点 | メグレの幼な友達- ジョルジュ・シムノン | 2013/01/20 18:24 |
---|---|---|---|
タイトルの幼な友達については、作中でメグレ自身が友達ではなくて同級生だと言っています。高校のころはむしろそのひょうきんぶりで人気者とも言えた嘘つきのフロランタンが、殺人事件に巻き込まれて、警視庁にメグレを訪ねてきます。話を聞いてみると、どうも怪しい。彼の話をそのまま信じることもできないけれど、だからといって愛人を殺すような男でないことも間違いないというわけで、仕事の話を家庭に持ち込まないメグレにしては珍しく、夫人にやっかいな事件だとぼやいています。
さらにフロランタンが墓石と呼ぶ無表情な女管理人がまた、なかなかインパクトのある人物なのですが、彼女の証言も怪しい。 その二人の他に容疑者が三人いて、さて真犯人は誰かという点については、完全にフェアプレイが守られているとは言えないものの、意外に論理的にフーダニットしている作品でした。 |
No.84 | 6点 | メグレと殺人予告状- ジョルジュ・シムノン | 2012/12/26 22:27 |
---|---|---|---|
原題直訳は「メグレためらう」で、殺人予告状と言っても、その文面には『ABC殺人事件』等のような警察や名探偵に対する挑戦めいたところはありません。むしろ、運命の修繕人と呼ばれることもあるメグレに対して訴えかけるような手紙です。
殺人を行おうとしているのはその予告状を書いた人物自身なのか、誰が誰を殺そうとしているのか、というのが本作の中心的な謎だと言えます。便箋から簡単に、ある弁護士一家の誰かが書いたことは突き止められるのですが、問題をはらんだその家庭の状況を、事件は起こらないままにメグレは調べていきます。 ついに殺人事件が起こるのは、全体の2/3ぐらいになってからですが、被害者が決定されてみると犯人が誰であるかは容易に想像がつきますし、犯行の証拠も死体発見から数時間後には発見されるというわけで、殺人以降は長いエピローグとさえ思えるような構成です。 |
No.83 | 6点 | Les complices- ジョルジュ・シムノン | 2012/12/04 21:43 |
---|---|---|---|
『共犯者たち』というタイトルから想像していたほどミステリ系ではありませんでした。犯罪心理サスペンスではありますが、主人公が犯すのは故意の犯罪ではありません。地方の工場経営者であるランベールは、車で移動中助手席の秘書といちゃついていて、40人ほどの子どもたちが乗ったバスの事故を引き起こすことになってしまうのです。バスは炎上し、女の子1人以外全員死亡という惨事になる現場から、彼は逃げ出してしまいます。現場には、酔っぱらい運転のような蛇行したタイヤの跡が残っていました。
半ばぐらいで、共同経営の弟に正面切って「あれは兄貴だったのか? と尋ねられ、事故原因の車の運転者は自分ではないと嘘をつくランベール。一方保険会社が依頼した腕利きの探偵が調査を始めて… いつ警察が逮捕に来てもおかしくないと覚悟はしていながらも、沈黙を続けるランベールの心理を描いて、なかなか味わいがありました。 |
No.82 | 6点 | メグレとリラの女- ジョルジュ・シムノン | 2012/11/08 20:57 |
---|---|---|---|
健康を害して、湯治場ヴィシーに来たメグレ夫妻が、毎日ゆっくり散歩し、湯を飲んで静養する日々を送っているという状況がまず微笑ましい作品です。しかしもちろんそれだけではミステリにならないので、そこで目についたリラ色の服を着た周囲から孤立した感じの女が殺されるという事件。
地方警察の本部長がメグレの元部下だったという偶然を、メグレが捜査に関わるきっかけにしています。といっても休暇中で管轄外ですから、アドバイザー的立場を最後まで貫き、尋問には全然口を出しません。そういったことも本作の緩やかな雰囲気づくりに貢献しています。定石通りの捜査が進められ、当然のように容疑者が浮かんできます。容疑者は任意同行を求められ、ある程度覚悟もしていたのでしょう、すぐに自白して終りという、平凡と言えば確かにそうなのですが、そこがいい味を出している作品です。 |
No.81 | 6点 | メグレの財布を掏った男- ジョルジュ・シムノン | 2012/10/18 20:10 |
---|---|---|---|
早春のパリの明るい雰囲気から始まる作品です。タイトルどおり、バスの中でメグレが身分証明のメダルも入れた財布を掏られるのが事件の発端ですが、これもユーモラスな筆致で描かれています。
ところが死体が発見され検死が終わった後は、何となく初期作品を思わせるような雰囲気になってきます。メグレと顔なじみの男が経営するレストランでの食事風景にもそんなところがありますが、特にラストの中庭での会話から殺人事件のあったアパートに踏み込むあたりの情景に、雰囲気小説とも言われていた時期に近い味があるのです。これを後ろ向きと批判する人もいるでしょうか。 真相自体はオーソドックスなパターンにはまっている上、メグレも途中でそのことを気にしているので、すぐに見当がつくでしょう。まあ、意外性より犯人の心理に対するメグレの最後のセリフが印象に残るような作品ではあります。 |
No.80 | 6点 | メグレと賭博師の死- ジョルジュ・シムノン | 2012/09/27 21:40 |
---|---|---|---|
メグレの友人パルドン医師の奇妙な体験から始まる作品です。それが殺人事件と関連してくるところは、非常にあっさりしています。
作中で、「ナウール事件」として報道されたことが述べられていて、原題も「メグレとナウール事件」となっています。被害者の名前ですが、この男はルーレット等に対して数学的(確率的?)なアプローチをするプロの賭博師という設定です。しかし、ツキとかでなく数学的なことを言い出せば、カジノでの賭博なんてバカバカしいと思えるのですが。ともかく、そのナウールが自宅で殺された事件で、容疑者はほとんど最初から3人に限定されています。 犯人逮捕後、裁判でメグレが証言して有罪判決があるところまで、簡単にではありますが描かれているのは、シムノンに限らず珍しいことではないでしょうか。それにはテーマ的な理由があり、最後のメグレの一言が苦い味わいを出しています。 |
No.79 | 5点 | 上靴にほれた男- ジョルジュ・シムノン | 2012/09/07 16:59 |
---|---|---|---|
チビ医者の犯罪診療簿の第2巻で、7編が収録されています。最初の『オランダ人のぬれごと』の冒頭に登場するのはメグレものでもおなじみのリュカです。トランス刑事の名前も出てきますが、メグレもの常連とはイメージが違うような…
犯罪診療簿も後半に入って、名探偵として知られるようになったジャン・ドーラン医師、パリなどへ事件の依頼を受けて出かけていくようになります。7編中最も気に入ったのは『提督失踪す』。ごく短時間での不思議な人間消失事件の上に、さらに1件人間消失が起こる展開で、解決もなかなか鮮やかにうまく処理してくれています。『非常ベル』はこのシリーズ中の異色作というべきで、謎解き要素もありますが、むしろドーラン医師の身に迫る危険のサスペンスが中心になっています。 最後の方になると、多少息切れが感じられるところもありますが、全体的にはそれなりに楽しめました。 |
No.78 | 6点 | 死体が空から降ってくる- ジョルジュ・シムノン | 2012/08/21 21:18 |
---|---|---|---|
田舎の開業医ジャン・ドーランを探偵役にした、謎解き要素の強い短編集の前半6編を収めています。1編平均ハヤカワ・ポケミスで40ページ以上で、全部だと長すぎるため2巻に分けたものです。なお巻末解説では全部で12編としていますが、実際には13編です。シムノンはメグレものを始める直前頃に、『13の秘密』等謎解き要素の強い短編(掌編)集を3冊発表していますが、これらもすべて13編。メグレもの以外の謎解きミステリ短編集については、シムノンは収録作品数にこだわりがあるのでしょうか。
謎解きと言っても、ドーラン医師の推理方法はメグレと同じように事件関係者の立場になりきるというのが中心で、大げさなトリックなどはありません。しかし、どの作品も事件の中心となる謎を明確にした上で、なかなかきれいに解決して見せてくれます。 ただ翻訳については、明らかな誤訳や日本語として変なところも目立ちました。 |
No.77 | 5点 | メグレと宝石泥棒- ジョルジュ・シムノン | 2012/08/01 08:34 |
---|---|---|---|
現在メグレもの長編は原作発表順に再読していっていますが、前作の続編ともいうべきストーリーになっているのは、本作が初めてです。その前作『メグレたてつく』の完全ネタばらしまで第1章でしてしまっているので、未読の方はご注意を。
頻発する宝石泥棒の事件は前作の時から問題になっていて、前作は、その捜査の途中でメグレが全く別の事件に巻き込まれる話でしたが、今回は宝石泥棒事件の最終決着です。メグレが長年その首謀者とにらんでいた男が殺され、それを契機にすべてのからくりが明らかになります。出来が悪いというわけではないのですが、事件の重要な関係者の人物像の描き方が、この作家にしてはいまひとつ迫ってこないように感じました。 原題の意味は「メグレの忍耐」。宝石泥棒事件を長年追ってきたメグレが、最初の方で「私は我慢強いのです」と局長に言うところがあります。 |
No.76 | 7点 | メグレたてつく- ジョルジュ・シムノン | 2012/07/14 20:52 |
---|---|---|---|
メグレが自宅に帰ってきて、奥さんに今扱っているのは「メグレ事件だ」と言うところがありますが、タイトルもこれに合わせて「メグレ自身の事件」とでもしてもよかったかもしれません。メグレ自身が身に覚えのない罪を着せられそうになるという事件です。パリ警視庁(司法警察)局長は(世代交代もあります)、他の作品にもよく出てきますが、今回メグレを呼び出すのは警視総監です。別の建物の警視総監官房というところにいるということです。
政治家が圧力をかけてきたわけですが、総監から手を出すなと言われているにもかかわらず調べていくと、メグレを陥れようとしている理由はどうも政治がらみではないらしいということになってきます。最後に真相が明らかになってみると、ある偶然と誤解がきっかけになっていたのでした。メグレのたてつきっぷり、犯人の不思議な感じのする性格設定など、かなり楽しめる作品でした。 |
No.75 | 7点 | メグレとしっぽのない小豚- ジョルジュ・シムノン | 2012/06/22 21:33 |
---|---|---|---|
邦題を間違えているサイトが多いようですが、「子豚」ではなく「小豚」です。小さな陶器製の豚の置物のことなのです。まあ、本書でも目次だけは「子」の字になってしまっているぐらいですからね。収録9編中、最初の3編がかなり長めの短編です。
最初の『しっぽのない小豚』は人情派サスペンスとは言えるものの、メグレは出てきません。というか、メグレものはわずか2編。 2人の男の因縁を描いた心理サスペンスに皮肉なオチをつけた2番目の『命にかけて』もおもしろいのですが、ミステリとしてなら、次の『しがない仕立て屋と帽子商』が一番です。後に『帽子屋の幻影』として長編化もされますが、この原型の方がミッシング・リンクをテーマとした純粋なミステリになっています。 続く短い6編の内、メグレの『街を行く男』『愚かな取引』も悪くないのですが、それよりもミステリと言えない残り4編、特に熱帯の雰囲気がいい『寄港地ビエナヴァンチュラ』が気に入っています。 |
No.74 | 6点 | メグレと幽霊- ジョルジュ・シムノン | 2012/05/31 00:06 |
---|---|---|---|
メグレの直属の部下ではありませんが、『メグレ警視と生死不明の男』等いくつもの作品に登場する、無愛想な刑事ことパリ18区警察署のロニヨンが路上で撃たれて重傷を負うという事件です。
ロニヨンが意識を失う前に呟いた、タイトル(原書も同じ)にもなっている「幽霊」という言葉は、謎めいたメッセージとしては期待を抱かせますが、読了後振り返ってみると、結局彼がその言葉を口にする必然性はあまりないように思えました。事件は夜中の2時頃に起こり、24時間も経たないうちに解決してしまうので、ロニヨンは意識を取り戻す間もありません。まあ目の付け所さえ間違えなければすぐ解決してしまうような、簡単な事件ではあります。 そんなわけで実際の登場場面はないにもかかわらず、手柄をたてようと、同僚たちに何も知らせず一人だけで密かに捜査していたロニヨンの人物像の方が、殺人未遂犯人たちよりも印象に残るような作品でした。 |
No.73 | 4点 | メグレと殺された容疑者- ジョルジュ・シムノン | 2012/05/26 19:22 |
---|---|---|---|
邦題にもかかわらず、第1章の最後で殺されるキャバレーの経営者は容疑者というわけではありません。3週間ほど前にやくざが殺された事件で、彼は参考人の一人として警察に呼ばれただけです。過去の事件を担当していたリュカもメグレに問われて、容疑者とは全く思っていないと断言しているのです。一方原題の意味は「メグレの怒り」。よく似たタイトルの『メグレ激怒する』という作品もありましたっけ。怒りの対象は殺人犯です。メグレ自身がダシに使われたせいもあるでしょうが、それほど怒らなくても、という気もします。
水商売を手広くやっているにもかかわらず極めて几帳面な被害者とその家族の生活ぶりは、きっちりと描かれているとはいえ、今ひとつ感情移入できませんし、一方の犯人も、上にも書いたようにそれほどひどい人物と思えません。そんなわけでどうも中途半端な印象の残る作品でした。 |
No.72 | 7点 | ベベ・ドンジュの真相- ジョルジュ・シムノン | 2012/04/22 19:59 |
---|---|---|---|
ある夏の日曜日、夫を砒素で毒殺しようとしたベベ・ドンジュ。企ては未遂に終わり、彼女は犯行を自供し、すぐさま逮捕されます。
過去の生活を通して探求される動機を扱ったホワイダニットの一種と捉えることもできます。本作では殺されかかった夫の視点から、その探求はなされます。しかし彼に「おわかりでしょう!」と言われても、一般的なミステリのように動機が明瞭に示されるわけではありません。夫婦関係の微妙な心理的すれ違い、「蚊が、ときには、大きな石が水溜りに投げ込まれた時よりも、もっとはげしく水面をかき乱す」という冒頭部分の意味は、読者によって感じ取られなければなりません。殺人未遂を契機に、夫が妻を理解しようと努めるところは、似た素材を扱ったモーリアックの『テレーズ・デスケルウ』と異なる点だと言えます。 なお、ちょっとだけ登場する刑事の名前はジャンヴィエとなっていますが、舞台はパリでもありませんし、メグレの部下とは別人ですね。 |
No.71 | 5点 | メグレとルンペン- ジョルジュ・シムノン | 2012/04/02 22:48 |
---|---|---|---|
3月25日、春らしい天候になり、メグレが久しぶりにコートを脱いでラポワント刑事と殺人未遂事件現場に向かうメグレ警視。この暖かな空気が、作品全体を覆っています。
途中で短編集『メグレと無愛想な刑事』収録の『誰も哀れな男を殺しはしない』事件を引き合いに出して、セーヌ川の橋の下で静かに生活しているルンペンをわざわざ殺そうとする人間なんていないものだが、というのが謎だと言えます。メグレが夫人に手掛けている事件のことを語るのも珍しいことで、そんな妙な雰囲気のある話です。 ミステリとしてなら、人情派ホワイダニットとしてもたいしたことのない結末ですが、それよりも殺されかけたルンペンの生活と人生観を描いた作品という感じがします。犯人がどうなるかという部分も、普通なら不満があるでしょうが、ラストのメグレと被害者の会話で、なんとなく納得させられてしまいました。 |