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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.288 6点 パーフェクト殺人- H・R・F・キーティング 2011/04/27 09:45
一昨日発売の早川ミステリマガジン6月号の特集は”その名は―『名探偵コナン』”
私は漫画コミックは全く読まずTVアニメも全く観ない人間なので、『名探偵コナン』を一度も観た事が無い
したがって今回の特集には全く興味無し
今回だけ売行きが良かったりするとやばいな、味をしめた早川がまたアニメ企画とかやりかねないしな(苦笑)
ジョー・ゴアズの時みたいに、先月亡くなったキーティングの追悼特集を臨時に追加すると思ってたのにな、冷たいぞ早川

正確には”F”を一文字追加してH・R・F・キーティングは、作家以外にミステリガイド指南役のイメージが強い
実際ガイド本もあるし、ガイド本の方は既に書評済み
キーティングの代表シリーズはインド警察のゴーテ警部シリーズで、その代表作がCWA賞受賞作「パーフェクト殺人」である
キーティングは後に非シリーズ長編「マハーラージャ殺し」でも2度目のCWA賞を獲っている
「パーフェクト殺人」は題名だけ聞くと完全犯罪っぽいが、単にパーフェクトという名前の人物が被害者というだけである
一応本格に分類される事が多いが、内容的には警部単独で調査する警察小説に近く、本格としての観点で評価するのはあまり適切でないと思える
当時のインド社会の中での警察活動に苦悩する警部の姿が読みどころで、煮え切らないラストなどもその延長だろう
きっちり謎が解決して終わらないと気が済まない読者には向いていないが、まぁそういうところが魅力な作である

No.287 7点 月長石- ウィルキー・コリンズ 2011/04/19 09:59
そんな時間帯にTV観ないから気が付かなかったが、先週からフジテレビ系列の”昼ドラ”で『霧の中の悪魔』というドラマがスタートしていた
驚いたのは原作がW・コリンズの「白衣の女」だという
こんなゴシック小説のようなのを昼ドラでやるのかとも思ったが、考えてみたらもっと新しい時代の作ならば昼ドラなんかじゃなくて普通にゴールデンタイムの2時間ワイドドラマとかでやるよな
ゴシック小悦風だからこそ昼ドラ向きだったのかも知れん

未読の「白衣の女」は一応岩波文庫版全3巻を持ってるが、なにしろ文庫3巻通して1000頁越えの大作なので簡単には読めない
そこで今回は「月長石」の書評とさせてもらう
W・コリンズは探偵小説の歴史ではポー以降ではあるがホームズ以前の作家で、その両者の間を埋める作家の1人である
「月長石」より8年も前に書かれた「白衣の女」はやや旧式のゴシック風小説らしいのだが、「月長石」は一歩踏み出してモダンな探偵小説に近づいた作と探偵小説的には言われている
たしかに探偵役の捜査方法などにそれは伺えるが、だからより面白くなっているかってぇ~とそれもまた微妙
例えば旧態依然の探偵作家と見なされているエミール・ガボリオだが、「ルルージュ事件」なんか読むと話の展開は古臭いとは言えそれなりに面白かったのだ
「月長石」は古臭さと近代的探偵小説的の部分とが必ずしも上手く融合して無い感じもするのだよな
でもホームズ以前の時代にあって、探偵小説の発展への寄与とう観点では、同作者の「白衣の女」や前出のガボリオ「ルルージュ事件」よりも近代に一歩近づいたという功績は認めるべきだろうな

No.286 6点 おれの中の殺し屋- ジム・トンプスン 2011/04/15 09:32
明日16日に映画『キラー・インサイド・ミー』が日本公開となる予定
テアトルシネマ系列での上映なので、PARCO併設みたいな旧セゾン系などの限られた映画館でしか観れないのは残念だが
『キラー・インサイド・ミー』、そう原作は邦訳題名は直訳そのままだがジム・トンプスンの「おれの中の殺し屋」である

トンプスン初期の代表作の一つ「おれの中の殺し屋」は、内に狂気を秘める半狂人的な警察官が主人公にしては割とまともなミステリーである、ラストにどんでん返しも有るし
これも代表作の一つ「死ぬほどいい女」が、主人公が一介の市井の民間人なのに、イカレた小説であるのと対照的だ
どちらもノワールっちゃぁノワールだが、陽の「おれの中の殺し屋」、陰の「死ぬほどいい女」と言っていい位印象が違う
でも地味な「死ぬほどいい女」の方が実はブッ飛んでいて、案外と「おれの中の殺し屋」の方がミステリーとしてきちんと決着を付けている
「死ぬほどいい女」は作者の持ち味は出ているが初心者向きじゃないから、トンプスン入門には「おれの中の殺し屋」の方が無難だと思う

No.285 6点 オリエント急行の殺人- アガサ・クリスティー 2011/04/13 09:56
シドニー・ルメット監督が逝去した
おっさんさんが書評で書かれているようにルメット監督の代表作は『十二人の怒れる男』なのでしょうが、映画に特にこだわりがなく『十二人の怒れる男』も観ていない私のような一介のミステリー読者にとっては、ルメット監督と言えばやはり『オリエント急行殺人事件』のイメージが強い

原本「オリエント急行の殺人」は作者の中では仕掛けの要素が大きい作であって、その分オリエントと言う割には中近東の観光御当地ミステリーの要素が少ない
クリスティが考古学者マローワンと再婚したのが1930年だから1934年作のこの作は中近東ものへの萌芽は感じるものの、やはり本格的に中近東ものに手を染めるのは1936年「メソポタミアの殺人」ということなのだろう
「メソポタミア」以降は1937年「ナイルに死す」1938年「死との約束」と中近東ものが続く

「オリエント急行」は仕掛け上の基本アイデアもさることながら、それ以上に作者の凄さを感じるのは、この仕掛けを活かすために国際的に様々な国籍の人種を登場させて粉飾している点だ
例えばこれを雪の山荘テーマみたいに、仮に初対面でも名前は聞いていたとか何らかの関係者同士である事が事前に分かっていたというのでは意味を成さない
同じ雪中に閉じ込められるのでも、互いに面識も無いような行きずりの旅行客同士だからこそ設定と真相が活きる訳だ
だからねえ、”雪の山荘”じゃなくて”雪で立ち往生した国際列車内”じゃないと駄目なんだな、そこに目を付けたのはクリスティの手柄だ

映画版『オリエント急行殺人事件』はオールスター・キャストで話題となったが、イギリス制作なのに監督はアメリカ人、英米仏から役者を取り揃えと原作並みに国際色豊か
原作での各登場人物は案外と地味なんだけど、映画化という観点ではたしかにオールスター向きだ
原作で言えば「オリエント急行」よりも「ナイルに死す」の方が余程華やかなんだけど、「ナイルに死す」はオールスター向きじゃないし
何たって映画ではポアロがある意味主役になって無いもんね、そりゃイングリッド・バーグマン、アンソニー・パーキンス、ショーン・コネリー、ローレン・バコール等々錚々たる配役の中でポアロ役アルバート・フィニィだけが突出ってわけにゃいかんだろうしね
アルバート・フィニィのポアロ役は人柄の温厚さが出て無いが、巨漢ユスチノフは論外としてもスーシェよりはむしろ好き
脇役陣にも気を配っているなと思うのが、例えば陽気なイタリア人なんかも感じが出てるし、フランス人の車掌などにも見せ場を創っている
この車掌は結構重要な役柄だけにフランスの名優ジャン=ピエール・カッセルを配するなどオールスターならでは
ここまでやるなら捜査陣側の鉄道会社重役(映画では役名を変更)やギリシア人医師などにももう少し大物俳優を使っても良かったかなという気はした
ただ今にして思うと、役者人生や私生活などで曰くが有る俳優女優が多い配役だと感じるのは気のせいか
ところで昔の翻訳題名には「十二の刺傷」というのがあったらしいが、ルメット監督よくよく”12”という数字に縁が有ったとみえる

No.284 5点 藪に棲む悪魔- マシュー・ヘッド 2011/04/07 10:09
エルスペス・ハクスリーなどアフリカを舞台にした本格派作家が若干居るが、マシュー・ヘッドはその先駆者的な作家である
ハクスリーが実際にアフリカ在住経験が有り、経験に裏打ちされた情景描写に優れているのに対し、アメリカ作家のヘッドがどこまでアフリカに詳しかったのかはちょい疑問
「藪に棲む悪魔」は一応アフリカが舞台ではあるが、登場する舞台は殆どが白人経営プランテーションの内域だけであり、アフリカの大自然や野性味が殆ど感じられない
ネット上で評価が低いのは、やはりこのアフリカという舞台が活かされてないという理由が大きいようだ
もう一つ低評価なのはきっと、病原菌に関するトリックが陳腐な点だろう
まぁたしかに本格としてはハクスリー「サファリ殺人事件」の方が上だろうな
ただし登場人物の陰影では「藪に棲む悪魔」の方が上、一人一人の登場のさせ方が実に上手い
この点は「サファリ殺人事件」では、登場人物を一括して最初に紹介みたいな、いかにも本格派ミステリーに往々にしてある素人臭い登場のさせ方の見本だ
「サファリ殺人事件」に比べると世間一般の評価の低い「藪に棲む悪魔」だが、私は結構好きで擁護したくなる
面白いのは女流作家ハクスリーの探偵役が男性で、男性作家ヘッドのは女医探偵メアリー・フィニー博士なんだよな

No.283 3点 靴に棲む老婆- エラリイ・クイーン 2011/04/07 09:57
「災厄の町」「フォックス家の殺人」のライツヴィル2作の間に発表されたメルヘン調で独自色の強い単発的雰囲気の作品
「靴に棲む老婆」を含むこの後期3作の中では個人的には「フォックス家」が一番好きだな
作風が作品毎にあまりにも異なるので、この時期のクイーンは方向性を模索していたのだろうか?
「靴に棲む老婆」の舞台設定はどこか現実離れした登場人物達が棲むちょっと現実離れした館
日本の本格愛好家がいかにもイメージするいわゆる”館もの”に近い
題名だけなら館ものっぽい「フォックス家の殺人」が、家族の絆がテーマであって”館もの”では全然無いのと対照的だ
私はCCやお屋敷もの館ものという舞台設定に全然興味が無い読者なので、「靴に棲む老婆」は舞台設定からして合わなかった
同じ一族ものでもあり「Yの悲劇」との類似性が感じられるが、後期のクイーンにはこういうくだけた雰囲気でしか書けなくなっていたのだろうか、それとも意図的に「Yの悲劇」のセルフカバーをやりたかったのだろうか
謎解き面では陰で操る黒幕の正体は判らなかったが、表面的な実行犯は判った
いかにもクイーンが仕掛けそうな感じから犯人はこいつしかないと早い段階で確信したが、ただ方法が直ぐには分からなかった
途中で○の○○番号が不明という件でトリックが分かった、これはこういう手順でやればやれば普通に実行可能だろうと見破れた
後期の中では謎解き面も優れているという噂は聞いていたが、なぁ~んだ大した事無いじゃんと油断してたら続きがあったとは!、あぁぁ・・・
でも黒幕の正体の方はあまりセンスがいいとは…

No.282 4点 深夜プラス1- ギャビン・ライアル 2011/04/01 09:53
”パリは四月である”
この印象的な書き出しから始まる、一般的にライアルの代表作と言われるCWA賞受賞作
今では人気が「深夜プラス1」に偏ってはいるが、昔は「もっとも危険なゲーム」と並んで2トップと言われていた
そこで両者の比較という点に絞って書評したい
実は私は「もっとも危険なゲーム」はず~っと以前に読んでいて、「深夜プラス1」を読んだのはつい最近
こういうのって読む順番に印象が左右されるんだよな
何でこんなに後回しにしてたのか自分でも謎、決して最初に読んだ「もっとも危険なゲーム」の印象が悪かったからではない
ライアルは寡作な作家で有名なので無意識に著作数に合わせようとしてしまう自分の悪癖が原因です、多分
「もっとも危険なゲーム」は最も盛り上がるのがラスト近くになってからだけなので、「深夜プラス1」は前評判的に全編スリルに満ちているのかと想像していた
しかし例えば魅力的な自動車を登場させる割にはカースタント的要素は殆ど無いなどジェットコースター式スリラーの類ではない
むしろ株式についての話など物語進行が停滞する部分も多い
株式の話など結構面白いのだが、ライアルは案外と物語にタメを作りたがる作家だなと感じた
昔、某評論家が、”「深夜プラス1」は超一流のスリラー小説の傑作だが、あくまでもスリラー小説の面白さであって、冒険小説としては「もっとも危険なゲーム」だ”、みたいな論旨を述べていた記憶がある
スリラー小説と冒険小説の違いは冒険精神論の有無で、つまり冒険精神にか欠けていても、物語に動きが有って読んでる間は読者を面白がらせればスリラー小説としては合格なのだ
逆に冒険小説は精神論が有れば多少は物語が動きに乏しくても許される
そういう定義で見ると、英国作家だけに冒険小説の伝統は感じられ、「深夜プラス1」はかなり冒険小説寄りである
むしろ反面、スリラー小説としてはもう一つ面白味に欠ける
結局のところ「もっとも危険なゲーム」と「深夜プラス1」、両者甲乙付け難い冒険小説の一種というのが私の結論なのだった
前者は歌舞伎、後者は現代劇という違いは感じたが

あとこれも某評論家が、”ライアルは黒幕は誰か?みたいな謎の構築は下手、最初から敵味方がはっきりしていて、その中でどうのこうのと物語るのが上手い”、みたいに言っていた
まぁたしかに、この黒幕の正体はあまりにミエミエではあるが

No.281 6点 シブミ- トレヴェニアン 2011/03/29 09:57
発売中の早川ミステリマガジン5月号の特集は”トレヴェニアン×ドン・ウィンズロウ”
トレヴェニアン「シブミ」の前日譚を描いたウィンズロウ「サトリ」が4月25日に刊行予定だが、その前宣伝だね

ウィンズロウに続いてトレヴェニアンも初めて読んでみた
実は第1作「アイガー・サンクション」も古本屋で入手してあったのだが、今回の事情に鑑みて予定変更、「シブミ」を読むことにした次第である
解説は池上彰、じゃねぇ~よ!池上冬樹、おぉこれぞ池上解説
基本ストーリーだけならメチャ単純
ユダヤ側過激派の生き残りメンバーの女性から助太刀を依頼された刺客ニコライ・ヘルが、アラブ側と結び付いたアメリカCIAを牛耳る母会社(マザー・カンパニー)の妨害を受けながらも逆襲するという、ただそれだけである
しかしこの作品は基本ストーリーは実はどうでもいい

1) 主人公ニコライが日本の精神、”渋み”を体得するに至った経緯と生い立ち
2) それに関係して”囲碁”というゲームに潜む哲学
3) 比較文化論と大衆文化批判(ポップアートの旗手アンディ・ウォーホルへの皮肉には笑った)
4) 仏西国境にあるバスク地方の洞窟を舞台にした冒険小説譚

以上の4つの道草こそが描きたかったのだろう
特に作者が日本に住んでた経験もあり終戦後の日本の精緻な描写には驚かされる
道草の方がメインで大河ドラマ向きな作風はウィンズロウと共通する感じもあり、ウィンズロウが「サトリ」を書いたのも肯ける
ただ主人公の行動と”シブミ”の精神が上手く融合しておらず違和感は感じた
またイスラエル=善、アラブ=悪、みたいな安易な発想に陥ってはいないとは言え、ちょっと選民思想的なクサさを感じるのにはとても好感を覚える事は出来ず、当初は4~5点位の採点だった
しかし作者はパロディとして書いているのかもと思い直して点数を少しアップした

※ 余談だがこの作のテーマともなっている囲碁について
私は将棋よりも囲碁の方が好きで、チェスは商人のゲームだが囲碁は哲学者のゲームだという件には同感
でもねぇ、私は頭悪いんで囲碁で勝った事が無いんだよね
対局ソフトでもパソコン側の強さのレベルを最低にしても勝てないんだよなあorz

No.280 5点 ストリート・キッズ- ドン・ウィンズロウ 2011/03/25 10:24
本日発売の早川ミステリマガジン5月号の特集は”トレヴェニアン×ドン・ウィンズロウ”
4月25日に、ドン・ウィンズロウ「サトリ」が刊行予定だが、これはトレヴェニアン「シブミ」の前日譚らしい

そこで両作家とも未読だったので、これを機会に両作家を読んでみる事にした
ウィンズロウはこのミス1位に輝いた「犬の力」など最近はノンシリーズの方が話題だが、第1作でもあるし二ール・ケアリーのシリーズから「ストリート・キッズ」を読んでみた

ストーリーは実に単純で、ただ単に本筋だけを追うなら半分の長さでも書けそうなくらいで、とにかく道草が多い
この道草こそが作者の書きたいところなんだろう、作者は本来は”大河ドラマ”みたいなのが得意なんじゃないかとも思えた
しかし例えばニールの成長物語という面も、案外とあっさりした描写で、ウィンズロウの筆致には重厚感が無い
この軽妙な筆運びが持ち味なのかも知れないが、もっと感動物語的なのを予想していたのでちょっと拍子抜けだった

二ール・ケアリーは一応は私立探偵の肩書きなんだけど、一般的なイメージとは大分異なる
学費を組織から援助してもらっている大学院生なので、毎日の生活費を気にするような個人経営の私立探偵のような金銭面の悲壮感が無い
この違いは雰囲気に大きく影響し、ハードボイルドという感じは全くせず、何て言うかスパイエージェントの密偵といった雰囲気さえ有る
現代私立探偵小説という意味なら、ちょっと前に読んだS・J・ローザンの方が私的には好ましく思えた

No.279 5点 世界鉄道推理傑作選1- アンソロジー(国内編集者) 2011/03/11 09:59
明日12日に九州新幹線「新八代」~「鹿児島中央」駅間が開通し、これにより九州新幹線全線が開通する
先行開通した東北新幹線「新青森」駅まで本州~九州が全線繋がるわけだ
「はやぶさ」と「つばめ」、どちらも鳥の名前なんだな、ただし山陽~九州新幹線直通列車は「みずほ」なんだが
いつか鉄道に特化した企画をやりたいなぁと思っていたので、この機会に1冊だけやるか

国産ミステリーには”時刻表トリック”という分野が有って、不人気分野の象徴ともなっている
当サイトでも、各書評者のプロフィールの”好きではないジャンル欄”で時刻表トリックを挙げる書評者の方は多い
単に”アリバイ崩し”と書く人も居られるが、その根底には時刻表トリックの悪しきイメージがあるのだろう
しかし国内ものと違い、海外ものには時刻表トリックは極めて少ない
もちろんアリバイ検討の過程で列車時刻が問題になる場合もあるが、時刻表自体にトリックを仕掛ける海外ものは極めて稀である
やはり日本の鉄道の運行の正確さは世界に誇れるものだ

さて本題に入ろう、このアンソロジーは鉄道推理の評論分野で右に出るものが居ない小池滋の編集だけに、ややクラシック過ぎる作品選択とは言え安心して読めるものだ
作家の顔触れを見るとV・L・ホワイトチャーチだけが2作収録されているのが目立つが、ホワイトチャーチには元祖鉄道ミステリー短篇集があって”クイーンの定員”にも選ばれている
論創社さん早いところ頼みますよ、「四十面相クリーク」なんかよりこっちを先にして欲しかったんだから
あとは鉄道と言えばクロフツ、なんだけどもう1人クリスピンを忘れてはいけない
エドマンド・クリスピンにも鉄道ミステリー短篇集があるんだよな、これも論創社から刊行予定に含まれている
さらにもう1人、マクドネル・ポドキンだ、残念ながら収録作のは探偵がポール・ベックじゃないのだが
親指探偵ポール・ベックは、創元文庫がホームズのライヴァル達の第3期をやるなら最優先で入れて欲しかった探偵だ
こうしてアンソロジーに収録されるのもいいが、早く1冊に纏めて欲しいシリーズで、論創社さん、親指探偵ポール・ベックもついでにお願いできませんかね

No.278 8点 ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利- ロバート・バー 2011/03/07 10:02
久々にホームズのライヴァル達の一つで国書刊行会版
国書とは言っても藤原編集室は絡んでないようで、世界探偵小説全集とは何の関係も無く、国書刊行会の独自企画なようだ
でもこの路線今後も頼みますよ、国書刊行会
「ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利」は、創元文庫がライヴァル達第3期を企画するなら是非入れて欲しかったのだが、遅ればせながらやっと全貌が訳された
この短編シリーズは何と言っても世界短編傑作集など数々のアンソロジーに採用される「うっかり屋協同組合」(世界短編傑作集では「放心家組合」)と、早川文庫ホームズのライヴァルたち収録の「チゼルリッグ卿の失われた遺産」の2大名編だけで知られていた
前者は乱歩が奇妙な味の代表作として高く評価していた事でも有名で、最後はきっちり事件が解決しないと気が済まないような読者には全く合わないが、この作はまさに真相は解明しても事件は解決出来ない事こそが魅力なのである
今で言う奇妙な味とは意味が異なるが、乱歩がこの作を評価していたのは乱歩の嗜好を考えると不思議な感じすらする
後者の「チゼルリッグ卿」は、お宝はどこに隠されていたのかという謎が全ての宝探しの話だが、、物理トリックを駆使している作の中ではトリックだけなら集中最も出来が良い

ロバート・バーは当時一般文学の人気作家で、ミステリーは全著作の一部に過ぎない
ドイルとも同時期で、ミステリーの歴史上ホームズのパロディを最も早い時期に書いた作家の1人でもある
こうしたパロディ精神とユーモア感覚がバーの持ち味で、「ウジェーヌ・ヴァルモン」も英仏両国の文化の差異をシニカルな眼差しで捉えた傑作短篇集だ
英国人が書いたフランス語圏探偵というパターンは、後にフランス人じゃないがポアロなどに受け継がれていく
考えてみたらポーのデュパンもフランス人だし、一種の流行だったのだろうか?
こうなるとルーク・シャープ名義のパロディ長編”From Whose Boume”もどこぞの出版社が訳して欲しいものだ

No.277 6点 雪どけの死体- ロバート・バーナード 2011/03/07 09:55
初期の非シリーズ作品で、舞台がノルウェーという異色作である
バーナードは一時期ノルウェーに大学の教師として赴任していた事があり、その頃の経験が活かされているのだろう
相変わらずのバーナードらしいシニカルな描写は健在で、英国とノルウェーとの文化風俗の違いもあるのか、皮肉の度合いでは「不肖の息子」をも上回っている
またマルティン・ベック風な中盤も北欧の雰囲気にマッチしているし、地味な警察捜査小説好みな私に合っている
ただねぇ、たしかに敬愛するクリスティを髣髴とさせる謎解き面はバーナードらしいのだが、ちょっと意外な真犯人などが空回りしてる印象が有り、しかも狙い過ぎな為に私は中途で気付いちゃったし、真相解明の切れ味ももう一つ
やはりパズラー本格としては初期の代表作「不肖の息子」には一歩譲るかなぁ

No.276 6点 ダン・カーニー探偵事務所- ジョー・ゴアズ 2011/03/01 09:54
発売中の早川ミステリマガジン4月号の特集は”高橋葉介の夢幻世界/ジョー・ゴアズ追悼”

ゴアズがミステリーを書き始める以前、MWAの例会で自身の探偵社勤務の経験について講演した際、アントニー・バウチャーから執筆を薦められたのが書くきっかけだったとの事だ
こうして生まれたのが、支払いを滞納している自動車の回収を主な生業とする探偵社を舞台にした作品群で、通称”DKAファイル”と呼ばれている
この短篇集は新潮文庫の独自編纂で、DKAシリーズの全貌がある程度俯瞰できる優れものだ
冒頭の「メイフィールド事件」は長編も含めたゴアズ全著作の処女作でもあり、短編の方が先だったのである
となるとゴアズ入門には一番適している事になるはずなのだが、ちょっと微妙かなぁ
DKAファイルの長編は未読だけど、どうも長編と短編ではイメージが異なるらしく、ましてや非シリーズ長編「ハメット」を読んだ後では、同じ作家が書いたのが信じられない位
硬質で正統ハードボイルドな「ハメット」とは全く違い、DKAファイルの短編群は、とにかくテンポの良さで読ませるタイプで重厚感などは皆無である
およそ一般的ハードボイルドのイメージとは程遠く、当サイトの「死の蒸発」での空さんの書評にも警察小説ぽいとの指摘があるように、87分署シリーズを警察から探偵社に置き換えたらこんな感じかな
この短篇集だけを読んでゴアズを判断するのは誤解を招く可能性があるな
「ハメット」とDKAファイルの短篇とでは、読者によって好みが完全に分かれそうだ

No.275 8点 ハメット- ジョー・ゴアズ 2011/02/25 10:04
本日発売の早川ミステリマガジン4月号の特集は”高橋葉介の夢幻世界/ジョー・ゴアズ追悼”
無理に4月号に間に合わせて追加しなくても、5月号でじっくり追悼特集組んでも良かったんじゃないかな

昨年はロバート・B・パーカー、今年はゴアズと正統ハードボイルドの巨匠が相次いで亡くなったが、その時点で私は両作家とも未読だったので、追悼を込めて初めて読んだのである
ファンには申し訳無いがロバート・B・パーカーに関してはそれまで読まなかったのを残念だとは全く思わなかったが、ゴアズは未読だったのを後悔した
これはもっと早く読んでおくべき作家だったな
考えて見るとジョー・ゴアズは単にハードボイルド派の一作家なんていう存在では無いわけで、アメリカを代表するミステリー作家の1人でありMWA会長職を務めた事もある

一般的にゴアズの代表作とも言われる「ハメット」は、研究者でもあり敬愛するハメットへのオマージュと言うだけでは充分な賛辞にならない傑作である
まずは何と言ってもハメットがサンフランシスコの街を闊歩していた禁酒法時代の雰囲気が見事に活写されているのが良い
ハメットが少々ヒーローとして格好良過ぎるのはあれだが、正統ハードボイルドとして書かれているので許そう
さらにはミステリー観点でも終盤に二重のサプライズを用意している
またあるトリックが使われているのだが、これがもし本格作品中で使用されたら読者から即刻見破られてしまうだろうが、ハードボイルド小説だという先入観が上手くカムフラージュしている
ちなみにハメットと協力して調査に当たる元ピンカートン探偵社の小太りの敏腕探偵ジミー・ライトは、コンチネンタル・オプのモデルとも言われる実在の人物である
実はオプって作者ハメットを投影してないんだよね、ゴアズ描くようにハメットはスリムクラブな体型で、オプの小太りな体型とは外見上は似ていない

池上彰、じゃねぇ~よ、池上冬樹が丁寧な解説を書いているしな、おぉ!これぞ池上解説

No.274 6点 ガラスの鍵- ダシール・ハメット 2011/02/25 09:50
本日発売の早川ミステリマガジン4月号の特集は”高橋葉介の夢幻世界/ジョー・ゴアズ追悼”
漫画は全く読まない人間なので”高橋葉介”って誰?って感じだけど、どうやら乱歩の短篇集なんかに挿絵描いてたりもしてるようだ
さて気になるのはゴアズ追悼特集、急遽間に合わせで4月号に追加したみたいだが、じっくり準備して5月号のメイン特集でも良かったんじゃないの?

ジョー・ゴアズと言えば自身探偵社勤務経験が有りハメット研究家でもあるのは有名で、そのものズバリ「ハメット」という作品もある
「ハメット」は題名通り当時作家として売り出し中のハメットを主人公にしたハードボイルド小説だ
丁度「マルタの鷹」の執筆が佳境に入っていた時期の設定で、ラストでは「ガラスの鍵」の構想が湧き上がった場面で締め括られている(別に話の本筋とは関係無いのでネタバレでは有りません)
「ガラスの鍵」は「赤い収穫」とも「マルタ」とも異なる雰囲気を持っていて、主人公の職業は私立探偵ではない
しかしある意味最もハードボイルドらしいとも言えるだろう
プロの職業探偵を描く「赤い収穫」はハメットでしか書けない作品でハードボイルドと言うより一歩間違うと単なるギャング小説だし、「マルタの鷹」は普遍的な私立探偵小説の原型を創ったに過ぎないと言う面もある
「ガラスの鍵」はハードボイルドの精神というテーマに貫かれプロットの纏りも良く、これをハメットの最高傑作と見なす書評者も多いのも肯ける

No.273 6点 春を待つ谷間で- S・J・ローザン 2011/02/21 10:01
春を待つ晩冬のニューヨーク州北部にあるアディロンダック山地、一帯には湖も多くプラシッド湖という湖やスキー場もある
ピンときた人も居ると思うが、そう冬季五輪レークプラシッド大会が行なわれたのはこの地域なのである
冬季五輪がニューヨーク州で行なわれたとはね
都会の喧騒を逃れた人々が週末などに足を延ばす場所だが、山あいの谷間にビルは山小屋を買っていた
たまに一人静かにピアノを弾く為だ
しかし今回は初めて仕事が理由でこの地を訪れた
始めは単なる盗難事件かと思われたがまたしても殺人事件が

原題は”石の採石場”てな意味で石が二重で少々くどいが、相変わらず作者の題名の付け方は格好良い
シリーズ6作目と言う事は偶数番目だからビルが主役の順番だ
しかしこの作ではいつものマンハッタンから離れた舞台設定のせいもあってシリーズの中で最もリディアの出番が少ない
一応終盤ではそれなりに見せ場はあるが、前半は脇役どころかチョイ役でしかない
そして読んだシリーズ中でも最も伝統的ハードボイルドの雰囲気が濃厚で、元々ビルが主役の回ではその傾向はあったが、今回は特にそうだ
それだけにシリーズ恒例のリディアとの掛け合い漫才的な要素が少なく、それを楽しみにしているファンには物足りない
事件の真相も、いつもの複雑さが無くてちょっとあっさり目なので、舞台の異色性とも相まって代表作とは言えない
その代わり舞台設定からくる雰囲気は大いに楽しめた

No.272 5点 ヴァレンタイン・デイの殺人- キャロリン・G・ハート 2011/02/14 09:56
* 季節だからね(^_^;) *
ミステリー書店系コージー派の代表的作家、と言ってもハート以外にこの系統に属するのはアリス・キンバリーの幽霊探偵シリーズくらいか
ミステリー書店主アニー・ローランスのシリーズを読んだのはこれで2冊目、「舞台裏の殺人」でも感じたのだが今作も同様の欠点を有する
それはリストアップした容疑者達を同列並行に並べてあれこれ吟味する推理法で、作者が筋金入りのミステリーマニアな割にはまるで不慣れなアマチュア作家が書いたかのような手法だ
「舞台裏の殺人」ではこの手法が強く出ていてもう誰が犯人でもいいやって気分になったのだが、「ヴァレンタイン・デイの殺人」では少し進歩したようで多少はプロットに絡めて登場人物の描き分けも出来ている
少なくともアンソニー賞アガサ賞をダブル受賞した「舞台裏の殺人」よりは、こちらの方が出来は良いように思えた
ただやはりキャロリン・G・ハートという作家はコージー派としては中上級者向きで、コージー派入門には向いていない作家なのは間違いない
巻末の作家・作品の索引解説は毎度楽しみなんだけどね

No.271 6点 毒入りチョコはキスの味- ジェニファー・アポダカ 2011/02/12 10:04
* チョコの季節だからね(^_^;) *
と言っても本当に毒入りって訳じゃなくて、特定のアレルギーの人にとっては毒になるってだけなんだけどね、しかも毒チョコが謎全体の本質部分じゃないし
それにしても”Tバック探偵”ってすげぇネーミング(笑)
たしかにTバック穿いてるんだけど別にお色気路線って訳じゃないよ、まぁちょっぴり場面は有るけど
前半だけ読んだ段階だとコージー派かなとも思ったが、読了しての印象はコージー派というよりも女私立探偵もののソフトヴァージョンって感じかな
作家の立ち位置で言うとちょっとタイプは違うけどナンシー・ピカードあたりに近いかも
訳文も読み易いし内容も結構良かった、決して色物ではなくて拾い物じゃないだろうか
原作は既に5冊以上出ているらしいが邦訳はこの1作でストップ状態なのは惜しい、Tバック探偵というサブタイトルが女性読者に売る為には良くなかったのかな
刊行がヴィレッジブックスだったのもあれか、創元かランダムハウスあたりが出してたらきちんとフォローされてたかもな

No.270 7点 毒入りチョコレート事件- アントニイ・バークリー 2011/02/12 09:58
昨日11日に創元文庫から「第二の銃声」が刊行された
国書刊行会版で既読だった方も沢山居られるとは思うが、名作との噂を横目で見ながらハードカバー版なのが唯一の読まない理由だった方々にとっても今回の文庫化は歓迎でしょう

「第二の銃声」は言わばバークリーという作家が正しく理解される契機となった作だが、これに対しずっと以前から文庫で読めたにもかかわらず誤解を招く元だったのが「毒チョコ」だ
「毒チョコ」が普通に読めた時代には本格に対して保守的な気風が蔓延していて、今でこそバークリーがどんな作家なのか知られているが、当時は独特の捻くれた作風は理解されてなかったようだ
なんと言っても「毒チョコ」がユニークなのは、名探偵のはずのシェリンガムの推理が多重解決の6人中4番目という中途半端な順番にある
これがさあ例えば、6人中5番目というのなら分かる、名探偵の推理で決定版かと思ったら最後に一捻り、というパターンだったら結構有りがちなんだよね
しかし4番目って中途半端だよな、普通の作家なら名探偵をこんな順番に置かないはず、5番目では無く4番目だと全体の6人の中に埋もれてしまい、名探偵としての存在価値が無くなってしまう
実はそれが作者の狙いだったのでは?
シェリンガムが名探偵でありながら迷探偵でもあることは今では既に知られているが、当時の読者には不思議だったんだろうなぁ
推理合戦とはいっても6通りの解決が示された後、さぁどれが正解でしょう?というパターンではなくて、後の解決が直前の解決を乗り越えていく構成だ
しかし直前の解決を否定する根拠はいかにも後出しジャンケンである
この後出しな証拠提出に不満な読者も居られようが、そもそも作者は推理合戦を意図して無いんじゃないだろうか?
当サイトだとE-BANKERさん、kanamoriさん、あびびびさん等の書評が的を射ていると感じますね
他のバークリー作品も含めて鑑みるに、結局のところ真相なんて作者の匙加減一つ、ミステリー小説とは読者が挑戦する為のパズルなんかじゃないという事
本格全盛期の時代にバークリーという作家は、それを早くも看破していたという事なんじゃないかな
やはり”どのような作家なのか”という認識は重要である

野球の投球に例えるなら、まず一塁へ2度牽制球を投げた後、コーナーを突いて2ストライクとし、その後もう1度牽制球で一塁走者アウトにして、とどめの1球で打者三振て感じですかね

No.269 6点 五色の雲- ロバート・ファン・ヒューリック 2011/02/04 09:35
本日4日にヒューリックの「寅申の刻」が発売される
唯一未訳で残っていた中編集で、これで和邇桃子訳の早川書房刊行ディー判事シリーズは全作翻訳された事になる
そこでもう1冊の既刊の短篇集「五色の雲」を書評しよう
今回刊行された「寅申の刻」は中編を2編だけ収めた完全なる中編集で短編は載っていないが、「五色の雲」は普通に短篇集である
ディー判事シリーズは前期長編5部作などを見るように、モデュラー型による謎を重層的に織り込んだプロットが魅力なんだけど、流石に短編ではプロットを単純化せざるを得ない
しかしながらそれでも、シリーズの雰囲気が損なわれていないのは素晴らしい
いきなりディー判事シリーズに入門するのをためらっている方などは、まずこの短篇集で独特の雰囲気に慣れてから長編に進むのも一つの手ではないかと思う
かく言う私も最初に読んだのはは古本屋で見付けた講談社文庫版の「中国迷宮殺人事件」だったが、次からは新訳の早川版で読もうと思っていたので慣れる意味で2冊目に読んだのがこの短篇集だったのだ

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