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「ぷろふいる」傑作選
幻の探偵雑誌
アンソロジー(ミステリー文学資料館編) 出版月: 2000年03月 平均: 6.50点 書評数: 2件

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光文社
2000年03月

No.2 7点 おっさん 2024/06/03 18:18
いまは無き、ミステリー文学資料館の編纂(編集委員・山前譲)で、光文社文庫から刊行されていたアンソロジー<幻の探偵雑誌>の第一巻です。
ふと思い立って、うん十年ぶりに再読したら、記憶力の減退が幸いして(?)ほとんど初読のように楽しめました。

『ぷろふいる』は、1933(昭和8)年に京都の資産家の青年がぷろふいる社を興して創刊し、1937年まで身銭を切って継続発行した、マニアのマニアによるマニアのための、探偵小説専門誌ですね。
個人的には、何よりも、比類なき評論家・井上良夫のホームグラウンドという印象が強いのですが(あと、アレですね、甲賀三郎の毒舌が炸裂する、創作指南「探偵小説講話」の発表舞台)、本書は創作に的を絞った編集のため、井上評論のサンプルが採られていないのは残念。
収録作品は以下の通りとなります。

①「血液型殺人事件」甲賀三郎(1934.6-7)
二人の科学者の対立を背景にした、ノン・シリーズの密室もの。理化学トリックを採用しても、ストーリーの眼目は、手口より、犯罪を形成するもっと深い謎の解き明かしにおくというのが、いかにも甲賀流ですが、キャラクター配置が効果的でストーリーも余韻嫋々、これはそのテの路線の最高到達点でしょう。戦後の湊書房版<甲賀三郎全集>に未収録だった(なぜだあ!?)本作を採ったのは、編者の功績です。

②「蛇男」角田喜久雄(1935.12)
「私」のアパートの隣室、その空き部屋には、しかし「何か」がいる……のか? 本格に変格、短編、長編、現代ものに時代もの、およそなんでも高水準でこなす、娯楽小説のオールラウンダーたる作者の、怪奇幻想方面――でもあるいはサイコなクライム・ストーリー……かも?――の収穫のひとつ。プロットらしいプロットがなくても(「蛇男」なんて概念は単なるマクガフィンでも)語り口で成立させ、読ませてしまいます。

③「木魂(すだま)」夢野久作(1934.5)
踏切線路の中央に立ち止まっている男の、意識の流れで描かれる(大作『ドグラ・マグラ』刊行の前年に、まるで露払いのように発表された)本作についても、角田作品と同様のことが言えますね。怪談のような……だけども……だけどもすべては神経症の産物のような……文体のマジック。ハイ、〝夢野久作の小説〟です。

④「不思議なる空間断層」海野十三(1935.4)
角田、夢野のあとに、一見、同傾向のような、夢うつつの話が置かれていますが、作者がSFで名を成す海野、しかもノン・シリーズということで、ストーリーがどこに着地するか予断を許しません。その、作話上のユニークな仕掛けを読みとれず、誤読した甲賀三郎が「探偵小説講話」のなかで酷評し、のちに謝罪したという、いわくつきの作です。仕上げが粗く、突っ込みどころ満載。とはいえ、この時代にこの趣向は斬新すぎます。パイオニア海野十三。日本人作家で『37の短編』を編むなら、入れちゃおうかな、これ。いやマジで。

このあと三作は、生粋の “『ぷろふいる』新人”の連チャンです。

⑤「狂躁曲殺人事件」蒼井雄(1934.9)
まずは『船富家の惨劇』の前年に発表された、作者のデビュー作にして、ヴァン・ダイン型の愚直な本格、堂々130枚。努力は分かる、しかし……ですね。文章下手、詰込みすぎ、写実的な作風とバカミス風トリックのミスマッチ。う~ん、編集部は、もう少しブラッシュ・アップさせられなかったのか。ま、この作者はやはり長編型ですね。

⑥「陳情書」西尾正(1934.7)
警視総監宛の書簡というスタイルをとった、ドッペル・ゲンガー・テーマの怪異譚。デビュー作ですが、これまた読みにくい。漢字の多い、改行の少ない文章がズラズラっと続きます。癖の強い文章で書き手のサイコっぽさを演出する確信犯でしょうが、夢野久作のような自在さはありませんから、コケオドシめいて、リーダビリティの低さというデメリットばかり目立ちます。う~ん、編集部は、もう少し(以下略)。怪奇小説中心に、他誌でも活躍した書き手のようですが、筆者は食指が動かず、他の作品は読んでません(T_T)

⑦「鉄も銅も鉛もない国」西嶋亮(1936.3)
架空の王国を舞台にした不可能犯罪ストーリーが、さながらプロレタリア小説のような転調でフィナーレを迎える異色作。雰囲気を出すべく、これまた変に凝った、読みにくい文章で綴られますが、短いだけマシ。他の作家が書かないものを書こうとする意図や壮です。この人は、デビュー作の「秋晴れ」もきわめてユニークな密室ものでした。光文社文庫でいえば、鮎川哲也編集長時代の『本格推理』シリーズの、才ある(地力不足の)アマチュア投稿家みたいな感じかな。

⑧「花束の虫」大阪圭吉(1934.4)
海浜地の奇怪な転落事件を扱った、作者の『ぷろふいる』初登場作品(弁護士・大月対次もの)は、シャーロック・ホームズ式の、なんというか、前掲の蒼井雄同様に、“愚直な本格”という印象。『新青年』でキャリアを積んでいるだけに、文章面は “『ぷろふいる』新人” の比ではありませんが(それでも長台詞は窮屈)、型にはまってしまって、個性を出せていません。やがて来る傑作、ペーソスをきかせたノン・シリーズ「とむらい機関車」(1934.9)のほうが断然いいわけですが、2000年3月という本書の刊行時点で、他で読むのが圧倒的に難しいのは「花束の虫」でしたからね。実際、当時は読めただけで嬉しく、編者に感謝しました。よしとしましょう。

⑨「両面競牡丹(ふたおもてくらべぼたん)」酒井嘉七(1936.12)
大阪圭吉ほどカッチリした書き手ではありませんが、本格の実践者でもあり、“航空機もの” と “長唄もの” という、ふたつの得意ジャンルをもっていたこの作者の語り口が、筆者は好きです。ホームズの登場しないホームズ譚といった味わいの本作(「ワトスン役」のヒロインが謎めいた出来事に翻弄され、クライマックスで、意外な真実に直面する)は、タイトルから窺えるように純和風の味付けがなされた “長唄もの” の系列で、ドッペルゲンガー・テーマという点では、前掲の「陳情書」と対を成しますが、あっち側にはいかず、きちんと着地します。大阪圭吉同様、この人も長編を残さなかったのが惜しまれるところ。なお、英語が堪能で翻訳も手がけており、前回ご紹介したリチャード・カーネル「いなづまの閃き」(『ぷろふいる』昭和11年9月号)の訳者でもあります。

⑩「絶景万国博覧会」小栗虫太郎(1935.1)
規格外。明治の遊郭で、老いた遊女が年に一度催す異様な雛祭りから展開していく、ノン・シリーズの本作は、漢字が多いとか改行が少ないとか読みにくいとか、ブーたれる読者をねじふせ、最後までひきずっていくパワーに満ちています。大きな矢車のような遊女の拷問具と、博覧会の観覧車が二重写しになって成立する、世にも奇妙な物語。その強烈なイメージの土台を、構築するための文章の群れ。ハイ、〝小栗虫太郎の小説〟です。

⑪「就眠儀式」木々高太郎(1935.6)
小栗と並ぶ当時の大型有力新人が、トリを飾ります。何をいまさら感はありますが、大心地先生が精神分析で犯罪を暴く、初期代表作ですね。結局のところ、科学に見せかけた、専門家の一方的な解釈を、押し付けられている気がしなくはありません。しかし、ホームズ、ワトスン形式を踏襲しながら(表面的なものではなく、“依頼人の話” がメインの事件の前フリになるという、ドイルの作劇の勘所を理解しながら)、類型的でない新鮮な物語を作ろうという、作者の意欲はよく出ています。ウザ絡みする甲賀三郎からは批判されましたが、大心地先生による、事件の幕引きに関しても、それは言えますね。まだ探偵小説芸術論(気持ちは分かる、しかし……)など唱える前ですが、ポテンシャルの高さは明白でしょう。

以上、ああだこうだ、長々と書いてきましたが、円熟の甲賀に始まり、清新な木々に終わる、この『「ぷろふいる」傑作選』。芦辺拓による解説、巻末の、重宝する「作者別作品リスト」も含めて、とても良いアンソロジーでした。ゆっくり読み返せてよかったです。

No.1 6点 kanamori 2012/06/16 18:02
戦前の探偵小説専門誌といえばまず「新青年」が思い浮かびますが、昭和初期は”探偵小説の第一次黄金時代”といわれ、発行期間は短いながらも他にも多くの専門誌が出ていたようです。そういった雑誌掲載作品のアンソロジー「幻の探偵雑誌」シリーズ全10巻の第1弾、昭和8年創刊の「ぷろふいる」の傑作選です。

本格派に分類されるのは、二人の大学教授の数奇な因縁と悲劇に、理化学トリックを絡ませた甲賀三郎「血液型殺人事件」、デビュー作で骨太のアリバイトリックものの蒼井雄「狂燥曲殺人事件」、バカミス風の誤認トリックが楽しい大阪圭吉「花束の虫」、遊女の拷問道具と大観覧車のトリックを結びつける奇想がハンパでない小栗虫太郎「絶景万国博覧会」など。
なかでも、もっとも印象に残ったのは、西嶋亮「鉄も銅も鉛もない国」。無国籍の寓話小説風でありながら不可能トリックものの本格ミステリといえなくもない不思議な読後感を与えてくれた作品。