home

ミステリの祭典

login
YMYさんの登録情報
平均点:5.88点 書評数:306件

プロフィール| 書評

No.306 5点 楽園の骨
アーロン・エルキンズ
(2024/05/13 22:38登録)
オリヴァーがタヒチまで出向くことになったのは、親友ジョン・ロウの強い頼みがあったからだ。タヒチに住むジョンの親戚が崖から墜落死し、すでに埋葬されているが、状況証拠から他殺の可能性もあるので、遺体を掘り出してその男の骨を調査して欲しい、というわけである。
この導入部は快調で、事件関係者全員を簡潔に紹介する手際もうまい。後半への期待は膨らむが、オリヴァーの事件への係り方は消極的だし、人骨調査から得られる意外性も小粒。尻すぼみ的展開になっているのが惜しまれる。


No.305 6点 埋葬された夏
キャシー・アンズワース
(2024/05/13 22:33登録)
二十年前の夏に、イングランド東部のスモールタウンで残虐な殺人者として断罪された少女。被害者の名を伏せたまま。元刑事の私立探偵が新たな証拠に基づき再調査する現代パートと、ゼロ時間に向かって邪悪なエントロピーを増大させていく過去パートを切り替えて「あの夏いったい何が起きたのか」という核に向かって収斂させていく手際は実に見事。
終盤、とある人物が放つ、「秘密は人を殺せるのよ」という一言に、思わず身がすくむ。秘密を植え付けた者と抱えざるを得なかった者たちの織り成す、やるせなくも目をそらすことの出来ない犯罪小説。


No.304 8点 チャイルド44
トム・ロブ・スミス
(2024/04/30 22:12登録)
舞台はスターリンの恐怖政治下にある旧ソ連。国家保安院の上級捜査官レオ・ステパノヴィッチは、狡猾な副官の計略によって妻とともに田舎の民警へと左遷されてしまう。そこでレオたちが遭遇したのは、かつて自分が事故として処理した少年の遺体と酷似した、比類なき殺人の悲惨な痕跡だった。全てを失い、失意に浸るレオは再生を賭けて捜査を開始する。
国家への忠誠こそが全てであると確信して生きてきたレオを待ち受ける唐突な転落。自分の存在意義、国家、思想、そして妻。かつての自分が信じてきたもの全てが反逆する風景の中で、レオが一人の人間としての再生を賭けて行う命懸けの大捜査。その手に汗握る緊迫感と、残虐な連続殺人に隠された驚愕の真実。最高水準で揃えられたスリルと冒険の要素が、精緻に描き出されるその物語は、傷ついた者だけがつかみ取れる温かさと、ゆるぎなき力強さを持っている。


No.303 6点 あの本は読まれているか
ラーラ・プレスコット
(2024/04/30 22:04登録)
東西冷戦期真っ只中の一九五〇年代末に、CIAにより実行されたドクトル・ジバゴ作戦に材を取り、運命を左右された男女の半生と諜報戦の内幕を、多種多様な視点から描いたエスピオナージュ。
これまでほとんど語られることのなかった冷戦期の諜報戦での彼女らの活動と人生を、現在の視座から見据え、愛と憎しみ、野心と挫折、希望と絶望、欲求と献身、そして彼女らに対する偏見と抑圧を瑞々しい筆致で紡いでゆく。
圧倒的な男性優位社会であった当時の諜報機関で働く女性職員を取り巻く空気を、冷徹に皮肉を効かせつつもユーモアを漂わせて活写し甦らせる手腕は見事。


No.302 5点 血の奔流
ジェス・ウォルター
(2024/04/19 22:27登録)
女囮捜査官も上司も、FBIプロファイラーも、犯人や犠牲者たちまでもが個性的。作り物臭くないし、切ないまでに不条理でスラップスティックなこの世のありさまが、きれいに再現されている。
純文学の風格を持ったエンターテインメントである。犯罪小説が苦手な人におすすめ。


No.301 9点 深夜プラス1
ギャビン・ライアル
(2024/04/19 22:22登録)
主人公は、予期せぬ方向から敵が次々と攻撃してくるので、予定通りにいかず、臨機応変に対処しなけばいけない。その度に局面は変化するし、自動車を乗り換えたり鉄道を利用したりする移動手段のバリエーションも楽しい。
こうした派手なアクションの面白さを背景に、主人公の魅力もさることながら、彼の眼を通してアル中に悩むガンマンのロヴェルの陰影に富んだキャラクターを描き出した部分が何より秀逸である。
物語の枠組みが単純なだけに、プロットのひねりにせよ男のドラマにせよ、鮮明に印象付けられる。シンプルなかたちに切り取られた設定の中で、濃密な作品世界を繰り広げた完成度の高さがこの作品の魅力である。


No.300 6点 メソッド15/33
シャノン・カーク
(2024/04/07 22:34登録)
17歳の女子高生が何者かに拉致され、監禁されるところからスタートする。だが、ありがちな女性監禁ものではない。性暴力が登場しないからではなく、主人公の女子高生が、理知的な天才少女だからである。粗暴な犯人を巧みにやりすごしながら、何やら逆転のための策を練る。暴力と性的アピールに寄りかかりがちな監禁サスペンスとは一線を画している。
彼女が助かるのは、誰もが想像つくと思うが、物語が最後に辿り着くのは予想できなかった。ありふれたカタルシスさえも裏切る結末となっている。


No.299 7点 そしてミランダを殺す
ピーター・スワンソン
(2024/04/07 22:30登録)
男が空港のバーで知り合った相手に殺人計画を語るという、冒頭こそ交換殺人スリラーを匂わせているが、章が変わるとある語り手の忌まわしい過去が明かされていくなど、一筋縄ではいかない。
丁寧な登場人物の描写をベースに、捻りの効いたストーリーが緊迫感に満ちて展開し、視点の切り替えによる怒涛のどんでん返しで翻弄する。どのように収拾をつけるのかと思ったが、言われてみればそれしかないという結末を提示してみせる手さばきはお見事としか言いようがない。


No.298 8点 アックスマンのジャズ
レイ・セレスティン
(2024/03/25 22:30登録)
かつての上司の不正について証言したことが原因で、今は警察内で孤立している刑事と、その証言のために服役し、マフィアから抜ける条件として最後にボスの依頼を受けることになった男が、それぞれの目的のため同時に連続殺人犯を追い始めるという構図がいい。
そこに「何とか手柄を立ててピンカートンに正式な探偵として採用されたい娘」が第三の主人公として絡んで申し分のない人物配置である。キャラクターの設定には深度もあり、刑事が抱えている秘密には思わず虚を衝かれた。


No.297 6点 ホテル1222
アンネ・ホルト
(2024/03/25 22:25登録)
列車が脱線事故を起こし、乗客たちは近くのホテルに避難する。ところが、そこで殺人事件が発生した。ホテルに集まった二百人近い人間の中に潜む真犯人は。
荒れ狂う雪嵐、相次ぐ死者、反抗的な少年、ヒステリックな評論家、ホテル最上階にいる謎の客。混迷を極める事態に、車椅子の元警部ハンネ・ヴィルヘルムセンが直面を強いられる。謎解きそのものより、ノルウェーの社会の縮図のような人間模様と、彼らを襲う極限状況の迫力が印象的。


No.296 7点 暗殺者の反撃
マーク・グリーニー
(2024/03/12 22:26登録)
グレイマンは、ワシントンDCに潜入し、アメリカ政府を敵に回し、序盤は資金と武器の調達、アジトの構築にはじまって、多彩な戦闘場面がこれでもかと詰め込まれている。
アイデア満載なので知的スリルも充分だし、戦闘員、スパイマスター、官僚、ジャーナリストなど多視点による語りも完璧。陰謀をめぐる意外な真相まで仕掛けられており、スティーヴン・ハンターの「狩りの時」を想起させた。


No.295 6点 その雪と血を
ジョー・ネスボ
(2024/03/12 22:22登録)
暴力と隣り合わせの人生を歩まざるを得なかった殺し屋オーラヴは、二人の運命の女の間で孤独な魂を揺らつかせつつ乾坤一擲の賭けに出る。
これは、純白の雪と深紅の血に象徴される、不自然なまでに美しい暗黒叙事詩であると同時に、強く心を打つクリスマス・ストーリーでもある。愛と憎しみ、信頼と裏切り、献身と我欲が絡み合う凄惨なれど哀愁漂う贖罪と救済の物語だ。


No.294 5点 名もなき人たちのテーブル
マイケル・オンダ―チェ
(2024/02/26 22:22登録)
セイロンから母が待つイギリスへと向かう大型客船に、たった一人で乗り込んだ十一歳のマイケル。食堂で船長から最も遠い末席をあてがわれた彼が、同席した個性豊かな大人たちとの交わりを通じて、「面白いこと、有意義なことは、たいてい、何の権力もない場所でひっそりと起こるものなのだ」という人生の真実に気付き、二人の友達とともに悪戯と冒険を繰り返すうちに、悲劇的な死と深く関わり、少年時代の終わりを実感する。
美しい文章で綴る三週間の瑞々しくも猥雑な船旅。これは成長と喪失の物語。


No.293 5点 レッド・スパロー
ジェイソン・マシューズ
(2024/02/26 22:17登録)
アメリカとロシア、それぞれの国家中枢に潜むスパイの正体をめぐって両国が繰り広げる駆け引き。最初は互いを騙すつもりで、やがて惹かれあう関係になったCIA局員と、ロシアの女スパイの運命は、冷戦期を彷彿とさせる苛烈な諜報合戦に翻弄されてゆく。
諜報のリアルなディテールと生彩あるキャラクター描写が渾然一体となり、最後の一ページまで緊迫感が途切れることはない。


No.292 5点 探偵術マニュアル
ジェデダイア・ベリー
(2024/02/13 22:23登録)
幻想小説にミステリの意匠を凝らした、といった風の小説である。奇妙な街にそびえる探偵社にまつわる奇妙な事件は、イタロ・カリヴィーノが基本設定を考えたと言われても違和感がないほど夢幻的。
ただし野放図にイマジネーションを垂れ流さず、風呂敷も制御可能な範囲で広げるにとどめる辺り、ミステリとして締めるべき所をきっちり締めてきて、なかなか侮れない。


No.291 7点 三秒間の死角
アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム
(2024/02/13 22:18登録)
法治国家の抱える矛盾と限界に苛立ちつつも、国境を越えて流入する凶悪犯罪の真相追求に執念を燃やすストックホルム市警のエーヴェルト警部と、刑務所という闇の奥へと潜入し孤立無援の中、ミッションを遂行する潜入捜査員ホフマン。
この二人の視点を中心に、北欧警察小説のお家芸である犯罪によって人生を狂わされた個人と社会の関係を真摯に見つめる物語に、ひりつくような冒険小説の面白さが加わり、その上、大胆かつ入念に構築された謎解きの妙味も味わえる。


No.290 5点 シャンハイ・ムーン
S・J・ローザン
(2024/01/29 23:03登録)
現代のニューヨークで起きた殺人事件の背後から、第二次世界大戦前後の悲話と、それにまつわる宝石の伝承が少しずつ浮かび上がってくる。
私立探偵小説の枠を借りて、国家と民族と個人を翻弄する歴史の残酷さ、人間の運命の数奇さ、そして欲望に振り回され幻に固執することへの愚かさを描ききった、奥行きの深い作品。


No.289 6点 ミステリガール
デイヴィッド・ゴードン
(2024/01/29 22:59登録)
未完の実験的小説を書きためるも、未だ一編も売れず、助手家業のプロとして糊口をしのいできた小説家志望のサム。勤め先の古書店が潰れ、その上、妻から別れ話を切り出された彼は、巨漢の引きこもり探偵の助手となり、「ミステリガール」と呼ばれる女性の素行調査を始める。
奇矯な天才型名探偵にカルト・ムービーに実験小説。全編にぶちまけられたジャンクなガジェットと、いかれた人物が醸し出す熱気にあてられつつ、次から次へと変化するストーリーに酔いしれていると、終盤に至って周到に練り上げられたミステリと解って驚いた。


No.288 6点 カナリアはさえずる
ドゥエイン・スウィアジンスキー
(2024/01/19 22:28登録)
ひょんなことから犯罪者の世界に飛び込んでしまったヒロインが、襲いかかるトラブルをどう乗り越えていくのかが読みどころ。いかにも普通の大学生といった口調で、プロの犯罪者、捜査官もびっくりの策をひねり出すサリーの視点のパートは、作者らしい捻じれた物語の魅力を放っている。
ヒロインの語り口や、家族をめぐるドラマを絡ませる点など、洗練されたサスペンスアクション。


No.287 5点 あの子はもういない
イ・ドゥオン
(2024/01/19 22:23登録)
細切れたフィルムを繋ぎ合わせるように展開するサスペンスとバイオレンスが強烈。特に第二部の冒頭数ページに広がる光景のインパクトは、いつまでも心に爪痕を残すほどのものだ。
ただし、本作は決して荒々しさだけが売りの作品ではない。姉妹の運命を追ううちに、その通底には暴力に対する冷ややかな目線があることに気付くはずだ。派手な見た目とは裏腹に、実は繊細なテーマをはらんでいる。

306中の書評を表示しています 1 - 20