猫サーカスさんの登録情報 | |
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平均点:6.18点 | 書評数:429件 |
No.149 | 5点 | 探偵は教室にいない 川澄浩平 |
(2019/02/24 15:15登録) 語り手の「わたし」は札幌市の中学校に通う少女、真史。机の中に入っていたラブレターの書き手は誰なのか、友人が合唱コンクールのピアノ伴奏をやめた理由は何なのか、別の友人の二股疑惑の真相とは何かなどを調査する。探偵役は真史と幼なじみの引きこもりの少年、鳥飼歩。甘いものが大好きで、シニカルで、時々もってまわった言い方をしながらも理路整然と謎を解いていく。いわゆる日常の謎系のミステリだが、北村薫氏と加納朋子氏という日常の謎系の作家2人を含む選考委員会が選んだだけあって論理はしっかりとしていて、地味な青春ミステリではあるが、丁寧な筆致と優しい抒情がいい。 |
No.148 | 6点 | ハリー・クバート事件 ジョエル・ディケール |
(2019/02/05 20:01登録) 米国のニューイングランドを舞台にしたスイス人作家の作品。33年前に行方不明になった少女ノラの白骨死体が発見され、大作家ハリー・クバートが殺害容疑で逮捕された。デビュー作がベストセラーになった27歳のマーカスは、恩師で友人でもあるハリーの無実を信じ、真相を突き止めるためハリーが住む田舎町に向かった。マーカスの現在進行形の調査と、過去の出来事を交互に描くことで真相を浮かび上がらせていく構成が読ませる。終盤はどんでん返しの連続で、ページをめくる手が止まらない。孤独な生活を送るハリーとマーカスの友情も読みどころ。ノラを一途に愛し続けたハリーの、人をどれほど愛しているかを知る唯一の方法はその人を失うことだ、との言葉が何よりも胸にしみる。まさに読み終えたときに、「登場人物たちにもう会えないかと思うと少しさびしさを感じる」魅力的な本。 |
No.147 | 5点 | 犯罪乱歩幻想 三津田信三 |
(2019/02/05 20:00登録) 「退屈病」に侵された青年が部屋の異変を探る「屋根裏の同居者」、G坂に住む素人作家の「私」が目の前の家で起きた殺人事件を追求する「G坂の殺人事件」、精神分析医が夢遊病者の過去を検証する「夢遊病者の手」、鏡の中の虚像をめぐる「魔境と旅する男」など乱歩関係の短編5作のほかに円谷プロ作品へのトリビュート「影が来る」など2編が収録されている。注目すべきはやはり乱歩関連の作品でしょう。乱歩作品に関する蘊蓄をたっぷりいれながら、十分にひねりを加えて、驚きの結末を提示している。とくに見事なのが、「G坂の殺人事件」と「夢遊病者の手」で、前者も後者も語りが緻密で、最後のどんでん返しも鮮やか。江戸川乱歩との関係を論じながら、三津田作品の複雑な作りを丁寧に解きほぐす解説(谷口基)も必読。 |
No.146 | 6点 | 要塞島の死 レーナ・レヘトライネン |
(2019/01/24 18:06登録) フィンランドの女性刑事マリア・カッリオが活躍するシリーズの邦訳3作目。出産休暇の最後にマリアは、かつて要塞だった島を家族と訪れる。島では約1年前に、かつての恋人が転落死していた。当時を思って胸を痛め、また妙に心をひかれる男性との出会いもあった旅を終えると、マリアは複雑な思いで仕事に復帰する。だが間もなく、島のオーナーの男性が、元恋人の遺体発見現場近くで死んでいるのが発見された。またも事故なのか、それとも他殺なのか?2人の死に関係があるのか?育児休暇を取ってくれた夫に幼い娘を預け、マリアは捜査に奔走する。なんといっても小柄ながらタフな主人公のマリアが魅力的。警部として、母として、妻として、そして女として、いくつもの顔を持ち悩み傷つきながらも、自分の気持ちにまっすぐ向き合おうとする姿勢が凛としていて共感を覚える。応援したくなるヒロインだ。 |
No.145 | 6点 | 元年春之祭 陸秋槎 |
(2019/01/24 18:06登録) 紀元前の中国を舞台に、古い名家を訪れた豪族の娘が、一族に起こる連続殺人事件に挑む物語。読者への挑戦状を挿入する演出、丁寧な謎の構築と、ミステリーというジャンルへの強い愛着を感じさせる。日本のミステリーに影響を受けたという作者ですが、少女の人物描写には日本のアニメの影響も色濃く見られ、古代中国を舞台とした外国の小説ながらも、現代の日本人読者にも馴染みやすいでしょう。 |
No.144 | 6点 | 約束の道 ワイリー・キャッシュ |
(2019/01/15 21:56登録) 12歳のイースターは母親が薬物に溺れて死に、7歳の妹ルビーと一緒に施設で暮らしていた。そんな時、3年前に姿を消した父親のウェイドがいきなり現れ、姉妹を連れて行こうとする。最初は抵抗したイースターだが、「おまえたちしかいない」と訴える父親に押し切られるように3人は車の旅に出る。ウェイドはプロ野球のピッチャーだったが、ある事件がきっかけで投げられなくなってしまう。それから転落が始まり、失職、離婚。そして今は大金を盗み、逃亡中の身の上だった。しかし、そんなダメ父の不器用な愛情に、いつしか姉妹はほだされていく。幼くして苦労を味わってきたイースターだが、明るく前向きで希望を捨てていない。利発な彼女の語り口はとても魅力的。旅のさりげないエピソードもしゃれているし、なにより父と娘が少しずつ心を通わせていく情景が静かに胸を打った。 |
No.143 | 5点 | 駄作 ジェシー・ケラーマン |
(2019/01/15 21:56登録) 売れない小説家プフェファコーンは、海で行方不明になった人気作家の旧友ビルの自宅のを訪れ、残されていた未発表原稿を盗んでしまう。自作として刊行して金の名声を手に入れ、長年あこがれていたビルの妻カーロッタとも親密な関係に。しかし、次の作品が書けずに追い詰められ・・・。その後は予想を見事に裏切る奇想天外の展開が待っている。運命に翻弄されるプフェファコーンの姿は、哀れでもあり滑稽でもあり、そのブラックユーモアに何度も噴き出してしまった。「書くこと」への愛をうたった作品。 |
No.142 | 8点 | 血の咆哮 ウィリアム・ケント・クルーガー |
(2019/01/04 18:48登録) 元保安官コークは、老まじない師メルーに70年以上も会っていない息子の行方を捜してくれと頼まれる。メルーは10代のころ初めての恋に落ち愛した女性とのあいだに子供をもうけていたのだった。メルーのために奔走するコークだったが、彼自身も娘との間に確執を抱えていた。メルーが当時を回想する部分は、瑞々しい青春小説として読み応えたっぷり。さらに、人生の岐路に立たされた娘を前に、戸惑うコークとすべてを受け入れようとする妻の現在進行形の物語。重なり合った物語から、親子の強い絆が見事に浮かび上がる。ミステリではあるが「親子愛」がテーマの物語。 |
No.141 | 6点 | 厭な物語 アンソロジー(出版社編) |
(2019/01/04 18:48登録) タイトル通り人間の醜い本質、運命の非情さを描いた〝厭”な作品が集められている。「くじ」はもはや古典だが、改めて人間の残酷さにゾッとさせられる。クリスティの「崖っぷち」は、誰にもこういう願望があるのでは、と思わせるところがさすがだ。〝厭な”というより哀切な「フェリシテ」も余韻を残す。11名の海外作家による後味の悪さが楽しめる作品集。 |
No.140 | 7点 | 月夜見エクリプス 野阿梓 |
(2018/12/26 18:54登録) 用心棒の竜也は、性暴力から救った美少年の朱雀と付き合い始めるが、その朱雀が姿を消す。新興宗教の前教祖の息子だった朱雀は、霊能力を制御する性的儀式を行うため拉致されたことが判明、竜也は朱雀を救い出すため教団に乗り込む。過激な性描写、オカルト、宗教とテロの関係、日本の危機管理の甘さなど、硬軟取り混ぜた題材を自在に駆使して構築されためくるめく物語世界に圧倒されてしまった。 |
No.139 | 7点 | 翼竜館の宝石商人 高野史緒 |
(2018/12/26 18:54登録) 17世紀のオランダが舞台。ペストで死んだ男が、屋敷から運ばれ埋葬された。だが翌日、屋敷の密室状態の部屋で、男とうり二つの人物が見つかる。意外な人物が謎解きを始めると、事件とは無関係そうな描写が重要な伏線だったと分かるので衝撃も大きい。世界の南北格差や人を使い捨てる資本主義の論理を想起させるトリックは、現代社会への皮肉に思えた。 |
No.138 | 7点 | わたしたちが火の中で失くしたもの マリアーナ・エンリケス |
(2018/12/18 18:29登録) ホラー小説と奇想小説の味わいを併せ持つアルゼンチンの作家のこの作品は、ただ面白いだけの短編集ではない。収録12編の多くは、アルゼンチンならではの歴史や社会状況、ジェンダーの問題を背景にしている。すでに自分の中に在ったのに、これまでは気づくことのなかった怖れの感覚を呼びさまされる。そんな類の物語。予定調和や共感より、新しさや驚きを求める方におすすめしたい。 |
No.137 | 7点 | 水の眠り 灰の夢 桐野夏生 |
(2018/12/11 19:52登録) 舞台は1963年、前回の東京オリンピックの前年。世の中は連続爆弾魔、草加次郎で持ち切り。主人公は今でいうなら文春砲(?)に該当する「トップ屋」。彼は偶然地下鉄爆破に遭遇するが、そこから先は心地いいほど予想を裏切られる。謎の女子高生の面倒を見たり、殺人事件の容疑者にされたり・・・。心理描写がリアルだからこそ、読み手までが複雑な事件の渦に引き込まれていく。未読の方は「顔に降りかかる雨」から最後の「ダーク」まで順々に読んでいってほしい。「読み手の予想を裏切る」とのフレーズをよく使いがちだが、このシリーズを読み終えると「裏切る」とはこれくらい大胆でなければならないと思わせてくれる。 |
No.136 | 6点 | 真夜中の太陽 ジョー・ネスボ |
(2018/12/07 21:53登録) 大金と銃を持って、ノルウェーの極北の地にやってきた男は、嘘も喧嘩も苦手な殺し屋らしからぬ殺し屋。ある母子と出会い、心を開いて親しくなる。だが、彼は追われる身だった・・。無駄を排したシンプルな文章ながら、人の心を緻密に描いてみせる。弱さを抱えた主人公はもちろん、脇役の一人一人も印象に残る。舞台は極北だが、温かさを感じさせる。派手ではないものの、結末の驚きカタルシスは忘れがたい。地味ではあるが、じっくり読ませる一冊。 |
No.135 | 6点 | 悪の猿 J・D・バーカー |
(2018/11/29 18:40登録) 見ざる、聞かざる、言わざる。日光東照宮の彫刻の題材にもなっている「三猿」から着想した、凶悪な連続殺人者を描いてみせるサイコ・スリラーにして警察小説。車にはねられて死んだ男は、切り取られた女性の耳を持っていた。何年にもわたり米シカゴで犯行を重ねる殺人鬼、通称「四猿」。女性を誘拐し、三猿になぞらえて耳、目玉、舌を家族に送りつけてから犠牲者を殺す。その四猿が死んだのか?しかも、死んだ男が持っていた日記には、四猿自身の少年時代の出来事がつづられていた。だが、耳を切り取られた被害者はまだどこかに監禁されている。刑事たちは、その場所を必死に追い求める。刑事たちの捜査、監禁された少女の視点、そして奇妙な日記。三つの記述が並行して、物語は進む。刑事たちが連続殺人を捜査する、というストーリーに目新しさは乏しいものの、展開の巧みさで一気に読ませる。何より鮮烈なのは日記のパート。一見、絵に描いたような模範的な家族。そのひずみが徐々に浮かび上がる不穏な過程が、戦慄させる。 |
No.134 | 7点 | ガルヴェイアスの犬 ジョゼ・ルイス・ペイショット |
(2018/11/21 18:26登録) 不思議な設定のもと、印象的な人物が多々登場する群像劇になっている。1984年1月の深夜、片田舎の村に宇宙からの何かが落下。その日以来、強い硫黄臭が漂い続け、小麦、ひいてはパンの味まで変えてしまう。でも、SF的な展開にはならない。描かれていくのは、不思議な気配につられるようにあらわになっていく村人たちの隠された姿や心情、ガルヴェイアスという実在の村の光景、犬たちのエピソード。この物語を読みながら頭に浮かぶのは、自分にとっての(運命の場所)ガルヴェイアスはどこかという問い。呼び覚まされるのは、そこに硫黄臭は漂ってはいないかという警戒心。ポルトガルの小さな村を舞台にしながら、だからこそ、この小説は普遍性を持ちうるのでしょう。 |
No.133 | 6点 | 怪談稼業 侵蝕 松村進吉 |
(2018/11/14 18:41登録) ミステリに私小説を持ち込む実話怪談の作家。建設業に従事しながら怪異体験談を採集するという。自分の人生と生活を中心に物語り、自嘲、業界への批判、怪談における恐怖分析などを脱力したユーモアでくるむ。ここには途中で投げ出したような作品もあるが、それは「怪異を、体験者の人生の一場面を表す象徴として、なぞらえる」からだ。いささかマニア向けでミステリとしての要素は濃くないが独特の魅力をもつ。 |
No.132 | 9点 | 異邦人 アルベール・カミュ |
(2018/11/14 18:41登録) 「今日母さんが死んだ」。青年ムルソーは母を預けた老人養護施設に向かう。埋葬に立ち会った翌日、女と海水浴と映画を楽しみ、夜には男女の関係を結ぶ。数日後、友人の女性関係に絡み一人の男を銃殺。刑事裁判の被告になった彼は、動機について「太陽のせい」と答える。ムルソーの殺害場面の「偶然」性、法廷での息詰まる心理劇、彼が裁判所を出て郷愁と安らぎに包まれる夏の夕べの匂いなどが、迫真性をもった巧みなタッチで描かれる。妥協しない時代の証言者でもあり、世の不条理から目をそらさないカミュ自身のまなざしまでもが感じられるようだ。 |
No.131 | 7点 | 旋舞の千年都市 イアン・マクドナルド |
(2018/10/29 21:24登録) 近未来のイスタンブールを舞台にしたスリリングな迷宮都市SF。作中のイスタンブールは、欧州連合(EU)に加盟し、天然ガスとナノテク景気に沸いている。古来、諸民族が出会い、多様な宗教文化が対立と融合を繰り返してきた街に、さらなる繁栄と混乱が押し寄せていた。そこに犠牲者ゼロの奇妙な自爆テロが発生する。テロ以降、”精霊”が見えるようになった青年、テロの謎を追う少年、老経済学者やガス市場詐欺でもくろむトレーダー、伝説のミイラ「蜜人」を探し求める美術商、ナノテク企業の売り込みと家宝のコーラン捜しに奔走する新米のマーケティング・ガール。彼らを軸に、宗教と経済、国家と企業、民族の歴史と個人史が複雑に絡み合ったドラマが展開する。重層的な物語がスピーディーに展開し、読者を飽きさせない。 |
No.130 | 6点 | しゃばけ 畠中恵 |
(2018/10/29 21:24登録) 主人公は廻船問屋の大店「長崎屋」のひとり息子、17歳の一太郎。薬種問屋を任されているが、外出もままならないほど病弱。両親からはいつも心配され、甘やかされている。この若旦那には、常に寄り添っている佐助と仁吉という手代がいる。実はこの2人、犬神と白沢というあやかしだ。他にも一太郎の周囲には妖怪がうじゃうじゃいる。物語は、一太郎が佐助たちの目を盗んで外出した夜に人殺しを目撃し、命からがら逃げるところから始まる。下手人が捕まらないまま数日が過ぎた後、一太郎のもとにその下手人が現れる。やがて薬種問屋ばかりを狙った殺人事件が次々と起きる。犯人はそれぞれ違うのだが奇妙な共通点がある。妖怪たちはみな個性的。犬神は顔がごつく手背が高い偉丈夫で、白沢は目が切れ長の色男。2人は主人を守るためなら何だってするし、一太郎本人も容赦なくしかる。鈴彦姫は臆病で、屏風のぞきはニヒルな皮肉屋。家の中からぞろぞろ出てくる鳴家はすねることもあるけれど、頭をなでてやると目を細める。キュートな妖怪たちの力を借りて一太郎は難局を乗り切り、事件を解決する。だが、いざという時本当に強いのは誰か。「自分が不運などと嘆いて、逃げていいはずがなかった」。そう決意する一太郎。体の弱さを気に病み、将来に不安を感じていた一太郎が、自身の存在をかけた勝負に出る。夜の闇が今よりずっと深かった江戸時代には妖怪も身近だったに違いない。この作品は、妖怪がわんさか登場する。時代小説でありファンタジーでもありミステリでもあるが、妖怪小説と呼ぶのが最もふさわしいかもしれない。 |