斎藤警部さんの登録情報 | |
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平均点:6.69点 | 書評数:1304件 |
No.544 | 5点 | 死者の身代金 リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク |
(2016/05/18 11:48登録) ドラマが面白かった! 本もまずまずだが、ドラマほど上手に伝えてないかな。 本作は何と言っても、犯人とは不仲のあの年若い義娘ね、彼女の活躍というか暴れっぷりこそ肝ですよね色んな意味で。犯人捕捉の決定打となる、心理的な側面の大きい『物的証拠』は思わず「成駒屋!」ならぬ「刑事(デカ)部屋!」と大向こうの一つも唸りたくなる(笑)鮮やかさ。 最初期作(二作目)という事もあってか、コロンボがピン!と来るポイントがいちいち初歩的というか分かりやすくて、なんだか推理クイズの定番オンパレードみたい。でもそれが映像作品では実にスリリングで面白いんだよなあ。ピーター・フォークの演技力の賜物なんだろうか(実際ここまで漏れ漏れの手掛かり残したら凡庸な警察官でも合わせ技で見破ってしまいそうなもんだが)。犯人役リー・グラントの顔も好きだ。 |
No.543 | 8点 | 枯草の根 陳舜臣 |
(2016/05/18 10:09登録) 清廉で学識を感じるが意外と軽いタッチ、しかし不思議と若い風格がある。道尾秀介を思わす人物紹介やすれ違いのギミック多発、そのせいか色んな一々が伏線に見えて嬉しく困った。在日華人ならではの語彙選択や言葉の綾、漢字筆談の件(くだり)も興味深し。“私だけが知っている”を毎週見てるなんてエピソードは流石に萌える。ワトソンがホームズ並みにしっかり働くのも頼もしいぞ。 物語も終盤になって、ちょっとした叙述の戯れがあったのだと気付く。小ぶりだがロジックの積み上げも綺麗。やっぱり、文体の軽さをものともしない底光りする風格があるんだな。そして風格あるものに相応しく、ラストシーンは実に爽やかで印象鮮やかな深みの境地だ。表題の意味を明かす瞬間も完璧。最後、狂おしいまでに言外「だけ」で表現される、ある重要人物の強い意志、気持ちの熱さには泣かされた。 終盤の筆の際立ちにやられた私は遂に8点を献上。 「気違いだと思ってくれんだろうか。」 ← この台詞。。 そりゃ犯人は見えてましたがね。半分だけ。。。。 日本人とは大いに、ではなく少し違う中国人ならではのモラルやプライドの表出や暗示が小説を時に引き締め時に和ませていましたね。舞台は神戸、昭和三十年代中期。 「コーヒ」だの「オーバ」だの、森博嗣かと目を疑う表記も光っていました(古拙笑)。 【最後にネタバレ&逆ネタバレ: 「イニシエーション・ラヴ」を未読の方は何卒お控えを】 本作は「李」という中国人(朝鮮韓国人も)にありふれた姓が何気な隠れ蓑になっていますが、それちょっと「イニシエーションなんとか」に於ける「鈴木」という静岡人(とうぜん日本人も)にありふれた姓のアレのナニを思い出させなくもありませんですな。 |
No.542 | 8点 | もっとも危険なゲーム ギャビン・ライアル |
(2016/05/16 12:01登録) “古い蓄音機が止まる時のように、自分の声も遠くから聞こえてきた。。” 私見ですが、日本の心に照らせば「さむけ」や「W家」は本格、「深夜+1」や本作はHB。(「ちがった空」は冒険小説) フィリップ・マーロウが好きな日本人なら本作も良かろう。 舞台は北極圏某紛争地域。 “幸福以外はなんでも表現できる表情ゆたかな顔” 「私は、今あなたにあごをかいて欲しいのです。」 主人公は冷静そうだが危険な不安定要素もある、そんな事実が少しずつ暴露され読者をスリルに曝し続ける。’死人が一人じゃない’と分かるシーンはなかなかだ。ジャッドは意外と魅力あるファック野郎じゃねえか??うんにゃ、そうにちげえねえ。。しかし主人公を小用で雇った奇妙な金持ちの男と、彼を捕捉しようと躍起なその妹の真の狙いは一体? “土曜日の夜のきこり酒場のようなにおい”って、嗅いだことあるか? 「見知らぬ熊などに話しかけるなよ。」 鋳造のトリック。。 信頼、つまり評判の重みが知らん奴一人の命を凌駕するわけだ。 「時間はあるし ウイスキーもあるからね。。」 催眠剤を盛られてからの疾風の描写には泣かされた! 「わかったよ きみにほれたよ」 クソださい文章は訳しても飾ってもクソださかろう。穏当にださい文章なら訳で紛れる隙もあるだろう(その機微を気まぐれに当たるのは外国人読者の愉しみだ)。 しかし、本書の格好良さと来たら。。。。 ”自分が金持ちになった瞬間をこの耳で聴きたかっただけだ。” ヒロイン設定の女を本気で本能で殺したくなるシーンの創出なんて、おいらには納期永遠の宿題サボリだな。 “彼女も一瞬それを考えていたようである。” 二人の女の登場の間のxxxxに、永遠より遥かに儚いxxxxを突き付ける。 このマッチョな俳諧師の様な言葉の豪腕晒し。 「ヘルシンキへビールを飲みに行くか?」 「たまには俺の言う角度でものを見たらどうだ?」 “もう少しで殺すところだった。。” 「こういう思いつきは時折うかぶのかい?」 北欧神話発生への洞察はなかなか良い。 表題の洒落はホヮイダニットの解答だったのか。。 最後まで礼節と穏やかな狂気を失わない、社交性と孤独と富を備えた男。 そして、冷酷で合理的な仕事ぶりだが友達として愉しい男。 そして、主人公。 どんなに近づいても遠くにいるあの女。 ミステリ的にトリッキーな役回りを与えられた、悲劇の男。 嗚呼、悪い仲間たちよ。。 「本当の人間社会に害を与えてはいなかったんだからね。」 果たして、この台詞に作者は重みを持たせたかったのだろうか。 |
No.541 | 5点 | 材木座の殺人 鮎川哲也 |
(2016/05/11 17:17登録) かの”私だけが知っている”脚本をベースとしたと言う、ちょっとしたクローズド・サークルの二作「棄てられた男」「青嵐荘事件」はその出自で興味を引くね。まァ不可能興味の「人を呑む家」はなかなか面白いかな少なくとも結末直前までは、、全体で見渡すとやっぱりミステリ興味、物語興味共に弱さは感じるね。。我が心の中の『俺の本格~鮎川哲也作品大全集』では三番館シリーズは別巻扱いだなァ。 ところで、三番館も四冊目のこのあたりから弁護士の登場をスキップしたり「わたし」がチラッとしか見えなかったり(要は真の探偵役バーテン以外すっ飛ばす傾向)、少しずつレギュラー陣の扱いにイレギュラーが混じって来ますね。そのへんもまあ、地味に面白いっちゃそうなんだけど。 |
No.540 | 5点 | ブロンズの使者 鮎川哲也 |
(2016/05/11 16:05登録) 「百足」は少しばかり印象強いですかね。「相似の部屋」「マーキュリーの靴」もまぁまぁぁ。。 後は(てか全体的に)やっぱり謎解かれが緩いというか脆いというか。。物語としても、氏ならではのサムシングってやつが薄いんだな、これが。 自分にとって特別な存在の鮎川さんですが、三番館シリーズは微妙にのめり込めません。 ノン・シリーズで他にもユルユルの短篇が結構あるんだけどねえ。。本シリーズはやっぱり、レギュラー登場人物の相関図からしてユーモアの流れ出る道筋がだいたい決まっちゃってるのが不用意な弛緩を招くのだろうか。それでも「4点」までは下がりません。 |
No.539 | 5点 | 完全犯罪のエチュード 森村誠一 |
(2016/05/11 00:48登録) コンセプト短篇集。ちょっと名前負けしたかな。。もう少しばかり、エグさやらキツさが欲しかった。それと全体標題と各作間のシビレるような連関性も、こちとら要求してしまう。。 敗れる花/見忘れた夢/善意の傘/停年のない殺意/途中下車する女/致死音 (光文社文庫) |
No.538 | 7点 | 隅の老人の事件簿 バロネス・オルツィ |
(2016/05/10 19:40登録) 探偵役の設定に負うのが大きいか、独特のぬめった空気感が好きだ。ホームズを思わせる古風な題名が並ぶのも良い。心理トリックの光る作品が印象深い。店の片隅に居座るだけでなく、意外と外向きの行動も見せる老人。しかし犯罪の真相は内に秘めようとする老人。多くのフォロワーを唆した(?)「最後の事件」はもはや伝説だね。 フェンチャーチ街の謎/地下鉄の怪事件/ミス・エリオット事件/ダートムア・テラスの悲劇/ペブマーシュ殺し/リッスン・グローヴの謎/トレマーン事件/商船〈アルテミス〉号の危難/コリーニ伯爵の失踪/エアシャムの惨劇/《バーンズデール荘園》の悲劇/リージェント・パークの殺人/隅の老人最後の事件 (創元推理文庫) ところで「ABCマート」ってまさか「ABCショップ」に因んだ名前じゃないですよね? 靴と言えば紐が付き物だけど。。。 |
No.537 | 8点 | しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 泡坂妻夫 |
(2016/05/09 21:27登録) ストーリーそのものはね、別に詰まらなかぁないけど読まなくてもいっかな人生は短いし、 ってなくらい。 もちろん、例のアレはね、大したもんだと思いますよ、 マジックそのものである基本トリック案出もさる事ながら、 それを実行に移す意志力、完遂させる技倆、そして期待に応えた完成度、こりゃあ、驚きですよね。 短いし、読みやすいから、別段苦も無く鮮やかに騙される体験が出来ますよ。お試しを。 |
No.536 | 8点 | 片眼の猿 道尾秀介 |
(2016/05/09 19:20登録) 流石に展開が速い、もう終盤のどんでん返しかとドッキリさせるような反転が早いうちからpop-up快調。「カラス」を少しだけ若くした質感。削ぎ落としを露骨には感じさせないが抑えた言葉数、高速で進める読みやすさで濃密な内容を披瀝、しかも途上には緩急の整えどころまで設えてあるんだ、基礎分厚き者の余裕だぜ。 短いミスリード、割と長い伏線、妙に魅力あるチョイ役、谷口社長。。かなり長い伏線ないしミスリードもある。変わった子か。。まさか『絶対に映像化できない』なるコンセプトが先行した作品じゃなかろうな?それも、別の意味で映像化出来ないって方からインスパイアされたとかじゃ。。しかしまあ 何というか、豊潤たる叙述トリックですよね。これだけのジョトリを重ねておきながら嫌味な後味が(おいら的には)全くしないってんだから凄いなあ。そっか、四菱が某人物(とその仲間達)をそこまで畏れるのには、そんな理由も。。 しっかしまあ、こんだけ言葉数を絞った小説でこういうナニとなればだ、正味の話 o(^_^)o 伏線でもミスリードでもナニでもない部分のパーセンテージって両手で数えるほども行かないんじゃないか? ま、ミスリードの突起がゴツゴツししてるから多少とも手馴れた読み手にとっちゃあまるっきり根底から騙されるってわけにも行かなそうだけどさ、こりゃ何かあるとかナニが逆だとか、何となしに少なくとも頭の片隅だろうけどさ、それでもやっぱりですよ、色々明かされるタイミングもジャストだし、こりゃあぐっと来ますよ。思いのほかとて~も長い伏線ないしミスリードもあったな。。 主人公の口癖「言葉の綾」。。たしかに事件そのものはあっさりしたもんだけどさ、バカ●●トリックも本当にバカで笑うけどさ、だけどそっちのミスリードがこっちのミスリード(どっちのミスリードだ?)に引っ張られるからこそのミスリードだったりして、決して叙述の罠だけ宙に浮いてるわけではないしね。 ただ、そのへんのナニに納得出来過ぎちゃって、再読したくはならないけどね。。 いいの別に。 あと、こういう素敵な暗号の謎はいいな本当に、って思ったよ。 そしてこの題名だ。 しかし冒頭近くの二人の青年ね、小説的にね、いい仕事したねえぇ~ 読後、餃子が喰いたくなるかどうかは微妙だね。 |
No.535 | 6点 | 深夜の散歩 評論・エッセイ |
(2016/05/07 17:59登録) どれもこれも、ミステリのおもしろさの真髄を外して外枠のハイブラウな遊戯に明け暮れるからこそ零れ落ちる、余分な興味とでも呼びたい論述の行方の追い駆けや、知識の拾い集めの愉しさこそが本書の美点、ではなかろ~~か? 中村真一郎のカーター・ブラウン’論’ならぬ’論ぜず’が見事に(ちょっとしたトリックを使って)論じていない、そして作品群への興味を持たせる事には成功しているのが素晴らしい。 もう三十何年ぶり、久ッ々(ひっさびさ)に再読してみると、その一篇がやけに良い。全体的には柔らかに華やかな福永武彦のパートが最も面白い。ちょっと硬めの丸谷才一も悪くない。 ま後追い読書分や知識系の確認にはともかく、純粋に愉しむぶんには一回だけ読みゃじゅうぶん。 |
No.534 | 5点 | あなたに似た人 ロアルド・ダール |
(2016/05/07 00:37登録) 奇妙な味とか言うより、折り目正しいまともな古典作品群に見える。’ライター’の一件にしろ’羊肉’の話にしろ、はみ出してない拡がらない、安定しちゃってる感じがちょっとね。。作りがしっかりしているから名作として味読も出来ようが、昔の喩えで恐縮だけど「沢口靖子さんは絶世の美人だけど女性としての魅力は云々」みたいな、個人的にそんな感じ。 (比較対象じゃないかも知らんが)シャーリー・ジャクスン派の私としては、長澤まさみより水川あさみの方が遥かにいい私としては、琴線にヒットまではしない。やはり童話作家こそ本領の人なんだな、って思いますよ。 とは言え読んで損は無かろう。 |
No.533 | 9点 | けものみち 松本清張 |
(2016/05/06 12:28登録) 清張は通俗でも充分殺せる。 割烹旅館に住み込む不遇美女に纏わった後ろ暗い手探りの蠢きから始まって、、突然或る事件が起きるタイミングの衝撃波の煌めき!同種のショックは忘れた頃ふたたび襲う。そしてみたび。。。 「まるで往来と同じだ」 「遠近法の計算」。。心理戦のリアルタイムカットバック描写にシビれる場面もある。展開の意外性にヤられた咄嗟の指紋抹消シーン!まさかの疑惑まみれ展開が終盤でもない中盤でもない絶妙無比なその瞬間に急襲! エログロとは異なるキモエロシーンのしつこさには辟易したが、悔しい事に途中から慣れてしまった。 古の某氏を思わせる闇のフィクサーを中心に据え。。ながらも社会派の色は背景に薄く塗る程度かな、と思えばなかなかどうして、と思わせておきながら。。ストーリーの駒をタイミング良く動かすのが本当に上手いねえ、清張さんは。或る人物の「真実は曲げられませんからね」なる平凡な台詞に込められた或る強靭な意図、いや思い過ごしか。。と保留していたら、かなり後になってその真意を思い知らされた。 終盤に入ると言うには微妙に早い頃合い、それは無いでしょうと言いたくなる、キリキリ来る違和感のすれ違いシーンが、いやいやその外枠にはもう一つまた相当に巨大そうなすれ違いの構図、この外限が見えない感覚に読み手は圧倒される。 しかし。。。。。。。清張さんってのはよほど、言外の屈辱をやり過ごして嘗めまくって昇華させ尽くして最高無比の栄養にまんまと変容させ続けた人なんだな。 いやいやこの本は東野圭吾ファンに受けが良さそうだ。圭吾さんがこの本大好きなんじゃなかろうか。物語と犯罪の構造こそ全く違えど「白夜行」に大いに通じる何かが底にある。しかし準主役級の刑事が途中から予想外に気持ち悪いメタモルフォーゼを見せる所は大いに違う。白夜行の笹垣刑事はけものみちの久恒刑事(字面ちょっと似てるが響きは違う)を外観はほぼそのままで内面というか全体像を、物語の機微を曇らさない限界まで極力格好良く仕立て直したある種理想の存在だったのではあるまいか? 出て来るんだよねえ「黒革の手帳」なる言葉が、メタ絶妙と名付けたくなる深淵のタイミングで。 疑心暗鬼の独りよがりな応酬を乱反射させる清張の罪無き悪意。。 「世の中は不思議なものだ」だってさ。どの悪党(?)の台詞だったか。 最終局面で意外性を大いに含むバイオレンスアクション展開(!)となるが、その末に明らかになる、真の黒幕、ではなく真犯人、でもなく’最後に残る者’が実に意外! いかにも終盤の前半終わりあたりで’意外にも’あっさり抹消されそうな人物が、まさかあんな悪どさを道連れに、、残るとは! 最後まで生き残ると思われた或る人物のまさかのいきなりの最期、と対になった残酷な意外性には柔らかな心理の盲点を衝かれる。 と前後して別の或る人物がチョイ役と見えて実は黒幕、とまでは言えんが意外と’分かっていた’側の人物である事が露呈、ところがその露呈の直後に。。 と目を瞠らざるを得ない意外意外の急展開に唖然としているうち物語は瞬殺のエンド! この最後の最後にぶん殴られる衝撃の構図は果たして清張当初の構想通りか、それとも。。。 さて本篇、「わるいやつら」の巨悪版とも見えましょうが、この物語内で展開される犯罪は決して巨悪ではなく、巨悪の前々々準備段階(という意味でやはり糾弾すべき?巨悪の構成部分)とは言えても飽くまで、殺人を含むとは言え、小規模の悪行に留めて描写敷衍されたもの。その特徴にこそ通俗的手触りが強く残るが、冒頭で触れた通りそれでもじゅうぶん重厚な殺人的快感をくれるのが清張余裕の底力。 8.6強の9点。 |
No.532 | 8点 | さむけ ロス・マクドナルド |
(2016/04/28 22:35登録) つかみは緩いし、最初の男女の絡みは駆け引きとも突き放しとも呼べないくらいチャラい。時に見える言説の出しゃばりも 気を効かした比喩もマーロウのトーキンロッキンブルーズに較べたらオヤジュゲグ特区送りみたいなもんだ。まるで先達のハードボイルド名手達に憧れるが資質の追い付かない作家がHBもどきの薄い本格を書いてるかのよう。出だしから軽く二百頁以上はそんなもん。だがしかし、それでもこの小説に読ませる力があった。。。。。。。“レフティ・ゴドー”なんて小むずかしい洒落を言われて巨人軍魅惑の00番、曲者後藤(右投左打)を思い出した。冒頭の失踪事件で謎を引っ張るのかと思いきや、失踪人は第二の事件の重要参考人としてあっと言う間に発見されちまう。ところがこれが単純に『第二の事件』と思ったら大間違い(なのだが、全体真相が暴かれて見ると、実は。。!?) ! 古代だったら殺される。。蜘蛛の濡れた足のようなものが首筋に。。聖堂のように保存するだろう。。あなたはずいぶん複雑な生活をしていらっしゃるのね。。悲劇はたいていそうしたものです。。。終盤近く差し掛かってやっと魅力的なフレーズ群があぶり出され始める。それにしても本作で見せるアーチャーの無色透明な媒介感は。。ヴァン・ダイン作品中におけるヴァン・ダインに匹敵するんじゃないか? 謎追いの道筋がぐにゃぐにゃ捩れて絡み合うのは確かにハードボイルド流儀かも知れん。だからこそ一見HBより本格風ムードの愛憎ギラギラ連続犯罪ストーリーがいつしか「初めに見せてくれた主題を置きっ放しにしてないか?」と軽く疑いを持たせもするのだろう。 或る会話の中でアーチャーが返したジョーク「まあ似たようなもんですがね」には笑った。結局、主人公は誰だったんだ。 しかし気持ち悪い結末だな。。。。 この動きの激しい急襲サプライズ・エンディングはまるで山田風太郎が少し生真面目に書き過ぎたかの様な内容で、リアリティが皮膚感覚で迫るぶん気持ち悪さも前面に出ちまっている。だけど確かに吐き気よりは寒気だ。 米国式に言やぁ私立探偵小説=ハードボイルドなのかも知れないが、日本の心の分類で言えば本格じゃないかなあ、これは。少なくともわたしにはHB的魅力はさほど感じられない。しかし最後の台詞は流石になかなかだった。 7.500でぎりぎりの8点。 やはり魅力はある。 |
No.531 | 5点 | 地下球場 佐野洋 |
(2016/04/21 12:29登録) 黒い鞄を狙え/ロスからの男/強打者牽制 常勝川上哲治監督が携行するという『黒い鞄』の謎を追う表題作。連続V記録更新中の読売巨人軍が実名付きで登場するが、現実人気球団をダシに使ってかなり踏み込んだ想像話ゆえか、なんとも歯切れの悪い終わり方。ミステリ腹に落ちない。 他二作は軽い娯楽作。悪くはない。 |
No.530 | 6点 | 10番打者 佐野洋 |
(2016/04/21 12:19登録) 急映、大毎、太陽ロビンス、金星スターズ、巨人の加倉井に坂崎、後楽園にはアンラッキーネット(!)。。魅惑のアーリーデイズプロ野球用語がポンポン飛び交う中、速やかにクールに展開する戦後ニッポン陰謀物語、の飽くまで一側面、に軸足置いたサスペンス・ファンタジー。 星野組はプロ化を意向するも頓挫、ですって。。 序章 彼との出会い 第一話 不均衡計画 第二話 ウイニング・ボール 第三話 盗まれたサイン. 「桜機関」の「桜氏」(どちらも仮名)なる衆議院議員にして正体不明のフィクサーの下に職を得た「私」は、氏の幅広い暗躍領域の中で『(戦後復興した)日本プロ野球人気を今度こそ定着させる』というミッションのために奔走する。(その真の目的は、果たして。。) 氏と「私」の出逢いを描いた序章と第一話は、社会派に振れ過ぎない政治スリラー的様相でスイスイ進行。(森村誠一だったらどんなに熱く脱線しまくったろうか) かと思うと第二話、出だしのつかみどころの無さは底知れぬ陰謀のようで日常の謎のようで。。急に社会的要素が蒸発してしまったかのような微妙な中弛みを見せつけ、核心はまさか色事絡みかと匂わせ、、 と思うと唐突な感動秘話に向きを変えて締める。。なんだこりゃ? 二話三話と連作が進むに連れ黒幕から主人公(共に十数の歳を取り)へと物語上での存在感が軽くシフトする、かと思いきや。。 第三話ではやにわに謎解き要素が色濃くなるが、最後の最後で急にリアリティの薄いトンデモ陰謀論に転んで終わっているのは。。 週ベ(週刊ベースボール誌)連載時色々あって、ひとまず冗談めかしといて様子見、という事なのかしら? なんて穿った見方をせずにいられませんね。 (まさか、佐野流の『逆トリック』ってやつだったりして) ちょっとバランス悪い連作集だけど、まずまず。 |
No.529 | 7点 | 雲なす証言 ドロシー・L・セイヤーズ |
(2016/04/20 02:33登録) 話も最終ラウンド法廷シーンに至り、味方どうしの不思議な証言合戦に目を瞠る。捕われの兄の証拠提示をぶっつぶそうとする弟(ピーター卿)の意図は何? 『実は○○でした』だけの結末だったら苦笑で終わろうが、何故○○とは見えない(××と見える)状況に導くような証言群がもたらされたのか、という経緯の複雑さが面白くてね、どことなくカー「三つの棺」の真相をもうちょっとシンプルと言うか工程少な目にしたような、いや事件は全く異なるモンなんですけどね、そんなものにちょぃと近いフレイヴァを感じてしまいましたよ。 ゆるやかに歩み出すようで序盤より無駄口を排し、無駄口とは似て非なる拡がり豊かなユーモアと論理遊戯のみを披瀝するスタイル(解説にもあったが彼女のコピーライター経験が活きているのかも)でいつの間にか古風でロマンティックな物語が展開。 しばぁらく積読してた本なんだけど、読前はなんだか退屈そうな気がしてね、ちょっとヘヴィな別の本(非小説)読む時の、上質な退屈が取り柄のチェイサーっぽくやってやろうと思ったんだが、読み始めたらこれがアナタ、面白くてねえ、すっかりこっちがメインになってしまったのですよ。 『橋と壜』のグレッグ・スミスって主人が気になる(実は『橋と壜』は聞き間違い)。 「広場のあんだらほう」も何だか。。 あとその、ピーター卿だか誰だったか口ずさんでたバッハの複雑な一節ってのが何の曲のどの部分なのか、気になるわァ〜 |
No.528 | 6点 | 歪んだ朝 西村京太郎 |
(2016/04/19 01:08登録) 第一長篇「四つの終止符」より更に前、最初期の隠れた名短篇である表題作は、社会的テーマをミステリ興味そのもので染め上げており秀逸。叙情性が強く、それなりの文学的感慨もある。 歪んだ朝/黒の記憶/蘇える過去/夜の密戯/優しい脅迫者 (角川文庫) 表題(作)のインパクトの割にバラけた雰囲気の統一感無き作品集だが、悪くはない。 ドタバタサスペンスからちょっと感動の終結に至る「優しい脅迫者」は(締まりが甘く、さほど出来が良いとは言えないが何故か)忘れ難き味わい。 読ませるデビュー作「黒の記憶」が収められているのも特筆事項。 |
No.527 | 7点 | 遭難者 折原一 |
(2016/04/18 12:26登録) 【敢えてネタバレをはさみつつ】 登山登録、各種届、捜索記録、哀しみの手記、告別式次第 等々。。 凝りに凝った構成(オリジナルハードカバーでは製本意匠にまで及ぶ)は叙述の罠に非ずして、物語に奥行きを与えるための温情ある一種賑やかしのギミックだった。。従って山岳ミステリそのものに興味薄い人にとっては最後にガックリ来るのも致し方無し。 自分も、お山のお話が好きだからこそ、このまさかの逆反転(!)に感慨(逆感慨?)もあったし山岳ならではのサスペンスやミステリ興味に引き摺られて7点も献上したものの、そうでなかったら「ぬるい結末だなぁ~、でも途中まぁまぁだったから」と5点も行きゃいい所だったことでしょう。 某氏こそ怪しいんじゃないか、名前からして。。 などと目星を付けつつ読者目線の捜索は進行。中途より「探偵役」「引き継いで第二の探偵役」と見える人物による叙述群が不穏な雲行きを告げるが。。 ラストシーン近くの「聞いてくれたかしら」には明るい気持ちで泣けました。本当に、こだまのように繰り返し泣けたなあ。。勢いで参考資料のページまで泣けて来るよ。一々の叙述ギミック(言葉を換えて繰り返すがトリックではない)が感動のラストシーンに収斂してくれて本当に嬉しい。 一君にありがちなしゃらくさい叙述引っ掛けとは一線を画する渋い作品でもあるし、ぜひ山好きの老い先短い父に読ませたい所。文庫解説を、山と渓谷誌元編集長神長幹雄氏が書いてらっしゃるのがまた泣かせる。彼がミステリに相当の理解と洞察を見せてくださったのも最高だ。 また繰り返しっぽくなっちゃうけど、前述の”凝りに凝った構成”に絡まってもしや/まさかと思った性別錯誤云々。。が全くの読者勇み足だったのは。。そりゃあ構わないが、そこだけでなく全くヒネリの無いナニだったのは。。ま個人的には結末良しで全て良いんだけど、またまた繰り返しになりますが、叙述トリックに引っ掛かって愉しみたい人で、且つ山岳ミステリに興味の無い人(私の場合は前者にのみ該当なのでセーフ)には薦められません。本サイトでの低評価(私が採点する直前で平均3.33点!)にも不思議は無し。 |
No.526 | 10点 | ブラウン神父の童心 G・K・チェスタトン |
(2016/04/13 01:13登録) シャーロック・ホームズをビートルズに喩えるとすると ブラウン神父を喩えるべきはボブ・ディランではないか。 前者は熱狂的ファンが世界中に凄まじい人数いる。 後者は熱狂的ファンの数は限られるかも知れないが 仮に本人が意識していなくとも 根本的なところで影響を受けてしまっているミステリー作家/ロックアーティストの割合が 前者とは比較にならないくらい高いのではないか。 という事に、あるとき思い当りました。 さて、本短篇集、文章の襞と言う襞にミステリの三大栄養素(それは何だ!?)や各種ビタミンやミネラルがびっちりと詰まっています。「ブラウン神父」が「黒死舘」より遥かに多くの新たな推理小説をインスパイアして産み出した事に、流石の乱歩さんも異論ありませんよね? 形の上では新教側、しかし実態は旧教にほど近いイングランド国教会が支配的なかの国での緩やかなマイノリティとして生きるカトリックの神父さん。このスタートラインの立ち位置からして、ただ単に物事を逆さまにするのではない、奥深い逆説言論の濃縮ジュースが今にも噴出しそうで、むずむずして来るではありませんか。 我が旧約聖書。。 ←いい加減なイメージですみません |
No.525 | 10点 | 白夜行 東野圭吾 |
(2016/04/12 05:50登録) こないにオモロい小説、無いで。。。。。。。。 ジョーが燃え尽き飛雄馬は去るも清張新作まだまだ出る、既に第四次の中東戦争、ジャイアンツ九連覇も長嶋不振、そないな時代、皆の心に何かが起こる予感ですって。。準主役級、重要脇役群多数登場し丁寧に印象深く書き分けられるが、主役の二人だけ一切の直接心理描写を棄てた徹底ハードボイルド文体で描かれる為まるで奥行きある切り絵細工の様に明らかに他から浮かび上がって(時に奥まって)見える、彼らが何を話し合い、お互いをどう思っているのか、一切触れられず。。 苦笑を噛み殺す、か。。泣き声を受け「0から9に変更」やて。。! 桐原はなかなか面白い奴だ、圭吾さんはこういうのが好きなんだろうね、なんて序盤は呑気に構えていたもの。。 主要登場人物(のベアまたは三人以上)が次々に入れ替わるエピソード繋ぎのタペストリーはよく出来たDJセットにも通じる小気味良さだ(元々は連作短篇集だってんだから!)。気付かないうちミステリの毒素にじわじわやられて行く仕組みだナ。 悪知恵実行はピカイチでもいざと言う対人振る舞いは最低のバカが登場、まさかそれすらも故意なのか。。 読後、いや読了ちょぃ前から目に入るもの九割方がこの物語のアナロジーと映って仕方無かった。大阪の刑事が東京風煮込みのうまさを認めるシーン、沁みたねえ。お次は納豆の天ぷらと来た!山手線田町駅近くの大阪風串揚げ屋でも納豆包み串揚げやっとったな。ぐいっと来た台詞「私は誰の敵でもありませんよ。」 セブンイレブン日本上陸一号店、ゲームプログラムにも著作権が必要や、聖子ちゃんカット似おぅとるよ、阪神優勝の年の大阪の物語、バブルか。。 終盤に至るにつれ 時の流れが等比級数ばりに加速しやがる(この長さの小説でやられるとエネルギーの大きさも甚大だ、クソ!)。昔の事件捜査経緯をつらつら語るセミ半七捕物趣向の部分もまた良し。。そして終結部(と言っても全体が長いだけに長い!)で濃縮あらわに本格推理海域へと舵を切る。サムシングってやつがキラキラだ。。これは東野圭吾が松本清張の域に突入した作品ではないのか。「砂のなんとか」を彷彿とさせられずにいらりょうか?だが清張の裏を張って(いや、これは書かないでおこう)。残りページがか細くなっても結末予想が全く落ち着かないこの泡立ち感こそ清張マナーへのオマージュそのものか?そのくせ行方知れずの嫌な予感ドミノ倒しは一部の隙も無いんだぜ?最終ラウンドで初めて顔を見せたまさかのチョイ役がやっぱり、まさかの鍵を握る動きを見せるのか!?あまりにも意外な人物って誰や誰や!!これぁもはや、体感的に大河ドラマやないかーーー(墜落) 悲劇ながらもあっさり済ませたラストはね、いかにも「小説は終わっても登場人物の生活は終わらない(死んだ者を除いて)」という大事なことに意識を向かせるかの様でね、良いと思いますよ。推理クイズもどきの消失トリックを挿んで来るのさえ、哀しい結末と相俟って絶妙な道具遣いになっているしね。 雪穂さん、これからが本番やね。 |