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ミステリの祭典

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死の舞踏
ベイジル・ウィリングシリーズ

作家 ヘレン・マクロイ
出版日2006年06月
平均点6.33点
書評数9人

No.9 4点 レッドキング
(2023/09/09 22:36登録)
ヘレン・マクロイ処女作。怪死した社交界(どんな世界じゃ)売出しの少女。容疑者・・影武者の従妹、少女の継母、そのツバメの画家、伯父、執事、コンサルタントの女、求婚実業家、ゴシップ屋・・達によるWho・Whyミステリ。
※クリスティ「鏡は横にひび割れて」、て言うより、映画「クリスタル殺人事件」思い出す。動機は「違う」けどね。

No.8 7点 ◇・・
(2022/09/23 18:33登録)
一九三〇年代のマンハッタンが舞台。雪の中から、高熱を発する死体が見つかる。謎の死体は誰か、なぜ寒い雪の中でも死体が熱を発していたのかと謎の設定が魅力的。
事件の鍵を握る若い女性は、自分が別の人間と間違えられていると訴える。彼女の精神が正常ならば、なぜこのような奇妙な状況に置かれているのか。都会に生きる者のアイデンティティ・クライシスを背景に、混迷を極めた物語は、カタルシスへと導かれる。

No.7 7点 人並由真
(2022/04/19 06:42登録)
(ネタバレなし)
 中盤から20章に至るまで、マイペースな関係者たちに振り回される捜査陣の描写がすこぶる愉快。ライスかグルーバーみたいな20世紀前半のユーモアミステリに通じる楽しさを感じた。
 で、たまたま20~21章の狭間でいちど小休止してからまた読み始めたら、なんか急に空気感が変わっていた思いで、アレレ、であった。まあこれはきっと、こちらの読み方が悪かったのであろう?

 犯人に関しては伏線の張り方が露骨なので、そのポイントの場でピーンと来て見事に正解であったが、動機についてはなるほどね、となかなか感心。
 わたしゃ(中略)は(中略)あたりかと思っていた。当時とすれば、かなり洗練された文芸だと思う。その上でどこかクリスティーっぽい。

 やや盛り込み過ぎてこなれが悪くなった部分も感じたりしたし、肝心の<雪中の熱い死体>の真相というのは、みなさんおっしゃるようにアレだ。
 しかしまあ、いびつでちょっとばかし凸凹感はあるが、なかなか悪くないシリーズ第一作ではあった。もしかしたらこの内容なら、2~3作目くらいに書いた方が、もっと良かったようなタイプの作品だった気もするが。

 評点は6点……じゃキビシイな。0.25点ほどオマケして、この点数で。
 何より、大好きなウィリングをデビューさせてくれた作品だしね。 

No.6 7点 弾十六
(2020/02/01 15:01登録)
1938年出版。例によってDellのMapbackがあります。翻訳は読みやすいですが、皆さん仰る通り、重要ポイントをスルーしてるのが難点。(解決篇で、えっ何処にそんなこと書いてあった?となりますよね。) あそこは、あからさまになっても強行突破しか方法は無いと思います。
ウィリング第1作。なのでその生い立ちが結構詳しく記載されています。
母親がロシア人(p9) 戦後、パリやウィーンで留学生活… 米国参戦前にジョンズ・ホプキンズ大学で医学を学ぶ(p16) パリ、ロンドン、ウィーンに8年近く滞在(p17) いま40歳から50歳の間(p27) WWI米国参戦前に英国で既に医師として患者を診ている(p77、資格取得を考慮すると1917年に最低でも22歳以上か) フランス語とイタリア語を解し(p108) ロシア語ペラペラで祖父がロシアの有名作曲家ヴァジリィ・クラスノイ(p264、もちろん架空。ベイジルの名は祖父の名を英米っぽくしたものp199) ラフな推測ですが、生まれは1895年以前、出版時点で最低でも44歳以上。後年の作よりやや高年齢設定。(『ささやく真実』(1941)では「43歳」)
本作は、冒頭のシチュエーションが強烈なので、一体どーなる?とハラハラしてたら、中盤は、探偵と刑事が聞き込みをして、証言を集める地道な捜査。でも結構小ネタが充実していて、ヴァラエティに富んだ展開。作中で心理学の初歩を丁寧に説明してるということは、そーゆー考え方が世間に浸透してなかったのか。登場人物がわの独白が抑えられてるので納得のラスト。最後に滲み出る情感も良い。
以下トリビア。原文はOrion ebook “The Murder Room”叢書(2013)を入手。でも、このテキスト(以下「MR版」)、翻訳と比べると、Abridge版と言って良いくらい枝葉がことごとくカットされてて、残念な物件。(2024-07-17追記: Dell のマップバックをeBayで入手した!だけど、残念、ここですでに省略版になっていた… という事は初版ハードカバーのみ完全版なのか…)
作中時間は火曜日(p7)と12月(p19)を基にして、p76, p149及びp296(各トリビア参照)を根拠に、冒頭は1936年12月8日(火曜日)で確定。
現在価値は米国消費者物価指数基準1936/2020で18.49倍、1ドル=2017円で換算。
各章の副題は「絵画・美術」関係の言葉で統一されてるのに翻訳上は全く配慮なし。参考までに原文を掲げておきます。
1 Frontispiece, 2 Grotesque, 3 Nude, 4 Illustration for Advertisement, 5 Study for Family Group, 6 Mask, 7 Detail, 8 Study in False Light, 9 Genre Picture, 10 Still Life With Bottle, 11 Triptych, 12 Caricature, 13 Abstraction, 14 Development of a Bottle in Space, 15 Portrait of a Lady, 16 Composition in Yellow, 17 View in Oriental Perspective, 18 Drypoints, 19 Drawing for Valentine, 20 Vignettes, 21 Rough Sketch, 22 Family Portraits, 23 Illuminated MS. Circa 1930-40, 24 Montage, 25 End-Paper
献辞は「母へ」To my mother。いかにも作家の初長篇らしい。
p8 ジョンズ・ホプキンズ大学時代からずっとベイジル・ウィリングに仕えてきたジュニパー… 穏やかな話し方をするボルティモア出身の黒人(Juniper, a soft-spoken Baltimore negro, who had been with Basil Willing since Johns Hopkins days): 学生時代から従者がついてるとは、ウィリングってかなり裕福な生まれ。Johns Hopkins Universityはボルティモアにある1876年創設の大学。
p10 熱い美女(レッド・ホット・マンマ)(Red Hot Momma): Wells, Cooper, Rose作のRed Hot Mamma(Picara Nena)という1924年のヒット曲を見つけました。(某tubeに数バージョンあり。) サブタイトルがスペイン語で「やんちゃ娘」なので、元は中南米音楽か?
p12 心理的な指紋(psychic fingerprints): ウィリングの常套句。ここが初出。
p15 バザール・ド・ロテル・ド・ヴィル(Bazar de l'Hôtel de Ville): 創業1852年のパリ4区にあるデパート。BHVと略される。(英Wiki)
p17 毒物マニア(ヘムロック・ジョーンズ): ここら辺の煙草の吸殻とマッチ棒のくだりはMR版では全面カット。Hemlock JonesはBret Harteの古典的シャーロック・パロディ(1902)の主人公。
p17 この国じゃ、フロイト学派は医学関係者によって完全に否定されてる(the Freudian theory is absolutely repudiated by the medical profession in this country!): 当時の現実?それとも軽口? まー今も医者は精神科を軽視してますよね。詳しく調べてません。
p22 普通サイズなら10ドル、ポケット・サイズなら7.5ドル(Boudoir Size:—$10.00. Pocket Size:—$7.50): 20174円と15130円。痩せ薬の値段。痩せ薬(Diet Pills)の歴史はlivestrong.com/article/74336-history-diet-pills/参照。
p26 ユスーポフ公爵、カイヨー夫人、ボカルメ伯爵、フェラーズ卿、ブランヴィリエ侯爵夫人… ハーヴァードのウェブスター教授… ハリー・ソー… エドワード・S・ストークス(Prince Youssoupoff, Madame Caillaux, Count Bocarmé, Lord Ferrers... the Marquise de Brinvilliers... Professor Webster of Harvard... Harry Thaw... Edward S. Stokes): 有名な殺人者たち。訳注はあったりなかったり。ここではブランヴィリエ侯爵夫人だけパスして、その他を簡潔に。(主としてwikiより)
Prince Felix Felixovich Yusupov, Count Sumarokov-Elston(1887-1967)はロシアの貴族。1916年12月29日のGrigori Rasputin暗殺に関与。
Henriette Caillaux(1874-1943)は1914年3月16日にフランス首相の夫を批判したフィガロ紙のGaston Calmetteを射殺。
Hippolyte Visart de Bocarmé(1818-1851)はベルギーの貴族。1850年11月20日に義兄Gustave Fougniesをディナーに招き、ニコチンで毒殺。
Laurence Shirley, 4th Earl Ferrers(1720-1760)は英国貴族で絞首刑になった最後の人。1760年1月18日に家産の管理者(steward)John Johnsonを射殺。
John White WebsterはHarvard Medical Collegeの化学と地質学の教授。1849年11月30日に発見された死体の歯からボストンの裕福な医師George Parkmanとわかり、Websterが逮捕され絞首刑となった。
Harry Kendall Thaw(1871-1947)はピッツバーグの富豪William Thaw Sr.の息子。 建築家Stanford Whiteを憎み1906年6月25日に衆人環視のMadison Square Garden屋上で射殺。
Edward Stiles Stokes(1841-1901)はニューヨークの石油精製所社長。1872年1月6日に出資者で恋敵のJames Fiskを射殺、正当防衛を主張し判決は第三級殺人だった。
p27『がっちりガード』… 売り出し中の女性用品のように聞こえる(Carefully guarded... sounds like a well-advertised commodity): 色々探したら以下の広告がヒット。原文は「女性用品」に限定してません。Palmolive Company’s Palmolive Soap – Guarded so carefully...the Dionne Quins use only Palmolive the soap made with Olive Oil (1937) (2020-2-8追記)
p29 1936年製のビュイック(a 1936 Buick sedan): 翻訳では「セダン」が抜けてます。
p33 ペキニーズ(Pekinese)… カイ・ラン(Kai Lung): 開龍はErnest Bramahの中国人主人公、1896年頃の雑誌デビュー、単行本はThe Wallet of Kai Lung(1900)ほか全5冊。ここではペキニーズ犬の名前。中国犬だから付けた名前か。(セイヤーズにもKai Lungシリーズからの引用あり)
p35 第5章 家族関係(Study for Family Group): studyは美術用語で「スケッチ,習作,試作」A Study in Scarletもこちらの意味だ、という説あり。
p35 隣の部屋にいる速記者(stenographer): まだ速記がメインの時代。ポータブル録音機は1953年頃から。(ペリー・メイスン調べ)
p39 二つのオーケストラの指揮者とそのメンバーたち(two orchestra leaders and their men):「二人のバンド・リーダーと楽団員」の方が適切か。タンゴやブルースを演奏するフランキー・シルバーと騒がしいジャズのピート・ウェルウィ。二人とも架空の名前。ここら辺のBGMはArtie Shaw & Benny Goodmanあたりで如何でしょう。
p41 カンヌは楽しむため、ニースは退屈するため、モンテカルロは破産するため、そしてマントンは埋葬されるため(Cannes…Nice… Monte Carlo… Menton): フランス人がよく言う文句らしい。調べつかず。MR版ではカット。
p41 ムリリョが描いたぞっとするほど真っ白なマドンナの絵(the most ghastly marshmallow Madonna there by Murillo): 死人のように白い、という意味か。Bartolomé Esteban Perez Murillo(1617-1682)の具体的な聖マリア像を指してるのではなさそう。
p43 母の古い『ピーターキン・ペーパーズ』: The Peterkin Papers、賢いが常識の無いピーターキン一家のトラブルだらけの日常を描いたユーモア短篇集(1880)、作者はボストン生まれのLucretia Peabody Hale(1820-1900)。こーゆー本を残す母ってきっとお茶目な性格だと思う。(マクロイさんの母親の愛読書か?) MR版では、本の固有名詞をカット。
p46 『悲しみの杯』というタンゴ(tango called The Cup of Sorrow): 英語の曲名からAlberto Vacarezza作詞、Enrique Pedro Delfino作曲、La copa del olvido(1921)というブエノスアイレスのタンゴと思われる。同年Carlos Gardelの録音あり。(スペインWikiより)
p49 第6章 仮面舞踏会(Mask): 単純に「マスク、仮面」で良い気がします。
p60 自分を救ってくれるのは、その犬だ(he saved my reason): 試訳「この犬のおかげで正気を保てました」
p65 十セント硬貨(a thin dime): 当時はWinged Liberty Silver Dime(1916-1945)、90%Silver+10%Copper、直径17.9mm、重さ2.5g、厚さは調べつかず。
p66 一回… 五百ドルから千ドル($500 to a $1000 a throw): 101万円から201万円。広告の出演料。
p74 それは楽しみ(I’d like nothing better)… 高度なチェス・ゲームのように私を惹きつけます: ゲームとしての探偵小説。MR版では「高度なチェス・ゲーム」以降をカット。
p76 第8章 偽りの証言(Study in False Light): false lightは「人工的な光(artificial light)」(p72)のことか。試訳「偽光の習作」
p76 ジョセリン邸はすでに崩れ落ち、いまではその場所に天を突くような高層マンションが建っている。しかし、当時は… : 事件は本書出版時(1938)より少し前に起こったんだよ… という設定のようだ。事件後、高層マンションが完成するくらいの時間が経過しているが、事件当時1936年製ビュイック(p29)が数多く走ってる。とすると1936年の事件か。MR版ではこの文章をカット。
p77 アメリカの参戦前、ネトリィにいたとき… [君は]不眠症と無言症を併発した戦争神経症だった…: 19世紀末「ネトリー軍病院(Netley)で軍医になるために必要な研修を受けた」のはJ.H. Watson(A Study in Scarletより)。ウィリングも研修医だったのでしょう。マクロイさんのシャーロッキアンぶりを知るうえでも重要な場面だが、MR版ではこのあたりカット。
p86 電気椅子: ニューヨークでは1890年が初執行で1963年が最後。ニューヨーク州の執行官は1回の処刑あたり150ドル(同日に追加処刑があれば処刑人数を問わず50ドル追加)の手当で、これは最初から最後まで同額だった。(WikiのNew York State Electricianによる) とすると1890年$150=46万円から1963年14万円まで目減りしていることになります。MR版ではこのあたりカット。
p91 五万ドル: 1億円。パーティの費用
p100 第10章 出てきたボトル(Still Life With Bottle):「ボトルのある静物画」
p116 第11章 三方からの光(Triptych):「三連祭壇画」
p119 自分の家には、ごく普通の働き手が一人と月曜ごとの洗濯女しかいない: フォイルの家庭。「ごく普通の働き手」は妻のこと? でも洗濯女が週一で来るんだ… MR版ではカット。
p124「偶像を作る者は神を信じない」: 訳注 旧約聖書に関連する言葉と思われる。調べつかず。MR版ではカット。
p136 ジョージ・グロースの詳細な人体図: George Grosz(1893-1959)のヌード画集か。MR版ではカット。
p141 探偵小説の刑事: たいていリッツのようなホテルで食事をして、シャンパンが冷えていないとソムリエに文句を言う… 小説の刑事(detective)でそんな裕福なのを思い出せません。ここはウィムジイやヴァンスみたいな「探偵(detective)」をイメージした軽口。MR版ではこのあたりカット。
p142 ビリーブ・ミー・イフ・オール・ゾーズ・エンディーリング・ヤング・チャームズ: "Believe Me, if All Those Endearing Young Charms"(1808)はアイルランドの古い曲にアイルランドの詩人Thomas Mooreが歌詞をつけたもの。(Wiki) MR版ではラジオ番組のくだりを全てカット。
p143 ザ・ギミー・ ギャルズ・アー・ゲッティング・オール・ザ・ダフ: カタカナから復元するとThe Gimme Gals Are Getting All the Duffか? 調べつかず。
p144 第13章 うっかりミス(Abstraction): 「抽象主義、抽象」抽象画としても良いか。
p144 フロイトとその仲間たちの理論(Freud and his followers have a theory): 言い間違いの漫才はナイツ(塙と土屋)の得意技。
p145 子どもがよく言う『わざとだけど偶然』(accidentally-on-purpose): そーゆーものですか。
p146 リンドバーク事件… ドクター・ダドリー・ショーンフェルト: 犯罪者をヘマから分析した例。マクロイさんの発想のタネはDudley D. Shoenfeldの著作The Crime and the Criminal: A Psychiatric Study of the Lindbergh Case(1936)か。Shoenfeldのことはp287にも登場。MR版ではこのあたりカット。
p148 シルバー・スレッズ・アマング・ザ・ゴールド: "Silver Threads Among the Gold"(1873) 作詞Eben E. Rexford、作曲Hart Pease Danks。
p149 ティタートン事件で殺人犯が忘れたロープの切れ端(Like the piece of rope the murderer forgot in the Titterton case): 訳注なし。1936年4月のNancy Titterton強姦殺人事件は、手を縛っていたa foot-long piece of cordとベッドカバーに残されたa single horsehairが手がかりとなり解決した。
p152 第14章 ボトルについての新事実(Development of a Bottle in Space): 未来派Umberto Boccioni作のブロンズ像(1913)。試訳「空間におけるボトルの発展」
p170 恐怖物語(The Tales of Terror): 新聞社の入口にいた警備員が読んでいた。パルプ雑誌ならTerror Talesは1934年9月創刊、Horror Storiesは1935年1月創刊。
p176 ハーパーズとアトランティック(Harper’s and the Atlantic): 上品な雑誌の例。
p190 年収六千ドル: 1210万円。Assistant Chief Inspectorフォイルの年収。
p199 イートンとオックスフォードの紋章が入った装飾品(a product of Eton and Oxford): この原文だと、紋章とは限らず大学柄のネクタイなどの可能性もありそう。本人自身がa productの可能性もあり?
p202 “中国では人間は雑草”(‘In China man is a weed.’): 何かの引用か。調べつかず。
p208 オクシデンタル・ニュース・サービス(Occidental News Service): 『小鬼の市』の架空のニュース社がここに出ていた。
p211 フォイル君(Foyle, mavourneen): アイルランド語でmy darlingのことらしい。ニューヨークの警官でPatrickという名なのでフォイルはアイルランド系か。Kathleen Mavourneenという映画が1919, 1930, 1937と三回も映画化されている。
p218 メレディスの『エゴイスト』: Egoist(1879)の場面、日本なら「間接キス」と言う簡潔な表現がある。(最近では日本のアニメ経由でindirect kissと言うらしい…)
p218 ロシアや日本には、同じグラスの酒を分け合うという結婚の儀式(sharing the same cup of wine is part of both the Russian and Japanese marriage ritual): 同じ盃から飲むのは珍しいのか。
p219 パーティントン夫人... 気のきかない人間の象徴(‘Mrs. Partington,’—a symbol of gaucherie in those days—): Mrs Partingtonがモップで波に立ち向かうエピソード(Reverend Sydney SmithがSidmouthの1824年の洪水の時に書いた)があるらしい。(Mrs Partington mop tideでかなりのイラストあり) 訳注のBenjamin Penhallow Shillaber(1814-1890)作の小説Life and Sayings of Mrs. Partington(1854)などは、この夫人のイメージからか? gaucherieは、モップで波を防ごうとするような、粗野な愚かさの意味でしょう。
p230 週50ドル: 10万円、月給44万円。割と腕の良いゴシップ・ライターの給与。
p231 ベストセラー作家になれなくても、マコイのような作品を書いたり、ドストエフスキーのようにとか…(Not a best seller. The real McCoy. Dostoievsky and all that...): マコイにとても変テコな訳注が付いてます。(間違うならせめてHorace McCoyじゃないの?) the real McCoyで「正真正銘の本物」と言う意味。この慣用句はスコットランド1856年の用例があるThe real MacKayが起源らしい。(wiki)
p233 “嫌々働くのは人間どものかすのため。荒れた筆が陳腐な文句をお紡ぎ出す…”: 訳注なし。なんかの引用か。調べつかず。MR版ではカットしてるので次のフォイルのセリフ(タイプライター使ってるよね?)が繋がらない。
p238 アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler): ジョークのネタになるほど英米で有名になったのは少なくとも1936年3月のラインラント進駐や同年9月のロイド・ジョージとのベルヒテスガーデン会談以降か。
p251 ジョシュア・レイノルズ: Sir Joshua Reynolds(1723-1792) ロイヤル・アカデミーの初代会長。
p254 超現実主義(a sur-réaliste)の大御所であるブレイク: ここら辺、William BlakeがJoshua Reynoldsを“This Man was Hired to Depress Art.”と評したことを指してる?MR版ではカット。
p260 バルザックにそんな話… 情事で商取引を隠した女…(Balzac’s ‘femme-écran’ used to screen a business deal instead of another love affair): 膨大なバルザックの小説群を全然読んでないので、どの作品か分からず。femme-écranはscreen-womanの意味。この言葉はHistoire des Treize(1835)の第3話La Fille aux yeux d'orに出てくるようだが…
p267 作曲家のヴァジリィ・クラスノイ(Vassily Krasnoy, the composer): グラズノフ(Aleksandr Konstantinovich Glazunov, 1865-1936)を思わせるような名前。(『暗い鏡の中に』には祖父の曲も登場します。)
p280 第23章 浮上してきた人物(Illuminated MS. Circa 1930-40): 試訳「解き明かされた手稿 1930-40年ごろ」原語の意味はふつうなら「(中世の)彩飾写本」それっぽい年代表記を模している。
p281 嘘発見器(lie detectors): ウィリングは否定的。
p293 知的好奇心… 考え、苦悩する人間(intellectual curiosity… human beings like himself who could feel and hope, think and suffer…): 問題を解いた時の感覚。表現がセイヤーズさんと似ている気がしました。
p296 十二月四日… 十二月十二日: この間に事件が発生との記述。1936年の火曜日を調べると該当は12月8日。
p299『バイオメトリカ』、『J・A・M・A』、『ランセット』: Biometrikaはオックスフォード出版局1901年創刊の科学論文査読誌。The Journal of the American Medical Associationは米国医師会1883創刊の医学査読誌。Lancetは1823年創刊の医学査読誌。
p316 ストラヴィンスキーの『火の鳥』(Stravinsky’s ‘Fire-Bird’): L'Oiseau de feu(1910)。気の利いたラスト。

(2020-2-3追記)
Mike GrostのWebページで類似性が言及されてる映画My Man Godfrey(1936)ウィリアム・パウエル、キャロル・ロンバード主演を見てみました。p50で言及されてる「品ぞろえゲーム(scavenger hunt)」のシーンが冒頭に出てきます。お金持ちのパーティ・シーンが豊富で、この作品のパーティ場面を思わせます。英語版なのでセリフが聞き取れず30%くらいの理解ですが、プレストン・スタージェス調の軽薄なコメディ。当時のイメージ形成にはとても役立ちます。(カラー変換版を見たのですが、技術は進歩してますね… 全然違和感のない色付けでした。)

今更ですが、この本のテーマ(悲劇は現実にもあったようです)を考えると、法律違反ではなかったので正攻法のアピールが難しく、そのため作者は探偵小説の形式を借りて、その危険性(結局1938年に禁止されたようです)と被害のやるせなさを訴えたかったのかも、と思うようになりました。(アレの実在をちょっと強調してアピールしてるのも、そーゆー意図を感じるのです。)

No.5 6点 あびびび
(2018/01/21 22:23登録)
解説者も語っているように、非の打ち所がない文章力。翻訳者もハイレベルな方なんだろう。ただ、結末はそれしかないというか、「誰が得をするか」ではなく、「恨みを持つものは誰か?」だったけど、驚きもなければ、感心することもなかつた。

そのあたりのインパクト不足を感じた。

No.4 6点 nukkam
(2016/08/26 09:07登録)
(ネタバレなしです) 米国の女性作家ヘレン・マクロイ(1904-1993)は本格派推理小説とサスペンス小説の両分野で傑作を残しています。1938年発表の本書が第1作となるベイジル・ウィリング博士を探偵役にしたシリーズは心理分析を推理に絡めた本格派推理小説です。特に本書はそれが顕著で、心理学に素人の私にはやや難解な面もありますがミステリーとしての面白さにも十分配慮されています。謎解きとしては雪の中から発見された死体が熱を帯びていてまるで熱中症で死んだかのようだったというユニークな謎がありますが、この真相は意外と他愛もありません。またminiさんやkanamoriさんがご講評で指摘されているように手掛かりに英語原文でないとわかりにくいものがあるのはちょっと辛かったです。しかし最終章で明らかになる動機は実に印象的でした。犯罪のきっかけになったある出来事は現代社会特有のものと思ってたのですが既にこの時代にもあったんですね。それだけ米国が世界の先進国だったということなんでしょうが。

No.3 7点 ロマン
(2015/10/21 06:59登録)
探偵役である精神科医ベイジル・ウィリング博士登場。発端は大雪の夜雪溜まりで発見された若い女性の遺体。凍えるような夜にも関わらず遺体は発熱したように熱かった。ウィリング博士得意の人間観察から犯人に辿り着く。展開は暢気なほどゆったりとしているのに結末はどんでん返しなのだ。様々な事実を示す伏線が見事に張られているのに気づけなかった。十分楽しめる作品である。

No.2 6点 kanamori
(2012/09/25 22:09登録)
ヘレン・マクロイのデビュー長編にして、シリーズ探偵の精神分析医ベイジル・ウィリングの初登場作品。
ニューヨークの路肩の雪の中から発見された熱射病の死体という、発端の不可思議な謎の真相は肩透かし気味で、物語中盤の展開もやや起伏に欠ける感もあるのですが、傑作「家蠅とカナリヤ」で披露したウィリング博士の心理分析的探偵手法(=”心理的な指紋”の追及)の片鱗が本書でもみられるところが面白いです。
miniさんも書かれていますが、重要な手掛かりが原文表記でないと意味をなさないというハンデがあるのですが、動機に1930年代の作品とは思えない現代的なテーマを内包している点など、さすがマクロイと思わせます。

No.1 7点 mini
(2008/11/16 10:47登録)
マクロイのデビュー作で、さすがに後の「家蠅とカナリア」や「ひとりで歩く女」と比較するとやや不利だが、デビュー作で既に持ち味が発揮されているのには感心した
冒頭の雪の中で熱を帯びた死体の謎は大した事は無いが、この謎は中盤でネタが明かされていて、トリックとして最後まで真相を引っ張るような性質のものではなく、どちらかと言えばプロット上探偵役が事件にかかわるきっかけの為みたいなものだ
ただしこの謎の真相が後半に動機などと絡んでくるので重要ではある
そしてその動機面がこの作で特に優れている点で、書かれた年代を考えると現代にも通用するような動機なのは驚かざるを得ない
マクロイの実力を改めて再認識した
一つ残念なのは、決め手となる手掛かりが日本語では分かり難いと言うか日本語では作者の意図が伝わらないのだが、翻訳文の中でそれをきちんと説明してしまうとここが手掛りだとバレてしまう
翻訳者にしてみればその辺の加減が難しかったのだろうという面には同情するが、例えばはっきりとは説明しないまでも多少仄めかしヒントは与えるとか、やはりもう少し翻訳者がフォローした方が親切だったんじゃないだろうか

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