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Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1624件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.504 5点 屍泥棒- ブライアン・フリーマントル 2009/04/14 22:54
EU版FBI、ユーロポールに所属するプロファイラー、クローディーン・カーターの活躍を収めた短編集。
ヴァラエティに富み、しかもヨーロッパ諸国にそれぞれ舞台を変えて展開する物語。
こうやって書くとかなり面白く思えるのだが、さにあらず、正味30ページ前後の短編では、シナリオを読まされているような淡白さでストーリー展開に性急さを感じた。
なぜこのように淡白に感じるかというと、被害者の描写が単なる結果としか報告されないからで、あまりに省略された文章は読者の感情移入を許さないかのようだ。

全12作の中でよかったのはリアルタイムで事件が進行し、タイムリミットが設定された「天国への切符」とイタリアで蔓延する新型麻薬が実はハンガリーの新型麻薬の開発のために、人間を実験動物の代わりにしていたという真相が意外だった「モルモット」ぐらいか。
しかし現在ではほとんど手垢のついた題材で新味がないというのも事実。

No.503 7点 再び消されかけた男- ブライアン・フリーマントル 2009/04/13 23:40
前作『消されかけた男』の続きから物語は始まる。
しかし前作に比べると本作は小粒な印象を受けてしまう。今回は逃亡者としてのチャーリーの緊張感を軸にしてチャーリー抹殺のための英国情報部とCIAの丁々発止のやりとりを描いているのだが、プロットがストーリーに上手く溶け込まず、あざといまでに露見しているきらいがあり、チャーリーが逆転に転じる敵側のミスがあからさま過ぎる。

そして最後の方で退場するある人物は、物語の構成とチャーリーの生き方でそうせざるを得ないというのは解るけれど、ちょっとベタな始末のつけ方だなぁ。

最後に仕掛けるチャーリーの復讐。これがチャーリーという男の恐ろしさを表している。

No.502 9点 消されかけた男- ブライアン・フリーマントル 2009/04/12 19:46
原書が刊行されたのが'77年、訳出されたのが'79年。25年も前の作品である。確かに携帯電話とかインターネットとか無い時代で、ローテクであるのは致し方ないが、この頃の小説はひたすらキャラクターとプロットの妙味で読ませている。つまり作家としての物語を作る技量が高く、本書が放つ輝きはいささかも衰えているとは思えない。

チャーリー・マフィンシリーズの第1作。この第1作を読んで、これがシリーズ物になるのかと正直驚いた。それほどびっくりする結末である。

興味深いのはニュースで報じられる政治ニュースの裏側を垣間見せてくれる事。特に各国首脳の訪問にはかなりパワー・バランスが作用しているのだという事を教えてくれた。本書ではCIAがカレーニン亡命劇に一役買うことが出来なくなりそうになると大統領の各国訪問から英国を外すように働きかけ、情報部へ圧力をかける件はなるほど、こういう駆け引きが裏に隠されているのかと感心した。

No.501 5点 コンチネンタル・オプの事件簿- ダシール・ハメット 2009/04/10 22:06
結局の所、ハードボイルドについて云えば、そのストーリーもしくはプロットの妙もさる事ながら、その纏う雰囲気、文体にのれるかのれないかによる所が大きい。
心情の判らないサム・スペード物に比べれば今回のコンチネンタル・オプ物は主人公の内面に当たる所があり、今までのハメット作品の中ではのれた部類に入るのだが、正直云ってやはり物足りない。
コンチネンタル探偵社がオプを中心にチームワークで事件に当たるのは(私の中で)今までになくフレッシュな感覚があるのだが、その分登場人物が多過ぎて訳判んなくなってしまった。
う~ん。

No.500 7点 僕を殺した女- 北川歩実 2009/04/09 19:55
ある日目覚めると女になっており、しかもその世界は五年後の世界だったというSFとしか思えないこの設定に論理的解明を試みた野心作。

この主人公を取り巻いて色々登場人物が出てくるが、その誰もが色々問題を抱えているというのがちょっと詰め込みすぎと感じた。
ただ謎また謎の展開は全く先は読めないし、リーダビリティーは高い。
だからその分、真相に期待が高まるのだが、確かに十分考えられてはいるが、複雑すぎて爽快感とはほど遠く、論理を読み解くのに勉強しながら読んだという感じ。
実にサスペンスフルな作品だっただけにそれだけが悔やまれる。

No.499 7点 ガラスの鍵- ダシール・ハメット 2009/04/08 22:48
前半、軽妙なリズムで話が流れて、主人公ネド・ボーモンの曲者振りがいかんなく発揮され、かなりの手ごたえを感じた。
特にネドが敵役のシャドの手下達にリンチを受けるシーンは徹底した第三者視点の描写ながら、その執拗な攻撃に身震いを起こしてしまった。
だが後半になると、人物間のドロドロした話となり、いささか辟易してしまった。

名作の名高い本書だが、ちょっとオイラには重かったかな。

No.498 6点 赤い収穫- ダシール・ハメット 2009/04/07 22:32
2組の反目し合うマフィアが支配する街現れたコンティネンタル・オプが、知恵と策謀を風評を利用して、お互いをぶつけ合い、壊滅に導くという、今やギャング映画ならびにこの手の小説においてのストーリーの黄金律とも云えるこのプロットは、本書によって作られました。
従ってかなり歴史的意義は高いが、いかんせんオプという男が何を考えているのかが解らないところに評価が分かれると思う。
これはハメットが三人称叙述に徹しているからだと解ってはいるが、なかなか感情移入できず、よって上のような点数と相成った。
何年後かに再読する必要があるな、これは。

No.497 8点 マルタの鷹- ダシール・ハメット 2009/04/06 21:44
エラリー・クイーンやエルキュール・ポアロ、さらにHM卿が活躍していた時代にサム・スペードのようなリアルな探偵が出てきたことは正に衝撃だったろう。
事件を解決して自らの何かを失う探偵なぞ当時の本格派の探偵にいただろうか?
社会の裏側で生きる者たちに対抗するには探偵それ自身がその手を、その身を汚さなければならない。
己が生きるためにはかつて愛を交わした女でさえも売らなければならない、こんな探偵は存在しなかったはずである。

生きることのつらさと厳しさ、そして卑しさをまざまざと見せ付けた本書は、自身が探偵であったハメットでなければ描き得なかった圧倒的なまでのリアリティがある。
故に本書の軸となる黄金の鷹像の存在が妙に浮いた感じを受けるのである。

マルタの鷹は何かの象徴か?
マルタの鷹は存在したのか?
私にはマルタの鷹が誰もが抱く富の憧れが生み出した歪んだ幻想だと思えてならない。

No.496 7点 フェアウェルの殺人 ハメット短編全集1- ダシール・ハメット 2009/04/05 20:29
玉石混交の短編集といった感じ。
私のお気に入りは「夜の銃声」。二段構えの皮肉な結末に思わずニヤリとさせられた。ヴォリュームも30ページ前後と、引き締まった内容で読みやすい。
かと思えば「新任保安官」のように登場人物が多すぎて収拾がつかない物もあり、一長一短がある。

面白かったのは、一般にハードボイルドと呼ばれるハメット作品もサプライジング・エンディングを踏まえた本格テイストを備えている事。ただ、解決へ至る手掛かりが探偵のみに与えられているアンフェアな所が腑に落ちないが…。

No.495 7点 スペイドという男 ハメット短編全集2- ダシール・ハメット 2009/04/04 22:07
評価のしにくい短編集だ。
平均的な水準の作品ばかりが並んでいると、つまらない印象を受けた1編ないし数編が妙に目立ってしまい、評価を下げるような結果に繋がるし、またつまらない作品が数編あっても傑作と呼べる極上の1編があれば評価は俄然高くなるから困りものだ。そこでこの短編集は、と云えば前者に含まれる。
「殺人助手」という登場人物が乱雑に出てくる1編のつまらなさが頭に残っていてあと一歩という感じ。でも結構好感の持てる作品があるのも確かなのである。
う~ん、難しい。

No.494 5点 影なき男- ダシール・ハメット 2009/04/03 22:29
本書はハメットには珍しくフーダニットをメインとした謎解きのミステリであり、探偵もニックのノラの明るい夫婦が務める軽妙な仕上りになっている。所謂ハメットらしさが一番希薄なのだが、あのハメットがこんなのも書いていたのを知るには絶好の一作ではなかろうか。

No.493 7点 ワイオミングの惨劇- トレヴェニアン 2009/04/02 22:12
トレヴェニアンの遺作である本書は非常に複雑な想いを抱く読後である。
果たして創作メモめいた最後のエピローグは必要だったのだろうか?
ここに至り、今まで語られたストーリーの結構というものが揺るぎを持ち、何とも評し難い思いが渦巻いている。結局、何が語りたかったのだろう、作者は?

感想としては最後の一文に救われる思いがしたが、やはり後味が何とも悪いのである。

No.492 10点 夢果つる街- トレヴェニアン 2009/04/01 19:57
最初の1ページを読んだ時からこの作品は傑作だなと感じた。それも生涯忘れ得ぬほどの…。
外国の小説でこれほど町のイメージがたやすく浮かんだのは、本書が初めてではなかろうか?
それは著者が街の住人を誰一人として疎かにせず、見事に活写したため。
行間から息吹が、匂いが立ち上ってくるが故に、それぞれが皆、確かに生きていた。

明るい未来の見えぬ街“ザ・メイン”はそのまま主人公ラポワントであるといえよう。心臓に爆弾を抱えた彼と、何か不穏な空気を秘めたこの街は、いつそれがカタストロフィを迎えてもおかしくはない。だからラポワントはそれ以上を求めない。彼は彼の流儀で“ザ・メイン”を取り締まる。

十年、いや二十年に一度出るか出ないかの稀に見る傑作だ。

No.491 3点 バスク、真夏の死- トレヴェニアン 2009/03/31 22:33
なんと今度はサイコホラーである。
しかし私には合わなかった。なんだかこういう耽美な物語が性に合わないのもある。
やはりトレヴェニアンは冒険小説が一番!

No.490 9点 シブミ- トレヴェニアン 2009/03/30 22:29
ローマ空港で虐殺されたアラブ過激派を狙うユダヤ人報復グループの生き残り、ハンナから助けを求められたニコライ・ヘルは日本の思想「渋み」を体得したフリーランサーの殺し屋だったというちょっと「?」な設定だが、これを非常に説得力ある筆致で書くこのトレヴェニアンという作家の博識ぶりに舌を巻く。

特に外人にはなかなか理解されない「侘び」「寂び」を斯くも明確に叙述し、しかも日本の囲碁に宇宙を感じるなどといった件を読めば、この作家は外人の振りをした日本人ではないかと勘ぐってしまう。

特に「渋み」の叙述には深いものがあり、その一種、東洋哲学に通ずる理解の深さには逆にこちらが学ばされる思いがした。

ただこのニコライの人と成りを読者に理解させるために彼の過去のパート、特に彼に「渋み」の思想を教えた貴志川将軍との師弟関係の交遊のあたりに冗長さを感じるきらいはある。

しかしこのような作品を外国人が書いたというだけで驚嘆だし、またそれをエンタテインメントに昇華した技量もすごい。もっと注目してほしい作品だ。

No.489 9点 アイガー・サンクション- トレヴェニアン 2009/03/29 19:40
優れた登山家にして大学教授、美術鑑定家という肩書きを持つジョナサン・ヘムロック教授はなんとフリーの殺し屋でもあるという、マンガの主人公のような設定ですが、トレヴェニアンの精緻な描写がそれに現実味を持たせて、読者の目を離させない。
彼が殺しを依頼されるCII、過去のエピソード、アイガー北壁登攀に臨む準備などが非常に詳細かつ緻密に書かれて、ジョナサンのプロフェッショナルさを際立たせる。
登山チームの中に裏切り者がいるという状況はなかなかに新鮮。なぜならば極寒の地の登山は、チームワークこそ大事で、1人の命の損失はそのまま自らの死をも招き寄せるからだ。そんな中で裏切り者を見つけ出し、暗殺を履行しなければならないというジョナサンの精神力のタフさに畏れ入る。それを印象付けさせているのはトレヴェニアンの重厚な筆力に他ならない。

クリント・イーストウッド主演で映画化もされたぐらいに有名な作品だが、私が手に入れた15年くらい前の当時でさえ入手困難だった。
これほどに面白いのに非常に勿体無いと思う。。

No.488 7点 ルー・サンクション- トレヴェニアン 2009/03/27 23:15
『アイガー・サンクション』の続編。
『アイガー・サンクション』ではスパイ物でありつつ、本格的な山岳小説でもあったが、本作は純粋なスパイ小説に徹している。

図らずもスパイ稼業に復帰せざるを得なくなったジョナサン。しかし読者の予想を裏切って百戦錬磨の活躍を見せるわけではなく、ブランクによる違和感と若さの喪失を悔やむジョナサンと読者は対面する事になる。

しかし、相変わらずトレヴェニアンの描く登場人物は個性的で際立っている。アイルランド娘マギーを筆頭に、完璧な美を誇る売春婦アメージング・グレース(素晴らしい名前だ!)、同じく永遠の若さを理想とする悪役マクシミリアン・ストレンジ、そして一癖も二癖もある美術品泥棒マックテイントなどなど、全て印象的である。

今考えてみると、本作は残酷なシーンと哀しみが表裏一体となっている。
残酷さと哀しみ。
どちらも負の感情だ。
だからこの作品の読後感に爽快感はない。大きな喪失感が残る。元大学教授とトレヴェニアンの略歴にはある。心理学なのか文学の教授だったのかわからないが、一連の作品に通底するペシミズムは彼のこの経歴から来るものなのかもしれない。つまり小説創作を通じて実験を行っている、それはあまりに穿ち過ぎか。

No.487 7点 プードル・スプリングス物語- レイモンド・チャンドラー&ロバート・B・パーカー 2009/03/26 22:32
第4章まで書かれた本作をロバート・B・パーカーが書き継いで完成させた本書。
かなり賛否両論に分かれている(というよりも否の声の方が多いようだが)作品だが、個人的には愉しめた。

何よりもまず驚くのがいきなりあのマーロウの結婚生活から物語が始まるという設定だろう。
結婚相手は『長いお別れ』で知り合ったリンダ・ローリング。しかしチャンドラーが書いた4章で既にこの結婚が破綻しそうな予感を孕んでいる。

探偵稼業という時間が不定期な仕事と結婚生活の両立が上手く行かない事は自明の理であり、パーカーもそれを受け継いで物語を紡いでいる。

この2人の関係にパーカーのスペンサーシリーズの影が見えると云われているが幸いにして私はスペンサーシリーズを読んだ事ないので、かえってパーカーよくぞ書いたと思ったくらいだ。

マーロウの信奉者には卑しき街を行く騎士が結婚生活をしちゃあかんだろうと、夢を覚まさせるような感想が多いが、しかしこれはチャンドラーが残した設定なのだ。

私はいつもにも増して男の女の関係性という側面が盛り込まれ、そこで苦悩するマーロウが人間くさく感じられてよかった。
最後の「永遠に」と呟く2人のセリフは私の中で永遠に残るだろう。

No.486 5点 フェニックスの弔鐘- 阿部陽一 2009/03/25 22:29
江戸川乱歩賞受賞作。
しかしそれを先入観として読むとかなり面食らう作品。
なんせ内容はかなりハードなエスピオナージュで、見開き2ページは字で埋め尽くされ、各国の政治家の思惑と、アメリカを襲うテロの脅威が事細かに記されている。
果たして今読んで面白く感じるかどうかは解らないが、当時は情報量の多さと読み慣れない政治用語が多くて、読後ぐったりしたのを覚えている。

No.485 8点 エラリー・クイーンの冒険- エラリイ・クイーン 2009/03/24 20:15
エラリー・クイーンが活躍する短編集。しかし短編ながらもその謎とロジックは全くレベルを下げていない。いやむしろ短編だからこそ一切の無駄を排しており、さらにロジックに磨きが掛かったような印象を受ける。

また短編の中にはそれまでの長編の雛形ともいうべき作品が見られる。
例えば冒頭の「アフリカ旅商人の冒険」では複数の推理合戦というトライアル&エラーの趣向が盛り込んであり、これは国名シリーズでは『ギリシア棺の謎』と同じ趣向である。「一ペニイ黒切手の冒険」では稀覯本の紛失と高額な古切手を巡る切手収集家の事件という設定は『ドルリイ・レーン最後の事件』と『チャイナ・オレンジの謎』を思い浮かべるし、「ひげのある女の冒険」の1つの屋敷の中で展開する遺産相続の軋轢でぎくしゃくする金持ちの子供らの息詰まるような関係、そして突然訪れる火事などは、名作『Yの悲劇』を思わせる。
「見えない恋人の冒険」で出てくる墓掘りシーンは『ギリシア棺の謎』を思い出した。また『フランス白粉の謎』でクイーンが試みた、最後の一行で犯人の名が明かされるという趣向は本作では「チークのたばこ入れの冒険」と「七匹の黒猫の冒険」と2作で使われている。しかし『フランス白粉~』ではこの趣向に無理を感じたが、この2作では短編であるゆえにスピード感があり、引き締まって演出効果が良く出ている。

特に「三人のびっこの男の冒険」、「見えない恋人の冒険」、「チークのたばこ入れの冒険」、「ガラスの丸天井付き時計の冒険」、「七匹の黒猫の冒険」の諸作でみられる不可解な謎、各所に散りばめられた証拠・証言の提示ならびにそれらから解明されるロジックの美しさは実に素晴らしく、これらが収められている後半では出来が尻上がりに良くなっている感じがした。

『シャーロック・ホームズの冒険』はオールタイムベストに必ず選出されるのに、なぜ本作は上がらないのか、実に不思議だ。もっと評価されていい短編集だと声高に云いたい。

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