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Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1631件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.511 8点 罠にかけられた男- ブライアン・フリーマントル 2009/04/21 23:12
いやあ、痛快、痛快。やはりこのシリーズでの筆致は一線を画すほどの躍動感がある。

チャーリー・マフィンの常に人を喰ったような策士ぶりは健在。いや、それどころか組織に属していない分、上司に縛られていないので、むしろ更に狡猾さが増した感がした。特にFBIのテリッリ捕縛作戦にロマノフ王朝切手コレクションがダシに使われることを摑んでからのFBIとのやり取りと、その作戦に一役噛んでいる上院議員コズグローブとのやり取りの面白い事、面白い事。
権力ある者に屈せず、むしろその権力を嵩に横暴を貪る者達を嘲笑するように振舞うチャーリーの姿には、上司-部下の上下関係に逆らえないサラリーマンの、こうでありたいという姿であり、溜飲が下がる気持ちがした。

そして今回、チャーリーの敵役のペンドルベリーも、いやはやなかなか面白い人物である。この男は、FBI版チャーリー・マフィンであり、チャーリー自身も自分と同じ匂いを嗅ぎ取る。
この男の水をも漏らさない計画に穴を開けるのが、このチャーリーというのがまた面白い。丁々発止の頭脳戦は似た者同士の騙し合い合戦そのものであり、これが今回の物語のメインディッシュとしてかなり美味しいものだった。

魅力ある登場人物が増え、どんどんシリーズの世界が広がっていく。今後のシリーズの行く末が非常に愉しみだ。

No.510 8点 黄金をつくる男- ブライアン・フリーマントル 2009/04/20 22:36
フリーマントルの手による経済小説である本書は、従来、彼の得意とするエスピオナージュの手法を存分に取り入れており、主人公である多国籍企業の会長を縦横無尽に世界中を駆け巡らせ、丁々発止の駆け引きをさせる。

昔、某滋養強壮剤のCMコピーに「24時間戦えますか?」というのがあったが、本書の主人公で南アフリカの鉱山会社会長のコリントンは文字通り、24時間戦う会長だ。
不眠不休で世界中を駆け巡り、情報を収集し、状況を好転させる。
このコリントンのあまりのスーパーマンぶりに失笑を禁じえなかったが、その辺はフリーマントル、危ういところで読者との距離感を埋めている。仕事はすごいが、女性と家庭には不器用な男という肖像をきちんと描いており、なかなかである。

作品が書かれたのは80年代初頭とかなり古いが、それでも世界経済の情勢を知る上でもかなりの情報が詰め込まれており、非常に勉強になった。

No.509 5点 ディーケンの戦い- ブライアン・フリーマントル 2009/04/19 20:01
かつて勇名を馳せつつも相次ぐ敗訴で自信喪失中の弁護士ディーケンが武器商人らの取引に巻き込まれ、翻弄されるというお話。
とにかくなんとも救いのない話だ。
本来こういう設定ならば、ディーケンという男の復活をストーリーの軸にするのが定石だが、本作では違う。もうそれこそボロ雑巾のようにこき使われるだけなのだ。
しかも彼の行動原理となっているのは誘拐された妻を救うところにあるが、この妻の成行きも実に意外な方向に展開していく。

こういう小説はシニカルな面白さを求めれば楽しめるのだろうけど、私は爽快感を求めたが故に、悲壮感が最後残ってしまった。

特に最後にはフリーマントルならではといった仕掛けが明らかにされるが、ちょっと出来すぎのような気がして、それもまた十全に楽しめなかった一因となった。

No.508 7点 英雄- ブライアン・フリーマントル 2009/04/19 00:43
ダニーロフ&カウリーシリーズ第2弾。
アメリカで起きたロシア大使館員射殺事件を発端に、再び2人がコンビを組んで米露共同捜査に当る物語。捜査は次第にロシアマフィアとの抗争に巻き込まれていく。

やはり物語の主眼はアメリカ側のカウリーよりもロシア側のダニーロフに割かれており、これがかなり読ませる。
特にロシアマフィアと民警、大使館員らの癒着の有様を読むとロシアの政治が絶望的だという感を強くする。

しかし、全体的に冗漫だと感じた。特にマフィアと繋がっているダニーロフの悪友コソフや上巻で道化師役を割り当てられるメトキンの二人の狂言回しが長すぎる。これもダニーロフの人物像を深めるためのエピソードなのだろうが、なかなか核心に行かず、焦れた。
こういう冗漫さを感じるところが傑作と佳作の壁なのだろう。面白いがその面白さが突き抜けなかったなあ。

No.507 8点 猟鬼- ブライアン・フリーマントル 2009/04/17 22:32
ダニーロフ&カウリーシリーズ第1作目。
アメリカの政治原理とロシアの政治原理が交錯するやり取りは正にフリーマントルの真骨頂なのだが、今回はそれだけでなく、全編に事件解決の手掛かりが周到に散りばめられている、一種本格ミステリの要素も含まれている。
ここにフリーマントルのこのシリーズに賭ける意気込み、並々ならぬ創作意欲の迸りをびしびし感じた。まさに記念すべき新シリーズの幕開けだと云える1作だ。

今回、作者フリーマントルがロシア民警の警官とFBIエージェントを組ませて捜査を行うこの設定を思いついたのは単純に犬猿の仲とも云える相反する両国のミスマッチの妙と、水と油の関係の二国のそれぞれに属する者同士が国の利害を超え、結ばれる友情を描きたかった、それだけではないだろう。
90年代後半に起きたソ連の民主化政策、グラスノスチとペレストロイカという二大ムーヴメントによってもたらされた欧米的生活様式と価値観。それはまた同時に犯罪の欧米化を促す事でもあったのだ。
従って、今まで官吏が独裁的に行う犯罪捜査では解決しえない類いの犯罪も頻発する可能性があり、それを解決すべく東側もアメリカ式の犯罪捜査システムの導入が必要になる。こういった洞察からこの二国間のそれぞれの腕利きが協力し合うという構想が具体化していったに違いない。これこそ、フリーマントルの素晴らしき慧眼だといえる。

しかしそれにも増して物語に深みを与えるのが主人公2人の私生活に落とす翳だ。
英雄足りうる彼らも人並みに失恋し、不倫もするし、家庭内の不和という問題も抱える。それらがビシバシ情感に訴えてくる。

猟奇殺人事件のみならず、ロシア・アメリカ両国の政府に歴然と存在する政治原理のギャップ。そして主人公2人の苦悩など、読み応え抜群の1冊。

No.506 7点 十二の秘密指令- ブライアン・フリーマントル 2009/04/16 22:12
イギリスの対外情報機関「ザ・ファクトリー」に潜入した二重スパイの捕縛をテーマにした12の連作短編集。その内容は二重スパイの誤認、ロシアからの亡命者の話、潜入中の工作員の救出、ロシアへのスパイ派遣、首相のインサイダー取引疑惑事件、世界的経済壊滅事件、ロシア皇帝の末裔の話などヴァラエティに富んでいる。
財政のスペシャリスト、度胸満々のアラビア語を操るエージェント、暗号解読のスペシャリストなど、実に魅力的。こういった微に細に渡ったエージェントの諜報活動を読むのは、非常に胸を躍らさせ、これぞ読書の醍醐味というのを味わった。

ただサプライズのために用意されていたのだろうが、ラストのどんでん返しは余計な設定だった。
こういうところが職人作家のいらぬサービス精神なんだよなぁ。

No.505 5点 屍体配達人- ブライアン・フリーマントル 2009/04/15 19:58
ヨーロッパ各地で起こる連続バラバラ殺人事件を解決すべく、心理分析官クローディーン・カーターを中心に特捜班を作られる。クローディーンは外の敵だけでなく、内部の権力抗争にも巻き込まれる、というのはフリーマントルの定石的物語運び。

率直に云えば、可もなく不可もない作品。
職業作家としてのフリーマントルの職人技で作られた作品という印象が強い。それはこの小説で語られる事象が、ヨーロッパ各地で起こる凄惨な事件と平行して、自殺した夫に関するインサイダー取引疑惑、サングリエのユーロポールにおける自らの優位性を高めるための権謀術数など、色んな要素が絡み合っていることによる。
これがかえって事件への視点がぶれ、散漫な感じを強く受けた。

あと加えて傲岸不遜なクローディーンのキャラクターがどうしても共感を得ず、辟易してしまった。

これらこの小説を彩る内容は小説として非常に贅沢な感じを思わせるが、フリーマントルはこれらについてあまりに職人的すぎ、感銘を受けるには内容が薄いと感じた。

No.504 5点 屍泥棒- ブライアン・フリーマントル 2009/04/14 22:54
EU版FBI、ユーロポールに所属するプロファイラー、クローディーン・カーターの活躍を収めた短編集。
ヴァラエティに富み、しかもヨーロッパ諸国にそれぞれ舞台を変えて展開する物語。
こうやって書くとかなり面白く思えるのだが、さにあらず、正味30ページ前後の短編では、シナリオを読まされているような淡白さでストーリー展開に性急さを感じた。
なぜこのように淡白に感じるかというと、被害者の描写が単なる結果としか報告されないからで、あまりに省略された文章は読者の感情移入を許さないかのようだ。

全12作の中でよかったのはリアルタイムで事件が進行し、タイムリミットが設定された「天国への切符」とイタリアで蔓延する新型麻薬が実はハンガリーの新型麻薬の開発のために、人間を実験動物の代わりにしていたという真相が意外だった「モルモット」ぐらいか。
しかし現在ではほとんど手垢のついた題材で新味がないというのも事実。

No.503 7点 再び消されかけた男- ブライアン・フリーマントル 2009/04/13 23:40
前作『消されかけた男』の続きから物語は始まる。
しかし前作に比べると本作は小粒な印象を受けてしまう。今回は逃亡者としてのチャーリーの緊張感を軸にしてチャーリー抹殺のための英国情報部とCIAの丁々発止のやりとりを描いているのだが、プロットがストーリーに上手く溶け込まず、あざといまでに露見しているきらいがあり、チャーリーが逆転に転じる敵側のミスがあからさま過ぎる。

そして最後の方で退場するある人物は、物語の構成とチャーリーの生き方でそうせざるを得ないというのは解るけれど、ちょっとベタな始末のつけ方だなぁ。

最後に仕掛けるチャーリーの復讐。これがチャーリーという男の恐ろしさを表している。

No.502 9点 消されかけた男- ブライアン・フリーマントル 2009/04/12 19:46
原書が刊行されたのが'77年、訳出されたのが'79年。25年も前の作品である。確かに携帯電話とかインターネットとか無い時代で、ローテクであるのは致し方ないが、この頃の小説はひたすらキャラクターとプロットの妙味で読ませている。つまり作家としての物語を作る技量が高く、本書が放つ輝きはいささかも衰えているとは思えない。

チャーリー・マフィンシリーズの第1作。この第1作を読んで、これがシリーズ物になるのかと正直驚いた。それほどびっくりする結末である。

興味深いのはニュースで報じられる政治ニュースの裏側を垣間見せてくれる事。特に各国首脳の訪問にはかなりパワー・バランスが作用しているのだという事を教えてくれた。本書ではCIAがカレーニン亡命劇に一役買うことが出来なくなりそうになると大統領の各国訪問から英国を外すように働きかけ、情報部へ圧力をかける件はなるほど、こういう駆け引きが裏に隠されているのかと感心した。

No.501 5点 コンチネンタル・オプの事件簿- ダシール・ハメット 2009/04/10 22:06
結局の所、ハードボイルドについて云えば、そのストーリーもしくはプロットの妙もさる事ながら、その纏う雰囲気、文体にのれるかのれないかによる所が大きい。
心情の判らないサム・スペード物に比べれば今回のコンチネンタル・オプ物は主人公の内面に当たる所があり、今までのハメット作品の中ではのれた部類に入るのだが、正直云ってやはり物足りない。
コンチネンタル探偵社がオプを中心にチームワークで事件に当たるのは(私の中で)今までになくフレッシュな感覚があるのだが、その分登場人物が多過ぎて訳判んなくなってしまった。
う~ん。

No.500 7点 僕を殺した女- 北川歩実 2009/04/09 19:55
ある日目覚めると女になっており、しかもその世界は五年後の世界だったというSFとしか思えないこの設定に論理的解明を試みた野心作。

この主人公を取り巻いて色々登場人物が出てくるが、その誰もが色々問題を抱えているというのがちょっと詰め込みすぎと感じた。
ただ謎また謎の展開は全く先は読めないし、リーダビリティーは高い。
だからその分、真相に期待が高まるのだが、確かに十分考えられてはいるが、複雑すぎて爽快感とはほど遠く、論理を読み解くのに勉強しながら読んだという感じ。
実にサスペンスフルな作品だっただけにそれだけが悔やまれる。

No.499 7点 ガラスの鍵- ダシール・ハメット 2009/04/08 22:48
前半、軽妙なリズムで話が流れて、主人公ネド・ボーモンの曲者振りがいかんなく発揮され、かなりの手ごたえを感じた。
特にネドが敵役のシャドの手下達にリンチを受けるシーンは徹底した第三者視点の描写ながら、その執拗な攻撃に身震いを起こしてしまった。
だが後半になると、人物間のドロドロした話となり、いささか辟易してしまった。

名作の名高い本書だが、ちょっとオイラには重かったかな。

No.498 6点 赤い収穫- ダシール・ハメット 2009/04/07 22:32
2組の反目し合うマフィアが支配する街現れたコンティネンタル・オプが、知恵と策謀を風評を利用して、お互いをぶつけ合い、壊滅に導くという、今やギャング映画ならびにこの手の小説においてのストーリーの黄金律とも云えるこのプロットは、本書によって作られました。
従ってかなり歴史的意義は高いが、いかんせんオプという男が何を考えているのかが解らないところに評価が分かれると思う。
これはハメットが三人称叙述に徹しているからだと解ってはいるが、なかなか感情移入できず、よって上のような点数と相成った。
何年後かに再読する必要があるな、これは。

No.497 8点 マルタの鷹- ダシール・ハメット 2009/04/06 21:44
エラリー・クイーンやエルキュール・ポアロ、さらにHM卿が活躍していた時代にサム・スペードのようなリアルな探偵が出てきたことは正に衝撃だったろう。
事件を解決して自らの何かを失う探偵なぞ当時の本格派の探偵にいただろうか?
社会の裏側で生きる者たちに対抗するには探偵それ自身がその手を、その身を汚さなければならない。
己が生きるためにはかつて愛を交わした女でさえも売らなければならない、こんな探偵は存在しなかったはずである。

生きることのつらさと厳しさ、そして卑しさをまざまざと見せ付けた本書は、自身が探偵であったハメットでなければ描き得なかった圧倒的なまでのリアリティがある。
故に本書の軸となる黄金の鷹像の存在が妙に浮いた感じを受けるのである。

マルタの鷹は何かの象徴か?
マルタの鷹は存在したのか?
私にはマルタの鷹が誰もが抱く富の憧れが生み出した歪んだ幻想だと思えてならない。

No.496 7点 フェアウェルの殺人 ハメット短編全集1- ダシール・ハメット 2009/04/05 20:29
玉石混交の短編集といった感じ。
私のお気に入りは「夜の銃声」。二段構えの皮肉な結末に思わずニヤリとさせられた。ヴォリュームも30ページ前後と、引き締まった内容で読みやすい。
かと思えば「新任保安官」のように登場人物が多すぎて収拾がつかない物もあり、一長一短がある。

面白かったのは、一般にハードボイルドと呼ばれるハメット作品もサプライジング・エンディングを踏まえた本格テイストを備えている事。ただ、解決へ至る手掛かりが探偵のみに与えられているアンフェアな所が腑に落ちないが…。

No.495 7点 スペイドという男 ハメット短編全集2- ダシール・ハメット 2009/04/04 22:07
評価のしにくい短編集だ。
平均的な水準の作品ばかりが並んでいると、つまらない印象を受けた1編ないし数編が妙に目立ってしまい、評価を下げるような結果に繋がるし、またつまらない作品が数編あっても傑作と呼べる極上の1編があれば評価は俄然高くなるから困りものだ。そこでこの短編集は、と云えば前者に含まれる。
「殺人助手」という登場人物が乱雑に出てくる1編のつまらなさが頭に残っていてあと一歩という感じ。でも結構好感の持てる作品があるのも確かなのである。
う~ん、難しい。

No.494 5点 影なき男- ダシール・ハメット 2009/04/03 22:29
本書はハメットには珍しくフーダニットをメインとした謎解きのミステリであり、探偵もニックのノラの明るい夫婦が務める軽妙な仕上りになっている。所謂ハメットらしさが一番希薄なのだが、あのハメットがこんなのも書いていたのを知るには絶好の一作ではなかろうか。

No.493 7点 ワイオミングの惨劇- トレヴェニアン 2009/04/02 22:12
トレヴェニアンの遺作である本書は非常に複雑な想いを抱く読後である。
果たして創作メモめいた最後のエピローグは必要だったのだろうか?
ここに至り、今まで語られたストーリーの結構というものが揺るぎを持ち、何とも評し難い思いが渦巻いている。結局、何が語りたかったのだろう、作者は?

感想としては最後の一文に救われる思いがしたが、やはり後味が何とも悪いのである。

No.492 10点 夢果つる街- トレヴェニアン 2009/04/01 19:57
最初の1ページを読んだ時からこの作品は傑作だなと感じた。それも生涯忘れ得ぬほどの…。
外国の小説でこれほど町のイメージがたやすく浮かんだのは、本書が初めてではなかろうか?
それは著者が街の住人を誰一人として疎かにせず、見事に活写したため。
行間から息吹が、匂いが立ち上ってくるが故に、それぞれが皆、確かに生きていた。

明るい未来の見えぬ街“ザ・メイン”はそのまま主人公ラポワントであるといえよう。心臓に爆弾を抱えた彼と、何か不穏な空気を秘めたこの街は、いつそれがカタストロフィを迎えてもおかしくはない。だからラポワントはそれ以上を求めない。彼は彼の流儀で“ザ・メイン”を取り締まる。

十年、いや二十年に一度出るか出ないかの稀に見る傑作だ。

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