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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
アイガー・サンクション
ジョナサン・ヘムロック教授
トレヴェニアン 出版月: 1975年01月 平均: 7.00点 書評数: 3件

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TBS出版会 産学社
1975年01月

河出書房新社
1985年07月

No.3 6点 tider-tiger 2017/10/16 00:25
大学教授のジョナサン・ヘムロックは絵画の蒐集という金のかかる趣味のため、殺しを副業としている。ジョナサンはいつも同じ人物から報復暗殺(サンクション)を専門に請け負っている。今回の依頼は曖昧模糊としたものであった。標的はアイガーの北壁に挑む登山パーティーの中にいるが、名前はまだない。山登りしながら標的をみつけて始末せよと。
そんな依頼ではあったが、どうしても欲しいピサロの絵の購入費用のため、そして、かつて敗れたアイガー北壁に再びチャレンジしたいと、ジョナサンは困難なサンクションに挑む。

トレヴェニアンのデビュー作。面白い面白くないで言えば、面白い。だが、完成度はあまり高くなくて高得点はつけにくい。いかにもデビュー作らしく、自分好みの要素を詰め込み過ぎてまとまりがなくなっている。どうでもいい部分に凝り過ぎていたり、前置きが長くて無駄も多かったり。いくつか例を挙げると、ドラゴン(ジョナサンに指令を出す人物)の造型にやけに力が入っているが、あまり意味がない。ジェマイマのエピソードは格別面白くもなく本当に無駄に思えた(これは好みの問題ですが)。
そして、本作の最大の問題は極めて魅惑的な状況を捻出したもののかなり無理があるところ。
すなわち殺しの現場はアイガー北壁、標的は未知。危険な岸壁に挑みながら、標的を探し、殺さなくてはならない。しかも標的に自分の正体を知られている可能性まである。こんな難易度の高い殺しの依頼を受けますかね。そもそもこの状況で依頼しますかね。
全体の流れ、構成もあまりうまいとは思えない。本作はヘタウマ度が高いと感じる。
つまり、つまらなくはない。筆力はあるし、他にも魅力は多々ある。
経験知識に裏打ちされたリアリティ溢れる描写、登山の準備、特にアイガー登攀シーンが素晴らしい。作者の冷徹な人間観察によるものなのか、作者が変人ゆえなのか、人間を判断したり評価したりするのに独特の視点を持っている。設定盛り過ぎのきらいはあるも癖のある人ばかりで楽しい人物造型、特に庭師が笑える。大したことのない(単純な)プロットを魅力的な場面で盛ってある楽しさ、などなど。
読む人を選ぶところもある作家だと思うし、人によって評価する作品も異なりそうではあるが、小説を書くのは教養人であり趣味人でもあるトレヴェニアンの余技なので、本人が愉しければそれでいいのであります(勝手な想像です、すみません)。いや、ジョナサン・ヘムロックと同じく、高価な絵を買い漁っているので副業が必要だったのかもしれません。
作中、広島、長崎への原爆投下をさりげなく非難しているセリフがあったが、作者は原爆投下後の広島にしばらく滞在していたことがあるそうだ。この日本滞在が後に『シブミ』を書かせる原動力となったのであろう。

No.2 6点 mini 2015/04/03 09:52
既に刊行済かもしれないが予定では今日3日にホーム社からトレヴェニアン「パールストリートのクレイジー女たち」が刊行される、実はこれ作者の最後の長編なのである

さて出版業界にはグループというものが存在するのは皆様も御存じでしょう、ミステリー関係では特に講談社・光文社の”音羽グループ”は有名だ、光文社は講談社の分家みたいな創業で、そう言えば国内ミステリーで同一作品が両社から刊行されているのもある
音羽グループと並んで有名なのが”一ツ橋グループ”で、両グループ名称も本社の所在地の地名に由来するようだ
”一ツ橋グループ”の中心は小学館と集英社である、集英社は元々は小学館のエンタメ部門の分家みたいな創業だったが、今では小学館もエンタメ分野に参入しており本来の分業的な意味は薄れてしまった
少年サンデーと少年ジャンプが同族グループなんですねえ、音羽グループ講談社の少年マガジンと比べてサンデーとジャンプが似てる要素って有りますかね?私はコミック読まないので誰か分かる人教えて下さい

ちょっと話が逸れちゃった、で小学館の分家である集英社からさらに派生したのがホーム社で、私は初めて聞いた社名であるが当然ながら”一ツ橋グループ”に属する
トレヴェニアンの最終長編に他のミステリー常連出版社が食い付かなかったのは内容的にミステリー小説じゃ無いからという理由なのだろうか?

今回刊行されたのが作者最後の長編ならば、初期の出世作が「アイガー・サンクション」で、サンクションというのは諜報世界での隠語で報復抹殺を意味し、主人公は請負契約の殺し屋諜報員である
ただしこれはスパイ小説ではない、当サイトジャンル区分では冒険小説とスパイ小説とは区別しないが、区別するとしたら諜報的要素というのは主人公が単に仕事を引き受ける背景の政治的事情に過ぎず、内容的にはほぼ冒険小説である
意地悪な見方をすれば諜報要素なるものは、主人公が何故アイガー北壁登攀をする羽目になったかの屁理屈に過ぎない感さえある
ところがですねえ、最大の冒険要素である登山場面は終盤の1割程度、前半の1/3が主人公ヘムロック教授が暗殺請負契約を決断するまで、中盤1/3が登山本番への準備段階、後半1/3になってやっとアルプスの地に舞台が移る
いや~、前置きが長いですねえ、て言うか、そもそも「シブミ」でも感じたのだがトレヴェニアンという作家は前触れや準備段階を描く作家なんじゃないかと(笑)、案外とプロットはシンプルで本番場面になったらえっ分量これだけ?みたいな(再笑)
「シブミ」で思い出したがこの「アイガー」でもポップ・カルチャーに対する批判が展開されてます、この作者どこまでポップ・カルチャーが嫌いなんだ、家でもクラシック音楽しか聴かないのだろうか

ところでちょっとアイガーについて
よく日本の北アルプス槍ヶ岳が本家マッターホルンに例えられるが、本家アルプス3大北壁の後2つグランドジョラスとアイガーは日本だとどこに相当するのか?
グランドジョラスはその鋸の歯のような山容と日本百名山中での登頂の困難さから言って同じ北アルプスの劒岳が妥当か
ではアイガーは?、アイガーは他の2座に比較して全体の山塊の姿形自体はあまり凄そうに見えないのに北壁だけが突出して切り立っているという特徴はそうだな、南アルプスの最高峰である北岳バットレスあたりでしょうかね

No.1 9点 Tetchy 2009/03/29 19:40
優れた登山家にして大学教授、美術鑑定家という肩書きを持つジョナサン・ヘムロック教授はなんとフリーの殺し屋でもあるという、マンガの主人公のような設定ですが、トレヴェニアンの精緻な描写がそれに現実味を持たせて、読者の目を離させない。
彼が殺しを依頼されるCII、過去のエピソード、アイガー北壁登攀に臨む準備などが非常に詳細かつ緻密に書かれて、ジョナサンのプロフェッショナルさを際立たせる。
登山チームの中に裏切り者がいるという状況はなかなかに新鮮。なぜならば極寒の地の登山は、チームワークこそ大事で、1人の命の損失はそのまま自らの死をも招き寄せるからだ。そんな中で裏切り者を見つけ出し、暗殺を履行しなければならないというジョナサンの精神力のタフさに畏れ入る。それを印象付けさせているのはトレヴェニアンの重厚な筆力に他ならない。

クリント・イーストウッド主演で映画化もされたぐらいに有名な作品だが、私が手に入れた15年くらい前の当時でさえ入手困難だった。
これほどに面白いのに非常に勿体無いと思う。。


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トレヴェニアン
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