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ROM大臣さん
平均点: 6.07点 書評数: 149件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.49 6点 わたしを離さないで- カズオ・イシグロ 2021/12/06 15:50
主人公はキャシー・Hと紹介される三十過ぎの女性。彼女は、ヘールシャルムという田舎の寄宿舎で、同じ時間を共有した仲間たちとの過去を回想する。寄宿舎は世間と隔絶されていたものの、親友のルースや男友達のトミーなどと過ごした日々は、懐かしい想い出に溢れていた。
彼らは、なぜそんな場所にいたのか。それがこの小説のひとつの大きな謎である。その謎が明らかにされていく過程が、大きな魅力だろうが、決してロジカルな推理があるわけではなく、淡々と語られていくキャシー・Hの一人称があるだけである。
静謐ではあるが謎をはらんだ展開の中、巧妙な語り口のうちに、種明かしを少しずつ織り込んでいく。そして、次第に物語は異形ともいうべきその恐るべき全体像を現していく。
科学の進歩を視野に入れて、この世に生を享けることの真の意味や、生命の尊さといったものを改めて問う文学作品であることは間違いない。

No.48 8点 ビロードの悪魔- ジョン・ディクスン・カー 2021/12/06 15:36
現代人が過去にタイム・スリップする場合、問題になるのはその当時の人間に、いかにしてなりすますかだが、本書では当時の風習に詳しい学者を主人公にすることでこの問題をクリアしている。
次々と繰り出される謎、美女たちとのラブ・ロマンス、国王打倒の陰謀を企むグリーン・リボン党を敵に廻しての手に汗握る大活劇、そして主人公を襲う絶体絶命の窮地と、絢爛を極める物語に目を奪われるが、幻想的な設定を前提とした真相の意外性と、伏線の張り方の巧みさにも感嘆させられる。歴史伝奇小説と本格ミステリのツボを知り尽くしているカーならではの試みといえる。

No.47 5点 ストレンジャーズ- ディーン・クーンツ 2021/12/06 15:23
ストーリーがどういう方向に進むのか、すぐには予想もつかないクーンツ得意の手法で冒頭から惹きつけられる。新進作家が、美しい女医が、退役軍人が、いたいけな少女が...と全米各地で、ある日突然、理由のわからぬ恐怖に脅かされる事態が続出する。彼らの記憶には欠落した一期間があり、皆が皆、その時何か途方もない恐怖に見舞われたらしいのだ。
多彩で個性的な顔ぶれが、孤立した状況を脱し、互いに連絡を取り合って「事件」の起きた現場へ集結するという胸躍らせる展開といい、それぞれのキャラクターにまつわるサイド・ストーリーの魅力といい、本書の前半は文句なく面白い。
しかしながら、得体の知れぬ恐怖の実態が明らかになってからの後半の展開は、前半で膨らんだ期待が大きかっただけに、少々凡庸な印象は免れない。

No.46 7点 僧正殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2021/12/06 15:07
本格ミステリのスタイルで描かれているにもかかわらず、冒頭から大詰めまで悪夢のような不条理さに覆われた異色編である。
童謡殺人の不気味さは言うに及ばず、ほとんどの登場人物が理論物理学や数学やチェスといった抽象的思考に溺れ、自分だけの内面世界に立て籠もっているのも異様である。そして。宇宙的スケールの概念に憑かれた犯人の誇大妄想的な思考径路を、持てる知識のありったけを駆使して追体験しようとする探偵ヴァンスもまた、善悪を超越し、法を勝手に捻じ曲げて憚らない点では、犯人と同じと言えるのではないか。透徹した理由と知性が、その極点において狂気へと転化する恐ろしい逆説を描いており、超自然的な要素は皆無であるにもかかわらず、優れた幻想小説・恐怖小説としての禍々しい存在感を放っている。

No.45 8点 猫たちの聖夜- アキフ・ピリンチ 2021/12/06 14:53
頼りにならない飼い主グスタフとともに古いアパートに引っ越してきた雄猫のぼく(フランシス)は、無残な猫の死体を発見する。どうやら猫殺しはこれで四件目らしい。コンピューターを自在に操れる長老猫パスカルら、近所の猫たちの手助けを借りて真犯人を突き止めようとしたぼくは、やがてひとりのマッド・サイエンティストの手記を発見する。
この物語は猫の世界で展開され、直接姿を見せる人間はグスタフただひとりである。しかし、ここで描かれる猫の世界は、そのまま人間の縮図でもある。エゴイズム、生命の尊厳への冒涜、狂言、不条理な運命に翻弄されるなど。
そんな暗澹たる世界観で覆われつつ、物語がユーモアを漂わせているのは、利口で生意気、かつ哲学的思索癖を持つ主人公フランシスのキャラクター造形の故である。また、猫の世界だからこそ成立する動機の設定も秀逸で、異世界パズラーとして極めて高度な達成を示した作品といえる。

No.44 5点 黒い薔薇- フィリップ・マーゴリン 2021/11/16 15:17
ポーランドの女性弁護士ベッツィ・タネンバウムイは虐げられた女性たちの味方だ。法廷で弱い立場の女性を弁護し、数多い勝訴で名声を得ていた。そんなある日、建設会社の社長マーティン・ダライアスが訪問してきた。彼女の年収に見合う額で彼女を法律顧問に迎えたいというのだ。その頃ポーランドでは三人の名士の妻が相次いで姿を消していた。その失踪現場には黒い薔薇と「去れど忘れず」という書き置きが残されていた。
惨殺死体の描写は巧みだが証拠湮滅の方法の記載はなく、重要人物の登場もいささか突飛だ。おとり捜査の手のうちも早すぎる時点で示してしまうので、犯人捜しの楽しみも半減。またフェミニストの女性弁護士ベッツィが自分の主義と依頼された仕事のギャップに悩むところも画一的だ。

No.43 6点 異端の徒弟- エリス・ピーターズ 2021/11/16 15:04
七年もの歳月かけて聖地巡礼を果たし、主人の亡骸を抱え故郷へ戻ってきた青年。しかも皮肉なことにその帰郷こそが、すべての事件を引き起こすことになる。狂信的なジェルベールと副院長のロバートに、小悪党といった感じのオルドウィンとコナン。それとは対照的なカドフェルと院長のラドルファス、純朴なイレーヴとフォチュナータという構図がぴったりと決まっている。
また殺人事件を中心に、イレーヴとフォチュナータの恋の行方、宗教論議、そして聖地から持ち帰られた箱の謎などを絡めながら描くことにより、シリーズとしての水準を維持し、カドフェルたちが生きた時代の雰囲気を満喫できる作品に仕上がっている。

No.42 5点 重要証人- スティーヴ・マルティニ 2021/11/16 14:52
主人公は前作「情況証拠」と同じく弁護士のマドリアニであるが、今回は趣向を変えて、検事役を務める羽目になった彼の活躍が描かれている。
筆力は十分で、裁判と並行して新たな事実が次々と明るみに出ていく辺りは読みごたえがある。結末に意外性を持たせることも忘れていないし、元弁護士の作者らしく、検事局内の、あるいは弁護士や判事との駆け引きを批判的な視点で描いていて、そのことが法廷場面を盛り上げ、迫真性を生み出す役目を果たしてもいる。
しかし、それもいささか過剰気味に感じる。しかも生彩を欠く登場人物たちに、猟奇的な殺人、妻との不和に悩む主人公たちといったありきたりな要素が続くので、安心して読めるが刺激に乏しいと感じざるを得ない。

No.41 5点 スティンガー- ロバート・R・マキャモン 2021/11/16 14:41
テキサスの寂れた田舎町に不時着した善玉異星生物が、少女の肉体を借りて、住民たちと共に残忍、非道な追手のエイリアンに立ち向かう物語。
多彩な登場人物たちの人間ドラマを的確に描き分けながら、ひと昔前のおおらかなSF活劇を彷彿とさせるクライマックスまで着々と盛り上げてゆく腕前はかなりのものだし、昔懐かしい映画の名場面を散りばめたパスティーシュという作者の創作意図も見事に成功しているといえる。
もっともそれだけに、もうひとつオリジナリティに乏しい憾みはあるのだが。

No.40 7点 幻の終わり- キース・ピータースン 2021/11/16 14:30
語り口が上手いと思っている作家の一人。
もちろん、ピータースンが素晴らしいのは文体だけではない。人物の造形の巧みさにも、目を見張るものがある。ことにウェルズの同僚で彼に密かな恋心を抱くランシングの造形は出色。
もうひとつ、充分に練られたプロットの妙も忘れるわけにはいかない。過去と現在が幾重にも交錯し、意外な結末に向けて見事に収斂していく様は、確かな構成力を感じさせる。

No.39 5点 珍獣遊園地- カール・ハイアセン 2021/10/25 14:51
ノース・キー・ラーゴの遊園地では絶滅寸前の様々な野生動物を保護している。これはすべてにわたってディズニー・ワールドを意識してつくられた施設だったが、ウォルト・ディズニーが絶滅寸前のウスグロの育成計画で大変な宣伝効果を上げたように、動物保護を宣伝に利用しようという魂胆があったのである。
それぞれに目的を持った人々が動き回り、次々と奇妙な出来事が起こる。ユーモラスかつ巧妙なプロットはリズムよく展開し、各人の後日談を並べたエピローグに至るまで弛むことがない。やや長めではあるが、そんなことを忘れさせるだけの面白さを備えたミステリ・コメディである。

No.38 9点 火刑法廷- ジョン・ディクスン・カー 2021/10/25 14:39
二つの消失事件だけでも不可能興味満点なのに、十七世紀の毒殺魔が転生を繰り返しているのではないかという怪異現象まで絡めて、出口のない恐怖の迷宮へと追い込んでゆく構想は、純粋にホラーとして読んでも怖い。無論そこはカーのこと練りに練った謎解きは、不可能犯罪の巨匠の名に恥じない水準を示している。
意外な犯人が暴かれ、途轍もないショッキングな結末によって幕が下りた後、エピローグにおいて物語は再びホラーへと鮮やかに反転する。二つの結末のいずれもが互いに矛盾することなく成立するよう、細心の注意を払って伏線が張り巡らされている。本格ミステリとしてもオカルト小説としても超一流の傑作。

No.37 7点 渦まく谺- リチャード・マシスン 2021/10/25 14:28
予知能力、テレパシー、そして幻視と主人公が獲得した能力が多彩すぎる気もするが、むしろ異常な能力を得た彼が陥る孤独、地獄の描写にこそ読みどころがある。自分の能力をだれにも信じてもらえないのではという不安、妻が自分を狂人だと思い込んでいるのではという疑惑、自分がよく知っている人間の死を予知してしまうやるせなさが、読者を地獄めぐりに巻き込んでいく。
黒衣の女の正体をめぐる謎解きにはミステリ的な仕掛けが用意されており、ミステリファン、超常ホラー派、サイコ派のいずれもが楽しめるつくりになっている。

No.36 8点 ずっとお城で暮らしてる- シャーリイ・ジャクスン 2021/10/05 14:50
忌まわしい大量毒殺事件の起こった屋敷に隠れ棲む、生き残りの美人姉妹。好奇と嫌悪をこめて姉妹を白眼視する町の人々。財産目当てに屋敷に乗り込む青年。大好きな姉を迫害の手から守ろうと孤軍奮闘する主人公メリキャット。
本書はいわば、ひとつの屋敷とその住人が「魔のもの」と化してゆく過程を克明に綴った稀有なる物語であるのだが、陰惨な設定とは裏腹に、その語り口は不思議なほど晴朗で、それゆえにまた、背後にわだかまる狂気の底深さを実感させもする。

No.35 8点 夏への扉- ロバート・A・ハインライン 2021/10/05 14:38
SF小説に馴染みのない人にとっては、冷凍睡眠に時間旅行というキーワードだけで、尻込みしてしまうのではないだろうか。でもこの作品は、巧妙なSFの舞台装置以上に、主人公ダンの生き方が魅力的なので大丈夫。
親友と恋人に裏切られ、未来世界に放り出されたダン。新しい仕事を見つけ、進歩した技術に心踊らされ、復讐に心を割く暇もありません。手酷く騙されてもまた人を信頼し、身ひとつで放り出されても好奇心を持って順応する。ダンの前向きさと、作中にあふれる新しい時代への希望が爽やかな余韻を残す。

No.34 7点 ニューヨーク・デッド- スチュアート・ウッズ 2021/10/05 14:27
ニューヨーク市警刑事ストーン・バリントンがイーストサイドを歩いていると、いきなり空中から女が落ちてきた。二番街のペントハウスから落下したらしいと察したストーンは、大急ぎで階段を駆け上がり怪しげな人影を目撃するが取り逃してしまう。
住民の息遣いまでも感じさせるような都市描写、会話の面白さ、発端の奇抜さ、中盤の展開、ラストの鮮やかな幕切れなど、どれをとっても一級品で、さすがに名手ウッズだと納得させられる。ニューヨークを知り尽くした作者が巧みな表現力を生かした都市ミステリとして高い評価を得るに値する作品といえるだろう。

No.33 7点 長い日曜日- セバスチアン・ジャプリゾ 2021/10/05 14:15
悲劇的な物語を描きながらも、かつてのような息の詰まるような綿密さはなく、どちらかといえば牧歌的な雰囲気の中、物語は淡々と進んでいく。とはいっても、五人の男をめぐった書簡や独白を通して、数奇な運命を辿ることになった彼らの人生が巧みに浮き彫りにされているため、十分に読み応えがある。他にも、映画と関わりの深いジャプリゾらしく、視覚に訴えるような場面が少なくなく、それが作品に厚みを与えている。作家としての余裕や円熟味を感じさせ、ファンの期待に応えてくれる佳作といえるだろう。

No.32 4点 嵐の眼- ジャック・ヒギンズ 2021/10/05 14:04
昔の仲間が敵味方に分かれ、知力と死力を尽くして相手の計画を読み取り、先手を打とうとする。早いテンポで次々と事件が発生していく冒険小説。
巧みな職人芸を発揮し、それなりの面白さはあるが、登場人物が善悪ともあまりにも類型的であり、既成のパターンの繰り返しで新味に乏しい。現英首相暗殺計画にしては緻密さに欠け、劇画的荒っぽさが目に付く。結末は続編狙いの意図がみえみえなのはいただけない。

No.31 4点 虎の首- ポール・アルテ 2021/09/17 14:32
スーツケースにバラバラ死体を詰めて放置する殺人事件とある村で謎めいた盗難事件騒ぎが続発している事件。この二つの事件をどう結び付けていくかという風に読ませてきて、それがミスディレクションになっているのが巧妙。
気に入らない点は、ロンドンで最初に起きた密室。あれは必要ない。少なくとも密室という現象を起こす必要性が全くない。

No.30 8点 緋色の記憶- トマス・H・クック 2021/09/17 14:23
父親が校長を務めるチャタム校の生徒ヘンリー。彼の人生は、チャタム校に美しい女性教師が着任してから、徐々に変わり始める。
物語がどのような方向にいくのかまだわからない序盤から、被告席に立たされるミス・チャニングを回想するシーンなどが挟まれ、やがて起こるであろう悲劇に向けていやが上にも緊張が高まっていく。ところどころに挿入される思わせぶりな描写やセリフは物語終盤に一気に恐ろしい意味を持つようになる。そして最後の最後に、あまりにも冷たく恐ろしく切ない強烈な一撃が待っている。

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