皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
弾十六さん |
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平均点: 6.13点 | 書評数: 459件 |
No.139 | 5点 | 夜歩く- ジョン・ディクスン・カー | 2019/06/02 11:53 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
バンコラン第1作。1930年出版。創元文庫の新訳(2013)で読みました。新訳はセリフの感覚がちょっと… 持っていないので比べてませんが、多分私は創元旧版(井上 一夫)と合いそうな予感。 もちろん40年ほど前に早川文庫で読んでいますが、あらゆる場面が新鮮でした。 どうやらHarper初版はSealed Mysteryシリーズとして出版されたようで、初版は第13章以降が封印されています。(袋とじを破らなかったら返金するやつ) シリーズの他の作品がダストカバー(Webに写真あり)に載ってるのですがどれも知らない作家(Austen Allen, Mary Plum, Milton Propper, Lynn Brock)の知らない作品。 不可能状況の説明に手間取ってるのが残念。インパクトが弱まっています。それに不気味さを盛り上げるのが下手です。まーいつものオカルトの扱いが雑なJDCですね。大ネタはうっすらと記憶に残っていて驚けませんでした。そして、せっかくのダブル美女なのに書き分け出来てません。世紀末風の耽美溢れる(ちょいエロ風味の)ネタはとても良いのですが充分生かせてないんです。一番生き生きと描けているキャラはゴルトンかなあ。 もとになった中篇グランギニョール(初出: 学生誌Haverfordian 1929年3〜4月号)も読んでみたいと思いました。 ところで今更気づいたのですが、黄金時代の作品群は、探偵小説を読みすぎた者のためのメタ探偵小説なんですね。探偵小説趣味が蔓延していることが前提になっています。「小説みたいな事件が起こった」という小説です。 以下、トリビア。原文が入手出来ていないので調べは行き届いていません。 作中時間は1927年4月23日から始まる事件(p13)と明記。 現在価値への換算はフランス消費者物価指数基準1927/2019で417.81倍、417.81旧フラン=0.64ユーロで計算。 p66 ポオいうところの「対戦相手の力量を図る」: The Purloined Letter ”And the identification,” I said, “of the reasoner's intellect with that of his opponent.” p66『不思議の国のアリス』: 作者の好み全開です。あまり筋に絡まないのが残念。 p106 “春の犬や冬を狩りたて(…)”: 英語の詩らしい。教養がないので知らず。(訳注なしは常識だよね、ということか) 直前にボードレール『悪の華』が言及されている。 p108「消えておしまい、いやなしみ!(…)」: ここも訳注なし。マクベスだと思いますが… p125 ワインの正しい区別: なんか怒って主張しています。にわかワイン通って嫌ですねえ。 p136 故ルーズヴェルト氏: 勇敢な狩猟家として有名な… セオドア ローズベルト大統領(1919没)のことですね。(私は清水俊二派です) p138 二千フラン札: 現在価値15万5千円。Standard Catalog of World Paper Moneyで調べましたが、1930年に流通してる最高額面は1000フラン札のようです。過去に2000フラン札は発行されたことがない?5000フラン札は直近では1918年に発行されていますが… p140 雨が降るよ(…): Il pleut, il pleut bergere/Rentre tes blancs moutons フランス民謡。 p141 愛しマドロンよ(…): Quand Madelon vient nous servir à boire 作詞Louis Bousquet、作曲Camille Robert。コメディアンBach (Charles-Joseph Pasquier)が1914-3-19にcafé-concert l'Eldoradoで歌ったのが最初。(wiki) p165『コレラ讃』を引用(…)“先に逝く者へ手向け… あとに続く死者へ万歳!”: 調べていませんが、なんかあるのでしょう。 p165 グラスをこなごなに: ロシア流の乾杯作法ですが、先生が出してくれたグラスでやってるんですよ。いいんでしょうか。 p173 ガストン ルルーの小説を読んだんだな!: 警察の科学捜査をなめるな、とバンコランは言うのですが、後年JDCは結構、警察の無能に寄りかかった小説を書いてます… p174 アメリカでは密告と拷問: 比べてフランスでは科学捜査が… と言うバンコラン。このフランス警察優位説はどこらへんから来てるのだろう。 p180 いきなり客席に向き直って: 作中人物が直接読者に呼びかけるネタの胚芽がここにあった! p183 探偵: 語り手のジェフ マールは「自分が探偵だ」と言う。えっ?どう言う意味? p184 サックス ローマー: プレッツェル蛇のネタ。どこか別なところでも読んだ気がする… p184 エルクス慈善組織: Benevolent and Protective Order of Elksですね。私はクール&ラムで知りました。 p202 五百フラン: 緊急時の医者への謝礼。現在価値15500円。 p204 バルベー ドールヴィイの「虎の血と蜜」: Jules Barbey d'Aurevilly、作品名ではなく引用句か。 p208 ジョン ゴールズワージー: 有名作家John Galsworthy(1867-1933)のこと?バンコランの友人にされている。 p209 ユージーン オニール: 確かオニールの劇が上演されなかったシーズンにおきた(小説上の)事件がありましたよね… p212 門番(コンシエルジュ)族特有の棒読みのきんきん声: コンシエルジュはすっかり日本語になった感じです。でもこのような印象は無かったなあ。 p224 サタデー イヴニング ポストの挿絵画家ブラウン: Arthur William Brown(1881-1966) 1903-1941までポスト紙に掲載記録あり。(FictionMags Index) p280 オーケストラが“ハレルヤ”の最終音符をばんと打つ: ミュージカルHit the Deck!(1927)の挿入歌Hallelujah(作曲Youmans、作詞Robin+Grey)のことだと思います。もちろんハレルヤの歌詞を持つ曲は沢山ありますが… ところでこの作品にはジャズオーケストラの演奏がバックグラウンドに騒がしく流れてるのですが、曲調はルイ アームストロング初期(Hot Five&Hot Seven)のやつをイメージすれば良いと思います。エリントンやベイシーはまだ先ですから… Billy Cotton楽団やRay Ventura楽団が年代的にはぴったりかな。 最後の文章は意味がちょっとわかりません。(いや大体わかるんですが、折角のキメ文句なのにスパッとしてない感じを受けたんです) 早川文庫(文村潤)の方は多分誤訳。原文はどうなってるのかな。 |
No.138 | 7点 | ケンネル殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン | 2019/05/27 01:25 |
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初出Cosmopolitan 1932年11月〜1933年2月号(4回分載, 挿絵E.M. Jackson) 単行本1933年出版。創元文庫(初版1960年2月)で読みました。
冒頭からの流れが良く、強烈な謎の提示、展開もスムーズで小ネタも充実。本格探偵小説の王道、どっしり構えた横綱相撲です。解決篇も(不満は多いにあるでしょうが)わたし的には充分な出来。皆さんの評価が高いのも納得です。スケール感が小さく、ちょっとまとまりすぎなのが不満ですがヴァンダイン最高傑作ですね。 読む前には、不況に突入したので貴族的なヴァンスに可愛い属性(犬を前にしたらデレる)を読者サービスとして提供したのかな?と想像してました。でも結局、事件とケンネル、ほとんど関係ないじゃん。 初出のコスモポリタン1932年11月号(Cosmopolitan v093 n11)と1933年1月号(v094 n01)は無料で公開(イラストや広告も全部!)されています。映画も『ケンネル』だけは入手しやすいですね。(映画の感想は最後に) さてトリビアです。 事件は『スカラベ』の三カ月後、1923年10月11日(木)に発生。 銃はrevolver、38口径でアイボリーグリップのようです。引き金に彫り(trigger incised)入り。メーカー等不明。 p33 メフィスト型のスリッパ(Mephisto slippers): 調べつかず。 p50 私の葬式じゃないもんでね(It ain’t my funeral): 私の責任ではない、という意味。 p78 このチャンコロの部屋(this joss-house):「中国寺院」の意味で、蔑称では無いようです。p136以下、ヒース部長が使う「チャンコロ」はChinkで、これは侮蔑語。 p114 黄色新聞はなんといってたっけ—このネタ(this—what do the yellow journals call it?—probe): probeは調査、探索という意味。黄色新聞でよく使われる表現? p149 賢いというのは、われわれの国民的欠陥です(Cleverness is our national curse): ヴァンスの発言。cleverはwiseと比べると、表面的な頭の良さ,巧妙さを強調する語とのこと。 p149 英国人となると、賢さも深さもありません(England, however, has neither cleverness nor profundity): イタリア人の発言。 p227 ガボリオ、ポーからコナン ドイル、オースチン フリーマンにいたる(from Gaboriau and Poe to A. Conan Doyle and Austin Freeman): 探偵小説の代表 p228 エドガー ウォーレスの≪新しいピンの手がかり≫(‘The Clue of the New Pin,’ by Edgar Wallace): 1923年出版。 さて映画を観ましたが、快調な演出ですが、あんまり驚けない内容。探偵ものは難しいですね。revolver と言ってるのに出てくるのはautomatic拳銃だし。(もしかしてhand gunの意味でrevolverを使うことがあったのか?) |
No.137 | 5点 | 四つの署名- アーサー・コナン・ドイル | 2019/05/25 08:19 |
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初出Lippincott’s Monthly Magazine 1890年2月号(英国版&米国版、挿絵Herbert Denman, 1枚だけ) 単行本Spencer Blackett 1891年10月出版(挿絵Charles Kerr, 1枚だけ) 河出の単行本全集2(1998)で読みました。Christopher Rodenによる注釈167項目と解説文付き。河出全集は、挿絵が充実しており、本書には前述のDenmanとKerrそれぞれ1点ずつと1903年4月刊行George Newnes社イラストレイテッド版単行本のF.H. Townsend8点を収録。小林&東山コンビの訳は穏当ですが、延原さんのリズム感に欠けてます。
物語はホームズとワトスンの有名な会話から。導入部として素晴らしい出来栄え。モースタン嬢の描写は足りない感じ。すでに男がいるのかいないのかを全然気にしていないのが変ですね。貧乏ワトスンのやきもき感だけは伝わってきますが… (執筆時のドイルも貧乏医師で駆け出し作家) 恋愛要素は展開が単調。冒険要素も結構あっさり目。過去の因縁話はもっと長かったような記憶があったのですが、前作の轍を踏んでいないところを見ると『緋色』の2部構成は作者としても失敗だったと思ってたのかも。 トリヴィアは今までさんざん全世界のシャーロッキアンがやってる事なので、今回も手を抜いて、あえてほとんど調べず、気になった項目だけを記しておきます。 事件は1888年9月の出来事と明記。『緋色』事件から7年もの年月が経過してるなんて意外です。前作との時間の隔たりはほとんど無い感じ。作者のつもりでもそーゆー設定だと思います。以下の現在価値の換算は、英国消費者物価指数基準1888/2019で128.90倍、1ポンドの現在価値18047円で計算。 銃は、ホームズが引き出しから取り出す「拳銃」(p31, took his revolver from his drawer)とワトスンの机にある「昔の軍用拳銃」(p119, I have my old service-revolver in my desk)が登場。いずれの拳銃もこれ以上の具体的描写がないのでメーカーや種類の特定が難しいのですが(ワトスンの銃については『緋色』で考察したので、そちらを参照願います) 一つ気になったところがあります。ホームズが犯人追跡中、今後の用心のため銃に弾丸を装填するのですが、たった2発しか込めないのです。(p89, He took out his revolver as he spoke, having loaded two of the chambers, he put it back into the right-hand pocket of his jacket.) 以下、妄想してみました。 <仮説1: 実はデリンジャー?> すぐに思いつくのは2発しか込められないタイプの拳銃。最も有名なのはレミントン ダブル デリンジャー モデル95(1866) ポケットに余裕で収まるミニ拳銃。でも回転式弾倉ではないのでrevolverとは言いません。(実はどー読んでも銃はレミントン ダブルなのにJ.D. カーがrevolverと書いた例(『魔女の隠れ家』)あり) <仮説2: two shot revolverというのがある?> ネットで調べると畜殺用にリボルバーを改造して2発しか込められない拳銃を称してtwo shotと言うようです。英国の銃規制が原因らしい。でもホームズ当時の銃規制はまだ厳しくなかったし、わざわざ屠畜用の不便な拳銃を持って行く必要性もない。(屠畜のイメージで相手が獣という暗示?) <仮説3: one shot, one kill主義だった> 相手が2人なら2発で充分。無駄弾不要。 <仮説4: 弾を2つしか持っていなかった> まーこんな理由なんでしょうね。当日は危険な任務をあまり予想してなかったと思われます。弾丸を込める前、ワトスンに銃持ってきてない?と聞いてるのは、僕のほうは2発しか無いんだよ…という不安からなのかも。 p15 フランスの探偵界: フランス優位の時代です。 p20 五十ギニーもする高価な時計: 現在価値95万円。(小林&東山による河出の注では「現在の約63万円」) p25 一束6ペンスの封筒(Envelopes at sixpence a packet): 高級品と思われる。現在価値451円。(河出の注では「現在の約600円」上記の換算と明らかに矛盾。50ギニー=50×21シリング=50×21×12ペンス=2100×6ペンス) p26 左から三番目の柱: なぜ三番目の柱?と思った人は関矢みっちょんさん主催の主催のホームズサイトshworld.fan.coocan.jpへ。 p27 Au revoir: モースタン嬢が返事をするのですが、なぜかフランス語です。実は、翻訳からは読み取ることが出来ませんが、先にホームズがAu revoirと言ったのを返しただけです。 p29 しがない退役軍医: 原文an army surgeon。「退役」は余計な読み込みだと思いました。延原訳でも「一介の退役軍医」 p71『小才のきく愚か者ほど、始末に悪い愚か者はない』: 無能な働き者、のヴァリエーションですね。by ラロシュフコー『箴言』451番(河出の注) 原文フランス語。ジョウンズ君本人にはわからないように外国語で言ってる? p71 あなたがこれから言うことは、すべて、あなたに不利な証拠として用いられることがあります: ミランダの原初形。この習慣はいつ頃からなのか。 p73 いま1時だ。元気な馬に交換できれば、3時までには戻れるだろう(It is one now. I ought to be back before three, if I can get a fresh horse): 夜中なので、見つからない懸念があっての発言か。「交換」は読み込みすぎのように感じる。延原訳では「馬の元気な辻馬車さえ見あたったら」ググるとUpper NorwoodからLower Camberwellまで約7km、徒歩で1時間半程度。 p76 退職年金を受けている軍医(a half-pay surgeon): ヴィクトリア朝Royal NavyのStaff Surgeonの年収が383〜438ポンドというネット情報あり。『緋色』でワトスンの手当は日額11シリング6ペンス(年額で209ポンド17シリング6ペンス、現在価値379万円)とあるので、確かに半額です。でもStaff Surgeonは当時のワトスンの身分と同等なのか。 p82 マーティニ銃弾を相手にする(I would sooner face a Martini bullet):.577/450 Martini-Henry弾、英国陸軍の制定銃Martini-Henry(1871-1918)の弾丸です。日本の銃世界では「マルティニ・ヘンリー」という表記が一般的。延原訳「マルティニ銃で狙われる」 p89 角のパブは、店を開けたばかりで(…)朝の一杯をひっかけ: 朝の四時くらいの情景。当時はこんなに早くからオープンしてたのですね。 p93 一シリングほしい: 子供へのお駄賃。現在価値902円。結局ホームズは子供に2シリング渡しています。河出の注では「現在の約1200円に相当」p25の換算とは整合。 p100 三ボッブとタナー(three bob and a tanner): 3シリング6ペンスのこと(河出の注) p100 次からは: 『緋色』でも同じことをウィギンズに注意してましたが… p100 見つけたものには、さらに1ギニーあげよう。これが1日分の前払いだ…[全員に1シリング渡す]: 成功報酬1ギニー(現在価値約1万9千円)は高額ですね… p105 半ソブリン金貨: 10シリング(現在価値9024円)相当。トビーの貸し賃。当時の半ソブリン金貨は純金、ヴィクトリア女王のJubilee Head(1887年から)、4g、直径19mm。 p110 謝礼5ポンド: 行方不明者の情報に対する謝礼。現在価値9万円。 p116 名優だ(…)週に10ポンドは稼げそう: 年収で現在価値938万円。千両役者という決まり文句なのか。 p116 このワトスンが、わたしのかかわった事件のうちいくつかを発表(our friend here took to publishing some of my cases): 初版からこの表現?であればsome of my casesが気になりますが… p137 二、三十万ポンド(…)年金にすれば1万ポンド(will have a couple of hundred thousand [...] An annuity of ten thousand pounds): 普通に運用すれば年収1万ポンド(現在価値1億8千万)は固い、ということなのでしょう。 p140 テナー(a tenner): 警官が貰えると思っていた謝礼。 p143 女王陛下の1シリングのお手当を頂く(taking the queen’s shilling): 陸軍に入隊するの意。(河出の注) p151 モイドール金貨(gold moidores): ポルトガル金貨(moeda d’ouro)のこと。イングランド西部やアイルランドでも結構流通していたという。英国では27シリング(現在価値24363円)相当。(本来はdouble moidoresの換算価値) ドイルはこの中篇1作でリピンコット誌から100ポンドを得ました。(前回と違い版権は作者が保持。地方紙でも1890年だけで3紙が連載しており他の出版と合わせると結構な収入になったものと思われます) ストランド誌の最初のホームズもの6短篇の原稿料は1作あたり約30ポンド、続く6作では1作50ポンド。そしてホームズを殺したいドイルが12作1000ポンド(1作あたり83ポンド)をふっかけたにもかかわらずストランド誌は申し出を受け、物語は続いて行くことに… |
No.136 | 6点 | 緋色の研究- アーサー・コナン・ドイル | 2019/05/19 22:02 |
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初出Beeton's Christmas Annual(1887年11月刊行、挿絵David Henry Friston)。単行本Ward, Lock & Co. London 1888年7月出版(挿絵Charled Doyle)。新潮文庫(1977年10月15日 39刷)で読みました。河出文庫2014の注釈も参照。やはり延原訳の会話は良いですね。生き生きと自由な感じ。
一気に引き込まれる冒頭からの流れ。変な男と知り合い、その正体が徐々にわかる描写が素晴らしい。どこが「奇怪な事件」なの?はミステリを読みすぎた現代人と当時の読者とのギャップですね。途中、ホームズによる謎の解明が少しずつあり、ワトスン(と読者)を置いてけぼりにしない構成が上手。展開も起伏に富んだカラフルなもの。第2部は、かったるい、という印象。作者の無茶な書きっぷりが興味深いだけです。(読み返すまでずっとこの部分も一人称だと思ってました) やはり第2部が盛り上がらないのが欠点。悪党二人の描きわけも不十分。でも第1部は非常に良く出来ている、とあらためて感心しました。 トリヴィアは今までさんざん全世界のシャーロッキアンがやってる事なので、手を抜いて、あえてほとんど調べず、気になった項目だけを記しておきます。原文は参照してません。一番詳しい注解は河出の単行本(1997, Oxford版1993による注釈約390項目。私は持ってません)ですが文庫(2014)は注をかなり省略(68項目)してるのでご注意。次いでKlinger版2006(注釈約270項目, ガソジーン版299項目?)が良いらしいが翻訳は出てません。 事件発生はベアリンググールド説で1881年3月。以下の現在価値換算は英国消費者物価指数基準1881/2019で120.58倍です。 「緋色」(scarlet)という語は『緋文字』1850と関係あり?読者にそーゆー「オトナ」のイメージを喚起したかったのか? p7 むこう9ヵ月の休暇: この時点でワトスンの兵役は継続中だった?(第1部のサブタイトルで「元陸軍軍医」となっており1887年には除隊していることが明示されています) p7 一日11シリング6ペンスの支給額: 現在価値10058円。一日でこの額なら結構なもの、と思うのですが、毎日ホテル暮らしは無理でしょうね。(ホテル代は1日いくらだったのか) p9 いい部屋(...)半分持ちあって: 当時ルームシェアは普通のこと? p16 強い煙草(...)シップス: 水兵たちの好んだ強い煙草(河出) p16 ブルドッグの仔を飼っている: かんしゃく持ちという意味らしい。 p17 『人類の正しき研究は個人を見ること』: by アレキザンダー ホープ (河出) p27 一対千の賭け: ワトスンらしい無謀なレート p30 ポウのデュパン: S.H.「きわめて精薄な見え(...)驚異的な人物じゃないよ。」 p30 ガボリオウのルコック: S.H.「あわれな不器用ものさ。」 p30 好きな人物をふたりまで: 当時の代表的な探偵は上記の二人。 p36 僕には関係ない(…)解決したってグレグスンやレストレードの功績になる(…)僕は役人じゃない: ホームズの愚痴。名をあげるのに興味は無いはずなのに…と違和感があった場面なのですが、よく考えると諮問探偵「業」です。公的な捜査の手伝いをしても全然儲からないよ、と言うのが裏の意味か。 p43 ばら銭が7ポンド13シリング: 現在価値122476円。 p45 まっ赤な字でただ一語[血で書かれた文字]: 古典的なイメージの場面。最初の例は『聖書』? 類似の有名な犯罪例はあったのか。あとの方で米国に例があったような書きぶりですが… p54 半ソブリン金貨: 1/2ポンド。ヴィクトリア女王のYoung Head、純金、4グラム、直径19mm。現在価値8441円。巡査にとっては割りの良い手間賃。 p56 名刺: 当時の名刺はどんなデザインだったのか。 p56 犬だが狼ではない: 犬は嗅ぎ回るもの、狼は悪い奴。よく使われる言い回しなのかも。 p57 コロンバインの『新流行歌』(Columbine’s New-fangled Banner): “The Star-Spangled Banner" was recognized for official use by the United States Navy in 1889. (wiki) 作詞作曲は古いが正式採用は意外と新しい。 p59 二対一の賭け: ホームズの賭け率は慎重。 p61 音楽についてダーウィンが[主張していること]: 読んでみたいですね。 p64 古い軍用拳銃(my old service revolver): 描写からポケットに入る大きさ?1872-1880の新しい英国陸軍拳銃はJohn Adams (Strand, London), calibre .450 Centre Fire M1872 British Army Mark III。このリボルバーは官給ではなく自費支弁らしいので休暇中でもワトスンが所持していて当然ですね。全長292mm重さ1キロ少々でポッケに入れるには大きめ。ただしoldを文字通り捉えるとBeaumont-Adams Revolver M1856の方が適当か。こちらなら元々442口径パーカッション式だったのを1868年ごろ450口径センターファイア式に改修した奴だと思います。デザイン及びサイズは上と同様。【この項目だけガッチリ調べて記載しました】 p71 ドイツ系(...) 社会主義: テレグラフ紙の記事。革命家と毒殺魔(ブランヴィリエ夫人など)とダーウィンとマルサスが同列に語られる… p73『ばか者に感心する大ばか者は絶ゆることなし』: 何かの引用。 p74 お駄賃1シリングを1人ずつに渡し: 現在価値844円。イレギュラーズへの日当。 p81 ふたりで週14ポンド: 下宿代。現在価値23万6千円。月額にすると約百万円。凄いお大尽ぶり。これなら少々羽目を外しても… p85 ハリデエ特殊ホテル: 原文Halliday’s Private Hotel、民泊的なものか? p115 モルモン教徒: ドイルは何故この教団のネタを選んだのか。 p135 古い散弾銃: 当時(1860年)ならパーカッション式のものが一般的。 p144 金貨で二千ドルと紙幣で五千ドル: 1860年当時の最高額面20ドル金貨でも100枚、全重量33.4kg。紙幣の方は100ドル札が最高額面。米国消費者物価指数基準1860/2019は30.79倍、7000ドルの現在価値は2373万円。 p145 拳銃: 当時(1860年)のリボルバーで有名どころのみ。Colt M1851 Navy他同社製多数, Kerr 1859, Lefaucheux M1858, LeMat M1855, Remington M1858, S&W Model 1 1857, Starr M1856, Tranter M1853。南北戦争前夜は色々兵器が開発されました。 なお、ワード ロック社はこの原稿を版権買取として25ポンドで手に入れました。英国消費者物価指数基準1886/2019は128.9倍、現在価値45万円です。ど新人としては普通レベルなのかな。 (追記: 2019-5-20) 関矢みっちょんさん主催のホームズのサイトshworld.fan.coocan.jpの『四つの署名』のところを見たら驚くべき情報が!ドイルによる戯曲『暗黒の天使たち』(1890年10月頃完成、未上演)は『緋色』のルーシー フェリア×ワトスンねた(ホームズは登場しない)だと言う… ううむ。ドイルにとっても第2部は消化不良だったのか。 |
No.135 | 5点 | カブト虫殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン | 2019/05/19 00:07 |
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初出American Magazine 1929年12月〜1930年6月号(7回分載、挿絵Raymond G. Sisley) 1930年6月?出版。表紙絵 真鍋博の創元文庫で読みました。
井上勇先生の翻訳は格調高く、しかも版の異動まできっちり記載しています。(カッセル版とスクリブナー版1936年を参照) 次々と見つかる不利な証拠に対し、ヴァンスはどう推理する?という流れがスリリング。でも一旦、手品が披露されたあとは失速、展開の妙に欠けています。ヴァンスが好き勝手に振る舞い、マーカム(&ヒース)はただただおろおろするだけ、というのがつまらない。対立のコントラストをしっかり描けば、もっと盛り上がったと思います。エジプト学の蘊蓄はたっぷり。献辞に数人が挙げられてるので、お勉強の成果でしょう。なおSisleyの挿絵が1枚だけfadedpageのScarab Murder Caseにありました。 以下、トリヴィア。 事件の始まりは7月13日金曜日、前作等から考えて1923年。ツタンカーメンの呪いが有名になるのはカーナヴォン卿の死(1923年4月)からで、本書の中でも言及されてます。 p39 真空掃除機(vacuum cleaner): Hoover’s Electric Suction Sweeper(スティック型の真空掃除機)の販売は1908年から。1923年のモデル541の動画がネットにあります。ポータブルタンク型が米国で普及したのは1924年のElectrolux Model Vからなので、ここで使ってるのはスティック型と思われる。(ただしModel Vがスウェーデンで開発・販売されたのは1921年) p47 私はファイロ ヴァンスの法律顧問、金銭出納係、不断の伴侶として(As legal adviser, monetary steward and constant companion of Philo Vance): ヴァンダインの自己紹介。相変わらず影のごとくひっそりとつきまとい記録を取るだけの存在です。 p53 コディントン鏡(Coddington lens): 小さいが拡大率の大きなレンズのようですね。 p59 フォア・イン・ハンド(four-in-hand): ごく普通のネクタイの結び方、又はごく一般的な形の幅タイ(ネクタイ)のこと。ここでは後者。 p63 最近にあったカーナーヴォン卿の悲劇(the recent tragedy of Lord Carnarvon): 訳注によるとカッセル版では、卿の名前をあげず「有名な一探検家」となっているらしい。 p88 ネフレト イチ女王(Queen Nefret-îti): ネフェルティティ、古代エジプト界三大美女の一人。 p147 妥当な疑惑(reasonable doubt): 「合理的な疑い」が現在の定訳のようです。 p175 フランス・コーヒー(…) 殺人的な飲みものだ。フランス人が熱いミルクをたっぷり入れるのも無理はないよ。(French coffee [...] An excruciatin’ beverage. No wonder the French fill it full of hot milk): ヴァンスはお嫌いのようで。 p225 いつだって、伯母さんを引き合いに出す。伯父さんはいないのか(You’re always calling on an aunt. Haven’t you any uncles?): ヴァンスがOh, my aunt!と叫ぶのはGodと言いたくないからでしょうね。 p274 フィルハーモニック シンフォニー オーケストラの新しい指揮者アルツーロ トスカニーニ(Arturo Toscanini, the new conductor of the Philharmonic-Symphony Orchestra):時事ネタは、前作のイプセン同様、作中時間からズレてます。トスカニーニがニューヨーク フィルの指揮をしたのは1926年が最初。常任指揮者は1927年から。いつもの通り、ヒネリのない、ありふれた感想です。 p283 ぶかっこうな陸軍拳銃(a brutal-looking army revolver): 当時の米国陸軍のリボルバーはUnited States Revolver, Caliber .45, M1917ですね。コルト製とS&W製の2種類あり。エジプトで入手した可能性を考えると英国陸軍御用達のWebleyリボルバー(455口径)の可能性も。 p310 最近、エジプトで発掘事業に参与した人たちのなかに、九人ばかり偶然の死者が出ましたね。(There have been nine more or less coincidental deaths of late among those connected with the excavations in Egypt): いわゆる「ツタンカーメンの呪い」ですが、注で名前が挙げられている9人のうち、1923年7月までに死んでいるのは2人だけ。(前出のカーナヴォン卿を含む。ただしWoolf JoelとLafleur教授の死亡日は調べつかず。Joel 1923年? Lafleur 1924年?) リスト9人目のG.A. Bénéditeは1926-3-26死亡。 p321 僕は人情味がありすぎるんだ。若いときの夢を、まだたくさん持ちつづけているのでね。(I’m far too humane—I’ve retained too many of my early illusions.): ヴァンスのセリフですが何か意味深な感じ。この内容についての説明はありません。 |
No.134 | 7点 | 11人いる!- 萩尾望都 | 2019/05/17 05:41 |
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子供の頃、じいちゃんの家で見つけた少女雑誌(叔母さんが昔、買ってたもの)にこれが載ってて、でも前編だけだったのです。設定がいかにもエスエフ!そーゆーのほぼ初めてだったので強烈に刷り込まれました。若い、瑞々しい作品です。
後編、どーなるの?とずっと気になってて、でも見るのが怖いような気がして、やっと十年後くらいに単行本で読んだのですが… まあね。がっかりでしたよ。期待が大きすぎた訳です。 しばらく読み返してないので、警部さんのおかげでまた読みたくなりました。書庫を探さなくては… という訳で個人的には残念感が印象深い作品なのですが、日本SF界黎明期の大傑作です。若さって素晴らしいですね。 |
No.133 | 6点 | 僧正殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン | 2019/05/16 01:53 |
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The American Magazine 1928年10月号〜1929年3月号(6回分載、挿絵Herbert Morton Stoops)、1929年2月20日出版。創元文庫の新訳で読了。
前年の「グリーン家」同様、本格ミステリ史に残るベストセラー。(1929年第4位) 確かに冒頭からグイグイ引き込まれる流れ(童謡殺人なんてそんな阿呆な!)が素晴らしい。エキセントリックなキャラたちも良い感じ。でも途中で失速、なんだかグズグズした展開、隔靴掻痒という感じです。小説が下手だな〜という感想を持ちました。前作より色々やってくれるので評価はこっちの方が上です。 ところで、ゆがんだ母親といじけた息子の描写があり「グリーン家」でも似たモチーフが…この設定、作者にこだわりあり? 以下、トリヴィア。 作中時間は「グリーン家」の翌年1921年4月。 銃は三十二口径の真珠貝の握りのリボルバー(a small pearl-handled .32)と三十八口径のコルト自動拳銃(a .38 Colt automatic)が出てきます。「小さな鉄砲」(p142, a little gun)という単語だけでヴァンスは「三十二口径だ!」と断定するのですが、二十五口径弾(25ACP)が1905年にポケットピストルFN M1905(長さ114mm)とともに誕生しており、コルトなどもこの口径でポケットサイズのピストルを製造してるので「小さな鉄砲」のナンバーワン候補は25口径のはず。(22口径銃は的当て目的な感じなので銃身が長い傾向あり) 32口径と断じた根拠はあるのかな? (威力を考えると最低でも32口径は欲しいという犯罪者心理を分析した?) なお「小さい銃」というイメージだけなら41口径レミントンM95ダブル デリンジャー(長さ123mm)が最も有名か。当時の38口径コルト自動拳銃はM1908 Pocket Hammerless(380ACP, こっちが有力)かM1903 Pocket Hammer(38ACP, やや弱い弾で20年代初頭には廃れた)。 p133 日本人給仕(Japanese valet): 名前すら出てきません。完全な脇役。 p149 十五ドル: 死者の所持金。消費者物価指数基準1921/2019で14.28倍、現在価値23886円。 p234 『ロスメルスホルム』(…)ニューヨークじゃ、今またイプセンばやりだな。(Rosmersholm, [...] There’s a revival of Ibsen’s dramas at present in New York.): メジャープロダクションのニューヨーク公演を調べると1923年〜1926年に14本のイプセン劇が上演されています。1918年3本(全てアラ ナジモバ主演)ですが、1919年〜1921年は全く無し。1907年5本がその前の山。このような時事ネタでは作者がうっかり作中時間と整合性が無いことを書いちゃってます。なおRosmersholmに限ると1904初演?, 1907, 1924, 1925年のNY公演あり、作者は後の二つのどっちかを観たのか。(“Ibsen in America”のリストによる) p234 ウォルター ハムデン(Walter Hampden): 1928年『民衆の敵』NYハムデン劇場の主演で有名。1925年『ロスメルスホルム』公演もハムデン劇場で上演したのかも。(調べつかず) p249 日本家屋の鬼瓦さながらに(like a japish gargoyle): japishはヴァンス全集中に3箇所用例あり。他の二つはwith a japish smile(grin)。jape+ishの意味らしい。「いたずらっぽいガーゴイルのように」が正解? p267 メトロポリタン劇場に、ジェラルディン ファーラーの『ルイーズ』を聴きに(to the Metropolitan and heard Geraldine Farrar in “Louise.”):ここでは4月15日(金)に観劇したと書かれてますが、実際は1921-4-13上演。1921-4-15だと昼の部Lohengrin英語版(Orville Harrold主演)、夜の部Il Trovatore(Claudia Muzio, Giovanni Martinelli他)。日替わりで色々な演目をやるのですね… (MET Opera Database調べ) p357 イプセンの『幽霊』の舞台を観に行った(a performance of Ibsen’s “Ghosts”): 1920年代のニューヨーク公演は1922, 1923, 1925, 1926年。(上記のリストから) p360 イプセンの『王位を窺うものたち』(Ibsen’s ‘Pretenders’): 米国初演はミネアポリス1978年(生誕150周年記念)のようです。 p363 [イプセンには]ゲーテの『ファウスト』にあるような審美的な様式、あるいは哲学的な深み[を見出せない]: こーゆー誰も反論する気にならない例を持ち出すところが薄っぺらいですね… p391 最近では、日本の乃木大将の気高い行為…(And in modern times let us not forget the sublime gesture of Baron Nogi): 聖書のサムソン、ユダ、歴史上のブルータス、ハンニバル、クレオパトラ、セネカ、デモステネス、アリストテレスなどと並び称されています。でも唐突に現代(1912年)の例が1件だけ。 |
No.132 | 5点 | グリーン家殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン | 2019/05/12 11:23 |
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Scribner’s Magazine 1928年1月〜4月分載(雑誌の表紙から判断)、1928年3月24日出版。新訳はまだずっと先のようなので井上 勇さんの創元文庫版で読みました。格調高い翻訳ですね。(p411を新訳でどう処理するのかが楽しみです)
本格ミステリ史に残るベストセラー。Publisher’s Weeklyのリスト(US版)で1928年第4位(翌年の「僧正」も同じ順位) という凄い記録を残しています。このリストに載った本格ミステリは他に「バスカヴィル家」1902年第7位、「カーテン」1975年第3位、「スリーピング・マーダー」1976年第2位くらい。(ミステリ界で目についたのは「レベッカ」1938年第4位&1939年第3位[これも凄い]、「寒い国から帰ったスパイ」1964年第1位、「007は二度死ぬ」1964年第8位、「鏡の国の戦争」1965年第4位、「黄金銃を持つ男」1965年第8位、「ゴッドファーザー」1969年第2位、などなど。デュモーリアが他にも多数ランクイン(なんと1969年まで)、M.R. ラインハートが1910年代から20年代にかけてかなり活躍しています。) なので非常に期待してたのですが、何故これが高い評価を受け、そんなに売れたのか全くわかりません。ヴァンスが手をこまねいて事件が次々と起こる締まりのない構成、起伏に欠けた展開、キャラの描写が下手、推理も貧弱(お得意の「心理分析だけで全部わかる」論はどこ行った?まーそれやると直ちに解決しちゃうからね…) 前二作は実際の犯罪をベースにしてたので要素がヴァラエティに富んでたのですが、作者の想像力が試されるオリジナルストーリーでは、このありさまです。 ところで「私(ヴァンダイン)」の無色透明さ、書記に徹するキャラ設定が気になりました。ここまで自己顕示欲が無いというのはどういうこと?全く活躍しないんですよ… 案外、W.H. ライト氏は、自分が「空っぽな」人間であることを恥じていたのかも。それでペダントリーに逃げる、自分は活躍する価値もない… 第一、二作が良かっただけに期待が大き過ぎてハズレ感が大きいのですが、今後のシリーズもW.H. ライト分析を深めるという意味で楽しみです。(伝記はまだまだお預け) 以下、トリヴィア。 拳銃は、「古い三十二口径の回転拳銃」(p39: an old .32 revolver)、「古いスミス アンド ウェッソン型三十二口径でした。(…)真珠母の柄で、銃身にはなにか渦巻模様の彫刻がありました 」(p75: An old Smith & Wesson .32. (...) Mother-of-pearl handle, some scroll-engraving on the barrel)、15年ほど前に入手ということで、1905年以前(作中時間の設定は日付と曜日と「ベンスン」から1920年11月)を考えると、候補はシングルアクション Model One&a Half centerfire(1878-1892)、ダブルアクション 1st〜4th Model(1880-1909)、ハンドエジェクター(1896-1909)。SAもDAもいずれもトップブレイク(上が割れてシリンダに弾を込める式)で現在主流のスイングアウト式と違っており、その特徴が話に出てこないことからHEが有力。HEの1905年時点の最新式はModel of 1903 (2nd Model) 1st Change、多分これを購入したのでは?3-1/4、4-1/4、6インチ銃身のものがあります。(本作の銃身は短いものという感じあり) p27 [ホールは]真っ暗だったので…: 現在ならすぐ電気をつけるところ。ここでは暗い中を手探りで廊下を進んでいく。しかし部屋には電灯のスイッチがある。古い屋敷なので広い場所は電化されてないのか。(照明はロウソク?ガス?) p45 ふつうのバーニー オールドフィールド(a regular Barney Oldfield): 車の種類のように読めるが、調べるとレーサーの名前で、この名前の車種は無いようです。 p209 私たちは五番街を北にのぼり(…): ヴァンスのニューヨーク観光ツアーがあったら、ドライブコースに確実に指定されると思われる場面。調べていませんが、当時の写真があるともっと楽しいですね。 p405 君のグラッドストン張りの風貌を漫画に(caricature your Gladstonian features): 「君」=マーカム。ヴァンスの発言。顔が似てるということ?なお、ヴァンスはジョン バリモア、フォーブス ロバートソンに似ている。(「ベンスン」に記載あり) p422 神よ、どうか間に合いますように(God help us if we’re too late!): ヴァンスが神に祈ったのは最初で最後とのこと。 最後になりますが、映画「グリーン家の惨劇」が見たい! --- (2020-4-21追記) クリスティ再読さまが映画のアドレスを教えてくださってることに昨日気づいて早速みてみました。怪しいロシアのサイトですが…(なかなか面白そうなのがアップされてます) さて映画の内容ですが、全編字幕なしの英語のみ、なのでセリフは2、3割の理解です。でも冒頭の感じに顕著なのですがサイレント映画の演出っぽい感じが残ってて映像に語らせるテクニックが上手、しかも大体の内容は原作を読んでるのであーあの場面だな、とわかりやすい映画でした。今、1924年ごろのハメットを読んでるので映像資料としてもぴったり。確かに原作のエッセンスを過不足なく嵌め込んだ上手い脚本だと思います。俳優も良い感じ。銃が良く見えないのが唯一の不満。(←注目ポイントはそこかい!) まーハメットが観たら絵空事で楽しいね、と切り捨てられるような内容でしょうけど… こーゆー古い映画の需要ってあんまり無いのかなあ。私は今の殺伐とした映画よりずっと面白いと思うのですが… クリスティ再読さま、情報ありがとうございました! |
No.131 | 7点 | 時計は三時に止まる- クレイグ・ライス | 2019/05/05 16:43 |
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マローン第1作。1939年出版。創元文庫1992年初版で読みました。
発端の謎の魅力より登場人物たちの騒ぎが面白い。何故か常に飲んでるシーンばかり。みんな呑んだくれてる。(車の運転中にも!) 展開が良く、ぐずぐずした堂々巡りも二日酔いのよう。結末も素晴らしい。人々への暖かいまなざし(ジョークと同様、酔いは人を平等にする?)がライスの持ち味ですね。 p118 スヴェンガリ…トリルビー…: 1895年のデュモーリア作の小説Trilbyの作中人物。ジョン バリモア主演の映画は1931年。 p142 “ランプを持った女”(the lady with the lamp): 訳注で「ロングフェローの詩からの引用」となってますが意味不明。その詩Santa Filomena(1857)ではthe lady with a lamp。単に「看護婦ナイチンゲール」と記載すれば良いのに… その詩でこのフレーズが有名になったらしいので間違っちゃいませんが… p144 “古戦場のある小さな町よ”(It’s only a shambles in old shambles town): Jake caroledと続くのですが、聖歌のパロディなのかな?調べつかず。(2021-8-22追記: In a Shanty in Old Shanty Town、詞Joe Young、曲Ira Schuster&Jack Little、1932年10週連続ナンバー1ヒットとなった曲のもじりだろう) p167 <ヴァージニア グレイズ>(Virginia Grays): タバコの銘柄。Web検索では見つからず。この銘柄は女性用だ! と思ってしまったのはVirginia Slims(1968年販売開始)のせいです。 p167 『きみがふたりいたら』のメロディを口ずさんだ(hummed a line of I Wish That You Were Twins):Joseph Meyer作曲、Eddie De Lange作詞の1934年のヒット曲 I Wish I Were Twinsのことか。Fats Wallerがオリジナル。歌詞の方ではI wish that I were twinsとなっている。 p188 [タクシーの]チップ五十セント(tipped me fifty cents): 消費者物価指数基準1939/2019で18.29倍、現在価値1020円。高額だと思いますが、ここの訳では印象に残らない。(わざわざ運転手が言ってるので、多いか少ないかどっちかだな…と漠然と感じますが…) p235 おじいさんの時計(Grandfather’s clock): 1876年 Henry Clay Work作詞作曲。日本語版「大きな古時計」は「みんなのうた」で1962年から。 p330 やばい煙草(monkey weed): 成句ではないようですが感じはわかりますよね。 p330 ターキー イン ザ ストロー(Turkey in the straw): オクラホマミキサーだって! 1830年ごろの有名曲(作者不詳)とのこと。 |
No.130 | 7点 | 第四の郵便配達夫- クレイグ・ライス | 2019/05/01 13:59 |
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ほぼ確実に持ってるな…と思いながら古本屋で見つけて思わず購入。快調に読了。創元文庫1988年版で読みました。
何か居心地が良いライス世界、でもそーゆーのって実世界に違和感のある人の世界じゃないか、とも思うわけです。 ところで本作を読んでて感じたのですが、これって1940年代の世界というより1920年代風味(つまりノスタルジア系)なのでは? だから懐かしさすら感じる世界観になってるのでしょうね。(O. ヘンリー的な人情話風でもあります) ミステリ的には推理というより意外な事実を直感的に探偵が思いついて展開して行くタイプの小説。なので論理好きには物足りないでしょうね。 以下、トリヴィア。 p8 陽気な朝の口笛… ローズマリー(the cheerful, mid-morning whistle “Rose-Marie—I love you—”): 映画にもなった有名ミュージカルRose-Marie(初演1924) 1936年の映画でこの曲を歌うシーンはYouTubeでも見られます。 p10 強請りにからむ殺人と少女の幽霊の件(those racket murders and the girl ghost): 原文には「The Lucky Stiff」と注釈あり。 p12 五ドル札(five-dollar bill): 表がリンカーンで裏がリンカーン記念堂のやつですね。サイズは156x66mm。この基本デザイン及びサイズは1929年以降1999年まで変わって無いようです。(今でも表リンカーン、裏記念堂というのは同じ。デザインが現代的になってます) 消費者物価指数基準1948/2019で10.55倍、5ドルの現在価値は5874円。 p64 ジンガリーのゲイ ナーニ(Gay Gnani of Gingalee): 芸なーに?というシャレかと一瞬思いました。The gay gnani of Gingalee: or, Discords of devolution; a tragical entanglement of modern mysticism and modern science (1908) Florence Chance Huntley著の小説? ちょっとお試し版を読んでみたけど何やらサッパリ。シカゴが舞台? p68 ビア ハウンド(a beer hound): ネットでちょっと調べましたが、実在してないみたい。残念。 p86 五、五十度もある!(You have a temperature of 122!): 訳者が華氏を摂氏に変換してくれてます。高体温の最高記録は1980年米国男性の46.5℃らしい。次の「四十二度二分」の原文は「108」原文はもっと冷静なセリフの感じ。 p92 ココア・バター(cocoa butter): 保湿効果で肌に良いらしいけど… 単なるネタか民間療法? p168 キャッパー&キャッパーのコート(the coat of his Capper & Capper suit): ここでの「コート」は背広のジャケット(上着)の意味ですね。日本語で「コート」と言えばオーバーコートの意味になっちゃうと思います。キャッパー&キャッパーはネット検索では見当たりませんでした。 p192 一八九三年の万国博覧会: シカゴ開催。 p192 ハーク ザ ヘラルド エンジェルズ シング(Hark! the Herald Angels Sing): クリスマスの賛美歌「天には栄え」チャールズ・ウェスレー作詞、メンデルスゾーン作曲。 p206 テイノパルプス・インペリアリス(Teinopalpus imperialis): テングアゲハ p260 “アメリカン ウィークリー”のトップ記事になるような(that would get top billing in the American Weekly.): ハースト系の週刊誌(1896-1966) 初めて知りましたがカヴァーが美麗イラストの雑誌です。内容はscantily clad showgirls and tales of murder and suspense... |
No.129 | 7点 | もうひとりの自分- グレアム・グリーン | 2019/03/17 12:19 |
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1929年出版。集英社文庫で読了。
追われている。小屋には銃を構えた若い女。そして死体。 何がなんだかわざとわかりにくくしてる冒頭。一生懸命工夫して小説を書いてる作者の姿が浮かびます。でもネタが割れた後は、快調に物語が進みます。でもラストは作者もしっくりきてないんじゃないかなあ。 全体的に上手に構成されたスリリングな小説らしい小説。カーリオンの造型が面白い。グレアム グリーンが書き始めたのが1926年(22歳)、既に三大要素(アホな主人公、裏切り、ロリコン)が詰め込まれてる処女作でした。 葬式にはビールと菓子(beer and cakes)がつきもの、嗅ぎタバコはベントレイ(Bentley’s)に限る、バター付き(buttered)とバターなしトースト(dry toast)の対比、弾丸があっても発射した銃がどれだかわからない時代(弾道学は1925年米国生まれ)などがトリヴィアとして目につきました。 私の参照した原文には作者の短い前説(リプリント用 1951年?)がついていて、以下抄訳「私が三番目に書いた小説… 最初の二冊をはじいてくれたハイネマンに感謝… このエディションのために書き直そうか、と思ったら唯一の取り柄である若さを失わせる結果に…なのでコンマ一つとして変えなかった…野心と希望の時代に免じて…」 翻訳では献辞が省略されていますが For Vivien となっています。 |
No.128 | 5点 | ランドルフ・メイスンと7つの罪- M・D・ポースト | 2019/02/11 09:59 |
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1896年出版。何かの連載をまとめたもの?長崎出版の単行本で読みました。
⑴を「クイーンの定員」で読んで、随分とエグい話だな〜と他の収録作が楽しみだったんですが、想像してた悪の弁護士とはほど遠い知恵者、曾呂利新左衛門と言った感じ。正直、ネタになってる法律のポイントがよくわかりません。米国法専門家の解説が欲しいです。パークスとの関係性は、この後、どう変わって行くのでしょうか。 ⑴The Corpus Delicti 評価6点「クイーンの定員I」の書評を参照願います。 ⑵Two Plungers of Manhattan 評価5点。トリックスター、メイスンの面目躍如。最後のセリフがいかにも。 p52 五千ドル: 消費者物価指数基準1896/2019で29.91倍、現在価値1638万円。 ⑶Woodford’s Partner 評価5点。堂々と犯罪を犯して罰せられない。A.A. フェアのラム君みたいな感じ? 正直、どーして犯罪を構成しないのか、よく分からないです。(詐欺にならないのかなぁ) (2019-2-3追記: よく考えると、奇跡的にお金が戻ってきたらどう弁明するか、という視点が欠けています…) p72 幾度となく引用される、慌てふためいたダビデの言葉(oft-quoted remark of David in his haste): Psalm 116:11 KJV “I said in my haste, All men are liars.” われ惶てしときに云へらく すべての人はいつはりなりと(文語訳)、[わたしは信じる]不安がつのり、人は必ず欺く、と思うときも。(新共同訳) このくらいは訳注で処理して欲しいなぁ。 p76 電報を頼んで兄の部屋に送った。(calling a messenger, sent it to his brother's hotel.): 1890年代ごろから電報会社は自転車の少年(10〜18歳)を雇って配達していたようです。ここでは電報会社に依頼せず、ホテルからメッセンジャーが直接伝言を運んだのかも。 p84 [車掌は]危険を承知でと言うのなら、列車から飛び降りることができるくらいに十分速度を落として走ろうと言った。(he would slow up sufficiently for Mr. Harris to jump off if he desired to assume the risk.): 車掌の提案のように訳しているが、原文では「(斜面に差し掛かるので)十分速度が落ちますけどね、危険ですよ」と言ってる感じ。(最初のhe=his trainでしょう) 乗客のわがままのために列車のスピードをわざわざ緩めるような鉄道員はいないと思いました。(この場面、特に賄賂を握らされてる訳ではない) (ここまで2019-1-27記載) ⑷The Error of William van Broom 評価4点。⑶同様、舞台はウェスト ヴァージニア。ネタは平凡な感じ。パークスの行動が謎めいています。 (2019-2-3記載) ⑸The Men of the Jimmy 評価5点。メイスン ピンチ!な冒頭が良い。異常な状況を設定しますが、これで本当に罰せられないのでしょうか。奪取は明白なように感じます。パークスの行動がますます怪しい。 (2019-2-3記載) ⑹The Sheriff of Gullmore 評価4点。またもウェスト ヴァージニアンが登場。大げさな身振りのおっさんです。p177に「衡平法(equity)」と「古い判例法(the old common law)」が対照的に出てくるのですが、メイスンの策略が硬直化したコモン・ローと柔軟なエクイティーの狭間を突いたものだとすれば、1938年制定の連邦民事訴訟規則2条でコモン・ローとエクイティの手続が統一されたので、もはや使えないトリックということですね。米国法の専門家の解説が欲しいところです。 p158 聖書に出てくる「神を恐れず、人を重んじない」男 (in the scriptural writings, "neither feared God nor regarded man."): Luke 18:2 Saying, There was in a city a judge, which feared not God, neither regarded man. (KJV) 或町に、神を畏れず人を顧みぬ裁判人あり(文語訳) (2019-2-10記載) ⑺The Animus Furandi 評価4点。またまたウェスト ヴァージニアが舞台。(ポーストの出身地だから仕方ないですね) 最後の犯行はどーみても強盗ですが、これを裁けないってどういうこと?なお、p195の「銀行(賭けトランプの一種)」はfaro。wikiに「ファロ」として載っています。「スペードの女王」の賭けもファロだったんですね。 (2019-2-11記載) |
No.127 | 5点 | ブラウン神父の知恵- G・K・チェスタトン | 2019/02/09 11:50 |
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単行本1914年出版。創元文庫(福田+中村名義、初版1960年、20版1978年)で読了。
奇想がいっぱい詰まった『マンアライヴ』(1912)の次がこの連載。多分ポスト誌を当て込んだものだと思うのですが、実際には米McClure’s Magazine(最初の6作)と英Pall Moll Magazine(「お伽話」を除く11作)に掲載されました。Premier誌1914年11月の探偵小説クイズ『ドニントン事件』を最後に『犬のお告げ』Nash’s誌1923年12月号までブラウン神父とはお別れです。 雑誌発表順(米国と英国では順番が違う)に読んでみましたが、出がらしチェスタトンという感じ。ネタに苦しんでる作者の姿が浮かびます。 GKCの主要テーマは「物事は見かけ通りではない」と「狂気は真実に至る道」だと思いますが、この連載には狂気成分が不足している感じ。それで私には物足りないのですね。 以下の括弧付き数字は単行本収録順。○付き数字は英国登場順、●付き数字は米国登場順。 掲載雑誌はThe Annotated Innocence of Father Brown(ed. Martin Gardner 1988)とFictionMags Indexで確認しました。金額換算は消費者物価指数基準1913/2019で114.56倍です。 ⑴The Absence of Mr. Glass (初出❶McClure’s1912-11 挿絵William Hatherell, 英初出①Pall Moll1913-3 挿絵W. Hatherell): 評価3点 なぜ神父が犯罪研究家のもとを訪れるのかが全く不明、変な話です。とある有名兄弟への言及があり、作中年代は1860年以降だと思われます。ラストは保男さん捨て身の翻訳で幕。(どう処理してるか他も見てみたくなります…) p8 スカーバラ(Scarborough): ブラウン神父の教会は「町の北はずれに家のまばらな通りがあり… その通りの向こう側に立っている」とのこと。 p13 色の浅黒い小柄な男で、とても快活 (He is a bright, brownish little fellow): brownishは髪の色では?同じ人物を形容するp15「小柄で肌の浅黒い」(Small, swarthy)に引きずられたか。 (11)The Strange Crime of John Boulnois (❷McClure’s1913-2 挿絵William Hatherell, 英初出④Pall Moll1913-7 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点 三角関係だから、もっとスリリングに出来ると思うのですが… p297『血まみれの拇指』(The Bloody Thumb): bloodyはワンピースのサンジが使う「くそ」のイメージですね… 英国人が使うちょっと下品で感情のこもった強調表現。『赤い拇指紋』(1907)が脳裏をかすめました。 なおEdmund Sullivan Father Brown Morganで検索するとPall Mollの挿絵の原画が見られます。随分太っちょの神父です… メガネ無しのようですね。またWilliam Hatherell Wisdom Father Brownで検索するとMcClure’sの挿絵が見られます。こちらは普通の小男、メガネはかけていません。挿絵を見て思ったのですが、ヒゲ率が高いです。大人は半数以上がヒゲありな感じですね。 ⑵The Paradise of Thieves (❸McClure’s1913-3 挿絵William Hatherell, 英初出⑤Pall Moll1913-8 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点 GKCのトスカーナ地方の描写が面白いだけの話。 以下、銃関係の原文。 p41 弾丸をこめたピストル(loaded revolvers): リボルバーと訳して欲しいです…(こればっかり) p45 騎兵銃(carbines): 馬上で取り扱いやすいように銃身を短くしたライフル銃。 p53 短銃の打ち金をあげたり(as they cocked their pistols): cockは「撃鉄を起こす」こと。「打ち金をあげる」だとフリントロック式かな?と誤解されてしまうかも(銃マニアだけ) ただし年代的にフリントロック式もあり得ないわけではないか。 (以上2018-1-12記載) ⑷The Man in the Passage (❹McClure’s1913-4 挿絵William Hatherell, 英初出⑥Pall Moll1913-9 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点 犯行現場の図面がないとわかりにくい感じ。王室顧問弁護士パトリック バトラー(Mr Patrick Butler, K.C.)登場。JDC/CDの元ネタ?珍しい名前ではありませんが… (2019-1-13記載) ⑺The Wisdom of Father Brown: The Purple Wig (②Pall Moll1913-5 挿絵Edmund J. Sullivan, 米初出❺McClure1913-7 挿絵不明): 評価5点 ジャーナリズムのことが生き生きと(皮肉たっぷりに)描かれています。でも誰も気づかないのは変だと思います。 p167 ≪改新日報≫(the Daily Reformer): もちろん架空の名称。 p174 公共の出版物に記載するに適さない話… ≪真紅の尼僧≫の話とか、≪ぶちの犬≫の事件とか、採石場で起こったことだのとか(not fit for public print—, such as the story of the Scarlet Nuns, the abominable story of the Spotted Dog, or the thing that was done in the quarry.): 多分、尼僧はエロ話、犬は残酷な話。採石場は何を想定してるのかな?(Spotted Dogはlungwortという植物のことかも) p179 エリシャ(Elisha):『列王記下』2:23の「禿げ頭」から p182 心霊実在論者(Spiritualist): コナンドイルで有名ですね。 p189 記者のテクニカルな暴行は別として(except for my technical assault): 格闘技ではよく使う表現(〜ノックアウトなど)ですが…「法規を厳密に適用すれば」という意味ですね。 (2019-1-13記載) ⑹The Wisdom of Father Brown: The Head of Caesar (③Pall Moll1913-6 挿絵Edmund J. Sullivan, 米初出❻McClure1913-8 挿絵William Hatherell): 評価5点 フランボウが登場すると何かホッとします。冒頭からの流れが素晴らしい。でもこの真相は(よほど認知能力が低くなければ)あり得ないよ!と思ってしまいます。 p141 前にはエセックスのコブホールで司祭をしていたが、今はロンドンがその任地となっている(formerly priest of Cobhole in Essex, and now working in London.): ⑴ではスカボローでした。 p145 とても根性の曲がった男があったとさ、そいつの歩いた道も曲がっていたそうな(There was a crooked man and he went a crooked mile....): 「根性の」は付け加えすぎ。 p157 2シリング(two shillings): 現在価値1610円。 (2019-1-13記載) ⑸The Wisdom of Father Brown: The Mistake of the Machine (⑦Pall Moll1913-10 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点 神父の発言が当たり前だと思うのは、以前これを読んで血肉になっているからか。昔「コンピュータは絶対に間違えません」というセリフがありました… p114 新しい精神測定法というやつはたいした評判になっていますよ、とくにアメリカで(new psychometric method they talk about so much, especially in America): 米国の発明かと思ったら1902年British heart surgeon Dr James Mackenzie (1853-1925)が脈動を記録する器械を開発したのが最初らしい。本格的なポリグラフは1921年John Augustus Larson(バークレーの医学生で同地の警察官でもあった)の発明だと言う。(Wiki) p116 もう20年も前… 当時ブラウン神父はシカゴの某刑務所つきの神父として働いていた(nearly twenty years before, when he was chaplain to his co-religionists in a prison in Chicago): 神父は1890年代後半、米国で暮らしていたのですね。 p116 奥の手のトッド氏(Last-Trick Todd): 米国風のニックネームか。last trickの意味が良く掴めていません… p127 あの心理測定器をためしてみる: ここでは1890年代に既に存在し、器械がすぐに手に入ることになっています… (2019-1-16記載) ⑻The Wisdom of Father Brown: The Perishing of the Pendragons (⑧Pall Moll1914-6 挿絵E. J. Sullivan): 評価6点 神父の強引な行動が良し。フランボウが頼もしい。語り口もスムーズ。 (2019-1-24記載) ⑽The Salad of Colonel Cray (⑨Pall Moll1914-7 挿絵情報欠) 評価4点 ブラウン神父大活躍なんですが、つまらない話。猿神最大の刑罰は気に入りました。 銃は「拳銃」revolver、リボルバーと訳して欲しいなぁ(←こればっかり) p260 音楽には熱心で、音楽のためとあれば教会に行く(was enthusiastic for music, and would go even to church to get it.): 確かに教会音楽にはそういう効果もありますね。 (2019-1-26記載) ⑶The Wisdom of Father Brown: The Duel of Doctor Hirsch (⑩Pall Moll1914-8 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点 反ドレフュスのチェスタトンが、真実(裏切りじゃなかった)を知った後で、グズグズ言い訳しています。 p82 ヘンリー ジェイムズの書いた妙な心理小説… (a queer psychological story by Henry James, of two persons who so perpetually missed meeting each other by accident that they began to feel quite frightened of each other.): 何という作品かわかりません。ファンならすぐにわかるのでは? (2019-1-27記載) ⑼The Wisdom of Father Brown: The God of the Gongs ((11)Pall Moll1914-9 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価3点 無茶苦茶な話。作者の黒人に対する偏見が凄い。洒落た身なりの黒人を見たフランボウが「あれじゃリンチもしょーがない(I'm not surprised that they lynch them)」と言い放ちます。神父が読み上げる本は実在?(God of GongsでWeb検索しましたが見つからず。出鱈目か) p225 昔つとめたことのあるコボウルの教区(his old parish at Cobhole): コボウルは架空地名「秘密の庭」に出てきます。 p226 日本の木版画(It's like those fanciful Japanese prints): ブラウン神父ものに出てくる数少ないjapanは、他に「サラディン公」と「神の鉄槌」だけです。 p234 機知に富んだフランス人が八つの鏡にたとえた、あのたぐいの帽子(a hat of the sort that the French wit has compared to eight mirrors): イメージが湧きません。どんなのでしょうか。 (2019-2-9記載) (12)The Fairy Tale of Father Brown (雑誌掲載なし、単行本1914): 評価5点 こういうファンタジーめいた舞台がGKCには一番しっくりきます。 p301 特産のビールを飲みまわる: 意外とミーハー行動な神父とフランボウ p302 蝙蝠傘の瘤のような不恰好な頭(the knobbed and clumsy head of his own shabby umbrella): 愛用の傘の持ち手の描写。 p306 お茶の保温袋(tea-cosies): wikiで画像検索するとティーポットにかぶせて保温するカバーのようですね。 (2019-2-9記載) 翻訳では省略されていますが、献辞があります。 TO LUCIAN OLDERSHAW Lucian Oldershaw (1876-1951) an English author and editor, a Chesterton's friend. |
No.126 | 7点 | ハムレット- ウィリアム・シェイクスピア | 2019/01/26 20:13 |
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1603年初版。『ハムレットは太っていた』でおなじみ河合先生の新訳(角川2003、電子本)で読みました。萬斎版2003の台本が元になっており、演劇家の協力で素晴らしい日本語作品に仕上がっています。なお日本語訳で初めてフォリオ版1623を底本にしているとのこと。注で丹念にQ(クォート)とF(フォリオ)の違いを拾っているのですが、Fは冗長な部分を削っていてスッキリした印象。付録で今までのTo be or not to beの翻訳一覧が付いています。
亡き王もハムレットという名前なのですね。(なので原題はTHE TRAGEDY OF HAMLET, PRINCE OF DENMARK、王子のことだよ、と断っています) 最近流行のNTRが裏テーマ? 純度の高いメロドラマが繰り広げられます。でも、やっぱりオフィーリアが薄倖過ぎです。劇中歌のメロディは伝わっていないのかな?(追記2019-1-27: Drury Lane劇場の慣例では、最初の曲How should I your true love knowがWalsinghamのメロディで、次の曲Tomorrow is Saint Valentine’s dayがPlayford “The Dancing Master”のA Soldier’s Lifeのメロディらしいです) 以下トリビア。ページ数は電子本なので全体との率で表示。 p447/3562 できるかぎり服に金をかけろ/風変わりなものはいかん。上等で、上品なものにしろ。/着ている物で、人間はわかるものだ。(...) 金の貸し借り不和の基 (...) 何より肝心なのは 、己に噓をつくなということだ 。(Costly thy habit as thy purse can buy,/But not express’d in fancy; rich, not gaudy/For the apparel oft proclaims the man <...> Neither a borrower nor a lender be <...> This above all: to thine own self be true): 父が息子に与える世渡りのコツ。今も変わらぬ真実ですね。 p863/3562 年金三千クラウン: 流石に消費者物価指数基準は1750までしか遡れないのでWEB検索するとOUPblog ‘Money, money, money’という記事を見つけました。According to the National Archives (2005) site, £1 in 1590 is equivalent to £125.29 today; by 1600, this had fallen to £100.64; and by 1610 to £97.88. (残念ながら元サイトの記事を見つけられず) 3000クラウン=750ポンドなので、1600/2005のレートで3000クラウンは1061万円、消費者物価指数基準2005/2019で1.48倍なので現在価値1570万円です。ただしシェイクスピアが英国のクラウン貨のつもりでなく、デンマークのクラウン貨を意味して使っているなら話は全く違います。だいたいハムレットの作中年代すらわかりませんので… (ハムレット=アムレスの名はデンマークの伝承で2世紀以前まで遡れるらしい) p1070/3562 百ダカット(a hundred ducats): 当時(1600)ducat金貨は金3.5g含有。エリザベス朝のSovereign金貨(=1ポンド)は重さ240グレイン(15.55g)で23カラット(金14.9g)なので1ダカットは0.235ポンド。上述の計算で100ダカットは現在価値50万円。(なお1973年以降の金相場は物価基準の参考にはなりません) p1906/3562 昔話の猿のように 、/自分も籠から飛び出してみようと 、/転がり落ちて 、首の骨を折るがいい(like the famous ape,/To try conclusions, in the basket creep/And break your own neck down.): 注で「この昔話は今に伝わらない 」としています。 |
No.125 | 7点 | ジェニーの肖像- ロバート・ネイサン | 2019/01/26 03:34 |
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1940年出版。初出は月刊誌Redbook Magazine1939-10〜12、三回分載。創元文庫2005年で読みました。
どー考えても変な設定ですが、みんなが憧れる芸術家の世界を詩情あふれる文章で描いているので、なにもかも許せそうです。世界をまるごと受け入れなければならない子供の感性で読みはじめるべき作品だと思いました。(だんだん作品に引き込まれ変な設定は気にならなくなります) 情景描写が素晴らしく、冒頭の寒そうな冬景色は、札幌が現在マイナス7度なので、とても身体に響きました。(今、結構金欠なので貧乏描写も身につまされます) 25ドルは消費者物価指数基準1938/2019で17.82倍、現在価値49485円。 最後の日付の意味がよくわかりません… (原文のコピーライトは1940年。ということは手直し、ということではなく、最初から、そーゆー設定だったんですね。あの時は若かった、というような記述もありますから…) (追記) 歌が二つ。 p16 Where I come from Nobody knows; And where I’m going Everything goes. The wind blows, The sea flows — And nobody knows.(多分Nathanのオリジナル) p139 I dream of Jeannie with the light brown hair(Stephen Foster 1854) (追記2019-1-27) p14 ハマースタイン ミュージック ホールは何年も前、ぼくが子どものころに取りこわされたんだ。(Hammerstein Music Hall had been torn down years ago, when I was a boy.): 実在のHammerstein’s Olympia Theaterのことなら1895年開業、1898年にハマースタインが手放し、建物は二つの劇場に別れた。1935年取り壊し。子どものころ、は作者4歳のとき、ということか。(主人公は20代なので合わない) 併載の「それゆえに愛は戻る」(初出Saturday Evening Post 1958-9-13〜9-27、三回分載)は今読む気が全くしないので、読んだら追記します。 (追記: 他の方の書評は後で見るたちです) 映画化されてたんですね! ぜひ見たい。ツタ●にあるかなぁ。(どうやら品切れ絶版のようですね) |
No.124 | 8点 | レイトン・コートの謎- アントニイ・バークリー | 2019/01/20 01:52 |
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1925年出版。国書刊行会の単行本で読みました。
献辞で「探偵小説好きのお父さん」にフェアプレイを高らかに宣誓する作者。超人ではなく、ごく普通の人間を探偵役にした、と自慢げです。当時作者32歳。なぜフェアプレイにこだわった作品が英米でほぼ同時に登場したのか。(米国代表はヴァンダイン) 本作は楽しげな雰囲気の中、アマチュアが伸び伸びと捜査出来る状況作りが上手、シロウト探偵らしい迷走ぶりの小ネタも充実、そして大ネタには非常に満足。爽やかな読後感で、文句のつけようが無いですね。 以下トリビア。原文参照出来ませんでした。 p17 ホームズとワトスン: 探偵の代名詞はやはりこのコンビ。p75あたりには作者の名探偵論が簡潔にまとめられています。 p17 馬券屋には電報が確実: 電話が普及する以前の世界です。 p21 年に千ポンド: 消費者物価指数基準1925/2019で60.36倍、現在価値846万円。 p23 半クラウンの葉巻: 現在価値1060円。 p33 小さなリボルバー: 日本版のカヴァー絵は大型リボルバー45口径コルトSAA(ただしエジェクターチューブ欠)なので全然違います。多分作者のつもりではブルドッグリボルバーみたいな短銃身の拳銃だと思います。残念ながら銃の種類がわかるような具体的な記述はありません。 p127 四千ポンド以上: 現在価値3394万円。 p211 香水…好きなもの… 一瓶1ギニー、(安物)…一瓶11ペンス、普段使っているもの… 一瓶9シリング6ペンス: それぞれ現在価値8910円、390円、4031円。 p213 舞台では執事の名前はいつもグレイヴス: そーゆーもんですか。 p256 二百五十ポンド: 現在価値212万円。 p262 ユダヤ人… 彼がこの世で最も忌み嫌っているもの: シェリンガム(バークリーも同じ?) お前もか。 (2019-10-19追記) ミルン『赤い館の秘密』を読んで、かなりの共通点がある作品だと思いました。(単行本版の解説の羽柴壮一さんも指摘しています。) 題名(館名+Mystery)、献辞、探偵の名前(GillinghamとSheringham)、殺人方法、現場がカントリーハウスの書斎、アマチュアがホームズとワトスンとなり試行錯誤して探偵する… ということはバークリーは意図的におちょくっている?となると「微笑ましい」献辞もナンチャッテなのか。(むしろその方がバークリーらしい。) そして決着のつけ方もパロディと考えれば、旧弊なモラルに砂をかけるような底意地の悪さを感じます… バークリーだからあり得る、と思ってしまいました。 |
No.123 | 5点 | ビッグ4- アガサ・クリスティー | 2019/01/19 12:54 |
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単行本1927年出版。週刊誌連載に手を加えた、とありますが、そんなに手を加えてないのでは?早川クリスティ文庫(2004)の電子本で読了。
週刊誌Sketch1924-1-2〜3-19(12回)連載。連載時のタイトルはThe Man Who Was Number Four: Further Adventures of Hercule Poirot。(この連載前にThe Grey Cells of M. Poirotというタイトルでポアロの短篇12作×2を同誌に発表しているのでFurther) クリスティの短篇デビューもこの雑誌。次の作品はチムニーズ(単行本1925年6月)、アクロイド(新聞連載1925年7月開始)で、そのあと例の事件(1926年12月)という流れです。 ところでFictionMags Indexを眺めていて気づいたのですが『オリエント急行』の初出はSaturday Evening Post の6回連載1933-9-30〜11-4“Murder in the Calais Coach”だったんですね… 最初から米国読者を当て込んでいたわけです。そして『誰もいなくなった』の初出もポスト誌(1939-5-20〜7-1、7回連載、タイトルはAnd There Were None)です! 全く知りませんでした… Wiki日本版は初出を英新聞Daily Express1939-6-1から連載としています。(実は英Wikiを注意深く読めば初出がポスト誌だとわかるのですが…) この作品は皆さんの評価があまりに低すぎて、逆に読みたくなりました。(45年前の初読書の記憶では結構面白かったような…でも何も具体的なイメージは残っていません) クリスティ作品を読むのもほぼ30年ぶりくらいです。 私はクリスティで大人の活字本の世界に入りました(最初の100冊中60冊)ので、アガサ姐さんは大恩人なのですが、他の世界を知った上で30年前に未読作品を片付けようとしたら、全く興味が続かない文章なので驚いた記憶があります。(多分その時は背伸びしてた若さゆえの過ちです) 今回ビッグ4を読んでみたところ、文章は平明でわかりやすいほどわかりやすく、すぐに作品世界に入り込めます。つい最近ウォーレス『正義の4人』(1905)やチェスタトン『木曜日の男』(1908)を読んだので、それらとの関連性も気になっています。(当然「踏まえている」とは思いますが…) 作品世界はトミタペ風、スリラー小説の軽いパロディのつもりでしょう。まー真面目に受け取るべき要素はありません。頭脳を自慢する小男と正直で間抜けな助手がスリラーに登場するミスマッチを狙った作品?でも笑える要素不足で中途半端な感じです。 肩のこらない軽さを味わうべき作品。スリラー小説の定番やご都合主義が次々と出てくるので、結構楽しめました。 以下トリビア。原文参照してません。ページ数は全体の項数も表示しました。 p38/242 レーニンやトロツキーは操り人形: 書いた時点ではレーニンも存命中。 p41/242 二百ポンド: 消費者物価指数基準1924/2019で60.36倍、現在価値170万円。 p59/242 日本をおそった大地震の後: 意外なところで関東大震災1923-9-1が登場。 p81/242 一万フラン: 金基準で1924年の1フラン=0.0118ポンド。上述の換算で1万フランは現在価値100万円。 p83/242 日本のジュウジュツ: 原文はJiu-JitsuかJu-Jitsu?(wikiによると20世紀前半はこの綴りが多いらしい) p96/242 国会議員の私設秘書: 意外なヘイスティングスの職業経験。 p101/242 自動拳銃: 早川ではrevolverを「自動拳銃」と訳しても編集が直さない例多数あり、なので(セミ)オートマチック拳銃なのかリボルバーなのかはこれだけではわかりません。 p126/242 チェス: ロシアのチャンピオンが当たり前なのは戦後(1948-1972、1975-1999)ボビー フィッシャーがロシア人チャンピオンを破ったのは1972年。 p160/242 駄賃に半クラウン、はずんで: 上述の換算で半クラウン(=2シリング6ペンス)は1061円。「はずむ」というような額ではない。 p202/242 見知らぬ人に塩を回すことは悲しみをあたえること: Pass the salt, pass the sorrowという古い文句があるらしい。塩を直に手渡しするのはマナー違反?(手近なところに置くのが正解なのかな) Why do older people say: 'Don't exchange salt directly hand to hand. It may result in a quarrel.'やWHY IS IT BAD LUCK TO PASS SALT IN SPAIN?などがWeb検索で出てきました。いずれもWhyなので英米でも廃れかけた習慣のようですね。 p204/242 あなたっていつでも、ちょっとお馬鹿さん: ヘイスティングスのこの属性に夫(アーチー)への幻滅を読み取るのは、もちろん裏読みしすぎです… p219/242 ロシアで起こったこと: 1917年のロシア革命は衝撃的で、英国でも戦間期には革命が起こるのでは?というムードがあったらしい。 p225/242 ポケットの中身(ポアロの自動拳銃をふくめて): もちろんベルギー愛に溢れたポアロなら小型自動拳銃の傑作FN M1910で間違いのないところです!(なんの証拠もありません) p235/242 生涯最大の事件: 引退を口にするポアロ。「ベルギーのことなんてほとんど知らない」アガサ姐さんもここいらが潮時と思っていたのか。 |
No.122 | 4点 | 一角獣殺人事件- カーター・ディクスン | 2019/01/15 21:06 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
H.M.卿第4作。1935年出版。国書刊行会の単行本で読みました。 1935年5月4日土曜日 ジョージ王在位25周年(Silver Jubilee celebrations for King George V)の2日前の事件。ケン ブレイク38歳。(ということは1897年か1898年生まれなんですね) 変装自在な謎の怪盗という幼児的世界が好きならワクワクする話ですが、馬鹿馬鹿しい!と感じる人なら全く向きません。(もちろん私は大好き派) いつものように途中まで素晴らしいのですが、中だるみが著しい。なんとも無駄な会話が続きます。そして解決篇、これが結構面白そうなネタをちりばめてるのですが、いかんせん小説自体が全く面白くない。もー少し工夫が出来れば良い作品になったのでは?と感じました。 以下トリビア、原文は参照できませんでした。 p12 ジャズの歌詞の一節: Yes, We Have No Bananasはブロードウェイ レヴューMake it Snappy(初演1922)中の曲。 (この曲の初紹介はブロードウェイ公演終了後の地方巡業のフィラデルフィア1923?) Frank Silver & Irving Cohn作。1923年の大ヒット曲。(Wiki) p17 ライオンと一角獣: The lion and the unicorn (Roud Folk Song Index #20170) p24 百フラン: 1935年の交換レート(金基準)は1Franc=0.0135Pound、英国消費者物価指数基準1935/2019は70.61倍、現在価値13401円。お礼としては結構高い。(成功すればさらに百フラン追加の約束) p24 馬力のあるS.S. 社製の二人乗りの車: S.S. Cars Limitedはのちのジャガー社。エンジンを強化したSS 90(1935年3月)の可能性あり?(限定生産ですが…) p72 シャンパンはルードレの21年: Roedererのことか。 p90 ポケットからブローニングを取り出すと: 小型サイズのBrowningは数種ありますが一番ポピュラーなのはFN M1910ですね。当時の日本でも単に「ブローニング」と言えばそれ。ラムスデン卿なら9mm(38口径)仕様では?と勝手に想像しました。 p116 バルザックの『風流滑稽談』: Contes drolatiques (1832-1837) p188 アナトール フランスの『ペンギン島』: L'île des Pingouins (1908) p188 モーリス ルブランの『怪盗紳士アルセーヌ ルパン』: Arsène Lupin, gentleman-cambrioleur (1907) p119 『ロビンソン クルーソー』のフランス語訳: 英初版1719年、最初の仏訳は1720年(Thémiseul de Saint-Hyacinthe & Justus Van Effen)、よく知られた版は1836年のPetrus Borel(!)訳。狼狂さん何のつもりでしょうね。是非読んでみたいです。(Wiki) p132 あんた方は『殺人ごっこ』というゲームをやったことがあるだろうな。: Murder Mystery Gameは19世紀前半ごろから余興として行われるようになったらしい。ボードゲームのCluedoは1948年ごろ。(Wiki) 探偵小説の流行があって余興の探偵ゲームだと思っていました。19世紀前半の発祥が正しいなら、順番は逆で余興から小説へ、ということなのでしょうか。 p154 バルベー ドールヴィイの『魔性の女たち』: Jules Barbey d'Aurevilly, Les Diaboliques (1874) JDC/CDさんも好きねぇ、というラインナップ。 p187 六ペンス賭けてもいい: 前述の換算で現在価値248円。取るに足らない金額ですが… p222 古い民謡の『マギンティーは海の底』: DOWN WENT McGINTY(1889)のこと?Down went McGinty to the bottom of the seaという歌詞あり。 p225 ブローニングの自動拳銃: p38に出てきたピストル。p90のピストルとは違います。ハイパワー(1935)はまだ流通してなさそうなのでFN M1910なのか。コルトM1911もブローニング設計による拳銃ですが「ブローニング」とは呼ばれないと思います。 |
No.121 | 4点 | 新ナポレオン奇譚- G・K・チェスタトン | 2019/01/06 21:35 |
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1904年3月出版。単行本書き下ろし。ちくま文庫版(2010)で読みました。
80年後のロンドンは今(1904年)とちっとも変わってない、とは進歩や科学を信じないチェスタトンらしいのですが、戦闘行為に銃が全く使われないのはどーなんでしょう。(まー寓話なんだから良いですか、そうですか) なお当時英国の同盟国であった日本は本書出版後の1904年8月に世界初の大規模な機関銃攻撃を受けて短時間で多大な損害を出しました。(アジアの片隅の事例と侮ったヨーロッパはWWIで手酷いしっぺ返しを受けます) 出版当時、チェスタトン30歳。自分はもう若くない、という感傷が溢れる作品です。それでも幼児のように生きたい、というわがままぶり。到底、万人受けする作品ではありません。無駄な悲劇が沢山あり、ファンタジーやノンセンスと割り切らなければ読み続けるのが難しいのでは、と思いました。寓話としてもあまり出来は良くありません。(構成が下手なので途中で自爆しています) 文庫版にはわかりやすい地図がついています。Webにあるキャムデンヒルの給水塔(Water tower of Campden Hill、1970年ごろ壊された)の写真も必見。 以下トリビア。 p15 エドワード カーペンター (Edward Carpenter): 1844-1929。文明は病気だ、という主張の人らしい。"return to nature"を提唱した。 p27 芸術的な冗談とか道化ぶりとかに目がない男… そのノンセンスぶりが昂じて… 正気と狂気の区別がわからなくなっちまった…: GKCの自画像ですね。 p36 ニカラグアの色: 黄色と赤色。多分出鱈目。 p69 半クラウン: 2シリング6ペンス。消費者物価指数基準1904/2019で120.72倍、現在価値2121円。子供へのお小遣いなので妥当な感じ。 p78 1シリングの絵具: 上述の換算で849円。非常に安物ということですね。 p124 金に困っており、ここまで書いて原稿を発送する必要があった: 当時のGKCの経済状況がうかがえます。 p129 カルバリン銃(culverin): 中世の長距離銃。大砲の先祖的な武器。軽くて小さい弾を発射、銃身は長め。 p131 ピストル、鉾、石弓、らっぱ銃(pistols, partisans, cross-bows, and blunderbusses): パルチザンは槍の両側に尖った出っ張りがついた英国の武器。ブランダーバスは大口径で先の広がった銃口が特徴の先込め銃。接近戦用。 p138 気つけ薬… ひと瓶8ペンス、10ペンス、1シリング6ペンス: 瓶の大きさの違いではなく、安い・一般的・高級な種類の気つけ薬なのだと思います。現在価値は566円、707円、1273円。 p145 半ペニーの紙挟み、半ペニーの鉛筆削り(halfpenny paper clips, halfpenny pencil sharpeners): 現在価値35円。 p245 1シリングに10ポンドの賭け: 掛け率200倍。 p286 聖書中もっとも神秘的な書にひとつの真理が書かれていますが、それはまた謎でもあります。(And in the darkest of the books of God there is written a truth that is also a riddle.): 訳注では〔伝道の書「日の下に新しきものなし」をさす〕としていますが… |
No.120 | 5点 | マンアライヴ- G・K・チェスタトン | 2019/01/04 23:22 |
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1912年出版。単行本書き下ろしのようです。2006年評論社で読みました。
『童心』の最終話「三つの凶器」が1911年6月雑誌掲載。『知恵』の第1話「グラス氏の失踪」が1912年12月雑誌掲載。その間にこの長編が出版されています。 騒がしさ満点の作品。溢れ出すチェスタトン流イメージと絶え間ない逆説の数々、霊感に撃たれいきなり狂う(正気に戻る)人々が詰め込まれているので読んでて疲れます。ブラウン神父ものが抑制された薄口GKCだというのが良くわかります。若い女性が三人も出てくるのが珍しい。 イノセントというのがテーマ? 『童心』の主人公が全然イノセントじゃなかったので、思い切りイノセントなのを書くぞ! という次第かも。(きっと色々溜まってたのでしょう) 作品自体ははちゃめちゃなおとぎ話。似たようなネタが続くので飽きちゃいます。でもなんとなくGKC流自伝的小説なのでは?と感じてしまいました。このような手放しの楽天主義が科学文明と集団主義の本物の悪夢である第一次大戦を経てどうなったのか、が当面の私のチェスタトン読書の興味です。 ところでマンアライヴ(man alive)のaliveは形容詞として名詞の後ろにしかつかない珍しい例らしい… (alive manは破格) 以下トリビア。 p8 細身で背が高く、鷲のようで、色黒だった(Tall, slim, aquiline, and dark): darkは、多分、髪の色(及び眼の色)。 p12 小柄で快活なユダヤ人…黒人の彼のみなぎる活力(a small resilient Jew... a man whose negro vitality): 多分「(黒人のような)野蛮な」ヴァイタリティという意味じゃないのかな? 後の方で「祖先がセム人」と書かれているけど黒人描写はありません。 p38 黒人が歌うのは、古い農園の歌/白人の間では廃れた流儀で口ずさむ(Darkies sing a song on the old plantation, Sing it as we sang it in days long since gone by): Alfred Scott Gatty’s Six Plantation Songs vol.1 (London 1893?)の6曲目、タイトルはGood Night。ここでの[we]は白人のことじゃないような気がします… p40 若いロチンバ(Young Lochinvar): ウォルター スコットMarmion(1808)より。chiは軟口蓋音で「ヒ」か「キ」が近い。Thomas Attwood作曲(声とピアノ)、Joseph Mazzinghi作曲(3声合唱)が引っかかりました。ここのはアトウッド版か。 p40 よく磨かれた大きなアメリカ製のリボルバー(a large well-polished American revolver): polishedなので多分ニッケル仕上げ(銀色)、青黒鉄色(blued)にはあまり使わない表現。 p48 スイス ファミリー ロビンソン(Swiss Family Robinson): 原著スイス1812出版。英国初版1814、有名なキングストン版は1849出版。 p79 アメリカン モス(a big American moth): American mothという通称のmothはいないようです。北アメリカ最大のmothはHyalophora cecropia。 p80 キュルス ピム(Cyrus Pym): ナンタケット島出身の人を思い浮かべますよね… Cyrusは「サイラス」が普通。 p81 サー ロジャー ド カヴァリイ(Sir Roger de Coverly): このページには6人の名前が登場するのですが、何故かこの人だけ訳注なし。ジョセフ アディソンが作り上げた架空人物。Spectator上で典型的な紳士階級の大地主を演じた。(Encylopedia Britannicaより) p99 歩きぶりは、黒人らしいかんしゃくをおさえつけようとするかのように(with a walk apparently founded on the imperfect repression of a negro breakdown): 「黒人のbreakdownが我知らず出てくるような」歩き方。p103では「ふらつくダンスを踊りながら立ち去」ります。The Break-Down was an African-American Slave dance that was popular around the 1880-90's. p100 昔のホームズ… 鷹の顔の… (old ‘Olmes… The ‘awk-like face…): コックニー。oldは「例の」の意味では? p115 八巻本の『格言』(eight bound volumes of “Good Words”): Good Wordsは英国19世紀の月刊誌。スコットランドのAlexander Strahanにより1860年創刊。初代編集長はNorman Macleod. 福音教会員や非国教徒、特にlower middle class(商店主・下級公務員など)に向けた内容。(Wiki) 「8巻の装幀されたグッドワーズ誌」 p141 安全弁が外されたリボルバー(cocked hammer of a revolver):リボルバーに安全装置はありません。「撃鉄が起こされた」(引き金を軽く引けば発射する)状態のこと。 p145 善と優美さに感謝しよう/それこそ私が生まれたときに微笑んだもの/そして、私をこの奇妙な場所に止まらせた/イギリスの幸福な子供(I thank the goodness and the grace That on my birth have smiled. And perched me on this curious place, A happy English child.) Jane Taylor(1783-1824)の詩 "A Child's Hymn of Praise," from Hymns for Infant Minds (1810)をちょっと改変して引用。(本物は三行目がAnd made me in these Christian daysとなっている) p160 副牧師のカノン ホーキンス(Canon of Durham, Canon Hawkins): 名前がカノン?と思ったら、あとでジョー クレメイト ホーキンスと判明。「ホーキンス師」でいいのに… p169 1891年11月13日: スミスが起こしたある事件の日付。作中年代の何年前かは記載されていない。 p178 小さな煙突掃除人と「ウォーター ベイビー」(little chimney-sweeps, and `The Water Babies’): The Water-Babies, A Fairy Tale for a Land Baby (1863) Charles Kingsley作の子供向け小説。当時、英国で非常にポピュラーだった。主人公の煙突掃除人Tomが川で溺れWater-Babyに変身するらしい… p200 赤い郵便ポスト(a red pillar-box): 英国の特徴か。調べるとフランス・ドイツは黄色。米国・ロシアは青。オランダはオレンジ。 p204 革命の失敗(the failure of the revolution): 1905年のロシア第一革命。レーニンの革命は1917年。この出来事も作中年代の何年前かは不明。 p211 和帝(Emperor Ho): 漢の和帝のことらしいです。Emperor He of Han (79〜106-2-13) p228 われらが厭世的なウインターボトム氏(Our own world-scorning Winterbottom): 重婚云々が出てくるので、アフリカの習俗を観察して、アフリカでは重婚が多いとしたDr. Thomas Masterman Winterbottom(1766-1859)のことか。 p233 九年前… 1907年10月…: 翻訳でも原文でも「9年前=1907年」と読める。でもそうすると作中年代が1915年になってしまう… p240 五ドル紙幣を賭ける(chance a fiver): 米国消費者物価指数基準1912/2019で25.98倍、現在価値14429円。 |