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雪さん
平均点: 6.24点 書評数: 586件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.13 6点 蜃気楼博士- 都筑道夫 2021/04/09 11:27
 「中学二年コース」1969年5月号~11月号連載の表題作に、同じく草間昭一・次郎兄弟が活躍する作品を加えたジュブナイル中短編集。収録作は 蜃気楼博士/百人一首のなぞ/午後5時に消える の三本。衆人環視のなか入念に密室内に閉じ込められた霊媒が、〈守護霊の力を借りた〉と称し何度も予告通りに殺人を行うという不可能犯罪を扱ったもので、その謎を暴こうとする元奇術師・久保寺俊作こと蜃気楼博士(ドクター・ミラージ)との、霊能力者VSマジシャンの鍔迫り合いがストーリーの軸となる。久保寺のおじさんは兄弟の祖父・草間博士の元研究助手で、二人にとっても親しい存在。推理における次郎少年の師匠格でもある。
 扱われる事件は殺人三件と正当防衛、そして変死二件。第一第二の事件に用いられた凶器の〈改め〉も事前に成されており、それらが霊媒から遙か離れた殺人現場で発見される。特殊な道具やテクニックの使用は好みでないが、少年もの特有のハッタリ臭いプロットを、逆手に取ったトリックはかなり評価できる。一部マニアのように都筑道夫の最高傑作とまでは思わないが、児童ミステリの金字塔として語り伝えられるのも納得。結末近い「なぞの整理」の章で記述される次郎のノートからは、あくまでフェアであろうとする作者の気概が伝わってくる。「考えたら、負けるなよ」という蜃気楼博士の遺言もメッセージとして素晴らしい。子供向け云々の言い訳は一切なく、手を抜かずに作られた小説と言える。
 続く「百人一首のなぞ」は暗号解読に誘拐事件、さらに追跡劇と多彩な内容。華やかなのは都筑ジュブナイルのオールスター作品だからだろうか。なかなか優れたトリックもあり、個人的には表題作より好み。
 トリの「午後5時に消える」は一応消失ものだが、元々単発企画のためか前記二作に比べるとかなり落ちる。だが現場写真からの推理と洞察はいかにも都筑氏らしい。この手の代表格というと個人的には辻真先の『仮題・中学殺人事件』だが、本書はそれを上回るスマートな仕上がり。多感な時期に触れておかなかったのが残念である。

No.12 6点 暗殺教程- 都筑道夫 2020/08/24 18:14
 昭和四十(1965)年十月七日から昭和四十一(1966)年三月三十一日にかけて全26回にわたってテレビ朝日系で放映され、後の『キイハンター』『Gメン75』へと続く東映アクションドラマの原点となった特撮スパイアクション、『スパイキャッチャーJ3』の原作。香港移住民の集団失踪事件を追う"The Undercover Line of International Police(国際警察秘密ライン:通称チューリップ)"日本支部のトップ・スパイキャッチャー、J3こと吹雪俊介と、"The International Group of Espionage and Revolt(国際謀略反乱グループ:通称タイガー)"との、目まぐるしく攻守の入れ替わる諜報戦とアクションシーンを描くアタック・アンド・カウンター・アタック・ストーリイ。
 田中小実昌・山下諭一・中田雅久など翻訳ミステリ雑誌「マンハント」のメンバーと共にフォーマットづくりを行い、都筑が執筆したワンクール分のエピソード十三本(ほぼお蔵入り)を流用し、雑誌「F6セブン」依頼のアクション小説に仕立て直したもの。連載時期も四十年の年末から四十一年にかけて全三十六回と、ドラマ版とほぼ同じ。『三重露出』の次作で、都筑道夫名義では九冊目の長篇小説。初期の先鋭的な長篇群から離れ、中期に入って『夢幻地獄四十八景』などのショート・ショートに傾注し始めた頃の作品にあたります。
 名神高速道路上での銃撃戦を皮切りに、中京大学移転先での鬼ごっこに加え戦車との対決、日本支部に隣接したカジノでのギャンブル、さらにヘリコプターを追い東京湾の芝浦へ、続いて磐梯山麓スキー場での死闘のあと、コンクリート・ミキサーとブルドーザーに前後を挟まれ銃撃戦と、かなり展開は派手め。ふざけた組織名の割に、Jメンバーはベテランから若手までしょっぱなからバンバン殉職。マーティン(貂)やパンサリス(女豹)など、動物名のついたタイガー暗殺者を幾人か倒すものの、全体の2/3が経過するまでは肝心の暗殺計画も防ぎきれず、敵組織にはずっと押されっぱなし。主人公・吹雪俊介が日本を離れ、そもそもの発端である香港の地へ飛ぶことでやっとチューリップサイドの巻き返しが始まります。
 タイガーの足跡を追って香港→マカオ→香港、さらに潜水艦で瀬戸内海の無人遊園地に移動した後メンバー総動員で決着。作者の自信作だけあって、アクションや小道具にプラスしてミステリ要素も組み込む凝り様。ただタイガー側が余裕綽々というか詰めが甘過ぎて、今読むと少々緊迫感に欠けるのが難かな。ある意味007系の王道ですが、アクション小説としては『なめくじに聞いてみろ』や『紙の罠』より格落ちします。イアン・フレミングは全然消化してないんで比較できませんが、読んだ中では本書より望月三起也『秘密探偵JA』の方が好み。アッチの方がハッタリ利いてて面白いです。

No.11 5点 あやかし砂絵- 都筑道夫 2020/08/06 08:45
 なめくじ長屋捕物さわぎシリーズ第四集。こちらの並びも変則で、発表順に 不動の滝/人食い屏風/張形心中/夜鷹ころし/寝小便小町/あぶな絵もどき/首提灯 となる。掲載誌は「別冊小説現代」「小説推理」および桃園書房の「小説CLUB(半村良『妖星伝』の連載時期とも重なる)」。隔月で二篇書いた後、次の「張形心中」まで半年ほどの間が空き、それからまた安定してきている。
 雑誌「幻影城」掲載の「首提灯」で二年余り飛ぶのを除けば、期間は昭和四十八(1973)年六月から昭和四十九(1974)年十月にかけて、『にぎやかな悪霊たち』を始めとする雪崩連太郎全集や、千葉順一郎名義で『猫の目が変わるように』などを執筆していた頃になる。なお、出来は滝行でずぶ濡れの人間消失を扱った「不動の滝」と「人食い屏風」が良い。
 自分で描いた虎の絵に、二人の絵師がそれぞれ啖い殺される謎を扱う「人食い屏風」が頭一つ抜けているが、他はいずれも微妙。「張形心中」「寝小便小町」などは人情系のオチ。「夜鷹ころし」も事件が派手な割にはパッとしない。娘たちのゴシップ文をばら撒いていた道楽者が殺される「あぶな絵もどき」で多少盛り返すものの、シリーズもここまでくると発端はともかく、ミステリ的な結末部分はかなり落ちてきている。「人食い~」で絵師の心理からくるハウダニットや、絵に携わる者としてのセンセー独自の推察や見識が語られるのが、やや救いか。

No.10 6点 からくり砂絵- 都筑道夫 2020/08/05 04:28
 なめくじ長屋捕物さわぎシリーズ第三集。現行の並びに比べて発表順はやや変則。「ミステリマガジン」の「粗忽長屋」を筆頭に、 花見の仇討/らくだの馬/小梅富士/血しぶき人形/首つり五人男/水幽霊 の順で、雑誌「推理界」「別冊小説現代」「別冊週刊大衆」各誌に、昭和四十四(1969)年十二月から昭和四十七(1972)年十月にかけ掲載された。
 古典落語を推理小説化した三篇と「むっつり右門」捕物帖のパロディ二篇で、「小梅富士」ほか二篇を挟む形である。「小梅~」も前集収録の「天狗起し」と同じく従兄との問答から生まれた作品なので、本書はいわば"本歌取り"作品集。抜きん出ているのは「小梅富士」だけだが、そのせいか取り巻きの出来は『くらやみ砂絵』よりも良い。「粗忽長屋」は本来、トリを務めるべき内容から巻末に回されたのだろう。
 なお「推理界」廃刊のせいか、「血しぶき人形」の発表までには一年近くの間が空いている。『あやかし砂絵』収録作品で隔月化するまでは、その後も断続的な掲載となっている。
 ベストはやはり「小梅富士」。離れ座敷に寝ていた隠居が、部屋いっぱいもあるような庭石で圧し潰されていた事件を扱ったもので、「さあ解決してください」と提出された謎に、都筑氏は鮮やかに応えている。切れ味では「天狗起し」だが、より理に適ったこちらを採る人もいるだろう。シリーズを代表する短編の一つである。
 次に来るのは一本の松の木に五人の首くくりがぶらさがる「首つり五人男」。強烈なシチュエーションだが、元ネタとは異なりこれにも一応合理的な結末が用意されている。ただ当事者心理で弾みが付いた結果なのを、プラスマイナスどちらに取るかが問題。
 落語関連の三篇は小味ながら纏まりがある。特に素人芝居のかたき討が人ごろしにまで発展する「花見の仇討」のロジックは目を引く。殺害方法はそこまででもないが、状況の推移から自然な形で、誰が怪しいのかを特定できる。各篇いずれもユーモラスだが、この手の作品の通例として解決や結末はブラック寄りである。全体としては『くらやみ~』より多少落ちて、6.5点。

No.9 6点 悪意銀行- 都筑道夫 2020/07/17 07:09
 名人気質から転がりこんだ女のアパートを追い出され、落語家の内弟子として食いつなぐ羽目に陥った近藤庸三。なにか儲け話がないかと腐れ縁の相棒・土方利夫のビルを訪ねると、そこで彼に〈悪意銀行〉なる思い付きを披露される。世間に広く犯罪のアイディアを募り、土方頭取の仲立ちにより利益が生じた暁には、発案者にそれまでの利子を付けて返すというのだ。
 たまたま訪れた融資者との会話を窓にぶらさがって立ち聞きした近藤は、ある小都市の市長暗殺についての商談を小耳に挟む。市制記念祭と市長選挙に沸く、愛知県で三番めの大きさの巴川市。この商都の現市長・酒井鉄城を、できるだけ派手に殺ってほしいらしい。やり手の酒井は娯楽機関を増やして工場を誘致し、十万ちょっとだった人口を倍ちかくに増やしたが、白熊みたいな老人にはそれが面白くないのだ。
 近藤はすぐさま土方よりさきに巴川へのりこんでひっかきまわし、悪意銀行の利益をピンハネしようと目論むが・・・
 雑誌「週刊実話特報」1963年1月3日号~1963年2月7日号まで、5回に渡って連載された同題中篇に、大幅な加筆を施して長篇作品に仕上げたもの。同誌の連続企画「五週間ミステリー」の一環で、大河内常平『妖刀流転』を皮切りに、本書を含め山村正夫『崩れた砂丘』河野典生『女だらけのブルース』などが掲載されました。
 目の回る展開だった前作に比べて構図はシンプルで、現市長を推す氷室一家(商事)と対立候補を擁する渋田一家(産業)の二大やくざの対立に、例によって暗殺計画を利用してカネを掴もうとする近藤&土方コンビが絡むクロサワの『用心棒』的展開。誰に雇われたとも知れぬ黒ずくめの殺し屋・松井なにがしこと無精松登場の傍ら、われらが近藤はやくざや市長に引っ付いては離れ、監禁されたあげく脱出時には殺人容疑者にされたりと散々。エピローグでは性転換希望のホモ暗殺者に迫られ、羽織袴で遁走するはめに。
 ただし最初に登場する白熊みたいな暗殺依頼者の正体はなかなか掴めない。凄腕ガンマンの無精松を誰が雇ったかも分からない。五里霧中のままクライマックスの記念パレードになだれ込んでいき、アクションシーンの末に真の黒幕が割れる仕掛けです。
 角川文庫版表紙の「a lack-gothic thriller(落語的スリラー)」の謳い文句の通り、スラップスティック味の強い作品。とはいえ暗殺プランの趣向や前作以上の銃撃戦、殺人事件の犯人や裏の構図など、食い足りなくなった分ミステリとしてはかなり読み易い。こなれ具合はこちらの方が上でしょう。
 内容とはほぼ無関係なタイトルですが作者は気に入っていたらしく、併録中篇「ギャング予備校」に登場するスパイアイテム好きの御曹司や本作中途でフェードアウトする女性らを登場させて、シリーズ三作めの『第二悪意銀行』を書く予定があったそうですが、無念にも構想のみに終わりました。風化した時事ネタがややキツいですが、他の部分はそこそこ楽しめる作品です。

No.8 7点 くらやみ砂絵- 都筑道夫 2020/07/09 07:13
 なめくじ長屋捕物さわぎシリーズ第二弾。昭和四十四(1969)年七月号から翌昭和四十五(1970)年二月号まで、前集に引き続き雑誌「推理界」に掲載された七篇を纏めたもの。「南蛮大魔術」と「やれ突けそれ突け」が入れ替わっているほかは、ほぼ連載通りの並び。目先を変える工夫なのか、関係者同士の思惑の変化や便乗行為など、複線化により事件を込み入らせるケースが目立ちますが、あまり効果は上がっていません。
 それでも通夜の晩、弔問客のひとりが刺し殺されて棺桶に入れられ、中に入っていた死体が母屋の屋根にかつぎ上げられる「天狗起し」と、殺されていたはずの二人の死人が押しこみに入る謎に絡めて、独創的なダイイング・メッセージを創出した「地口行灯」の出来は圧巻。特に北村薫氏がシリーズ・ベストに推す前者の解答は鮮やかです。
 「天狗起し」は第三集『からくり砂絵』収録の「小梅富士」と同じく、〈解決のことなど、まったく考えずに〉従兄が提出したシチュエーションに、都筑氏が必然性のある解決を捻り出しパズラーに仕立てたもの。本質的にはハウダニットで、動機が分かれば自然に不可能状況も解けるのがよく出来ています。三津田信三『首無の如き祟るもの』の、十三夜参りの密室を思わせるコロンブスの卵的解法。なお同趣向の長編には、物部太郎シリーズ『朱漆の壁に血がしたたる』があります。
 「地口行灯」の方はそれとは異なり一点突破ではなく、種々のアイデアを盛り込んだバランス型。加害者自身に己を告発させる発想もズバ抜けた物ですが、それを置いても事件がキッチリ作られています。第二の事件の脱出法なぞ、ここで使い捨てるには惜しいもの。かなり贅沢な短編と言えるでしょう。独創的なトリックは単品で出すよりも、カーター・ディクスン『ユダの窓』のように副次的に扱った方がよりゴージャスに感じられるようです。
 残りの作品で面白いのは、細工物の羽子板が破られそこに描かれた押絵の役者が次々に殺される「春狂言役者づくし」。価値観の逆転に加え手掛かりもさり気なく配置され、なかなかに読ませます。

No.7 8点 血みどろ砂絵- 都筑道夫 2020/07/07 04:49
 江戸の身分制度から外れた、神田橋本町の巣乱(すらむ)にたむろする乞食や非人たち。砂絵のセンセーを筆頭に、願人坊主や乞食神官、野天芝居の役者や大道曲芸師など、まともな人間あつかいはしてもらえない連中をあえて探偵役に据えた異色の捕物帳、なめくじ長屋捕物さわぎシリーズ第一弾。
 昭和四十三(1968)年十二月号から翌昭和四十四(1969)年六月号まで、雑誌「推理界」に掲載された七篇を纏めたもので、キリオンシリーズ第一作目の『キリオン・スレイの生活と推理』や、短編集『十七人目の死神』収録の諸作とはほぼ同時期の執筆。長期に渡るシリーズ物で、文字通り著者の代表作と言えるでしょう。
 本書はその中でも粒揃い。さらに巻頭の「よろいの渡し」とトリの「心中不忍池」が内容的にも照応し、この巻だけでも富島町の房吉から、準レギュラー下駄常への引き継ぎ編として独立しています。
 とは言えこのシリーズでは岡っ引きは端役。むしろ江戸に起きた怪事件を元手に、なめくじ長屋の面々がそれをどう収入に繋げるかの駆け引きが、各編の見どころ。それでいて不可能性や論理性をなおざりにはしないのが、高く評価される所以でしょう。ともすれば筋の妨げになる作者の衒学趣味も、本書ではプラスに働いています。きびきびした文体で描かれる江戸情緒もまた、見どころの一つ。
 それが最も鮮やかなのは「よろいの渡し」。加えて衆人環視の状況でまっ昼間、渡し舟から人間がひとり消え失せるという謎を、シンプルに解決しています。アクシデントがトリックと自然に結び付いているのは見事なもの。
 逆に論理性で勝るのは「いのしし屋敷」。集中では地味な方ですが、流れるような筋運びの中に論理的な手掛かりを仕込み、間然とする所がありません。好みではこれが一番。キャラも良いし、もう少し肉付けされてても良かったかな。
 その両者を並立させたのは「三番倉」。一、二階とも二重の扉でふさがれた土蔵から、人間ひとり殺した男が脱出した謎を扱ったもので、ネタは大したことないものの「いのしし屋敷」同様、現場の状況からシチュエーションを類推したのち不自然な点に目を向ける推理が独特。事件を利用し己の目論見を遂げる手際は、これが最も冴えています。
 以上三篇がベストスリー。「ろくろっ首」が若干弱い程度で、他もハズレはありません。シリーズ中でも別格の作品集です。

No.6 6点 最長不倒距離- 都筑道夫 2020/04/11 02:32
 瀧夜叉姫の事件(『七十五羽の烏』)の留守中に、事務所につめていた父親が勝手に取り次いだスキー宿の懇請を、とうとう引き受ける羽目になったものぐさ太郎の末裔、物部太郎。客寄せの幽霊がぱったり出なくなったのをなんとか、また出るようにしてくれとの依頼を解決しに、助手の片岡直次郎と共に群馬県は北利根郡、黒馬町黒馬温泉に来たまでは良かったが、スキー・シーズンを迎えた当の鐙屋旅館では、彼らを待ち構えていたように怪事件が続発する。
 ささやきだけを残して隣の浴室から消えた女、幻のシュプールに続き、宿の露天風呂には女性の全裸死体まで現れた。頭は丸坊主で、左手首にはなぜか腕時計がふたつ、はめてある。女は隣の冬陽館の客で、水島友子と名乗っていた。
 太郎たちはふもとの警察と連絡を取ろうとするが、二十年ぶりの吹雪で交通は途絶したまま。さらに死んだ友子と称する女からかかってきた電話の途中で架線が切れ、宿は外界から完全に孤立してしまう・・・
 なまけものの自称心霊探偵・太郎と直次郎のコンビが活躍する本格シリーズの第2弾。昭和48(1973)年徳間書店刊。『宇宙大密室』収録の〈鼻たれ天狗シリーズ〉や、なめくじ長屋捕物さわぎだと『あやかし砂絵』収録の各篇を執筆しているころ。平行してアームチェア・ディディクティヴ物の『退職刑事』シリーズも始動を開始しており、相変わらずの本格嗜好にもやや変化の兆しが見えてきている時期の作品。
 前作の反省からかそこそこ容疑者数を増やし、吹雪の山荘に加え、密室もどきに宝探しと趣向も多め。最後にスノーモビルとスキーの追跡アクションを持ってくるなど、まずまず楽しめます。お色気サービスとかは正直どうでもいいですが。
 ただ全体に統一感が無いのは問題。消えた女はともかく、シュプールの謎とかはむしろ興醒めでしょう。被害者の毛が上下剃ってあるとかも余計。眼目は腕時計の謎なので、これに絞った方が良い。あと冒頭部分のクローズドサークル推しにも関わらず、隣のホテルとは自由に行き来できるのであまり緊迫感がありません。ストーリーの根幹に関わってくる部分なので、どうしようもなかったんでしょうが。
 色々と文句も言いましたが、シリーズでは最も楽しめる一冊。犯人以外の行動で事件が複雑化するのは変わりませんが(身内も一役買っているのが工夫のしどころ)、論理性やラストでの追い込みの執拗さはなかなかのものです。ダイイングメッセージがああいう形になるのも都筑氏らしいなあ。6点にするかもう少しプラスするか迷うけど、チグハグなところもあるのでまあ6点。

No.5 6点 梅暦なめくじ念仏- 都筑道夫 2020/04/06 01:15
 江戸後期の人情本作者・為永春水を探偵役に据えた〈春色梅暦〉シリーズ三篇に、第四集『あやかし砂絵』以降中断していたなめくじ長屋シリーズ二篇、それに短篇連作『幽鬼伝』より二篇、及びその原型となった『暗闇坂心中』を加えた時代ミステリイ短編集。
 〈梅暦〉第一作『羅生門河岸』はなめくじ長屋の住人たちには扱えない密室ネタの転用作品で、吉原の切店、いわゆるお歯黒どぶに面した低級女郎の仕事場を舞台に、わずか幅一メートル半、奥ゆき三メートルの長屋の一室からの人間消失を扱ったもの。さらに掘割で厳重にかこまれた吉原五丁町全体を大密室に見立てており、解決もそれほどの驚きはないものの経過が自然で、なかなかよく出来ています。続く『藤八五文奇妙!』は鶴屋南北『東海道四谷怪談』を模して、戸板に釘付けにされて川に流された死体の話。併収のなめくじ長屋シリーズよりもこっちの方が元気いいです。
 為永春水は江戸後期の戯作者でしたがずっと売れず、晩年に出した『春色梅児誉美』の大ヒットで人情本ジャンルの元祖となった人物。以前書評した山田風太郎『八犬傳』と同時代人で、作中でも滝沢馬琴に悪口を言われ云々と記されています。境遇も落語家・鶯春亭梅橋を実兄に持つ作者と被っており、各事件間の間隔が五年余りと長いこともあって、春水の描写にはかなり感情が入っている。『花川戸心中(旧題:春水なぞ暦)』などは後に春水が発禁処分を受け、手鎖五十日の刑を受ける寸前の時期で、それを知って読むとなかなか感慨深いものがあります。派生作品ということで最終的には三篇とも『うそつき砂絵』に収録。
 それより出来の良いのは怪談『暗闇坂心中』。坂から走り出てきた裸どうぜんの女が、若ざむらいに首を斬られるのを目撃した鬼板師(鬼瓦専門の渡り職人)の仕事に賭ける業と、旗本の家に代々伝わる村正の妖刀とを絡めた短編。登場人物の誰もが抱える〈鬼〉の凄みを描いており、これだけでも読む価値がありました。怪奇小説の書き手としての都筑道夫を再認識した次第。ただこれを改めて念仏の弥八主人公で書き直すと、かえって効果が薄れるのではないかな。
 冒頭の『幽鬼伝』もその鉄の数珠玉を武器にする弥八に加え、隠居した元同心の知恵袋・稲生外記&盲目の霊感少女・涙(るい)と、キャラ立ちしたトリオが怪異に立ち向かうストーリーで結構面白い。機会があればいずれ全編手を付けたいと思います。

No.4 5点 翔び去りしものの伝説- 都筑道夫 2020/03/30 11:51
 東京の副都心で酔っ払った末、暴走族との揉め事で命を落とした八剣(やつるぎ)巷二は、中世ヨーロッパ風の異世界に召還されて奴隷ウエラとなり、王位を狙うクアナ姫とルンツ博士の命に従い、瓜二つの顔を持つ王位継承者カル王子を殺し彼と入れ替わる。だが陰謀のさなかクバの女神の啓示を受けたウエラは召還者たちの思惑を超え、陰謀の駒としての役割も捨てておのれの意思で動き始めた。彼はそのままカル王子として王宮に帰還し、廷臣たちに迎えられる。
 ルンツ博士と対立する宮廷魔術師トルファスはこれに対抗するため、決闘沙汰を起こし追放されていた宮廷一の剣士、カルタニアのレアードを呼び戻す。重臣ラギーナ大公の娘ラビアを巡る鞘当てもあり、新たにカル王子となったウエラとレアードの間には、緊迫した空気が漂い始めた。
 そんななか宮廷には怪事件が続発する。ラビアの誘拐未遂、カル王子救出の立役者モンタルド男爵父子の怪死、そして寝室でウエラを襲うつばさの生えた鳥のような異形の怪物・・・
 数々の事件に宮廷が揺れ動くなか、遂に老王が息絶えた。ウエラはその地位に従い王位を要求するが、トルファスは五年前に行方不明となったカル王子の兄、タル王子と名乗る人物を推し立ててくる。両者の争いは一触即発の状態となった。
 王国には昔からある伝説があった。王が死に、正統なる王位継承者なき時には巨人の城が現れ、かれが翔び去るとともにこの国は滅ぶと。その言い伝えを裏付けるように空には巨大な城のまぼろしが現れ、舞い降りてきた異形の怪物が町びとを襲い始めた。カル王子=ウエラは代々の王が伝えてきたクバの女神の書を開き、記された聖なる啓示に従い巨人の城を鎮め、まことの王となるため旅立つが・・・
 雑誌「奇想天外」昭和五十一(1976)年四月復刊号から昭和五十三(1978)年七月号まで、数回の中断を挟みながら二十四回にわたって連載された、日本最初期クラスのヒロイック・ファンタジィ。先行作としては豊田有恒『火の国のヤマトタケル』に始まる〈日本武尊SF神話シリーズ〉がありますが、完全オリジナルだと多分これ。この後にルーツと言われる高千穂遥『異世界の勇士』が続き、さらに同じ高千穂の『美獣』に触発され栗本薫『グイン・サーガ』の第1巻が昭和五十四(1979)年に刊行開始。このあたりから本格的に和製ファンタジーが始動していきます。本書はその先駆けとなった作品。
 とはいえ正直出来は微妙。奇想天外社版あとがきにもある通り「裏返しにした『ゼンダ城の虜』が『西遊記』へ移行していって、また『ゼンダ城の虜』に戻ってくる」という構成。それは別にいいのですが、作品の要所要所で示される〈クバの女神の啓示〉の処理がいい加減だったり、最終的にどうなったのか投げっぱな人物が出てきたり、結構あやふやな所があります。この国がどうなっているのかいまいち掴み難いといった、カキワリ的な世界設定なのも問題。王子たちが乗る動物が二本足の馬とか、鳥とかがちゃんぽんになったやつなのもイメージが良くありません。
 トルファスの兄弟弟子のトリックスター的な道化魔術師・グプや、謎の奴隷頭巾の男など、敵か味方か見当もつかない登場人物が入り乱れてるうちは面白かったんですけどね。予定調和になってしまうと底の浅さが見えてしまいます。このジャンルの飛躍的な進歩もあり、今改めて読み返すだけの価値はほとんど無いでしょう。

No.3 6点 七十五羽の烏- 都筑道夫 2020/03/25 15:35
 ものぐさ太郎の子孫を自称する富豪の息子・物部太郎は、とにかく一年まじめに働けという父親の圧力を躱わそうと、よろず引き受け業ファースト・エイド・エイジェンシイの所長・片岡直次郎に相談を持ちかけた。彼の提案により日本初のプロフェッショナルな心霊探偵(サイキック・ディティクティヴ)となった太郎は、事務所ごと助手となった直次郎を従え、くるはずもない客を待ちながらのんびりと日々を過ごしていた。
 ところが開所以来ひと月と十六日め、「伯父が幽霊に殺されるかも知れない」という若い女が事務所にやってくる。はたち前後の引きしまった女性・田原早苗の話では、茨城県土浦のちかく、新妻郡藤掛町緋縅で代々宮司を兼ねている伯父・源次郎が、平将門の娘・瀧夜叉姫の霊を見たというのだ。姫は代々一族にたたっている怨霊で、田原の家に急死人や変死人がでるときには、そのすがたを現すと言われていた。
 内心あわてふためきながらもその場は話を聞くふりをし、体良く早苗を追い返した太郎だったが、その翌日伯父が殺されたとの知らせを受けて、嫌々ながらも事件に乗り出さざるを得なくなる。源次郎は蔵座敷で裸にされて絞殺され、座敷をはなれて入浴中だった勢津子夫人も風呂場に閉じこめられていたのだ。初仕事に浮かれる父親に急き立てられ、太郎は直次郎と共に緋縅へと向かうが・・・
 物部太郎シリーズの第一作で、1973年3月桃源社刊。前月には三笠書房から、キリオン・スレイシリーズの初短編集『キリオン・スレイの生活と推理』を刊行したばかり。8月には短編集『十七人目の死神』も同じく桃源社から発売。この辺りあいかわらず精力的な活動ぶりです。
 内容もキリオンシリーズを受けた論理優先、クイーンばりの本格物。批評家でもある著者のミステリ観を実践した作品ですが、筋立てはやや単調。都筑氏の探偵役は多彩な設定の割に無味乾燥で、アウトロー系の『なめくじ長屋捕物さわぎ』以外は正直どれも大差無く、物部太郎もその例外ではありません。これがハードボイルドやアクション物ならば、危機の数々を乗り越えるにつれだんだん味が出てくるのですが。
 容疑者の数も実質五人と少なめなのに、被害者は三名。よって犯人の意外性はほとんどなし。骨格が露なので誤誘導も割れやすく、ドラマ性も皆無なので読んでてあまり面白くない。副題は〈謎と論理のエンタテインメント〉ですが、それだけではやはりキツいものがあります。カー風の導入部もあまり生きていないので、むしろスッパリ捨ててその分容疑者を増やした方が良かったでしょう。巻末にもあるように、走り火のシーンを思う存分描きたかったのかもしれませんが。
 本格長編の代表作とされていますが、どちらかと言うとマニア向け。氏の作品はオーソドックスな本格物よりも、切り口の異色な前衛推理やアイデアを生かしたアクション系の方が、評者の肌には合うようです。5.5点プラス薀蓄と山藤章二氏の挿絵の魅力で、合計6点。

No.2 7点 紙の罠- 都筑道夫 2020/03/19 13:34
 谷中初音町のアパートであおむけにねころがっていた近藤庸三は、紙幣印刷用のすかし入りみつまた和紙が輸送中に強奪されたというニュースを聞きつけ動き出した。そんな紙を贋札につかおうとするような完全主義者なら、完璧な版をつくらせたいと思いはしないか。
 近藤は凹版彫刻の名人・坂本剛太の身柄を押さえて強奪犯と取引し、利益の上前を撥ねようと目論むが、旧知のステッキの男・土方利夫や尾行の名人・沖田をはじめとする胡散臭い連中は既に動き出していた。まずは沖田にさらわれた製版師・坂本をこの手に取り戻さなければならない。印刷用紙をめぐり二転三転するストーリー。果たして、悪党たちが入り乱れる争奪戦の行方は?
 『飢えた遺産(なめくじに聞いてみろ)』(1962年7月)に引き続き、同年9月桃源社より刊行されたナンセンス・アクション長編。雑誌「特集実話特報」1962年4月9日号~1962年7月9日号までちょうど三ヵ月間、7回に渡って連載された中篇『顔のない街』に百枚あまりの加筆訂正を加えて発表したもの。その間8月には三冊目の前衛本格『誘拐作戦』を講談社から刊行する八面六臂の活躍で、当時の著者の創作意欲が最盛期にあったことが窺えます。
 宍戸錠、長門裕之、浅丘ルリ子等のキャストで同年12月1日に封切られた日活映画『危(ヤバ)いことなら銭になる』の原作でもあり、都筑作品としては初の映画化。脚本家の中には池田一朗こと、後の隆慶一郎の名前も。秀作として知られた作品で、鈴木清順『殺しの烙印』などとともに〈日活100周年邦画クラシック GREAT20〉にも選ばれました。監督は清順や岡本喜八と併せてモダン派と称された中平康。
 小説の方は悪党パーカー+ドートマンダーを2で割って、前作からの小道具趣味をスパイスとして少々振り掛けたような味わい。ただし桃源社版あとがきに〈ひとつの大きな事件のなかで、主人公がつぎつぎに出会う小さな事件をどう切りぬけていくか、そのおもしろさを狙ったもの〉とある通り、場面転換の目まぐるしさはそれらの比ではありません。
 前作からすこし傾向をちがえたオフ・ビート・アクション(わざと主役を目立たせず、派手な立ち回りとのミスマッチを狙う)の趣向もマイナスに働きあまり効果は上がらず、事件に次ぐ事件で最終的には1ダース余りの死体が転がる結果、物語の山がぼやけてしまった感じ。話の凝り様は初期作品中一番と言ってもいいのですが。この手の軽快な小説に適切にアイデアを盛り込み、上手く仕上げるのはなかなか難しいですね。
 角川文庫の都筑道夫の中でも比較的早く絶版になり、入手しづらかったもの。次作『悪意銀行』と共に《近藤&土方》シリーズとしてちくま文庫から復刊されたのは僥倖。同書にはニトログリセリンを抱えた立て籠もり事件に近藤&土方コンビが絡むシリーズ短篇『NG作戦』も併録。あまり運のない本なので、興味のある方は早めに押さえておく方がいいかと思います。

No.1 8点 なめくじに聞いてみろ- 都筑道夫 2018/10/11 02:13
 出羽の山奥からはるばる上京してきたとぼけた青年、桔梗信治。彼の目的は、亡き父親が手塩に掛けて殺人技術を教え込んだ12人の殺し屋を始末することだった・・・。
 戦後推理小説の鬼才、都筑道夫が放つアクションスリラー。トランプに始まり、マッチ、傘、柱時計のゼンマイ、果ては手拭いに至るまで、奇矯な手口を用いる殺し屋たちが続々登場します。
 ショートショートからSF、捕物帳から凝りに凝ったミステリ、先鋭的な評論など、幅広い活躍ぶりながらやや器用貧乏の感もある作者ですが、代表作は「猫の舌に釘をうて」でも「なめくじ長屋シリーズ」でもなく、実はこれではないでしょうか。一時は山田風太郎の「魔界転生」などと共に、無条件で人に薦められる小説の一冊に組み入れておりました。
 流石にこうも殺し屋が多いと途中からややネタは小粒になりますが、後半に残った殺し屋たちの創った組織「人口調節審議会(アホな名前)」が登場してからは軽い伏線も張られ、退屈させません。都筑氏の作品中でもこれだけ読者サービスに徹した物はおそらく無いでしょう。
 どの戦いにも舞台その他の趣向が凝らされているのが最高傑作とする所以。最後には最強の相手とおぼしき+αの敵も用意されています。本格ミステリも良いけれど、こっち系の小説をもっと書いて欲しかったな。
 ちなみに出版5年後の1967年に、岡本喜八監督の手で東宝作品「殺人狂時代」として映画化されております。「機動警察パトレイバー」の後藤喜一隊長は、この映画に登場する若き日の仲代達也がモデルだそうです。死神博士の天本英世も特別出演。ストーリーは原作とは異なりますが映像にも拘りがあり、こちらもなかなかの娯楽作品です。

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雪さん
ひとこと
ひとに紹介するほどの読書歴ではないです
好きな作家
三原順、久生十蘭、ラフカディオ・ハーン
採点傾向
平均点: 6.24点   採点数: 586件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(38)
エド・マクベイン(35)
ディック・フランシス(35)
連城三紀彦(20)
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陳舜臣(18)
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