皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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雪さん |
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平均点: 6.24点 | 書評数: 586件 |
No.166 | 5点 | 風の伝説- 森詠 | 2019/04/01 21:46 |
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元自衛隊一等空尉・北一馬はある事故を機に日本を離れ、貨物専門の"運び屋"として世界中を飛び回っていた。だがそんな生活が災いし、六年越しの恋人ウェンディに愛想を尽かされてしまう。籠抜け詐欺に引っ掛かったのをケチの付き始めに副操縦士を逮捕され、ゲリラの対空砲火を浴びて愛機〈キャサリン〉ことダコタDC3は全面修理、さらに修理を終えたキャサリンをカイロ空港で乗り逃げされ、とどめがこれだった。
一文なしの日雇いパイロットとして暮らす北だったが、マドリードの酒場"エル・ビエント"で憂さを晴らす彼の元に、キャサリンの行方を知っているという人物から連絡が入る。アーサー・ヘンティと名乗るその男はある伯爵の執事で、キャサリンの居場所を教える代わりに貴重な文化財を運んで欲しいというのだ。 最高級のホテル・リッツで北を出迎えたのは、執事アーサーと英国王立アカデミーのモーリス・ジェニングズ卿。彼は六年前に二千カラットのダイヤモンド原石"アフリカの女王"を巡る事件で知り合ったSIS責任者、ロジャー・エドウィン・スミスの推薦で、北に白羽の矢を立てたのだった。 キャサリンはパキスタン北部の要衝マルダーンで、亡命イラン人パイロット、モルタゼ・カシェフィーにより武器密売に運用されている。それを奪取した後に、タクラマカン砂漠のさる場所に飛んでほしいのだという。二週間以内にそこからある物を運び出せというのだ。 背に腹は換えられぬ北は一も二もなく依頼に応じ、現地のエージェントと接触する為マドリードからローマを経由し、パキスタンの首都カラチへと向かうが・・・ 1987年発表。「小説WOO」'87年娯楽徹底号・迎春出荷号の二回連載分に、大幅加筆訂正を加えて上梓されたもの。「さらばアフリカの女王」に続くキャサリンシリーズ二作目。イギリス正調冒険小説の香り漂う作品ですがタッチは軽めで、インディージョーンズ+ギャビン・ライアルみたいな作品。 二部構成で第一部は中国人エージェント張に、アメリカの女性考古学者ステラ・バージェットを加えてのキャサリン奪取、第二部では古代中国殷王朝と修好のあった「風の王国」遺跡での冒険と、そこから切り出したレリーフの輸送。パキスタン→アフガニスタン→中国ウイグル自治区→アフガニスタン→イランと、アジア各国の国境を行き来します。 そこそこ腕は立つもののライアル作品ほどのしぶとさや抜け目なさは無く、もっぱら操縦の腕と軽い機転だけで凌ぐ主人公。なので捻りはあまりありません。キャサリンを利用しようと乗り込んだゲリラやテロリストを博愛的に助けると、ピンチに現れたり隠れ家を提供してくれたりするという牧歌的展開。ノワール調ででろでろな船戸与一の真逆ですな。 という具合に筋運びはわりとしょうもないんですが、ダコタの操縦描写がしっかりと全編を貫いているのであまりしらけた感じはしません。たまにはこういうのもいいかな、と。こればっかりだと御免ですが。 |
No.165 | 6点 | 煙幕- ディック・フランシス | 2019/03/31 22:00 |
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スタントマン出身の人気映画俳優エドワード・リンカンはスペインでの過酷なロケを終えてバークシャーの我が家へ戻るが、帰宅後まもなく母親代わりの保護者ネリッサ・キャヴィシィに呼び出される。グロスタシャの自宅で彼ら夫婦を出迎えたネリッサは余命いくばくもない事を告げ、エドワードにある依頼をする。
彼女が南アフリカに所持する持ち馬が不自然な連敗を続け、資産価値がほとんど無くなってしまったのだ。馬たちは去年の冬に亡くなった姉ポーシャの遺産で、夫から受け継いだ財産のすべてと共に、ネリッサに遺されたものだった。彼女の死後には甥のダニロに譲られるが、その前にどういうことなのか調べてほしいのだという。 彼は固辞するが、しょせんネリッサの頼みを断ることは出来なかった。エドワードは自分のエイジェントに連絡を付け、南アフリカでの映画公開のてこ入れという名目で、一路ヨハネスブルクに飛ぶ。 1972年発表のシリーズ第11作。「骨折」の次作で、今回の舞台はイギリスではなく英連邦圏の南アフリカ共和国。リセプションでの感電事故から中盤の金鉱山内でのピンチ、冒頭の撮影シーンと重ね合わせたクライマックスでは野生動物保護区、クルーガー国立公園で炎天下の拘束放置と、手を変え品を変え主人公を危険が襲います。 そもそもの目的である平地競走馬の不調の原因は軽く触れられる程度ですが、それを試みた動機はミステリ的になかなか面白い。実の所はおまけ程度で、真の目的のための撒き餌だったかもしれません。それならば"Smokescreen"という原題にも納得がいきます。 主人公リンカンは中盤から終盤にかけて犯人にアタリを付けるも決め手がないままいつしか絶体絶命の危機に陥り、最後にはそれを逆手に取って逆転。車内でのサバイバルシーンは尺を取っており読み応えがあります。 坑道内の描写などもかなり興味深く、全般にリサーチも場面転換も行き届いていて読ませますが、フーダニット寄りで敵役の印象が薄いのが難。ラスト付近の対峙で犯人をもっと強烈に印象付けることが出来れば、ワンランク上の作品になった事でしょう。採点は水準よりやや上の6.5点。 |
No.164 | 4点 | 原子炉の蟹- 長井彬 | 2019/03/30 16:18 |
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閑職に回された中央新聞東京本社の編集委員・曾我は、千葉支局の記者・原田から要請を受けた。地元の小さな会社の社長である高瀬勝二が、北海道で失踪した事件について当たって欲しいというのだ。高瀬社長が失踪して十日以上になるが、発見されてもいないのになぜか捜索願は取り下げられていた。
彼の会社房総電業は関東電力九十九里浜発電所の下請けで、原発作業員の調達に二〇〇カイリ不振失業者の溢れる函館港に向かったとのことだった。二人は千葉日々の記者・京林と情報を交換し、高瀬が既に死んでいるのではないかという疑惑を持つ。曾我はすぐさま函館に向かうが、そこで得たのは高瀬が青函連絡船から投身自殺したとの知らせだった。 不審を抱きながらも東京に取って帰す曾我。その頃京林は、原発反対同盟の木伏から、奇妙な噂を聞かされる。九十九里浜原発のC区域、原子炉直下のペデスタルと呼ばれる超危険箇所に、倒れた人間が一晩中放置されていたというのだ。放射能の塊となって処分された男は、やはり高瀬なのか? 昭和五十六(1981)年度・第27回江戸川乱歩賞受賞作。作者は元毎日新聞社員で、退職後に一本立ちした遅咲き作家。同社の先輩には「アルキメデスは手を汚さない」で同じく乱歩賞受賞の小峰元がいます。 3作目までは曾我明記者を探偵役にした社会派、それ以降は趣味の陶芸や登山を題材に。いずれも本格系の作風です。本書は過去受賞作の傾向をリサーチし確実に乱歩賞を取るべく書いたそうですが、作家として残された時間の少なさを考えれば、特に責める必要はないでしょう。 とはいえ虚心坦懐に見て到底満足のいく出来でないのは確か。原子炉を舞台にした三つの密室に加え童謡殺人と、道具立てはそそりますが肝心の見立て要素がアレ。放射線被曝を火傷に擬えるなど、強引過ぎて興醒めしてしまいます。数々の密室も軽い思いつき程度で見せ方も不十分。趣向に惹きつけられた読者を満足させるものではありません。全般に題材とプロットとがやや乖離した印象を受けます。事件に絡む原発作業員をメインの探偵役に、新聞記者の方をサブのサポート役に据えれば、作品に血が通ったのではないでしょうか。 選考過程では事実上岡嶋二人「あした天気にしておくれ」との一騎打ちでしたが、総合的には遥かにあちらが上。前年度候補作「M8以前(その後「連続殺人M8」→「M8の殺意」と、二度改題した上で出版)」と合わせての受賞と考えた方が良いでしょう。アジ調の割には肝心の現場作業員たち個々の描写は不足気味と内容は薄く、原発問題全体を俯瞰するならば、三原順「Die Energie 5.2☆11.8」の方がより適切です。 追記:原子炉建屋内での犯行自体、少しでも不測の事態が生じれば恐るべき綱渡りとなる訳で、多少の利点はあれどそのリスクはあまりに巨大な気がします。この犯人は死を覚悟している訳でもないので(最後の事件でも犯行の隠蔽を試みています)、なぜそこまで原子炉での殺害に拘るのか、作中描写からはちょっと納得いきませんでした。 確実に加算されてゆく被曝線量のリミットも同じ。ある意味動かぬ証拠となるので、数々の小細工が全く意味を成しません。 |
No.163 | 6点 | 再起- ディック・フランシス | 2019/03/28 14:45 |
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障害競馬の最高峰チェルトナム・ゴールド・カップの当日、競馬調査員シッド・ハレーは元義父チャールズの頼みで、上院議員ジョニイ・エンストーン卿から持ち馬の調査を依頼される。騎手と調教師が馬を抑えているというのだ。騎手はヒュー・ウォーカー、調教師はビル・バートン。二人は第一レースで勝利したにも関わらず、激しく罵りあう所を観衆に目撃されていた。
メインレースは素晴らしかった。だが僅差で三冠を達成した競走馬、オーヴン・クリーナーは勝利した直後に突然よろめき、馬主を道連れにしながら芝生にくずれ落ちた。心臓麻痺だった。 チャンピオン馬の死に悲嘆に暮れるスタンドの観衆たち。だがその陰でもうひとつの事件が起こっていた。テレビ中継車の間でヒューが胸に三発の銃弾を撃ち込まれ、殺害されていたのだ。 事件前、脅しに怯える彼はシッドの留守番電話に何度も連絡を入れ、八百長レースの告白と、このままでは殺されるというメッセージを残していた。さらに内閣の審議機関責任者アーチイ・カークから請け負った、インターネット・ギャンブル不正との関連も考えられる。「ヒューを殺した犯人を見つけてくれ」との父親エヴァンの懇願を受け、シッドは本格的に調査を開始するが・・・ シリーズ第40作。前作「勝利」から6年の歳月を置いて2006年に発表された、最後のディック単独名義作品。内容よりもそのあたりのいきさつを酌んだ邦題だと思います。 事件としてはこの後ヒューの射殺に続いて調教師のビルが銃により自殺。終結するかに思われた捜査にシッドが疑問を投げかけた段階で恋人マリーナ・ファン・デル・メールが襲撃され、これ以上追及を行わぬよう、犯人に脅迫されます。 いつもの路線なんですが「利腕」のようにどん底になるまで葛藤を続ける訳でもなく、そのへんが弱いっちゃ弱いですね。勿論ちゃんとテコ入れはされますけど。土壇場でのアクションシーンが中途半端に終わるのも、低評価の理由かな。 でもそこまで嫌いな作品ではありません。描写に多少の弛みはありますが、内容的には十分後期の水準をクリアしてるので。ヒーローとしてのシッド・ハレーにそれほど思い入れが無いからかな。「敵手」の方が首を傾げる部分は多かったです。5.5点の採点にフランシス復活の思い出もプラスして、甘めで6点。 私見になりますが「フランシスといえばシッド・ハレー」という括りには異論があります。シッドのキャラクター設定をフルに生かした傑作「利腕」以外は、競馬シリーズ内でそれほど出来の良い作品群ではないと思います。「大穴」の読了がだいぶ前なので、もういっぺん読み返さないと確言できませんが。これも宿題かな。 |
No.162 | 8点 | あなたの魂に安らぎあれ- 神林長平 | 2019/03/27 18:31 |
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核戦争後、遠未来の火星。人類は放射能汚染を避け、地下の破沙空洞市へと避難。奉仕者アンドロイドは地上に門倉京を築き、人類以上の繁栄を謳歌していた。人類への奉仕をプログラミングされたアンドロイドからお情けの完全食を配給され、精神を病んでゆく人間たち。その一人、秋川誠元は毎夜奇妙な夢を見続けていた。川崎と呼ばれる都市で最新のレーザー銃を造り、B29の護衛機に撃墜され、〈大和〉と呼ばれる七万トンの巨艦の艦底でだれにもかえりみられず息絶える夢。
一方、地上のアンドロイドたちも漠然とした不安を抱えていた。「エンズビルが天から下るとき、すべてが終わり、すべてが生まれる・・・・・・」破滅の予言とも祝福ともつかぬ、約束された終末・エンズビル神話の存在。彼らもまたふたつに分かたれる。エンズビルに従いすべてを受け入れる者と、プログラムに抗いすべてのくびきを破壊しようとする者とに。 そして人間の魂司祭、サイ・玄鬼は遂にエンズビルの到来を予知し、教会を捨て門倉に向かう。そして誠元一家もまた門倉京に。約束された神の御子、聖なる輪を目覚めさせる誠元の息子・里司が門倉を訪れる時、すべてが動き出す。 エンズビルとは果たして何か? そして人類とアンドロイドの対立の行方は? 1983年発表の処女長編。早川書房〈新鋭書下ろしSFノヴェルズ〉の一冊。このシリーズで他に発表されたのは新井素子「絶句・・・」や、谷甲州「エリヌス―戒厳令―」、水見綾「夢魔のふる夜」など。 登場人物たちは予知能力を持つ玄鬼や対アンドロイド組織を率いる賀夜昇など、少数以外は人間側もアンドロイドもほぼ病んだ状態。地下都市破沙の未来生活はどことなく現実感を欠き、地上の門倉京は活気に満ちてはいるものの、両者共に映画「時計仕掛けのオレンジ」を思わせるアウトサイダー達のモラルを欠いた狂宴が描かれます。 大人だけでなく子供の中でもそうなのが「行き詰まってんなー」と。生々しくないのと、まっとうな感性も描かれるのでそれほど嫌な感じはしませんが。心理カウンセラーとして登場する島影博士が、隠れて司祭のサイ・玄鬼に救いを求めるてのがまた闇が深いです。結局みんなほぼアレだからこのタイトルなんだなと。 ミステリとしては「火星の誠元が何故、知りもしない地球の、日本の夢を見るのか?」で引っ張っていきます。戦艦大和のビジョンはなかなか強烈ですね。ここからまた大きく繋げていきますけど。 エンズビルの正体や提示された真相はやや唐突ですが、未来から過去に語られる変則三部作なのでしょうがないかなと。最後は大団円というか、失われた者たちと生きてゆく者たち、それぞれの明るさを見せて決着します。力を出し切って書いた、初期の代表作だと思います。 |
No.161 | 7点 | 深紅の帆- アレキサンドル・グリーン | 2019/03/26 20:50 |
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オリオン号の帆船水夫ロングレンは、身重の妻メリーの忘れ形見である娘アッソーリを育てるため船を降りたが、家にとじこもるいっぽうとなり、人づきあいもしなくなった。そして彼女が五つになった時、ある事件が起こる。
桟橋から離れたボートをあやつりそこね、あらしの沖へと流されていく金持ちのメンネルスをロングレンが見捨てたのだ。助けを求めるメンネルスに対し、審判者のように振舞ったロングレンの態度が、村人たちとの溝を決定的にする。メンネルスはロングレンの留守中に、亡妻メリーの頼みを突き放し、彼女が死ぬにまかせた当人だった。航行中の船にすくいあげられた瀕死のメンネルスは、事のすべてを村人たちに語ったのだった。 彼らのよそよそしい関係は、アッソーリにまでおよんできた。生活に苦労はなかったが、彼女に遊び友だちはいなかった。そんなある日、父の作ってくれたヨットを追うアッソーリは、旅人エグリに出会う。エグリは微笑みながら、大きくなった彼女をむかえにくるという、深紅の帆をした白い船の話をするのだった。 1920年~1921年発表のロシア小説。「この世のどこでもない国」を舞台にしているというだけで、超自然的な要素はありません。にもかかわらず純然たるファンタジー。ドストエフスキー翻訳者の原卓也さんが惚れ込み、三十年越しで全訳・出版まで漕ぎ着けた作品です。 |
No.160 | 5点 | 炎 流れる彼方- 船戸与一 | 2019/03/23 08:37 |
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ツキまくりの余勢を駆ってアメリカに渡り、事業の失敗で一気に素寒貧に。二十四歳で持ち運をすべて使い果たし、周囲から揶揄と皮肉をこめて〈ラッキー〉と呼ばれる「おれ」は、流れ流れて辿り着いた霧の町シアトルで少林寺拳法を教えかつかつに暮らしていた。そんな折、困窮していた所を拾ってくれた友人の老ボクサー、ムーニー・ヘムロックにビッグマッチが持ち上がる。
マイク・タイソンに匹敵するミドル級の超新星、キラー・ジョー・ウィリアムズとのセミファイナルだ。だがウィリアムズは将来の統一王者が確実視される二十九戦オールKOの殺人ボクサー、較べてムーニーは三十七歳、二十六勝十九敗三分十二KOのロートルだ。ファイトマネーは一万ドル。対戦者グレッグ・メアーズの事故による代役とのことだが、本来ならムーニーなどに廻ってくる話ではない。これは何かある。 ラッキーは試合が行われるラスベガスへの途次で救った自殺志願の凄腕弁護士、ダーティー・サイラス・キムの助けでミス・マッチの謎に迫ろうとするが、その合間にも不可解な出来事が続発する。電話の盗聴に始まり大物オッズ・メーカーの八百長の誘い、シアトルの酒場《黒猫》のバーテン・ギャッツビーの出現、試合に疑問を抱く女性記者スーザンの籠絡・・・ そして遂に頼みの弁護士キムまでが、首を縊って自殺した。もうムーニーを止めることはできない。果たして、キラー・ジョー・ウィリアムズとの試合の行方は? 「砂のクロニクル」の前作。季刊誌「小説すばる」1988年冬季号~1990年春季号にかけての連載基本稿千百八十七枚に、三十枚弱の加筆修正を加えて上梓されたもの。「夜のオデッセイア」系列のアウトロー譚なんですが、アッチのように洒落っ気がある訳でもなく正直色々キツかった。 船戸作品は基本みんな同じお話でサクサク読めていいんですが、ディック・フランシスと異なるのは政治性の強さ。普段は綿密な取材力でそれをカバーしていますが、肉付けの薄い本書では学生運動風のメッセージが少々鼻についてしまいます。 ボクシング主体の前半から後半「高い砦」系の篭城戦への場面転換もちょっと強引。そもそも殺しても危険はないと判断したのなら、あんなまわりくどい手は使わないよねえ。後始末も派手過ぎるし。 巻末に挙がる書籍も数冊程度といつもに比べ貧弱。円熟期とはいえ、書き飛ばした作品と思われても仕方ないでしょう。ちなみに参考文献の中にはエド・レイシイの「リングで殺せ」がありました。駄目じゃん。 |
No.159 | 8点 | 竜のグリオールに絵を描いた男- ルーシャス・シェパード | 2019/03/21 21:46 |
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全長6000フィート(約1.828km)、背中までの高さが750フィート(約230m)。テオシンテ市の中心部に居座るその巨大な竜は数千年前魔法使いと対決し、心臓を止められたもののその意識だけは残り、暗い霊気で周辺の住民すべてをとりこにし続ける――。
われわれの住む世界とほんのわずかな確立の差によって隔てられた異世界。動かぬ巨竜を"舞台"にした連作ファンタジー。グリオールの体表面に真の芸術作品を描きつづけ、絵の具の毒で竜を倒すという遠大な計画の顛末を語る表題作から、竜と人との異種婚姻譚「嘘つきの館」まで全4篇収録。 素晴らしいイラストが目を引く短編集。グリオールの鎮座するカーボネイルス・ヴァリーは銀やマホガニー、藍の産地として知られる豊かな土地ですが住民は陰気で、誰もが〈彼〉ことグリオールの視線を意識して暮らし、竜の背中部分には鱗などの副産物を加工するハングタウンという村がへばりついています。 そのあたりの壮大さを存分に描写したのが中編「鱗狩人の美しき娘」。グリオールの意思に操られ十数年の歳月を彼の体内で過ごした女性の物語で、"かっとび"、"メタ六"、"おばけ蔓草"その他そこに暮らす寄生虫や寄生体、動植物や奇形人フィーリーたちとの生活が描かれます。宮崎駿さんには吉野源三郎やるくらいなら、正直これをアニメ化して欲しかったですね。 次の作品「始祖の石」は「グリオールの意思に操られ殺人を犯した」と主張する男を弁護する法廷物。充実した作品の後にとらえどころのない話が来たんで少々困惑しましたが、終わってみればかなり周到なミステリでした。この作品だけでもここで取り上げる価値はあると思います。 出来としては「鱗狩人」>「始祖の石」≧表題作>「嘘つきの館」。本当なら9点を付けたい所ですが、「嘘つきの館」があまりに身も蓋も無い結末なので8.5点。最後に〈作品に関する覚え書き〉が載っていますが、どの作品も碌な環境下で執筆されてないのが笑えます。そういえばファンタジーでありながら、全編まんべんなく「殺人」や「処刑」が絡んでますね。 追記:グリオールシリーズは全部で7篇。未訳の「タボリン鱗」「頭骨」「美しき血」があるそうです。グリオールの内部探索を描く長編 The Grand Tour は失敗し、結局書かれませんでした。なんとか翻訳されることを望みます。 |
No.158 | 6点 | またたかない星- 小泉喜美子 | 2019/03/19 10:05 |
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集英社コバルトシリーズという珍しいレーベルで刊行された、小泉喜美子さんの第四短編集。表題作こそジュブナイルですが、他の作品は大方が1972年~1977年までの5年間に、小説現代・小説推理・サンデー毎日などの一般誌に掲載されたもの。全7篇収録。
序盤は比較的低調でしたが、一種の通り魔事件を扱ったサイコ系の「髪――(かみ)――」あたりから盛り返した感じ。その次に収録された「殺人者と踊れば」が集中のベスト作品。展開はある程度予想がつきますが完成度が高く、一種の寓話ともいうべきもの。忘れ難い印象を残します。巻末の初出には「マーガレット」とだけありますが、少女漫画誌に挿絵付きで掲載されたものでしょうか。両編とも1976年発表ですので、おそらく作者が充実していた頃ではないかと思います。 これに次ぐのは潔いほど無自覚に終わる「子供の情景」か、この頃には珍しい形式の「犯人のお気に入り」。「弁護側の証人」の作者だけあって、叙述を軽くひねってツイストを加えたタイプが散見されます。 総合すると出来は標準程度ですが、文章が心地よく中には光る作品もあり捨てるには惜しいです。とは言え高めの古書価に見合うほどの内容ではないので、コレクターの方以外は第五短編集と併せ増補再刊された、中公文庫版「痛みかたみ妬み」「殺さずにはいられない」での入手をお薦めします。 |
No.157 | 7点 | 太陽の汗- 神林長平 | 2019/03/17 20:42 |
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全世界に設置された情報収集機械ウィンカと、あらゆる言語を無条件に意思疎通させる自動翻訳機によって、国家や民族が意味を持たなくなりはじめた近未来。立て続けに五機のウィンカが破壊された事件を追い、世界通信社の社員ソール・グレンと日本人技師JHは南米ペルーに赴くが、捜索過程でペルー正規軍ともゲリラともつかぬ「大佐」と名乗る人物とその一団に拘束される。
五機目のウィンカは古代インカ帝国最後の根拠地と思われるアトゥン・ビルカバンバに設置されたはずだったが、大佐はここがその場所であることを否定し、二人を逮捕するともしないとも取れるぬらくらした態度に出る。ペルー政府の許可証もなんの意味も持たなかった。 大佐を疑うグレンはJHと別れ、連絡を取り合いながら独自に調査を進めようとする。体調を崩したJHは幻覚に襲われ、食事を運んできた現地人の少女リャナの幻を見るが、その直後に彼からの通信は途絶えた。 翌朝意識を取り戻したJHは、グレンの手がかりを見つけたという大佐から、彼の所持していたVCRを手渡される。ビデオカメラの再生モードには、狙撃され額を撃ち抜かれるグレンの最後が映っていた。 JHはVCRを大佐に手渡し彼を糾弾するが、真っ白で何も映っていないと相手にされない。改めて再生スイッチを入れるが、映像はどこにもなかった。 崩壊していく現実。なにも信じられなくなったJHは大佐にロバを借り、独自にグレンを捜す決意をする。 神林長平の初期作品。「戦闘妖精・雪風」に続く第5長編になるのかな。300Pにも満たないSFで発表当時は大して話題にもなりませんでしたが、巧みな描写の光る佳作です。 JH側と副主人公ソール・グレン側を交互に描写する構成で、前半で殺害されたかに見えるグレンも普通に生存。彼の側からはJHが世界から放逐され行方不明になった格好で、実際その後は正体不明の少女リャナが住まう、古代の街区と高層ビルが混在する真のビルカバンバへと迷い込んでいきます。 「アンブロークンアロー」で追求された「言葉により人間は世界を認識し形作る」「概念抜きの世界を我々は認識できない」というテーマの先駆系。自動翻訳機を小道具に徐々に乖離していく世界を描きます。まあ初期作ですので、異世界同士でも部分的に認識が繋がってたり、ある程度干渉しあったりするのがミソですかね。 主人公JHが影の薄い存在で精彩を欠くのが難ですが、VHCカートリッジを交換するといつのまにか覚えのない製造ナンバーのカートリッジが出てくるとことか、再び消失したそれが再生画にだけ映ってるとか、現実感の突き崩し方が色々と上手い。一読する価値はあると思います。 |
No.156 | 3点 | 矜持- ディック・フランシス | 2019/03/17 11:12 |
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アフガンでタリバンの仕掛けた路肩爆弾に右膝下を吹き飛ばされ、実質退役扱いとなった英国陸軍大尉トマス・フォーサイス。ほかに行くあてもなく、十五年前に出ていったきりのランボーンの母のもとに向かう。母ジョセフィン・カウリは"英国競馬界のファーストレディ"と呼ばれる名調教師だがワーカホリックで再婚を繰り返しており、たまの滞在の際にも何度も諍いあう仲だった。
厩舎に辿り着いたトマスだが、厩務長イアン・ノーランドから意外な話を聞かされる。このところカウリ厩舎の馬たちが、レース勝利まぎわに失速し負け続けているというのだ。 機嫌の悪い義父夫婦の様子を窺ううちにトマスは、彼らがヘッジファンドに投資し百万USドルを失ったこと、会計士に勧められた脱税を種に脅迫されていること、レースに敗北するよう強要されていることを知る。付加価値税も丸四年あまり未納で、刑務所行き寸前の有様だった。 義父と母を救うため、トマスはまず交通事故死した問題の会計士、ロデリック・ウォードの調査を開始するが・・・ そして 最良の友であり父であった ディック・フランシス(一九二〇~二〇一〇)の思い出に 冒頭の献辞です。2010年、フランシス死後に発表された第44作目の本書により、ディック名義の競馬シリーズは幕を閉じました。内容についてはあえて語りません。問題点もここでは挙げません。とりあえず読ませはしますが。 公私ともいっぱいいっぱいで、息子さんロクに推敲するヒマが無かったんじゃないかなと思います。第17作「試走」がずっとワースト作品だと思ってましたが、ブービーに格上げされたかもしれません。まあ仕方ないですね。 長い間楽しませていただきありがとうございました。 |
No.155 | 6点 | 直線- ディック・フランシス | 2019/03/14 09:34 |
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固定障害レースで左足首を負傷し療養中の騎手デリック・フランクリンは、イプスウィッチのセント・キャザリン病院から呼び出しを受けた。たった一人の兄弟グレヴィルが事故に遭い、危篤状態にあるというのだ。解体中の足場が崩れ、鉄棒が腹部と脚に突き刺さったのだという。強打した頭部には脳内出血を生じ、すでに意識は無かった。
デリックは失業中の熔接工ブラッドに送られ病院に向かい、兄の最後を看取るが、遺品を受け取り帰宅する際、激しい勢いでひったくりに襲われる。松葉杖のデリックには抵抗しようもなかったが、ポケットに移し代えていた貴重品は無事だった。 明けて月曜日、彼は兄の死を伝えるためグレヴィルが所有する宝石会社、サクソニイ・フランクリンに赴く。だが、そこには警官が二人いた。週末に窓を叩き割った侵入者に荒らされたのだ。賊はグレヴィルの住所録と卓上日誌を持ち去っていた。 デリックは従業員たちに告げるべきを告げ、当面は業務を維持するよう命じる。オフィスから弁護士に掛けた電話では、兄はサクソニイ・フランクリンを含む所有物を全て、彼に残していた。 グレヴィルの後始末を続けるデリックだが、銀行の支店長の言葉には度胆を抜かれる。会社の財政状況は驚くほど健全だったが、兄はダイアモンドを買うため銀行から百五十万USドルの融資を受けていたというのだ。 兄が運用に失敗したとは考えられない。ダイアは慎重に隠され、いまだにどこかにあるのだ。デリックはグレヴィルが残した会社を守るため、隠し場所を突き止める決意をする。 1990年発表の「横断」に続くシリーズ第28作。宝探しに加え意外な展開ありと飽きさせない内容。兄グレヴィルが残したいくつかの仕掛けや電子機器を小道具に使い興味を繋ぎます。宝石や準宝石、貴石の知識もいくつか。 馬関連ではグレヴィルの遺産で会社の所有馬ダズン・ロージズの行先を巡る調教師ニコラス・ロゥダの言動がメイン。馬名の名付け親であるグレヴィルの恋人クラリッサ・ウィリアムズとの恋模様も控えめですが読ませます。 宝飾品関連と題材が華やかな割には全体に地味め。逆に言えばクセがなくミステリ的にもそこそこの出来なので、これからフランシスに初アタックする人向きかな。 個人的には競馬シリーズを読み返すきっかけになった作品。当初は上位1ダースには入るかなと思ってましたが、再読した今では15位前後に後退。主人公が怪我人なのでアクション関連が薄く、その点がやや食い足りない気がします。7点→6.5点。 |
No.154 | 8点 | 砂のクロニクル- 船戸与一 | 2019/03/13 11:45 |
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1980年、革命後間もないイラン。パキスタン産密造酒セヴンアップを満載したトラックに乗って首都テヘランに現れた日本人はハジと名乗った。彼を嵌め、人民戦線フェダイン・ハルクから追放した裏切り者を探し出し、恋人シーリーン・セイフと再び革命を闘うために戻ってきた男。
ハジは元国家治安情報局員オマル・ムルクと対決し裏切り者の名を知るが、シーリーンの弟で革命防衛隊所属の少年サミルに撃たれ川に転落し、左脚を失う。 その9年後の1989年ロンドン。〈ハジ〉の暗号名を持つもう一人の日本人駒井克人は、ふたりのクルド人から武器商人として仕事を受ける。ホメイニに痛撃を与え、クルドの聖地マハバードを奪回するため、クルディスタンに二万梃のカラシニコフAKMを運び込むのだ。 その頃イランでは、イラン・イラク戦争を経て革命防衛隊が肥え太り、腐敗が蔓延っていた。未だ革命の理想に燃えるサミル・セイフは、死を覚悟してクルド人有力者の財産と女を奪った地区司令ラシュワルを粛清するが、情報分析部副部長ガマル・ウラディに救われ、クルド弾圧の密命を帯びてマハバードに赴く。 銃器の到着を待ちわびるザグロース山脈・ケルネク山のゲリラ基地にも、イラン・イラク双方のクルド人たちが集まっていた。サラディンの異名を名乗るイラクのクルド人ゲリラ、ジャマール・ロディンとその妹ハリーダ。彼女に恋するイランのクルド人ゲリラ、ハッサン・ヘルムート。そしてハッサンが心を許すのは、死を誘うような、それでいて生命力に溢れた眼でこちらを見つめる隻脚の隠者・東洋人ハジ。 なにかに導かれるようにマハバードに集う人々。カラシニコフが歴史の歯車を動かし、クルドの悲願は成就するのか? 1989年6月10日~1991年1月13日まで「サンデー毎日」に連載された基本稿千二百枚に、四百枚弱の修正を加えて上梓されたもの。第五回山本周五郎賞受賞(なお「猛き箱舟」は第一回の候補作)。 作中の年表にもあるようにイランの最高指導者ホメイニ師の死が89年6月3日で、雑誌連載開始の一週間前。計算尽くかは分かりませんが、非常にタイムリーな時期に発表された作品です。 スケールも過去最大級。空路も駄目、海路も駄目ということで、グルジア・マフィアがソ連国内の軍事基地で買い付けたブツを、世界最大の淡水湖・カスピ海経由でイランに搬送するのですが、輸送計画が始動するのは残り1/3になってから。テヘラン→ロンドン→モスクワ→イラン国内→アゼルバイジャン共和国の首都バクーと、舞台を転々とさせながら、じっくりとキャラクター達が描かれます。後はマハバードでの激闘と、一気呵成のラストまで待ったなし。 船戸の最高傑作としておおむね評価の確定した作品ですが、主要ファクターの一つが宗教なせいか「山猫の夏」に比べ、ややキャラクターの魅力に欠ける面があります。〆の「終の奏 星屑の唄・風の囁き」があまりに素晴らしいので、世評にはこの部分の影響がかなりあると思います。個人的にはギリ8点。 |
No.153 | 7点 | 罰金- ディック・フランシス | 2019/03/10 08:42 |
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サンデイ・ブレイズ紙の競馬担当記者、ジェイムズ・タイローンは、人気馬ティドリイ・ポムを生産した農場主、ヴィクター・ロンシイに尋ねられた。「バート・チェコフを知ってるか?」古参の新聞記者バートは、先週泥酔して七階オフィスの窓から転落死したばかりだった。正にその日バートが、ランプライター・ゴールド・カップ・レースでティドリイを買うよう煽り立てた記事が掲載されたのだった。
彼は転落直前、ジェイムズに忠告していた。「自分の魂を売るな・・・・・・」「やつらはまず金をくれて、後は脅迫する・・・・・・」「自分の記事を金にするな」と。 何かある。ジェイムズは過去一年間バートが書きたてた馬が、大レースの出走を取り消し続けていることを知る。本命馬の人気をあおらせた上で出走前の賭け金を受け付けるだけ受け付けるが、その馬は走らない。払い戻しの必要は絶対にない。賭け屋が絡む詐欺だ。 ジェイムズは裏を取り〈待て――まだティドリイ・ポムに賭けるな〉と題した記事をブレイズに載せるが、その二日後早くも彼と、容赦ない脅迫を繰り返す詐欺グループとの戦いが開始されるのだった。 競馬シリーズ7作目にして1968年度MWA賞受賞作。タフな主人公には唯一弱みがあり、彼の妻は小児麻痺で左手と手首しか動かせない状態。呼吸も電動ポンプとスパイラシェルという機械頼みで、自力では3、4分程しか呼吸出来ません。ジェイムズは最終的に妻とティドリイ・ポムをレース出走まで守る羽目になるのですが、対する南アフリカから来た男、ヴォエルステロッドは当然、この急所を突いてきます。 まず馬運車でのカーチェイス、続いて妻を人質に取られてからの反撃と追跡劇、最後にロールスロイス車中での死闘と、ラストは執拗なアクションの連続。脅迫され暴行を受け、強制的に酔わされながらなおも立ち上がる主人公。シリーズ中でも上位のしぶとさを見せます。こんな男は絶対相手にしたくないなあ。 ミステリ的な捻りはあまりありませんが、混血の愛人ゲイルを筆頭に脇役もよく描けています。ストーリーの強靭さで押し切るタイプと言えるでしょう。なかなか読みでのある作品です。 |
No.152 | 7点 | きみの血を- シオドア・スタージョン | 2019/03/08 16:43 |
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東京郊外の米軍駐屯地で検閲に従事していたある中尉は、一通の手紙を読み終えはたと当惑した。三行ばかりの記述に何か引っかかるものを感じたのだ。彼は友人である軍医部の少佐のところに手紙を持ち込み、少佐は翌日、手紙を書いた兵隊を呼びにやらせた。
その無口な大男――ジョージ・スミスは、自分がなぜ呼び出されたのかちっとも知ってはいなかった。何気ない質問に答えるジョージだったが、手紙に気付いた彼の顔は骨のように白くなり、小さな汗のつぶが満面に吹き出した。その直後、ジョージは手に持ったグラスを握りつぶし、少佐に襲い掛かろうとした! MPに拘束されたジョージはアメリカ本国に送還され、陸軍神経精神病院に入院することとなる。彼の診察担当者フィリップ・アウターブリッジ軍曹は責任者アルバート・ウィリアムズ大佐に掛け合い、本格的にジョージの秘密に迫ろうとする。 1961年発表。風間賢二氏の解説によるとこの頃のアメリカはフリーセックス運動が開始されフロイトづいていたそうで、ミステリ分野においてもそのテの作品が山ほど刊行されています。その流れを受けて精神分析の手法を用い、現代に吸血鬼を復活させようと試みたのが本書でしょうか。書簡の往復や告白文を並べた構成も、元祖ドラキュラを思わせます。 ジョージ・スミス自身が語る幼少年期の物語はこの作者らしい孤独感に満ちており、現実世界に対する違和感は他の著作同様、ここにおいても通奏低音のように響いています。勿論リサーチも行き届いており、叙述トリックめいた省略以外にも細部までキッチリ暗喩が施されています。 かなり緻密に作られていますが、どちらかと言えばスタージョンらしくないタイプの作品なので評価が分かれるでしょう。巻末に並べて挙げられているシャーリイ・ジャクスン「山荘綺談」の方が、モダンホラーとしては好みです。 |
No.151 | 6点 | 憐れみはあとに- ドナルド・E・ウェストレイク | 2019/03/07 09:22 |
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看護人を殺害し精神病院から脱走した狂人。巧みに捜索をかいくぐりながら逃走を続ける彼は、拾ってくれた男に正体を勘付かれ殺害する。爆発する車から持ち出したスーツケースには、現金とあらゆる種類の身分証明書、それに俳優組合の組合員カードが入っていた。
殺した男は車中で、いままでの自分のエピソードや経歴、これから向かうレパートリー劇団のこと、芝居のやり方などをあらいざらい語ってくれた。ふたりとも同じ年ぐらいで、背格好も同じ。はじめての仕事先で、四百マイル彼方の夏季劇場の人間はだれも知らないし、プロデューサーもこの男のことを知らないのだ。 狂人は首尾良く役者になりすまし劇団に潜り込むが、性衝動に襲われ早くも女優の一人を手に掛けてしまう。湖沿いの保養地で夏季だけの警察署長を勤めるエリック・ソンガードは、現場に残されたメッセージから殺人者の心の動きをつかみ、犯行を食い止めようとするが・・・ 「その男キリイ」に続くウェストレイク名義の第5作。1964年発表。リチャード・スターク名義の悪党パーカーシリーズは1962年から開始なのでその前後、本格的に作風が変わる狭間の時期に書かれた作品です。 冒頭から"狂人"の独白とソンガード署長をはじめとする他の人物の描写が交互に記述され、殺害シーンも名を伏せたままの加害者視点。最初の女優殺しが衝動的な犯行だったため、アリバイの有無から男女15人余りの劇団関係者中の犯人候補は4名に、読者視点では3名にまで絞られます。 かように美味しいシチュエーションなのですが、生憎と推理要素はほぼなしのサスペンス一点張り。最初から最後まで淡々と死体が転がっていくので、乾いたというか引き攣った笑いが出ます。筒井康隆の短編読んでるみたい。 狂気の描写はかなりなもので、他人になりすまし演技にのめりこんでいくうちに理性も侵食。もともと多重人格気味な犯人ですが、人間的だった思考も徐々に支離滅裂な動機に変化していきます。やたら行動的な以外はマーガレット・ミラーのものに近いですね。発表年代を考え合わせるとすごくレベルが高いです。 でも犯人の割り出し方を工夫するとか、もっと面白くできたんじゃないかなあ。精神異常者の人間的な要素に触れるのは好ましいけど、もう少しエンタメ的にも配慮して欲しかったと思います。 |
No.150 | 6点 | 査問- ディック・フランシス | 2019/03/05 06:29 |
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障害競馬騎手ケリイ・ヒューズは、契約調教師のデクスター・クランフィールドと共に査問会上で資格を剥奪された。両者とも無期限の免許停止。オックスフォードのレモンフィッズ・クリスタル・カップ・レースで、本命馬スクェルチの勢いを故意に抑え、クランフィールド厩舎のもう一頭の出場馬、チェリイ・パイを八百長で勝たせた疑いだった。
査問会は仕組まれたように進行していった。議長を務めるガワリイ卿は初めから強圧的で、告発の裏付けとして提出された映像も別レースのもの。それを指摘しても正しい映像が流れることはない。加えて平然と偽証を行う騎手仲間。最後にデクスターの不正依頼の礼状と、ケリイが受け取った五百ポンドの現金写真を調査員デイヴィッド・オークリイが提出するに及び、査問は結審した。 身に覚えのない証拠に愕然とするケリイ。だが、彼の主張など一切受け付けられない。望まぬ無為を強制されしばらく放心状態のケリイだったが、従兄の調教師トニイの示唆からあることに気付く。「誰がオークリイを差し向け、偽造した写真を撮るよう指示したのか?」 査問委員たちでも、理事たちの誰かでもない。公にそのような指示が出されることなどあり得ない。ケリイは自らの汚名を雪ぎ、騎手免許を取り戻すために戦うことを決意する。 MWA賞受賞の「罰金」に続くシリーズ第8作。偽証した騎手チャーリイや張本人のオークリイに直接当たるケリイですが、捜査のノウハウも持たない身では捗々しい結果は得られません。ですが物語も半ば過ぎ、一か八かジョッキイ・クラブ募金パーティへの出席を決断した所から、潮目は変わっていきます。 冷ややかな視線の中、デクスターの娘ロバータと共に堂々とした態度で振舞うケリイ。パーティ出席者の中からも、おやと態度を変える人間が現れます。さらにそんな彼を危険視し、事故を装った殺害が計画されるに及んで――。 アクションは少なめで、ハウダニット興味で最後まで引っ張る作品。とはいえさほどに難しくはありません。仇役として存在感の大きいガワリイ卿が黒幕でないのはやや意外。強烈な悪役の不在が弱点といえば弱点でしょうか。 そのせいか全体に小作りな印象。でも中々よく出来た作品です。事件を機にお互いを意識し合うケリイとロバータの姿も、あっさりめですが的確に描かれています。 |
No.149 | 4点 | メアリー、メアリー- エド・マクベイン | 2019/03/04 07:37 |
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「メアリー、メアリー、すごいへそ曲がり。どうしてあなたの庭はよく茂るの? 銀の鈴やら貝殻や、かわいい少女が一列に・・・・・・」
マザーグースの一節を思わせるショッキングな事件。三十年以上教職に在ったメアリー・バートンは、八月の終わりの数日間に、次々に三人の少女を殺害した罪で起訴されていた。少女たちを連れ歩くメアリーの姿が何人もの人々に目撃されており、裸の死体を埋めている現場を見ていた隣人までいるのだ。事実、メアリーの庭からは一列に埋められた遺体が三体掘り返されていた。 弁護士マシュー・ホープは彼女の英国時代の教え子、メリッサ・ラウンドズの依頼で弁護を引き受ける。メアリーが丹精込めた庭に生い茂る花々を見て、この女性が三人の少女を殺したとは信じられなかったからだった。 だが、被告を取り巻く状況は困難を極めていた。ホープはあらゆる法廷テクニックを駆使し、絶対の不利を撥ねかえそうと試みるが・・・ 1992年発表のホープ弁護士もの第10作。このシリーズはリーガルに分類されてますが、たいがい起訴前にひっくり返されており、実際に法廷闘争が描かれるのは今回が初。なんとか踏ん張ろうとしますがいかんせん絶望的な状況で、主人公ホープは悪足掻きしてる感があります。 そのせいもあってかボリュームは過去最大級。その割にラストは出来過ぎた展開で、ご都合主義というか唐突さは否めません。一応複線は張ってあるといっても、これに感心する人はいないだろうな。 マクベインですからいつも通りリーダビリティーは高いですが、言ってしまえばそれだけ。事件本体よりも前作「三匹のねずみ」で登場した女性検事補、パトリシア・デミングとの恋愛模様の方がよく出来てました。これまでのところシリーズ最低クラス。10作目にして急速にランク落ちした気がします。 |
No.148 | 7点 | 骨折- ディック・フランシス | 2019/03/03 08:03 |
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父ネヴィルとその助手の自動車事故により、ニューマーケット有数の調教厩舎、ロウリイ・ロッジの運営を臨時代行するビジネスマン、ニール・グリフォン。彼はある夜、二人組のゴムマスクの男たちに厩舎から連れ去られる。誘拐先で待ち構えていた肘掛け椅子の男、エンソ・リヴェラは恐るべき威圧感で彼に告げる。「自分の息子アレサンドロを騎手として雇い、ダービイの本命馬、アークエインジェルに騎乗させろ。さもなければお前の厩舎をつぶす」と。
気ちがいじみた命令。だがエンソは本気だった。時計商を隠れ蓑に盗品を売買しながら世界中を渡り歩き、マフィアとも張り合う男。 サイレンサー片手の脅迫にニールは雇用を承諾し、彼はふたたび厩舎へと戻される。その翌日運転手付きのメルセデスに乗って現れたアレサンドロは、エンソの傲岸さを受け継いだ冷ややかな十八歳の少年だった。 脅迫を意に介さず、機会は与えるものの彼を一切特別扱いしないニール。歯ぎしりするアレサンドロにただ「レースに勝ちたいのであれば、最善の努力をしろ」と諭す。 二人の対立が数日続いた後、エンソは行動を開始する。再び傲慢さを取り戻したアレサンドロが手渡した箱の中には、脚を折られた小さな馬の彫刻が入っていた――。 競馬シリーズ第10作。フランシス版「初秋」という声も挙がる作品。厩舎に押し付けられたアレサンドロはまあかわいくない子供ですが、一方では強靭な意志力と類稀な資質を示し、主人公ニールが"純銀の響き"と譬えるほどの騎乗センスを見せます。 そのニールも恋人ギリイが"天才児〈ウィズ・キッド〉"と囁くほどのビジネスセンスの持ち主。不仲の父に反発してイートン校を中退してから六ヵ月後には自分で骨董商を始め、その十二年後には十軒の支店を持つ規模にまで。店舗を譲り渡した後は才能を買われ、倒産寸前の企業の問題点を是正しています。 父親との関係性を含め、本質的には似た者同士の二人。「本物を見分ける経験を長年つんでいる」と語るニールのこと、臨時の腰掛け程度に思っていた厩舎の運営にも本腰を入れ始め、アレサンドロの才能を磨き上げ善導しようと試みます。 ニールに感化され次第に父親に疑問を抱き始めるアレサンドロ。息子に偏執的な父性愛を持つエンソはそれに激高し、ニールへの憎悪は高まっていきます。 ミステリ的にどうこう言う作品ではないですが、まずストーリーが面白い。文章も最初から最後まで緊張感が保たれています。初期のフランシス作品はやっぱりいいなあ。読んでいて甘い話ではないですが、最後に子供のような笑い声を上げるアレサンドロの姿に報われた気がしました。 |
No.147 | 6点 | 魔弾の射手- 青池保子 | 2019/03/02 19:29 |
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1980年代初頭の冷戦期、西側の偵察衛星は、東ドイツ国境付近で不穏な動向を示すワルシャワ条約軍の動きを捉えた。NATO情報部西ドイツ支部は東側の動きを探るため、「鉄のクラウス」ことクラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐をウィーンへと派遣する。ボリショイ・バレエ団のレセプションに随行する東側の大物内通者、ニコライ・ウラジミロフ准将――暗号名〈イワン〉に接触し、情報入手を依頼するためだった。
シェーンブルンの森で首尾良く准将との会合に成功するエーベルバッハ少佐。だが彼はその場で、ウラジミロフからの亡命の申し入れと、それに先立つ前提条件を提示される。亡命前に自分を頂点とする二重スパイ網の残る二人、暗号名〈ボリス〉および〈レオニード〉を救ってほしいというのだ。 情報の漏洩に気付いたKGB内部監査機関・特殊捜査局の最高幹部「モスクワのおじさん」が活動を開始し、既にスパイ網の〈ドミートリィ〉〈ピョートル〉は抹殺されていた。彼の手先となる暗殺者の名はオレグ・グリヤノフ。14歳の時からKGBに殺しのプロとして純粋培養され「魔弾の射手」の異名を持つ凄腕の狙撃手だという。 〈イワン〉の要請を受け、エーベルバッハ少佐はスパイ網No.2である〈ボリス〉と接触する為パリへと飛ぶが、「魔弾の射手」オレグは全ての準備を済ませると同時に、少佐自身にも狙いを定めていた――。 少女漫画誌「プリンセス」昭和57年8、9月号に掲載された「エロイカより愛をこめて」のスピンオフ作品。ホモの怪盗エロイカもドケチ虫のジェイムズ君も、ボーナム君もSISのおちゃらけロレンスも、アルファベット暗号名の付いた少佐の部下たちも登場しないシリアスオンリーの番外編にして、東側二重スパイ網を巡る謀略戦。 パリで接触した〈ボリス〉ことボローニンは長年のダブルスパイ生活で疑心暗鬼に陥り、救出に来た少佐にも〈レオニード〉の居場所を教えようとしません。二人はとりあえず〈レオニード〉の住むアムステルダムへ移動しますが、獲物の心理を知り尽くすオレグは〈ボリス〉に巧みに揺さぶりをかけます。さらに彼らのせめぎあいにはNATO情報部の動きに気付いたCIAも加わり――。 アクション要素も加味した本格エスピオナージュ。少佐とオレグの対決はやや拍子抜け気味ですが、大枠のストーリーは予想は付くもののまあ綺麗に着地してます。骨格はともかく肉付けが弱く「鉄のクラウス」のキャラクターに頼り過ぎなのが難。ちょっとページ数少ない気はしますね。とはいえ100P前後の少女マンガでこれだけ描ければ立派なものでしょう。 今となっては「読んでみてもいいかな」くらいの出来ですが、もし読むのなら文庫版よりも「エーベルバッハのイノシシ像」というふざけた後書きの入った、単行本での購読をお薦めします。6点作品。 |