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[ 本格/新本格 ]
原子炉の蟹
曾我明
長井彬 出版月: 1981年09月 平均: 5.25点 書評数: 4件

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講談社
1981年09月

講談社
1984年08月

講談社
2002年09月

講談社
2011年11月

No.4 4点 2019/03/30 16:18
 閑職に回された中央新聞東京本社の編集委員・曾我は、千葉支局の記者・原田から要請を受けた。地元の小さな会社の社長である高瀬勝二が、北海道で失踪した事件について当たって欲しいというのだ。高瀬社長が失踪して十日以上になるが、発見されてもいないのになぜか捜索願は取り下げられていた。
 彼の会社房総電業は関東電力九十九里浜発電所の下請けで、原発作業員の調達に二〇〇カイリ不振失業者の溢れる函館港に向かったとのことだった。二人は千葉日々の記者・京林と情報を交換し、高瀬が既に死んでいるのではないかという疑惑を持つ。曾我はすぐさま函館に向かうが、そこで得たのは高瀬が青函連絡船から投身自殺したとの知らせだった。
 不審を抱きながらも東京に取って帰す曾我。その頃京林は、原発反対同盟の木伏から、奇妙な噂を聞かされる。九十九里浜原発のC区域、原子炉直下のペデスタルと呼ばれる超危険箇所に、倒れた人間が一晩中放置されていたというのだ。放射能の塊となって処分された男は、やはり高瀬なのか?
 昭和五十六(1981)年度・第27回江戸川乱歩賞受賞作。作者は元毎日新聞社員で、退職後に一本立ちした遅咲き作家。同社の先輩には「アルキメデスは手を汚さない」で同じく乱歩賞受賞の小峰元がいます。
 3作目までは曾我明記者を探偵役にした社会派、それ以降は趣味の陶芸や登山を題材に。いずれも本格系の作風です。本書は過去受賞作の傾向をリサーチし確実に乱歩賞を取るべく書いたそうですが、作家として残された時間の少なさを考えれば、特に責める必要はないでしょう。
 とはいえ虚心坦懐に見て到底満足のいく出来でないのは確か。原子炉を舞台にした三つの密室に加え童謡殺人と、道具立てはそそりますが肝心の見立て要素がアレ。放射線被曝を火傷に擬えるなど、強引過ぎて興醒めしてしまいます。数々の密室も軽い思いつき程度で見せ方も不十分。趣向に惹きつけられた読者を満足させるものではありません。全般に題材とプロットとがやや乖離した印象を受けます。事件に絡む原発作業員をメインの探偵役に、新聞記者の方をサブのサポート役に据えれば、作品に血が通ったのではないでしょうか。
 選考過程では事実上岡嶋二人「あした天気にしておくれ」との一騎打ちでしたが、総合的には遥かにあちらが上。前年度候補作「M8以前(その後「連続殺人M8」→「M8の殺意」と、二度改題した上で出版)」と合わせての受賞と考えた方が良いでしょう。アジ調の割には肝心の現場作業員たち個々の描写は不足気味と内容は薄く、原発問題全体を俯瞰するならば、三原順「Die Energie 5.2☆11.8」の方がより適切です。

 追記:原子炉建屋内での犯行自体、少しでも不測の事態が生じれば恐るべき綱渡りとなる訳で、多少の利点はあれどそのリスクはあまりに巨大な気がします。この犯人は死を覚悟している訳でもないので(最後の事件でも犯行の隠蔽を試みています)、なぜそこまで原子炉での殺害に拘るのか、作中描写からはちょっと納得いきませんでした。
 確実に加算されてゆく被曝線量のリミットも同じ。ある意味動かぬ証拠となるので、数々の小細工が全く意味を成しません。

No.3 5点 TON2 2012/11/05 22:18
原発で起きる連続殺人事件を扱った乱歩賞受賞作。サルカニ合戦の見立て殺人というところがミソです。
原発内で働く労働者の過酷さ、命を削っての労働だということが繰り返し語られています。現実の福島第二原発事故を先取りしているといえるでしょう。

No.2 7点 E-BANKER 2012/03/13 22:44
あの日からちょうど1年。いまだ震災の爪痕を残す最大の要因こそが「原発」。
ということで3月11日を挟んだ読書には本作をセレクト。
1981年発表の第27回江戸川乱歩賞受賞作を新装版で読了。

~関東電力九十九里浜原子力発電所の建屋内で、一晩中多量被ばくした死体がドラム缶詰めで処分されたという。失踪した下請け会社の社長なのか? だが中央新聞の大スクープは一転して捏造記事という批判を浴びる。事実は隠ぺいされ、原子炉という幾重にも包囲された密室が記者らの前に立ちはだかる。乱歩賞受賞の社会派推理の傑作~

本作が発表されたのが今からざっと30年前ということを考えれば、何とも感慨深い。
1年前に露呈した原発神話の崩壊や、東電の安全管理の杜撰さ、そして政府・電力会社の隠ぺい体質・・・
全てが本作で起こる事件内で指摘されているわけではないが、やっぱり自然界の一存在でしかない人間が、放射能物質を100%コントロールすることの難しさを感じずにはいられない。
ただ、だからといって「原発を全て廃炉に」という主張にもやはり素直に首肯することはできない。
実は私の実家も、とある原発の比較的近くにあり、周辺には直接・間接に関わらず原発産業に依存している人々が多い。
もちろん、電力という現実的な問題もある現在、できる限りの安全性を追求しながら、依存度を下げていくという体制が現実的な選択肢だろうと思う。(何だか煮え切らない評論家みたいで嫌だが・・・)

ということで、本筋の殺人事件に話を戻すと、
「原子炉」という特殊な建物を舞台にした「密室殺人」と「サルカニ合戦」をモチーフにした「見立て殺人」という、本格ミステリーの2大ガジェットが本作のメインテーマ。
密室については、1箇所しかない出入口で全ての進入者がコンピュータ制御されたという不可能状況の設定は面白い。その解法自体は複雑なものではなく、簡単に言えば「隙を突く」というようなプロバビリティ的要素があるのがやや難。見せ方にもう少し工夫があればもう少し劇的なものに感じられたかもしれないので、ちょっと惜しい気はした。
「サルカニ合戦」の見立ては、確か阿井渉介の作品でも取り上げていたが本作が先。まぁ「旧悪に対する恨みをはらす」というモチーフが重なるので使いやすいのだろうと思うが、例えばトリック等と連動しているということでもないので、必然性については疑問符。

まあ、こういう作品を早速「新装版」として書店に並べる出版社もあざとい気はするが、歴史的な出来事を忘れず、「原発」についての自分自身のスタンスを考えてみるということだけでも手に取る価値はあるのだろう。
(作者は2002年に逝去されているが、大震災を目にしていたらどう思っていたのだろう・・・)

No.1 5点 nukkam 2012/02/27 16:24
(ネタバレなしです) ジャーナリスト出身の長井彬(1924-2002)は定年退職後にミステリー作家になった遅咲き型で、デビュー作である本書は1981年の発表です。社会派推理小説と本格派推理小説、両方の要素を持っていますが謎の魅力よりも原発開発にからむ社会事情描写の方が目立つプロットであることから個人的には社会派に分類される作品だと思います。(広義の意味での)密室、(拡大解釈気味ですが)見立て殺人、謎めいたメッセージなど本格派好きにアピールするネタも揃ってはいますが扱い方はかなり地味だし、探偵役の曾我の推理で全ての謎が解明されるわけではなく犯人の自白で解明される謎があるのも謎解き好き読者の評価は分かれそうです。前半はややドライに過ぎる物語ですが、事件関係者の諸事情が明らかになる後半は感情に訴える場面も増えます。


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長井彬
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