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雪さん |
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平均点: 6.24点 | 書評数: 586件 |
No.15 | 4点 | 告解- ディック・フランシス | 2018/12/18 21:43 |
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「私は・・・彼を殺したことを告白します・・・」「私はナイフをデリイに預けたし、あのコーンウォールの若者を殺し・・・」
26年前に競馬界で起きた自殺事件を題材にした映画『不安定な時代(アンステイブル・タイムズ)』製作中の映画監督、トマス・ライアンは驚愕した。死病を患う旧知の老装蹄師ヴァレンタイン・クラークが、彼を牧師に見立て、突然謝罪の告白を始めたのだ。 必死に告解を請うヴァレンタインに、トマスはラテン語の赦免を与える。彼は微笑み、程無く昏睡状態に陥った。 再び撮影に戻るトマス。やがて老人の死を知った彼は、ヴァレンタインが競馬に関する全ての資料を遺贈したことを知る。だが甥のポールは己の所有権を頑ななまでに主張し、書籍を盗もうとする素振りすら見せるのだった。 映画スタッフの間にも対立が起こり始めた。トマスを敵視する脚本家のハワードはモデル一家の側に立ち、監督を中傷する新聞記事を載せ、さらにそれを映画会社幹部たちに送り付ける。窮地に立たされるトマス。 更にヴァレンタインと同居していた老妹ドロシアがナイフで重傷を負わされ、遺宅が荒らされる。そして問題の書籍は全て持ち去られていた。 『不安定な時代』に全てのキャリアを賭けることとなったトマスは、撮影に平行して自殺事件の謎解きを試みるうちに、やがて取調べを受けた調教師、ジャクスン・ウェルズとヴァレンタインの関係に注目する事になるのだった。 「決着」に続く競馬シリーズ第33作。代表作「利腕」以来一定レベルの作品が続いてきましたが、今回あまり芳しくない。26年前の調教師の妻の縊死を扱う「回想の殺人」形式ですが、この事件の真相そのものがボーダーライン上。予測の為のデータ提示が不十分なので、作品自体が散漫になってしまっています。トマスの罠に嵌って襲撃を行うことで犯人も判明しますが、伏線が軽すぎる上に描写も僅かなので別の人物でも良いようなもの。いくつかのアクションもあまりパッとしません。 主人公が映画撮影に忙しいという設定なので、ヒロインに関しても漠然とした予感程度。盛り上がったのは最初の中傷記事によるダメージを撥ね付ける為、主演男優の否定インタビューを競馬場から生中継で幹部たちに放映するアイデアと、悪印象を持ったエキストラ騎手たちと一緒に、元障害騎手であるトマスが実際に模擬レースを行う場面ですかね。 シリーズでも長めの作品ですが、枚数の割にはぼやけた印象。シッド・ハレー登場の次作「敵手」も疑問符の付く出来栄え。円熟期も終り、この辺りからフランシス後期が始まると思った方が良いかもしれません。 |
No.14 | 7点 | 本命- ディック・フランシス | 2018/12/13 21:45 |
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濃霧を突いて疾走する馬群。本命馬アドミラルは二番手との差を十馬身以上に広げ、騎手ビル・デイビッドソンは九十七回目の勝利を目前にしていた。だが、完璧な跳躍を見せた次の瞬間、ビルの体はまっさかさまに落ち、アドミラルの馬体がそれに続いた――。
馬上から愕然としてその光景を見つめるアマチュア騎手アラン・ヨーク。落下に不自然さを感じた彼は現場を調べ、柵の上辺にまきついた針金を発見する。だが理事への報告を終え調査が行われる僅かの間に、証拠は全て持ち去られていた。 彼はビルの仇を討つため、本格的に事件の謎を追う決意を固めるが・・・。 1962年発表。ディック・フランシスの処女作で、記念すべき競馬シリーズ第一作でもあります。本格ミステリ成分と冒険小説要素がバランス良く配分されていますが、レベル的にはさほどのものではありません。フランシス作品を特徴付ける各要素、どん底からの再生、主人公に対する凶暴な悪役、サディスティックな暴力描写、それらを突き付けられても決して揺るがぬ鉄の意志などは、まだ不十分なままです。 ただその分清々しさがあるのが魅力ですね。アドミラル号はビルの死後、妻のシーラからアランに譲られるのですが、ラスト近く主人公を追う敵集団との追跡戦でトップ障害馬の実力を存分に見せてくれます。黒幕の正体が割れたあとのレースシーン、〆の爽やかなエンディング等も後続作品ではなかなか見られません。 個人的に一番好きなのはフランシス要素の濃い次作「度胸」ですが、処女作の潔さに惹かれる方もいらっしゃるでしょう。7点といった所ですかね。 |
No.13 | 6点 | 反射- ディック・フランシス | 2018/12/10 23:48 |
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才能溢れる競馬写真家、ジョージ・ミレスが立ち木に車で激突死した時、更衣室で彼の死を悼む騎手はいなかった。皮肉屋で悪意に満ちた写真ばかりを撮る彼は、競馬界の嫌われ者だったのだ。
障害騎手フィリップ・ノアは騎手仲間であるジョージの息子スティーヴに、鎖骨を折ったので家まで送ってくれないかと頼まれる。流されるまま生きてきた彼にはとうてい断れない話だった。父親の葬式とほぼ同時に侵入した泥棒により、スティーヴの家は散々に荒らされてしまったのだ。 スティーヴと共にミレス家に赴くフィリップ。だが彼らはそこで、またもや強盗が侵入した事を知る。強盗は未亡人マリイを傷つけ、さらに家を破壊していた。スティーヴの度重なる懇願を容れたフィリップは、二人の感謝と共にジョージの失敗作が詰まった廃品箱を受け取る。写真家の習性と相反するその箱が、彼の興味を引いたのだ。 そして数日後、ミレス家は今度は放火により焼失した。廃品箱に隠された秘密に気付いたフィリップは、本格的にフィルムとネガの謎を解こうとするが・・・。 競馬シリーズ第19作。シリーズを代表する傑作「利腕」の次作。この時期のフランシスはマンネリ打破の試みなのか、主人公や作品構成に様々な工夫を凝らしています。アマチュア写真家でもあるフィリップ・ノアは半ばネグレクト気味に育てられ、極力自分の意志を示さず生きてきた人物。騎手としてのキャリアも引退を意識する年齢に設定されています。 彼が拠るべき物を見つけ、変化していく過程を描くのが本書のテーマ。謎解きの合間には馬主に不正を強要され、行方不明の妹を探すよう強制され、やがては亡きジョージの写真を武器に、競馬界の不正に対処することを選び取ります。 全般にくすんだ筆致ですので高得点は付けませんが、この時期の作品としてはまずまず成功した部類に入るのではないでしょうか。悪役ではありますが、フィリップに敗北を強要する馬主、ヴィクター・ブリッグズの人物像がなかなか厚みがあります。彼が成長を認めた主人公が、最後に取った行動も相応に抜け目ない強靭なものです。 |
No.12 | 6点 | 勝利- ディック・フランシス | 2018/12/05 22:26 |
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一九九九年十二月三十一日、チェルトナム競馬場の大障害レース。最終障害で転倒した馬体は空中で仰向けになり、半トンもの巨体が下敷きになった騎手を押しつぶした。
友人マーティン・ステュークリイの突然の死に呆然とするガラス工芸家ジェラード・ローガン。悲しみにくれる彼は騎手介添人のエディに、マーティンからレース前に言付かったという包みを渡される。その中にはありきたりのビデオ・テイプが一本入っているだけだった。彼は包みを店舗の〈ローガン・ガラス〉に持ち帰るが、ミレニアム到来を祝い店を開けたその夜、短時間のうちに包みも売上金も盗まれてしまう。 さらに一夜明けた元日、未亡人ボン‐ボンを訪れたジェラードは、意識を失って倒れている家族たちを発見する。彼らを介抱しようとした瞬間、後頭部をボンベで殴られるジェラード。意識を回復した彼は、マーティン宅と彼の家のテイプというテイプが、全て持ち去られていた事実を知るのだった。 盗まれたビデオ・テイプにはいったい何が記録されていたのか? ジェラードは自分の身を守るため、テイプの秘密を突き止める事を決意する。 競馬シリーズ第39作。訳者の菊池光さんが珍しくあとがきを寄せておられます。内容は夫人メアリさんの死と、フランシスがこれで筆を擱くのではないか?という伝聞情報について。その菊池さんもほどなく亡くなられ、第40作「再起」からは北野寿美枝さんが新たな翻訳担当に。 かようないわくつきの作品ですが、後期ではなかなかのもの。ジェラードに相対する敵集団のボスはなんと女性ですが、凶暴性はシリーズ中でも屈指。従えた男たちを手足のように使い、彼を付け狙います。 テイプの行方を聞き出そうと、何度も襲われる主人公。知り合いにボディーガードを頼みますが、防戦一方では攻撃側の圧倒的有利。一気に決着を付けようと、罠を張って乾坤一擲の勝負に出ます。 〈ローガン・ガラス〉を舞台に最後の闘いが展開されますが、相手に裏を掻かれて店員二人を人質に取られ、高熱のガラス竿を突きつけられて脅迫されるジェラード。さらに人数は一対四。店外に味方はいるとはいえ、この危機からどう逃れるのか?そしてテイプの行方は? 勿論伏線はしっかりと張ってあります。 平行して描かれるジェラードの調査の過程で現れる事実や、謎の第四の覆面の男の正体など、意外性もそこそこ。ヒロインであるキャザリン刑事の影が薄いのが難点といえば難点でしょうか。 日本語版タイトルは「勝利」ですが、犠牲者も出るやや苦い結末。ガラスに引っ掛けた原題の SHATTERED(粉々になった、砕けた)の方がより内容には合っています。今気付きましたけど、これ大ネタの伏線ですね。 |
No.11 | 6点 | 連闘- ディック・フランシス | 2018/12/01 13:57 |
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氷点下に近い二月のどんよりした日、障害騎手キット・フィールディングは心晴れぬ日々を送っていた。十一月に婚約したばかりの恋人ダニエル・ド・ブレスクが、馬主であるカシリア王女の甥、リツィ王子に心を移しているようなのだ。
心中の憤懣を抑え、王女の所有馬カスケイドで勝ち鞍を挙げるキット。だが宿敵であるジョッキイ・クラブ理事メイナード・アラデックは、彼の失態を捉えようと片時も目を離さず見張り続けていた。 執拗なメイナードの視線を振り切りレースを終えたキットは、王女のいる貴賓席に赴く。しかしそこには一人のフランス人がいた。その男アンリ・ナンテールは、彼女の夫ローラン・ド・ブレスクに委任状にサインさせるよう、王女を脅していたのだ。 死んだ父親とローランが共同所有する建設会社。アンリは新建材の強化プラスチックを、銃器の製造に転用しようと企んでいるのだ。だがフランス政府の許可はローランの名声無しには得られない。そして兵器の売買は名誉を重んずるローランには堪え難いことだった。 公私共に多事多難ながらも、アンリと対決する覚悟を決めるキット。だが脅迫の手始めとして勝利馬カスケイドを含む王女の持ち馬が殺され、さらに魔の手はダニエルやリツィ王子の身にも及ぶ・・・。 競馬シリーズ第25作。前作「侵入」に続き主人公はキット・フィールディング。ネタバレがかなり詳細にありますので、老婆心ながら順番通りにお読み下さい。 最初「これだから女はしょうがねーな」「前作の感動は何だったんだ」とか思いながら読んでましたが、ダニエル良い娘ですやん。完璧に疑ってました。すみません。 「そのような歓びを味わうのには、人は、愛を失い、それを取り戻すことを、現実に体験しなければならないのだ」と本文にあるとおり、前作と合わせ二作で一冊ですね。面白さも「侵入」に劣りませんが、より深みが生じた分こちらの方が好み。 脅迫者アンリ・ナンテールをどう無害化するかがストーリーの軸ですが、ラストは若干捻ってあります。ここで浮かび上がってくるのが老調教師ウィケムの存在。前作ではただのボケ爺さんでしたが、手塩に掛けた馬たちが次々に屠られる本作では「老ヘラクレス」に譬えられ、なかなか良い味出してます。この二編が人気があるのもなんとなく分かるような気がします。 |
No.10 | 5点 | 配当- ディック・フランシス | 2018/11/27 16:58 |
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妻セアラとの冷ややかな関係に悩む中等学校の物理学科教師ジョナサン・デリイ。彼は夜半、同じく子供を持てない夫婦仲間であるピーター・キースリイからの電話を受けた。彼の妻ドナが他人の赤ん坊を盗んだというのだ。
気乗りせぬままセアラに引き摺られるようにノーフォークへ向かうジョナサン。結婚前の彼らは、ジョナサンを兄とする兄弟姉妹のような関係だったのだ。彼はピーターを荒れた家からパブに連れ出すが、パブでの会話で、客から競馬のコンピューター・プログラム作成を請け負ったこと、その直後、プログラムを渡すよう二人の男たちに脅迫されたことを知らされる。 そして帰り際に押し付けるように、ピーターから渡される三本のカセット・テープ。その二日後、彼はキャビン・クルーザーの燃料爆発による事故で死亡した・・・。 競馬シリーズ第20作目。平均して三度に一度は当たるという、競馬必勝システムを巡る争奪戦。第一部の語り手はオリンピックの射撃選手でもある兄ジョナサン。それから14年後の第二部の語り手は、大物競馬関係者の臨時代理人を務める弟ウィリアム。二部構成ですがあまり効果を挙げていません。 傑作「利腕」前後のフランシスは色々目先を変えているのですが、「試走(競馬シリーズ失敗作の一つ)」のように完全に滑ったものもあり、本書も疑問符が付く出来映え。 まず殺人を犯していながら警察の存在をまったく考慮に入れないなど、メインの敵キャラがお間抜け過ぎること。いつものボスの使い走り程度の存在です。対照的に第一部の主人公ジョナサンは冷静強力なので、敵との均衡が取れていないこと。凶暴かつ執拗、しかもアホな相手なので、二部の主人公ウィリアムは勢い敵の面倒を見続けるような格好になってしまい、展開がスッキリしないことなどです(最初のあたり「もう来ないんじゃないか」と言って恋人と寝ていると、ドアをブチ破って敵が入ってくるとか、ギャグめいたシーンもあります)。 このしつこく絡んでくる相手をどうするか。結末は意外といえば意外ですが「うーん」という感じですね。少し都合が良すぎるような気もします。色々工夫もありますが、総合的に判断してあまりお奨めはいたしません。4.5点。 |
No.9 | 6点 | 騎乗- ディック・フランシス | 2018/11/21 11:17 |
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十七歳の少年ベネディクト・ジュリアードは、麻薬の常用を理由にアマチュア騎手から降された。身に覚えのない疑惑に彼は抗議するが、調教師ダリッジは取り合わず、ただ窓の外の車に乗るよう告げる。行き先も知れぬまま到着したブライトン海岸のホテルには、父ジョージが待っていた。
ザ・シティの成功者であるジョージは、悲願である政界進出のチャンスを得たことをベネディクトに伝える。そして彼に、満十八歳になるまでの三週間の間、フープウェスタン選挙区の下院議員選挙を共に闘ってくれるよう要請するのだった。 競馬シリーズ第36作。フランシス作品初の未成年主人公。といってもいつもとさほど差異はなく、主人公がやや直情的で純粋さを露にすることと、ストーリーが一本道なことくらいでしょうか。浮ついた部分が皆無なので、この年頃にしてはかなり大人っぽいです。 全体の2/3が選挙戦で、残る1/3がダウニング街10番地の首相の座を争うジョージと、選挙戦後のベネディクトの成長が描かれます。前半は半ばジュブナイル、後半はいつものフランシス。 選挙戦の中でベネディクトとジョージは銃撃・車への細工・放火と三度に渡って命を狙われ、これが後半の展開に繋がっていきます。ベネディクトは学生として得た知識から問題の銃弾を発見し、自動車事故を未然に防ぐのですが、この部分は射撃の名手である息子フェリックスがモデルなのではと思われます(冒頭の献辞は十八歳になる孫のマシュウに捧げられていますが)。 前半の選挙戦部分はかなり面白い。特に候補に選ばれなかった前議員の妻のかたくなな心を、ベネディクトが解きほぐすシーンは印象に残りました。後はぎごちない親子関係がしだいに親密なものに変化していく過程でしょうかね。 原題は 10-lb PENALTY(十ポンドのペナルティ)。勝利した馬が次のレースで課せられる最大ハンディキャップ重量を意味します。意訳すると「ギリギリの勝利」。いつもより若干短めですがアクションや乗馬シーンも題材の割にはそこそこ多く、フランシスが楽しみながら執筆した作品だと思います。 |
No.8 | 7点 | 標的- ディック・フランシス | 2018/10/21 19:51 |
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寒波で下宿を追い出された作家志望のサヴァイヴァル専門家ジョン・ケンドルは、窮余の一策として名調教師トレメイン・ヴィッカーズの伝記を、住み込みで書き上げる仕事を請けた。が、レディング駅に彼を迎えに来た人々の表情は暗かった。パーティ会場で起きた変死事件の後始末に疲れ果てていたのだ。
トレメインの厩舎のあるバークシャー州の丘陵地帯〈ダウンズ〉に車を走らせる一行。その途次、凍結路面で起きたスリップ事故から皆を救ったケンドルは、瞬く間に人々の中に溶け込んでいく。ダウンズでの生活とトレメインの闊達さ、馬たちとの触れ合いに、彼は新たな執筆意欲を掻き立てられるのだった。 だが半年前に失踪した厩務員の女性、アンジェラ・ブリッケルの白骨死体が発見され、風向きは変化した。彼女はパーティ席で死んだ女性、オリンピア同様扼殺されていたのだ。殺人事件の捜査を開始するテムズ・ヴァリイ署のドゥーン警部。一方、すっかりヴィッカーズ家に馴染んだケンドルの周囲にも不穏な気配が漂い始める・・・。 競馬シリーズ第29作。「わあ、痛そう」というのが主な感想。主人公はMASTERキートンなサヴァイヴァルのプロですが、そんなもん関係無いくらいエグい危機が彼を襲います。全作を読破した訳ではないですが、ここまでデンジャラスな肉体的ピンチを描いた競馬シリーズはおそらく無いのではないでしょうか。原題"LONGSHOT"も非常に意味深。 フランシスの悪役は自己顕示欲の強い強圧的なタイプが多いですが、本作のテーマは"静かに迫る危機"。この殺人者は辛抱強く機会を窺い、短慮に走らず決してミスを犯しません。途中、ボートハウスに罠を仕掛けた犯人が確認に訪れるシーンがありますが、非常に静かで不気味です。いつもとは別種の怖さと言っていいでしょう。シェラートンでのケンドルの充実した執筆生活と、この恐ろしさとのギャップが本書の持ち味。 魅力的な登場人物に加え、じっくりと馬たちや調教師の日課が描かれるのもグッド。第26作「黄金」と並んで、フランシス円熟期を代表する佳作です。 |
No.7 | 6点 | 奪回- ディック・フランシス | 2018/10/04 15:11 |
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誘拐対策企業リバティ・マーケット社のスタッフ、アンドルー・ダグラスは怒りに身を震わせた。ヨーロッパ有数の女性騎手、アーレッシア・チェンチの身代金受け渡しのまさにその瞬間に、功に逸ったイタリア警察が暴走したのだ。紙幣のナンバーも撮影し終え、打てる手は全て打って、後は穏便に取引を済ませるだけだったのだが。
身代金を持参した弁護士の息子は撃たれ、車で逃走した犯人たちは近くのアパートに立て籠もった。住民の中には赤ん坊もいる。そしてアーレッシアの命は風前の灯だった。 アンドルーは取り乱す父親のパオロを宥め、ただひたすらに犯人側からのリアクションを待つ。どのみち何らかの形で身代金を得なければ、犯罪を犯した彼らとしても引き合わないのだ。 そして、パオロの元に二度目の電話が掛かってきた。倍近くに跳ね上がる金額、だが彼女の命は無事だ。奴はまだゲームを続ける気でいる。 スペイン人の運転手に扮しパオロと共に指示された地点へと向かうアンドルー。だがそこで初めて彼は、誘拐の主犯である宿敵ジュゼッペと邂逅するのだった・・・。 競馬シリーズ第22弾。今回の主人公は誘拐対策会社のスタッフ。元ロイド保険会社の社員で、犯人との金銭面での交渉や被害者及び家族のストレス軽減、解放後のアフターケアの専門家です。物語ではイタリア・イギリス・アメリカで起きる誘拐事件の顛末が描かれ、徐々にアンドルーとジュゼッペはお互いの存在を意識していきます。 最後にはライバル、対極に立つ相似形として対峙する二人。ラスト付近で追い込まれる主人公の描写には緊張感があり、犯人との因縁も併せシリーズ初期を思わせる展開。 リサーチもしっかりしていて、第二部での被害者救出シーンとかはかなり面白かったです。ただ、犯人ジュゼッペや恋人未満のアーレッシアとの繋がりがイマイチでしたね。ここらへんの関係性がもっと濃密であれば、フランシスのベスト級にもなれたでしょう。三部構成にした事で逆にストーリーが薄まった感じでちょっと残念。 |
No.6 | 6点 | 侵入- ディック・フランシス | 2018/09/18 17:17 |
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障害競馬のチャンピオン騎手キット・フィールディングは、双子の妹の切実な訴えを受けた。仇敵アラデック家の息子ボビイと結婚した妹ホリイだったが、家族と絶縁状態で支援も受けられない二人に、新たな災いが降りかかったのだ。ボビイの厩舎が中傷記事専門のゴシップ誌《デイリイ・フラッグ》の標的にされ、飼料商や馬主たちが取引を中止し、銀行までが融資を打ち切ると通告してきたのだという。
キットは妹夫婦の窮地を救うため、レースの傍ら独自に行動を始めるが・・・。 競馬シリーズ24作目。シッド・ハレーに続く複数作主人公の登場。正直「ロミオとジュリエット」的な背景が気乗りしなくて後回しにしてたんですが、読むと結構面白いです。ただ物語の軸は〈匿名の手紙〉ネタ一本ですから少々薄いですね。足りない部分をレース描写や主人公のキャラ付けで補ってる感じ。それが予想以上に上手くいったから、続けて使ってみる気になったのかな。 本来生きるの死ぬのといったストーリーではないんですがそこはフランシス。「先祖代々からの敵愾心」という要素を入れ込んでピンチを演出します。本来のヤマ場はここかな。それを乗り越えた上で、期せずして集まった関係者たちと鮮やかにケリを付けます。 ただイマイチ深みに欠けるのはどうしようもない。好きな人も多い作品ですが、全体としては佳作未満の出来だと思います。軽く読んで楽しむ分には良いかな。 |
No.5 | 6点 | 帰還- ディック・フランシス | 2018/08/28 14:30 |
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数年間の東京赴任を終え、ロンドン本省への栄転が決定した外交官ピーター・ダーウィン。母国への帰途立ち寄ったマイアミで同期の領事に歓待されるも、強盗事件に巻き込まれたディナー歌手夫妻をチェルトナムまで送り届ける破目になってしまう。彼らは娘の結婚式に立ち会う為、イギリスに旅立つ途中だったのだ。そしてチェルトナム競馬場は、ピーターが幼年期を母と過ごした場所でもあった。
ピーターと老夫妻は娘ベリンダに婚約者ケン・マクルアを紹介されるが、彼の顔色は冴えなかった。獣医である彼の手術した馬が、次々に原因不明の死を遂げていたのだ。さらにその夜ケンたちが勤務する動物病院が放火され、焼け跡から黒焦げの死体が発見される。 ケンの窮地を救おうと懸命に調査を続けるピーター。だがやがて彼は、徐々に浮かび上がる自らの記憶の中に、重大な手掛かりが隠されている事に気付くのだった。 競馬シリーズ30作目。主人公ダーウィンが少年時代に接した噂、人物の印象などが事件を解くカギになります。いわゆる「回想の殺人」の変奏版。土壇場になるまで犯人は解りません。第26作「黄金」同様フーダニット系で、なおかつ医学サスペンスの趣きもあり、馬を死に至らしめる方法が列挙されてて結構エグイです。その中でも主要なネタはなんと日本関連。ピーターの日本滞在がここで生きてきます。 ディック・フランシスがジャパンカップ観戦の為来日したのが1988年。「黄金」日本語版刊行と重なります。ここに来て矯めてたネタを使ったという事ですね。その次の「横断」はややパッとしませんでしたが、「直線」「標的」そして本作と、第32作「決着」辺りまでなかなかの作品が続きます。かなり面白いけど、主人公が文系タイプなのでやや印象が薄いかな。6.5点。 |
No.4 | 6点 | 祝宴- ディック・フランシス | 2018/08/25 14:50 |
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史上最年少でミシュランのひとつ星を獲得したシェフ、マックス・モアトンは込み上げる腹痛を堪えていた。ニューマーケット2000ギニーレースの前夜祭、彼の経営するレストラン〈ヘイ・ネット〉で集団食中毒が発生したのだ。店舗の閉鎖にもめげず必死に仕事をこなすモアトン。その甲斐あってレース当日に催されたパーティーは大成功に終わるかに見えた。だが、突然の爆弾テロにより貴賓席は地獄となる。
辛くも難を逃れ独自に食中毒事件を調べ始めたモアトンだが、車のブレーキへの細工、自宅への放火など、明らかに標的にされたとしか思えない事件が続く。彼の命を狙う犯人は誰なのか? そして食中毒と爆弾テロとの関連は? 前々作「勝利」から愛妻の死により丸6年間筆を断っていたディック・フランシス。その後シッド・ハレー4度目の登場の前作「再起」で復活。そして今回初めて著者名に「フェリックス・フランシス」の名前が加わりました。息子さんとの共著です。 あとがきに「フェリックスが中心となってこの新作を推し進めることになった」とありますから、要所に父親のチェックは入っても、息子主体で完成したのは間違いないでしょう。シリーズ引継ぎをフランシス家・出版社が意図したとすると、どうしてもそうなると思います。しかし、つまらなくなったかと言えばそうでもない。シリーズイメージは大きく損なわれてはいません。登場人物の与える印象がやや弱くなったように感じるのは残念ですが。 アクション面ではどこまでも折れぬ鉄の意思を持つ主人公、どん底から這い上がる逞しさ、描写面では僅か数行で人物像や情景を描き出す巧みさ、そういった物を求めるのは難しいでしょう。血が繋がっているとはいえ別の人間なのですから。 ただ、ミステリ的な面白さはここ何作かに比べて上がっています。それなりの意欲を持って書かれた作品なのは間違いない。次回作を読みたいと思わせるだけのものはありました。点数は期待値込みの6点。 |
No.3 | 5点 | 横断- ディック・フランシス | 2018/08/20 16:08 |
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英国ジョッキイ・クラブ保安部員トー・ケルジイの目の前でその男は崩れ落ちた。心臓麻痺だった。脅迫を繰り返して馬主からサラブレッドを奪い取る競馬界の敵、ジュリアス・アポロ・フィルマー追求への手掛かりがまたひとつ消滅したのだ。更に犠牲者の馬主が自殺、真相を知る厩務員の死と併せ、全ての道は途絶えたかに見えた。
だがクラブは、フィルマーがロッキイ山脈を越えて驀進するカナダ競馬振興特別列車の旅客となるとの情報を掴む。ビッグイベントから不安要因を排除したいカナダ・ジョッキイ・クラブは英国側との共闘を選択し、フィルマーの企みを阻止する為の特別要員として、トーは〈壮大なる大陸横断ミステリ競馬列車〉に送り込まれる――。 競馬シリーズ第27弾。「黄金」の次作にあたります。フランシス版「オリエント急行の殺人」。舞台はカナダ大陸横断列車・列車内で催されるミステリ劇・実際に起きるフィルマーの陰謀や妨害など趣向もてんこもり(別に車内での殺人とか無いですけど)。 その割には無難に終わったなと。もっと面白くなっても良い筈なんですけどねー。フランシス作品中でも有数の長編で、列車のスケジュールと物語の流れがほぼ同期して進みます。一応読ませますがその辺は冗長に感じるかもしれません。長さの割にはメリハリが無いかな。大筋もどちらかと言えば凡庸な部類。 作中作としてのミステリ劇は主人公がフィルマーに圧力を掛けるテコの役割を果たします。読む前はこれも面白いかなと思ったんですが案外そうでもありません。こういうのは本筋と密接に関連してないと生きてきませんね。とっちらかるだけです。 印象に残ったのは主人公とクラブ側との連絡役を務める、カナダ・ジョッキイ・クラブ保安部長の母親ですね。声だけの登場ですが、他の誰よりも魅力的です。 買える点もありますが、総合的に見て標準作。ネタ的に色々と勿体無いです。 |
No.2 | 6点 | 決着- ディック・フランシス | 2018/08/06 16:38 |
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6人の子持ちである建築家リー・モリスは、突然ストラットン・パーク運営責任者たちの訪問を受けた。故老男爵から遺贈を受けた9人の株主の一人として、彼の愛した競馬場を救って欲しいというのだ。リーは亡き男爵への想いから、「ストラットン一族と関わってはだめ」という母の忠告を破り総会に参加するが・・・。
競馬シリーズ第32弾。一族のはぐれ者が愛情と誠意で確かな絆を結び直すという、26作目「黄金」の変奏といえる作品です。あちらの真相もフランシスにしてはやや陰惨でしたが、こちらはある意味もっとキツい。それを緩和してくれるのがコメディリリーフである主人公の5人の子供たちです(一人はまだ赤ん坊)。 株主総会で新たに取締役に選ばれたのは老男爵の3人の息子たち。そのうち次男坊はかつてリーの母と別れたDV夫。遺贈を受けながら役員に就けなかった孫世代も、諦め悪く策を巡らします。 そして総会を仕切るのは、男爵の妹であり一族の知恵袋である老婦人。競馬場存続派である彼女は内密にリーを引き止め、売却派である次男の金銭調査と、男爵位を継いだ長男を操る高慢な建築家の身元調査を依頼するのでした。 思わぬ展開に戸惑いながらも承知するリーですが、総会後間髪を入れず競馬場が爆破され、彼は崩壊する中央階段から息子を救う際に重傷を負ってしまいます。しかし彼は、傷ついた身体に鞭打って徐々にストラットン競馬場を再建していきます。 仮説テント等野外サーカス用の仮設備、色彩設計や空調、観葉植物や安全面への配慮など、レース場復興に向けて崩壊したスタンドが生まれ変わっていく過程は感動的です。 ミステリとしては母を虐待した宿敵である男爵家次男との対決を軸に「スタンドを爆破したのは誰か?」が主な謎ですが、最初から悪玉組がハッキリしているので難易度は高くありません。ですが「大した事は無いのかな」と思っていると、最後に結構な地雷が用意されています。ただし最終的に綺麗に解決するような問題ではないので、ややビターエンドなのが悩ましいところ。 総合的な出来は「黄金」の方が上ですが、子供たちの存在をスパイスに楽しみながら読める作品です。 |
No.1 | 7点 | 黄金- ディック・フランシス | 2018/05/26 07:38 |
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しがないアマチュア騎手の元に突然尋ねて来た大富豪の実父。数年前に喧嘩別れした筈なのに一体何故・・・
と思う矢先に二人は轢き逃げされ、父を助けた主人公は謎の襲撃者の存在を知る。 既に義母を殺した犯人は、父の元妻たちと異母兄姉弟9人の中にいる筈なのだが・・・ フランシス円熟期の筆致を味わえる佳作。作者ベストを選んでも7、8位には来ます。 再婚を繰り返す大金持ちと来るとどんないけ好かない狒々親父かと思いますが、この人は金投資の腕一本と自身の魅力だけを武器にのし上がった実力者。 金銭や子供たちに対する考え方もしっかりしており、ともするとやや地味目な主人公より魅力的なくらいです。 「彼は好きにならずにはいられない男なのよ」とは、離婚した元妻の弁。 (別シーンでは「五流のケーキ職人のような恰好」とか言ってますが) 事件の骨格はフランシスにしては結構陰惨なものですが、この父親のキャラクターがそれを救っています。 その父の財産独占を異母兄弟たちに疑われながら、誠意と意思の強さで一族の絆を結び直す主人公もいい。 初フランシスだと「直線」あたりを勧めますが、ある程度代表作を読み込んだ後ならば本作か「標的」等が良いでしょう。 |