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猫サーカスさん
平均点: 6.19点 書評数: 405件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.245 6点 指差す標識の事例- イーアン・ペアーズ 2020/11/27 17:50
17世紀にイングランドといえば、多くの方にとってはイメージの湧きづらい舞台かも知れない。だが、そのなじみの薄さを、補って余りある読み応えを提供してくれている。革命から王政復古に至る動乱の時代を経たイングランド。ヴェネツィアからの来訪者コーラは、オックスフォードで大学講師が殺される事件に遭遇する。一見すると単純な殺人事件。だがその裏側には。物語は、書き手の異なる4編の手記で構成されている。コーラによる手記が終わると、それを読んだ別の人物による第2の手記が始まる。同じ事件が、異なる視点から、コーラの記さなかったことも含めて語られる。4人の語りに生じる矛盾、隠された秘密、それらが絡み合って思わぬ真相を浮かび上がらせる。それぞれに思惑を抱えた手記の筆者たちは、いわば「信用できない語り手」。たくらみに満ちた語りが紡ぎ出す、驚きに満ちた物語。現代の我々にとっては異世界と言ってもいい、17世紀イングランドの描写も読ませる。

No.244 5点 水上のパッサカリア- 海野碧 2020/11/13 18:11
大道寺勉は、高原の湖畔で三年ほど一緒に過ごした菜津を半年前に交通事故で失い、今は飼い犬とともに暮らしていた。ところがある日、勉の前に昔の仲間が現れた。しかも菜津の死は、単なる事故ではないというのだ。自動車整備士の主人公には、何か訳ありの過去があるらしい。そんな秘密がいくつも隠されたまま、話は進行していく。始末屋グループの登場やその背景など、いささか乱暴な設定を盛り込んだり、謎と意外性のための構成をとったりしながらも、それが陳腐な形に終わっていない。興奮するような活劇や劇的なサスペンスにやや乏しいうらみはあるが、湖畔の生活や女性と犬についての回想などが実に精緻に描かれているため、知らず知らずのうちに物語に引き込まれてしまう。

No.243 4点 警官倶楽部- 大倉崇裕 2020/11/13 18:01
警察オタクをめぐる犯罪エンターテインメント。全くの素人連中でありながら、主人公たちは制服警官の格好をしたり、警察に関する専門的な知識を生かしたりして、カルト教団の現金運搬車を襲撃し、借金の取り立てやと戦い、謎めいた誘拐騒動に立ち向かっていく。問答無用で次から次へと奇妙な事件が展開するばかりか、制服や警察手帳はもちろんのこと、盗聴、尾行、逮捕術などのテクニックから、果ては改造パトカーまで「超」のつく警察マニアならではのアイテムや特技が持ち出されていく。話はかなり乱暴に進行していくし、主人公をはじめとするキャラクターの個性や魅力がやや乏しく感じられるものの、何よりもその粗っぽさを凌駕する警察オタクぶりが読みどころ。細かいことを抜きにして、一気に読んで楽しむべき娯楽作品である。

No.242 6点 あの日、君は何をした- まさきとしか 2020/10/30 18:03
いびつな家族のありようが殺人事件の捜査の中で浮かび上がる。2004年、世間を騒がせた宇都宮女性連続殺人事件の容疑者が警察署のトイレから脱走し、3日後の未明、不審人物として警察の職務質問から逃れた男がトラックに衝突して死亡する。死んだのは容疑者と無関係の中学生水野大樹。この事件により母親のいづみの人生は一変する。それから15年後、若い女性が殺害され、重要参考人である不倫相手の百井辰彦が失踪する。捜査に当たる刑事の三ツ矢は二つの事件の関連性を見いだそうとする。二つの関連がわかるのは終盤になってからだが、パズルがかみあうと伏せられていたカードが一気にひっくり返されて、驚きの連続となる。刑事の三ツ矢をはじめ、主要人物がみな家族問題を抱えており、母親の狂気・妄執に焦点があわさって、物語は一段とねじれ、切実な響きを増すことになる。少年少女らの真の姿を見せつけるラストシーンも鋭く強烈。

No.241 5点 五年後に- 咲沢くれは 2020/10/30 18:02
第40回小説推理新人賞を受賞した表題作をタイトルにした作品集。教師の夫が女生徒の犯罪に巻き込まれる「五年後に」、帰宅しない息子を待つ老婦人と対話する「渡船場で」、末期がんの母親との思い出をたどる「眠るひと」、いじめ問題を見据える「教室の匂いのなかで」の4編が収録されている。いずれも異なる中学校教師を主人公にして、学校と生徒と教師自身の家族の問題を丁寧に解き明かしている。「小説は人の傷口を素手で触る仕事なんだと、改めて思った」(桜木紫乃選考委員)と評されたひそやかな悪意のせめぎ合いを捉える表題作もいいけれど、それ以上に優れているのが次の2作。複雑な家族関係に悩む生徒と自身の問題を温かくみつめる「渡船場で」と母親の思いがけない人生を目の当たりにして生きることの悲しみと喜びを切々と描き切った「眠るひと」。身近にいる家族の思いを救い上げて静かな感動を呼ぶ。ひときわ印象深い。

No.240 6点 当確への布石- 高山聖史 2020/10/14 18:12
大原奈津子は、女性学を専門とする准教授であると同時に、犯罪被害者を支援する活動家として世間に顔を知られていた。ある時、東京6区の衆院議員が辞職したため、その補選が行われることになり、奈津子は立候補を決意した。だが、すぐさま何者かの妨害工作を思える事件が起こった。奈津子は、さっそく元刑事の男に調査を依頼したのだが...。清廉で生真面目なヒロインが選挙にのぞむ実態を本作ではうまくフィクションに仕立てている。ここまで具体的なエピソードが盛り込まれた作品も久しぶりだ。選挙戦の一部始終が現実さながらに描かれているのである。そして勝敗の行方ばかりか、裏側の薄汚い陰謀やヒロイン自身の過去が絡むなどして、物語は重層的に展開していく。選挙戦をめぐる迫真のサスペンスとしてお薦め。

No.239 6点 夜明けの街で- 東野圭吾 2020/10/14 18:11
結婚して年をとり中年になった主人公は、まさか自分が妻以外の女性に恋するとは夢にも思っていなかった。だが、いつしか相手との距離が縮まり、ともに夜を過ごすうちに、どんどん深みへはまっていく。本作では、さかんに言い訳や口実を探し、謎めいたヒロインに翻弄されつつも不倫にのめり込んでいく。そんな男の心理と行動が見事なまでに描かれている。哀れさを感じる場面もあるくらいだ。と同時に、過去の事件にまつわるタイミリミット・サスペンスとしての意外な展開が加わり、単なるドラマに終わっていない。読み始めると、最後まで一気にページをめくらされる一冊。

No.238 6点 時計仕掛けの歪んだ罠- アルネ・ダール 2020/09/29 18:42
スウェーデン国内で起きた3件の少女失踪。サム・ベリエル警部は、ある確信に基づいて連続殺人だと主張するが、上司は認めない。やがてベリエルは、どの現場にもいた不審な人物を尋問することに。だが、その先には、彼自身も予想しなかった状況が待っていた。上司と衝突してでも自分の確信に従って捜査を進めようとするベリエルの個性がまず印象に残る。同時に、何かを予見していたかのような態度も。そうした小さな違和感が伏線となって、後に回収される精緻な作りの作品。攻守が二転三転する尋問のシーンの緊張、それに続く意外な展開も忘れがたい。登場人物たちの強烈な意志、そして事件の驚きに満ちた展開が堪能できる。

No.237 6点 あの日の交換日記- 辻堂ゆめ 2020/09/29 18:40
交換日記で構成された7編の連作で、最後の第7話での伏線が回収される凝った仕掛け。入院患者と見舞客、教師と児童、姉と妹、母と息子、加害者と被害者、上司と部下、そして夫と妻というさままざまな立場の2人が紡いでいく話には毎回驚きがある。特に同級生殺しを予告する「教師と児童」、罵倒の連続となる「姉と妹」、ひねりが抜群の「加害者と被害者」が切れもあって優れているが、過去6話の背景や事件の挿話を巧みにつないで大胆なドラマ仕立てにした第7話が秀逸。メール全盛の現代にあって手書きによる交換日記というアナログな手法が、秘めた思いを語らせ、隠された事実を浮かび上がらせるのに有効であることがわかる。

No.236 4点 わらの人- 山本甲士 2020/09/16 18:31
登場人物は、思うように生きられず、内に不満をため込んだ、いわゆるストレスを抱えた人たちばかり。しかし、ふと立ち寄った理髪店で髪型を変えられたことから、彼らの人生までもが劇的に変わってしまう、なんともユニークな連作短編集。作品ごとに語り手が変わり、ある人は髪をバッサリと切られ、刈りあげられ、ある人は短髪の金髪にされてしまう。ところが髪型が変わることで性格が変わり、まるで子供向けヒーローが変身するかのように、不正を隠している職場を正したり、自分の進むべき道を見つけたりする。読めばストレスが吹き飛ぶ、そんな痛快な物語が詰まっている。

No.235 5点 闇鏡- 堀川アサコ 2020/09/16 18:30
室町時代の京を舞台にした異色長編ミステリ。京随一の遊女が殺されるという事件が起きた。しかも、その陰惨な現場には、半月前に死んだはずの女がいたという。事件の調査にあたった検非違使・龍雪の前に、いくつもの謎が現れる。凶兆を示す都の空の異変にはじまり、傀儡目、陰陽士、白拍子といった面々が登場するなど、この時代におけるあやしく恐ろしく、いわくありげな世界がこれでもかと展開していく。同時に、女たちの情念の行方も見逃せない。さらに、登場する人物たちが個性的で、その描き方にどことなくユーモアが感じられるため、単なるおどろおどろしい怪異譚に終わっていない。

No.234 7点 きたきた捕物帖- 宮部みゆき 2020/09/02 20:01
岡っ引きの親分の頓死により、世間に放り出された末の子分・北一が主人公。親分の本業だった文庫売りを続けながら、様々な事件に関わっていく。本書は短編4作で構成されている。北一に長屋の世話をする、差配の富勘。親分の女房で、盲目だが耳と勘の鋭い松葉。欅屋敷の用人の青梅新兵衛。周囲の大人たちに期待されながら、成長していく北一の姿が気持ちいい。連続神隠し事件や、生まれ変わり騒動を発端とした殺人など、各話の内容も面白かった。第3話からは、湯屋の釜焚きの喜多次が登場。あることから北一に恩を感じて、協力者となる。タイトルの「きたきた」は、この二人を意味しているのだ。シリーズ化されるそうなので、これからのコンビとしての活躍にも期待したい。なお本書は、宮部の「桜ほうさら」と「<完本>初ものがたり」とリンクしている。

No.233 6点 おそろし 三島屋変調百物語事始- 宮部みゆき 2020/09/02 20:00
サブタイトルにあるように、宮部みゆき版百物語。ある事件がきっかけで人間不信になったヒロインのおちかが、叔父の元を訪れる人々が体験した不思議な話を聞くうちに「世の中には、恐ろしいことも割り切れないことも、たんとある」ことを知り凍り付いた心が徐々に解けていく。人間の醜さや悲しさが、卓越した比喩を多用した独自の文体によって炙り出されていく。切なくも美しい時代ホラー小説。

No.232 7点 あの本は読まれているか- ラーラ・プレスコット 2020/08/20 18:33
一冊の小説と、それが体制を揺るがすものになると考えた人々を巡る物語。冷戦下の米国。タイピストとして中央情報局(CIA)に雇われたロシア移民の娘イリーナは、ひそかに諜報員にスカウトされる。彼女は訓練を受け、やがてある作戦に起用される。当時のソ連で禁書とされたパステルナークの小説「ドクトル・ジバゴ」。これを秘密裏にソ連国内に流通させ、人々に体制への疑問を抱かせようというのだ。話は大きく二つのストーリーからなる。一つはソ連側。愛人オリガの視点から語られる。パステルナークと妻、そしてオリガの三角関係。もう一つは、CIA女性諜報員たちの物語。体制に抑圧される側と、その体制を揺るがす側、CIAの女性も、男性社会では抑圧される側なのだ。パステルナークたちの人間関係、CIAの女性たちの人間関係が重なり合う。国や社会に対して個を貫こうとする人々を描いた、読み応えある作品。

No.231 5点 極限捜査- オレン・スタインハウアー 2020/08/20 18:33
冷戦時代の東欧を舞台にした警察小説。殺人課捜査官フェレンクが担当した事件は明らかに自殺に思えた。だが相棒のステファンは他殺だと言い張り、捜査にのめり込む。第二第三の殺人が起き、第一の事件との意外なつながりが見えてくる。フェレンクは実は作家でもあるが、スランプに陥り作品が書けずにいるばかりか、妻との間がうまくいかず結婚生活まで破綻しそうになっている。しかも言論が弾圧され、あちこちに密告者が潜み、反政府主義者として目をつけられると、拷問されて殺されるか、収容所送りとなる閉塞した時代。捜査官として誠実に任務をまっとうしながら、困難な人生に勇敢に立ち向かおうとするフェレンクの姿が鮮烈に描かれ胸に迫る。

No.230 5点 希望の獅子- 本城雅人 2020/08/07 17:31
華僑の若者3人の青春物語と、現代の殺人事件を追う警察の捜査模様が融合したミステリ。横浜中華街で在日中国人の死体が発見された。だが、その陳亮という男は31年前、当時高校2年生の時に同級生の周志龍、楊将一とともに失踪した人物だった。果たしてその時3人の身に何が起こったか。そしてなぜ今になって陳亮は死体となって見つかることになったのか。中国の獅子舞、中華街の勢力争い、時代の変遷など、知られざる世界の描写がすこぶる興味深く、ドラマに深みを与えている。そして1981年の横浜を舞台に、生き生きとした青春ドラマが描かれ、しっかりとした読み応えが感じられる長編小説となっている。

No.229 5点 フリント船長がまだいい人だったころ- ニック・ダイベック 2020/08/07 17:31
タイトルから想像する方も多いかもしれないが、スティーブンソン「宝島」を下敷きにしている。かの作品が港町の宿屋の息子、ジム・ホーキンズの成長譚であったのと同じように、本書も教養小説の形式をとっている。ある犯罪行為が成長のための通過儀礼に絡む形で描かれている。展開の意外性もありサスペンスとして楽しめるのだが、同時に胸が痛くなる青春小説でもある。

No.228 6点 真実の10メートル手前- 米澤穂信 2020/07/24 16:41
主人公は探偵ではなく記者。女性記者・太刀洗万智が取材先で出会う「謎」に立ち向かう。探偵は真実を明らかにすることが、記者は真実を見つけ出して人に伝えることが仕事。両者は似ているようで、あまりにも異なる。それでも作者は、彼女を主人公に据えた。この点で、ミステリでありながら、「メディアの役割とは何か」「メディアのあるべき姿とは何か」という命題が背景に存在し、そこから透けて見えてくる人間の心理が魅力的な作品。主人公は、取材した人間の本当の思い、「真実」を見抜く。そして取材を受けた人間の「本当の思いをみんなに分かってほしい」という願いを、代弁したいと望む。メディアが伝えるべき真実・真理とは、こういうものではないだろうか?しかし、それを暴くことを、主人公は思い悩む。自分のしていることは正しいのかと惑う。この作品で展開されるこのような物語を目撃した時、読者も真実というものに悩むでしょう。

No.227 8点 幻の女- ウィリアム・アイリッシュ 2020/07/24 16:41
発端の不可思議性、中途のサスペンス、結末の意外性と三拍子揃っている。大都会を背景に独特の甘美で寂しいムードを漂わせ、不可解な謎に魅了される。アリバイがないための無実の殺人罪で死刑を宣告された男が、刻々と迫る執行日を前に、友人の努力で冤罪を晴らそうとするが、果たして刑の執行に間に合うのかというところにサスペンスが生まれる。主人公の運命がどうなるか、その焦燥感や不安感が読者の気持ちを捉えてはなさない。

No.226 5点 三つの秘文字- S・J・ボルトン 2020/07/14 18:19
スコットランドのシェットランド諸島が舞台。夫の出身地シェットランドで暮らすようになった産科医のトーラは、死んだ馬を埋めようとして庭を掘り返しているときに、女性の死体を発見する。女性は心臓をえぐられ、背中に三つの古代ルーン文字が刻まれ、出産間もなく殺害されたようだった。しかし身元が判明した女性は、検視結果による死亡推定時期の前年に既に死んでいた。女性刑事デーナと協力し合って、トーラは真相を突き止めようとするが、不穏な脅しを受ける。夫婦関係や不妊に悩むトーラが真実を求めて果敢に突き進んでいく姿が実にいい。緊迫感あふれる産科医としての仕事の描写も、物語に奥行きを与えている。何よりも北欧文化圏でもあるシェットランドの独特の風土が、謎解きにも巧みに生かされ、個性的な物語世界を作り上げている。

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