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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.21 8点 絹いろの悪夢- カーター・ブラウン 2024/06/13 06:25
(ネタバレなし)
 その年の秋。「おれ」こと私立探偵ダニー・ボイドの秘書兼セックスフレンド(今でいう)の赤毛美人フラン・ジョーダンが、無断で五日も仕事を休んだ。すると謎の女(のちに美女と判明)「ミッドナイト」から連絡があり、フランを人質にしてるので彼女を無事に取り戻したかったら、ある要求を聞いてほしいという。ミッドナイトのもとに赴き、人死にも生じるすったもんだの末にフランを奪回したボイド。だがミッドナイトの頼みの内容に関心を抱いた彼は、フランの身の安全を確保したのち、改めてミッドナイトのもとにのりこみ、今度は正当なビジネスとしてその依頼を受けることにする。かくしてミッドナイトの指示のままに別名を使い、目的の地アイオワに向かったボイドだが、そこでは意外な事態が彼を待ち受けていた。

 1963年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればダニー・ボイドものの14番目の長編。

 レギュラーヒロインである秘書フランの誘拐騒ぎから開幕する序盤は、事件屋稼業ものの私立探偵小説としてはありがちな感じ。(と言いつつ、類例の作品などは、すぐにパッと書名を上げられないが。)

 しかし序盤からキャラの濃い連中が続々と登場し、とりあえずフランを救うまでが最初のウン十ページ。
 以降、攻勢に転じたボイドが動き出してからは、フツーの私立探偵小説の枠を超えたジャンル越境的な方向に話が流れ込み、そこからまたさらにストーリーが弾んで、いっぽうでいくつもの謎を残したまま読み手の興味を刺激し、どんどん面白くなる。
 間違いなくボイドもの、いや、これまで何十冊も読んできたカーター・ブラウンの諸作全般のなかでも、かなりデキがいい。

 とにかく「立った」キャラがひしめき合っているのに、残り少なくなったページ数でどう話をまとめるんだ? と思っていたら、いつものブラウンなりの「名探偵、一同の前で、さて、と言い」パターンで、事件の意外な奥行きが明かされる。今回はその最後の真相のストンと落ちる&決まる感じがとてもよろしい。
 話の中途で某キャラに抱くボイドの妙にしんみりしたメンタリティも、どっかチャンドラーのかの作品を思わせる。

 とても面白かったけど、この事件は後日譚をもう一回以上作れて、ボイドシリーズの中でのシリーズ・イン・シリーズに持っていけそうな感じ。
 もしかしたら実際にそういう趣向の作品があるのかもしれないが、あったとしてももちろん未訳である(なにしろ本作は、邦訳があるボイドもののなかで、後ろから二番目という、あとの方の作品なので)。
 誰か原書まで追っかけている奇特な人、その辺の事情を存じないだろうか。
 
 翻訳はあんまり知らない「泉真也」という人だが、フツーにスムーズに楽しめた。奥付の訳者紹介を見るとほかに訳書の記載もないので、これが最初の翻訳だったのか? 肩書の「探偵小説翻訳家」というのが、ゆかしい(笑)。 

No.20 6点 殺人は競売で- カーター・ブラウン 2024/04/13 11:04
(ネタバレなし)
 二年前に北京博物館から盗まれた、7世紀(唐時代)の美術工芸品の瓶子(へいし=酒を入れる容器)。鳳凰の装飾がある何万ドルものその品は、現在はロンドンの美術商ビル・ドナヴァンの元にあった。ドナヴァンは世界各地の美術コレクターにひそかな案内を送り、オークションでの高額落札者に品物を譲ろうとする。だが謎の人物がその参加者たちを脅迫し、品物への入札から手を引かせるよう暗躍していた。「僕」こと私立探偵ダニー・ボイドは「オバーン美術品店」の二代目社長で若い美人のシャロン・オバーンの依頼を受け、彼女の身の警護と落札が叶った暁の際の、品物の護送の任務を請け負った。ボイドは依頼人とともに、ロンドンに向かうが。

 1965年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればダニー・ボイドものの15番目の長編。未訳のものを含めれば長編だけで32冊あるらしいボイドの事件簿だが、日本に紹介された中ではこれがいちばん最後の登場長編となった。ちなみに原題は「CATCH me A PHOENIX!」で、「不死鳥を捕まえて」。キーアイテムの装飾の鳳凰を、不死鳥とごっちゃにしてるらしい。厳密には別ものだよね?

 ボイドものでは珍しい海外への出張編だが、荒事師とやり合う活劇場面も従来より多い感じで、今回の作劇はアクション主体(とキーアイテムの争奪戦)に舵を切ったか? と思いきや、中盤で、ちょっと読み手のスキを突く感じで殺人事件が発生。例によっての一応以上のフーダニットの趣向が用意されている。
 お宝の奪い合いというメインプロットに関して、誰が最後に笑うか? のシーソーゲームがなかなか面白い(刊行当時としては、まだ、たぶんちょっと目新しかった? お宝の盗難予防策が登場している)。その一方、終盤の真相に向けてサプライズのネタもいくつか盛り込まれ、その意味でもそれなりに良い出来。ただ、評者の印象としては、前面に出た争奪戦の活劇の興味がいちばん大きかった。ゲストヒロインでは素直な正統派の美人キャラじゃないんだけど、ドナヴァンの実妹でクセの強いグラマー美女ローラの存在感が大きい。ボイドと成り行きから妙な連携を見せて、味のある芝居を見せる。

 翻訳家はカーター・ブラウンの担当としては珍しい方の尾坂力だが、ボイドの一人称「僕」は似合わないな~という思いが強い。ボイドもの定番の「おれ」にしてほしかった。ボイドものの中では、中の中くらいの出来。
 あと、ボイドが美人秘書のフランとしばらく寝てない(これまでは時たま、同衾している)、という主旨の述懐を胸中でするのは、ちょっと興味深かった。こういうあからさまな叙述って、実は私立探偵小説の中でも、意外に少ないんじゃないかい。

No.19 7点 じゃじゃ馬- カーター・ブラウン 2023/06/17 16:20
(ネタバレなし)
「おれ」ことアル・ウィーラー警部は、ふだんはパイン・シティの保安官事務所に勤務するが、本来はシティ警察の殺人課の所属で、事務所には出向の身だった。そんなある日、古巣の殺人課から呼び出しがあり、殺人課の課長パーカーはウィーラーに、失踪した店員の娘リリー・ティールの行方を捜せという。なぜこの段階で殺人課が動く? と不審を抱くウィーラーだが、どうやらひそかにリリーが殺害されている可能性をパーカーは見やっているようだ。しかも本件には、市でも最大級の実力者の大富豪、新聞社と複数の放送局の所有者であるマーティン・グロスマンがからんでいるらしい? ウィーラーは、途中で捜査を中断した殺人課の同僚ハモンド警部の後を引き継ぐが。

 ミステリ書誌データサイト、aga-searchによると、ウィーラーものの第13長編。
 これも大昔に読んで、まったく内容を忘れてたものの再読。

 こないだ読んだ(再読した)第23作目『ゴースト・レディ』のレビューの中で、ウィーラーが殺人課出身だったという話題を書いたが、ちゃんとその文芸にスポットを当てていた作品がココにあった。やっぱ、しっかり記録を取りながら読まなきゃダメだな。
 
 やっかいごとを押し付けられるために古巣の殺人課に呼び戻されたウィーラーは、市の大物(裏社会の荒事師まで抱えてる)を向こうにした、面倒が多そうな、ほとんど単独捜査をするハメになる(殺人課の部長刑事バニスターがちょっとだけ相棒になるのは、面白いといえば面白い)。

 あまりネタを割ってはいけないが、今回のウィーラーは悪党側のハニートラップにハマってレイプ未遂犯の冤罪を着せられ、警官として失職してしまう(実績ある警官、そして広義のハードボイルド探偵としては、かなりうかつだ)。とはいえ殺人課や保安官事務所も意外に冷静で、ウィーラーが罠にはまった事実をちゃんとすぐに理解し、協力体制をとる展開も予想外で面白い。

 さらに重要な証人の生命を守って悪党側と攻防戦を演じ、増援のため民間の私立探偵の協力を求めるリアリティも楽しかった。
(証人を守る攻防といえば、西村京太郎の秀作『札幌着23時25分』みたいである。)

 終盤の意外な真相はやや唐突だが、サプライズ度としてはなかなか面白い。

 ウィーラーの敵陣への潜入ぶりとかも含めて、全体的にB級ハードボイルドミステリ感の強い話で、読了後にTwitterで見たウワサによると、別の作家による代作の疑いの濃い一本だという? 多作のカーター・ブラウンの諸作は、一部がハウス・ネームの代作になってるらしい、というのはそういうことか。
 いつものレギュラーヒロイン、アナベル・ジャクスンも一応は顔を出すものの、おなじみのツンデレコメディが皆無なのも、たしかに別作家っぽいかも。

 なんにせよ、ウィーラーシリーズの中では独特の食感と歯応えがあった一本。評点はちょっとオマケして。

 ちなみに原題は「The Bombshell」。爆弾ではなく、かわいこちゃん、とかの意味らしい。決して、ユニクロンによってサイクロナスに転生した、デストロンのカブト虫のことではない。

No.18 6点 ゴースト・レディ- カーター・ブラウン 2023/05/01 19:47
(ネタバレなし)
 雷鳴が響く嵐の夜のパイン・シティ。「おれ」ことアル・ウィーラー警部は、お持ち帰りした黒髪の美人ジャッキーとお楽しみ寸前だったが、上司のレズニック保安官から突然の電話があり、殺人事件の捜査を命じられる。渋々、嵐のなか、愛車をとばしてウィーラーが出向いた先は、シティから離れた山周辺のオールド・キャニヨン・ロード。そこに住む大地主エリス・ハーヴェイ(60歳の男性)の屋敷で、事件は起こったようだ。被害者は、当主のうら若い次女マーサに求婚していた20代半ばのハンサムな詩人ヘンリー・スローカム。実は屋敷には、100年前に若死にした女性ディーリアの幽霊「灰色のレディ」が跋扈するとの噂があり、スローカムはその幽霊と対峙して度胸を示し、自分をマーサの婚約者としてアピールするつもりで、ひとりで施錠された部屋に入った。だが施錠を壊して室内に入ったウィーラーが認めたのは、頑丈に内側からロックされていた空間で、喉をかき切られたスローカムの死体だった。そして、さらに怪異な証拠として、死亡直前のスローカムと灰色のレディ、ディーリアとの会話を録音したテープなども発見される。

 1962年のクレジット作品。aga-searchの書誌データで、ウィーラーものの第23長編。
 「カーター・ブラウンの密室殺人もの」として一部マニアには有名な作品(笑)で、あらすじを読んでもらえばわかるように、怪奇オカルトミステリの要素もある。
(なお原題は「The Lady is Transparent」。淑女は透明、というか、お女性はスケスケ、というか。)
 ちなみに何十年前に一回読んでるが、内容は120%忘れてるので、再読じゃ。

 ウィーラーが自宅で楽しいことをしようと思ったら、殺人事件を告げるレズニックの電話で邪魔される導入部は『エキゾティック』とおなじ。たぶんしっかり調査すれば、このパターンは他の作品にもまだまだあるだろう? 
 怪異な、というよりは訳ありな100年前の伝承にまで話が広がり、ちょっとクセのある事件関係者と応酬を繰り広げるウィーラーの描写はなかなかテンポは良いが、マジメに不可能犯罪もの密室パズラーの興味で読むと、真相は拍子抜け。いやまあ、大方の読者は、もともとそんなに期待値は高くないとは思うが(笑)。
 謎の提示と雰囲気だけは悪くないので、話のタネに読みましょう。
 評点は0.5点オマケ。

 ちなみに、ウィーラーの無軌道ぶりを叱るレズニックのセリフで、いざとなったら、市警の殺人課に戻してやる、というのがあり、ちょっと興味津々。
 つまりウィーラーはもともと、市警の殺人課に所属し、選抜されて? 保安官事務所付けの上級刑事に栄転したということになるんだね?

 詳しいことは未訳の長編第1作『Blonde Verdict(金髪の評決)』とかで書かれてるのか? 日本語で読みたいな。ムリだろーな(涙)。

No.17 6点 ベビー・ドール- カーター・ブラウン 2023/03/15 11:11
(ネタバレなし)
 「おれ」こと、ハリウッドのトラブル・コンサルタント、リック・ホルマンは、映画プロデューサーのアイヴァン・マッシ―から依頼を受ける。仕事の内容は、マッシーお抱えの美人女優トニー・アスターが、人気歌手のラリー・ゴールドと噂があるので事実関係を調査し、場合によっては今後の交際を止めてほしいというものだ。だが双方の人気芸能人には、ハリウッド業界人たちの思惑が絡み合う。そして以前、新婚直後の夫に失踪された経歴のあるトニーには、まだ秘めた人間関係や前身があった? そんななか、ひとりの人物が命を落とすが。

 1964年のクレジット作品で、ミステリ書誌サイト「aga-search」によればホルマンものの長編、第7弾。

 人気スターのスキャンダル騒ぎのコントロールという、ハリウッドものとしてはいかにもありそうな事件を主題にしており、いささか地味な印象。
 人死にも、終盤でちょっと荒れ事が起きるまで、殺人かどうか不明の(読者視点では、たぶんソウナンダロウ)転落死が一件だけと、かなり地味(あ、トニーの夫の失踪事件があるか。でもそっちは……)。

 とはいえ、そのメインヒロインのトニーの従姉妹で、ブロンドの美女リザのキャラクターがなかなか魅力的。
 リザの実母ネイオミは元・大成しなかったコーラスガールで、星一徹風に娘のリザに芸能界での成功の夢を託したものの、リザが音痴と判明したために失望。かわって姪のトニーをステージママならぬステージおばさんとして養育し、人気スターとなる一助に貢献した過去がある。
 で、割を食った形のリザが心に抱えるルサンチマンが、陽性かつエネルギッシュなメインゲストヒロイン像に転化されており、そんな彼女とホルマンとの関係も、一種のラブコメ風に妙にゆかしい。

 今回はこの辺で得点ポイントかと思ったら、殺人事件の真相もちょっとヒネりがきいていてオモシロかった。殺人実行のビジュアルイメージは、少しだけ不気味でこわい……かもしれない。

 事件解決後の、良い意味でウヒャッハーなクロージングも愉快で、ホルマンと仲間たち、楽しそうだな、オイ。
 佳作。

No.16 6点 エキゾティック- カーター・ブラウン 2023/01/11 16:37
(ネタバレなし)
 その夜、「おれ」ことパイン・シティ保安官事務所勤務のアル・ウィーラー警部は、自宅のアパートに雑誌の定期購読セールスに来たブロンドの若い娘といちゃつきかけていた。そこに上司のレズニック保安官から電話があり、射殺された男の死体がタクシーで保安官宅に届けられたと告げる。ウィーラーはレズニックからこれはお前の悪質な悪戯か? と疑われかかるが、身に覚えのないことで、そのまま、その殺人事件を捜査することになった。被害者の素性は、3年前に10万ドルを横領した嫌疑で逮捕、投獄され、いまは仮釈放になったばかりの中年男ダン・ランバート。奪われたままの10万ドルの行方は今も不明だが、ランバートは最後まで無実で冤罪だと主張していた。ウィーラーは捜査を開始するが、彼の前にはまたも美女と死体が続々と現れる。

 1961年のクレジット作品。アル・ウィーラー警部の第20長編。
 
 小林信彦の「地獄の読書録」やAmazonのレビューなどでは、割と好評のウィーラーものの一編。
 被害者ランバートの娘コリーヌがすでに成人した美女で、女性用衣料品店を経営。おなじみのヒロイン、保安官秘書のアナベル・ジャクスンが「ブーティック」というのよ、と教えてくれる。邦訳が出た1967年当時としては、まだブティックというカタカナ言葉は確かに新鮮だったのだろう。翻訳は田中小実昌。
 
 被害者ランバートは逮捕前は投資相談所を経営しており、そのパートナーだった男が、今はパーティ用のジョーク・グッズを輸入販売しているハミルトン・ハミルトンなる男。ネーミングは「87分署」のマイヤー・マイヤーのパロディか? ハミルトンの妻ゲイルの実家が資産家で、夫の元・共同経営者ランバートが横領したとされる金は彼女が立て替えて、横領の被害者に返したことになっている。
 
 ハミルトンの冗談グッズというか大型アイテムで、スカートの女性がその上に乗ると強風が吹き出てパンティが丸見えになる装置が登場。リック・ホルマンものの『宇宙から来た女』でもあったネタだ。
 あと、ウィーラーが出向いた私立探偵の事務所で、IBMの電子計算機が登場。ミステリの作中で、民間にこの装置が置かれていた描写としてはかなり早いのでは? と思う。

 ミステリとしては、細かい伏線を回収。動機の方もちょっとクリスティーの諸作を思わせる印象で(こう書いてもネタバレにはならないと思うが)、なかなか面白い。
 この作者の著作のなかでも丁寧で手堅い分、いつものはっちゃけた味とは微妙に違う感触もあるが、まあそれはそれで。
 そーいえば、ウィーラーが悪漢に殴られて失神する場面があり、基本は一匹狼の遊軍捜査官としてハードボイルド私立探偵っぽい挙動の彼ながら、こういう描写は意外に珍しいハズ。

 なおタイトル「エキゾティック(異国の情緒・味わいを持つさま。異国風)」は原題そのままだが、メインゲストヒロインのひとりコリーヌの洋品店の屋外の、店名を標記した文字の書体がそれっぽいということから。決して、出て来るお女性の容姿がどーのこーのの、タイトリングではない。

No.15 6点 女海賊- カーター・ブラウン 2023/01/04 22:11
(ネタバレなし)
 1965年歳末のパイン・シティ。クリスマスまであと5日というタイミングで、殺人事件の通報があった。「おれ」ことパイン・シティ保安官事務所のアル・ウィーラー警部は早速、殺人の現場という、若い女性アイリス・マローンの自宅に向かう。同家では気の早いクリスマス・シーズンのコスプレパーティが開催されており、主催者で広告コピーライターのブロンド美女アイリスが、ミニスカ海賊の姿でウィーラーを迎えた。アイリス当人は自宅で起きた殺人を自覚してないらしい。やがてウィーラーはパーティの客でウサギのコスプレをしていた男性グレッグ・タロンが、パーティを台無しにしないように気を使ってこっそり殺人事件を通報したのだと聞かされる。殺害されたのは、現地で最近、繫盛中の広告会社の代表ディーン・キャロル。彼はロビン・フッドのコスプレのまま、射殺されていた。ウィーラーはやがて、犯罪現場からいつの間にか姿を消したサンタクロースが怪しい? と考えるが。

 1965年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればウィーラー警部ものの第30番目の長編。
 Amazonにデータがないが、ポケミスのナンバーは1120。1970年8月の刊行。
 
 評者はポケミスの初版刊行(といってもこれは初版しかないかも~カーター・ブラウンブームはとっくに過ぎた時期の一冊だし)後、数年後に新刊で購入した覚えがあるが、当時は訳者がよく知らない人、田中小実昌でも山下愉一でもないのでほっておいた記憶がある。で、今回、改めて確認すると、え、あの高見浩!? まあまあ浩ちゃん、その後、立派になって、とつくづく時の流れの速さを感じたりする(笑)。

 コスプレパーティの現場から逃げたサンタクロース姿の殺人者? という趣向が、ウワサに聞くもう一人のブラウン(フレドリックさん)の『殺人プロット』(サンタクロースが出て来ることは知ってる)を連想させたりしたが、実はソッチはまだ未読(例によって家の中から本が見つからない)ので、比較はできない。

 いずれにしても本作は、数あるカーター・ブラウン作品の中でもハイテンポな方で、関係者の間を調べて回るウィーラーの動きもかなりスピーディ。途中から思わぬ事実が露見し、さらに筋運びは加速感を増し、気が付いたら一時間半で本文140ページの物語をあっという間に読み終わっていた。犯人の正体は消去法である程度わかるが、そこまでの経緯にちょっとひねった部分があり、シリーズの中では佳作か秀作の下。上役のレイヴァーズ保安官があれこれと、殺人事件の実情について仮説を立て、ウィーラーがやや押され気味になる? とこなど面白い。

 シリーズヒロインでレイヴァーズの秘書、ツンデレ美人のアナベル・ジャクスンの名前が巻頭の一覧表にないので、あれ? 今回は欠場かと思わされたが、大丈夫、中盤でちゃんと登場。アナベル・ジャクスンの母親は、行きずりのセールスマンと駆け落ちし、彼女を置いていなくなったというが、本当だろうか?
 ウィーラーとのラブコメ(の手前)ぶりはいつものパターン。今回は自分をネタにするウィーラーに怒りかけた途端、パンティのゴムがゆるんで足元までズリ落ちてるよと騙され、羞恥しながら、さらに激怒する場面など笑わせる。
 
 あと、シリーズ上の特筆は、ウィーラーがこれまで乗用していた愛車オースチン・ヒーリィを売却し、中古の高級ジャガーに乗り換えたこと。こんな事を心得ていれば、いつかカーター・ブラウンファン同士の語らいで、株を上げられるであろう。それがいつの日になるかは、知らないが。

No.14 6点 ミストレス- カーター・ブラウン 2022/10/07 16:12
(ネタバレなし)
 おなじみパイン・シティ。「ぼく」ことアル・ウィーラー警部の上司であるレイヴァーズ保安官の自宅前で、うら若い美人の射殺死体が見つかった。それは保安官の姪リンダ・スコットの亡骸である。20代半ばのリンダはラス・ヴェガスの賭博場「蛇の眼」で美人の胴元として働いており、先日、同店の経営者ハワード・フレッチャーを保安官に紹介した。フレッチャーの用件はパイン・シティに「蛇の眼」の支店を出したいので、まず親しいリンダとの縁をツテに、保安官に根回しに来たようだ。だが保安官は、賭博場の開設に断固反対。その仕返しにフレッチャーが嫌がらせでリンダを殺し、死体を保安官の自宅前に放置したのではないか? 保安官から事情を聞いたウィーラーはフレッチャーのもとに向かうが、彼にはかなり確かなアリバイがあった。

 1959年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればウィーラー警部ものの7番目の長編。
 これも大昔に読んだはずだが、例によって全く内容は忘れてる。本作は数年前に本サイトに登録され、そのままレビューもこないのでアナを埋めるつもりで再読してみた。

 ウィーラーと、姪を失った悲しみにくれるレズニック保安官が最初に嫌疑をかけた男フレッチャーはシロらしい? 以降はそのフレッチャーが名前を挙げた関係者をウィーラーが訪ね、さらにそのまた……と足で情報を稼いでいく作劇の流れ。なおフレッチャーはさる事情からかなりの逆境にあり、ラス・ヴェガスに本命の彼女といえる超美人のストリッパー「ガブリエル」を残してパイン・シティに来ている。タイトルのミストレス(情人)とは、このガブリエルのこと。
 
 前述のように関係者を嗅ぎまわるハードボイルド私立探偵小説っぽい作りで、ウィーラーは今回の事件の流れゆえ、当然のごとくラス・ヴェガスにも出張。なかなかの荒事師ぶりを見せる。
 ミステリとしては途中から物語の表面に出てきたさる要素の方に比重が傾いていき、それなりの意外性で幕を閉じる。
 とはいえ登場人物の頭数は少ない(なんせ本文160ページちょっとだし)上に、事件の関係者もそれなりに退場して(殺されて)いくので、犯人そのものは見当がつけやすいかも。
 まあまとまりの良い作品ではあった。

 レズニック保安官の自宅そのものも後半に改めて登場し、保安官の奥さん(名前は不明)まで登場するのが本シリーズのファンにはちょっと目新しい(そーいや、劇中には登場しないもののポルニック部長刑事が既婚者で、細君がいるのも初めて? 意識した)。
 保安官の秘書でシリーズレギュラーのツンツンヒロイン、アナベル・ジャクスンの出番がそれなりに多いのは嬉しい。

 なおポケミスの裏表紙のあらすじの最後の数行、殺されたリンダには恋人レックス・シェイファーがいて、彼は事件当夜から行方不明云々の部分は大ウソ。シェイファーは新聞記者だが、特に失踪することもなく、随時劇中に顔を出す。
 どーせ当時の早川の編集部が翻訳者から梗概だけもらってあらすじを書いたものの、字数が足らず、最後のところをいい加減にでっち上げたんだろ? 編集担当者の名前を知りたい。
 
 ちなみに本書の翻訳は、宇野利泰。かなりの大物でこんな人がカーター・ブラウンを担当してたんだっけ? とちょっと虚をつかれた。評者は「カーター・ブラウンの翻訳家の名前を10人あげろ」という大学入試の問題が出たら、ぎりぎり正解・合格できる自信はあるが、宇野の名前はかなりあとあとに出てくるだろうと思う。訳文的にはテンポよく、特に問題なく楽しめたが。

No.13 6点 素肌(すはだ)- カーター・ブラウン 2022/07/26 16:14
(ネタバレなし)
 おなじみカリフォルニア州の一角パイン・シティ。「おれ」ことアル・ウィーラー警部は、上司のレイヴァーズ保安官に呼び出され、2億5千万ドルの財産を誇る富豪で、ニューヨーク在住の美貌の未亡人リン・サマーズと対面する。サマーズ未亡人の願いは、愛娘でまだ17歳のアナベルがナイトクラブの歌手リッキー・ジョーンズと駆け落ちして、このシティにいる、男が財産目当てなのは明白なので、あちこちのホテルやモーテルで娘と同衾しているリッキーを未成年を抱いた強姦罪で立件し、逮捕してほしいというものだ。未亡人はリッキーと娘の所在などを探るために私立探偵アルバート・H・マーヴィンを雇っていたが、実はウィーラーはついいましがた、何者かに殺されたその探偵の死体に会ってきたばかりだった。

 1960年のクレジット作品。
 アル・ウィーラーものの第14番目あたりの長編。
 
 全体的に良くも悪くも、フツーの一匹狼捜査官ハードボイルド風警察小説、という感じ。
 何十年か前に絶対に読んでるはずのウィーラーものの一冊だが、たぶんこれは、とにかく際立って特化したところがないので、かなり早めに内容を忘れただろう。
 なお評者は今回(まちがいなく大昔の前回も)、1967年刊行の第3版のポケミスで読了。単純に考えれば4回以上重版されているわけで、本作はウィーラーの事件簿の中でも、かなり売れた方だろうな。
 
 田中小実昌の脂ののった時期の翻訳も踏まえて、本文は最高に快調。
 レギュラーキャラの検視官ドクター・マーフィが探偵マーヴィンの死体を検死した際、汚れた手を洗う図を見たウィーラーが「やっぱり、(死体を扱う検視官としての)プロの洗い方はちがう」と感心する? 地の文なんか、ごくさりげないものながら爆笑させられた。
 
 事件の謎解きとしては、当時としてはもしかしたらきわどい方向の主題を扱っていたかもしれないが、俯瞰的に欧米のミステリを見回してみればそんなでもなかったか。1960年なら、こーゆーのもあるかも?
 最後の最後で、意外な御褒美としてウィーラーの部屋にやってくる某サブヒロインの描写がちょっと印象深い。
 ウィーラーシリーズの中では、正に中の中というところ?

No.12 6点 宇宙から来た女- カーター・ブラウン 2021/12/18 15:16
(ネタバレなし)
「おれ」ことハリウッドのトラブル・コンサルタント、リック・ホルマンは、面識があるタレント・エージェンシー(映画のキャスティングプロデュース業)会社の副社長ヒューイ・ランバートに呼び出される。ヒューイの上司である女丈夫の美人社長アンジェラ・バロウズが語るに、会社はドイツでタレント性のある美少女モニカ・バイヤーを女優としてスカウトし、あまりに強烈な容姿ゆえに、アメリカで「宇宙から来た女」として売り出そうと画策。すでに大作映画の主演契約も締結したという。だがそのモニカが行方不明になり、映画の企画進行も間近に迫っているそうだ。ホルマンはモニカ捜索の仕事を請け負って動き出すが、調査の場はモニカの出身地の西ドイツにまで及ぶ。

 1965年のコピーライト作品。
 リック・ホルマンものの第12弾で、日本ではシリーズのここまでが全部訳出されていた。以降はまったく未訳。

 ちなみにホルマンシリーズの邦訳は、順番がバラバラに出たのだが、本書のあとがきで訳者の山下愉一が現在「The Wind-Up Doll(邦題『ベビー・ドール』)の翻訳に取り掛かっている、とある。
 が、実際の『ベビー・ドール』の翻訳は別の人(信太修一郎なる御仁)であった。加島祥造=一ノ瀬直二=久良岐基一みたいなペンネームというコトはないよね? 何らかの事情で担当が交代したか?
 さらにもう一作、山下はホルマンシリーズの翻訳はこの『宇宙から』が最初だが、付き合ってみたら先輩アル・ウィラーやダニー・ボイドみたいに親しみを感じたと語り、当時の近作でシリーズ第17弾の「The Deadly Kitten」も面白そうだと語っていたが、これは未訳のまま終わった。 
 
 閑話休題。本作のタイトル「宇宙から来た女」から、今回はフレドリック・ブラウンの『死にいたる火星人の扉』みたいな火星人を自称する不思議系キャラクター(それもたぶん美女)が登場するのか? 『安達としまむら』のヤシロ(ヤチー)みたいだ、と予期していたが、実際にはただの人並外れた美人という意味合いであった。宇宙SF要素皆無だし、ただの修辞じゃないか。

 とはいえお話そのものはかなりぶっとんでいて、なかなかオモシロイ(というか評者とウマが合う)。ホルマンが依頼人のアンジェラ公認の経費持ちで、モニカの出身地である西ドイツにまで向かう海外出張編というのはさすがにびっくりしたし、後半、怪しいメインゲストキャラクターのクルース兄弟が設置した当時の最先端の電子機器仕掛けのお化け屋敷が舞台となるあたりも、妙なほどに趣向が凝っている。なおお化け屋敷のいやらしい風圧ギミックで、魅力的なメインゲストヒロイン、キャスィ・フリックのスカートがめくれてパンティが丸見えになり、ホルマンの目が釘付けになる描写は、中学時代に読んでいたら興奮したろうな。いや、今でも楽しいが。
 
 ミステリとしては、例によって事件の全貌がなかなか見えないなかで、ホルマンが窮地に陥るなどの見せ場が連続(西ドイツでの活劇場面がなかなか強烈だ)。
 そして終盤には、かなり意外な犯罪の構造が明らかになるが、カーター・ブラウン作品の多くのように、ホルマンのぶっとんだ想像がいきなり正鵠を射てしまう流れで、読者が推理できる余地はほとんど無い。まあそれでも意外性としてはかなり面白かった(ただし主犯が誰かは、ほぼ見え見え)。

 ギミックの豊富さでのちのちまで印象に残りそうな一本だが、トータルとしてはシリーズ内の中の上か上の下くらいかな。
 カーター・ブラウン、読めばやっぱり、オモシロイ。

No.11 6点 ストリッパー- カーター・ブラウン 2021/09/01 11:40
(ネタバレなし)
 パイン・シティのスター・ライト・ホテル。その15階から身投げを図ろうとする二十歳前後の娘を、「おれ」こと保安官事務所所属の警部アル・ウィーラーは、すんでのところで、思いとどまるよう呼びかける。説得は成功したかに見えた。だが安心しかけた次の瞬間、娘の体は妙な姿勢をとり、地面に落下した。その娘、女優志望のパティ・ケラーを救えなかったことを気に病むウィーラーだが、検死の結果、彼女の体内から平行感覚を狂わせる薬物が検出された。他殺の可能性を含む事件性を認めたウィーラーは、パティの従姉妹でストリッパーとして人気を集めているドロレス・ケラーに対面。ドロレスから、田舎から出てきてまだ友人の少ないパティが、結婚相談所「アークライト・ハッピネス・クラブ」でボーイフレンドを斡旋してもらっていた事実を知る。だがそんなウィーラーの前に、思わぬ関係者の変死事件が生じて。

 1961年のクレジット作品。
 ショッキングな冒頭だけに、これは、以前に一度は読んだことははっきり覚えている。それ以外のストーリーも事件の内容も、もちろん犯人もトリック(あれば)も、完全に忘却の彼方だったが。

 他のミステリ感想サイトでも語っている人がいるが、若い身空で役者になる夢の途中で墜落死したゲストヒロインのパティ。この薄幸の被害者に関係者の誰もが情愛を傾けてやらないなか、自分だけでも彼女の死の真相を暴き、鎮魂してやろうとひそかに考えるウィーラー。うん、正統派のやさしいハードボイルド探偵のようで、気持ち良い。

 自殺した? パティと、もともとそんなに仲良くなかったとうそぶくドロレス。彼女が従姉妹の死をたいして悲しまない反面、愛犬を猫っ可愛がり、いやイヌ可愛がりする。これに腹を立てて、犬よりも従姉妹だろ、人間だろと怒るウィーラー。すんごくマトモな主人公だ。ドロレスも、ハッと反省はしたようである。(まあ、犬には罪はないんだけどね。)でも小説として、またハードボイルド作品として、これでよろしい。

 というわけで、いつにもましてウィーラーの骨っぽいところ、真面目でやさしいところは、ステキな作品。
 だけど一方で、事件もゲストキャラも全体的にあんまり冴えない。ただひとり、タヒチ美人風と評された、結婚相談所の愛らしい受け付嬢、シェリー・ランドのみは、そのはっちゃけたキャラも、陽性のエロさも、ともに良かった。

 しかし(中略)に(中略)の<あのもうひとりのヒロイン>はなんだろうね。笑ったよ。

 シリーズもののちょっと変わった一本としては、それなりの価値はあるけれど、一本のミステリとしては、水準作~佳作くらいか。
 本作は、なんかわりと、世の中の評判はいいような気配もあるのだが。

No.10 6点 突然、暴力で- カーター・ブラウン 2021/08/29 05:58
(ネタバレなし)
「おれ」ことダニー・ボイドは、NYの私立探偵事務所「ボイド・エンタープライズ」の代表兼唯一の所員だ。ボイドは、元・麻薬ギャングの大ボス、コンラッド・レイクマンの依頼で、家出した彼の娘スージーを捜す。ボイドはスージーが借りたアパートを発見し、彼女を自宅に連れ帰ろうとしたが、そのときクロゼットの中から若者の死体が転げ出た。それはスージーとともに駆け落ちしたが、いつの間にかいなくなっていたという、コンラッドの運転手ジョイ・ヘナードの射殺死体だった。当惑するボイドの前に、見知らぬ若い男女が登場。二人組の片方である男は、ボイドを殴って失神させ、女とともに、スージーをどこかに連れ去った。

 1959年の版権クレジット。ダニー・ボイドシリーズの第二作。
 
 何が起きているのか分からないままに、物語が進行。冒頭の被害者ヘナードの遺留品から、さらに別の方向に事件のすそ野が広がっていく。
 終盤に明かされる事件の全貌は、もともと、ちょっとややこしい事態だった、そこにさらに、妙な角度から切り込んでストーリーを語り始めたため、作品全体に錯綜感が生じていたのだったと判明する。
(なるべくネタバレにならないように書いているつもりだ。)
 この、それなりに凝った作劇の趣向は、結構面白い。
 
 真犯人は、なんとなくこの人物がクサイなと勘では察せられるものの、殺人の生じた動機というか状況は、かなりぶっとんだものであった。
 なんか類例があったような気もしないでもないが、いずれにしろずいぶんとオフビートなものなのは間違いないだろう。
 しかし今回も前作同様、主人公のボイドはよく殴られる、そして殴り返す(例によって女にも)。ワイルドさを基準にすれば、カーター・ブラウンの諸作中でも、このボイドシリーズの初期編がいちばん凄かったかもしれない。

 今回、ボイドシリーズのレギュラーヒロインとなる、赤毛の美人秘書フラン・ジョーダンが初登場。もともとは別の職場にいたが、転職してボイドの事務所に来る。
(マイケル・シェーンシリーズの二代目ヒロイン、ルーシイ・ハミルトンみたいなパターンである。)

 フランはボイドとの初対面から、自分は高級な酒と食事が好きなお金がかかる女だと自称。まだ22歳だが、けっこう男性経験も豊富なようで、ボイドとの関係の深化も予想以上に……(中略)。まあ興味のある人は実作を読んでくれ。

 ちなみに本シリーズの邦訳はかなり順番が後先になったため、この第二作が日本語になる前にボイド主役編もそれなりの冊数がすでにポケミスで出ていた。
 そのため本書の巻末では、白岩義賢なる御仁(webで検索すると、1934年の生まれで中央公論社の編集者だった人らしい)が、既訳分のシリーズを丁寧に読み込み、ボイドに関する、かなりしっかりしたシャーロッキアン的な論評をまとめている。
 全国のボイドファン(21世紀のいま、どのくらいいるか知らないが)は、ちゃんと目を通しておいた方がイイ一文だね。

 評点としては、面白いことは面白かったけれど、送り手の方が読者を一方的に引き回すような種類の感触も割とあったので、このくらいで。
 カーター・ブラウンファンなら、いつかどっかのタイミングで読んでおいた方がいい一冊だとは思う。

No.9 7点 しなやかに歩く魔女- カーター・ブラウン 2021/08/09 08:01
(ネタバレなし)
 ニューヨーク。「おれ」ことダニー・ボイドは私立探偵事務所「クルーガー探偵社」で「探偵長」の役職を務めていたが、2週間前に退職。現在は自分の探偵事務所「ボイド興業」を開設したばかりだった。そこに最初の客として、ブルーネットの美女アデル・ブレアが来訪。アデルの依頼は、彼女の年上の夫で斯界では高名なシェークスピア俳優ニコラス(ニッキー)を、何らかの手段で精神病院に強制収容させて欲しいというものだった。奇妙な依頼を辞退仕掛けるボイドだが、アデルの提示した高額の依頼料に魅力を感じた彼はこの件を引き受ける。ニコラスの前妻の息子で30歳の青年オーブリの協力を得て、彼の友人を装ったボイドは目標のニコラスに接触。言葉巧みに「プロの精神病医すら欺くような、本物らしい狂人の真似ができるか」と相手を挑発して、まんまと彼を精神病院に収容させるが……。

 1959年のクレジット。
 カーター・ブラウンのたぶん二番目にメジャーなレギュラー主人公、私立探偵ダニー・ボイドものの第一弾。
 たしかこれも大昔に読んでるハズだと思ったが、最後まで読了してもまったくカケラも読んだ記憶が甦らない。事務所を開業したばかりのボイドの描写も記憶がないし、のちにレギュラーヒロインとなる美人秘書フラン・ジョーダンがまだ出てきていないことも覚えていない。どうやら勘違いで完全に初読のようである。

 ちなみに小林信彦の「地獄の読書録」ではかなり高い評価。カーター・ブラウンには凡作も秀作もあると認めた上で、これはその後者の方と判定。☆5つで満点で、☆4つ。それってたとえば同じ小林信彦のレビュー基準でいえば、ロス・マクの『ギャルトン事件』あたりなどと同等の高評だ(!)。

 実際、カネのために、どうもヤバげな案件に一口乗る今回のボイドの言動は、のちのシリーズでの軽妙さとはどこか違う悪徳探偵っぷりが濃い。きわどさでいうと、チェイスの『ブランディッシュ』あたりの空気に似たものさえ感じさせる。
 短い紙幅ながら起伏の多い展開で、事態は当然のように殺人劇にまでいたるが、事件の構造はそれなりに錯綜……というか、読み手のある種の予断の裏をかくような作りが、なかなか……であった。もちろん詳しくは書けないが。
(ただし真相の説明については、やや舌っ足らずな感じもあり、そこは減点。)

 前述のように、このときのボイドはかなりまだコワモテで、荒事師とやりあうのはもちろん、自分の顔をひっぱたいた女の頬を叩き返すことなどにも躊躇はない。それだけに他の諸作とはワンランク違う凄味があり、仮想敵というかライバル的な先駆ヒーローは、やはりズバリ、初期のマイク・ハマーだったのであろう。

 こっちの方向で以降も突き進むブラウン(というかダニー・ボイド)ももうちょっと見たかった気もするが、たぶんそれでは、現実ほどの人気は、欧米でも日本でも得られなかったろうなあ。
 いずれにしろ、初読になるか再読になるかわからないけれど、この直後のシリーズ諸作の中でフラン・ジョーダンが出てくるタイトルに出逢うのがちょっと楽しみになった。
 なんか彼女の登場を機にボイドが軟派になってしまうような気配がするようなところもあるが、それは実際のところ、実物を読んでみなければわからないネ。

No.8 6点 あばずれ- カーター・ブラウン 2021/08/06 15:30
(ネタバレなし)
「おれ」ことパイン・シティ保安官事務所に所属する警部アル・ウィーラーは、上司の保安官レイヴァーズから、モルグに5年間ホルマリン漬けで保管されている生首について、相談される。生首は若いハンサムな男性で、5年前に胴体が見つからず首だけが発見され、それからずっと、身元不明だった。だが町から20~30Km先のサンライズ渓谷の大地主サムナー家、その料理人の老女エミリー・カーリューが昨日、町の病院で死亡。エミリーは末期に、実はあの首の若者の素性を知っていた、彼はサムナー家の客人「ティノ」で、同家の長女チャリティも何か関係があったようだと言い残したのだ。ウィーラーはサムナー家に再調査に向かうが、一方で名の知れたマフィア系ギャングのガブリエル(ゲーブ)・マルチネリも町に来訪。5年前に弟ティノが行方不明になったガブリエルは今度の情報を聞きつけて、パイン・シティに犯人捜しと復讐にやってきたのだ。

 1962年の版権クレジット作品。
 邦訳だけでも数あるウィーラーもののなかでは、割と定評の人気作だと思うが(「地獄の読書録」などで小林信彦がホメていたハズ?)、自分の部屋を別用でかき回していたら出てきたので、ウン十年ぶりに再読した。

 ギャングのガブリエルは、あのラッキー・ルチアーノの元舎弟だったという大物の設定。
 そのガブリエルが側近として連れている元弁護士の盲目の殺し屋「しのびよる恐怖」ことエドワード(エド)・デュブレがなかなか立ったキャラで、評者も物語の細部は忘れてもこの人物だけはよく覚えていた(協力者の手を借りて相手を真っ暗な閉鎖空間に閉じ込め、暗闇に慣れ切った盲人の方が完全に有利な状況の中で奇襲し、殺害する)。もともと知的階級の素性ゆえ、普段は紳士然としてウィーラーとやりあうデュブレの芝居もよい。

 なお謎解きミステリとしては完全に忘れていたので、
①死体は誰か=本当にマフィアの弟ティノか(そもそも殺された動機は?)
②フーダニット
③なぜ首を斬られたか
 などの興味から読み始めたが、②に関しては捜査をしてゆく上でおのずと分かる流れ、③の真相も大したことはないが、①についての作中の事実と、殺人事件に至った経緯についてはちょっと凝った内容で面白かった(読者が推理する余地はほとんどないが)。
 郊外の旧家サムナー家の納骨堂という舞台装置も、立体的にストーリーに役に立って、そういうゴシックロマンのパロディ的な趣向も面白い(冒頭でウィーラーが、状況の説明をするレイヴァーズに「ブロンテ姉妹のどっちかですか」とジョークを言うギャグ場面がある)。

 あとはレギュラーヒロインで、ウィーラーに対してツンデレ娘のアナベル・ジャクソン(レイヴァーズの秘書)が、保安官事務所に現れたガブリエル一派におびえ、そこでうまく立ち回ってくれたウィーラーにいっきにイカれてしまう描写が愉快(このシーンそのものは何となく記憶していたが、ああ、この作品だっけ、という思い)。今でいう「チョロイン」(チョロくオチる、ラブコメ漫画やラノベなどのヒロイン)の先駆という感じであった。まあ最後は良い意味で(中略)だが。

 ちなみに題名の「あばずれ」(ヘルキャット)とは、ゲストメインヒロインのひとりで赤毛の美人チャリティ・サムナーのこと。webで本作の原書のペーパーバックの表紙を眺めると、数種類の版に赤毛の下着姿の美女が描かれており、これが彼女のイメージかな、という感じ。カーター・ブラウンの作品でこういう楽しみ方ができるのは、21世紀のネット時代ならではだネ。 

No.7 5点 女ボディガード- カーター・ブラウン 2021/07/11 14:48
(ネタバレなし)
 1959年のロサンゼルス。「あたし」ことメイヴィス・セドリッツは、私立探偵ジョニィ・リオの探偵事務所の共同経営者だ。ある日、5年前に物故した石油王ランドルフ・アーヴィング・エブハートの長男で29歳のハンサム、ドナルド(ダン)が依頼に来た。彼の話では自分がもうじき30歳になった時、亡き父の膨大な遺産の正式な分割譲渡があり、彼や妹ワンダ、腹違いの弟カール、そして周辺の人物に分け与えられるはずという。だが遺言の指示で、ダンが遺産を相続するにはその時点で結婚して、しかも自宅に夫婦で住んでいなければならなかった。しかしダンはこれまで2度結婚したものの、いずれも妻を事故死? らしい変死で失い、これは誰かがダンの相続を阻んでいる可能性もあるという。現在のダンにはすでにクレアという3人目の美人の妻がいるが、幸い、実家の連中はまだ彼女に会ったことはない。そこでダンはジョニィ・リオの了解のもとにメイヴィスを3人目の妻に偽装して、秘密のボディガードを務めさせながら自宅に戻り、ことを済まそうとする。だがそこでメイヴィスが出くわしたのは、予想外の殺人事件だった。

 1959年のコピーライト。 ミステリデータサイト「aga-search」の資料によると、女探偵メイヴィス・セドリッツものの第五長編。

 ポケミス19ページでいくつか以前の事件のことが語られるが、そのうちのひとつは第四長編『女闘牛士』のようである。それは読んだ覚えがある。セミレギュラーの脇役ラファエル・ベガが登場したこと以外、内容はさっぱり忘れているが。

 本作も前に読んだかなと思いながら書庫から引っ張り出してきたが、たぶんまだ未読だったようである。
 ページも少なく(本文150ページちょっと。解説なし)、2時間で読める。
 一種の館もの的な趣のある作品で、やや際どい感じの猟奇っぽい殺人も起きるが、かたや登場人物も少ない。誰が犯人でもおかしくない作りで、本命っぽい人物もメイヴィス・セドリッツの嫌疑の対象になる。
 これでどうやって、最低限のエンターテインメントとして、山場の意外性を出すのだろうと思っていたら、ちょっとショッキングな趣向を用意してきた。この辺のサービス精神はさすが。
 
 しかし何十年ぶりかでこのシリーズを読んだと思うけれど、改めてメイヴィス・セドリッツって、自分自身がオツムが弱いことを自覚しながら、屈託がないのね。
 同じ時代のお色気探偵としてよく並び称されるハニー・ウェストなんかは、もっとずっとシャッキリしている。
 感じで言うなら『ファミリー・タイズ』のマロリーか、『エスパー魔美』の佐倉魔美みたいな、ああいう愛せるアホな子の印象であった。

 なおこれもポケミス裏表紙のあらすじ、その終盤の部分(あらすじの下から2行目「しかも~」以降の描写が、実際には本編のシーンの中にない。話を盛るのもたいがいにせいよ。当時の早川書房。

No.6 6点 ヌードのある風景- カーター・ブラウン 2021/06/13 15:25
(ネタバレなし)
 「おれ」ことハリウッドの私立探偵リック・ホルマンは、旧友で、盛りの過ぎたトップ・アクション映画スター、クレイ・ローリンスから相談を受ける。初老のローリンスは結婚と離婚を繰り返し、現在の19歳のベビーが5人目の妻だった。彼は最初の妻ソニア・ドレスデンとの間にできた、やはり19歳の実の娘アンジーと先日まで同居していたが、そのアンジーがいかがわしいフーテン画家、ハロルド・ルーミスと同棲し、酒や麻薬に溺れてるらしいので助けてほしいというものだった。ホルマンはあまり気がのらない思いで依頼を受けるが、帰り際に若妻ベビーがそっと、どうも夫が何者かから脅迫されているらしいと打ち明けた。ホルマンはルーミスのアパートに赴き、彼とアンジーに対面。そこでホルマンは、作画の技術そのものはなかなかなのに、わざと露悪的に残虐に肉体を損傷して描かれたルーミスの作品=裸婦像を確認した。ホルマンはルーミスと揉めたのち、何かいわくありげなアンジーの物言いを聞いて、いったん退散する。だがやがて、ルーミスの悪趣味な裸婦像を思わせるような殺人事件が起きた。

 1965年の版権クレジット作品。私立探偵リック・ホルマンシリーズの第11作目(ミステリ・データサイト「aga-search」の登録分類データから)。

 2時間弱で読み終えた、いつものカーター・ブラウンだが、お話そのものは割に面白かった。こんなこというと「はああ?」と問いただされそうだが、連想したのはシムノンのメグレシリーズ。
 なるべくネタバレにならないように言うと、本作はとある主要人物が、ひそかに<人間・悲喜劇>的ないびつな関係を設けて、その事実が波及して、やがて殺人やらなんやらの望ましくない事態に繋がっていくという内容。
 ね、それっぽいでしょ?

 カーター・ブラウンにこういうものがあるのかと軽く驚いたが、考えてみたら大昔に数十冊も読んでるタイトルの内容を今では大半を忘れてるんだから、何があっても不思議じゃないね。この数年読んだ(または再読した)何冊かの作品だって、かなり幅広い主題のプロットだし。

 ルーミスの画家仲間で、ホルマン相手のいやらし担当のブロンド美人ポリー・ブキャナンがなかなか魅力的。ベッドシーンは当時の時代らしい控えめの表現で叙述されるが、そこが却ってエロくて笑える。
 後年、セックス解禁時代にあわせて、あけすけなポルノ志向になってゆく時期のカーター・ブラウン作品って、日本ではまったく未訳のはずだが、実際に読んだらどうなんだろ。それはそれで……な反面、どっか寂しい感じになってしまうような予見がしないでもない。できれば日本語で1~2冊くらい読んでみたいけれど。

No.5 5点 ちか目の人魚- カーター・ブラウン 2021/02/16 05:00
(ネタバレなし)
「わたし」ことマックス・ロイヤルは、6フィート以上の体躯を誇るハンサムな私立探偵。ゴルフマニアで権威に弱い探偵事務所の所長ポール・クレイマーの下で、働いている。現在のロイヤルの仕事は、若妻ノーリーン・バクスターの依頼で、4日前から行方をくらました彼女の夫ジョーを捜すこと。そんななか、もしやジョーかと思われた殺害された死体が川の中から見つかるが、それはすぐに別人と判明。しかしその死体の素性は、ジョーと同じテレビ局に勤務する技術者ヘンリー(ハンク)・フィッシャーだった。心労のノーリーンのことを案じたロイヤルはバクスター夫妻の自宅に足を向けるが、そこで彼を出迎えたのは、何者が発射した銃弾だった。

 原作は、1961年のコピーライト。
 アル・ウィラー(ウィーラー)、リック・ホルマン、ダニー・ボイド、メイヴィス・セドリッツの<ビッグ4>を筆頭に、日本に紹介されなかったものも含めて、14人ものシリーズキャラクターをかかえていたカーター・ブラウン(英語Wikipedia調べ)。
 だがこのマックス・ロイヤルは本作以外の登場作品が未訳のものの中にもないようで、ついにシリーズキャラクターには昇格しなかったらしい。

 主人公マックス・ロイヤルのキャラクターをおおざっぱに分析すると、目につくポイントは、
①ハンサムで若手の私立探偵である
②口うるさい上司がいる
③その上司の秘書にカワイコちゃんがいて(本書ではクレイマーの秘書で、パットという名の、ボーイフレンドが多い娘が登場)、主人公が絶えずモーションをかけるが、なかなか振り向かない
……などなどだが、①は言うまでもなく先輩キャラのボイドとホルマンがすでにいるし、②と③に関してはアル・ウィラーのおなじみの設定そのまま。
 なおロイヤルには同年代の同僚の調査員トム・ファーリーというのがいて、後半で多少活躍する。こういうポジションのキャラが用意された点は、カーター・ブラウン作品としては新鮮な感じもしたが、これだけではウリにならなかったのだろう。
 要するにテストケース(パイロット編)の本作のみで、お役御免にされてしまった可能性が大きい?
(もし、どなたか「いや、マックス・ロイヤルものはまだあるよ」とご存じの方がいたら、教えてください。)

 お話の方は、物語の前半で登場してくる<とある事物>をめぐって小気味よく進展。マックス・ロイヤルが関わり合うヒロインは多めな気もするが、カーター・ブラウン作品ならこんなものかもしれない。
 後半の方で明らかになる、殺人とは別のとある悪事の実態は、1960年代の初頭にこんなものがネタになったか? まあなったのかもしれないな、という感じであった。
 総体的に、出来は悪くはないが、良くも悪くも地味で手堅い軽ハードボイルド私立探偵小説。
 井上一夫の翻訳が全体的にはマジメな感触なのも、そういう印象を加速させているような気もした。
(マックス・ロイヤルの話し言葉で、自分のことを「あたし」と言わせる演出は良し悪しであった。まあこれは、先輩のボイドやホルマン、あるいはウィラーなどと差別化させたかったのかもしれないが。)

 ちなみにタイトルの意味は、マックス・ロイヤルを自宅の浴室で入浴姿で出迎え、その際に実は<隠れ眼鏡っ娘>だったとバレてしまう作中の某ヒロインのこと。ただしあまりメガネ属性を前に出したヒロイン描写というわけでもないので、よほどの眼鏡っ娘好きでもない限り、そっちの興味で読む必要もないだろう。

 まあまあフツーには楽しめたけれど、カーター・ブラウン諸作の平均値なら、もうちょっとオモシロイよね、ということで評点はこのくらいで。

No.4 6点 レディ・ジャングル- カーター・ブラウン 2019/08/04 01:17
(ネタバレなし)
 「おれ」こと、ハリウッドの辣腕トラブル・コンサルタントとして名を馳せる私立探偵リック・ホルマンは、映画会社「カデンザ映画」から依頼を受ける。その内容は、イタリアの若手美人女優カローラ・ルッソを主演に迎え、アメリカの人気男優ダン・ギャラントと組ませた新作映画を準備していたところ、その二人が恋に落ちて出奔した、しかもカローラを発掘したイタリアの名監督ジノ・アマルディと、ダンの嫉妬深い妻モニカ・ヘイズもこんな事態に騒ぎ出しているので、早急にカローラとダンを見つけて穏便に連れ戻して欲しいというものだった。カデンザ映画の宣伝課長でブロンド美人のリノア・パーマーから、ダンが潜伏している可能性がある場所の情報を得たホルマンは現地に向かう。そこでホルマンは、揉めている最中のカローラとモニカ、そして銃で撃たれて負傷した状態のダンの姿を認めた。

 1963年作品。リック・ホルマンシリーズの第6作目(ミステリ研究サイトaga-search.cの書誌データから)。
 評者は数年前から、カーター・ブラウンの諸作はひさびさに数冊ほど読んでるが、最近手にした中では今のところこれが一番面白かった。
 田中小実昌の翻訳が快調なのは間違いないが、それを抜きにしても、わずかでも隙があればそこを埋めようと飛び出してくるワイズクラックやイカれたジョークの物量感が、本作は並々ならない(笑・特に前半)。
 さらにシンデレラ・ストーリーを自ら語る風を装いながら、その実、自分がいかに苦労してきたかの不幸自慢をしたがる若手女優カローラの甘ったれぶりを、ホルマンがごくドライに(ある意味では相手のために親身に)突き放す態度なんかもとてもいい。しっかりハードボイルド探偵らしい、骨っぽさである。

 ミステリとしても後半まで登場人物同士の掛け合いで読ませながら、最後の方で加速度的な緊張感を増す。
 そして犯人のキャラクターはかなりイカれていて、鮮烈な印象を残した。
 犯罪が成立する過程もかなりぶっとんでいたが、ネジの緩んだ思考の真犯人当人にとっては<そういう形>で事態を進めたかったという執着があったのだろう。そんな理解も確かに可能である。

 実際のところ「カーター・ブラウン」が一種のハウスネームで、ある種の作家工房だったらしいことは今ではもう定説なのだが、それではコレはきっと、かなり上位のランクの腕のいい作家に当たったんだろうな。
 この作品は最終的にいかにも都合良く事態が収まる部分もないではないのだが、そこら辺まで含めて、安心できる職人芸の筆捌きという趣で楽しかった。

 しかし最近、Twitterなんか見ていると、21世紀の今になって、なんでこんな若い世代の子がカーター・ブラウンを読んでるの? と思うことがごくタマにあるんだけれど、まあこういった作風の面白さ・楽しさが、新世代の好事家ミステリファンの心の琴線のどっかに、時代を越えて引っかかっている(?)というのなら、それはホントに結構なことである(笑)。

【2019年11月20日追記】
21世紀の現在ではカーター・ブラウンがハウスネームというのは、疑義があるらしい。情報の出典はミステリマガジンの2006年の号での特集記事らしくて同号は買ってあるはずだけど、すぐに出てこない。見つかったら確認してみよう。とりあえずこの件は保留で(汗)。

No.3 6点 ハワイの気まぐれ娘- カーター・ブラウン 2019/08/02 17:23
(ネタバレなし)
「おれ」こと、横顔(プロフィール)の男前ぶりに自信がある、ニューヨークの私立探偵ダニー・ボイドは、実業家エマーソン・レイドの依頼を受けてハワイに来ていた。仕事の内容は、エマーソンの若妻ヴァージニアがこの地で高級ヨットの船長エリック・ラーセンと不貞を働いているのでその現場を押さえ、ハワイから二人を放逐しろというものだった。不倫の証拠固めだけなら理解できるが、なぜハワイから両人の追放まで完遂させる必要があるのかとボイドはいぶかる。そんなボイドはまずエマーソンの指示を受けて、ハワイの現状のガイド役を務めるという若い娘ブランチ・アーリントンの自宅に向かったが、そこで彼が見たのは喉を裂かれたブランチの死体だった。やがて事態は、十数年前に起きたある過去の事件へと連鎖していき……。

 1960年作品。おなじみのミステリ研究サイトaga-search.cの書誌データに拠れば私立探偵ダニー・ボイドの第四作目。
 評者の場合、これもまた大昔に読んで忘れているかもしれない、それでもまあいいや、と思って頁をめくったが、最後まで読んでも、たぶんコレは初読の作品のようだった。とりあえず一安心(笑)。
 序盤からの意図不明な殺人、依頼人の奇妙な依頼、主人公の探偵を見舞う危機、そして物語のハシラとなる、ハワイ当地のモロ現代史にからむ(中略)……とエンターテインメントとしてのお膳立ては充分。ストーリーの後半は私立探偵主役の推理小説というよりは冒険スリラーに近くなるが、最後まで二転三転の筋運びでアキさせない。
 細部で「そこのところはどうだったんだ?」とツッコみたくなるような描写が出てくると、作者の方でうまい呼吸で切り返す手際も良く(第11章の辺りとか)、実にストレスもなく楽しめる娯楽編。 
 殺人事件のフーダニットとしては手がかりや伏線がほとんど用意されてないのは弱いが、真犯人の発覚に際してはこの作品なりに工夫も設けられており、なかなか悪くない感触ではある。
 「誰が最後に笑うか」パターンで隙あらばだまし合おうとする悪党どもも、そして最後にボイドを(中略)する意外な伏兵も、良い感じでキャスティングが揃えられている。三時間はしっかり楽しませてくれる一冊。

 ちなみにタイトルロールの「ハワイの気まぐれ娘」ってのは、ハワイの酒場「ハウオリ・バー」のフラ・ダンサーでハワイ諸島の一角ニーハウ島出身の美少女ウラニのことなんだけど、それほど気まぐれ娘じゃないし(どっちかというとマジメな子)、そもそもメインヒロインでもない。メインのヒロインは、ブロンドでおっぱい美人のヴァージニアの方なんだけどね。まあカーター・ブラウン作品の邦題はお女性がらみのタイトリングが通例なので、せっかくのハワイ設定にちなんだウラニの方を題名に持ってきたって事だろうけど(そもそも原題からして「The Wayward Wahine」だから「強情なポリネシアン=ハワイ娘」の意味で、そんなにおかしくはないのだが。)。

No.2 5点 キー・クラブ- カーター・ブラウン 2018/11/26 13:41
(ネタバレなし)
「おれ」ことハリウッドの私立探偵リック・ホルマンは、実業家カーター・スタントンの依頼を受ける。スタントンは「プレイボーイ」の亜流雑誌「サルタン・マガジン」の発行と、その関連企画の男性専用クラブ「ハーレム・クラブ」の経営で一山当てた男だ。だがそのスタントンの自宅の中に「お前はひと月内に死ぬ」という死の予告状が、何者かの手によって二回も置かれていた。調査を始めたホルマンは、スタントンの周囲の人間たちを洗うが、やがてクラブの女性コンパニオン「天女」の一人だった娘シャーリー・セバスチアンが、馘首されたのちに自殺していたという事実が浮かび上がってくる。
 
 原書(英語版?)は1962年の作品。アル・ウィーラー、ダニー・ボイドに続く三人目のカーター・ブラウンのレギュラー男性ヒーロー、リック・ホルマンものの第二弾。当初ポケミスでは本作が、原書でのシリーズ第一作として紹介されたが、実際にはホルマンものの別長編『ゼルダ』の方が先らしい(最近のwebなどのデータベースが正しければ)。
 ちなみに『ゼルダ』は膨大な数のポケミスの中でも<ある理由>ゆえに稀少なトンデモナイ一冊である。その理由はここでは書く訳にはいかないので、興味あったら自分で読んで呆れてください。しばらく前に読んだ時は、最後まで目を通してもう一度冒頭からページをめくって、ポカーンとなった。
 評者は大昔にアル・ウィーラーもの、ダニー・ボイドものはほとんど読んじゃって(といっても大方の作品の内容は忘れているが)、ほとんど手つかずの翻訳がある長めのシリーズはこのホルマンものくらい(メイヴィス・セドリッツものは半分くらい消化?)だが、なんか本シリーズは先の二系列(ウィーラー&ボイド)と雰囲気が違う。いやウン十年前の記憶と比較してもアテにならないが、もうちょっとお遊びやお笑い要素が薄めの、フツーの軽ハードボイルドというか。たぶんウィーラーのアナベル・ジャクスンとか、ボイドのフラン嬢とかのレギュラーヒロインがいないせいもあるだろう。(といいつつ本作も、ホルマンが事件の最中に急にパンティを落とした女性に遭遇し、エロコメディ風になるくだりもあるが。)

 本書はミステリ的にはそんなに奥行きのある謎解きじゃないけれど(それでも真相の反転劇などは用意されている)、成り上がり者のスタントンに対して微妙な歩幅を保つホルマンの描写とか、同じくホルマンと暗黒街の大物との駆け引き(災禍に遭いそうな女性を守るため)とか、きちんとハードボイルド私立探偵ミステリとしての描写も守られていて、その辺はいい。お笑いコメディハードボイルドというよりは、まっとうな、B級の私立探偵小説っぽい。

 ただし矢野徹の訳文は丁寧すぎて、ホルマンのワイズクラックをイマイチこなれの良いギャグにできてなかったね。二回読み返して、ああ、そういう意味ね、というジョークがいくつかあった。カーター・ブラウンの訳者なら田中小実昌か山下諭一が基本、というのは、大方の世代人ファンの一致するところだと思うけれど、こないだ読んだ『雷神』とか、他の人の翻訳でそんなに悪くないのもあるし。その辺は柔軟に読んでいきたい。読み返していきたい。

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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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