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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2025件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.11 8点 死と空と- アンドリュウ・ガーヴ 2023/08/03 16:20
(ネタバレなし)
 時は(たぶん)1950年代のロンドン。40歳の元植民省役人チャールズ・ヒラリイは、かつて若い頃に理想に燃えてカリブ海の赴任地に赴いた。だが当初は夫に協力的で同地にも同道した元モデルの美人妻ルイーズは、現地の不衛生さと文化の低さになじめず身勝手なわがままを行ない、結局ルイーズのそんな態度はチャールズの失職に繋がった。現在はルイーズと別居し、農林技師として生計を立てるチャールズだが、そんな彼には、カリブ海駐留時に取材を受ける縁で出会った美人テレビレポーター、キャスリン・フォレスターという29歳の恋人がいた。完全に夫婦間の互いの愛情が失われ、一方でキャスリンと再婚したいチャールズはルイーズに離婚を求めるが、悪女ルイーズはただ夫へのいやがらせのために申し出を拒否していた。だがそんな矢先にルイーズが何ものかに殺害され、その殺人の容疑が、動機と疑惑の主であるチャールズにふりかかった。

 1953年の英国作品。
 早川の「世界ミステリ全集」の、ガーヴ作品『ヒルダ』収録巻の挟み込み月報で、当時まだ若い瀬戸川猛資がガーヴの総評を行なった際に「アイリッシュの『幻の女』をガーヴが書けばこうなる」と、本作に関してのたまっていた記憶がある。評者など、少年時代にその瀬戸川文を読んで以来、本作に抱く印象はず~っと<この作品は、ガーヴ版の『幻の女』らしい>なのだった。

 で、なるほど、作品の存在を知ってから数十年目にして初読した中身の歯応えはまんま先人の言うとおりである。
 ただし、それはあくまで「殺された悪妻」「窮地に陥る主人公」「主人公を救おうとする恋人の奔走」などの共通項を並べてトポロジー風に見たからで、実際の食感は前半の裁判ドラマの厚み、続くショッキングな大事故の勃発から、第二部クライマックスの過酷な自然界の中での冒険行、そして……とかなり中身が違う。まあそこらが正に、ガーヴ流、なのだが。
 第三部は紙幅がギリギリまで少なくなっていくなかで、ハッピーエンドになるには違いなかろうか、一体どう決着つけるのだ? というテンションの高め方が半端ない。回収される伏線は実はかなり明快な形で張られていたが、第二部の肉厚の描写に幻惑されて失念していた。

 それで、ある意味ではブロークンな、ミステリの定型的な作法から外れたクロージングとなるのだが、これが一方で、うーむ、と良い意味で読者を唸らせる印象的な決着である。評者なんか、まだそれなりにキレイな時期の、西村寿行の某長編の幕引きを思い出した。
(ところでブロークン、といえば、このポケミス裏表紙のあらすじも、かなり破格だねえ。いや、それで戦略的に成功してるとは思うけれど。)

 訳者の福島正実は、作者のなかでも上位に来る力作と言っているが、正にその通りだろう。秀作でも傑作でもなく、力作、その修辞が当てはまる一作。

 で、これ、あの「火曜日の女」シリーズの第一弾として和製ドラマ化されたんだよな。キャスリン(に相応する日本人のヒロイン)役は浜美枝か。
 DVD化やCS放送などの発掘はいまだされてないはずだけど、なんとか観たいものである。

No.10 7点 兵士の館- アンドリュウ・ガーヴ 2022/09/30 07:30
(ネタバレなし)
 アイルランド最大の考古学の宝庫といえる「タラの丘」。ダブリンの大学「ユニティ・カレッジ」の教授で35歳の考古学者ジェームズ・マガイアは、そこに眠る10世紀前後の遺跡「兵士の館」の発掘が悲願だった。だがそのためには相応の予算と人員の確保が必須であり、現実にはなかなか困難だった。そんなとき、地方紙「ダブリン・レコード」のハンサムな青年記者ショーン・コナーが登場。マガイアの話に関心を抱いた彼は、同紙の編集長リーアム・ドリスコルを動かして、発掘作業を後援するキャンペーン企画を提唱、推進。マガイアが夢見ていた発掘を現実のものとした。現地には資金が導入され、各地から作業員が集まる。だがそんな順風満帆に見えたマガイアには、想像もしていなかった現実が待っていた。

 英国の1962年作品。ガーヴがこの名義で書いた16番目の長編。この少し前の作品群が『レアンダの英雄』(大傑作)、『黄金の褒賞』(優秀作)、『遠い砂』(佳作)とおおむね良作揃いの時期だが、個人的にはこれも当たり。

 ちなみにガーヴのファン、あるいはとにかく素で本作を楽しみたいヒトは、ポケミスの裏表紙とか「ハヤカワ・ミステリ総解説目録」の本作の項とか、そういう余計なものはいっさい見ない方がいい。
 とにもかくにも「あのガーヴの、面白いかもしれない? 一冊」程度の認識が生じた方は、いきなり本文から読み始めることを、絶対にオススメする。

 そして読みながら思うのは、あー、これキングやらクーンツやらの後年の大冊系の作家に、この作品の話のネタで書かせたかったな~ということ。
 本当なら、急転直下の展開があるまで、もっともっと地味目に地味目に話を転がし続け、いい感じまでにテンションをタメておいてから、そのタイミングでストーリーをハジけさせたかった、そんな思いがほとばしるタイプの筋立てだ。
 
 とはいえもちろん、そういう構成の作劇では、もはやガーヴ作品の形質じゃなくなってしまうだろうし。ガーヴは2~3時間でサクサク読めて、それなり以上にほぼ一定して楽しめる職業作家。そっちでいい。
 で、改めて、ガーヴ作品はガーヴ作品らしく読もうと、そういう尺度で考えるんなら、個人的には本作は(本作も)けっこう面白かった。

 犯罪を企む者の思惟に関しては、当時の欧州の世相とかその手の事情が背景にあることは読み取れるが、かたや主人公マガイアとその周囲の者を動かすのは、雑駁な現実は現実として、ギリギリのところで流されかけるところを踏みとどまり、まっとうな人間として残りの人生を送りたいという、いかにも英国人の背骨めいた希求。これがいいじゃないか。

 さらに中盤以降の(中略)も、あらら……ガーヴって、こういう(中略)もできるんだね。これまでの諸作でアレだのナニだの、あまりにも強烈な(中略)が印象的だから、虚を突かれた思いだった。しかしそれがとても自然に決まってる。
 で、一番最後の(中略)。これがまた実に効果的な(中略)ですんごく心に響いた。某メインキャラクターの(中略)が劇的に(中略)するそのインパクトが絶大で、そしてそれが作品全体の味わいを大きく変えてしまう。

 読後に試みにTwitterで感想を拾うと、ガーヴの作品の中でこれがトップクラスにスキ、と言っている人がいて、自分はソコまではいかないものの、わかりますよ、その気持ち、という心情くらいにはなる(笑)。
 個人的にはガーヴの中では、けっこう上位の方だね。評点は、8点に近いこの点数で。

 ちなみに本作は深町さんの、ちゃんと本人の名前(「眞理子」じゃなく「真理子」だが)が最初に出た訳書だったらしい。はあ、最初から、デキる人のお仕事は達者なものですのう、という感じであった。もちろん原語=英語はわからないので、日本語としてのこなれ具合の意味でホメてるんだけど。

No.9 7点 メグストン計画- アンドリュウ・ガーヴ 2021/11/24 15:22
(ネタバレなし)
 1954年11月のロンドン。「わたし」こと38歳の海軍省の役人クライヴ・イーストンは、戦時中の知己だった今は40代半ばのウォルター・カウリイと再会する。クライヴは戦時中は海軍中佐で潜水艦の艦長であり、ウォルターはその艦に暖房装置を設置した技術者で、戦後は暖房器具業界で成功していた。クライヴにはかなり美貌のまだ20代の妻イザベルがおり、互いに情欲を覚えた彼女とクライヴはウォルターの目を盗む不倫関係になった。クライヴはイザベルを寝取って伴侶としたい欲求に駆られるが、それには多額の金が必要だ。クライヴはイザベルの提言から、自分が海軍省の機密書類を抱えて、わざと人里離れた場所に遭難し、マスコミのスパイ疑惑を誘導、のちに無事に帰還してマスコミ各社に名誉棄損の名目で多額の賠償金を請求する計画を思いつく。

 1956年の英国作品。
 早川書房の名ミステリエッセイ集『深夜の散歩』でも、ガーヴの当時の代表作(翻訳刊行リアルタイムでの話題作にして秀作)として取り上げられた長編。
 少年時代に初めてその「深夜の散歩」の当該の文章に触れた際には「要は主人公が(マスコミの誤解の舌禍に遭った)被害者を装う訳だな? ずいぶんややこしい事をする」と思った記憶がある。さすがに現在ではそんなに複雑な詐偽計画だとは思わないが、このアイデアの妙なインパクトは今でも変わらない。

 そういう意味で読む前から印象の強い「名作」なので、今日までなんとなく大事に? とっていたが、気が向いたので手に取り、一晩で読了。まあ紙幅はポケミスで200ページ足らずだし、福島正実訳のガーヴだからリーダビリティは最強ではある。
 
 本サイトの先行レビューをうかがうに、評価のポイントは中盤の作為的な遭難状況での冒険の日々、その描写が買われているようだ。で、評者も、もちろんその部分の読みごたえに関して、異論はない。
 ただし個人的には、ガーヴの作品をそれなりにすでに数読んで、作者のいかにも英国作家らしい冒険小説志向の部分は知悉しているつもりなので、さほどのインプレッシヴは感じなかった。
 むしろ本作の妙味は、やはりこのハナシの大設定となる、スキャンダルの被害者を装った詐欺犯罪の遂行とその顛末、という倒叙・クライムストーリー的な流れの方にある。実際、周到に念入りに、(ある意味ぶっとんだ)犯罪計画の細部を詰めて組み立てていくあたりは、ほとんど出来がいい時のクロフツの倒叙もの。(自分は、本サイトでのジャンル投票で迷わず「クライム/倒叙」に一票を投じたが、これまで誰もソコに投票してないのにビックリした!!)
 そーいえば、物語の後半に特に大きな筋立て上の必然も感じられず「クロイドン」の地名が登場した。作者ガーヴから先輩作家への表敬のアイコンと見るのは勘ぐりすぎか?

 後半に登場する<悪事を暴く探偵役>のキャラクター造形もなかなか面白く、主人公クライヴとの妙に生々しいというか、変にドラマチックな関係性も印象的だった。そしてそんな相手の疑念を深めるきっかけになる、とある作中のリアルな事項も、実にクロフツの倒叙ものらしさ満点(もちろん、具体的にどういうものかは、ここでは書かないが)。
 終盤のシメとなるドラマ部分も他の作家が書きそうでなかなか書かない、という感じの妙なリアリティがあり、スナオに納得。
 多用なジャンルのミステリの興味を組み合わせたようなバランスの良さも含めて、たしかに名作といっていいだろう。まあガーヴの諸作の中では、これをあんまり早めに読むのではなく、ほかのフツーの巻き込まれ型サスペンススリラーとかを何冊か楽しんでから、これを手に取ってほしいというところもあるけれど。

 評点は8点でもいいけれど、まとまりの良すぎる面が妙に優等生感を抱かせる部分もあり、それでこの評点で。シンプルに面白いかつまらないかと言ったら、十分にオモシロイ。

No.8 6点 落ちた仮面- アンドリュウ・ガーヴ 2021/04/19 04:19
(ネタバレなし)
 英国の植民地である南国のフォンテゴ。いまだ民度が低く、衛生的にもよくない土地だが、ここで奮闘しようと青年医師マーチン・ウェストが新任した。現地では近く新設のレプラ患者治療収容施設が、なぜか立地的に不適当なタクリ島に予定されている。実はその裏には、建築請負業者が島のとある要人に贈った賄賂の効果があった。だがその事実を知った土地の黒人青年が、祭事(フェイスタ)の日、仮面をつけた一人の人物に刺殺された。やがて殺人者の魔手は、マーチンの恋人で植民地参事官の娘スーザンにも迫る。

 1950年の英国作品。
『ヒルダよ眠れ』に続くガーヴの第二長編で、別の翻訳ミステリ書評サイト(クリスティー研究家の数藤康雄氏による、英国作品専科の私評サイト)では、星5つで満点のところ星1つとケチョンケチョンの評価である。
 さらに翻訳が福島正実でなくよく知らないヒト、ポケミスの巻末に解説もない……と、なんかあまり良い印象もない一冊だったのだが、まあ何はともあれ、読んでみる。

 でまあ、一読しての感想だが、とにかくこれがガーヴか? いやそうなんだろうが……と思いたくなるくらいに、南国のエキゾチックな自然描写、異国描写がすごい。もうしばらくするとガーヴの諸作では、そういう自然派スリラーの要素はよい感じにこなれてきて、作者の売りとなる小気味よいサスペンススリラーの興味と溶け合ってくる。そこにガーヴという作家の個性が固まるのだけれど、この第二長編では、大先輩ハモンド・イネスあたりの作風を、まだ愚直に継承しようとしている感じ。もしかしたらもともとご本人としては、こういう方向にもっと没入したかったのかな、とさえ思ってしまった。

 とにかく前半はエキゾチックな叙述にかなりの筆が費やされ、その分、後年のガーヴらしいサスペンススリラーの躍動感は希薄。勝手な想像だが、数藤康雄さんはこの辺の自然描写、海外描写の肉厚さに戸惑ってつまらない、と思ったのかもしれない? まあそういう気分はよくわかる、わかるんだけれど、一方で英国自然派冒険小説の正統派の大きな系譜であるイネス的な方向に、初期のガーヴの足のつま先が向いていた、と考えれば、こういう路線にさらに傾倒していく可能性もあったんだろうな、とも思えた。
 実際に中盤のフォンテゴ、タクリ島を襲う嵐の描写は、紙幅的にはそれなりながら、かなりの迫力で、その後の島の荒廃ぶりも後半のストーリーに密接に結びついていく。
 こういうところにも、初期ガーヴのやりたかったこと、または試行錯誤の道筋がいろいろ見えるようで、とても興味深い。

 あとはマーチン以上に本作の実質的な主人公といえる、<仮面をつけた犯罪者>の描写とキャラクター性がポイント。この悪役が誰かはとりあえずここでは書かないが、読んでいくとリアルタイムで殺意の発生と犯罪計画の始まりからが語られる。マーチンとその恋人のスーザン視点からすれば通常の巻き込まれサスペンスだが、その悪役を実質的な主役とするなら、本作はほとんど倒叙クライムサスペンス(悪人が犯罪の露見におびえる意味でのサスペンス)といってもいい内容だ。その上でその悪役主人公と某メインキャラの関係性など……うん、やっぱりいろいろとガーヴっぽい。

 といったもろもろの意味で、いつもの<とてもオイシイ塩せんべい>的な、サクサク楽しめるガーヴの作風を予期すると、まるで裏切られるんだけれど、これはこれで作者らしいファクターは相応に備えられており、その上でのちのちの諸作からは薄れていった作法なんかもいっぱい見出せる長編。そういう言い方をするなら、ガーヴ好きなファンなら、ちょっと興味深い一冊でもある。終盤のヒネリもまあ先読みできないこともないが、1950年なら結構洒落たオチだったともいえるか。

 初期作品で、しかももしかしたら『ヒルダ』よりも、もっともっと以前から自分が書きたかったものを出しちゃった分、勢いあまって胃にもたれるところもあるが、力作だとは、思う。秀作とはいいにくいが、佳作といえるかも? と悩む余地はあり、だな。

 原書は英国の方の「クライム・クラブ」から刊行された、あるいは収録されたらしいが、ジュリアン・シモンズはどこかのタイミングで<叢書としてのクライム・クラブのなかのベストダズン>の一冊にこれを(クリスティーの『ABC』やP・マクドナルドの『迷路』、クロフツの『ヴォスパー号』などとかと並べて)選んでいたらしい。
 まあこのエキゾチシズムとかが日本人以上に、英国人のシモンズとかにはピンときたのかもしれないね。 

No.7 9点 地下洞- アンドリュウ・ガーヴ 2021/01/16 06:30
(ネタバレなし)
 1951年8月の英国。労働党の下院議員であり、地元ウェスト・カンブリアン地区の支持を集める39歳の政治家ローレンス・クイルター。彼は愛妻ジュリーの旅行中に自分の実家の古文書を整理し、一枚の図面を発見する。それはローレンスの曾祖父ジョゼフが19世紀の半ばに書き残した、実家の広大な所有地の地下にある洞窟のスケッチだった。ローレンスは、知己の青年教師でアマチュアながらエキスパートの洞窟探検家であるピーター・アンスティを招聘。二人だけでこの広大な地下洞の探索に赴くが、そこで彼らを待っていたのは思いもかけない現実だった。

 1952年の英国作品。
 2013年にミステリマガジンが特大号で「ポケミス60周年記念特集」を組んだことがあり、当時のミステリ界の識者がそれぞれ「マイポケミス・ベスト3」をあげていた。そんななかで、この作品に一票を投じた参加者がひとりいて、その事がずっと頭の片隅にひっかかっていた(本書を読んだあとで該当のHMMの特集を改めて調べてみると、この作品を推したのは、書評家の小池啓介であった)。
 
 その際の特集アンケートに寄せられたコメントが、どうにもかなり仰々しかったので、これはなんかあるのかと期待。
 長らく入手の機会を伺っていたが、ようやく今月、古書を安く(200円)買えた。
 それで読んでみると、物語は三部構成。ローレンス主役の第一部から始まり、ストーリーを綴る視点はやがて……(中略)。
 全編のリーダビリティは最高で、それぞれのパートをこの上なく敷居の低い感じで読み進める。
(しかし序盤を読み始めた時点では、ガーヴ、ハモンド・イネス風の本格自然派冒険小説に挑戦か? とも一瞬だけ考えたが、まったく予想はハズれた(笑)。)

 そして終盤まで読んで……(中略)。いや、これは、本当に(中略)。

 前述のミステリマガジンの小池啓介のコメントからまた引用するが、そこには
「そして真相の破壊力といえば、なんといっても『地下洞』だろう。ガーヴと同名の作家が書いたとしか思えない怪作中の怪作」
 ……とあり、その物言いに「あー」と、納得。
 とはいえ個人的には、かつてガーヴの<あの作品>を深夜に読んでいてぶっとんだ記憶もある。だから評者などはコレ(本作『地下洞』)をガーヴの作品だと素直に受け入れても、そんなに違和感はない。
 むしろガーヴは<あの作品>に並ぶ(中略)を、すくなくともここでもう一回はやってくれていたんだね~という深い感慨を抱く。

 なんというか<あのシリーズ探偵もの>の<あの連作短編のうちのあの一本>みたいに「底が抜けた」ショックを感じた。いや、サプライズの成分はまるでちがうのが、パワフルさでは負けず劣らず、である。

 ただまあ、なんやこれ、と思う人も多そうだな(笑)。ある種のバカミスっぽさもあるし。その辺の感覚で頭が冷えてしまう人だと、評価が下がるかも。
 
 ということで実質8点くらいだけれど、個人的には大ウケした、という意味合いで、あえてこの評点を授けておく。
 今後この作品を読んだ人が何人か、5~6点どまりの評点を並べるかもしれんけれど、そういう評価がくるのも予見して、前もって対抗してつけておく<カウンター的な高得点>というニュアンスもあるのです(笑)。

No.6 6点 遠い砂- アンドリュウ・ガーヴ 2020/08/13 22:56
(ネタバレなし)
 うーん。読み終えて、後味が良かったとも悪かったとも言えないタイプの作品だな、こりゃ。それで一種のネタバレになってしまうので(笑)。

 というわけで大ざっぱな言い方のみするのなら、それなり以上に面白かった(3時間でイッキ読み)が、中盤からの展開は力技すぎる。
 いやたぶん作者も、その辺の強引さは百も承知で、だからこそ前半~中盤にかけて、仮説のトライアル&エラーの積み重ねを前もって丁寧にやって、のちのちのための布石を張っておいたのだろうが。

 黄金期のヒッチコックが映画化していたら面白いものができたろうな。いや、映画独自の潤色であんまり付け加えるものがないから、ヒッチの食指が動かなかったかもしれない。

 ハヤカワミステリ文庫版271ページ目(最後の最後の方)の一幕は、とても良かった。

 評点は実質6.5点というところで。

追記:同文庫版209ページに登場する脇役の名が、ジャック・フィニイw 
 そして本書(このガーヴの『遠い砂』)の翻訳者はズバリ福島正実であった。なんか笑った。

No.5 5点 - アンドリュウ・ガーヴ 2020/04/15 04:17
(ネタバレなし~途中まで)
 1963年11月のある日曜日の夜。ロンドン近隣の町ラドレッドで、65歳の画家ジョン・エドワード・ラムズデンが何者かに絞殺される。38歳の家政婦ケイシー・ボウエン未亡人の通報で警察が到着。やがてスコットランドヤードの主任警部チャールズ・ブレアと部長刑事ハリー・ドーソンが捜査を進めるなか、殺されたラムズデンが画家としては才能もなく稼ぎも乏しかったが、死別した妻の遺産をかなりの額、相続していた事実が明らかになる。さらにラムズデンはケイシーと再婚の予定だったこと、また甥の青年マイケル・ランスリーと、友人で画商のジョージ・オトウェイにそれぞれ万が一の場合、遺産を半分ずつ遺すつもりらしかったことも確認された。ブレア警部たちは複数の容疑者の動機と機会を洗っていくが、嫌疑の濃い者のなかにはどうしても崩せないアリバイがあった……!?

 1964年の英国作品。
 ガーヴらしい冒険小説、もしくはスリラー要素は皆無。サスペンス性も希薄なガチガチのパズラー(ただしライト級)で、クライマックスまではフーダニットの興味でひっぱり、最後の最後では嫌疑が固まった被疑者のアリバイ崩しものになる。





【以下、もしかしたらネタバレ~なるべく気をつけて書くけれど~】

 本作は前述のとおり、かなりストレートな謎解き捜査&アリバイ崩しもの。
 だが肝心のトリックが、藤原宰太郎の著作(「世界の名探偵50人」など)で、そこだけ抜粋して紹介されてかなり有名でもある。さらにこのトリックは日本でも一時期かなり話題になったようで「はたして本トリックは現実に実行可能なのか」と実験(テスト)を試みた推理文壇関係者もいたという記事を、別の場で読んだ覚えもある。
 本書『罠』を未読で、今後読むかもしれないor内容に関心がある人は、藤原センセのその手の著作を中心に、しっかり警戒することをオススメする。

 かたや評者なんかは中学~高校の少年時代からそんなネタバレの災禍に晒されていたため、もはや読む気もあまり湧かないなあ……という恒常的な気分だったが、そろそろまあ……くらいの心根で、このたび実作を手にとってみた。
 結局、やはり、トリックを先に知っていると真犯人は一瞬でわかってしまい、その辺をさっぴくとあまり賞味部分もない、全体的に痩せた作品。
 とはいえ素で読むと、最後までそのトリック=ハウダニットの興味に絞り込んでいく後半の盛り上げ方はけっこううまいんじゃないの? という思いも生じたりした。
 だからこれはもう本当に、まずは白紙の状態で手に取り、どうやって犯行したんだろうとハラハラし、そして最後に作者が用意したトリックを教えられ、「え、そんなことホントにできるの!?」と驚き感心する(いや、ムリだろとツッコんでもいいが)のが正しい読み方の作品なのだった。
 
 それでもって、あたりまえだけど、トリックをネタバラシしたのは藤原宰太郎(あるいはその同類のヒト)であって作者じゃないのだから、ガーヴにまったく罪はない。
 むしろとにもかくにも、よくもまあこんな印象的(確かに!)なトリックを創造し、盛り上げた演出で読ませてくれたと本作を書いたガーヴをホメるべき……なんだけど、そんな一方で、トリックしか価値がないような一発ネタ作品を「あの」ガーヴが書いたってのもなあ……という思いもある(笑)。
(だってガーヴのサプライズ作品っていったら、ほかにもアレとかアレとかあるけど、その辺は決して、そのサプライズやトリックオンリーの作品じゃないものね?)

 そういうわけでいささか評価に困る作品。とにもかくにもまだ読んでない、トリックを知らない方はさっさと読むことをオススメする。くれぐれも藤原センセのその手の本とかは、警戒するように。
(とはいえ、個人的には往年の「藤原本」を100%否定はしないけれどね。「世界の名探偵50人」がもしもこの世になかったら、絶対に今のミステリファンの自分は存在していないと、胸を張っていえるので~笑&汗~。)

【追記】
 登場人物のひとりに、家政婦ケイシー未亡人の姉で、エイリーン・マーチャントという主婦が出てくるが、この人は巻頭の登場人物一覧では「妹」と記載されている。当然原文では単にsister表記だから、姉にするか妹にするかは翻訳上の判断であったのだろう。
 それで、本文を読むとケイシーは15年前に夫と死別した未亡人とあり、なんとなく年季のある女性っぽいので、たぶん当初はケイシーの方を日本語で姉設定にしたのだろうが、しかしさらに読み進めていくと今度はエイリーンの方が大家族で子だくさんという作中の情報が判明してくる。それで最終的には、本文内でエイリーンの方を姉設定にしたのだと思う。
 以上のような流れで、混乱の事情はなんとなく見えてくるような気もしないでもないが、この辺はきちんと早川の編集の方で、整備しておいてほしかったところ。万が一、再版や文庫化の機会でもあったら、統一しておいてください。

No.4 7点 黄金の褒賞- アンドリュウ・ガーヴ 2019/12/18 18:09
(ネタバレなし)
 財産家の伯父エドワードから多額の遺産を受け継いだ、市井の古物研究家ジョン・メランビィ。40歳前後の彼は32歳の美人の妻サリイ、そして8歳の息子トニイと6歳の娘アリスンとともに悠々自適の生活を送っていた。そんなサリイが子供たち、さらに知人の娘である18歳の美少女カイラを連れて海水浴を楽しむある日、ゴムボートの事故でトニイとサリイ自身が危うく命を落としかけた。だがそんな二人を救ったのはハンサムな四十男で、元軍人と自称するフランク・ロスコオ。命の恩人にも関わらず謙虚なロスコオに好感を抱いたサリイは、彼を自宅に招待。事情を聞いたジョンも彼を長年の友人のようにもてなし、この近所で養鶏場を開きたいというロスコオに協力することにした。だが、メランビイ家の中で、ロスコオは次第に秘めていた闇の部分を露わにし始める……。

 1960年の英国作品。ガーヴの最高傑作に推すファンも多い? 一編のようだが、実際にリーダビリティもサスペンス度も最強で本を読むのが止められず、二時間でいっきに通読してしまった。
 中盤からの(中略)的なジェットコースター風の展開、さらに最後に(中略)が見せる(中略)など、いや完成度と結晶度の高い小説である。改めてガーヴすごい。
 
 とはいえ一方で、60年前のあまりにも良く出来た作品ゆえの宿命で、パーツパーツの趣向や仕掛けを因数分解していくと、それから現在までの長い歳月の間にいろんな作家、作品が、この後追いバリエーションを生み出してしまったなあ……という感じも少なくない。つまり、今となってはもう……の部分もそこはかとなく感じたり、そこはちょっとキツイかも。
 まあ余計なことをあれこれ無駄に考えなければ、主人公の途中の推理の流れ、あちこちに設けられた仕掛けなど、ガーヴ諸作のなかでも確かに上位に行く作品であろう。
(これから読む人は、ガーヴの作品にあまり数多くなじまず、作者の手札の切り方も学習しないうちに出会った方がよい、とは思うけど。)
 繰り返すけれど、出来そのものは、本当にいい長編なんですよ。

No.3 6点 サムスン島の謎- アンドリュウ・ガーヴ 2017/09/26 18:12
(ネタバレなし)
「わたし」こと歴史学の大学講師で、アマチュア考古学者でもあるジョン・レイヴァリイ(29歳)。彼は発掘調査に向かった英国南西部のシシリー諸島、その一角のサムスン島で、同年代の美貌の人妻オリヴィア・ケンドリックと出会う。なりゆきから偶然、閉ざされた地所にふたりだけ取り残されたジョンとオリヴィアは、清廉な関係のまま、そこでともに一晩を過ごした。だがオリヴィアの夫で父親ほども年の違う古参の新聞記者ロニイ(ロナルド)が二人の仲を一方的に疑い、ジョンに手を上げた末に崖下の海へ落ちてしまう。助けようと海に跳びこむジョンだが、ロニイは見つからず、死体も上がらない。やがてジョンの脳裏には、ある疑念が生じてくる…。

 カギカッコの台詞によるダイアローグの比重が多く、ガーヴの諸作のなかでもこれはその意味で上位に来る印象。当然ながらただでさえスピーディな展開のガーヴ作品のなかでもかなりリーダビリティは高く、あっという間に読み終えてしまう。
 死体が見つからないロニイの謎、その裏に潜むかもしれない何者かの意志、そもそもジョンとオリヴィアの出会いは…などなど物語の興味を牽引するフック要素は非常に豊富で、後半にはいかにもイギリスの正統派冒険小説らしい自然のなかでのクライシス描写も登場し、物語に厚みを与えている。

 なお本書(ポケミス版)の訳者の福島正実はもちろん日本SF分野での偉人だが、ミステリには全般的に興味が薄く、でもその(ミステリジャンルの)なかでは例外的にガーヴが好きだったと語っており(どこで読んだか忘れたが)、実際に翻訳を担当したガーヴ作品も少なくない。
 それで本書はその福島が(この時点までの)ガーヴのベスト5に入る一本というだけあって、ページ数的にはそこそこ(本文200ページちょっと)ながら、密度感は高い。最後のミステリとして「え、そっち!?」という意外性も印象的で、まあ福島のように、褒める人が褒めるのは理解できる本書の出来である。

 とはいえ一方で、これだけの内容(物語要素)を語るのなら、昨今の作品ならポケミス換算で最低でも300ページは使うんじゃないかなあ…という感慨も正直、あったりした。その意味では贅沢ながら、もっともっと長めに読みたかった気もする。
 それゆえに良く出来た作品だとは思うものの、評点はちょっと辛めでこの点数。

 まあガーヴの作品に重厚感を期待するのはお門違い…という気もしないでもないが、いやいや『カックー線事件』なんか紙幅的にも質的にも相応のボリューム感はあったし、できない訳ではないんだよね。実際、器用な職人作家という印象が強い一方、けっこうバラエティ感も豊富な書き手だしさ。

 ちなみに訳者あとがきでは、本書刊行当時の未訳作品「The Narrow Search」もポケミス近刊予定とあったが結局それは叶わず、近年の2014年になって論創から『運河の追跡』の邦題でようやく発刊された。本書とそちらの間、変わらずリアルタイムのミステリファンだった年輩の方のなかには、感無量の人もいるのかもしれない。

No.2 6点 道の果て- アンドリュウ・ガーヴ 2017/07/25 20:38
(ネタバレなし)

紙幅も少なめで一気に読める家庭内サスペンスの佳作。
ページ数コストパフォーマンスを考えるなら十二分に面白い作品だけど、この作者だから最後は××××××にならないよね、という安心感がかえって緊張を削ぐ一面も…。

まあ読み手はそこに至るまでの送り手の筆の冴えを堪能すればいいんですが。

No.1 5点 モスコー殺人事件- アンドリュウ・ガーヴ 2016/10/25 16:26
(ネタバレなし)
 1951年の英国。東西間の国際政情の緊張を背景に英国でもソ連への関心が深まるなか、二流新聞紙「レコード」の記者で6年前までウクライナに駐在していた特派員の「私」ことジョージ・ヴェルニーは、編集長の指示で再びソ連に向かう。折しもソ連には英国から親ソ派の平和使節団が向かっており、その団長であるアンドリュー・マレット牧師は傲慢な人柄ゆえ使節団員の大半から陰で嫌われていた。往路の時点から使節団と一緒だったヴェルニーはそのまま彼らと共にモスコウ(※本文中ではこの表記)のアストリア・ホテルに泊まることになる。ホテルはヴェルニーの馴染みの宿で、彼はそこで米国の陽気な特派員仲間クレイトンや温厚なロシア人の老給仕ニコライたちとの旧交を温めた。社会主義国家の制約のなかで、本来は可能な限り自分流の自由な取材活動をしたかったヴェルニーだが、ソ連新聞報道部の役人ガニロフ部長は、平和使節団の文化的な交流活動に密着して今回の取材をするように推奨してきた。つまらない記事になりそうだと不満を覚えつつ、やむなくその指示に従うヴェルニー。だがそんななか、アストリア・ホテルで謎の殺人事件が…。

 1951年の作品で、作者のガーヴ名義での第四長編。内容はあらすじ通りに1950年代当初のソ連(現ロシア)のモスコウ(モスコー、モスクワ)を舞台にした、フーダニット主体のパズラー。
 英国での書名は邦題通り「Murder in Moscow」だが 米国では「Murder Through the Looking Glass」(あべこべの国の殺人)の改題で刊行され、ソ連の行政側や官警が素人探偵となったヴェルニーの捜査の脇で、向こうなりの事情論で事件を再構成しようとするのがミソ(事件を捜査すべき側がそんなことを、という意味で「あべこべ」)。
 もともと1950年6月に勃発した朝鮮戦争を前提に書かれた作品のようで、欧州のソ連を警戒する空気が反ソ的な叙述となって盛り込まれた。ただし日本語版の翻訳(1956年5月1日・時事通信社刊行)では、訳者・向井啓雄の判断で、その反ソ、嫌ソ的な部分が相応に抄訳されたらしい(基本的にはそういう余計な改竄は止めてほしいけどね。こちらは例えば、シッド・ハレーが『大穴』の中で大戦中の日本兵士の残酷行為について毒づいても、それはそれ、と思うし)。
 とはいえ完全にソ連側を悪役にする気もまたなかったようで、殺人の冤罪を掛けられる老給仕ニコライや、物語後半の重要人物アレクサンダーなんかは頗る気のいい好人物として描かれる。それに悪役ポジション(?)のガニロフも、ニコライを庇おうとする主人公の言葉に素直に耳を貸すなど、決していやな人物ではない。まあここら辺には、当時の作者にも出版側にもいろんな考えがあったんだろうけど。

 ちなみに邦訳の出た1956年の日本といえば、10月には日ソ共同宣言でソ連との国交が回復。たぶん本書自体がそんな時代の動きをにらんだ翻訳だったのだろうから、ソ連を舞台にしたミステリを出版するのはタイムリーで良いにせよ、同国の関係者を不愉快にさせかねない部分などはことさら不要だったのかもしれない。

 それで謎解きミステリとしては、被害者の部屋の封印された窓の謎、外の雪上の足跡、証拠となりそうな手紙…などなどから主人公と周囲の者の談議で推理と事件の検証を進め、次第に真犯人に接近していくかなりマトモなパズラー。なんで殺人が起きたのかのホワイダニットの謎ももうひとつの興味となり、物語後半にはある重要なアイテムもストーリー上の意外な大道具として浮上してくる。
 それでこれはなかなかのものか…と思いきや、最後の解決部分がいささか大味でずっこけた。真犯人の錯誤を示す伏線と言うか手掛かりも一応は与えられているのだが、これはちょっと当時のモスクワに実際にいた人でないとわからないのではないの…という種類のもの。

 とはいえ話の転がし方のなめらかさと、緊張感と異国情緒を伴った筋立ての密度感(もしかするとこれは相応に抄訳したことも影響しているのかもしれないが)はさすがガーヴという感じ。ある種のツイストを設けた最後の場面まで、読み物としてはそれなり以上に楽しめる。佳作。

 なお本書での作者名は、表紙周りも奥付もすべて「A・ガーヴ」表記。あとがき(訳者あとがき)では「アンドリュー・ガーヴ」と記述されている。

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人並由真さん
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