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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2223件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.543 5点 見えない凶器- ジョン・ロード 2019/05/11 16:02
(ネタバレなし)
 直球の謎解き(ハウダニット&フーダニット)パズラーでそれは良いのだが、噂のトリックは……。1938年というミステリ史的にはやや微妙な時期(黄金時代から現代本格への推移期)の作品で、そんななかにたぶん当時にあってももはやレトロな趣向が用いられる。関連する事象が出た時点でまさか? と思ったらソレだった。しかし犯行現場にすぐ踏み込んだんでしょ? 痕跡とか残ってなかったのだろうか。その辺をどう捌くかと思っていたら、特に言及がなくガッカリ。
 
 後半ももうひとつの事件がからむあたりはまだしも、この条件でAでなければBだろうねという感じで犯人の推察が可能なのは、やはり本作の弱点か。
 ナンシー嬢とその仲間たちの描写のくだりは、不必要に物語の軸が横にずれた気がする。捜査陣の尋問のかたちで彼らの人物描写をこなしてくれればもっとスマートな作りになったんじゃないかと。
 この作品に関してはそんなところですかね。

No.542 6点 悪党パーカー/漆黒のダイヤ- リチャード・スターク 2019/05/09 03:07
(ネタバレなし)
 プロの犯罪者パーカーは愛人クレアとともにNYで休養を楽しむさなか、見知らぬ3人の白人からおとなしくこの地を去るよう警告を受ける。間もなく今度は別の白人ホスキンズがパーカーに連携を申し出て、さらにパーカーがそれを辞退すると、次は4人組の黒人が姿を現す。彼らはアフリカの小国ダーバの改革派で、リーダ―は同国の国連代表でもあるゴノール。4人は、国民の財産をダイヤに替えて隠匿しようとする現大統領ジョゼフ・ルブディ大佐の一派から、隠し資産を奪回するためNYに来ていた。頼りになる物品奪取のプロとして、「犯罪組織(アウトフィット)」の大物カーンズからパーカーを紹介されたゴノールたちは、その彼に強盗・窃盗のコーチと作戦の立案を求め、ダイヤ奪回計画を成功させようとするが……。

 1968年のアメリカ作品。おなじみ「悪党パーカーシリーズ」の第11作目。日本では翻訳が結構いい加減な順番で出たため、1985年になってコレが邦訳された際には、なんか未訳の余り物が後回しになった感もあった。
 それゆえパーカーが第三世界の黒人たちと組む話なんて、いかにもシリーズに起伏を与えるために先にネタありきで作ったイロモノっぽい感じなのだが、実際には刊行時期の1968年を考えるなら50年代からのエド&ジョーンズの活躍を経て、65年のヴァージル・ティッブスのデビュー、69年の『褐色の肌』(レイシイ)、70年の『はめ絵』(マクベイン)などブラックパワー作品の隆盛期のど真ん中であり、これはむしろ作者スタークが時代を意識しながらパーカーシリーズを、当時のそっちのムーブメントに近づけてみた一編と見るべきだろう。
 ゴノールたちをパーカーに仲介する役には『犯罪組織』『カジノ島』に登場したカーンズと並んで、シリーズおなじみのセミレギュラー、ハンディ・マッケイも関わってくるし、ファンにはなかなか楽しい一冊ではある。
 母国ダーバで軍事鍛錬を一応は受けている面々とはいえ、強行犯罪に関してはアマチュアの連中を高額の報酬と引き換えに教育するパーカーの図は他の作品ではあんまり見られなかった趣向であり、ガーフィールドの『反撃』とかケンリックの『バニーよ銃を取れ』とかの<素人特訓もの>なんかも想起させる。ひょっとすると本作は、その手のもののなかでも結構早い方の一冊か?
 あとクレアの登場編としてはこれが都合3冊目のハズだが、早くも? ここでのちの某人気作の原型のようなことをやっていて興味深い。ネタバレになるので詳しくは言わないが、そういう意味ではシリーズの流れにひとつのポイントを刻んだ印象のある作品でもある。
 ドライで省略法の演出が効いた終盤の作劇は素晴らしい。パーカーがアマチュア勢とからみ、そのアマチュアたちの活躍まで見せ場としたため、中盤まではどっかこのシリーズらしくない牧歌的? ともいえる雰囲気が漂う本作だが、後半になっていっきに物語が引き締まる。
 シリーズのなかでは決して上位ではない一冊だろうけど、ファンがパーカーのクロニクルに何を求めているのかを、きっと再確認させてくれる佳作。

No.541 5点 滅びのモノクローム- 三浦明博 2019/05/07 21:31
(ネタバレなし)
 2002年。大手広告会社の製作部に勤務する日下哲は、仙台東照宮の骨董市で30台の女性から旧式の釣り竿を買う。掘り出し物を格安で入手したと満足の日下だが、同時におまけのような抱き合わせのような形で購入した雑貨の中から、古い16ミリのフィルムが出てきた。同僚の岩渕と相談し、そのフィルムに映し出されている映像を次の大口の仕事に利用しようと考える日下。二人はカルト的なまでに博学な知識を誇る映像復元の技術者・大西のもとにそのフィルムを持ち込む。一方、フィルムを売った女性=月森花は、祖父の進之介の了解のもとに実家にあった古い雑貨を売却していたが、今になって進之介はあのフィルムのみは例外として回収してくるように孫に願い出た。進之介は花に雑誌記者の苫米地(とまべち)との連携を指示。彼の取材力や情報収集力を頼りながらフィルムの行方を追わせるが、そんなフィルムを捜す者たちのそばに、謎の人物の影が……。
 
 第48回江戸川乱歩賞受賞作。半ば偶然のなりゆきから眠っていた事実が掘り起こされ、それが現在形の殺人事件に繋がっていくパターンの準巻き込まれ型サスペンス。文章は平易で読みやすく、それが次第に真摯な社会的主題&メッセージ性に迫っていくのはいい。だがそうなると、まだまだ本当は語りたいこともあるのだろうに、もう頁の半分以上が終っているという、物語の作り込みの薄さが気になってくる。
 マクガフィンとなる古いフィルムの存在が、この21世紀の段階になって敵側に認知される流れもやや強引で、さらにそんなもののためにここまで流血の事態が起こるものかな……という印象も強い(まずは脅迫なりなんなり、もう少し穏便策を踏まえて、それでダメそうならそこで初めて強攻策に及ぶのでは?)。まあ確かに露見すればいろいろ不都合な旧悪ではあるし、作中人物がそう考えた、で済ませられることではあるので、読んだこっちとの感覚的な齟齬なのかもしれないが。
 少なめの登場人物にそれぞれ記号的なポジションを与え、その上でキャラによってはしっかり描き込んである明快な人物描写は良かった(一番最後のツイストだけは、もうちょっと練って欲しかった気もするが)。
 乱歩賞だからどうこうを言わないで、一本の社会派長編ミステリとして佳作……かな。

No.540 6点 予期せぬ夜- エリザベス・デイリー 2019/05/07 16:45
(ネタバレなし)
 評者はデイリー(デイリイ)作品は、数年前に翻訳された『閉ざされた庭で』に続いてこれが二冊目。
 そっちがべらぼうに面白かった(たしかにそちら『~庭で』での大技は「クリスティーが最も愛好した米国女流作家」という肩書きに実に相応しい印象であった)ので、こっちも期待したが、最初から最後まで外連味ゆたかな展開で楽しめた(先行の方々の評の通りに、事件の乱発、すっきりしない、という部分もまあわからないではないが)。
 文章にも随所にユーモア味があって、なかなか快い。素人名探偵のガーマジがあちこちの事件の局面に首をつっこんで、時に関係者の命を救ったりするのだが、そんな一連の彼の行動の流れを、終盤に事件に介入してきた弁護士の先生はうさん臭がり、まるで疫病神のように半ば見やる。アマチュア名探偵なんて傍から客観的に見れば、そういう存在として目に映ることもあるよね。
 一方でクリスティーと非常に属性の近い……というような資質の作家ゆえに、犯人の正体は早々に読めてしまった。まさに英国のミステリの女王ならまんま仕立て上げそうなストーリーの流れと登場人物の配置だから。

 それでも全体としては普通に面白い。こっちが邦訳のあるあと残り二冊を読み終える前に、また次の未訳作品が発掘翻訳されればいいなあ。

No.539 7点 迷いこんだスパイ- ロバート・リテル 2019/05/06 14:41
(ネタバレなし)
 ペレストロイカ以前のソ連。28年にわたって外交文書の伝書係を務めた53歳の男オレク・アナトリエウィッチ・クラコフが出張先のアテネで勝手な行動をとる。クラコフは極秘書類の入った鞄とともにアメリカ大使館に駆け込み、亡命を求めた。アメリカの秘密諜報機関「特別行動班」のリーダーである44歳のストウンはクラコフの審査に当り、彼が亡命者を装った工作員または諜報員である、あるいはクラコフ自身は本当に亡命を求めているが、偽の情報を掴まれた可能性がある、の両面から検分に当たる。やがてクラコフからポイントとなる複数の情報を引き出したストウンは、自ら変名でソ連に乗り込み、情報の真偽を確認しようとするが……。

 英国の1979年作品。処女長編『ルウィンターの亡命』(1973年)で、いきなり英国のCWAゴールデンダガー賞に輝いた作者ロバート・リテル、その第五長編。
 個人的には大昔に読んだ『ルウィンター』はそれほど評価してない(最後、ああ、そういうオチね、で終ってしまった作品)だったのだが、本作『迷い込んだスパイ』以降に書かれた『チャーリー・ヘラーの復讐』(1980年)なんかは大好きな評者である。
 それで評者にとって久々のリテル作品だが、今回はとても面白かった。やっていることは『ルウィンター』のリメイク的な側面もあり(ネタバレにはなってないと思う)、いかにもペレストロイカ以前の東西陣営の相克を描いた正統派エスピオナージュだが、後半、ストウンがソ連に乗り込んでいってからの臨場感と登場人物たちの実在感は相当のもの。さらにネタバレになるのであまり書けないのだが、主人公ストウンが(中略)のあたりなど、最終的には人間性の善悪という文芸に視線が及ぶのが基本(だと思う)のエスピオナージュとして、とても肝が据わった書き方をしている。

 なお終盤に判明する敵側の黒幕の劇中での動向は、ちょっとお話として作りすぎじゃないか……という気もした。が、現実の諜報戦のなかでいびつな生き方を始終強いられる前線の人員が時に人間らしくありたいと思い、ちょっと悪戯心を出すのはこういう状況かもしれないとも考えなおす。そう見やるなら、良い感じの文芸性が、観念のソースとなって物語の味付けをしているように思えなくもない。
 ちなみに題名(邦題)の意味は前半のクラコフ、後半のストウンを指すダブルミーニングだと思うけれど、同時に作中に登場する、国家のため国民のため、地上平和のため、そして職務のため、歯止めの無いモラルハザードの世界に迷い込んでいくスパイ達全員への、普遍的な揶揄でもあるんだろうね。

 末筆ながらリテルの登場人物はヒロインが地味に魅力的だけど、本作でも後半で登場の娼婦カトゥーシカはなかなかステキであった。前半に出番の多いストウンの恋人で、地球の終末危機の可能性を思いつくままに並べまくるスローもキャラが立っている。

No.538 6点 ノースライト- 横山秀夫 2019/05/05 20:10
(ネタバレなし)
 妻と離婚し、現在は中学生の娘と月に一度ずつ会う許可を得ている45歳の一級建築士・青瀬稔。そんな青瀬は大学時代の学友・岡嶋が創設した建築事務所に所属するが、そこに「以前に青瀬が設計して建築関係のムックにも名デザインとして紹介されている家、あれと同じようなのものをお願いしたい」という依頼がある。青瀬はその新規の依頼を機にかつての仕事に思いを馳せ、自分が設計した吉野家を見に行くが、そこに現在も暮らしているはすの一家の影はなく、ほとんどの家具類も撤去されていた。ただひとつ、20世紀半ばに絶大な業績を遺したドイツの名インテリアデザイナー、ブルーノ・タウトの椅子のみを置き去りにして……。

 横山作品は初読み。噂に聞く名作群はいずれ読んでいきたいと思うが、久々の6年ぶりの新刊という本書を、まずは試みに手に取ってみた。430頁弱の本文で読むのに2日間くらいかかるかと思っていたが、とんでもないリーダビリティの高さで半日で読了。
 結論から言うと普通に面白かったが、一方で筆力のある人気ベストセラー作家の方ならこのくらいの秀作は想定範囲という思いもある。横山作品のビギナーが生意気を言ってすみません(汗)。

 ミステリとしては消えた一家の行方、残された椅子の謎などが表向きの眼目だが、読み物としての眼目は、青瀬や岡嶋たちの事務所の事業ドラマ、さらには周辺の群像劇の方で、そっちの方が非ミステリの小説として面白い。
 特に348~349頁の、あるキャラの描写なんか、あーうまいな、テレビドラマ化したら、ここでこの該当キャラを演じる俳優は本当に芝居のやりがいがあるだろうな! という感じ。こういうシーンを良い意味で抜け目なくちゃんと挿入しておけるのが、きっと横山センセが人気作家である証だろうね(まあその一方、こういう性格&文芸設定のキャラだったら、こんな事態の発生は想定内ではないのか? という思いもなくはないのだが……。)
 それでも最後は上手い具合にミステリらしく着地するし、その秘められた真相の開陳と小説としての燃焼感との相乗は、しっかりとこの作品の魅力になっている。筆の立つ作家が書いた21世紀のヒューマンドラマミステリなのは、間違いないでしょう。

 評価はかなり迷うところがあるけれど、本サイトでも評価の高い横山先生の久々の大作・新作ということを勘案して、やや厳しめにこの点数。フツーの作家さんだったら、四の五の言わずに絶対にもう1点あげてます。

No.537 5点 金紅樹の秘密- 城昌幸 2019/05/03 17:56
(ネタバレなし)
「私」こと小説家・谷田部正一は、匿名の女性から<自分は夫の殺害を企てている>という主旨の手紙を繰り返しもらう。文面に独特の真実味を認めた正一は、中学時代からの旧友で戦時中は海軍の特務機関にいた相川雄吉に相談を求めた。二人は送られてきた手紙から得た手がかりから、斜陽貴族の陸奥家、その美貌の夫人であるゆり子に目星をつける。そして正一たちが同家に接触をはかるや否や、実際にその周辺で変死事件が発生。やがて事態は予想だにしない秘境の秘密に及んでいく……。

 殺人計画を誇示するかのような女性? からの文書が主人公・正一のもとに連続して届き、その手紙の署名が当初はA・A。それが順々にB・B、C・C……と変遷していくあたりなど、一風変わった妙なセンスを感じさせる。やがて不審な陸奥家に乗り込んでいく辺り、さらに乱歩の『孤島の鬼』を思わせる、町中の殺人劇から特殊な地域での冒険ものへ転調する流れなど、中盤まではこの作品固有の個性を認めないでもなかった。
 しかしながら最後の真相と謎解きはツッコミどころが満載で、特に最後の「なぜ正一のもとにこんな手紙が送られたか」についての背後事情は空いた口が塞がらないであろう。まあある意味で、リアルといえばリアルな心理……かもしれない。
 昔はこういうミステリも商業作品としてアリだったのね、という話のネタとしてはいいかも。そういう意味では褒めることは絶対に無理でも、キライにはなれない作品なんですが。

No.536 6点 春の自殺者- レイモン・マルロー 2019/05/02 20:37
(ネタバレなし)
 フランスのその年の1月から5月にかけて、ブルターニュのモルレ群地方の郡長を初めとした各界の名士が続々と動機不明の謎の自殺を遂げる。一連の変死事件は「春の自殺事件」として人々の噂に上るが、やがて忘れられた。そんななか、探偵事務所「ルピュ」の所長兼唯一の調査員である私立探偵リシャール・ディケは、数週間ぶりにまともな仕事の依頼を受ける。依頼人はミュルドックと名のる中年紳士で、妻の浮気の証拠を押さえてほしいというものだった。ディケは秘書で内縁の妻といえる体重95㎏以上の大女レア・ユトンに尻を叩かれながら、この仕事に乗りだすが、はたしてディケが認めたのは、調査対象の美女ロレーヌが日替わりで別の男と情事を行う現場であった。仕事の域を越えてロレーヌに関心を抱きはじめるディケだが、そんな彼はやがて思いも掛けない事件の渦中へと巻き込まれていく。

 1972年のフランス作品。作者レイモン・マルローは日本では本作しか紹介がないようで(少なくともこの作者名表記では)、さらに今回評者が手にしたHM文庫版(1992年に本作を原作として翻案した邦画『エロティックな関係』が公開された際に刊行された)には作品解説も何もまったく無いため、詳しいことはわからない(1976年に刊行のポケミス版は大昔に買ったかもしれないがすぐに出てこないし、そっちにまともな作者や作品の解説があったかも不明である)。
 そういうことで今回は純粋に作品そのものの感想になるのだが、ミステリのジャンルとしてはいかにもフレンチハードボイルドっぽい雰囲気で始まりながら、途中から少し方向性が転調して主人公ディケが窮地に陥る巻き込まれ型のサスペンススリラーっぽくなる。さらに事件全体に、序盤から叙述された謎の連続自殺事件の謎が一種のミッシングリンク風にからんでくるが、真相は読者の推理に挑戦する謎解きものの形で解き明かされていく流れではないので、そういう意味ではミステリとしては弱い。終盤に事件のキーパーソン的な人物がいきなり登場してくるのもちょっと……ではあろう。ただし話の流れそのものはフランスミステリにたまにありがちな「なんでそうなるの?」的な部分は少なく、かなりスムーズなストーリー運びなのは悪くない。
 さらに重要なのはしょぼくれた私立探偵の主人公ディケ(10年前に親戚の遺産が入って会社を辞め、愛読していたミステリを通じて憧れを抱いていた私立探偵稼業に乗りだしたが、その後仕事は下り坂。当初はいい女だった秘書のレアも今では40過ぎのデブ女に化けてしまっている)をメインにした、複数ヒロインたちとのペーソスとエスプリを利かせた艶っぽく時にスリリングなやりとり。ポケミス版の刊行当時に、ミステリマガジン誌上で青木雨彦さんがたしか本作を例の<ミステリ内の男女の機微を語る連載エッセイ>の路線で取り上げ、なんらかの含蓄を語っていたと思うが、これは正にそういう器で語るのにもってこいの作品ではある。

 プロットとしてはマトモなミステリっぽい真相のネタを用意しながら、最後の方ではその辺をあまり練り込まなかった印象の作品だが、それでも読み物としてはそれなりに楽しめた。ラストのイヤミスにならない程度にイヤーンな感じも、とてもフランスミステリぽくっていい。
 この主人公(ディケ&レアのコンビ)このあと続編が書かれたのかな。そこはちょっと気になる。

No.535 5点 ミルナの座敷- 須知徳平 2019/05/01 14:57
(ネタバレなし)
 その年の夏休み。「ぼく」こと小学校6年生の英彦は一つ年下のお転婆な妹・夏子を連れて、東北の彦呂村にあるおじさんの家に行く。館屋敷と呼ばれるおじさんの家には幸介と清介という同年代の従兄弟の兄弟がいたが、本当はもうひとり、この家には11年前に生後10日で死亡した妹の芳子がいた。英彦たちの訪問はその芳子の供養のためでもあった。芳子の産まれた部屋は、産小屋(うぶごや)と呼ばれる、出産時に妊婦がこもる離れ部屋。だが今は悲しい思い出を弔うように「ミルナの座敷」と呼ばれて施錠されて管理されていた。だがその密室の中から、そこに納められていた観音像が抱きかかえる、赤ん坊を象どった立体物が消えてしまう……。
 
 1962年に元版が刊行されたジュブナイルミステリで、第三回講談社児童文学賞受賞作品。「本格ミステリフラッシュバック」で紹介されていたので以前から気になっていたが、このたび読んでみた(評者が手にしたのは、講談社の1983年の青い鳥文庫版)。青い鳥文庫版の巻末で解説を書いている児童文学評論家の田宮悠三という人が言うとおり、日本版トム・ソーヤというものが書かれたならこんな感じか、という従兄弟同士4人の少年少女探偵団を主人公にした健全で清廉なジュブナイル作品で、ミステリとしては肝心の密室の謎解きの真相をふくめて、大人が読んで騒ぐものでもない。それでも少年少女の視点で推理という作業をきちんと探求し、「だれが」「なぜ」「いつ」「どのように」さらに盗んだ品を「どこに」隠したかという5つの謎を整理しながらアマチュア捜査を進めていく物語は、成人が読んでもなかなかほほえましい。事件後の決着も踏まえて精神性も潔癖な、好ましい児童向けの読み物であろう。

 ちなみに青い鳥文庫版の裏表紙のあらすじ、さらに前述の田宮氏の巻末の解説は作品のネタバレになっているので注意。特に後者の巻末の解説はお断りなしに真犯人の名前まで堂々と明かしながら、自分の言いたいことを言っている。今だったらブーイングの嵐であろう。ミステリ読者、ファン同士のマナーや約束事を知らない場だと、昔はこういう事態が起きることもあった。

No.534 6点 再婚旅行- 佐野洋 2019/04/27 19:57
(ネタバレなし)
 昭和37年。「わたし」こと、酒場「パンセ」に勤めるホステスの市原紀子(源氏名・安子)はその夜、店に来た客・大仲吾一の顔を見て驚く。大仲は、眼鏡とパーマという相違こそあれ、紀子が5年前に別れた夫・河原田重吉と瓜二つだったのだ。何らかの事情で河原田が変名を用いて正体を秘めて会いに来たのかと探りを入れる紀子だが、確証は何も得られない。他人の空似か? それとも!? 疑念を深める紀子は情人である「東都新報」の外報部記者・川北に事情を話し、大仲そして現在の河原田の身辺を調べてもらうが、やがて不審な事実が浮上してくる……?

 ややこしげなプロットだが、作中で仕組まれていた悪事そのものは底が割れれば存外にシンプルなもの。ただしその犯罪を悪事の中核から外れた座標に立つヒロインの視点から語っていくことで、スパイスの利いたストーリーに仕立てている。この辺りはやはり上手いということか。
 とはいえ犯罪そのものは半世紀前だからこそ通用したものであり、現在の捜査科学なら絶対に露見してしまうだろうけれど、その辺は言うのは野暮だね。
 そういった時代的な甘さを看過しても、細部の端々で「そううまく行くだろうか……」というツッコミどころは何カ所か感じたが、ストーリーそのものをあまり長くしなかったおかげで良い意味で逃げ切った感じではある。ちょっとだけ昏いロマンを感じさせる、とても昭和っぽい作品。 

No.533 7点 アシャンティ- アルベアト・バスケイス・フィゲロウア 2019/04/27 12:33
(ネタバレなし)
「コロマント」(ケンカ好き)の異名で知られるアフリカ原住民の勇猛な一部族アシャンティ族。その族長にしてソルボンヌ大学の教授であるママドウ・セーガル。そしてそのセーガルの娘でミュンヘンの大学に学び、オリンピック選手でもある20歳のアフリカンの美女ナディアは、カメラマンの白人青年デビッド・アレクサンダーと熱い恋に落ちて妻となる。西欧の文化に触れながら、いずれは社会運動家としてアフリカの困窮する同胞のために尽力したいと思うナディア。だがそんな彼女は故郷のアフリカで、数十年のキャリアを誇る奴隷商人スレイアン・ロラブの一味に捕まり、ほかの十数名の黒人奴隷とともに苦行の旅路を強いられる。デビッドは最愛の妻を奪回するため、人身売買犯罪に対処する公的な機関に協力を願った。さらに彼は、より実戦的な民間有志の奴隷解放組織「白い部隊」に支援を求め、自らもナディアのいるはずの広大な砂漠へと乗りだすが……。
 
 1975年のスペイン作品。
 作者フィゲロウア(本邦訳書では「A・V・フィゲロア」の著者名表記)は、1978年にはじめて長編『自由への逃亡』で日本に紹介された。同作は<逃走者と軍事犬>という組み合わせで追われる者と追うものとの緊張と憎悪そして奇妙な絆を語り、その密度感の高さで我が国のミステリファン、冒険小説ファンの反響を呼んだ(特に北上次郎などから絶賛を浴びている)。
 それで本書はその翌年1979年に、リチャード・フライシャー監督(『トラ・トラ・トラ』『ミクロの決死圏』ほか)の新作映画『アシャンティ』の公開にあわせて翻訳された、同映画の原作小説。やはり本作も当時、同じ北上次郎が高い評価を与えていたはずである。

 評者としては大昔に『自由への逃亡』を読んで相応のインプレッションを受けて以来、数十年振りのこの作者の著作を手にした(といいつつ、翻訳はこの二冊しか無いハズ)が、紙幅的にはかなり薄かった『自由への』と比べて、本書は小さめの活字がしっかり二段組、総頁も280頁以上と、そんなすこぶる本格的な仕様の長編冒険小説である。
 プロットそのものはナディアを奪回するためのデビッドと協力者たちの追跡行、それに悪党側に生じる内紛と、ナディアの脱出へのトライ……など、きわめてオーソドックスだが、登場人物の書き込み、細部の映画的な見せ場の配置、さらには20世紀後半のアフリカの暗部への肉迫……などなど、小説として賞味できる要素は盛りだくさん。
 特に「白い部隊」のリーダーである青年アレック・コリングウッドが奴隷解放の義勇兵になった理由が、かつて奴隷商売で財を為した先祖の貴族の罪悪を雪ぐため、などという文芸が心に響く。さらに、追い求めるヒロインのナディアに接近しながらあと一歩及ばずに倒れていく義勇の戦士たちの描写とか、丁寧な筆致で綴られた登場人物たちの退場劇は念頭に残るものが多い。

 ちなみに、これは密な取材の結果として小説に取り入れられた描写らしいが、アフリカの裏社会には痩せ衰えて連れられてきた奴隷たちを、彼らを買い上げる富豪に提供する前に、体調を管理してしっかり健康にしておく「太らせ屋」という専門職? もあるそうで、この辺りのリアリティには、人間のおぞましさを痛感させられてゲンナリする。奴隷それぞれが1㎏太るたびにいくら、と談判する辺りは悪趣味なジョークのようだ、
(ところでこの作品は、そんな評者みたいな<文明国という安全な彼岸の場から、対岸の火事であるアフリカの病理に義憤を抱いたり哀れんだりする世界中の人々の傲慢さ>にもきちんと釘をさしており、そういう意味でもスキがない。)

 いろいろな思いを心に刻んで読み終えることは必至の一冊だが、全体としてはとても満腹感のある、良い意味で曲のない、エンターテインメント性の強い冒険小説でもある。フィゲロア(フィゲロウア)の作品を、もっと読みたくなったが、これから翻訳される機会などは望めるだろうか?

 なおくだんの作者・フィゲロウアはスペインの映画人でもあり、前述の『自由への逃亡』は2006年に作者みずからのプロデュース、シナリオで<サイボーグ犬が逃走した政治犯を追うSF映画>としてリメイク(映画化)。日本では『ターミネーター2018』の題名で映像ソフトとして発売されている。
 作者名をWEBで検索してたら、どっかで観たような内容の映画が目に付き、そしてそのスタッフにこの名前が出てきて、二重に驚いた(笑)。

No.532 5点 列のなかの男―グラント警部最初の事件- ジョセフィン・テイ 2019/04/25 17:53
(ネタバレなし)
 ミステリ的なギミックはそれなりに設けられているものの、読者に謎解きを楽しませながらフーダニットに絞り込む要素はあまりなく、これはほとんど警察小説の要素が強いときのクロフツの長編あたりに近いように思えるんだけど? 
 まあ作者のテイ(原書の初刊行当時は別名義だが)が、いかにもそのフレンチ警部がやりそうな<遠方への捜査出張編>を、お話を書く側として本当に楽しそうに綴っている感じは伝わってきた。
 最後の人間関係を導く手がかりというか伏線の部分は早々と読めたが、それでも終盤にはこういう感じでのサプライズを語るのか、と少し驚いた。まあそのあたりも正統派の謎解きでは決してなく、19世紀のホームズの時代からのスリラー作品の系譜的な感触だったが。
 1920年代のテイが当時自分が好きだったミステリ分野に参入しようと、良い意味で既存作品の模倣を心がけた感じがうかがえる。
 習作感も強いが、決してキライにはなれない一作。

No.531 6点 メグレと無愛想な刑事- ジョルジュ・シムノン 2019/04/25 17:41
(ネタバレなし)
 全四編の中編集。表題作「メグレと無愛想(マルグラシウ)な刑事」はシムノンの短編にありがちな妙な感じのリズム感がいまひとつ感じられなかったが、被害者の家庭に覗く生活模様とか、こちらが予期するものはちゃんと提供してくれた感触。
 本書の中で特におもしろかったのは、第二話「児童聖歌隊員の証言」と第三話「世界一ねばった客」の二本。特に前者は老境の有閑を子供相手の悪戯で消費するかのような、社会的立場のある老人の描写がなんとも言えない。ミステリとしての組み立ても、あの英国の某女流作家の世界的に有名な名作短編を思わせる。後者「ねばった客」は話の転がっていく感覚では「児童聖歌隊員」以上に心地よかった。ああ、登場人物たちが<そういう人生>を送ってきたんだね、と思い知らされたのちに、最後にじわじわ滲むなんともいえないペーソス感。これぞメグレシリーズの持ち味のひとつ。
 四本目の「誰も哀れな男を殺しはしない」も悪くなかったけれど、もう少しだけ長い紙幅で読みたかった。

No.530 6点 報酬か死か- 生島治郎 2019/04/25 17:23
(ネタバレなし)
 『追いつめる』の主人公・志田司郎の事件簿をまとめた全7編の連作短編集。
 今回評者が読んだのは元版の桃源社・ポピュラーブックス版だが、各編の雑誌の初出が記載されてないので、それぞれいつ頃書かれた作品かはわからない(調べる手段はあるが)。ただし第三話「裏の裏」のなかでの依頼人との会話で、2年前に暴力団組織を壊滅させたと『追いつめる』事件のことが話題になるので、現実の執筆・刊行よりも劇中の時間は経っていなかったかもしれない。
 個人的には『追いつめる』という生島作品も志田司郎という生島ヒーローもともに昭和期の国産ハードボイルド、和製ハードボイルド私立探偵として、スタンダードすぎる感じがしてあまり思い入れがないのだが、本作の諸編では以前に華々しい成果を上げた(そして痛い苦い思いもした)ヒーローが、ここでは貧乏に地道に日々の仕事を片づけている感覚がしてとても親しみやすい。正にテリー・レノックスのいう「人生に一回だけ拍手喝采を浴びる空中ブランコを披露して、あとはドブに落ちないように気をつけながら歩いている」ハードボイルド世界の登場人物だ。
 なんか田舎のラーメン屋に入って備え付けのコミックスで、人間ドラマが粒ぞろいと世評が高い(でもまだ読んだことのなかった)専門プロフェッショナル・連作ものの青年劇画を料理そっちのけで楽しんだような感じである。
 全7編、基調に一本芯が通りながらも、一冊の事件簿としては適度にバラエティ感があるのもいい。
 この一冊で志田司郎が以前より少しスキになった。

No.529 5点 二人が消えた夜- 富島健夫 2019/04/23 14:07
(ネタバレなし)
 昭和30年代の半ば頃。とある地方にある故郷の石崎町を出て東京に暮らす新社会人の「ぼく」こと、20代半ばの青年・真垣竜右衛門(通称「竜」)。その竜は、高校から大学時代の学友・水野利也が地元の坂井町で自殺したことを、水野の妹で竜の恋人の弥生からの知らせで知る。幼少時の災禍で顔に大火傷を負った水野は周囲に垣根を作り、竜はごくわずかな友人だったが、水野の根幹からの気難しさもあって両者の関係は絶えず繊細で緊張に満ちたものだった。水野の死の事情が気になった竜は弥生の待つ故郷に戻るが、そこで彼は水野が通学時に思いを寄せていた、かつての可憐な他校の女子高校生に出会う。女高生=川上芙佐子は、今は初老の金貸し・大橋重蔵の後妻で大橋姓となっていたが、彼女もまた青春時代の水野と竜のことは覚えていた。だがそんな彼女に、夫殺害の容疑が生じて……。

 問題作『容疑者たち』に続く作者のミステリとしての第三長編(数え方によっては四冊目のミステリといえるらしい)。1982年の徳間文庫版のあとがきに付した作者自身の述懐によると、ストレートなミステリだけではおもしろくないので文学要素のあるものを狙い両者の融合をはかったが、いまひとつ効果が上がらなかったという主旨のことが書かれている。
 個人的にはそれなりにまとまった感じはあったが、一方で一番本書のドラマで興味を惹かれるのは、息子(水野)が死んだいま、残る娘の弥生を良縁で嫁がせたいと思う水野家の老婆と、それに対抗して心の絆を固め合う竜と弥生、さらにはそれを応援する竜の両親との対立劇であり、ミステリの方はやや添え物的な印象もなくもない。
 事件の真相のトリックにも割にミステリとしてマトモ? なものが用意されているが、これももうちょっとうまく演出できたんじゃないかな、という感じもある。
 何より本作の一番の弱点は、物語の導入の流れからもう少し物語の主軸にくるべきキーパーソンのはずの水野にほとんど実態としての出番がないことだろう。竜の視点で、水野の追い求めた美沙子への思い入れを追っている構図では
あるのだが、最後はもう少し水野当人に向けた竜(と弥生)の心の決着に帰するべきではなかったかと。

 ただまぁ、さすがに文章はすごくうまく、とても居心地の良い小説ではあった。竜の家に上がり込んで弱みを見せながら酔っぱらってしまう中沢刑事なんか、いかにも良い意味で昭和的な人間くさいキャラクターだと思うし。昭和三十年前後当時の風俗も興味深く、それらの意味ではそれなりに楽しめた一冊。

No.528 6点 闇からの呼び声- 高柳芳夫 2019/04/22 19:10
(ネタバレなし)
 その年の6月下旬。都内の音大・東明学園大学に在籍する多香城由里は、父の秀信の様態が悪いため、夏休みになるのを待たずに故郷の津軽に帰参した。三女の由里は6年前に母と事故で死別し、そしてつい少し前に長姉・絵里を精神分裂病の末に失っていた身である。残る家族は、由里のほかに元外交官の父・秀信と美大に通う次姉の麻里の2人だけだ。だがある夜由里は、およそ半年後の来年3月20日に自分が姉の麻里を絞殺するという明確な記述を自分自身の日記にしたためていた! やがて由里は、多香城家の血縁者にかつて洞爺丸の遭難事故を予知した者がいたという話を父から聞き、自分の自動書記=未来の予知が現実のものになるのではと恐怖。周囲から精神の異常を疑われないように警戒しながらも、父とともに対抗策をはかろうとするが……。

 初出は1984年の「小説推理」10・11月号に二回分載された長編で、ずばり、アルレーかボワロー&ナルスジャック調のフランスミステリ、または日本なら一時期の日下圭介あたりを思わせる作風の内容。
 ヒロインの実姉が精神分裂病を患ったすえに非業の死を遂げ、その因子が遺伝的に自分に影響するのではとおののく主人公の恐怖心が物語の底流にあるが、30年前(文庫版が1989年刊行)ならともかく、この種の主題は現在ではデリケートで扱いにくいかもしれない。
 じわじわと現実のものとなってくる予知という、通常のミステリの枠内、リアルで物理的な解法では捌きにくいテーマを真っ正面から扱っただけに、物語が最終的にどこに着地するのか、やはりある程度はファンタジーっぽいスーパーナチュラルな要素が導入されるのか、それとも……と、終盤までテンションが落ちないのは本作のこの設定ならではの強み。
 ネタバレはもちろん書かないけれど、個人的にはおおむね面白く読めた。
 評点は6点か7点か迷うところもあるけれど、ちょっと(中略)な印象もなくはないので、この点数で。それなりの、佳作以上の作品ではあるけれどね。

No.527 6点 白眼鬼- 永瀬三吾 2019/04/21 16:45
(ネタバレなし)
 その年の冬。四谷区の住宅街・若葉町で、自家用の高級車から降りた青年社長・河南市蔵が何者かの襲撃を受けて頭部に重傷を負う。実業家として一代で財を為した河南は、かつての自分の雇用主で数年前に事故死した藤代東一郎の遺族を後見しており、その夜の事件も河南が訪問しかけた同家の門前で起きた。だが河南を襲った賊の姿はどこにも無く、運転手の梶井も周囲に怪しい人影を見ることもなかった。そのまま藤代家の賓客として、同家の未亡人で若い後妻・かおる子や先妻の遺児である妙齢の三姉妹、春子・夏子・秋子たちの看護を受ける河南。だが藤代家の門番で中国人の老人・王(ワン)は「鬼が家に入ってしまいましたじゃ」と託宣めいた言葉を発した。一方で四谷署の刑事・九条も、河南が藤代家を訪れるのは運転手の梶井すら乗車してから知ったことであり、襲撃者はその夜その場に河南が来ることを予見できなかったため、河南を襲った犯人は藤代家の周辺にいると目星をつける。だがやがて、その藤代家の周囲でさらに次々と怪異な殺人事件が……。

 昭和33年(1958年)9月5日の奥付表記で、同光出版株式会社から刊行された長編ミステリ。2019年4月現在Amazonにデータの登録はないが、総ページ数は311頁。頒価は280円。本の高さは19センチのハードカバー。

 昭和29年の中編作品『売国奴』で同年度の第八回探偵作家クラブ賞を受賞した作家・永瀬三吾による唯一の長編ミステリ作品で、内容はあらすじの通り、都内の邸宅を事件の主舞台とする一種の舘ものっぽい、スリラー風の謎解きフーダニット。冒頭の姿無き襲撃者のあたりから外連味のある不可能興味で読者を引き込み、のちに密室(といえるようなやや微妙なような)殺人劇も登場。事件が進むにつれて藤代家の四人の女性にからむ異性交遊の構図が変遷したり、藤代家の相応の金額の資産も人間関係に影を落とすなど、次第に陰影のある群像ドラマを見せていく。そんななか、ミステリ的な細かい創意はいくつか盛り込まれてそれはいいのだが、最後まで読むとこのキャラクター要らなかったんじゃない? とか、無駄な作りも少なくない感じを抱かされたりする。さらに、とにもかくにも犯人の見当が早めについてしまうのも残念。
 まあその上で事件の構造にある種の仕掛けが設けられていたり、殺人者の動機のなかに潜む独特な屈折の念と奇妙なバランス感覚が印象深かったりはしたが。

 ちなみにタイトルロールの「白眼鬼」とは、作中でとある人物が口にする「卑屈な鬼だ。絶えず世の中を、相手を白眼視してやまない鬼畜! 白眼鬼だったのだ!」のセリフによるもの。言葉の意や該当人物のポジションは必ずしも同じではないが、乱歩の『暗黒星』の中の「暗黒星」というキーワード、あの用法と似ていなくもない。

 先日ヤフオクで3万円以上(!)ととんでもない高騰価格で落札されていたから気になって借りて読んでみたけど、そこまで大枚をはたいて買う本でも読む本でも決してない。まあ運良く数千円レベルで古書で出会えたら(そんなのはなかなかありえない僥倖だろうが)購入してもいいかも。

No.526 8点 傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを- 矢作俊彦 2019/04/20 18:34
(ネタバレなし)
 1975年3月末、長年にわたって司法の手を逃れていた「東京アンダーワールドの女帝」にして、乱歩の『黒蜥蜴』のモデルとも囁かれた裏社会の大物・綾部貴子はさる疑獄事件に絡んで窮地に陥り、国外に逃亡した。貴子の外注の部下だった新宿の調査員(事件屋)の青年・木暮修は貴子からともに日本から脱出するように誘われるが、彼は病身の弟分の若者・乾亨(あきら)を見捨てられなかった。だが結局、亨は死亡。貴子の検挙に失敗した警視庁は意趣返しの念も込めて修に亨殺害の容疑をかけ、その後30余年、修は国内外で不遇の逃亡生活を送る。やがて2008年。都内の一角でホームレスとなっていた57歳の修は、仲間の浮浪者たちや、市役所の厚生福祉課の気の良い青年・愛称「シャークショ(市役所の意味)」などを相手に、のんきな毎日を過ごす。だが修はある日、「コグレオサム」を探す怪しい外国人の一団により、自分と間違えられたホームレスが拉致され、重傷を負ったことを知る……。

 1974年から半年間にわたって放映された日本テレビドラマ史に名を残し、世代を超えてファンから愛される名作・探偵ドラマ(というよりアングラっぽい青春ドラマ)の正統的な続編ノベル。評者は2008年3月「小説現代」特別号での本作初出の時点で同誌を入手。その後、加筆改訂された単行本も購入した(今回はこれで読了)が、散らかっている家の中で本がどこかにいってしまい、刊行から10年後の昨年2018年の夏にようやく発見。それではそろそろ読もうかと思っていたら、修役の萩原健一が先日亡くなってしまった。追悼の念はやぶさかではないが、それ以上にいい加減読んでおこう、の思いが強かった。
 くだんの「小説現代」(これはいまだ捜索中)の方に書いてあるのか未入手の文庫版の方に記述があるのか知らないが、Webでの噂を拾うと、本作はもともと21世紀の新作映画用のストーリーとして書かれながら、2006年に綾部貴子役の岸田今日子が他界したため頓挫した企画に沿った一編だったようである。
 主演の萩原や旧作テレビのメイン文芸だった脚本家・市川森一からも公認・支援を受けた完全に正統的な後日譚であり、メディア枠を違えながらも33年という長い歳月を経て復活したフィクションの主人公というのも豪快だが、旧作テレビを楽しんで観ていた(自分の場合ははじめてしっかり観たのは深夜の再放送枠だが)ファンにとっては、バディものの片割れを奪われ、その後社会の片隅で逃亡を続けてきたかつての青年主人公のジジイとなった活躍図がすごく気になる(と言いつつ、10年読まなかったけれど~汗・笑~)。

 それでまあ中身の方は、ある意味でとても王道、言ってみればスピレインの『ガールハンター』の傷天版なわけだが、作者の原作ドラマへのオマージュの込め方はハンパでなく、テレビエピソード各編の細かいネタを縦横に拾いまくるわ、その一方で青春も若さも喪失した初老主人公の疲弊と年季をみせるため、実に巧妙な刀捌きで原典世界にも斬り込むわ……で、正に原作ドラマファンの書き手による原作ドラマファンへの一編なのは間違いない。これが受け入れられないというのは、別の意味でのファンオマージュで21世紀の木暮修像に自分なりの強いイメージを抱きすぎて、それと違うものに抵抗がある人だろう。それはそれで仕方がないが、万人を納得できる作品なんか作れないという意味で、個人的にはこれは、当人なりのアプローチを貫き通した作者・矢作のひとつの大きな成果だと思う。

 なお評者は70~80年代はともかく近年の普通の矢作作品群は、数年前の『フィルムノワール/黒色影片』一作しか読んでない(その一冊が面白かったけど、大作ゆえに実に疲れた~汗~)ので、そういった作品群との比較はできないんだけれど、本書(新作・傷天)は21世紀の東京・新宿を舞台にしたストーリー上の必然性やメッセージ性も明確で、そういう意味でも良質な作品であった(いろいろな面で時代に置いていかれかけながら、それでもしぶとさを失わない修のキャラクターもカッコイイ)。
 さらに終盤のある大仕掛けはこちらの予想の隙を突かれた感じで、その辺は(中略)という意味で諸手を挙げて褒めまくるわけにはいかない面もあるが、それでも結局は導入しておいて良かった文芸だったとは実感する。

 ちなみに余談だけど、本作が登場した2008年には吉村達也の『マタンゴ 最後の逆襲』とかも発売されていた。当時は出版界にこういう、人気の名作映像作品をベースにした完全新規の後日譚ノベルブームとかが来るんじゃないかと期待したものだった。結局、そんなものは訪れなかったわけだけど(悔し涙)。

No.525 7点 キャナンザの熱い風- アントニイ・トルー 2019/04/19 17:27
(ネタバレなし)
南アフリカのザンベジ渓谷の周辺。そこに野生動物や無数の草木が荒れ地を縫うように密生する特別保留地キャナンザがあった。30歳の赤毛の白人「ルーファス(赤毛)」ことジョン・リチャーズは、行政公認の管理官代理として野生の動物たちや太古からの自然を守るが、最近この周辺では革命ゲリラ闘士、政府から見ればテロリストの武装グループの活動が著しかった。そんななか、40年以上の人生を鉱脈探しに費やしてきた老人ルーダ・マクガンは有望な金鉱の兆候を見つけるが、一方で同地にはヨハネスブルクの鉱山会社の重役ロディ・フィスクが来訪し、マクガンはせっかくの獲物を横取りされまいかと緊張する。いずれにしろ、万が一この周辺でどのような経緯にせよ大規模な発掘作業が開始される事態は、自然保護の観点からリチャーズにとってかなり好ましくないことであった。やがてある日、キャナンザの大地の上で人命を奪う銃声が轟き……。

 1970年の英国作品。著作の主流は海洋冒険小説である作者アントニイ・トルー(日本でも何作か紹介されている)には珍しい、内陸を舞台にした作品。中身は、半ば自然派の冒険小説、半ば殺人事件がからむ正統派? ミステリ風。そんな一冊。
 なおザンベジ渓谷(ザンベジ川)は実在するが、キャナンザは架空の地名らしい? webで何回か検索しても、本書の邦訳名以外出てこないので。

 最終的にどういうジャンルに着地するかも興味とも思えるのでここでは詳述はしないが、ミステリを楽しむストライクゾーンが広い(つもりの~笑~)評者には面白かったが、人によっては何らかのミステリジャンルの物差しから中途半端に思えるかもしれない。
 いずれにしろ登場人物が全体的にくっきりとキャラ立ちして(設定的に奇人や変人が登場するのではなく、作者の筆力で存在感を抱かされる手応え)、さらに人間に対して時にきびしく時に懐の深いアフリカの自然描写も一種ドラマチックに語られている。それらすべてをふくめて、ミステリを内包した一編の小説として快い作品だった。最後の幕切れも、いかにも文芸ミステリっぽい余韻が残る感じでステキ。

 ちなみに評者は関東在住の人間で、この10年ほど全般的に四季の感覚が変化し、1年のうちの春秋の季節感が希薄化。おおざっぱに言って、冬が終ったら早くも初夏のような肌感覚である。そういう意味でこの四月でももう結構暖かいのだが、そういうシーズンに読むにはピッタリの一作だった。本当の真夏に読んでいたら(冷房のある場で読むにせよそうでないにせよ)なんかいろいろ余計なことを考えちゃいそうな、そんな熱い(暑い)世界を舞台にした物語だから。

No.524 7点 魔眼の匣の殺人- 今村昌弘 2019/04/15 21:57
(ネタバレなし)
 途中で止められず、眠い目を擦りながら夜中の3時過ぎまでかけて読了した。

 殺人に至った動機の形成についてはフツーの感覚ではイカれているといえるものなのだろうだが、ここまで煮詰めたこの設定の中なら、確かに犯人の思考のロジックとして整合している。
 読み終わったあとホワイダニットの部分を何回も反芻し、どっかにツッコむ隙がないかと考えたが、こちらが思いつくレベルのことには悉く先回りした解答が用意されている。
 時計の文字盤のくだりや、最後のどんでん返しも含めて、作者のミステリ愛は前作以上に感じた。
 しかし第三作のハードルがかなり上がってしまったなあ。焦らないでゆっくり続刊は書いてください。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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