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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2037件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.357 5点 本格ミステリ漫画ゼミ- 事典・ガイド 2018/06/20 12:17
 800タイトル以上について語っているという謳い文句は伊達じゃなく、とんでもない情報量の一冊である。ミステリは好き、コミックも好きな評者だが、かといってミステリコミックや探偵漫画を特に意識的、体系的に読んでいる訳でもないので、初めて知る事柄も本当に多い本だった。その意味でまず敬服。

 とはいえ紙幅200ページ足らずの本文の中で、そんな800作品も網羅している情報の凝縮ぶりは正に諸刃の剣。特に前半など、単に<こういう作品があった~その作者のデータ>という、あまりにも悪い意味で総花的になってしまった記述のつるべ打ちには、かなりゲンナリした。
 もう少しくわしく評者の不満の念を説明するなら、まず前提として、本書は大別して「国内ミステリのコミカライズ」「翻訳ミステリのコミカライズ」「オリジナルのミステリ漫画1」「同2」と4つのカテゴリで構成。それら各項目の中で、さらに細かく章立てされている。
 ……これだったらそれぞれのカテゴリの中で(絶版か入手可能かを問わず)重要な&特徴のある作品を20作~30作ぐらいずつ選出して一作品につき数ページの構成で<作品の概要><書誌情報><探偵のキャラ><(ベースの小説があるものは)原作との比較><事件の梗概と謎の魅力><楽しみどころ>などの項目を設けたメイン記事として一本一本仔細に語った方がいい。
 そして現状の<ただ情報を載っけました程度の記述で紹介された、大半の作品群>は、巻末に表組みの形でデータを詳しめに記載し、簡単な扱いで済ませちゃった方が良かったんでないの? と思う。だってそういうやや作り込んだ書誌ページで、<こんな作品がありました>と読者が学べば、あとはこの21世紀のネット文化のさなか、興味を持ったファンがそれぞれ自ずとwebとかで該当の本の情報を追っかけていくこともできるよね。それで今回の本書が為したような(ごく最低限の)情報の提示とその享受はクリアされる。
 だからこの本、もっともっと面白く作れたような気がするんだよな。

 その辺の不満が強くて、評点はちょっと辛めの4点……にしようかとも思ったのだが、後半を読み進めていくにつれて、それぞれのオリジナル作品への記述にはなかなかの充実感があって、いくらか見直した。
 くわえて「結局はそこかい」と言われそうだが、とにかくこれだけのタイトルを読み、最低限でもその作品の情報を語れるという作者の読書量とサーチ能力は改めてスゴイ。知識だけじゃいい原稿は書けないが、いい原稿を書くには十全な知識(膨大な読書量)が必要という現実は、改めてこんな場で実感した。
 それから今回取り上げられた800作品の中に、昭和ギャグ探偵ものは入ってなかったのだけれど(『カゲマン』とかは載っている)、この辺はコラムとかで(その辺は本書の謳う「本格ミステリ漫画」の本筋ではない系譜として、目配せ的でもいいから)もっと語っておいてほしかったという感もあったり。
 まあ、今後また誰かが、<ミステリ漫画>というジャンルを語る本を書く際には前もって目を通しておくべき、そんな力作の一冊ではありますけれど。

No.356 5点 ポケットは犯罪のために 武蔵野クライムストーリー- 浅暮三文 2018/06/19 03:12
(ネタバレなし)
 置き引きを生業とする男「中央線の銀次」はその日の午後二時頃、うたた寝する中年男の頭上の網棚から彼の鞄をかっぱらう。その鞄の中に入っていたのは、書籍一冊分のミステリ小説を綴った原稿用紙の束だった。銀次はその内容を一読し、この原稿を効率よく金に替える算段を考えるが……。

 「メフィスト」誌に掲載された6本の単発ミステリ短編を、劇中作の小説として連続して並べ、それら各編の合間に、本書の刊行時に書き下ろされた新規キャラ・銀次のモノローグを入れてまとめた内容。まったく類似の前例がないわけではないが、ちょっと変った趣の連作ミステリである。ちなみにミステリ本編の第六話「五つのR」は、釣り好きの老人・村上の懐旧談を樫村青年と加藤刑事が聞く、この3人のやりとりで進行するのだが、コレは作者の別長編『殺しも鯖もMで始まる』の続編というか後日譚というか、とにかく同じシリーズでもあるらしい。

 6本の内容の大半は殺人とは無縁で犯罪性&事件性も希薄な、いわゆる日常の謎ティストのものが基本。サクサク読めるが、そのなかのいくつかは良い意味で小味なトリッキィさで悪くない(遺言の謎を扱った「フライヤーを追え」、町行く人が一様に薔薇の花を持ってる謎「薔薇一輪」、いつも白シャツの男がなぜかその日に限って赤シャツを着て帰ってきた「五つのR」あたりが個人的にはなかなか面白かった)。最後に明かされる仕掛けに関しては、作者が読み手を面白がらせたいほどには残念ながら乗れず、いまいち不発という感じだが、まあ一冊そこそこ、そんなに悪くはない。
 あえて不満といえば、表紙のねーちゃんみたいな、ぱんつ見せキャラが劇中にはっきりと登場しなかったことかな。そういうのもちょっぴり期待して読んだんだけど(笑)。
(ちなみに「五つのR」の中で、前述の村上爺さんが「最近の若い娘は、勝負パンツをどうのこうの」とかなんとか話題にするのだが、もしかしたらコレは、そのネタで描かれたジャケットカバーのイラストだったのだろうか)。

No.355 7点 狼殺し- クレイグ・トーマス 2018/06/18 12:17
(ネタバレなし)
 1944年、ナチス制圧下のパリ。同地では連合国陣営の支援を受けた多数のレジスタンスが活動していたが、そのなかの一つに功績を重ねる共産主義者の集団「ロル部隊」があった。そんな彼らがいずれ戦後のフランスの行政内で邪魔になると考えた連合国側のタカ派「ウルフ・グループ」は、ロル部隊をわざとゲシュタポに逮捕させる。さらに嫌疑の信憑性を高めるため、英国人のレジスタンス集団「トロイ・グループ」からもロル部隊の協力者を逮捕させることになり、そのスケープゴートに選ばれたのは同グループのリーダー「アキレス」こと青年リチャード・ガードナーだった。強制収容所に移送される途中、決死の逃亡を成功させたガードナーは苦難の果てにパリに戻るが、そこで彼を待っていたのはさらなる仲間たちの裏切りであった。やがて終戦を経た1963年、かつての苦難の記憶を封じ込め、フランスの一角で事務弁護士として妻子とともに平穏な生活を営んでいたガードナーは、ある日、あることを契機に、心の奥に燻っていた怨念を一気に開放。かつて自分を窮地に陥れた黒幕を探す復讐行を突き進む。だがガードナーの戦いの裏には、何者かの何らかの思惑が蠢いていた。

 パシフィカでの元版の刊行当時、北上次郎が絶賛したことで有名な活劇スパイ小説。以前から読もう読もうと思っていた作品の一つだが、やっと読了。とりあえずの率直な感想は「ああ、こういう作品だったのね」である(笑)。
 まず思うのは、普通、こういう設定の作品なら、19年もの間、安穏な生活のなかで自分の秘めた憎悪の念をごまかしていたガードナーの内省をしっかり描き込み、その反動から中年(1963年時点で現在42歳)になって戦士として再び覚醒する彼の心の高揚をうたいあげれば良さそうなものだが、作者トーマスの筆致はその面では意外に淡泊。
 だから読者視線では「なんでこの主人公、以前の恨みを時間のなかに自然消滅させなかったんだろう……」とも思ってしまう。この辺はかなりきわどい。もうこの時点で本作を不自然だ、主人公の原動の説得力に欠けていてつまらないと思う人は、見限ってしまうだろう。
 またガードナーが今回の復讐のために立ちあがる契機も、たとえばこのタイミングで1944年当時に殺害された肉親や恋人の死の真実を知った~それで怒る、といったわかりやすいものでなく、あっさりといえばかなりあっさり。よく言えば抑制された筋運びだが、まあ、なんというか、意図的にわかりやすいドラマチックな活劇を避け、別のテンションで勝負しようとしている感がある。そう思って頭を切り替えると、本作の楽しみどころがなんとなくわかってくる。
 名前の出てくる登場人物もメモを取ると端役も含めて70~80人に及び、物語半ばからの視点を切り替えながら、ガードナーの背後にひそむ謀略が徐々に露わになる。その一方で表面のドラマとしてはガードナーの黒幕に迫っていく復讐行が流れるように進んでいく。この潤滑感はそれなりの快感である。
 実は謀略自体の実態は、驚愕ということもなく、ああ、そういうことなんでしょうね、という感じのものだが、確かに、ややこしくなった戦後の当時の国際政治の影を意識させ、その意味で感慨深い。
 終盤、SISの部長ケネス・オーブリー(この人はトーマスのレギュラーキャラクターらしい)とガードナーのやりとりとそれ以降の展開にはハッとなったが、結局ガードナーはあまりにも(中略)だったわけで、その辺のアイロニーこそこの作品の核だろう。
 優秀作、傑作と騒ぎ立てるまでのこともないが、スパイ小説のひとつの作法としてエスピオナージュファンなら一度は読んでおいた方がよい佳作~秀作。評点は0.2点くらいオマケしてこの点数。

■今回は1986年に刊行の河出文庫版で読んだが、訳者あとがきでちょっとネタバレをしている。その点、これから読む人は気をつけてください。

No.354 5点 虚談- 京極夏彦 2018/06/14 16:51
(ネタバレなし)
「談シリーズ」は今回が初読。
 本書は「嘘」を主題にした一冊だそうで、全9編の短編が、それぞれ「僕」という人物(同一キャラらしいのもいれば、そうでないのもいる)が、ある人物と対話し、その流れの中で本当に実在するかそれとも……? という人外の存在や事象に向かい合う連作になっている。
(もうひとつ、連作の趣向として、全9本のタイトルがどれも、カタカナまたは平がなの3文字で統一されている。)いずれにしろ「嘘」というキーワードの用法は、かなり自在闊達ではある。

 同じ主題で似たような設定のもとに話が続くと、どうしてもカブる部分は出てくるが、それをぎりぎりのところでうまく差別化している手際は、さすが京極先生。話術のうまい語り手から一定の安心感のもとに、古色豊かな(設定は現代の)怪談を聞かされる盤石なゾクゾク感がある。
 ただ印象が弱い話もあるので、評点はちょっと辛めでこのくらいに。

 マスターピースは人によって変るだろうが、個人的なベスト3は、日常の中に入ってくる狂気が、終盤でより深い妖しさの世界に分け入っていく「ベンチ」、幽霊のビジュアルキャラクターがなかなか強烈な「クラス」、話のロケーションと妖かしの異形感の取り混ぜが絶品な「キイロ」あたり。
 なお第6話の「シノビ」は最後のオチで、怖いというより笑ってしまったが、これは綾辻の「館シリーズ」に例えるなら『人形館』的な、書き手も自覚したチェンジアップだろう(たぶん)。
 
 ところで話変って『邪魅の雫』から早12年。そろそろ京極堂シリーズの新作長編は出ないものでしょうか(薔薇十字系ではなく、本家の)。
(いや、実を言うとその『邪魅の雫』は、この十数年のなかで、とにもかくにもどんな作品でも最後まで読むつもりの評者が途中で投げ出した数少ない一冊なんだけど~汗~。)
 それでも新作が出ればたぶん、いや必ず手に取ると思うので。

No.353 6点 ウィッチハント・カーテンコール 超歴史的殺人事件- 紙城境介 2018/06/12 15:00
(ネタバレなし)
 魔法の探求が進み、その条理の大半がすでに明文化されている異世界・神聖インペリア帝国。そこの人々は「人間とは基本的に善性であり、殺人などの凶行を為した者は<異端者>として万民の目前で厳粛(残酷)に処罰されなければならない」という一定のルールのもとに日々を送っていた。ある日、帝国騎士団の準聖騎士である15歳の少年ウェルナー・バンフィールドは、現在世界で唯一の魔法研究家として高名な同じ年の天才美少女ルドヴィカ・ルカントーニの身辺警護を任される。だが帝国の歴史上の偉人「百年女王・フェニーチェ王」を祝う千周年記念の祭事の渦中、謎の発火事件が発生。ルドヴィカは自分の助手で姉のような少女アイダ・アングレージを炎の中に失った。しかし状況は他殺の態を示しながら、一方でその現場には当のアイダ以外の誰も入らず、また事前に仕掛けられた発火装置の類もない完全な? 「密室」であった。

 ランドル・ギャレットの「ダーシー卿」シリーズ(評者はまだ中短編を1~2本しか読んでないが)を美少女異世界ラノベの枠にはめ込んだような長編ミステリ作品(バトルものでもあり、青春ドラマでもある)。
 
 まあマイペースな天才美少女ヒロイン(本作の物語の一年前にも、その叡智で不可思議な凶悪殺人事件を解決しているという設定)とそのおもり役の男子主人公というキャラシフトは、まんま『GOSICK-ゴシック-』路線だが、その辺をもう<あまたのラノベ作品に定着したワンジャンル>と踏まえて読むなら、これはこれでなかなか良く出来ている。特にお仕着せの騎士道や常識ではなく、ヒロインの窮地を打開すべく自分自身が本当に為すべきことを見出していくウェルナーの描写は王道ながら熱い。本作のもうひとりのメインヒロインで、哀しい過去ゆえにかつての親友ルドヴィカに深い愛憎の念を向けるエルシリア・エルカ―ジの内省もよく描き込まれている。キャラ描写の面では異世界青春ラノベとして十分に堪能した。

 それで肝心の密室トリックはこの世界観ならではのロジックを活かしたもので、設定との親和性、またその意味での説得力はある。インパクトを受ける人には十分衝撃的だろう。ただし個人的にはこの大ネタ自体には割と早めに察しがついたし、ほかの少なくない読者も先読みできる……だろうなあ。実際、広範な意味でのミステリ作品の中には、このアイデアは前例のあるものだし(もちろん、ネタバレになるのであんまり詳しくは書けないが)。
 というか真相の解明まで、登場人物の誰も「その可能性」を口にしないのは読者視点で不自然な感じなんだよなあ。作中の人物たちには「それ」は想定しにくい事象ということかもしれんが、それならそれで劇中人物の思考にストッパーがかかる状況について、なんらかのイクスキューズは用意して欲しかった。

 ただまあ、真相発覚後に世界観のビジョンがぐんと広がる辺りはこの作品のキモだろうし、さすがにその辺はしっかり描き込まれている。それに続くエピローグ的な部分でのキャラクタードラマ、さらに『六花の勇者』みたいにその一冊での大きな謎が解決したら、さらにクリフハンガー式に次の謎が生じるこのシリーズ構成などは悪くない。先述のようにメインキャラたちもそれなり以上によく書けているので、そろそろ続編を出してくれませんかね。

No.352 5点 首切り坂- 相原大輔 2018/06/11 17:27
(ネタバレなし)
 ジャケットカバー周りや巻末の解説で語られる通り、デビュー作品らしからぬこなれた文章はとても良かった。
 しかし若竹七海のいう「お茶目なトリック」とは、むしろ「このネタを元に、何か新本格ミステリを書いてやりたいという欲求を刺激するワンアイデア」ではないだろうか。 個人的には、nukkamさんのおっしゃる「典型的な『トリックのためのトリック』」にすらなっていないのでは……という感じである。
 誰かあと二十年くらいしてから、本書のそのくだんのネタと同じものをもっと不可思議な謎の提出や解決の意外性に組み込んだ、新作の謎解きミステリを書いてください。そのときはネタの盗用なんて言わない。上首尾にいったなら「これは「あの」『首○○坂』に対する輝かしきリベンジである、よくやってくれた!」と率先して賞賛しますw
 まあ全体的には、悪口ばかりじゃなく良い意味も含めて、これからもっともっと伸びるかもしれない(しれなかった)新鋭作家の習作という印象の一編だったなー。嫌いじゃないけれど。

No.351 7点 死刑執行人のセレナーデ- ウィリアム・アイリッシュ 2018/06/10 17:20
(ネタバレなし)
 ニューヨークの青年刑事(27~28歳)チャンピオン(チャンプ)・プレスコットは凶悪犯を逮捕する際に銃撃を受けて重傷を負い、二ヶ月入院。退院後の今は一ヶ月の静養生活を送るため、田舎のジョセフズ・ヴィンヤード島を訪れていた。そこでプレスコットは同年代の美しい女流画家で、同じくニューヨーク出身のスザン・マーローと出会う。スザンに心惹かれるプレスコットだが、そんな彼が宿泊予定の下宿に着くやいなや、すでに5年も寄宿している老人アラム・パンションが首つり状態の死体で見つかった! だがそれは縊死自殺を擬装した殺人であるとすぐに判明。やがて事態は連続殺人事件に発展し、プレスコットと島の住民たちは、謎の殺人鬼の恐怖に晒されていく。

 1951年の長編。私的に残り少なくなったアイリッシュ(ウールリッチ)の未読作品のひとつで、アタリの長編ももうそんなにないんだろうな……と思っていたが、これが予想以上に楽しめた(嬉)。
 まあ、殺人事件が3件以上に及んでもマトモな捜査本部が設置されないリアリティの無さは、いくら50年代作品で舞台が僻地だからって、それはどうなの? というツッコミ感は生じる。さらにはNY出自の青年刑事&ヒロイン>田舎の物わかりの悪い連中という、いかにも「都会派」ウールリッチらしい思わず笑っちゃう人間関係の図式もある。
 それでも、それぞれの変死の状況をひとつひとつ検証していくプレスコット(たち捜査陣)の奮闘がハイテンポに語られる一方、冤罪を掛けられて集団リンチに遭いかける頭の弱い若者を彼が身を盾にして助け出すという『ガラスの村』ライクな描写なども登場し、小説としては十分に面白い。
 いつものノワール・センチメンタルなウールリッチ節はやや抑え気味だが、それでもロミオとジュリエット的な立場の村の恋人たちの密会場面など、ちゃんと抑えるところは抑えた演出がされている。

 まあもともと評者はアイリッシュ(ウールリッチ)の<青年刑事主人公もの>って『夜は千の目を持つ』とか「高架殺人」とか「チャーリィは今夜もいない」とか総じてスキなのよね。作者の書きたい種類の人間味が、公僕の刑事というある種のストイックさを要求される職業のなかでこそ良くにじみ出る感じで。本作にしてもプレスコットとスザンとのラブコメ一歩手前の、古めの少女マンガ的な恋愛模様なんかすんごくいい。
 ちなみに自分がこれまで読んできたアイリッシュ(ウールリッチ)作品のヒロインとして、スザンは結構上位に来る感じ(永遠の一番は『喪服のランデヴー』のドロシーで、次席は同じ作品の山場の<あの婦人警官>だが)。後半のスザンがプレスコットの推理と捜査を支える<夫婦探偵モノの女房キャラ>的なポジションにつくあたりなんか、なんかいかにもこの時代のアメリカンミステリらしいヒロインの陽性さで萌える。

 しかしさらに作品後半、謎の連続殺人にからむミッシングリンクの謎が表面に出てきて、フーダニットの核となるのも「ほほぅ」という感じであった。いや手がかりの出し方の甘さなどパズラーとしては完璧とはいえないが、一体犯人がどういう動機で殺人を重ねているんだろうか? というホワイダニット。その真相の暗示はちゃんと作品前半から設けられており、こんな丁寧さも好ましい。肝心の犯人の意外性が希薄なのはナンだが、真相発覚後のキャラクタードラマの情感はその辺を十分に補う描写となっている。
 ラストの「あー、中学生の頃に読んでおきたかった」と思いたくなるような、実にくすぐったいクロージングもエエ(笑)。

 ちなみに本サイトの作品登録で本作は、当方のレビュー投稿前に「 クライム/倒叙 」に分類されてましたが、まったく違います。フーダニット、もしくはフーダニットの興味の強いサスペンスではないかと(手がかりや伏線から真相に至る経緯が少し弱く、スリリングな見せ場も多いので、どっちかと言えば後者か)。
 評点は冷静に見れば6点くらいかもしれないけれど、予期した以上にアイリッシュ(ウールリッチ)作品らしかったという喜びも込めてもう1点おまけ。

※追記(2018/06/11)どなたかが協力して「サスペンス」に投票くださったようで、カテゴリー分類が変更されていました。ありがとうございました。(^_^)

No.350 7点 巨神計画- シルヴァン・ヌーヴェル 2018/06/07 04:09
(ネタバレなし)
 アメリカの片田舎。自転車に乗っていた11歳の科学好き少女ローズ・フランクリンは、突如陥没した地中に落下する。重傷を負うはずの彼女はほぼ無傷で、地下空洞内に埋まっていた、約6メートルの巨大な金属の掌の上にいた。やがて時が経ち27歳の新鋭物理学者となったローズは、その巨大な手が地球上にほぼ存在しない物質=隕石のみから採取されるイリジウムで構成されること、またその他の研究結果から、それが約6000年前にどこか外宇宙の異星文明が地球にもたらした巨大ロボットの一部だと認めていた。アメリカ政府内の極秘プロジェクトスタッフの後見を受けてローズとその仲間たちのさらなる解析が進む一方、地球の各地からイリジウムの反応を手がかりに、分散した巨大ロボのパーツが極秘裏に、時に半ば強行的な手段で、ひとつひとつ回収されてゆく。やがて復元される約60メートルの女神状のロボット「テーミス」。だがその存在は地球文明に、新たな転換期の到来を告げていた。

 2016年に北米で刊行されたばかりの、まだほやほやの巨大ロボットSF(邦訳は文庫で上下巻の二分冊)。とはいえSF文芸そのものは良くも悪くも50年代のクラシック作品っぽくて、その分、自分のようなSFプロパーでない読者にはとてもなじみやすい。
 ちなみに作者は本作を、かつて同地で翻訳放映されたTVアニメ『UFOロボ グレンダイザー』からのインスパイアで書いたそうだが、むしろ、発掘される巨大ロボ、人類の制御を越えたその超兵器ぶり・・・これはズバリ『イデオン』だな。昨年の国内の某ホラー作品の大ネタといい、昨今は世界同時多発で伝説巨神(巨人)ブームなのだろーか。

 んでもってこういう世界を股に掛けたお話だから、さぞ登場人物の頭数も膨大なものになるだろうと覚悟したが、名前が登場するキャラの全部でもわずか20人前後。しかもメインキャラはその半分という、予想外にストレスの生じない作劇にびっくりした! 
 しかもその少ない主要人物だけで、隔離された巨大ロボ研究解析の場という特殊状況の中に生じるキャラクタードラマを起伏感豊かに叙述。さらにその一方で、着々と巨大ロボが組み上がり、同時に壮大な世界観のビジョンが広がっていく過程を緊張感たっぷりに見せていく。うん、これは面白い。
 特に上巻の前半、巨大ロボのある部分の発掘時に地表に生じてしまった予期せぬ大惨事、さらに下巻冒頭の、そこまでの経緯をあえて省略する演出で描かれる一大クライシスの図など、正に小説という形式で語った和製巨大ロボットアニメ風の超パワー描写である。自分のような、そっちの系列の映像作品がスキな人間には、ああ、たまらない(笑)。
 まあ細部までツッコむと、けっこう重要な描写(作中のリアリティにおいて、そこんとこはどうなったんだろう・・・というある種の疑問が生じる箇所)など都合良く曖昧にされているのか? という箇所も無きにしもあらずだが、得点的には、十分楽しめた。
 なお小説はその全編が、巨大ロボ復元プロジェクトの中核にいる本名未詳の人物が関係者から採取したインタビュー記録を並べる形で綴られる。若干、わずらわしく、物語の潤滑さを妨げている部分もあるが、総体的には本作の独自性を打ち出し、なかなか面白い効果をあげているだろう。
 今月、翻訳刊行される第二部(やはり上下巻)にも期待しております。

No.349 5点 月あかりの殺人者- フランシス・ディドロ 2018/06/04 12:04
(ネタバレなし)
 その年の3月。パリでは「月のあかりで、ピエロさん~」という流行歌を口ずさみながら、乞食、そして資産家の老婦人といった無関係に思える被害者たちを次々と殺める謎の殺人鬼「月あかりの殺人者」の凶行が、市民をおびやかしていた。そんななか、老富豪マテオ・シェルメスが「月あかりの殺人者」の犯行と思われる状況で殺されるが、逮捕されたのはシェルメスの甥の青年マルタン・オノレ・ドランゲルだった。彼こそ「月あかりの殺人者」か? と取り調べが進むなか、マルタンの婚約者である美人の令嬢マリー・ダニエル・パルマレーヌは、躍進中の若手弁護士に恋人への助力を求めて依頼に赴く。だがマリーの勘違いから、依頼は同じ建物のなかにある暇な諸般代行人(よろずトラブル請負人)の青年「ドゥーブルブラン」ことゼローム・ブランのもとに持ち込まれた。これは仕事になるとしてこの件に食いついたドゥーブルブランは、錯覚に気づいたマリーを言葉巧みに説得し、美人の秘書ナターシャ(ナット)とともに事件の調査に乗り出すが……。

 1949年に原書が刊行された、フーダニットの興味も強いフランスミステリ。作者ディドロは数年前に論創で発掘紹介(もちろん初訳)された『七人目の陪審員』 がかなり面白かったので、この作品も期待しながら古書でポケミスを購入した。
 しかし、うーん……気の利いたユーモラスな導入部や、キャラの立った一部の劇中人物たちをはじめとして面白い感触のところはいくつもあるんだけど、全体としてはどうもイマイチ。200ページといかにもフランスミステリ風の短めの紙幅のなかに登場人物の頭数が多すぎ、作劇の流れ&ミステリの結構として一応の納得はするものの、総体的に人間関係がややこしい。

 あと翻訳者が井上勇。いうまでもなく翻訳ミステリファンには創元のヴァン・ダインやルブラン、クロフツやクイーンやマッギヴァーンなど多数の訳書で著名な人物だが、ポケミスでの仕事はたぶんこれが唯一のハズ(一応、Amazonの名前検索で確認はした)。このスタッフィングにもちょっと驚いて、話のネタ的に貴重なものを読んだ気にもなった。しかし本書は肝心のその翻訳が、ところどころ微妙に読みにくい。特に会話や地の文にまじる「≪≫」の使い方など一種の演出効果なんだろうけれど、イライラさせられた。
 それで物語そのものでは、真犯人の隠し方、そこに至る経緯などはやや強引だが、うんまあ、しゃれっ気を優先する(刊行当時の)現代フランスミステリなら、こういう感じかなという印象。その辺は嫌いではない。
 ちなみにドゥーブルブランとナターシャの主人公コンビ。彼らは、ドゥーブルブランの実質的な従僕であるもう一人の秘書の前科者オスカール・ナタリーとともに事件を追うが、行動派の秘書であちこちを飛び回るナターシャのキャラクターは、マイク・ハマーにとってのヴェルマみたいでなかなかステキ。
 なおドゥーブルブランとは恋人関係というわけではないけれど、彼の方はナターシャの女性的魅力をちゃんと分かっている。ドゥーブルブランがナタリーを郵便局に使いに行かせて事務所に二人きりになったタイミングで、彼がナターシャにセクハラを仕掛け(衣服のジッパーを下ろす)、ナターシャが「いつものように嫌がりながらも黙って耐える」などという描写など、ああイヤらしい&しかしながら実に萌える(爆!)。結局シリーズキャラクターにはならなかったみたいなのが、とても残念である。

No.348 9点 大放浪- 田中光二 2018/06/03 13:47
 いびつな選民意識と狂的な浄化思想から世界中に同時多発のバイオテロを起こし、全人類の大半を死に至らしめた大富豪とそのシンパたち。彼らは21世紀のノアの箱舟と称する最新科学の巨大飛行船「タイタン」で、壊滅した地上を睥睨しながら全世界の空を航行する。一度はその集団に迎えられながらも自分の意志でそこから離脱した主人公の若者は、人類再生を求めて行動する超国家組織「ヴェンデッタ」に参加。原子力潜水艦「アーマゲドン」を拠点に、タイタン内に秘匿されるはずの、人類救済の鍵となるワクチンを求めて世界中を追い続ける。

『異星の人』『白熱』『南十字戦線』などなど……1970年代後半~80年代半ばにかけてジャンルを問わずに傑作・秀作を世に出した、当時の俊英・田中光二の代表作のひとつ。
 先に挙げたタイトルの作品はみんな大好きだが、刊行当時からSFファン&冒険小説ファンのあいだで高い評価を受けて話題となり、さらに内容紹介を読んで評者の心の琴線にも触れていたこの一冊は、なぜか今まで読み逃していた。
 たぶんいつか読もう読もうと思いつつ、時代の隆盛のなかから創作者としての田中光二の勇名が薄れてしまった印象があったからだと思う。
 まあ田中光二にしたって全部が傑作というわけではなく、佳作~凡作レベルのものも当時からそれなりにあったのだけれど。
 しかしこれは、今さらながらに読んで本当に良かった。
 設定はもろ大先輩・小松左京の『復活の日』リスペクトだろうが、その器のなかで自分ならこうする、こういうドラマやビジョンを語る! という作者の若く熱い思いがみなぎっている大ロマンである。
 神に近づこうとするエリートの醜悪ながらどこかもの哀しい想念も、主人公とその仲間に人類の明日を託して自分の人生を終えていく者たちの切実な思いも、他者を犠牲にしても自分だけ助かりたいという狡猾な、しかし決して誰にも責めることのできない人間の嘘偽りのない根幹的な本音も、あまねく盛り込まれている。

 文体がとても平明で物語の流れも潤滑。その分、追跡行を続ける「ヴェンデッタ」側に都合が良さげに見えるシーンもないではないのだが、作者の方もその辺の危うさはちゃんと心得ていて、当該のそれぞれの場面には情感あふれるドラマもしくは小~中規模のクライシスを用意。何事かが結果的に上首尾に運ぶ際にも、劇中人物も読者も何かしらの心情的な代価を払わなければならないように物語を組み立てている。
 物語全体のシンボルとなるポジションを与えられた巨大飛行船タイタンの、メカニックとしてのキャラクターもとても良い。
 SF冒険小説の傑作で畢生のエンターテインメント。

No.347 7点 魔が解き放たれる夜に- メアリ・H・クラーク 2018/06/02 03:16
(ネタバレなし)
「わたし」こと30歳の女性事件記者エリー・キャヴァナーは、7歳の時に当時15歳の仲の良い姉アンドリアを殺害された傷ましい過去があった。悲劇の禍根の果てに家庭は崩壊して両親は離婚し、母は病死。エリーはその半生で、さらに心に深い傷を負いながら成長してきた。そして23年目の現在、事件直後にアンドリア殺害の犯人として逮捕され、刑務所に長期服役していた姉の元ボーイフレンド、ロブ・ウェスターフィールドの初めての保釈が決まる。しかも時を合わせて当時の証人が証言を覆し、ウェスタ―フィールドは冤罪では? という世論まで高まってきた。事件の状況を何度も検証し、ウェスターフィールドが殺人犯という確信を固く抱き続けるエリーは、23年前の事件の真犯人は彼だという再度の証拠固めを始める。だが調査活動を進めるなかで、何者かの妨害の影が……。

 私的に、本当に久々のM・H・クラークである。実は本書は10年以上前に遠出した際、帰りの電車の中で読もうと先方の新刊書店で購入。しかしその時は成り行きから手をつけず、今回初めて未読の蔵書のなかから引っ張り出して通読したのだった。
 個人的に、もともとクラーク作品は、日本に初紹介されたデビュー作『誰かが見ている』以降の初期数作を楽しんだ。しかしその後、どれを読んでも一定以上に面白い安定感にかえって刺激と求心力が薄れ、著作から離れていた(だから本サイトのminiさんの『誰かが見ている』評などには本当に共感できる)。
 とはいえまあ、クラークの未読の作品ならまず面白いだろうなという信頼感はその後も継続はしていたので、十数年前の帰宅時の旅路用に(一種の安全パイとして)購入したわけだった。

 それで今回、それからさらに十数年後「んー、たまにはクラークもいいかな」と思ってページをめくり始めたら、ああああああ、やっぱり面白い(笑)。
 自分自身がかなり長い歳月、クラーク作品に触れていなかったために良い感じに新鮮かつ懐かしかったということもあるが、何よりクラーク自身がちゃんと21世紀の時代と寝ていることも大きい。
 作中にweb文化=ジャーナリストのホームページなどの現代ツールを導入するなど、80年代のクラークなら考えられなかった(そりゃそうだ)新味も披露。その手の前向きさが快い効果を上げている。
 エリーは23年前の姉殺害事件の再調査の進捗状況や、改めて集めた情報をかなりあからさまに新設したホームページにさらして世間の関心を刺激。まだまだ世の中にひそかに潜み続けているかもしれない真実を広く公募する。だがこれに対抗して、とにもかくにも保釈となったウェスターフィールド側もサイトを開設。悲劇の冤罪者の立場を演出し、さらには事件当時はまだ幼かったエリーの証言への不審や、果ては彼女当人へのえげつない人格攻撃まで実行。双方のサイトは合戦模様になる。
 まさか(作家的にはふた昔前の大物と思っていた)クラーク作品でこういうものを読めるとは、と驚いて嬉しくなった(笑)。まるで久々にあった昔の彼女がちゃんと今風の装いとメイクを心得ていて、以前とは違う種類の、しかし変わらないレベルの美しさを披露してくれるような喜びだ(笑)。
 そんな良い意味でわかりやすい現代性を端緒に、本作はおおむね総体的にビビッドな感触。正に巻置くにたまわざるオモシロさである。

 当然、読者の目線的には「はたして、エリーの頑なな疑念は本当に的確なものなのか?」「彼女は最終的に、どういう真相を探り当てるのか…!?」という思いも自然に芽生える訳だが、大丈夫、クラークはその辺もちゃんと作劇要素に組み込んである(もちろん最後にどういう結末に着地するかは、ここでは書かないが)。

 リーダビリティは安定して高く、端役もふくめて70人以上に及ぶ登場人物を読み手のストレスを招くことなく書き分けている、そんな筆致も快い。
(エリーを見守る人々の、心に染みるキャラクター描写も少なくない。)
 まあ良くも悪くも読者を引き回すハイテンポな筋立てで、あまり推理や思索の要素はないのはナンだが、こういう形質での面白さを追求するなら、それはそれで良い、という感じ。

 この一冊でクラーク作品は久々にお腹いっぱいに楽しんだ思いだが、いつかしばらくしてこの安定感がまた恋しくなったら、未読の別の作品も手に取ってみよう。

※追記:全体的にとても読みやすい流麗な訳文ではあったけど、
■363ページの5行目:
ミセス・ストローベル(誤)
ミセス・ヒルマー  (正)
話し手と、話題に出てくる女性の名前がごっちゃになってますな。
いつか機会があったら、訂正しておいてください。

No.346 5点 キリサキ- 田代裕彦 2018/06/01 09:17
(ネタバレなし)
 17歳の若さで死亡した少年「俺」の魂は、死の世界で死神のような存在に出会う。「俺」が生前に敬愛していた姉の姿をとったその相手は「俺」の命名を受けてナヴィと名乗り、死ぬには早すぎたという「俺」の魂を現世に送り戻した。だが「俺」の魂は自分自身の肉体ではなく、自殺した女子高校生・霧崎いずみの肉体に憑依する。そんななか霧崎いずみ=「俺」は、女子高校生ばかりを殺傷する謎の連続殺人鬼「キリサキ」がまた出現したというニュースに触れるが、それは絶対にありえないはずだった。何故なら――。

 ヤングアダルト向けのミステリ叢書・富士見ミステリー文庫の一冊で、ホラーファンタジーの枠内に正統派&変化球ミステリとしての多様な仕掛けと興味を盛り込んだ作品。すでに刊行から10年以上になるが、一定数以上のファンからは名作として評価を固めているらしい。
(魂が入れ替わっての蘇生=その趣向を謎解きギミックに活用したミステリというのは、一部で話題を呼んだ昨年のあの作品に影響を与えているのだろうか?) 

 それで読んでみると……なるほど後半~終盤の展開はサプライズとどんでん返しのつるべ打ちで、しっかり食いついて行かないと読み手が振り落とされる感もあるほど(これから読む人は、登場人物についてのメモをしっかり取りながらページをめくることをお勧めする)。
 変化球にして剛速球の球筋を放ってくる送り手の才気には、たっぷりと堪能させられた。

 ただし仕掛けや伏線・手がかりの妙味が実に芳醇な一方、「この登場人物はあの別の登場人物のことをどう思ってたのかな?」「そこのところは書かれてないけれど不自然じゃないかな……」という、たぶん大半の読み手が思いつくであろう種類の疑問に応えてくれない箇所も結構、多い。ほとんどの読者は何かしらの疑問につまずくのではないかと思う。
 それを考えるとトリッキィに思えた終盤の仕掛けの数々のいくつかはいささか強引にも思えてきて、評価がいくらか落ちてしまった。
 それゆえ評点は本当は6~7点つけてもいいかと思ったところから多少差っ引いて、この点数に。
 あまりにもさりげなく提示された中盤の違和感の部分が、最後になって実は鮮やかな伏線だったと判明するようなハッとする箇所も確かにあるんだけどね。得点要素だけ拾えば、結構な秀作です。
 変わったタイプの謎解き&サプライズミステリが好きな人は、一回読んでみてもいいと思う。

No.345 5点 彼は残業だったので- 松尾詩朗 2018/05/31 18:00
(ネタバレなし)
 草野唯雄の『死霊鉱山』の感想をTwitterで検索した際、この作品がそっちと同じ程度にアレであるとかどーとかの噂を目にする。それでワクワクしながら、(え!?)この一冊を手に取った。
(しかし、こういう作品までちゃんと目を通してられるnukkamさん、流石である……。)
 
 自分が最初に期待したのは、完成度の高い傑作や秀作でなくてもいいから、爆笑できるワンアイデアもののパワフルさか、まず現実にはありえない奇想を紙の論理の上でホントらしく見せるフィクション的な豪快さ(そういう形でとにもかくにもミステリジャンルへの愛がある作品)……だったのだが……なんだろう、これは…(汗)。
 まず、敷居の低い、いかがわしさに満ちた蠱惑的な導入部はオッケー。
 そこから、どうやら本当の主人公のものらしい別視点の叙述に転調し、ふむふむ……と読み進める辺りまでは、なかなか面白そうだった。
 しかしストーリーテリング的にもミステリ的にも大きな弾みもないまま次第に残りページ数が減じていき、いつのまにか終盤に「なんつーか、どうもね…」と言いたくなるような、どっかで読んだようなトリックのバリエーションが開陳されて終わる。そこには予期したようなダイナミズムも豪壮な快感もなかった。あったのは、ただの脱力感だけ……(涙)。
 まあ『占星術』リスペクトとして、作者が本作のメインアイデアにそれなりの自負を持っていたのであろうことは、明確にわかるんだけれど(この辺は、ネタバレになりかねんので、あまり詳しく書けんが)。

 察するに、作者はこれをきっと天然で書いたのだろうから、ある意味、罪はない。問題なのは、裏表紙で例によってこういう作品を推薦したあの人(nukkamさんのレビュー参照)の方である。
 なにはともあれ、こういう一冊を時に嗜むのも、ミステリファンの興趣ということで、ここはひとつ(そうか!?)。
 ……とかなんとか言いながら、同じ作者の別の作品も、近いうちに読むであろうけれど(笑)。

No.344 7点 黒は死の装い- ジョナサン・ラティマー 2018/05/31 04:29
(ネタバレなし)
 映画会社「メイジャー映画」の大物女優であるカレス・ガーネットが、現在制作している新作映画の終盤での、自分が演じる役柄の扱いに不満を漏らした。このため新進脚本家のリチャード(ディック)・ブレイクが急遽、シナリオの改訂を行うが、その夜、彼の住居で、ある予想外のアクシデントが生じる。翌日、どうにかブレイクが書きあげたシナリオの改訂稿に基づき、カレスの登場場面の撮影が進行した。だが若手女優リーザ・カースンが物語の流れのままにカレスに向けて撃った拳銃から空砲ならぬ実弾が発射され、カレスは現実に殺害されてしまう。リーザと恋仲だったブレイクは彼女の無実を晴らそうと、撮影現場で銃弾がすり替えられた可能性を追求する。だがその現場は60人もの人間が居合わせており、拳銃への細工は困難な一種の密室状況だった。

 ハードボイルド派に分類されることも多いが、実際の作風はパズラー要素も強いと定評のある、作者ラティマーのノンシリーズ編。
 なお題名の「黒は死の装い」とは、ブレイクがシナリオ改訂稿のなかで、カレス演じる新作映画のメインヒロインのひとり、バーバラ・フェルプス夫人に喋らせるセリフの文句。このフレーズはカレス当人やほかの登場人物にウケて、数回作中で繰り返される。

 ポケミス巻頭の人名表では主要キャラ15人分のみの名前が並ぶが、実際にメモを取っていくと端役をふくめて全部で70人近い劇中人物が登場(~汗~フランク・キャプラだのチャップリンだのキム・ノヴァックなども続々と顔を見せるが、そういった実在の人物をカウントしなくても70人前後の登場人物である……)。
 しかも何の説明もなく、いきなり会話のなかに名前が初めて出てくるキャラも多く、その辺もなかなかシンどかった(まあもちろん会話中で該当人物の素性があーだこーだといちいち説明しないのは、作中の現実としてリアルなのだが)。

 とはいえ本書はこういう設定だから、映画製作所の内幕は相応のボリュームで描き込まれ、その辺は(日本の乱歩賞受賞作のような)専門分野もの的な興味でさすがに面白い(訳者の青田勝などは巻末の解説で「風俗小説的な面白さもある」という主旨のことを書いているが、むしろ特殊分野の情報小説的な感じに近いような)。
 また登場人物も多いとはいえ、メインキャラと脇役、端役はちゃんと整理され、主要人物のほとんどは、それぞれのキャラクターがくっきりと伝わってくる。さらに、登場人物たちを見舞う窮地などの小さい山場も話の要所要所に設けられてドラマの起伏感を高め、かなりスピーディに読み進められる。これらもろもろは、さすが職人作家ならではという安定感である。
 なお全部で約30章に分けられた小説本編は、6~7人の登場人物の担当パートが常時入れ替わる形で構成。この趣向が作品全体の群像劇的な興味を高めていたことも特記事項だ(描写そのものは最初から最後まで三人称で綴られ、カメラワーク的な意味での叙述の視点は、それなりに自由度を感じたが)。

 肝心のミステリとしては、ネタバレしたくないので余り踏み込んだことは書けないが、物語の3分の2までくらい進んだところで、最初の殺人を受けたフーダニットの興味に対し、読み手が「え!?」と驚くような大技を作者は繰り出してくる。
 その以降は「それでは本当に(中略)なのか!?」「それならばどのように不可能犯罪が行われたのか?!!」というフーダニットそしてハウダニットの興味があらためて倍加してくる。
 この辺はいかにも、本邦の一部のミステリマニアからも<謎解きミステリ作家>として評価されているラティマーの面目躍如という感じで快い。
 ちなみに殺人現場はいわゆる<準密室><開かれた密室>だが、このことはもちろんちゃんと作者の念頭にあるらしく、本文中にも数度にわたりそのものズバリ「密室」という言葉が登場する。

 またポケミス117ページには、ブレイクが調査のために出かけた銃砲点の描写で「今彼の眼の前には、幾多の犯罪の手段となる凶器がずらりとならんでいるが、どれもがエラリイ・クイーンが見たら眼をまわしそうな珍奇な品物ばかりだった。」というお遊びが出てきて、ああ、作者もちゃんと本作をミステリとして気を入れて(あるいは楽しんで)書いていたんだろうな、というのが偲ばれ、ニヤリとさせられる。
(ちなみに本書の翻訳の青田勝は、ミステリファンには周知のとおり早川系のクイーン作品の翻訳のメインだった人。それを思うとさらにユカイな部分だが、まさかこの件、邦訳時に青田が勝手に遊んで入れたワケではないよね?(笑))

 もちろん肝要の密室的状況下の空砲→実弾のトリックも、ちゃんとクライマックスにいかにもそれららしい手順を踏んで謎解きが語られる(主要登場人物のパートが入り組むなかで、とどのつまり誰が最後に真打ちの探偵役になるのか、ぎりぎりまで明かされない趣向もニクい)。

 ほかにも「劇中のとあるキーアイテムにどんな秘密が隠されているのか」「某登場人物はなぜそのアイテムの入手を企むのか」というホワットダニット&ホワイダニットの妙味もサブプロットに仕込んである。
 さらには伏線や手がかりも~日本語翻訳版としてのちょっとメタ的な仕掛けも含めて~丁寧に張られており、その辺も楽しみどころだった。

 私的にラティマーはまだ二冊目なのだが、少なくともこれは、ミステリとしても、映画界を舞台にしたエンターテインメント小説としても仲々の拾いものであった。未読の残り分も期待していいかしらん。 

No.343 5点 海の牙- 水上勉 2018/05/29 02:36
(ネタバレなし)
 ああ、やっと読んだ、読んだ。少年時代に手に取った中島河太郎の『推理小説の読み方』の日本推理小説史のなかでの本書に関する記述が心にひっかっかってからウン十年、ついに読んだ。
 とはいえもちろん作品の主題そのものは事前に知っていたから、読むのに気後れしてきた部分は確かにあった。いくらケーハクな自分でも、きっとこの一冊だけは軽佻浮薄に読み始めてはいけないはずなんだろうって。

 それで今回は、読売新聞社の1990年代の叢書「戦後ニッポンを読む」シリーズの一冊で読んだけれど、この本の巻末に叢書の監修も務めた佐高信の、全部で10ページにも満たないけれど、とても丁寧な解説がついていて、これが読解に非常に役に立った。
 それによると本作はモデルとなった水俣病公害が世に広まる以前に、作者の主体的な取材によって書かれたものだそうで、それだけにその迫真ぶりはあまりある。
(とはいえ本当に水俣病公害事件を探求するにはこの社会派ミステリ一冊ではなく、もっともっときちんとした心構えと覚悟が必要だろうけれど。)
 
 ただしミステリ&小説としては、うーん、どうなんだろ…。
 事件の真相、真犯人の動機、ほとんどの要素が後出しで事実を知るものの説明で明かされるばかりで読者が介入して推理する余地があまりない。
 最後にひとひねりある社会悪への言及も、当時としては新鮮な作劇だったんだろうが、21世紀の今読むと特に目新しくもないし。

 あとね、主人公が公害病の患者のために奔走する民間の外科医(といっても医者が少ない漁村だからいろんな分野の診察や治療も、ある程度するみたいだけど)で警察の嘱託医、警部補の友人がいるという設定は良いのだが、その友達の刑事の便宜とはいえ、捜査に不自然に介入しすぎ。
 特に専門知識を必要とされる立場でもないのに、所轄を越えた警察関係者の対話の場や捜査の現場に当たり前顔で参列する描写を読むと、これって、ナンだかなあ…と思ったり。
 清水一行の『動脈列島』なんか同じように公害に義憤を持った良心的な医者でも、その善意や憤りだけでは大局の事態を変えることも問題を解決することもできず、しかしそれでも居ても立ってもいられない切実な葛藤の末にテロに走った訳でしょ(テロという行為は絶対に肯定できんが、そういうぎりぎりの心情そのものにはすごく共感する)。
 それに比べてこの『海の牙』の主人公は行動も立場も、ほかの劇中人物や作者から、優遇されすぎていないだろうかって。
 つーわけで(期待値が高すぎたこともあって)評価はきびしくなってしまう。すいません。

 ただまあ、リフレインになるけれど、公害病(作中では「奇病」と総称される)の惨状と悲痛さの描写は、正にこの作品の核なのね。いや21世紀の現在の作品ならもっといくらでもどきつく、刺激的な筆致もアリなんだろうけど、何よりこれが実話をもとにしたという現実の訴求力にだけは、どうにも抗いようがない。
 もちろん、当時の罹病された方々へも、凄惨な事態にまともに向かい合った医療関係や行政の方々にも、この場から今の自分なりの思いを馳せさせていただく。この災禍のなかで、狂死したり実験動物の被検体になった猫たちや、ほかの動物たちへも。
 昨日、読み終えました。ウン十年前の自分へ。

No.342 6点 殺人保険- ジェームス・ケイン 2018/05/27 12:15
(ネタバレなし)
「僕」ことウォルター・ハフ(34歳)は保険会社「誠実屋」に勤続15年目のやり手社員。そんなウォルターはある日、石油油田供給会社のロサンゼルス支部長H・S・ナードリーの美貌の後妻、フィリス(31歳)に呼び出され、本人の知らないうちに夫に高額の生命保険をかけることが可能か問われる。フィリスの悪心を敏感に気取ったウォルターは彼女と体の関係を持ち、そして保険金詐欺殺人計画の共謀者として夫殺しの実行役とアリバイ作りを買って出るが…。

 筆者的には、近年に発掘の『カクテル・ドレス』に次いで二冊目のJ・ケインである。一番有名なアレはまだ読んでない(歴代の映画も観てない)のだが、本作は噂に聞くそちらの変奏的な感じも気取れるので、ちゃんと作者の著作順に読めば良かったかも
(『郵便配達』は1934年、本書は1943年…戦時中の作品なのね。当時の日本でこんなの書いてたら、自国民同士で人殺し!? しかも妻が愛人と夫を殺す非国民小説! と誹られそうだ)。

 本作は文庫本で本編がほぼ200ページ、会話も多いのですぐに読めるが「ああ、こういうのがケインらしいんだろうな」という乾いた文体は読み手に染みる。
 時たまハッと思う叙述が出てきて(昭和30年代の日本語訳を通じて、ではあるが)気を惹かれる。たとえば92ページ、大仕事を終えたあとの主人公二人のやりとり――

 僕は、慌てて口を噤んだ。一、二秒すると、彼女が何か言い出した。まるで狂人のような荒れ方だ。口から出放題に、彼のことであれ、僕のことであれ、なんでもかんでも怒鳴り散らす。僕もときどきガミガミ言い返した。これが殺人を終えた後の供養だった。二人は二匹のけだもののように、互いにいがみ合い、どちらも止められなかった。まるで、麻薬の砲弾でも食らったように。(蕗沢忠枝・訳)

 ミステリマガジンで一時期人気だった青木雨彦さんの連載(「夜間飛行」とか)のように主人公の男女の叙述を引用したが、こういう感じである。うん、ステキ。
 本サイトのtider-tigerさんの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のレビューでの
<チャンドラーの(ケインの作品や文体を)「嫌い」を自分はあまり真に受けていません。 チャンドラーは「自分もやってみたいけどできない」ことを「嫌い」だと表現しているように思えてならないのです。>がとても腑に落ちる。納得のいく卓見だと思う。

 ちなみにミステリとしての本作の筋運びの魅力は、空さんの語られるとおりだと思うし、クロージングの意表のつきかたにも唸らされた。
 しかし一方でこの作品は、物理的な意味での紙幅の薄さが、本当はもっとボリューム感を与えられるものをあえてダイエットさせすぎたような印象もある。
 それゆえぎりぎりまで迷い、7点にするか考えあぐねた上で、現時点ではこの評点。いやその分、話の、そして小説としてまたミステリとしての密度感はかなり高いということなんだけどね(汗)。

 ケインは大昔に『セレナーデ』や『バタフライ』とかのケイン選集も古書で買ったまま、家のどっかにしまいこんであるんだよな。そのうちいつか見つかればいいんだけれど(つーかまずその前に『郵便配達』読め・笑)。

No.341 6点 処刑- 多岐川恭 2018/05/26 11:58
(ネタバレなし)
 日米安保の争議に揺れる1960年代の初頭。恋人であるタイピスト・稲葉さちとの結婚を近々に控える青年・多門透は、政界の影の大物・吾妻猪介老人の秘書を務めていた。吾妻は無所属の一匹狼ながらその発言力は大きく、次期総理とまで目される傑物である。その夜も多門は、箱根の仙石原の吾妻の自宅で、吾妻に接見を求めてきた十人前後の客に順番に対応していた。やがてその翌朝、いつのまにか姿が見えなくなっていた吾妻が、箱根のロープウェイの搬器から吊り下げられた縊死体となって発見される。捜査陣、そして多門は昨夜の来訪者たちもしくは政界の関係者のなかに犯人がいるのでは? と思索を重ねるが、やがて露わになるのは、意外な展開を見せる殺人劇と思わぬ人間関係の実状だった。

(我ながら呆れたことに)多岐川恭は本作が初読のはずである(笑・汗)。
 マニア人気も高くマイナーメジャー作品も多い作者の著作だけに、じゃあどれから読もうかとちょっと迷ったが、せっかくだから本サイトでまだレビューのないこの作品を手に取った(笑)。
 本作は次期総理と期待される人物が箱根のロープウェイから宙づり死体で見つかるというショッキングな設定が、日本版EQMMの大井広介の連載月評記事「紙上殺人現場」で話題になっていたような覚えがある。

 今回は元版のハードカバーで楽しんだが、大きめの活字で一段組、270ページというほどよい紙幅。加えてとても平明な文体なので、さらっと読めてしまう。
 ただしミステリ&小説としての内容は濃い。
 政界周辺を賑わす登場人物たちはそれぞれキャラが立ってるわ、その面々の物言いや権謀術数のほどには21世紀の現在にも通じる普遍性があるわ(時代色として、左翼や女性そのほかへの「今だったらなかなかこうはダイレクトに書けないだろうな」という劇中人物の問題発言の類もあるが・笑)、主人公の恋愛模様は意外な展開を見せるわ、さらにフーダニット&ハウダニットのミステリとしては実に細かい大小の手がかりとトリックを組み合わせてあるわ……でかなり読み応えがあった。
 序盤の、大物政治家、箱根のロープウェイから死体宙吊り、というキャッチーでショッキングな導入部にいまひとつ必然性が弱い(一応の説明はされるが)のはナンだが、なかなかの佳作~秀作だと思う。今後も多岐川作品は読んでいきましょう。 

No.340 6点 不確定性原理殺人事件- 相村英輔 2018/05/25 20:40
(ネタバレなし)
 平成10年4月。元警視庁捜査一課の警部だった鳥越八郎は、20年前に生じた怪事件を振り返る。それは古いモルタルアパート「昭和荘」の10号室で失業中の青年・杉本哲夫が密室状況のなかで変死した事案だった。自殺の可能性も討議されるが、死因は「他者の手による絞頸による窒息死」と検死の結果が出る。しかも現場が密室空間だったことにくわえ、捜査線上に浮かんだ三人の容疑者にもそれぞれ鉄壁のアリバイがあった。捜査陣が不可能犯罪かと思うなか、やがて警視庁の上級職の甥でもある詩人探偵・楼取亜門が語った事件の真実は……。

 Webでキワモノっぽいという評判を読んで、面白そうだと手に取ってみた。
 そうしたら良い意味で普通の、謎解き(フーダニット&ハウダニット&ホワットダニット)ミステリであった。
 極言すれば事件の真相の意外性は、あるワンアイデアに帰する気もする。
 となると新書の二段組みで300ページ以上の紙幅はそこに至るまでの迂路的に長すぎる、そんな悪印象も生じそうだが、実際にはこれがあまり気にならない。
 本書のジャケット裏表紙に「軽やかな文体」とあるが、確かにテンポの良いリーダビリティの高い叙述で、なんか過渡期の天藤真みたいな感じのノリである(ユーモラスながら、どこか微笑ましい感じにイモっぽいというか)。

 伏線も大ネタを張りながら、猥雑な描写のなかにそれを紛れ込ます手際は悪くないし、なかなかの佳作~秀作じゃないの、これ、という感触。
 ただ(やはり裏表紙の解説によると)、本作は当時の都筑道夫が賞賛したそうだが、都筑がどういうところをホメたのかちょっとイメージしにくい。あまり都筑の作風などと、接点は見出しにくいんだけれど。

 ちなみにこれ、例の「本格ミステリ・クロニクル300」にも取り上げられてないのね。普通に該当時期の話題作? として紹介されていてもいい気もするんですが。

No.339 7点 ローズマリーの赤ちゃん- アイラ・レヴィン 2018/05/20 12:35
(ネタバレなし)
 洋物のホラー(モダンホラー)はそれなりにスキ(ただしあまり血生臭いのは敬遠)で、偶に手に取っている。しかしジャンル自体をまともに探求したり、その体系に準じて読んでいるわけではない。だからこんな名作も初読だったりする(レヴィンの著作自体は、さすがにこれ以上にメジャーなあの二作はちゃんと読んでいるのだが)。

 原書は1967年の刊行で、翻訳(ハヤカワノヴェルズ版)も同じ年に出ている。物語の舞台は1964~65年の、ケネディ暗殺事件の衝撃がまだ残り、ベトナム戦争がさらに加速化していく時節のアメリカ。

 本作は有名な映画版の影響もあって、大ネタはかなり多くの未読の人にも知られていると思うが(自分も知っていた&映画は未見)、ここではあえてそれについては秘す。
 ただし近代化された大都会の一角に旧弊な魔性の存在が・・・という、今ではあたりまえに成りすぎたジャンルの作品として、本書はその嚆矢といえる一冊のはずである。
 大昔の青春時代、あちこちの古書店をめぐって日本版EQMMとHMMのバックナンバーを集めだし、数年でその時点までの分が全部揃ったが、そうやって入手したHMM初期号での早川書房刊行物の広告ページ(近刊案内)に、本書が(当時としての)かなり革新的な作品・衝撃作としてアピールされていた思い出がある。さもありなん。少なくとも私はこれ以前の早川で、モダンホラーに類する作品が刊行された記憶はない。

 それで今回、初めて本書を読んでみると、確かにこの魔性の存在は、前述した当時のアメリカ全体を覆う黒い時代性の暗喩であろう(Amazonのレビューでも同じことを言っている人がいたが、その見識に同意する)。

 さらに加えて、あの瀬戸川猛資などがのちにスティーヴン・キングの諸作について語った<モダンホラーで、現実にはありえないスーパーナチュラルな事物にリアリティを与えるためには、とにかく細部を徹底的に描き込むしかない>という創作法がこの時点でちゃんと実践されているのも舌を巻く。
 たとえば、これは最後までその事実の意味は明らかにされなかったと思うが、壁から外された何らかの絵のあとが日焼けせず残っている、そういったさりげない描写などかなりコワい。
 主人公を取り巻く人間たちのキャラクターシフトも今となっては定型的な部分もあるが、これがこのジャンルの先駆(少なくともその一冊)だと思えばあまりに見事に決まりすぎている。
 ラストの強烈なひねりも絶妙ながら21世紀の現在にも通用する普遍性を誇り、これは確かにモダンホラーにおける「一人の芭蕉」的な一冊だろう。
 自分が愛読したモダンホラーの後続のあの作品もかの作品も、本作があったからこそ生まれたように思える。
 時代の推移のなかでよくも悪くも新古典となってしまったことは確かだろうが、このジャンルでの記念碑的な作品であることは疑いようがない。

No.338 5点 赤い影の女- 島田一男 2018/05/17 22:04
 表題作とのカップリング作品である中編(短めの長編?)『山荘の絞刑吏』の評判をWEBで目にして、そちらに興味が湧いて手に取ってみた。
(そのあとで、下の江森さんの言葉どおり「本格ミステリ・フラッシュバック」でも本書が紹介されていることを知った。)
 ちなみに島田一男はあまり読んだことがなく、例によって本だけは買ってあるので今後また消化していきたい(・・・というつもり)。
 
 それでくだんの『山荘~』は、パトリシア・マガーの有名な長編『探偵を捜せ!』(すみませんが、現時点で筆者は未読)に似通う設定のようだが、調べたところマガーの初訳は1960年の初頭(別冊宝石に『探偵を探せ!』の題名で一挙掲載)で、この『山荘~』が表題作となった単行本は1959年に出ている。島田が原書で読んでインスパイアされたか、あるいは誰かの紹介記事を読んでネタにしたか、それとも本当に偶然の一致で島田の方が少し早かったのか、そこら辺はなかなか興味深い。

 ともあれ『山荘~』はわずか140ページ弱の中に、特異な危機状況に立つ主人公のスリルとサスペンス、その渦中で起きた予想外の殺人の成り行き、死体移動などの不可能興味や、最後のどんでん返し、そして肝要の真の探偵の正体・・・・・・などなどのミステリ的趣向が盛りだくさんで、これはもう少し紙幅を増やして長編にした方が良かったのではないか、という感じ。まあその分、密度感は高いのだが。

 表題作の方は、地方から上京するフィアンセを新宿駅に迎えに行った主人公(ボヘミアンの青年)が、見知らぬ赤いレインコートの美女と関わり合い、それを端緒に謎の殺人事件に巻き込まれていくサスペンススリラー。
 あまり推理する余地はなく、よくいえばウールリッチのサスペンス編的な趣もある(ただしウールリッチのような詩情は希薄)。こちらは80ページ前後と、筋立てにおおむね見合った紙幅の分量である。
 一部のサブキャラクターへの肉付けや、ラストの奇妙な余韻など、ちょっと面白い部分もあったけど、まあ1時間ちょっとで読み通せる小品だろう。
 本書の刊行当時の昔の東宝あたりが都会派の白黒スリラー映画にしていたら、もしかしたらちょっと良い感じのものができたかもしれないな。ちょっぴりそんなことも考えた。 

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ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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