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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2190件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.150 6点 伯母の死- C・H・B・キッチン 2017/03/24 12:53
(ネタバレなし)
「僕」こと、ロンドンで株式仲買を職業とする26歳のマルカム・ウォレンは、親類縁者の中で筆頭の金持ちである65歳の伯母キャサリン・カートライトに招かれ、投資の相談を受けることになった。大富豪だった亡き夫ジョン・デニスの莫大な遺産を継承したキャサリンは現在、彼女の愛車の元管理人だった38歳の男性ハンニバル・カートライトと再婚しており、マルカムはそのハンニバルともそれなりに仲が良かった。だがマルカムの訪問中、強壮剤の瓶に入った毒薬で叔母の命が絶たれる事件が起きる。

 正統派の英国風パズラーで、ポケミス200ページ弱という紙幅も手ごろですらすら読める。名前を与えられた登場人物(主に主人公の広義の親類縁者)は50人近いが、本当に重要なのはその内の10人前後。物語上で焦点を当てられたそれらの主要人物たちに関しては、なかなかキャラクターがくっきりと描き分けられて印象に残る。
(一方でマルカムの生意気そうな美人の従姉妹たちなど、もうちょっと活躍させればという面々も多いが。あと、前半でいかにも思わせぶりに登場しかけておいて、結局そのまま消えてしまう看護婦はいったい何だったのだろう?)

 なお解説で編集者のM氏(たぶん都筑道夫)が<本作の時代の先端ぶり>を謳っているものの、この点に関してはnukkamさんのおっしゃるように、実は特に際立った新しさは感じられない。むしろ伝統的な、人間模様の綾のなかにフーダニットを埋め込んだ手堅く愉しめる一冊という感じ。個人的には、真犯人もかなり意外である(伏線や手がかりもそれなりに用意されてはいる)。
 
 あと、これもまたnukkamさんの言われるとおりだが、13章での主人公のぶっとんだ行動にはかなり虚を突かれた。天然ボケのユーモアなら、これはこれで実に味がある。くわえて主人公がミステリファン(ゴア大佐もので有名なリン・ブロックを読んでいたり、ウォーレスを購入したりする)というのも微笑ましい。本作はシリーズものになってるらしいので、論創あたりでできればこの続きを今からでも出してほしい。

 ところで本書の翻訳は大ベテランの宇野利泰らしく、古い訳文ながら総体的にはとても読み易いのだが、名前や人称の表記などの面ではどうも杜撰。
 主人公の名前は、裏表紙のあらすじと登場人物一覧表代りの巻頭の家系図では「マルコム」表記なのに、実際の本文では全編通して「マルカム」だし(……)、一人称の「僕」が時たま地の文で「私」(P62、77)や「おれ」(P66)に変わったりもする。さらに端役の警察医マシューズがあとあとでマシウスと表記されたりしている(同一キャラだよね?)。
 こういうのは訳者ばかりでなく編集の責任でもあったのだろうけど、きっちりとして欲しかった(次の重版の機会がもしあれば、その時はよろしく)。 

No.149 6点 恐怖省- グレアム・グリーン 2017/03/23 13:31
(ネタバレなし)
 第二次大戦中、空爆下のロンドン。かつて難病の愛妻アリスをその病苦から解放するため、毒薬で<慈悲の殺人>を行った中年アーサー・ロウ。彼は情状を斟酌されて精神病院内で監察を受けていたが、現在は自由の身になり、町の片隅でひっそり暮らしていた。以前は辣腕ジャーナリストで資産にも多少の余裕があるロウは慈善市に赴き、戦時下では貴重な手作りのケーキを買う。そして自宅のアパートに持ち帰って大家のミセス・パーヴィスとともにそれを食べた直後、一人の男が現れ、そのケーキは間違って売ったものなので返してほしいと強行に訴えた。ロウは不審を抱くが、その時、爆撃でアパートは半壊し、訪問者の男は爆死した。ケーキにどのような秘密が潜んでいたのか。関心を覚えたロウは老舗の探偵社オーソテックス社に赴き、さらに自ら、かの慈善市に関連の慈善団体「自由諸国の母 後援会」にも足を運ぶが……。

 1943年の戦時下に刊行されたスパイ・スリラー。1980年の「グレアム・グリーン全集」版で読了(1959年の「グレアム・グリーン選集」版と同じ翻訳者ながら、訳文が推敲されている)。

 筆者的には以前に『拳銃売ります』を読んで以来、本当に久々のグレアム・グリーンである。『拳銃』の(もはや細部は忘れながらも)全編の詩情に満ちた雰囲気をうっすらと覚えているので、あの感覚にまた触れたいという思いで読み始めた。
 とはいえ実際に読み始めてみるとさすがに文芸性の高い内容で(グリーン自身は、本書をあくまでエンターテインメントとして著したようだが)、まず主人公アーサー・ロウの際立った設定とその内面描写の機微が相当の歯応え。

 <妻の苦しみを救うためその手を罪に染める>というある意味で最大のヒューマニズム行為(それは「毒殺」という法律上、もちろん許されない形だったのだが)を行い、ごく一部の世間からは同情と憐憫を受けながらも、それでも結局は「妻殺し」「精神病院帰り」というレッテルのもとに社会の枠組みから排斥されているロウ(彼は戦時下のロンドンの中で積極的にボランティア活動にも参加しようとするが、前述の事由から何度もやんわりとお断りを食らう)。
 この物語は巻き込まれ型スパイスリラーの大枠に分類される内容だが、一方で、そんな孤独なヒューマニストが謀略の中に(その概要も見定まらぬまま)あえて飛び込むことで自分の居場所を探そうとする、切なげな人間ドラマとしても読むことができる。
 まあ刊行時のリアルタイムの現実の敵であるナチス・ドイツへの協力者とそれに関連した事物に迫っていく内容そのものは、さすがに今となっては大時代な面もあるが、全四部に分かれた小説の構成は相応の起伏に富み(ソコはむしろ芝居がかっている印象もあるほど)、21世紀の今日でも普通に愉しめる。
 物語の流れや人間関係の変遷でそれなりに舌ッ足らずとも思える部分も多いが、そこらは読み手が想像で補うことで喰いつける。これはある程度はそういうことを要求する作品でもある。

 ちなみに本書の副読本として新潮選書のアンソニー・マスターズ「スパイだったスパイ小説家たち」、そのグレアム・グリーンの章を読むと、この作品は第二次大戦時、MI6に在籍していた当時の作者が赴任先の西アフリカで執筆。しかもその頃のグリーンは、のちに英国史に残る大物二重スパイ=かのキム・フィルビー(ル・カレの「スマイリー三部作」事件のキーパーソンのモデルであり、フォーサイスの『第四の核』にも実名で登場する謀略の仕掛け人)と懇意で、実際に彼の指示で動いてたというから色々スゴイ。英国スパイ小説史の裏側はフィクションと同様かそれ以上にドラマチックである。

 最後に題名の「恐怖省」とは、国家への無心な隷属か、あるいは反逆者としての破滅かの二択を迫る国家の行政上の観念のこと。作中では中盤の展開でロウが出会った青年ジョンズの口から、ドイツ人(ナチス)国家の暗部の意味合いでこの言葉が使われる。ただしグリーンの公正で理知的なところは、恐怖省はドイツばっかりじゃないだろ、と最後の最後にロウに実感させていること。
 そう、先述の「スパイだったスパイ小説家たち」を読むと、グリーン自身もMI6時代に、人間としてイヤなことを相当にさせられているのが分かるのである。   

No.148 6点 超高層ホテル殺人事件- 森村誠一 2017/03/21 12:35
(ネタバレなし)
 そのトリックのみ取り出してみればバカミスとしか言いようのないネタだけは昔から知っており、そのトンデモ無さに心惹かれて、いつか読もう読もうと思っていた一冊。
 しかし実際に通読してみると該当のトリックはあくまで謎解きのパーツの一つであり、ほかの複数の大小トリックや着想を組み合わせてあったのには、ここで初めて改めて認めて感銘。

 ここでちょっとだけ自分語りになるが、老舗ミステリサークル<SRの会>のメンバーである筆者は前世代の会員たちが本書の刊行当時の作者(森村氏)と悶着を起こしたという事情もあって、実は何となくそんな空気のなかで森村作品を長い間、敬遠していた(さすがにその頃、自分自身はまだ入会していなかったが)。
 そういう流れで森村作品は長編も数冊しか読んでいなかったが、さすがに今ではそういう考えもバカバカしくなって本書を手にした(そもそも当時の事情を再確認すると、SRの先輩方の物言いにも相応の問題はある)。思えばこの一冊を読むまで、ずいぶん時間がかかってしまった。
(大体、昨今ではSRの重要メンバーである山前さん自身が本書の光文社文庫版の解説を書き、その内容を褒めているのだ。)

 それで本書の私的な感想に戻ると、まず例の、あのトリックは<いや、それでも無理だろ! 可能と言うなら誰か実演してくれ!!(できれば若い頃の作者自身)>という感じだが、第二・第三の殺人は、アリバイトリックも密室トリックもそのベーシックさゆえに好感が持てる印象。この手堅さで本書の総体の評価は高くなった。
 ただし事件の構造はちょっとアンフェア…というか、まあギリギリありだが、作劇上の演出としては、捜査陣がもっと真相を知って驚くとか、そういう描写が欲しかった気もする。だってこれ、かなり偶然が作用した状況だよね。

 あとまた当時のSRの森村作品への攻撃の話題に戻って恐縮だが、その時の文句のひとつに<この作者は人間が描けない>というのがあり、まあ、これは分からないこともない、と本書を読んで思った。というのもキャラクターシフトの上では確かにそれなりの事情や立場に劇的なものがあり、苦悩や屈折も語られるのだけど、それがもう一歩踏み込まず総じて記号的なものになっている。この辺は同時代の笹沢作品とか清張の作品とか比べるとよくわかる。
 ただまあ、新本格の時代も迎えてミステリの作法も本当に自在に広範化したいま、こういう湿ったようで実はサバサバした書き方もアリだとは思うけど。

 最後に、すみません、E-BANKERさん、ひとつだけ客観的な作中事実の訂正。刑事が踏切前でインスピレーションを働かしたのは、アリバイトリックでなく、密室トリックの方です(第二十一章「分断された密室」)。

No.147 6点 死の逢びき- リー・ハワード 2017/03/20 10:28
(ネタバレなし)
1950年代のロンドン。新聞「デイリー・ガゼット」の社会部次長デル・モンクトンは、その日、自分の妻モヤに気づかれないようにしながら、タクシーを使い、途中からは徒歩で、コーシナ・ミューズ地区にあるアパートの二階に赴く。そしてそこで彼が出会ったのは…。

 1955年に原書が刊行された英国作品で、翻訳は創元の旧クライム・クラブの一冊。前半の主舞台となるアパートの一室と、後半の場となる某所。ほとんどその二か所だけで物語が展開され、全編を読みながらあたかも二幕ものの舞台劇に接しているような印象を受けた(正確には後半で少し、場面の転換はあるが)。
 最初の十数ページ目からいきなりギミックが動き出す感じの作品でもあるので、今回はあらすじも本当に最低限しか書かない。

 実は本書は、サスペンスものの某・歴史的大名作のある部分を拡大し、それだけで長編が成立するかという思考実験を実際の形にしたような内容でもある(さらに読んでる途中では、これは、また別のあのサスペンスものの名作の変奏か? とも思わされた)。
 本書のある種の前衛ぶりは終盤の決着にも感じられ、最後のミステリ的な決着はまた別の巨匠のある変化球作品の取り込みのごときだ(さらにはラストの主人公の行動は、もっと別の巨匠の某作品のクロージングを連想させた)。
 要するにあちこちのどっかで見たような部分は実に多い作品なのだが、まとめられたものは今読んでもある種の新鮮さとピーキーさを感じさせる、そんな長篇になっている。

 それで巻末の植草甚一の解説を読んでも作者リー・ハワードが本書の著述時にどのくらいミステリ分野に造詣があったかは未詳だが(ほかのこの時点での著作は二作の戦争小説のみ)、それなりに受け手としてミステリを楽しんだ素養のある人間が、従来の作品とは違う変わったことをしてみようと試みた趣は感じられた。
 ただしこういう傾向の作品だから、読者を選ぶのもまあ当然。解説に引用された当時の本国での書評などでは「リー・ハワードは、クライム・フィクションでは、まず不可能だと考えられていたような新機軸を生むのに成功した」と称賛される一方、翻訳当時の我が国の小林信彦のレビュー「地獄の読書録」ではケチョンケチョンである(なおこの小林信彦の書評自体はネタバレっぽいので、本書を未読のうちは読まない方がいい)。

 さて今回の筆者の感想&評点はうーん、まあ、ホメる声もケナす気分もどっちも分かるなあ…というずるい感じ(笑)で、本当にちょっとだけおまけしてこの評点。後半の展開など好きな部分も多いのだが、かなりぶっとんだものを期待したら、良くも悪くも意外に堅実な部分も強かった、というのも正直なところ。クライム・クラブの一冊だのの予見抜きで、さらにメディアを変えて、先に書いたように舞台劇の形で一見でこのストーリーに接していたら、かなり盛り上がったろうね。

No.146 5点 死はわが踊り手- コーネル・ウールリッチ 2017/03/19 11:27
(ネタバレなし)
 1950年代のアメリカ。オランダ人の両親と死別した美しい娘ゲルトルード・マリー(マリア)・ルイターは修道院の施設で養育され、10歳の時から伝説のダンスを学び始めた。そして現在19歳のマリーが習得したダンスはインドのカーリー神に由来する死の舞踏で、その踊りを観覧した者のなかから誰かが命を奪われるという禁忌の踊りだった。だがその舞踏はあまりに魅惑的で、それゆえその魅力を認めたサクソフォン奏者で指揮者でもある若者マクシー(マックス/マックスウェル)・ジョンズは、音楽プロデューサーのJ・モティマー(モート)・レビンと連携し、楽団を組んでマリーの芸を世間に喧伝しようと図る。そのために彼らはマリーの舞踏が「死を呼ぶ踊り」であることさえ危険で刺激的な宣伝の材料とし、踊りの終了とともに死んだ真似を演じるサクラ役の男まで雇うが…。
 
 1959年にウールリッチが執筆した長編。すでに長編『夜は千の目をもつ』『野性の花嫁』や短編『モンテスマの月』などでスーパーナチュラルな要素の実在や暗示を扱っていた作者だが、これもその路線で、しかもかなりその辺の比重の高い内容。
 狭義のミステリの枠を超えたホラーまたはファンタジー的な<広義のミステリ>であり、ほぼ常に観客の誰かを急死へと導く死の舞踏の呪いは(随時登場人物から、そんなことが本当にあるのか? と疑惑を向けられながらも)作中に厳然と存在する。
 死の舞踏の危険さと背徳性を充分に承知しながらも踊り続けるマリー、その呪いさえ商魂たくましく客寄せのネタにしようとするマックスやレビンたち。しかしその思惑は、死の舞踏の呪いの恐怖が世界中に広まっていくなかで、次第に少しずつ歯車を狂わせていく…。
 いや、68年に他界するウールリッチのほぼ晩年の長編だから、筆も疲れ、かなり破綻した内容だろうと予期しながら読み出したが、そう覚悟しながらページを捲るなら、これはそれなりに楽しめない事も無い一冊であった。
 恋人(のちに夫)となるマックスの愛情に揺らぎを感じるマリーの焦燥、死の舞踏の呪いが真実と認めざるを得なくなっていくなかで離れていくバンド仲間、次第に場末の演芸場に追いやられていく主人公夫婦の辛酸…。これらの叙述がそれぞれなかなか心に滲みる(ただし総じて、荒っぽい描写ではある)。
 さらに終盤、死の舞踏を前にきわめて悪趣味な思惑を抱くギャンブラー、ハーフ・フォンティンのキャラクターなどは実に往年のウールリッチらしい。

 まあ黄金期のウールリッチのブラックシリーズの上位作あたりと比べたらどうしようもない作品なのは確かだが、ファンとして一回くらいは読んでおきたい一冊。 

No.145 8点 ケイレブ・ウィリアムズ- ウィリアム・ゴドウィン 2017/03/18 10:27
(ネタバレなし)
 18世紀のイングランドの片田舎。農夫の子ながらその聡明さを評価される若者ケイレブ・ウィリアムズは、以前から彼を後見してきた大地主ファーディナンド・フォークランドの秘書となる。ウィリアムズはフォークランドの執事で自分の兄貴分といえるコリンズ氏とともに日々、主人に献身的に仕えた。気性の荒い一面はあるがまだ若く、根は温厚で博学かつ公正なフォークランドは土地の人々からも厚く慕われていたが、その人気を快く思わないのは同年代のもう一人の大地主バーバナス・ティレルだった。そんな折、ティレルの年の離れた従姉妹エミリー・メルヴィルはフォークランドの人間的な魅力に惹かれていくが……。やがて発生した殺人事件。真犯人として裁定された者が処刑されたのち、ある日、ウィリアムズはひとつの恐ろしい疑念を抱くのだった。

 <趣味としての教養(笑)>を育もうと、何年も前に買ってあった国書刊行会・ゴシック叢書の一冊。ついに今回、一念発起して読んだが、ミュルエル・スパークなどの翻訳も手掛けている岡輝雄の訳文は実に読み易く、カギカッコ付きの会話が少ない風格ある文章ながら、大部の物語を実質三日間くらいで完読した。(ちなみに昨年2016年、同じ翻訳者の新版が刊行されたようである。)

 1794年に刊行された本作品のミステリ史における立ち位置は、先にminiさんが語られている通り。ジャンルを確立させた後発の『モルグ街の殺人』(1841年)から約170年が経ち、ミステリの字義が柔軟に広がった現在なら、改めてミステリの範疇として十分に語れるような内容でもある。
(ひとつだけ付記するなら、作者はあの『フランケンシュタイン』メアリー・シェリーの実父だ。)

 いかに善良な人間であっても支配階級の俗物さからは脱け出せないというのは本書の思想的な主題のひとつだが、そんな当時の文明観とそこに基づく人間心理の綾が絶妙なサスペンスとスリルを育み、息もつかせないエンターテインメントを構築。後半、ウィリアムズが出会う多くの登場人物もそれぞれのキャラクター性に富み、いや、これは実に面白かった!(特に盗賊の親玉ながら、理性的で情の深いレイモンド氏がステキ。)
 なお本書には、作者が改定する前の初稿の結末も併録。そっちはそっちで意味があり、印象的なラストだが、これはやはり改定された現状のものの方がいい。物語的な決着をつけながら余韻のあるクロージングが素晴らしい。

No.144 7点 脱獄と誘拐と- トマス・ウォルシュ 2017/03/13 17:31
(ネタバレなし)
 1960年前後。「おれ」ことエドワード(エディ)・ジェイムズ・マクナルディー青年は、恋人のケティー・ボルチンスキーを、弟の空軍少佐ロバート・フランシス・マクナルティーとその妻メグに紹介する。交流を深める一同だが、前科者のエディはその過去をケティーに秘匿しており、彼女の願う結婚にも二の足を踏んでいた。そんななか、エディは以前から嫌い合っている悪徳元警官ジャック・ヘネシーとの接触を経て、強引に投獄された。獄中でエディは、弟ロバートが東側陣営の領空内でスパイ容疑で捕まった事実を知る。弟の無実を信じるエディが考えた奇策。それは脱獄し、折しも訪米中のかの国の最高権力者「太っちょ」を誘拐し、その身柄と弟を交換するというものだった!
 
 原書は1962年の作品。筆者的には、以前から読もう読もうと思っていた、気になる旧作を消化した一冊である。
 もちろん主人公エディが自分に課した二重の最困難クエストが興味の主眼だが、脱獄の段取りの方は実際のところかなりスチャラカ。脱獄前に外部の協力者に連絡を取るくだりも<ある秘密ルートを使って>程度のいい加減な叙述で済まされる。
 それゆえ、あー…これは凡作もしくは駄作かなあ……と思いながら読み進めていくと、単身で某国(つまりソ連)領事館に侵入して潜伏し「太っちょ(つまりはウィーン会談前後のフルシチョフ)」を連れ出すあたりからじわじわとテンションが高まってくる。

 いやどう考えてもリアリティ希薄な無理ゲーを小説のウソで包みこんだ作法なのだが、それを承知の上でなおスリリングにサスペンスフルに読ませていくのは、作者の職人芸だ。要人を連れ出し、目的の達成までのタイムクライシスのなか、後半の物語も二転三転。伏線を張られていた悪役はちゃんと役割をこなすわ、ヒロインのケティーはたくましく愛らしく恋人のエディを支えるわ、最後はおお、そう来るか! ……で、これぞ古き良き20世紀中期のぶっとんだヒューマン・スリラー(いま勝手に作った造語)。どこかフランク・キャプラの映画諸作や、ウェストレイクのドートマンダーシリーズなどを思わせる面白さもある。

 しかし原書が出た頃の現実世界には例のケネディVSフルシチョフのキューバ危機があり(それを見込んで急いで執筆された作品かも)、さらに原書が出てから翻訳までのライムラグにはケネディ暗殺事件なども起きてるんだよなあ。リアルタイムでこの翻訳を読んだ当時の国内ミステリ読者の反応はどうだったんだろ。小林信彦の「地獄の読書録」でも引っ張り出してみようかな。

No.143 6点 奇術師のパズル- 釣巻礼公 2017/03/12 20:31
(ネタバレなし)
 藤沢市の枝野中学に校内カウンセラーとして赴任した、29歳の棟谷志保子。彼女には2年前、中学教師だった婚約者・大石和也を彼の教え子の少年に殺された哀しい過去があった。枝野中に赴いた志保子は、教師も生徒も、その多くが心を疲れさせている現実に直面する。そんななか、文化祭の出し物で用意された、トンネルを模した空間の中で女生徒の一人が変死。しかも密室状況の中で発見された彼女は<先に殺害された級友を手にかけた真犯人は自分だ>と告白するかのような書面を持っていた。不審を覚えた志保子は、独自に事件の謎を追うが……。

 密室殺人を売りにして、しかもこのマジックショー感覚が濃厚なタイトル。これはなかなかテクニカルな新本格パズラーが楽しめそうだと思っていると、小説のウェイトは予想以上に学校周辺の群像劇(生徒も教師も、生徒の家族までも)に置かれていてビックリ。巻末には教育論やいじめ問題関係の参考文献名が十数冊並び、おそろしくメッセージ性の強い内容だった。
 それでもタイトル通りに奇術のロジックに基づいた密室殺人トリックはちゃんと用意され、最後のひねりも含めて謎解きミステリの要素は多い。ある種の社会派的なテーマと謎解きミステリのハウダニット&フーダニットの興味、その双方が独特なバランスで掛け合わされた佳作~秀作で、どちらかといえば秀作寄り。
 苦悩を背負った生徒の親たちや、自分なりの教育の理想を模索する青年教師・半沢晋平など、キャラクターも印象的によく描かれている。というか全体的に、ポイントとなる作中人物の心のひだをよく叙述してあって、そこら辺も評価の対象。

No.142 6点 パイルドライバー- 長崎尚志 2017/03/11 03:00
(ネタバレなし)
 引退して嘱託待遇となった元刑事と、辞職を考える青年刑事。そんな二人のバディぶりを描いたキャラクターもの&組織ものの警察小説。
 ちなみにタイトルの意味はプロレス技には関係なく、老境の元刑事の名が久井(くい)で、その挙動のいくつかがパイルドライバー(工事現場の杭打ち重機)を連想させるからである。

 神奈川県内で起きた三人家族同時殺人の事件を端緒に、15年前の類似事件との接点を洗い直し。そこで過去の事件を担当した久井重吾元刑事とコンビを組む青年刑事・中戸川俊介の奮闘が語られる。とはいえ主人公はまぎれもなくこの2人だが、実際の作品の中身は多数の登場人物で溢れかえり、総勢70名以上のネームドキャラが出没。そしてその過半数が警察関係者。組織が孕む暗部も、現場刑事たちの絆と負けん気もたっぷりと語られる。

 それで中盤からの展開は「あ、そっちの方向に行くの?!」といささか慌てた(悪い意味で警察小説の垣根を超えそうだったので)。しかし最終的に事件の真相は、一度踏み出しかけた大枠のなかで、意外なほど堅実かつ説得力のある形で、結び目がほどかれていく。
 もちろんここではくわしく書けないが、個人的にはかなり秀逸なミステリとしての着想だと感嘆した(その一方で、なかなか強烈な終盤の話の拡げ方も堪能した)。

 ちなみに今回の事件は落着するが、久井の家庭事情にからむキャラクタードラマの部分では今後の続編も匂わせる雰囲気。ここはぜひシリーズ化も期待したい。

 最後に前半のある場面で久井が中戸川に語る、印象深い言葉。
「もちろん、あいつらはいやなやつらだよ/しかし刑事ってのはさ、わずかに残った人間の裏の……むしろ、いい部分を見つけてやる職業なんだぜ」

No.141 5点 神の値段- 一色さゆり 2017/03/11 02:25
(ネタバレなし)
 世間はおろか、関係者にも現在の存在を頑なに秘匿する現代美術家・川田無名(かわたむめい)。彼の才能は国際的な評価を受け、作品はものによっては億単位で売買されるが、その一次流通は無名のアトリエ工房と特約した美術ディーラー・永井智子のギャラリーを通じてのみ行われていた。「私」こと二十代前半の女性・田中佐和子は智子のアシストの業務に励むが、勤続三年目の佐和子もまだ無名と対面の機会はなかった。そんななか、無名が青春時代に描いたはずの大作がギャラリーに急に運び込まれ、それに続くように智子が何者かに殺される。

 第14回「このミス大賞」受賞作品(その二本のうちの片方)。智子殺しの謎が終盤まで持ち越される一応はフーダニットだが、正直犯人捜しのミステリとしての興味は希薄(ジャンルは一応「本格/新本格」に分類したが)。
 実際には美術界についての話題を饒舌に語る情報小説としての趣が強く、それはそれで楽しめる(一時期の乱歩賞作品風というか)。
 もちろん<なぜ無名が隠れるのか><そもそも彼は今も健在なのか>の興味の方も物語の上で語られる。ぶっちゃけ智子殺しの犯人捜しより、読者の関心を引く謎の提示としてはこれらの方が大きいだろう。

 果たして残りページがわずかになっても犯人捜しの方はギリギリまで放っておかれ、終盤にかなり凝縮した紙幅で、ようやく謎解きが行われる。犯人の意外性はほとんどなく、探偵役の人物がかんじんのポイントをそれまであまり話題にしてなかったのもちょっと乱暴という印象も受ける。それでもラストの前向きな感じは悪くはなく、ジャンルもののキャラクタードラマ作品としてはこれはこれでいいという思いもあった。ミステリとしては薄口なれど、嫌いになれない感触の佳作。

No.140 7点 アックスマンのジャズ- レイ・セレスティン 2017/03/11 01:56
(ネタバレなし)
 1919年。イタリアやアイルランド系の移民でにぎわい、さらに黒人差別の風潮もいまだ根強いニューオーリンズ。そこでは「アックスマン」と称される謎の殺人鬼が手斧を握り、主にイタリア系の人々を殺していた。ひそかに黒人の妻アネットと暮らす中堅刑事のマイクル・タルボット、長年マフィアのスパイだったが正体が発覚して懲役刑を受け、つい先日出所したばかりの元刑事のルカ・ダンドレア、ピンカートン探偵社の地元支局の娘アイダ・デイヴィスは、それぞれの立場からアックスマンの手掛かりを追うが、やがて彼ら三者がたどり着くのは、思いも寄らぬ事件の実態だった。

 20世紀初頭を舞台にした、3人の主人公の視点で交互に語られる時代ミステリ。アックスマンの事件は未解決事件の実話をベースにしたという。
 3人の主役の中ではとりわけマイクルの比重が高く、さらにそのマイクルを育てた元先輩ながら彼の手によって捕縛されたルカと警察組織の相関もそれなりに語られる。一口にはジャンルを絞れない厚みのある作品だが、ここではそういった意味で警察小説のカテゴリーに一応、分類した(アイダの捜査は、あくまで民間の私立探偵サイドからのものだが)。
 本文470ページ、名前の出てくる登場人物も総勢100名に及ぶ大作だが、複数主人公という趣向を機能させたカットバック式の叙述が効果を上げ、物語はきわめてハイテンポに淀みなく流れる。
 その一方で細部のキャラクター描写も手堅く、たとえば元悪徳刑事のルカが随時見せる人間味(冤罪を着せた人間の恨みを買って殺されかけるが、ともに命の危機に瀕するなかで、その相手をつい救ってしまう)とか、当初は卑劣漢に見えた某キャラクターが終盤で見せる意外な男気とか、そういう情感の発露で読者を饗応する小説作りも実にうまい。
 差別意識が蔓延した人種のるつぼで、さらに20世紀初頭当時いくども自然災害に晒されたニューオーリンズの市街そのものも、さらにもうひとつの主役ともいう趣で語られる。
 くわえて3人の主人公の道筋の絡み方も終盤に至ってちょっとテクニカルな面も見せ、それはもちろんここでは書けないが、最終的には読者の目線で、事件のほぼ全貌が個々の主人公たち以上に見渡せるようになる構成も効果的。

 ちなみに題名の意味は、殺人鬼が新聞社に送ってくる文書の中で、なぜかジャズに執着を見せるから。なお筆者は洋楽にはさっぱりうといのだが、作中の登場人物の一部は同時代の伝説的ミュージシャンを想起させるキャラクターらしい。

 なおアイダがミステリファン、特にホームズものの愛読者で原典の台詞を引用する叙述も印象的。最後のエピローグ、この時代設定ならではの、ミステリファンにとって感動的な趣向も用意されている。その仕掛けには本気で感涙。
 CWA最優秀新人賞受賞作。 

No.139 6点 クリスマスの朝に- マージェリー・アリンガム 2017/03/05 16:10
(ネタバレなし)
 アリンガムは、個人的に現状のところ<本は何冊か購入しながらも、何故かほとんど読んでなかった作家>の筆頭格である。それでもHMMや日本語版EQMM掲載の短編はそこそこ楽しんでるハズで、現在の創元の新編纂短編集もこれで3冊とも読んだことになる。

 今回は(クリスティーからのお悔やみエッセイを別にすれば)長めの中編と短編一本のみのカップリングという「短編集」を謳うにしてはかなり変則的な構成。中編「今は亡き豚野郎の事件」は大きめの活字ながら約230ページの分量があり、これならnukkamさんのおっしゃるように短めの長編扱いして、昔の創元文庫のシムノンかアルレーみたいに、薄めの一冊で出せば、とも思った。まあ翻訳の契約問題とか、なんかあるのかもしれないが。

 とまれ「豚野郎」は、地方の村での連続殺人? 人間の入れ替わり? 死体の消失? 謎の手紙? と短い紙幅の中にミステリギミックがふんだんに詰め込まれ、話の展開もスピーディで予想以上に面白かった。殺人トリックも古めかしいが、これはこれで味がある。小説としてもキャンピオンとヒロインの微妙な距離感、脇役の連中との関係の変遷など、キャラクター作品として楽しめた。

 短編「クリスマスの朝に」は<十字路の周辺で死んだ郵便配達人が、その日そこまで歩いて行ったはずのない向こうの家に郵便を届けていた!?>という<状況的にそれは起こりえないはず>という明確な謎の提示がかの傑作『ボーダー・ライン事件』(大好きである)を思わせ、とても心惹かれた。解決は魅力的な謎に比してシンプルだが、その落差が妙に味を感じさせる一編でもある。

 個人的にはこの短編集3冊目で、ようやくキャンピオンの魅力が改めて見えてきた気もする。そのうち長編も読んでみよう。 

No.138 6点 カササギの計略- 才羽楽 2017/03/05 01:39
 あくまで普通の青春恋愛小説として物語は進み、事件性も犯罪の片鱗も見えてこない。どこでどうミステリとしての形質を獲得するのか……と思いながら読んでいると、終盤でようやく、ああ、こういう作品だったのね、と。
 
 ××トリックの楷書のような<ひとつの狙いを達成したスタンダード感>がとても強い作品。作品の構造としては目新しいものはないけど、その分、まとまりは良い。
 さらに、何故か人形を乳母車に乗せて徘徊する女性「ベビーさん」や、ヒロインが夜間に出会った街頭のミュージシャンのような脇役の描写など、作者の(中略~ある修辞が入る~)人間観も胸に応える。文章も新人としてはかなりの練度で、全体的に流麗なのもいい。
 
 ただ惜しむらくは、最後の仕上げがなあ…(汗)。普通なら大好きなクロージングの方向が、この作品に限っては似合わない思いが強いのだ。
 310ページで心情吐露された主人公の内面は信じられるけど、この結末ではそれも台無しになっちゃうんじゃないのかと(いや、その作劇思想的なアンチテーゼとして、それより先の205ページの会話を前もって用意してあるのもわかるんだけど)。

 最後の最後にひとさじだけ多く、作者の神の意志が働き過ぎた感じ。そこだけはもうちょっと微妙な書き方をしてほしかった。

No.137 4点 壁の男- 貫井徳郎 2017/03/03 19:35
(ネタバレなし)
 栃木県北東部にある高羅(こうら)町。「私」ことルポライターの鈴木は、そこにある奇妙な人物がいると知り、取材に赴く。彼の名は伊苅重吾。東京で大学生活と勤め人生活を送ったのち、故郷のこの町に帰省した彼は、依頼を受けた町の家々の壁に、絵を描き続けていた。技法的にも芸術的にも特に優れたわけでもない絵だが、それはすでに町の名物になっていた。鈴木は伊苅本人の、そして関係者への取材を重ね、その心に分け入るが…。

 伊苅の過去と内面を浮き彫りにしていく人間ドラマが語られ、それがどのようにミステリに転調するのかと期待していると……。うーん(汗)。
 ストレートに語ったらまっとうなヒューマンドラマになる(ただしそれ以上のものにはならない)話を、作劇のパーツを入れ替えることで相応にトリッキィかつ印象的なものにした感じというか。だから自分が読み終えて何を連想したかといえば、(たぶん大方の人は呆れるとは思うが)夢野久作の『瓶詰地獄』であった(苦笑)。

 狭義のミステリとしては完全にアウトだし、広義のそれならどうにか、という内容の作品。ただすみません。作者が何を言いたいかはわかるつもりだけど、私の心にはそれほど響かなかった(小出しに明かされる過去の事実が、悪い意味で定型すぎる)。いつか読み返してみたら、印象は変わりそうなところはあるけど。  

No.136 7点 生か、死か- マイケル・ロボサム 2017/03/03 13:30
(ネタバレなし)
 現金輸送車襲撃事件のただ一人生き残った容疑者として、十年の懲役を受けた青年オーディ・スペンサー・パーマー。同事件では奪われた700万ドルの古紙幣が未回収だったが、オーディは服役中、その金の在処について何度も生命の危機に遭いながらも、沈黙を守り続けた。そして現在、明日は釈放というその日、33歳のオーディは脱獄する。なぜ彼はそんな不可解な行動に出たのか? 謎の人物によってオーディの追跡を命じられた囚人仲間の黒人中年モス・ジェレマイア・ウェブスター、そして中学生のごとく低い身長ながら凄腕のFBI女性捜査官デジレー・ファーネスは、脱獄囚の行方を追うが…。

 CWAゴールデンダガー賞受賞、MWA最優秀長編賞ノミネート、さらにスティーヴン・キング絶賛ときて、これだけ箔がつけばさすがに気にならない訳はない。
 結果、二段組みのポケミス450ページ以上をほぼ一気に読ませる面白さで、骨太ながら敷居の低いエンターテインメントとして確かによくできている。
 とまれ肝心の一種のホワイダニット「なぜ一日待てなかったのか」の部分は、過去から現在の事件の真相の発覚後、あまりポイントにはなっていない(一応の状況の理解はできるが)。
 主人公オーディの過去の回想と十年前の事件、さらに現在が結びつく面白さの方で読ませる作品。副主人公といえるモスとデジレーの、応援したくなるようなキャラクターもいい。
 評点はちょっとだけおまけして7点。悪役連中の類型的な感じは少し気になるが、全体的にはグイグイ読ませる秀作だろう。

No.135 4点 誰にも探せない- 大崎梢 2017/03/01 10:02
(ネタバレなし)
 山梨県の大学に在籍し、校内の郷土史研究会に参加する坂上晶良は、小学生の時から20歳の現在まで埋蔵金捜しのロマンにとりつかれていた。そんなある日、東京で働く同年の幼馴染み・桂木伯斗が現れた。小学生時代に同じ埋蔵金捜しの夢に憑かれていた伯斗は、東京で得た新たな情報をもとに晶良の協力を求めるが、やがて彼らの再会は思わぬ犯罪事件にと関連していく。

 大崎作品は初読だが、少なくともこれに関してはちょっと…という印象。中盤のあるサプライズを契機に物語の方向が大きく切り替わるが、それ自体が予想のつくものであり、さらにその大ネタと同じ設定から始めて、そちらは頭が沸騰するほど面白かった活劇小説の傑作が数年前にあった。後者に関しては作者の罪じゃないし、ほかにも類例があるかもしれないけど、とにかくインパクトを弱める一因になっている。
 それと中盤以降、日常を冒す身近の暴力人間の恐怖がもっと無ければまずい内容だが、その辺の緊張感がほとんど感じられない。webの書評を読むと作者としては珍しい方向のスリラーらしいので、もしかしたらそういう種類の悪人を描くのが苦手なのだろうか。仁木悦子が昔言った<ゾクゾクしない推理小説(本書の場合はもうちょっと広い意味でのミステリだが)は困ったもの>というのを思い出した。
 ちょっとひねったキャラクターシフトとか、面白くなりそうなところもあるんだけれどねえ。最後はなんとなく潮が引いていくような感じの終焉で、そこは味があるといえばある。人によっては、なんだこれ、かもしれんが。

No.134 6点 香住春吾探偵小説選〈2〉- 香住春吾 2017/02/27 15:49
(ネタバレなし)
 戦前から文筆家として活動し、戦後は「宝石」黎明期から短編ミステリを主体に活躍。放送作家としての実績も豊富な作者の作品の、新編纂著作集。

 今回は思う所あって先に第二集から読む。
 巻頭の『片目珍作君』は、作家の卵でハンサムな主人公・片目珍作シリーズの一本。主人公と同じ町に住む青年のもとに、ある日、まったく同じ顔の人物が出現。互いを偽物だと罵り合うのに疲れた双方がやがて次第に仲良くなり、このままもう一人の自分と同居してもいいや、という流れののん気でユーモラスな事件を語っている(お話は、それでもちゃんとミステリとして終わる)。
 「珍作君」シリーズは一集にも連作として収録されているようだが、これはどっちかにまとめて欲しかった。
 
 もう一つのハシラは、昭和30年から二十年ほどの長きにわたってミステリ小説分野を離れていた作者が、昭和50年に雑誌「幻影城」誌上で改めて再起した以降の諸作。大阪の貧しい人たちの人間模様をごく庶民的なユーモアとペーソス豊かに語る内容は、この21世紀の不況時代に改めて独特の情感を感じさせる。
 そのなかの四本の短編(短めの中編)で関西の警察署・西荻署の面々がシリーズキャラクターとして登場するが、作品の数が増えて行けば捜査官たちの地の顔ももっと語られて、さらに魅力的な連作になったかもしれないと思わせる。
 とまれ国産の事件ものの短編ミステリとしてはどれもそれなりに読ませて『暗い墓場』の犯罪が発覚する流れと切ない結末、『一割泥棒』の落語のような面白さ、『損をするのはいや』の人間関係の妙味……など各編がそれぞれ印象に残る。シリーズ外の『哀しき死神』の、昭和の某国産長編を思わせるような事件の真相もいい。
「幻影城」での再起の嚆矢となった『吾助の帰還』も落語風の味付けだが、貧乏な老人労務者の悲哀劇との背中合わせである種の人間のしたたかさを感じさせ、たまにはこういうのもいいな、と思わせる。

No.133 6点 アメリカン・ブラッド- ベン・サンダース 2017/02/27 14:44
(ネタバレなし)
 汚職警官を装った潜入捜査で、ある犯罪組織にダメージを与えたNYの元捜査官ジェイムズ・マーシャル・グレイド。彼は合衆国の証人保護法の庇護のもと、人目を避ける日々を送っていた。だがくだんの犯罪組織の関係者はマーシャルへの報復のため、謎の殺し屋「ダラスの男」を刺客に差し向ける。一方でマーシャルは、とある少女の失踪事件を見とがめ、その行方を追うことになるが……。

 ヒギンズの傑作『死にゆく者への祈り』などをちょっとだけ連想させる、過去のあるやさぐれヒーローを主役にしたアクションスリラー。

 それでいきなり冒頭の1ページめから
「この感覚は知っていた。酒は暖かな癒しだった。一杯ごとに、意識の薄膜が一枚ずつはがれていく。
 現在のトラブルは消える。
 過去のトラブルも消える。
 名前も消える。自分の名前もふくめて」
 と来るので、な、なんなんだこの『幻の女』みたいなアイリッシュ風の文体!?
 と思ったら、ホントーに訳者は『幻の女』の三代目翻訳者だった。
 我が慧眼ホメてホメて(笑)。

 んで内容の方は、他人数の視点を書き分け、マーシャルの関わった5年前の事件の実相も本筋と並行して少しずつ明かしながら、現在形の物語のクライマックスに迫っていく、ちょっとだけ立体的な構造なんだけど、話の流れは全体的に淀みなく、リーダビリティは高い。ポケミス400ページ弱の物語をハイテンションなまま、ほぼ一気読みで楽しんだ。
 ただし現在形のマーシャルの闘いの原動となった、失踪した17歳の少女アリス・レイと彼との関係。物語序盤では思わせぶりにアリスを思う彼の内面が断片的に語られ、これはもっと何か深いところで過去に彼と彼女の間に何かあったのだな? ルパンとクラリスか、はたまたマクリーンの『恐怖の関門』みたいな主人公だけが心に秘めているホワットダニットとホワイダニットが最後の最後に明かされるのか!? と思っていたら、…えー…という感じで終わった。
 全体的には技巧的に達者な作品だとは思うけど、この点だけは悪い意味でフィクションの文法ハズしてるよね。表向きは大した縁も無い少女のために奮闘する主人公というロマンチシズムは、滝伸次か紋次郎かバイオレンス・ジャックみたいな、なつかしい種類の魅力的な風来坊ヒーローのスタイルを期待してたんだけどな。

No.132 5点 ハナシマさん- 天宮伊佐 2017/02/24 20:02
(ネタバレなし)
 北関東のある県の一角・韻雅町。地元の韻雅高校の二年A組はその日、一人の転校生の少女を迎える。彼女・華志摩玲子はあまりに際立った造形的な美貌と、他者を拒む態度から初日から孤立してしまうが、面倒見の良い級友・寺沢亜季は、何とか彼女「ハナシマさん」の胸襟を開こうとする。一方、亜季の父で県警の刑事である寺沢泰典は、韻雅町周辺で続発する怪異で猟奇的なバラバラ殺人事件を追うが…。

「新感覚のフォークロアミステリ」を謳うラノベホラー。世界像は非日常の異界に及び同時にかなり凄惨な描写もあるが、一方で一応はフーダニットの結構も具えた内容で、これはたしかに犯人捜しのミステリにもなっている。
 まあ登場人物が多くないため、本サイトの参加者なら真犯人の見当はたぶんつくと思うが、複数の劇中人物の視点を次々と切り替える手法のなかにさりげなくミスディレクションを張ろうとしているあたりは好感が持てる。

 タイトルロールの少女「ハナシマさん」がなんらかの形で殺人事件に決着をつけることは当初から予想がつくので、出口が見えないで終わるジャパネスクホラーのじめじめ感はあまりない。
 どちらかというと超自然的な存在が人間の闇の心に裁きを下す『地獄少女』みたいな方向の作品だが、さらに事態を陰から演出する脇役として、ライヘンバッハの滝から転生してきたみたいなサブキャラ「杜秋慈瑛(もりあきじえい)教授」とその美人助手「仙波蘭」(こっちは一瞬「?」となるが、すぐに「セバスチャン・モラン大佐」が元ネタとわかる)などのクセのある連中も暗躍。
 あれも盛り込みたい、これも……という作者の気分まで窺えて、その結果、菊地秀行の趣味的アクションホラーを水で薄めたようなものが出来たが、まあこれもアリだとは思う。
 一方でその分、結果的に物語内の要素がとっちらかってしまった感触も少なくないが、ラノベの文体としては先に書いた多人数視点の整理も潤滑で、一冊のホラーミステリとしてそれなり以上に楽しく読めた。

 年が明けてすでに続刊も出てるようだが、webの噂ではこれもまたなかなか変てこな内容みたいで、そのうち手にとってみようと思う。

No.131 7点 ラスト・ウィンター・マーダー- バリー・ライガ 2017/02/23 15:12
(ネタバレなし)
 20年間にひそかに100人以上も女性を殺した史上最凶のシリアルキラー、ビリー・デント。その息子でアメリカの地方の街ロボズ・ノットに住む少年ジャズ。彼はビリーから後継者になるべく殺人術を教えられながらも父の意志に背き、恋人のコニー、親友ハウイー、そして一度はビリーを逮捕した保安官G・ウィリアムスたちとの絆のもと、あくまでまっとうな人間として生きてきた。だがNYでビリーとの関連が疑われる連続殺人事件が発生。NYの刑事ヒューズは、殺人者として訓育された資質を探偵的な推理力に変えられるジャズの器量を認めて応援を願うが、その大都会でジャズを待っていたのは事件の意外な展開だった。ついに殺人鬼の父親と、その運命に抗う少年の最後の闘いが始まる。

『さよなら、シリアルキラー』『殺人者たちの王』に続く三部作の完結編。前巻が逃げも隠れもしないクリフハンガー式のラストで幕を閉じたのち、本書はその加速感を受けたまま、最後までいっきに読ませる。
 作中での最大のサプライズはおおむね予想の範疇だが、その事実が明かされてのち、ほぼ同時に判明する人類の近代文明の裏面にひそむホラ話的な話の広がりが実に痛快。こういう文芸を用意しているとは思わなかった。ハイテンションな最後の抗争を経たのちに語られる、ある作中人物の去就も人を食ったオチのつけたかでよい。
 ちなみにwebではこれまで以上に殺戮・暴力描写が凄絶とか言われてるけど、いやそんなに騒ぐほどのことはないね。これなら公共の電波で放映されている深夜アニメ『カオスチャイルド』なんかの方が、はるかに猟奇的なキチガイ作品だよ。本書はあくまで、過激な部分もある、やや破格の、しかしまっとうな青春ミステリです。

 なお本書の<最後の一行>は正にやられた、という感じ。個人的にはマット・スカダーものの『過去からの弔鐘』なみに号泣もののフィニッシング・ストロークではあったが、その後webとかの他の人の感想を読むと、なるほど…短い最後の一行は色々な解釈が可能でかなり深い。改めて考えるなら、そこにヒューマニズムを感じてもいいし、ぞっとするバッドエンドめいたものを感じてもいいし、ある種の切なさを認めてもいい。少なくとも三つ以上の読み方ができそう。まあ自分は悪人になれない読者なので、この最後の一行をどう受け取るかは決まってるんですが。 

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