皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
パメルさん |
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平均点: 6.13点 | 書評数: 622件 |
No.15 | 7点 | 球形の荒野- 松本清張 | 2024/06/21 19:16 |
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芦村節子は唐招提寺を訪れ、芳名帳に亡き叔父の野上顕一郎の筆跡に酷似した「田中孝一」という署名を発見する。野上は十七年前にスイスで病死しているはずだが。久美子の恋人・添田彰一は、この話を聞き野上は生きているのではと、疑念を抱き調査を始める。
戦争の「亡霊」の帰還を親子の情愛に絡めて描いたロマンチックサスペンスで、時代的意義は大きい。舞台となった奈良・京都・観音寺などの風景描写にも生彩がある。 終戦後の国際外交という視点から戦争のもたらした一つの悲劇を紡ぎ出し、凄絶な孤独を背負った男を経済成長期の日本の現実の中へ出現させるという野心的な試みは注目に値する。 旧軍人による右翼組織の策動や殺人事件を絡ませてスリリングな展開、戦争によって引き裂かれた父と娘の運命、そして再会。静かに繰り広げられる終幕は感動的である。殺人の謎もあるが、どちらかと言えば数奇な運命を担う一人の男の娘に対する愛情というテーマの方が強く印象に残る。読み終えてタイトルの意味を知った時は切ない気持ちになった。 |
No.14 | 5点 | 疑惑- 松本清張 | 2022/09/16 08:25 |
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表題作である「疑惑」と「不運な名前」の中編2編が収録されている。
「疑惑」ある地方都市の秋の情景の中に、二人の主要人物を置いて、それを映像的に見つめていく描写で始まる。新聞記者と弁護士の対話の中から、「鬼塚球磨子」という特異な女性の存在と、彼女が起こしたという疑惑がもたれている事件の全体像が客観的に浮かび上がってくるという構成。そしてラストは、セミ・ドキュメンタリー形式で作られた、大胆不敵なスリルの盛り上げ方で突然終わりを迎える。 「不運な名前―藤田組贋札事件」ある男が、札幌から岩見沢にやってきて、タクシーに乗り月形というい町へ行く。そして樺戸刑務資料館という施設を見学する。そこへもう一人、女が入ってきて、さらにもう一人、男が傍若無人に乱入してくる。展示室にある関係文書や、その昔に囚徒たちが作った作品、あるいは掲げてある観音図などから熊坂長庵という名前の人物がクローズ・アップされ、やがて「藤田組贋札事件」なるものが浮上してくると、といったプロセスもなかなか息をのませる。ラストが、つつましやかな存在だったもう一人の女性の手紙によって締めくくられるという結末も意表をついている。 |
No.13 | 5点 | 駅路- 松本清張 | 2020/11/26 09:28 |
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10編からなる短編集。その中から3編の感想を。
「ある小官僚の抹殺」生身の人間の欲望や心理のディテールを描かずに、汚職事件の隠蔽構造を描くところに眼目がある。人間の顔の見えない殺人事件に組織の非情さと犠牲者の哀れさが彷彿とする。 「巻頭句の女」平野謙氏が「一人の女性が俳句をたしなむという事実は、一般にはありふれたことだ。しかし、この被害者の場合、わずかに俳句に思いを託するということは、いわば全人的な思いにほかならなかった。」というように、短編の作品構成が有効に働き、タイトルの「女」はひとことも語らないだけでなく登場もしないが、明瞭な人物形象を可能にしている。 「薄化粧の男」いわば深層心理を変わった人間に具象化することで、奇矯な人間たちが行動する心理を狙っている。結末も意外性があり作者の豊かな構成力をうかがわせる。 |
No.12 | 7点 | 黒地の絵- 松本清張 | 2020/06/14 10:30 |
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9編からなる短編集。新潮文庫版で読了。9編全て標準作以上で凡作はないという印象。その中から、3編の感想を。
「装飾評伝」岸田劉生をある程度モデルにしたという作者の言葉があるが、小説の主眼は、天才に圧倒された人間の畏怖と嫉妬が憎悪と復讐の念に変わるさまを描く点にある。陰湿な復讐それ自体を生の目的とせざるを得なくなった人間の姿が彷彿する。 「真贋の森」鑑定能力のない権威の実態を世間に晒す企みがどうなるかが読みどころ。犯罪者の語りで成るために謎解きの興味はないが、描写は陰影深く、動機にも迫力がある。真贋とは物に対する以前に、人間に対するものだという主題が底に響いている傑作。中野好夫氏は、この作品を日本美術界の閉鎖的アカデミズムに対する鋭い風刺の挑戦を試みたものと述べている。 「空白の意匠」弱い立場にある地方新聞の律儀な広告部長を主人公とし、決して彼自身の手落ちではない偶発的な、しかし新聞社には致命的なミスによって、彼の懸命な努力、奮闘にもかかわらず、哀れな結末に追い込まれていく過程が読ませる。結末も鮮やか。 |
No.11 | 4点 | 隠花の飾り- 松本清張 | 2019/09/30 01:35 |
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11編からなる短編集。三十枚という制約の中で書いたそうで、ただ三十枚でも百枚にも当てはまる内容のものをと志して書いたという意欲作。無駄を極力削ぎ落とし、内容を濃密にしようという心意気は、素晴らしいと思う。
「百円硬貨」は、プロットが引き締まり、簡潔でクールな前半の叙述と臨場感たっぷりの終盤の緻密な叙述の対比が鮮やか。 ただ、いわゆる不倫ものが多いが、作者お得意のドロドロとした愛憎劇というのは、影を潜めどうもあっさりとしている。晩年に書かれたそうだが、年を取ってそのような感性も鈍ってしまったのかなと感じた。また、全体としてアイデアも切れ味も不足という感は否めない。ミステリとしては弱いので、変わった味わいの小説として読むのが良いのかも知れない。 |
No.10 | 6点 | 強き蟻- 松本清張 | 2018/01/24 01:07 |
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夫の遺産を狙う女と彼女を取り巻く四人の男が入り乱れる物語。
自分の欲望を満たすためには、手段を選ばない女は男たちを手玉に取り、支配していく過程が読みどころ。欲望の激しさ、哀しさを冷たくリアルに見つめ作者らしいピカレスク小説に仕上がっている。 ただ利用される側が逆襲を図るラストは途中で想像出来てしまう点が残念。 |
No.9 | 5点 | アムステルダム運河殺人事件- 松本清張 | 2017/07/13 23:43 |
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1969年の中編2編を収録
表題作は実際に起きた事件をもとに作者が再構成し推理を加えた作品 被害者は行方不明の被害者なのかと前半はドキュメンタリー調に事件を紹介している 後半になると主人公と医者の二人組で現地で迷宮入り事件を再調査していく展開 「死体が首と手首を切断されたのは何故か」の意表を突く真相には驚かされる ただ作品の性質上仕方がないといえば仕方ないのだが盛り上がりに欠ける点は残念 セント・アンドリュースの事件はアリバイ工作には鮎川哲也氏の前例あるトリックと江戸川乱歩氏ばりのトリックが融合している |
No.8 | 5点 | 鬼畜- 松本清張 | 2017/03/29 12:38 |
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七編からなる短編集
前半四編が凡作で後半三編が佳作という印象 「甲府在番」は左遷に等しい甲府勤務を自ら望んだ男がある計画が思惑通りにいかず罠に嵌っていく恐怖が描かれている 時代物ミステリで真相が明らかになるにつれてホラー風に変わっていくところは読み応え十分 表題作の「鬼畜」は良心に苦しみながらも徐々に深みにはまっていく心理を丁寧に描き人間の弱さと恐ろしさを思い知らせてくれる作品 |
No.7 | 4点 | 黒い福音- 松本清張 | 2016/12/28 12:59 |
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序盤から200ページ付近までこれといった事件は発生しない
あるのは救援物資の横流しと麻薬の密輸の噂がチラホラであとは男女の色恋沙汰と退屈 また気に入らない点も多い 盗聴に気付くのが遅すぎるし最後の電話も内容が直接話法になっているのは倒叙法としておかしいし捜査当局の推測にした方が良かったはず また密輸品における運び屋の選択にも疑問が残るし麻薬と明かす必要は全くなかったと思う 最後も偶然が幸運一方に働いた点も不満 |
No.6 | 6点 | 告訴せず- 松本清張 | 2016/11/17 01:00 |
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不正な政治資金を持ち逃げした主人公はさらに資金を増やそうと日本古来の占いを信じ素人は手を出さない方が良いとされている小豆相場で賭けに出る
一方奪われた側も主人公に少しずつ恐怖を与え心理的に痛めつけ窮地に追い込んでいく様子が巧みに描かれて引き込まれる ただある人物の裏切りを感じさせるような描き方は駄目だったと思う そのため予想通りの展開に予想通りの結末と先が見えてしまった 落ち着くところに落ち着いた感じが残念 |
No.5 | 7点 | ゼロの焦点- 松本清張 | 2016/11/02 01:07 |
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推理小説としての読みどころは夫の失踪の謎と連続殺人事件の解明だが物語の焦点は
占領下の日本のある悲劇に絞られていく 北陸各地の風景描写の表現力の高さに驚くと共に純文学を思わせるような美しさまで覚える ミステリとしては弱いが文学として質の高さを感じる作品 タイトルは秀逸だと思う |
No.4 | 6点 | 影の車- 松本清張 | 2016/09/21 13:33 |
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七編からなる短編集
悪くは無いのだが作者の良さが出ているかといえば疑問が残る 得意の社会の暗部を抉るとかドロドロとした愛憎で緊迫感や駆け引きで 引きずり込んでほしかった トリックで驚かせようとかフーダニット・ハウダニットで楽しませるとかの 作品では無いのだからこの点が弱いと魅力が半減してしまう |
No.3 | 8点 | 眼の壁- 松本清張 | 2016/09/02 12:21 |
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実際にあった事件を元に描かれたのではないかと思わせるようなリアリティさがあり
引き込まれていく 主人公は背後にある悪の組織に危険を感じながら友人の新聞記者と共に詐欺の首謀者を追う 物語は東京・名古屋・美濃路へと急転していく 巧みな心理描写が冴えるサスペンスでリーダビリティも高くスラスラ読める 個人情報がダダ漏れしている点が現代では通用しないが古臭さは感じさせない 社会派小説が好きな方は是非読んで頂きたい一冊 |
No.2 | 6点 | 張込み- 松本清張 | 2016/06/23 01:14 |
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八編からなる短編集
社会や人間の暗部をえぐる社会派小説で全体的に重苦しい雰囲気が漂っている 派手なトリックや謎解きの楽しみは無いが犯罪に走る人間の心理と動機が 丁寧に描かれている 「黒い画集」に比べると小粒な印象 |
No.1 | 8点 | 黒い画集- 松本清張 | 2016/06/15 01:06 |
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七編からなる中短編集
結末があっさりしすぎているとか途中で真相に気付いてしまったという作品もあるが 全体的には完成度は高い その中でも傑作と思った作品を紹介 「遭難」・・・お互い落ち着いた口調でありながら腹の探り合いの心理戦が 楽しめる 追及する者とされる者とのやり取りからスケールの大きな犯罪計画 の輪郭が少しづつ明らかになっていく 結末も素晴らしい 「紐」・・・事件の構図が二転三転し最後の一ページで思いがけない人物の 悪意が浮上する凝った本格ミステリ |