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クリスティ再読さん
平均点: 6.40点 書評数: 1325件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.185 4点 学校の殺人- ジェームズ・ヒルトン 2017/03/23 23:16
メモによると昔読んだはずだが...今回読んでみて、全然思い出せない。まあミステリとしては地味なものだし、戦前の大ベストセラー作家ヒルトンにしても、小説としてキャッチーなところはほとんどない。全体的にはそう悪くはないが凡作、という感じ。後半の恋愛&スリラー風描写とか、冒険小説風のセンスかなぁ。それにしても1930年代にしては、小説的内容が古めかしいようにも感じるな。
たとえばクラシック音楽の歴史とか見ても、ジャンル立ち上がりの時点での大人の事情とか関係者の人間関係が、古典レパートリーのかたちで化石化して定着してる..なんてことに遭遇することがあるが、本作もそういうところがあるように感じる。「鎧なき騎士」「心の旅路」「チップス先生さようなら」の大ベストセラー作家ヒルトンが書いたミステリ!、って戦前ならジャンルの宣伝にもなったわけだしね....

No.184 7点 メグストン計画- アンドリュウ・ガーヴ 2017/03/19 17:14
1950年代ってのは、パズラーは時代遅れだし、ハードボイルドも大衆化しちゃって拡散しているし、スパイ小説のビッグウェーブはまだ少し先..と谷間のちょっと難しい時期(その代わりSFが黄金期。本作の訳者は「SFの鬼」福島正美だ。ポケミスでのガーヴ紹介はどうやら福島正実が力を入れていたようだ)だったわけだけど、いろいろとジャンルミックスとかあって面白い作品は面白かったわけである。そういう50年代ならではの面白作品の定番として、挙げる人が多いのがガーヴの本作と「ギャラウェイ事件」という印象がある。
本作はガーヴお得意の悪女+海洋冒険小説+コンゲームというジャンルミックスで、鉄板の面白さを誇る。久々再読したけど、ツルツルと読めること読めること、あっという間に読了。ストーリーテリングのうまさは天性で、ノンストップで楽しめるタイプの作品。
ガーヴは面白いけど、今は出版に恵まれない(本作もポケミスで出たきり。再版はある)のは、やはり日本のミステリファンの過剰なジャンル意識によるもののような気がする(「ヒルダ」が文庫で何度も出てるのは「ミステリらしい」からね、あれは)。ジャンルミックスでジャンルを決めづらい作品ってどうも不利なんだね。

No.183 1点 最後の女- エラリイ・クイーン 2017/03/19 11:05
ごめん評者は本作はちょっと許せない。
本作の真相は現在書いたらアウトだし、1970年という出版年時点で考えてもアウトだと思う。まあけど、それは偏見ベースの知識の不正確さ、という点なので、今から指摘する点を別にすれば、老大家の時代遅れ...というくらいで寛恕すべきなのかもしれないんだけどね。しかし、本作の問題点はある意味、社会派ネタのパズラーというものの軽薄で軽率な内実に起因するものでもあるので、そこらもちょっと指摘したいと思う。

(なので、今から盛大にネタバレます)
ダイイングメッセージが今となってはバレバレなのはご愛敬。現在だと差別的なニュアンスが強くて、好まれない表現ではあるけどね。問題の部分というのは、同性愛・女装趣味・トランスジェンダーの3つのセクシャル・マイノリティの属性は、現在それぞれ独立の問題だ、とされていることである(また親の躾を原因とする見方はほぼ否定されている)。この3カテゴリをごっちゃにした犯人像は、ありそうにもない。また、一番殺人の動機に近い部分の同性愛感情でいえば、被害者に迫るのに女装する必要性はまったくない、というか完全に逆効果だよ...
なので、本作のセクマイ描写は、ちゃんとした取材や知見に基づいたものというよりも、偏見ベースのステロタイプだと結論していい。
なので、このネタをパズラーの真相として使うとなると、「こんなに奇妙な人が世の中にはいるんですね~~」という軽薄なモノシリ自慢にしかならない。真相解明でエラリイが聞き手の父にいろいろ知識披露するけども、向こうは現職のニューヨークのベテラン警官だよ...世の中のウラ側に対する知識を講釈するのは釈迦に説法というものだ。実際、69年のニューヨークで起きたストーンウォール事件では、警官とゲイバーの客が衝突して暴動になったわけで、クイーン警視なんてある意味当事者(!)なんだよ。
社会派ネタはすぐに古びたり陳腐化したり、扱いが結果として差別的になったりいろいろややこしい。パズラーでは真相として最後まで秘密にしておかなければいけないから、ちゃんとした内容の展開もできないわけで、どうしてもネタ扱いの軽薄さでしか扱えないことになる。これはパズラーの宿命みたいなもの、でしかないのかな?
クリスティでも評者は「愛国殺人」が許せなくて1点にしたけど、クイーンも本作を1点とします。まあこういう面でダメになるのは、ある意味クイーンらしいかもしれないね。ちなみにゲイコミュニティ内の殺人を扱ったタッカー・コウ(D.E.ウェストレイクの別名義)「刑事くずれ 牡羊座の凶運」は翌1971年に出ていて、この作品ではちゃんとした取材の跡が見えて差別的な部分もほぼない(ごめん「ある奇妙な死」(1966)は読めてない)。

No.182 6点 - エラリイ・クイーン 2017/03/13 22:28
評者、最近読んでたクイーンは代作物が多かったのだが、今回この作品はリーの復帰作である。特殊な容貌を持つセルマ・ピルターの描写など、リーらしい凝ったもので「あ、リーの文章!」と感じられるあたりが何かいい。まあ「三角形の第四辺」とか読むと「大丈夫かダネイ?」と評者なぞでも思うくらいだから、さぞかしリーは気がもめたことだろう...というわけで、本作は若干持ち直す。小ぶりだけど最終期のクイーンでは結構いい作品だと思う。
ダイイングメッセージもの、と紹介されることが多いけど、中盤でこのメッセージは解読されるので、あまりポイントが大きいという印象はない。とはいえ、オ●●●ヴを考えると「こういうメッセージ」と一義的に決めることができないので、無理筋だと評者は思う。ダイイングメッセージってよく考えると、暗号じゃなくてその本質は「明号」だね。一見わからないけど、見方をちょっと変えれば「誰にでもわかる」ものじゃないといけない...難しいよね(明号的性格は本作とつながる「最後の女」の方が明白)。
本作がイイのは、最終盤で真相が解ったエラリイがウジウジと悩みに悩むあたり。エラリイのある意味誤解した告発が、犯人による心情の告白もあって「告発が正しいのか?」とエラリイも自身を省みて落ち込む...というドラマが最後に待っている。一応これが後期クイーン的問題の、最終的な作家的な決着みたいな内容があるように思う。「偉くない名探偵」という独自な造形になっているんじゃないかな。
7点でもいいか...とも思わなくもなかったけど、ダイイングメッセージが疑問なので1点落として6点、とします。

No.181 9点 雪は汚れていた- ジョルジュ・シムノン 2017/03/05 23:23
あれ、本作まだ書評がないんだね。たぶん本作がシムノンで一番ヘヴィな作品じゃないかな...でもジッドが絶賛したことで有名な、文学的、という面でのシムノンの代表作になる。
ドイツ占領下の地方都市で、19歳のフランクは占領軍黙認の酒場にドクロを巻く不良青年である。母のロッテは占領軍の軍人も贔屓にする売春宿の主人で、フランクも隣人たちに恐れられ卑しめられるようなものを持っていた...ほとんどマトモな理由もなく、占領軍の下士官を殺害してピストルを奪う。その現場を通りかかった隣人の電車の運転手ホルストに、フランクは自分の行為を知らしめたかった...
本作は言ってみれば、「悪のレジスタンス小説」である。映画「抵抗」だとか「影の軍隊」だとか、フランス映画だと対独レジスタンス活動に題材をとった作品がいろいろあって、本作はそういうレジスタンスの活動にヒントを得ている。しかし本作の主人公フランクの「抵抗」は運命に対するそれである。占領当局に捕まって初めて抵抗するわけではなく、そもそも彼の犯罪(下士官殺しのほか、押し込み強盗殺人など結構凶悪)さえも、運命に対する彼の抵抗としての犯罪なのだ。愛さえもフランクは辱めようとして、彼が愛するホルストの娘シシイを、悪事の仲間に凌辱させようとする...その様は「神を試す」かのようでもある。
評者昔本作を読みたくて、図書館で探したところ「キリスト教文学の世界(主婦の友社)」でこれが収録されていて読んだのが、初読だった。占領軍の「主任」に尋問される様は、たとえばドストエフスキーの「大審問官」やオーウェルの「1984年」、カフカの「審判」などキリスト教ベースの西欧文学の伝統につながり、それを「悪の立場」にアレンジしたものだと見ることができるだろう。シムノンで言えば「男の首」のラディックの犯罪とその「捕まりたい」という衝動を、別な舞台で書き直したものだという見方もできるかな。
シムノンは形而下の問題と同じ手つきで魂を扱う懐の深さを持っているから、メグレ物とロマンの違い、というのも実はささいなアプローチの違いに過ぎないのかもしれない。ヘヴィだけどシムノンが好きなら本作は絶対に外せない。

No.180 6点 ねずみとり- アガサ・クリスティー 2017/03/05 22:40
「愛の探偵たち」に所収の本作の原型の小説「三匹の盲目のねずみ」も一緒に論じる。
まあ皆さん「何でこれが?」というご意見が多いようだ。そう言いたいのはわかるけど、小説「三匹の~」を読んでいてさえ、「これ芝居だよね?」という雰囲気が濃厚なのである。人の出し入れとか実に演劇的なのだ。まあ本当はさらに原型のラジオドラマ版があるようで、順番的には、
ラジオドラマ -> 小説 -> 戯曲
となるわけだ。なのでたぶん小説の構成もラジオドラマから大きく変わっているものではなかろう。
で戯曲は小説にさらにキャラを一人追加しており、小説ではできても舞台ではやりづらいモリーの心理描写を助ける役割がある。本作のポイントは「人物をよくわかっている、と思っている身近なひとでも本当にその人を分かっているの?」という不安なんだよね。クリスティっていうと旅先みたいな「出会う人すべて身元が?」な環境をよくテーマにして、人間関係の逆転劇を仕込むわけだし、このテーマを突き詰めた「春にして君を離れ」みたいな傑作もあるわけで、「見知らぬ身近な人」というのはクリスティの固有テーマの一つである。それをうまくサスペンス劇に仕込んだのがこの「ねずみとり」のわけだ。クライマックスに犯行再現をもってくるとか、サスペンス劇としては実にソツなくできている。舞台効果をクリスティ、よく分かって書いてるから上演したのを見たら面白いだろうね。っていうか、パズラーを芝居でやろうなんて、そういうムリなことをクリスティ考えもしていないだろうよ....
評者に言わせると、クリスティだからって何でもかんでもパズラーで読んでやろう、というのが無理筋だと思うよ。馬は馬なり、人は人なり、っていうじゃない?
(あ、あと口笛を吹く犯人って元ネタはフリッツ・ラングの「M」だな)

No.179 4点 愛の探偵たち- アガサ・クリスティー 2017/03/05 22:16
本作品集は戯曲「ねずみとり」のベースになった「三匹の盲目のねずみ」を別にすると、マープル4作、ポアロ2作、クィン氏1作になるけども、まあどれもこれも大した作品じゃない。どっちか言えば「没トラック集」という雰囲気である。本質が短編作家じゃないクリスティの場合、短編集の作家的位置づけが難しいな...
この中で一番読ませる「三匹の盲目のねずみ」でさえ、ミステリとしては説得力があまりなくて、ミステリ短編としては今一つである(まあ、詳細は「ねずみとり」でツッコむが)。要するに短編だとクリスティの論理性の弱さが目立ってしまって、真相が恣意的に見えるんだよね。これが長編だとキャラの性格に真相をうまく埋め込んで説得力を出すのが、クリスティの得意技なんだけども、短編だとなかなか難しい。
まあ筆者としてもここらは消化試合という感じ。まだもう少しだけクリスティは残っているが...

No.178 7点 刑事くずれ- タッカー・コウ 2017/03/05 22:00
このシリーズはハードボイルドとパズラーをうまく融合するという、できそうでできないことをやってのけて、ウェストレイクの才人ぶりを見せつけたものだが、本作はその第1作。ミッチの屈折した造形(絶賛引きこもり中だよ..ミッチ制作中のレンガの壁はATフィールド!)や、本作の舞台であるマフィアのファミリーがハードボイルド要素だが、パズラー要素も、ミスディレクションがよく利いていて「ストーリーテリングによる見えない人」(話の中でちょっとだけチェスタートン「見えない人」に触れている)だったりするという凝り具合である。クリスティ流の人間関係の偽装とかあって、パズラーとしても相当のものであるが、松本清張の某作も連想するな...
今回面白かったのは、本作結構ユーモアが利いていることだ。まあファミリー内部の殺人を解明するために、元刑事を雇って解明に当たらせる(そりゃファミリーの秘密を警察に明かすわけにはいかない!これ本当にウマい仕掛けだ...)という設定自体アイロニカルなものだが、マフィアに雇われるのをためらう主人公ミッチに対して

びくびくせんでくれ、ミスター・トビン。だれもあんたの童貞を奪おうというんじゃない

と依頼主が声をかけるとか、思わず吹き出すような描写が結構、ある。さすが、ユーモア・ハードボイルドで名を成した作者である(まあ控えめだけどね)。

No.177 9点 インターコムの陰謀- エリック・アンブラー 2017/03/05 21:43
評者の見るところ、本作は「ディミトリオスの棺」を上回る出来である。アンブラーでも代表作級と言っていい。「ディミトリオス」で主人公を務めたチャールズ・ラティマーが再登場するが、あまりキャラの連続性は感じられないわけで、シリーズもの、という感じではない。
本作のテーマは、情報をめぐるアナーキズムである。アンブラーが今生きてたら、絶対ウィキリークスを題材に選んでたろうね...スパイ戦は国家によって厳格に管理された非正規戦だ..というイメージを、スパイ小説とか映画によって刷り込まれているわけだけども、その間隙を縫って小国のスパイ戦担当者によるアナーキーな「私利私欲のためのゲリラ戦」が可能である、というちょっとした逆説が直接的な題材になっている。
ジュネーブで発行される「噂の真相」的なトンデモ系政治情報誌インターコムが、突如NATOや東側の軍事機密をダダ漏れにさせた「正しい」情報を垂れ流すようになったため、CIAもKGBも右往左往。この情報は謎の新社主から流れてくるらしい...その狙いは?という話だが、インターコムの編集者である主人公カーターの反骨っぷりも楽しい。KGB・CIAにイジメられればイジメられるほどファイトを燃やし、問題を紛糾させていく....
叙述はこのカーターと、これを題材としたドキュメンタリ小説を書こうとしたラティマーの間の書簡やラティマーによる関係者のインタビューなどを構成した格好になっており、これの臨場感が半端ない(叙述トリック未満の仕掛けもある...)。まあ本作は「真相の完全解明がないミステリ」の例としてよく引かれる作品なんだが、スパイ小説だったら「真相が闇の奥に消えていく」のは完全にアリだ。最後にカーターはラティマー失踪の真相を、目的を達した黒幕に聞くのだが、なぜラティマーが死ななければいけなかったのか、もどちらか言えば恣意的な理由のようだ。というわけで、本作のリアリズムは「小説のお約束」が嘘にしか見えないようなレベルに達している。
リアルかつアナーキーな視点をスパイ小説に持ち込み、キレイごとではない業の深さを感じさせる傑作である。が...ひょっとして、本作の出版自体が、ラティマーの背後に身を隠した作者アンブラーの仕掛では?というメタな読みも可能かもしれない(ヨミスギww)。

No.176 6点 反乱- エリオット・リード 2017/02/27 23:42
エリオット・リードという名前は、スパイ小説の巨匠、エリック・アンブラーがチャールズ・ロッダという大衆作家と組んで書いているスパイ小説の名義(書かれたのは1950年~1957年の計5作)である。アンブラー本人名義のものって渋苦いアイロニーが味の決め手だけど、リード名義はエンタメ寄り。難解さはなくて読みやすい。まあその分薄味だけど、それでも本作あたり、アンブラーの得意な東欧の社会主義圏の小国のお国柄みたいなテイストはよく出る。
本作はリード名義の4作目。東欧の小国の支局に赴任したアメリカ人の新聞記者バートンは、秘書となったヒロイン・アンナに魅かれるが、アンナとその父マラス教授と、それをとりまくレジスタンス人脈が、現在の大統領をはじめとする政府側と、反政府勢力に分解して不穏な雰囲気が流れていた...バートンはアンナの亡命計画を練るが、亡命したと見せかけて国内に潜伏していた元支局の寄稿記者が、オペラハウスで大統領を暗殺しクーデターが始まる。しかしクーデターは失敗に終わり、警察の追及をかいぐぐり、アンナの亡命計画は実行できるのか? といった派手な話である。
冷戦まっただなかに書かれた作品だが、アンブラーはイデオロギー的にまったく中立に書いている。特にリベラルな反政府側に肩入れするところもなく、クーデターも計画が粗雑で失敗が目に見えるようなものでしかない。主人公たちを監視する警察の長官のセスニクが、コミカルだが食えないキャラ。こういうキャラがアンブラーらしい。
アンブラー本筋のアイロニーはないけども、ウェルメイドなエンタメである。悪くない。

No.175 3点 三角形の第四辺- エラリイ・クイーン 2017/02/26 09:47
確か横溝正史だったと思うけど、作家の実力は最高傑作と同様に最低の作品によっても推し量れる...なんてことを言っていた記憶があるが、本作あたりがクイーン正典の中での最低作くらいになるんだろうね。執筆はリーじゃなくて何作かライターをするデイヴィッドスン。
実は本作、小説としてはそう悪くないし、次々と焦点の当たる容疑者が切り替わる構成(まあ裁判モノにしちゃうと捜査当局に軽率感が出るので?だが)も悪いわけじゃない。なのでデイヴィッドスン頑張ってる感はある。問題は、ダネイが担当したはずの謎解き部分である。
被害者が現時点で付き合っていた男の名前がわかれば、それがすなわち犯人だ、というのはいかにも論理が飛躍しすぎているわけで、そりゃ「なぞなぞ」だよ。まあそれだけならともかく、ひっくり返した真相は、被害者視点での犯行描写から推し量られるタイムテーブルと整合性がない(来訪者多すぎで時間的余裕がない。パズラーで神視点3人称はあまり宜しくないように評者は思う...)。さらに悪いのは、エラリーの推理のベースになった証拠が最後に何の伏線もなくひっくり返される(おい!)...というわけで、本作の戦犯は全面的にダネイである。
とはいえ、クリスティの最低作である「ビッグ4」とか「フランクフルトへの乗客」だとホント小説の態をなしてないから、クイーンは「最低作でもまあ読めるからマシ」ということか。

No.174 8点 ディミトリオスの棺- エリック・アンブラー 2017/02/23 22:54
本作を読むと、アンブラ―という作家は、たとえばオーウェルとかマルローの同時代人、という印象を強く受けるのだ。この1900年~1910年くらいまでの生まれの西洋人というのは、ソビエトのプロパガンダの洗礼を、青春の多感な時期に受けた世代なんだよね。コミュニズムへの共感を底流に持ちながらも、それが独ソ不可侵条約やスペイン戦争を通じて裏切られた思いを持ち続ける...そういう世代の作家として、アンブラーはスパイ小説に登場したわけだ。もちろんグレアム・グリーンも(面白いことにイアン・フレミングも)同じ世代に属するのと同時に、キム・フィルビーのようなリアル・スパイさえも同じ世代になる(さらに言えば、アンブラーやグリーンの作品を好んで映画化した監督たちも、赤狩りにひっかかった世代で同世代になる)。というわけで、この1900~1910年生まれの世代は「スパイの世代」なのだ。
本作のアンチヒーローであるディミトリオスは、第一次大戦後の混乱した東欧の中で、交錯する各種政治勢力の合間を縫うかのように、悪のキャリアを積んでいく。非情に利用し、利用されるのがアウトローの世界だとはいえ、その活動のバックにはそういう国際政治が強く絡みついているために、ディミトリオスの営業活動には「スパイ」も含まれる...決して荒唐無稽な悪の秘密結社でも、非政治的なギャングでもなく、リアルな政治も一つの道具であるような「悪」である。この小説のポイントはストーリーでもプロットでも何でもなくて、このディミトリオスの肖像そのものなのだ。「20世紀的な悪」のイメージをこのディミトリオスの姿として結晶できたことが、この作品の価値であろう。
(...じゃあ日本だと?面白いことにアンブラーと松本清張は同い年(1909年)生まれである。本作とかアンブラーの「けものみち」かもね。)

No.173 8点 プレイバック- レイモンド・チャンドラー 2017/02/23 22:14
皆さんは「長いお別れ」みたいなものを...で期待して本作を読んで、「マーロウかっこよくないじゃん」とがっかりするのが定番の流れなのだが、評者実は本作が好きなのだ。
というのは、ハードボイルドって客観描写、というのが通り相場なんだが、本作の描写って表には出ないが、マーロウの主観で強く染め上げられているように感じるのだ(まあチャンドラー特有のロマンティシズム、って言われるのもその表れではあるが)。バルコニーの死体はあったのか、なかったのか。マーロウは弁護士に雇われてベティを監視しているのか?ベティはマーロウを雇ったのか?関係者の女性とお約束のように寝るマーロウは女に強いのかダラシがないのか?などなど、ハードボイルドないろいろな要素がどれもこれも宙ぶらりんのかたちで保留されている...という異常なハードボイルド小説なのである。評者なんぞ本作を「幻想のハードボイルド」と呼びたいくらいである。
とはいえ、本作はたぶん、「長いお別れ」でもウェイド夫妻の話あたりからつながっている話である(リンダのラストシーンがどうこうではなくて)。マーロウは「私立探偵」というよりも、「有料トモダチ」とでもいったところの立場をとらざるを得なくなっている。tider-tiger さんが引用しているジャヴォーネンとの会話の別な部分だが、ホテルの探偵ジャヴォーネンが「私はホテルを守ろうとしている。君はだれを守ろうとしているんだ」に対するマーロウの答えは

いまだにわからない。どきどき、はっきりわかるときもあるが、どうして守っていいかわからない。ただ、うろつきまわって、他人に迷惑をかけている。ときどき、ぼくはこんな仕事をする人間じゃないと思うことがある

という具合。これはマーロウの警句、といったものでは決してなくて、何をしているのかよくわからなくなって立ちすくむ男の正直な述懐というものであろう。そのようなアイデンティティへの懐疑と不安が本作の通奏低音に流れている...だからこそ、

部屋のなかには音楽がみちみちていた

で終わるこの小説の「音楽」とはマーロウの「意識」そのものなのだ。

No.172 6点 緋文字- エラリイ・クイーン 2017/02/12 22:46
まず本作が、ホーソンの「緋文字」を読んでいないと、何か面白味を味わい損ねる?という疑問について。評者は両方未読だったのを幸いに、今回はホーソンのを読んでから、クイーンを読むという趣向である。結論は「ほぼ関係なし」。ホーソンは読まなくても全然オッケー。それでもホーソンは独特の絵画的な才能があるし、キャラは独自で面白く、読んで損になるような小説ではないから、御用とお急ぎでないなら読むのもよろしかろう。
クイーンの本作だが...これホントにクイーンっぽくない小説だ。クイーン世界での立ち位置が一定しないニッキーが大活躍して秘書というか恋人?をほのめかす描写さえある(抱きかかえて運ぶんだよ)。エラリイがMWAの会合に出てたり、EQMMの投稿を読んだり...と、他作ではあまりない、エラリイとクイーンを同一視する描写があったり、エラリイが尾行するどころか、殴り・殴られる描写まである。他の作品で暗黙のタブーになってることを、平気でやっているような例外的な小説だ。これは本当に空想レベルの憶測だが、プロット=ダネイ、執筆=リーというのがクイーンの合作の定法だというが、本作は役割を試しに逆にしたのかも?と考えてみたがどうだろうか...
本作ではエラリイが行動的で、ハードボイルドみたいなものだ。そこら結構新鮮で評者とか面白く読んでたよ。クイーンだからま、タダでは済まないだろうね、と思ってた... ダイイングメッセージは英語の洒落みたいなものを知らないとダメだから、日本人はちょっと無理か。血文字だから「緋文字」と洒落たわけで、ホーソンのそれとは不倫の内容からしても共通点はほぼなきに等しい。クイーンは The Scarlet Letters で複数形だが、ホーソンではヒロインが生涯付けることを強制された姦通を示す「A」の文字を示すから当然単数形で、あまり混同の余地はないように思うよ。ホーソンのそれをミスディレクションに...というのは、ヨミ過ぎじゃない?
真相はまあ無理のないリアルなもの。そこらもクイーン流のハードボイルド?って感じ。評者意外なことの連続でびっくりしてるが、印象はいい。
(ややネタばれ)
っていうけどさ、そう重要な見地じゃないから言っちゃうけど、ホーソンのそれとクイーンのそれと、それぞれある人物から見た真相の骨格がほぼ同じなんだ...そういうのはミスディレクションと呼ばないように思うんだがねぇ。

No.171 6点 緊急深夜版- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/02/07 22:38
社会派かハードボイルドかを二択で考えたら、本作とか社会派だろうね。マッギヴァーンって文章はいわゆるハードボイルド文じゃないし...で、当初ありがちな社会派、腐敗した市政と黒幕vs新聞記者という話で読んでいた。まあ社会派とはいってもね、「スミス都へ行く」くらいの感じの汚職+腐敗で、松本清張のリアリズム感には程遠い。
だけどね、実は本作、ラストが非常に盛り上がるのだ。編集長カーシュと主人公の記者ターレルとの関係が、職場の上司と部下という関係を越えて、擬制的な父子っぽい情愛があるにも関わらず....というあたりで、最終的な真相の暴露と編集長の職業倫理によるケジメのつけ方が感動的である。こういう感じでドラマを作るとは思ってなかったな(本作は初読)。

君の心のなかにある人物像を再建しようと思ってな....

自分の悪事を暴かれても、人はそれほど「悪く」なれるものではない。人間の善悪で振れるその振幅の中に、ドラマをうまく組み込むマッギヴァーンの職人技を味わうのがいいだろう。

No.170 5点 真鍮の家- エラリイ・クイーン 2017/02/04 12:28
奇人の老大金持ちの「真鍮の家」に集められた6人の男女。それはこの老人の遺産600万ドルを誰に与えるか、を決めようとする試験だった...集められた男女の身元と選ばれた真の目的は?遺産はどこに隠されているか?老人を襲撃&殺害したのはだれか??
というわけで、プロットは「おっ」となるくらいにキャッチー。エラリイじゃなくて父親の警視(退職後)が、遺産のありかをめぐっていろいろアクティブに推理&駆け引きしていくのも、興味深く読める。エラリーみたいに名探偵の色が付きすぎているキャラっていうのは、意外にアクティブに動かしにくいものだから、これは好判断だと思う。というわけで、こりゃ「いい作品では?」と思わなくもない。けどね、一応のオチが付いたあと最終章で、家に戻るとエラリイがいて、安楽椅子で真相を推理、という仕掛けになっているんだけど....これがちょいと無理があったようだ。やはり「奇人の遺産はどこに?」ってテーマで「イズレイル・ガウの誉れ」を越えるのは難しい気がするなぁ。

(大したことではないですが少しバレます)
最後にエラリイがいろいろ解きあかすけど、面白い殺人の真相か、というとそうでもない(まあこれはよい)。本作は結構いろいろな謎があるんだけど、6人は老人の隠し子だったのか?それとも復讐対象だったのか?600万ドルの遺産はどこにいったのか?とかオチのうまくついていない要素が目立つようだ。
なので頑張って引っ張ったわりに、がっかり感を否定できない。「マルタの鷹」なら石膏の模型でもいいんだけどね。やはり「愚者の金」が「ほんものの金」に、「ほんものの金」が「真鍮」に転化するようなスペクタクルを期待してしまうのは、読者のさがというものだ...

No.169 7点 クランシー・ロス無頼控- リチャード・デミング 2017/02/01 22:55
どうせ通俗ハードボイルドを読むんなら、おもいっきしマンガみたいなのがいいよ。本作だったらどうだ、クランシー・ロス、人気ナイトクラブの経営者で、女に強いがヤクザにも強い。町のボスの風下に立たない一本独鈷で男前、会う女会う女に惚れられるが絶対本人は惚れず全部遊びで、殺し屋に背後から襲われても切り抜けるスゴ腕...とくればまあ、完璧超人である。「陶器を思わせるブルーの瞳」とか「左のあごを走るほそい傷あと」とか、こういうクリシェと唯一の乾分サム・ブラックをお供に大活躍。「トラブルは俺の商売だ」とでも言いたいくらいにトラブルの方がクランシーにご執心で、基本巻き込まれ型である。
ま、アタマを空っぽにして読む娯楽小説としては、クランシーがカッコよければそれでよし。そういう面では大の合格点。「酔いどれ探偵町を行く」もそうだけど、本作も訳者の山下諭一が、翻訳というよりもローカライゼーションって感じのいい売り方をしていて、これが成功している。「無頼控」ってタイトルからして柴錬インスパイアなんだし、最初の短編も原題が「The War」なのが「おれのお礼は倍返し」になる..というこういう翻訳を超えたウリな感じが「いい時代だったね!」という感じで何がうれしい。駄菓子って言えばホントに駄菓子で、

このお女性も、この部屋には何度も出たり入ったりしているはずだぜ。びっくり箱のお人形みたいね。

「お女性」って言い回しに下品な味があって実にイイ。

No.168 5点 ここにも不幸なものがいる- エドガー・ラストガーテン 2017/01/29 22:28
本作は「ジャック・ザ・リッパー物」の一つでわりと有名な作品(あとはどうだ、ローンズの「下宿人」?これはヒッチの映画がある)。ただし、ミステリ、というよりも実録風の小説である。
残虐な殺し方をされた娼婦の事件の犯人として、娼婦と付き合っていた妻子持ちの男が逮捕され裁判にかけられるが、この男の妙な道徳的なこだわりとか、状況の偶然とか、無実を証拠立てることのできる証人に後ろ暗いところがあって黙るとか...いろいろ悪条件が重なった末、無実の罪で男は処刑されてしまう。しかし、処刑当日に真犯人からの手紙が...で、かなり後味の悪い作品である。
あまり謎解き的な興味はないし、真犯人の人間像も最後まで不明のまま。再度の犯行をイメージする場面で終わる。小説としては結構読ませるが、ミステリか、というと怪しい。どっちかいうと、タイトルのカッコよさに魅かれて読んだけどね。

No.167 8点 サン・フォリアン寺院の首吊人- ジョルジュ・シムノン 2017/01/29 22:09
本作は特に日本人好みのせいか、いろいろと影響絶大な作品なんだけど、あれ、昔角川文庫で出てたっきりで、現在入手困難な本みたいだ...これ本当にもったいないよ。シムノンはファンは厚いから、数がハケて損しないと思うんだけどな(角川の水谷準の訳は格調も高く、読みやすいイイ訳だが、論創社から新訳で出るうわさがあるようだ)。
影響は、というと乱歩はこれを翻案して「幽鬼の塔」にしているし、本作の冒頭を角田喜久雄は複数作品でパクってるし...で近いところだと「マークスの山」が本作をイタダキしていて鼻白んだオボエがある。そのくらい日本人好みの、「無残な青春」の話である。
がまあ、今の若い人が読めば「黒歴史」な話でもある...昔っからこういうの、あるんだよ。まあ評者だとわが身を顧みてあまり他人様のこと言えない立場にあるから、まさに身の置き場もないな。本作の一番悲惨な自殺者のように、恐喝した金を一銭も使わずすべて燃やし尽くして、元の仲間を夢に強引に縛り付けようとする...そういう立場にはならずに済んだことを、感謝したいくらいのものである。
そんな無残な夢のかたみに。

No.166 7点 酔いどれ探偵街を行く- カート・キャノン 2017/01/29 21:46
tider-tiger さんが書いてるのを読んで、ついつい読みたくなって取り上げる。どっちか言えば都会的で小洒落たエンタメって感じで、応用されたハードボイルドって感じなので、一般に「通俗ハードボイルド」なんて言い方をされる作品なんだけど、言ってみりゃこういうの、50年代60年代にワンサとあるわけだよ。
でもその中で、本作とか、あるいはそのうち取り上げるけど「クランシーロス無頼控」とかは、とくに訳者がその世界にほれ込んで、若干ナニワブシまで混ぜ込んで、実に印象的なかたちで日本の読者に紹介した...という言ってみれば「翻訳小説の幸せな時代」の「海外エンタメらしいエンタメ小説」なんだよね。どっちか言うとそういうノスタルジーを評者とか感じてハマるのだ。
本作の仕掛人はいうまでもなく才人都筑道夫。都筑=ハンターのタッグのイイ感じを楽しめばオッケー。The Beatings が「町には拳固の雨がふる」に、I like 'em Tough(俺はタフな奴らが好きだ、くらいか)が「酔いどれ探偵町を行く」に訳される、そういうセピア色の娯楽の至福。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.40点   採点数: 1325件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(98)
アガサ・クリスティー(97)
エラリイ・クイーン(45)
ジョン・ディクスン・カー(31)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(24)
アンドリュウ・ガーヴ(18)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(17)
エリック・アンブラー(17)
アーサー・コナン・ドイル(16)