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斎藤警部さん
平均点: 6.69点 書評数: 1357件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.897 7点 ひげのある男たち- 結城昌治 2019/07/30 19:30
「わかりやすく言いますと・・・・・・変なふうに妙なのです」

本作のユーモアはけっこう本気で笑えました。 ごちゃごちゃしてるようで意外とすっきり、ストーリー展開が楽にきちんと見渡せる感じも良い。 露骨にラインマーカー引かれた感じの”明瞭過ぎる手型”の機微がもう少しロジックの四角いリングの中で暴れてくれてもよかったが、、不満とする程でもない。そしてこの大胆不敵な凶器の隠し場所。。あんまり言うとネタバレになるが。。犯人の属性を(作者も、犯人も)最大限に活かした意外性煌めく大型トリックですね! 本作での“ひげ”の現れようを、たとえば某”トランク”や某”樽”の動きのような複雑な意味深さを持たせて操作してみたら、、なんて思わなくもないですが。。

そしてこの締め台詞! ユーモラスな味のあるミステリ、じゃなくて、もうジャンルとして明瞭にユーモアミステリの流儀。それでいてなお本格!!やったね結城昌治!! アリバイに使われた旧いアメリカ映画 「犯人は誰だ」って、ググってみたら本当にあるんですよ(笑)!

ところで私が本作を読んでいて無意識に感じていたちょっとした違和感、その正体はどうやら、こうさんの書かれている
> 登場人物のみが犯人になりうることが大前提となっているのが不自然で
のあたりらしいですな。

本作で結城氏は故意に翻訳調の文体を狙っており、その目的はこの独特の妙にユーモラスな間(ま)を醸し出す事だった、という説もある様です。 (あれ、それって文庫巻末解説に書いてたんだっけ、忘れちゃった)

No.896 7点 臨場- 横山秀夫 2019/07/15 12:54
連城スピリットが垣間見える短篇連作。各話の主人公が異なるせいか、出だしで素敵な違和感を発散する例が多く魅力的。趣向を適度に凝らした各話の構成も訴求力高し。舞台は地方の田舎町(であることが実はミソなんだが、その割に所々田舎より都会の空気が匂ってしまっている。惜しい所)。 通しの裏主人公、”終身検視官”倉石警視(捜査一課調査官)の存在感屹立がとにかく凄い。


「赤い名刺」    7点
”どうしてバレたんでしょうか?”の小ネタ一発からここまで大仰な人間ドラマをでっち上げた、ってんじゃないでしょうね?でもドラマ面のサスペンスは実に迫るものがあり満足。まさかの犯人像も、主人公のナニしたナニに引っ掛けてそのトゥーマッチ意外性(アンフェアと感じさせること)を回避、このやり口が巧い。 

「眼前の密室」    8点
密室トリックは。。。犯罪実行に当たっての切実性と、あまりに意外な犯人設定とよく結び付き、更にはパズルとしても興味津々。冒頭シーンの「なんじゃこりゃ?」感もなかなか引き付ける。悪くないね。 

「鉢植えの女」    8点
安っぽさ×2と重さ×3でバランスは取れた。 ただ、やっぱあのダイイングメッセージ(はっぴいえんどの有名曲を思い出す)には、頭に’バカ’ と付けたくなるアンバランスを感じなくもない、のだが。。やっぱりこの真相奥行き感はいい。 

「餞(はなむけ)」    7点
殺人事件のトリッキーな遂行&看破のなんとも奇妙な軽さ(準バカミス?)と、もう一つの謎事象の胸に迫る重さが、ちょぃとちぐはぐでないか。。でも心は動いたな。 

「声」    8点
シリアスで陰惨な背景なのに不謹慎にも笑ってしまう捜査側の会話シーン(山田風太郎ならうまく昇華させてたろう)。。 まさかの叙述トリックかハハ。。。と”逆に油断”した隙を突かれた。。ここまで業の深い真相は、結末まで脳裏を掠めもしなかった。。。。  

「真夜中の調書」    8点
どうやって自白させたかのディープなハウダニット、かと思いきや、何故◯◯したのかのホヮイだった。。。。ワクワクする設定。アタイは仮説を立てた。仮説の通りだった。。。。にも関わらずその人情噺には流石にノックアウトだ。

「黒星」    7点
事象トリプルで来ましたか。。。 しかもこ~んな変化球!! … 立体的で奥深い構成の人情譚だが、、ちょーっとリアリティ削ったかな。。倉石さん肴に少しやり過ぎたんでないの。こういう設定の人物描写にはほんっと微妙なバランス配慮が肝腎なわけで。。

「十七年蝉」   6点
最後の最後に来て、唐突なこじつけ臭漂う、薄らファンタジーか。 なのに心に残る。 (この題名ならトリッキィな数学趣向を絡めて欲しかったが、流石にムリチューか) 


本格ミステリと警察小説が融合しきれてない犯人設定やら何やらあるよな、と最初は思ったけど、別に両者の従来特性を融合する必要なんてこの世には無いんだよな。 それにしても、倉石検視官の、周囲の人間達が勝手に浮かび上がらせる絶妙な間接描写、および一人だけ完全ハードボイルド流儀の直接描写、この両輪が両輪ともイイんですねえ。。。。 それだけに、時折現れる妙~にバランス悪いとこ(えっ、その展開は、そのネーミングは、そのアレは、ちょっとシブくないよ~、みたいな)が残念でなりませぬ。 8点付けたいんだが7点です。

No.895 7点 死の鉄路- F・W・クロフツ 2019/07/10 06:44
「あなたに対して使ったのと、まったく同じ手口です!」

”仕事ミステリ”の快作。舞台はイングランド南部の臨海鉄道。偽装アリバイを●●のではなく●●●●という素晴らしいトリック!叙述欺瞞もどきの要素があり、中途半端にアンフェアな(ツブシが足りない)所も見えますが、、いっそ完全なる叙述トリッカーに仕上げてたらどんなもんになってたんでしょうか? フリーマンが専業作家に転じて間もない頃、直前まで身を置いた鉄道業界内で起きる連続殺人(なのか?!)を扱った充実の本格推理です。フレンチの人間臭いとこも例により適量見え隠れ(探偵役を他の登場人物に持ってかれ気味だが!)。“目の高さをゆっくり上下するたくましい主運棒と連結棒”のピクトリアルな描写、“面積計”を上手に使いこなす事務所のシーン等々、男心に響く(?)現場報告が続く様は壮観!! アリバイ工作は、、、そっかソレ言うとネタバレになるんでしたね。。

nukkamさん仰る通り、’80年代創元推理文庫の表紙絵(この小説ロマン溢れる危険な構図!)、惹き込まれますねえ~。

No.894 9点 犬神家の一族- 横溝正史 2019/06/29 21:04
精妙なロジックと怨念の起爆が集約された遺言状!! 
絶望的暗黒と大胆なトリックが結託した連続殺人!!

【これちょっとネタバレか】
映画の演出で観ると、真犯人があまりにそのまんまで これってほんとに本格? って思っちまうが、ちっちっちっ、その際どいミスディレクションの肝の部分がごってり残っている原典(小説)で読むと、何気にクリスティ流儀のワケシリな犯人隠匿術に翻弄される愉しみが味わえる。結末知っていても大丈夫。読んでみんさい。

しっかしこの人間関係群の衝撃的キッツさは本当に酷い!! SKKY(こう略すと空みたい)の柘榴顔だの仮面だのSKTKの首が落ちて来るだの、ビジュアル上の怖さもこの心理的怖さを適度に緩和する役割を負っているんでないか?と思うほど。

しっかしKIKSは相変わらずダメだね。。 小説で読むと主役感の半端ない珠代さん、綾瀬はるかが演じてないとは意外です。

【最後に、これはネタバレになりましょう】
某超が付く人気タレント(令和元年初夏現在)の芸名は本作の真犯人から来てるのかと思ったら、そうじゃないんですってね!!

No.893 7点 闇の歯車- 藤沢周平 2019/06/26 00:04
屈託と事情を抱えて馴染みの酒場(門仲だったか)に寄り合う、お互い素性も知らない四人の男達。一人は浪人、一人は商人、他の二人はアウトロー。あるとき、彼らを繋いだのは同じ酒場で出会ったいっけん陽気な差配人。彼に乗せられての犯罪計画。陰気なギャングに仕立て上げられた四人は、それぞれの人生一発逆転を賭けて押し込み強盗の仲間に一枚ずつ咬むのです。 「ここが面白いところですよ、みなさん」 捜査側とのカットバックで大江戸犯罪劇はカラフルに情感豊かに進行し、こいつらまさか地球を回す気でないかと危惧する飛ばしっぷりも時々。(地の文から台詞へのあからさまな地続き語りにシビれる箇所があったな) まあこれ以上のストーリーは言いませんが、 エンディング、、、 こう書いたらもうネタバレでしょうが、、、 やはり周平さんらしい、湿って優しい甘ったるさが目に沁みました。 もっと暗い所に突き落としてくれても、良かったんだぜ。。

No.892 9点 ある詩人への挽歌- マイケル・イネス 2019/06/19 17:25
俺は連城が好きだ。本作の目を見張る反転劇も濃密な文章世界も愛情の対象だ。 クリスマスシーズン、雪に閉ざされたスコットランド古城で起きた偏屈城主の墜落死と来た!(だが館モノとも博多者とも言い難い) 英国式にたっぷりのユーモアがゴシックロマンの中核を浸食。「月長石」を思わす、時系列大いに謎めかせた手記リレー構造(おっと、、いや何でもありませんよ)と重厚でスムゥーズな旨味。謎解きなるモノの「解き」のみならず「謎」そのモンを大事に扱う小説だね。時計と役者の喩えはなかなかグッと来た。 でまァこれはネタバレとは似て非なりと思うんでふつうに書きますけど、真相はaかと思ったらbだった、かと思ったら実はcだった、んじゃなくてほんとはdだった、ってんじゃなくて、aかと思ったらa+bだった(・・途中略・・)結局の所a+b+c+d(±α)だった、という、多重解決ならぬ多段階上乗せ解決の喉越しが何とも魅力あります。 医師がどうしたとか、贅沢がどうしたとか、、ちょーっとばかし作り物の違和感軋むとこもありましたけどね。。気にしませんよ。 極上に良い意味で、最高にキメまくりの時の(クスリやってるって意味じゃありません)連城短篇のスライト劣化版、言い換えれば拡張版、と呼んでしまいたい。  

アンコール章前の実質的ラストシーンが本当に最高の、さり気ない◯◯(or◯◯◯)ダニットの大集結場になっている、こりゃ泣けました。 そしてラスラスの短いアンコール章もまた、繊細にして剛力な淡白い何ものかで溢れています。 そういや終盤の短い活劇シーンも悪くないアクセント。 しかしですな本作、再読してみたらきっと、初読時には単なる雰囲気づくりの文面にしか見えなかったありとあらゆる顕示的伏線の樹皮という樹皮が次々とボロボロ樹幹から剥がれて行く風景の壮観さにしたたか酔わされっぱなし、となる事でしょうな。

教養文庫、二賀克雄氏の巻末解説がまた本作の英国ユーモア精神を引き継いだようで、適所に皮肉を滲ます筆致と確かな内容が実に良い、ホンの数頁です。

No.891 6点 青い記憶- 佐野洋 2019/06/13 12:48
手練れに過ぎて、あまりにスイスイ読めちゃうよ、もっと引っ掛かって立ち止まって考えさせて、みたいなな不満さえもたらしそうな、良く書けたミステリ作品群。文章がスムーズ過ぎて全体的に地味に感じてしまうかも。書くに当たっては悩みの無さそうな、しかし題材は悩みの多そうな不倫がらみのお話がほとんど。(全部だったかも)

赤い蝶・青い猫/密告/細い橋/九回裏二死満塁/重苦しい空/赤い時計/二年ぶりの街/通話記録/暗い偶然/脱がされた/青い記憶  (講談社文庫)

No.890 5点 華麗なる醜聞- 佐野洋 2019/06/13 12:44
アリャ、A氏が二人いるぞ。と思ったら更にもう一人。。 社会派をダシに使い切れなかったのが悪いのか、サスペンスの道筋と糾弾の矛先が大いにずれたまま大爆発無くモヤモヤと終了。ルポルタージュの真似事(あまりに小説臭い!)風に視点がコロコロ替わる構造の面白味も終盤近くで自然消滅。最後の最後でバランス悪さを露呈。でも結末に至る前までは中々に面白く、実にリーダブル。

昭和三十年代中盤の実社会を騒がせた複数事件を組み合わせたモチーフを使いつつなお「これは実際に起きた事象である」振りをしているコンセプトの故か”疑似ドキュメンタリー”の嘘っぽさが溢れ出てしまい、スリルだとか知的興味だとか、大事な何かを削いでしまっている気がする。それでもまず面白いのは、洋ちゃんの底力ですな。

No.889 7点 マルタの鷹- ダシール・ハメット 2019/06/08 21:27
「そんなやつは死んじまってるさ」

本作への評価を押し上げた神髄はその最終章に在るや在らずや。スペードも良いが敵役ガットマンが最高だ、ファンキーガッツマン(m.c.A・T)を思い出す。激烈にして爽快無比な最終章と、そこで生まれた一瞬の弛緩を二段構えで締めに締める、ラストシーン。だがやはり、ミステリ軌道の深い抉りは感知出来ない。冒険のきらめきや拡がりも無い。SFの街も迫って来ない、坂道を感じない。それでも長い短篇の様な鮮やかな蠢きの連続が引き摺り込んでくれる、痛快なる一篇。ヘイ、ヨウ、そっちの、命を賭けて追い求めた幻は、こっちの、無理に叩き出して結局棄てる事になった幻よりも、価値があるのかい?

「用心してりゃよかったものを」 

マイルズ。。。。 お前は本当にクズ野郎だったのかい?

No.888 6点 東京殺人地図- 島田一男 2019/06/06 00:35
ポケベル、デートクラブ、新風営法、新語「ソープランド」、新聞社にもコンピューターシステムの導入により。。。。シマイチ先生の描く昭和末期風景連作(ブン屋モン)。なんもかんも良い意味でチャッチャカチャッチャカ、犯人の意外さに正面から向き合わないのもよしと出来る結果オーライの勢いで快調、晩年が見える歳になっても飛ばしまくり!

死者の身上書/“金魚”殺人事件/夜の猟人/土曜日殺人事件/死神のラブコール/青田刈り殺人事件/山手線の女/死神は夜走る   (徳間文庫)

No.887 7点 血族- 山口瞳 2019/06/04 06:12
「いつか教えてやるよ。」    

ミステリタッチの私小説(私ドキュメンタリ)。昔の両親の写真に関する不審(大震災で焼失したので記憶頼み)と自らの生年月日への違和感を契機に”出生の●●”の疑惑の霧へと斬り込んで行く、既に有名人の筆者(元サントリー宣伝部)。 中程でうっすらと読者への挑戦めいた文言が飛び出ます。続いて叙述トリック宣言らしきものまで登場。。 んで、、これ言うとネタバレですかね? 山口氏がプロパァのミステリ作家ではないとの、更には私小説であるとの判断材料から無意識に導き出されるであろう或る予断ってやつが、なかなか。。また「血族」というタイトルも、物語主題の象徴であると共に結構なミスディレクションとして機能しちゃってます。

ラストシークエンスでいきなり爽やかな救いの風に吹かれるのは良いです。ああ、人生によくあるなあ、こういう場面展開、って思います。たった二行の最終章が、重くも痛くもなく、ただ勇ましくグサッと楔を刺すだけってのが良いです。 その最終章に至る直前、ラス前の一文がまた、最高に沁みるなぁ。。。。

それにしても文春文庫の表紙に何故レイザーラモンRGが?と一瞬思ってしまいました。(作者が掴んだ真相を)早く~言いたい~。。という判じ物かと。まあ悪い冗談ですけど。(作者本人の若い頃らしですな) 

No.886 6点 フォックス家の殺人- エラリイ・クイーン 2019/05/29 23:47
なんですかこの “無限大に拡がり過ぎて解は不能ならぬ不定です” の有様を逆から見たような結末は。 本作まさか ”何を評してもネタバレ” というコンセプトのもとに逆算して作られてないか? 後期クイーン問題どころじゃないんじゃないか(笑)? などと、不思議に奥深さを感じさせるが、感じさせるだけのようでもある一篇。 このコンセプトで、短めとは言え長篇に仕立てた事こそトリックというか、ミソなのかも? 逆エディプスコンプレックスみたいな蛮説をエラリィが持ち出したのは印象的だった。 なんだか青臭くとも不思議に頼れそうなエラリィ。 ふむ、締めづらい。 ♪ Fox hunting on a weekend ..

No.885 7点 レベル7- 宮部みゆき 2019/05/27 22:10
ノークラ オートマ 。。 うすらぬるいサスペンスが不思議と心地良い、平成初期を偲ぶに良い一篇。空気が緩いからこその死角にいつの間にか絡め取られてそうな焦燥感はなかなか得体が知れない。エピローグに担保されているのであろう、いまだ見えざる全貌楼閣の魅惑ダダ漏れ幻想に背中を押され、サスペンスとは別の何物かで満ち溢れる物語は可読性抜群。カットバックされる二つのストーリー両方に登場するあの登場人物のヒカりっぷりったら無え。一方のストーリーでは”目覚めると記憶が無い”若い男女の自分探し assisted by 謎の中年男、他方では失踪した少女の行方を追う大人たち。両者を合わせて呑み込もうとするものの在り処はいったい何処に。。。。

併走ストーリーズがぶつかりそうになるあたりで急遽ユーモア奔出しだすのはいい意味苦笑。終始微妙にゾヅツトゥリックゥがどっかに潜んでねえべかと疑ってしまう思わせぶりな。。 しかし最後の六分の一が激熱だ! いや最後の最後はちょっと緩いかな。真相を無駄に複雑にし過ぎのきらいはあるかな。いちばんの悪役さんさえ最後は妙になんだかハートウォ~ミングで絵空事の国の住民みたい。”実質主人公”の内面やらナニやらにもう一歩踏み込んだ抉りが欲しかったな。 てかむしろその、レベルなんとかを応用した遊びの趣深さと危なさをもっと掘り下げても良かったのでは? 。。。な~んてあげつらったけど、ミヤミユさんの悪い意味のやさしさがいい方向にはたらいたなかなか良い作品、だと思います!

No.884 7点 ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女- スティーグ・ラーソン 2019/05/23 11:41
実績に裏切り無し、流石の娯楽大作。 荘厳なる物語を予感させひとしきり疾走し、絶妙に遅めのタイミングで急速に通俗の領海に舵を切る。カットバックの不規則な間合いが良い。サディストを惨酷無比なサド返しで仕上げるくだりは極上。小説のほぽ真ん中で二人の主人公が初めて相対するシーンはなかなか新鮮だが、そこで急にラノベ風に変身されても困る。すぐ普通の通俗味に戻ったけど。(そのへんだけ小説手触りがちょっとデコボコ)

いかにも本格ミステリ風な大小地図に巨大家系図、数十年前の密閉孤島で起きた大事故と失踪事件、大富豪一族の愛憎劇。。 だが巻末解説にある「第I部(本作)はオーソドックスな密室もののミステリー」というのは大嘘もいいとこで、本格偏愛度の高い人ほど「はァ~あ?」と眉を吊り上げずにいられないでしょう。 ただ、一点だけ際立って本格を感じたのが、、 これちょっとネタバレですけど、、、 或る重要な共犯像、もしやおアガサがインスパイア元の、超おぞましパロディック応用篇沙汰か。。。 ?!!?

物語の幕開けは、飛ぶ鳥を落とす勢いの新興実業家への名誉棄損罪で三か月の禁固刑を言い渡された、経済誌『ミレニアム』の記者兼共同経営者である主人公1のミカエル(♂)が、往年の大実業家老人(今でもかなりの勢力はある)から、その憎っくき新興実業家を撃墜できる致命的大ネタ及びかなりの大金を報酬に、そのむかし若くして行方不明になった(死んだとされている)大姪の死の真相(老人は彼女が死んだものと決めつけている、ようだ)をミカエルの見上げたジャーナリスト魂と技とで暴き出して欲しい、と申し出を受ける所から。

カットバックで並走するもう一つのストーリーは、とある探偵事務所にフリーの調査員として勤務する、心の病を抱えた超豪快天才ハッカーの主人公2,、リスベット(♀)が、大実業家老人がミカエルを前述の用件で雇うに先立っての身辺調査を引き受ける所から始まり、、、、

ミカエルがやたら現代ミステリをチェインリードしてるのがいい。セックスよりミステリのほうが頻度高げなのがいい。ニッポンの東野や連城も読んでいてくれたらなと思う。

寂しさと哀しみのラストシーン。 重要な脇役群(どころか主役級も)についての情報があまりに多く蓋をされたままの終結は、続篇の連発を予想させるに充分。 後続篇では前述の”仕上げられたサディスト”が鬼の復讐に乗り出すらしい。最高だ。   

作者は全体で10部だかなんだかを構想しておったらしいが第3部まで仕上げ、出版前に夭折してしまいました(現在第4部以降は他の作家達によって引き継がれている)。 「カラマーゾフの兄弟」の書かれなかった第二部への逆ノスタルジアに思いを巡らさせるったらありゃしねえです。

ところでエルヴィスの看板、誰かサルベージしてあげて。。

No.883 3点 スイート・ホーム殺人事件- クレイグ・ライス 2019/05/20 13:40
ママ(ミステリ作家)の子供の一人が口から出まかせでデッチ上げた架空の人物が実際に現れるという、まるでファンタジー小説もどきの不可能興味(合理解決される)はそれなりに惹かれるものがありますが、何しろ物語のムゥードがほんわか緩過ぎなもんだからスリルや刺激に繋がらないこと!! 物語3分の2をとうに過ぎて初めて、この様な内なる忖度まみれに見える特殊本格推理の中でいったい誰が最も電撃的かつブラックじゃない真犯人像になり得るのかと遅い考察を巡らしてもみたのですが、、話はいつしかドタバタ押し切りで終わっちゃってましたね。 所々いい挿話やいい流れもあるんだけど、個人的にミステリとしてもユーモア譚としても決して’面白い’の領域を脅かしもしません。平たく言や好みに合わないってだけですね。で犯人誰なんだっけw



【 一応ネタバレでしょう 】

これでもしママが真犯人だったら。。。ママが獄中で書いた懺悔手記という設定だったら。。 或いは、死に別れたはずの父親が実は××とか。。。 どの暗黒妄想も当然の様に、ガーター越えて隣レーンに飛んじゃうくらいの大外れでした。あぁ良かった。

No.882 6点 11人いる!- 萩尾望都 2019/05/16 07:02
SFミステリ少女コミックの古典。 物語の設定とディテール(絵も!)は面白いんだが、ミステリとしては 【ここからちょっとネタバレ的】 真犯人が意外性的にまったくキラキラしてないのは致命的! だが第一に味わうべきはそこでなかろう、ミステリだと構えて読まないほうがよかろう、或るスペシャルな人物を中心に物語と絵のきらめきを愉しむのがいいですよ。そしたらこりゃオモロいよ。 

全宇宙の超エリート層を養成するその名も「宇宙大学」入学者選抜試験のラストステージは、外界との接触が一切遮断された宇宙船の中で10名の受験者が(地球風に言うと)2か月程度の期間を共同生活でつつがなく最後まで過ごせるかという課題。 ところが、試験が始まってみると船内にいるのは10名よりちょっとだけ多い11名。 1名ニセモノが紛れ込んでる。誰だ。。。。。。。。 という設定で進むお話。

No.881 8点 二冊の同じ本- アンソロジー(国内編集者) 2019/04/24 23:40
日本推理作家協会編。同理事長なりし松本清張氏が名実ともにシーンのリーダーらしい気合い溢れる「まえがき」を執筆。シリーズ名に「最新」とありますが、昭和四十年代の事。ミステリとしても小説としても高水準の一冊 by カッパ・ノベルス。

「二冊の同じ本」 松本清張   8点
ぎりぎり日常の謎、の体で何処まで引っ張るのか。。。と思えば! ラストの締め付けられるよな痛みはやはりこの人らしい。

「永臨侍郎橋」 陳舜臣 8点
最後の手紙に”行き違い”の趣向は好きだ。その手紙の中で明かされる更なる深いナニもまた良し。ストーリーの紆余曲折を随分と押し込んだもんだが、まず能く発酵したと言えよう。しかし、アリバイ材料に漢詩の朗読とはな!

「『わたくし』は犯人」 海渡英祐 8点
ん〜〜ん、ぉフレンチ! 現代日本の感覚では反転真相のエグ味にもう一刺し欲しい人も多かろうが、これはこれで雰囲気押し切り勝ちなんじゃあないですか。

「醜聞」 結城昌治 7点
ミステリ視点の意外性はかなぐり捨てたかの様だが、、心に残る冤罪サスペンス。

「青い蝶・赤い猫」 佐野洋 5点
初読時(かなり前)と変わらぬ”洋ちゃん、これちゃんと詰めてないだろ”感が芬々。ハイレベルな本選集の中でボコンと一段落ちる。もっとイイのを入れて欲しかったねえ、洋ちゃん。

「詩集を買う女」 多岐川恭 7点
またもおフレンチ。もう幾何かの残酷さがあったら連城の域。締めの台詞がいい。

「酒場の扉」 戸板康二 6点
手垢の付いたオチ、かと思うとショートショート流儀の駄目押しツイスト、で片付けてしまうにはちょっとばかし深い人間ドラマ。

「眠れる美女」 永井路子 8点
地味に展開し最後は派手に化ける歴史政治経済ミステリ。或る意味 ●●術殺人事件に通ずるトリックかも知れない。

「ロカビリアン殺人事件」 大谷羊太郎 8点
青木ってリトル・リチャード系シンガーだったんだ! いいぞ、パンチのきいたゴーゴーリズム! 社会考察的さり気ない伏線の決まり具合、お見事! (作者自身が属していた)芸能界ならではの動機推察機微、とそこからの推理派生には唸った! 処女非処女って、何をそこまでこだわるの。。と思ったら、そういうことだったのね。。。。青木の生活描写がも少しあれば、もっと好きだ。

「ガラスの棺」 渡辺淳一 10点
やっべーー、そうこなくちゃ! これぞ”イヤ奇妙な味”の完璧形! 医師をいい奴に描いてるのが神髄ではないですかね、この作者独特のフェミニンな味の。

「蝶の牙」 島田一男 8点
先生の曲者スペクトラム具合がよく現れてる。ひょっとして’ツソ〒”しう●●’が本作のインスパイア元か。。” 老いてなお”系のエロシーンはどうも好きになれんが。

「双頭の蛇」 黒岩重吾 8点
よく考えたら何の捻りもない哀しき阿呆共の顛末なんだが、その文筆の熱量にやられた。ミステリの意外性は更に希薄。それで構わん。ストイックに過ぎるラストは、主人公の零落する未来を暗示するものか。。

わざわざ<愛憎編>と銘打っただけあり、結末で明かされる意外にエグい心理要素にグッと来る作品多し。その手の昭和作品(四十年代モノ)がしっくり来る方にお薦めします。

No.880 7点 人喰い- 笹沢左保 2019/04/19 00:42
つァ面白い、スカッと爽快! 物語を逆算するてと相当なイヤミス真相だってのがまた、たまらん。 殺傷事件が物語を襲うたび生存説が更新される第一容疑者は、姉妹二人で暮らしていた主人公の姉。 労働組合の幹部をやらされている彼女は社長(傲岸極まりなし)の息子(好青年)と恋仲。妹への遺書を残して消えた彼女は彼氏との心中現場(社長の息子は屍体で発見)から一人消えたと目された。姉の無実を証明するために彼女の死亡を確認する必要に迫られた主人公は、姉と同じ会社に勤める、以前からの恋人と共に真相を追及する。。。。 これ以降のストーリー展開は言わずにおきましょう。 いや、新社長は進歩的センスで社員からの信望厚いハンサム・ガイという事は言っておこう。

快速プロットに大中小トリックと穏当ロジックと、絶妙なミスディレクション、適度な社会派ドラマにやや複雑な恋愛劇に。。。盛り込みも凄いがバランスが最高に良くて読みやすいことこの上なし。サスペンスいっぱいの昭和三十五年本格力作。大型心理トリックには圧倒されたが、小型の心理的物理トリック(図解付き)も妙に心に残る。 しかし連れ込みの偽名に「徳川忠勝」 w

真犯動機と結末にあと一歩半のキツい深みがあったら8点行きましたね。惜しいとこ。



さてここから後はネタバレになりましょうが、読了してみると表題に取って付けたよな違和感が。ミスディレクション(旧社長、実は新社長も?の悪意を匂わせる)もあるのかな。それと、作者が意図してかせずしてか、昔の大映ドラマみたいな思わす噴き出すベタな痴話喧嘩シーン、時代ってコトかとうっかり気を抜いてたら、それがまさかの大伏線だったとはねえ。んで、ここまで言ったらたぶん完全ネタバレだけど、クリスティとアイリッシュの某代表作どうしをクロスさせたよな(タイムリミットが咬ませてあるのも含めて)作品構造ですかね。最後、敵同士でしかないと思われた女どうしの間に意外な友情萌芽が連発したのは、いい意味で参りました。

No.879 6点 奇想博物館- アンソロジー(国内編集者) 2019/04/16 23:22
有り体なら即バレの性別誤認を際どい工夫で正面突破した某作。 深みは穿ったが広がらない恨みの某作。 出だしからやさしく攻めまくり、いかにも怪しい作中作… 作者らしい、幸せで明る過ぎる反転と締めの具合は、、やっぱり納得させられてしまった某作。 ゆるいなぁ つまらんなぁ ん、ちょっといい話かも、それから? と思った途端に終わって、結果ちょっと面白かったな。、なんてホラーもどき(?)の某夏のお話。 しかし、某作の「前×作をぶっ飛ばして堂々登場」感は半端でなく頼もしかったなあ。。全体通してユルユルで手に汗握りようも無い作品が目立ちましたが、どれもそれなりに楽しめたのは間違いありません。

編纂は西上心太。他薦と自薦を組み合わせたちょっと複雑な手法で選ばれた近年作15篇とのこと。

伊坂幸太郎「小さな兵隊」 石持浅海「玩具店の英雄」 乾ルカ「漆黒」 大沢在昌「区立花園公園」 北村薫「黒い手帳」 今野敏「常習犯」 坂木司「国会図書館のボルト」 朱川湊人「遠い夏の記憶」 長岡弘樹「親子ごっこ」 深水黎一郎「シンリガクの実験」 誉田哲也「初仕事はゴムの味」 道尾秀介「暗がりの子供」 湊かなえ「長井優介へ」 宮部みゆき「野槌の墓」 森村誠一「ただ一人の幻影」

拙者の場合名前だけ馴染みある未読の作家がチョコチョコ含まれており、そういう人たちの作品に一気に触れてみたいなと思って手にしたわけです。編者あとがきにもありましたが、そういう需要に応えてくれる一冊です。

No.878 7点 インシテミル- 米澤穂信 2019/04/12 00:34
平成を偲ぶ一冊。 普段は好きでないロジックのためのロジックめいたものも、こんだけ適所でカチャリカチャリとキメてくれると気分爽快この上ない。それだけじゃない物語全体を揺るがしそうな大きな深い謎もしっかり存在感キープし適時増殖。なかなかのユーモアがサスペンスと両立してくれたら、と前半は思いもしたが、むしろサスペンス味は消しといた方が本格に振り切った味わいに専念出来て良いのかも。めちゃ小粒な叙述トリックとか、中途半端な真相追及ロジックだとか、意外性やインパクトに縁の無い殺人トリックやらがチャカチャカ登場したけど、お話自体の大きさに包まれて満足でした。終結はちょっと、乱歩さんがわけわかんなくなってテキトーにチャーハン炒めてチャンチャンみたいだったけどさ、それすら味わったよ。

わたしは須和名さん好きです。最終コーナーの”計算”解決には萌えたなあ、麻雀みたいだった。滞っていたのは”お生◯”じゃなかったのか。。ベタベタのようで結構味わい深い黒幕側の構造を垣間見せて終わるのがいいね。結局いちばん共感した某登場人物の馴染みの古本屋って、もしや西荻窪の..

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斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.69点   採点数: 1357件
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