皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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tider-tigerさん |
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平均点: 6.71点 | 書評数: 369件 |
No.29 | 9点 | きみの血を- シオドア・スタージョン | 2015/08/02 12:32 |
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軍属のジョージ・スミスが恋人に宛てて書いた手紙を検閲した上官はその内容に不穏なものを感じてジョージを呼び出した。ところが、手紙について問い質そうとした上官にジョージは突然襲いかかってしまう。
軍医のフィルはこのジョージを診察するよう依頼される。診察というのは要するになんでもいいから病名(精神病)を付けて、ジョージを軍から放り出せるようにしてくれということ。 フィルはジョージに自分の半生を綴った手記を作成させます。一見するととてもよくできた手記のように思えますが、フィルはこの手記は不完全であるとみなします。なにか重要なことが省かれている。隠されている。フィルは漠然とした不安を覚える。この男を社会に戻して良いのだろうか? ジョージ・スミスが恋人に宛てて書いた手紙にはなにが書いてあったのだろうか? 前半はジョージの暗く惨めな半生を綴った手記が中心となります。精神科医フィルの感じた漠然とした不安を読者も共有することとなるでしょう。この手記は読ませるのですが、読んでいる最中には本当の凄さがなかなかわからない。 後半はフィルがジョージの秘密を解いていきます。謎解きは唐突になされますが、ヒントはあちこちに散りばめられておりました。仄めかしのうまさは抜群です。 文庫版の解説を書いている人が普通の小説じゃないかと思ったけど、もう一度読んでみて驚いた、みたいなことを言ってましたが、読めば読むほどに凄さを感じる作品です。 ダメな点 序章と終章で変なメタ構造になっていますが、あれはいらない。 精神分析の部分は少々古臭い。それから、ロールシャッハテストにおけるジョージの反応が直接的過ぎますね。 偏愛する作家ですが、万人受けするとは言い難い。 いちおう短編の名手とされているので入門は短編集『一角獣、多角獣』がお薦め。 |
No.28 | 8点 | ファイアスターター- スティーヴン・キング | 2015/08/01 09:10 |
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超能力を扱った小説に興味ある方は必読です。
「店」という国営秘密組織が行った薬物実験により超能力者にされてしまった父と娘(チャーリー)の物語です。父は他人を意のままに操る能力(いろいろと制約があります)をチャーリーは発火能力(かなり強力)があります。 この二人が組織に追われて逃げ回る前半、組織に捕まるも脱出を図る後半といった話です。 キングは希有なストーリーテラーとの印象ありますが、実際はプロットでキャラを動かすのではなく、キャラでプロットを動かすタイプの作家だと思います。プロットは意外とシンプルです。 二人が組織に捕まった後、店の高級幹部が雑役婦のふりをしてチャーリーに近づき、徐々に籠絡していく過程が非常にねちっこくも巧みで読ませるなあと感じました。 父親がチャーリーに言った「チャーリー、これは戦争なんだ」というセリフにはアメリカを強く感じました。日本人の父親だったらこんなことは言わないだろうし、そもそも日本人の父親なら物語がこのようには展開しなかったように思います。 キングの作品ではこれが一番好きです。ペットセマタリーの上巻が次点ですね。 客観評価ではit かスタンドか。特にitは傑作だと思いました。両者とも一度しか読んでいませんが。 ちなみにitより後の作品は読んでおりません。 |
No.27 | 8点 | 猫- ジョルジュ・シムノン | 2015/08/01 09:08 |
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ミステリでもエンタメでもありませんが、凄い作品でした。こんなつまらない話をここまで読ませる小説に仕上げるなんて。
老境に達してから結婚した夫婦(お互い再婚)が猫を切っ掛けに口をまったく利かなくなり、それでいて相手を支配しようと競い合い、いがみ合いつつも互いに依存している、そんな関係を描いた作品です。 そんな馬鹿なと思えるような登場人物の行動の数々がシムノンの人生経験や洞察力に基づいた巧みな心理描写によってすべて納得させられてしまう。 どこか不気味な緊張感が全編を支配しているのですが、喜劇的な要素を嗅ぎ当てる人もいらっしゃるかもしれません。 シムノンは老人を描くのがうまい。とりわけ老人特有のある種の子供っぽさを描くのが好きみたいですね。メグレシリーズでも印象的な老人が多数登場します――特に『メグレ激怒する』に登場した老婦人は素晴らしかった――。そんなシムノン老人趣味の集大成的な作品です。 |
No.26 | 7点 | ホワイト・ジャズ- ジェイムズ・エルロイ | 2015/06/22 21:16 |
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好き嫌いはともかくとして「いかに書くか」を突き詰めたエルロイの一つの頂点だと思います。エルロイはLA四部作で米文学史に名を残す作家になったと思います。
悪徳警官クラインが巨悪に翻弄され破滅していくさまを電文調の独特な文体で綴った物語です。説明が極力排除され、主人公の独白というかその時その時の思考を連ねていく文体で、それだけではあまりにもわかりづらいので新聞記事の引用なんかを入れて全体像をつかみ易くする工夫をしています。ので、そういう部分を読み飛ばすとわけがわからなくなるおそれがあります。気をつけて下さい。 エルロイを狂犬と呼ぶ人もいるようです。本書のあとがきでも、エルロイは狂っているみたいなことが書かれていました。 うーん、自分にはそうは思えないのですが。作中から法が厳格に守られる世界へのエルロイの憧憬が仄見えるのは気のせいでしょうか。 本書の序にロス・マクドナルドの引用があります。 ――要するに、わたしには生まれた土地があり、そこの言葉から離れられないということだ。―― これはエルロイの真情であると自分は感じました。こういう人を狂犬などと呼ぶのは抵抗がありますね。 |
No.25 | 6点 | 敵手- ディック・フランシス | 2015/03/26 20:12 |
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シッド・ハレー四部作のうちの三作目にして倒叙ものです。
馬を残酷な手段で傷つける連続猟奇事件の犯人はシッドの騎手時代の友人であり、現在は有名なテレビ司会者のエリスであった。 相手が人気者だけにほとんどの人がシッドのことを信用してくれません。メディアからも執拗に痛めつけられます。そんな中、シッドは不屈の闘志で……。 ※少しネタばれあります。 フランシスの筆力はさすがです。読ませます。が、いくつか苦言を。 強く感じたことは「中途半端が多い。もっと徹底すればいいのに」です。 例えば、ほとんどの人ではなく、すべての人がシッドを信用してくれない、このくらい徹底的にシッドを追い込んだ方が良かったのでは。 あとは強大な存在が事件の背後にいるとシッドは考える。その強大な存在は実は●●だった。この発想はまあ良しとしたい。ただ、その●●がちょっとしょぼいのが頂けない。ポカが多過ぎるし、悪に徹しているようでそうでもない。犯行も杜撰過ぎる。アリバイトリックなど自分が最初にそうなんじゃないかと直感した通りだったのでがっかり。 登場人物の一人、不良のジョナサンもいい味を出してくれそうだったのにいつのまにか気化しておりました。白血病の少女というのも手垢に塗れた人物造型。 人間ドラマに比重を置き過ぎている感があり、そのせいで重厚とは言えないプロットに比して本はやけに分厚い。無駄が多いと感じる方もいるかもしれません。 邦題の敵手。意図はわからなくはないのですが、個人的には原題のcome to grief を活かして欲しかったところ。哀惜 とでもした方が良かったのではないかと思いました。 それから訳文 女性の語尾、「~なの」が多過ぎ。 以上、文句ばかりでしたが、細部にはいいところも多々あり、自分は楽しく読みました。 けして退屈な作品ではありません。が、大穴、利腕は8点ですが、この敵手は6点かな。どうしても大穴、利腕と比べてしまう……amazonではけっこうみなさん高評価を付けていらっしゃるようです。 |
No.24 | 6点 | 輝く断片- シオドア・スタージョン | 2015/03/05 20:36 |
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この短編集は広義のミステリと考えられる作品を中心に集められています。
いや、広義の犯罪小説と言った方が適切かもしれません。 以下、寸評を。 『取り替え子』 『ミドリザルとの情事』 『旅する巌』 上記三作品は犯罪小説の要素がまったくないので寸評割愛。 『君微笑めば』 今となってはこのテーマは手垢にまみれているし、オチも読めます。ただ、これが五十年前に書かれたのはちょっと驚きかも。語り手が物凄くうざい人物であります。 『ニュースの時間です』 ~ここにはひきこもりの男がいるが、彼のひきこもりは、精神医学史上、かつて記録されたことのないものだ。~以上 作中より引用 いかにもスタージョンらしい話だなと思いきや、アイデアが枯渇したと半べそをかいていたスタージョンのためにSF作家ハインラインがプロットも設定も考えてくれてこの作品ができたんだそうです。スタージョンらしさ全開であり、まったくハインラインらしくはない作品なのに。 ハインラインはスタージョンを熟知している……いや、これは愛でしょう。 『マエストロを殺せ』 客観的に評価するならベストはこれです。 倒叙ものと見せかけて、実はそうではない。殺人を成し遂げた後、自分の仕事が不充分だったと気付いて愕然とする犯人。自分はなにを殺すべきなのかと苦悩します。 海外の異色ミステリでアンソロジーを編むとしたら是非とも入れて欲しい逸品。奇妙な味のミステリとして堂々とお薦めできます。 ※異色作家短編集『一角獣、多角獣』に収録された小笠原豊樹訳 邦題は死ね、名演奏家死ね の訳文の方が自分は好きです。 ただし、マエストロを名演奏家と訳してはいかんのではと思う。 『ルウェリンの犯罪』 とんでもなく世間知らずな主人公ルウェリン。同僚が「スケを引っ掛ける話」なんかをしているのを聞いて、自分もなにか悪いことをしてみたいと密かに願います。挙句、自分の金を盗もうとして逮捕されそうになったりします。まったくリアリティのない人物像。せいぜいがコメディ、通常なら糞小説となるはずなのにスタージョンの手に掛かるとなぜだかスリリングであり、悲壮感すら漂う。非常に変な読み味の小説ですが、なぜだかこの短編集の中で私が一番好きなのはこれだったりします。 『輝く断片』 雨の夜、瀕死の女を拾った孤独な男。彼は決意する。「おれやる、全部やる……」 個人的にはあまり好きな作品ではありませんが、偏愛する人も多いようです。訳者の伊藤典夫さんも「随分昔に一度、適当に訳したのだが、いつかきちんと訳し直したい」とずっと思っていたそうで。 一般にはSF作家と認識されているシオドア・スタージョンですが、実際はジャンル分けが難しい奇妙な小説を書く作家です。武器は語り口、平凡なモチーフを非凡に料理する手際、感情の描写、細部(どうでもいいこと)に凝るところ、そして、作中人物への愛、でしょうか。 |
No.23 | 8点 | 大穴- ディック・フランシス | 2015/03/04 00:08 |
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チャンピオンジョッキーのシッド・ハレーは落馬事故により片手が不自由になってしまい、やむなく騎手を引退して探偵事務所に就職する。ところが、まるでやる気が沸かずに無為な日々を送っていた。そんな彼が銃撃されたことにより、闘争心をちょびっとだけ取り戻し、義父に唆されて秘密裏に乗っ取られようとしている競馬場を救うために立ち上がる話です。
物語はシッドが銃弾を受けて病院で目を覚ますところから始まります。 見舞いに来た同僚のチコ・バーンズがなにか欲しいものはないかと尋ねると、シッドは別にないと答えます。チコはそんなシッドに一言。 「べつにないよ、おまえはそういう人間なんだ」 これがさりげなく意味深いセリフだったりします。 問題点を二つばかり。 他の方も指摘されているシッドの経歴などを隠して必要以上に貶めるチャールズの作戦について。クレイを油断させるためだとチャールズは言います。チェスのエピソードをうまく使って話を繋ぎました。でも、本質的な問題が……この時点でクレイを油断させる必要があったのか? シッドのことを変な意味で印象付けてしまうよりも、シッドをクレイと引き合せたりせず未知の刺客としておいた方が良かったのでは。この物語には必要不可欠な部分ではありますが、不自然さは否めません。 もう一つ自分が感じたのは、ホテルの自分の部屋に義父の名を騙って入り込んでいる者がいると知った時のシッドの反応が不自然極まりないこと。シッドはホテルの支配人にそいつを放り出してくれと頼みますが、放り出してはいかんでしょう。なぜそいつの身柄を確保することを考えなかったのかが謎です。 ディック・フランシスの作品はハードボイルドっぽい文章で綴られた広義の冒険小説、推理小説とでもいうものですが、ジャンルの枠を超えた魅力ある作家です。グッと読者を惹きつける一文、クスッとさせる一文など、文章で勝負できる作家でもあります。馬やレースシーンの描写はもちろん卓越していますが、それ以外にもプロットと直接関係のないシーンを面白く読ませる力もあります。 それから女性の描き方が気になります。うまいというか、作者が女性の視点で女性を見ているような気にさえさせられます。(ちなみに自分はジェニィ肯定派です。ザナ・マーティンも好きです。ただ、シッドのザナ・マーティンへの対応はいかんと思いました。) それにしてもイギリスってやっぱり階級社会なんだなと実感します。階級の違いがあって当たり前という日本人とはまるで違った感覚が窺えて面白いですね。 フランシスは二十冊ほど読みましたが、やはり『利腕』が最高作なのかなあ。 でも、実は一番好きなのは『大穴』です。理由はよくわかりません。『長いお別れ』や『高い窓』よりも『さらば愛しき女よ』を好きになってしまうようなものかもしれません。 気になるのは利腕の前の何作かはフランシスの低迷期とかいう説。とある書評家がこんなことを言っておりましたが、自分には理解不能なお話でした。 ところで、フランシス入門ですが、自分は『興奮』が無難ではないかと思います。『度胸』は同じくらい、もしくはそれ以上に良い作品ですが、入門向きではないような気がします。 『利腕』はやはり『大穴』を読んでから、ですが、その『大穴』はあまり入門向きではないというのは他の方と同意見。わかりづらい部分が多過ぎます。 いっそ主人公の職業で入門作品を選ぶのも一つの手かもしれません。少なくとも自分は低迷期?の作品も夢中になって読みましたので。 |
No.22 | 7点 | 汝殺すなかれ- ローレンス・サンダーズ | 2015/03/03 23:59 |
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さまざまな科学研究を支援しているビンガム財団は助成金の申請をしてきたソーンデッカー博士に関する審査のため、調査員サミュエル(サム)・トッドを派遣する。博士の研究所は住民の高齢化が進み、ろくに仕事もないようなコウバーンという町にあった。この町はソーンデッカー博士の経営する老人ホームと研究所なしでは町の経済が立ち行かないため住人たちは助成金の支給を心待ちにしている。
当初はさして問題もないだろうと考えていたサムであったが、宿に置いた荷物を何者かに調べられたり、部屋に「ソーンデッカーは殺す」と記されたメモを置かれたりと、調査は不穏な気配を見せ始めるのだった。 サムの調査は町の人々と会っての聞きこみが中心であり、物語はゆっくりと地味に進んで行きます。町と住民の描写は非常に良くて、こういう町は本当にありそうだなと思わせる。展開が地味なわりにはリーダビリティは高いと思います。調査に少しずつ影を投げかけて、じわじわと町の不気味さを盛り上げていく、その雰囲気作りは見事です。 問題は主人公サムの人物像と文体。ハードボイルドを意識したような一人称で描かれていますが、どうもその文体が借り物臭くて、それ故か主人公も没個性的で借り物の臭いがする。この作者は三人称で書いた方がいいと思いました。 それからソーンデッカー博士の人物像が書き込み不足のように思えました。作中でたびたび言及されるような天才らしさが感じられず、よくわからない人のまま終わってしまいました。町の住人たちが非常によく書けているだけに肝腎な人物の印象が薄いのは痛い。 ホラー小説としても通用しそうな結末はかなり印象的で、なおかつ当時としては斬新なアイデアだったのではないでしょうか。「●●は●●なので、●●を防ぐことに利用できるのではないか」という仮説は非常に興味深く、また不気味でもあります。自分はこの分野はまったくの門外漢なので、この仮説や前提条件について科学的な知見を もう少し盛り込んで欲しかったところ。 ローレンス・サンダーズは学生時代に「魔性の殺人」「欲望の殺人」「無垢の殺人」「汝殺すなかれ」の四冊を一週間かけずに読破しました。そんな読み方ができたのは面白かったからだとは思いますが、内容はどれもあまり記憶にありませんでした。当時の感想はエンタメとして良かったのは「汝殺すなかれ」、印象深かったのは「無垢の殺人」だったような気がします。『欲望の殺人』と『魔性の殺人』も読みなおしてみようかな。 |
No.21 | 6点 | メグレと優雅な泥棒- ジョルジュ・シムノン | 2015/02/21 13:47 |
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ブローニュの森で早朝発見された死体はメグレがお世話をしたことのある窃盗犯、キュアンデだった。この変わり者の泥棒の死にメグレはある種の喪失感を覚える。
シムノンお得意の被害者の人間像を掘り下げていく話です。 昔は良かったーと感傷に浸っているおっさん警視が殺害された職人気質の犯罪者に必要以上に感情移入してしまい、(優先するべき強盗事件をおざなりにしてまで)泥棒殺しの犯人を探そうとする話ともいえます。 『とにかく旧知の仲の人間だったみたいに、彼(メグレ)はキュアンデを殺したやつらを個人的に憎んでいた』 この件を読んだとき、へえ珍しいなと思いました。メグレが「犯人を憎んだ」などと明記された作品はあまりないように思います。 空さんの書評にあるとおり、二つの事件が同時進行しますが、その扱いは巧みとはいえません。二つの話が同時進行するのなら、それらがいつしか絡み合って両者にさらなる深みを与えるのが鉄則ですが、この作品では二つの物語は赤の他人のまま。 それから、警察が(メグレが見つけ出した)あの人物の存在に気付いていなかったというのはちょっと無理があるのではないかと思いました。 プロットにしても大した話ではありません。 ですが、シムノンの人物描写はやはり一流です。 他の作家が類型的な人物を配置して流してしまうようなチョイ役にも魅力がある。チョイ役を丁寧に描きこんでいるのではなく、その人をその人たらしめている要素を抽出するのが抜群にうまいので、活き活きとした人物を簡潔に描くことができます。 この作品でいうとキュアンデの母親、娼婦のオルガなど実に味わい深い。 オルガがメグレに「うまくやりなよ!」と言った時に自分は思わず微笑んでしまいました。 キュアンデとあの人物に知り合えて良かったとこの作品を読んで自分は思いました。自分はこの作品は好きです。 とはいっても、これはメグレシリーズの中でもダメな部類ではないかと思うのです。作品の客観的な完成度、ミステリとしての出来など考慮して点数は辛めにしておきます。 |
No.20 | 8点 | 無垢の殺人- ローレンス・サンダーズ | 2015/02/08 20:11 |
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倒叙もののサイコサスペンスに警察小説の要素も加味された作品です。
普段は平凡な日常を送る地味な独身女性であるゾーイは殺人の時だけは派手な装いに様変わりして、男を誘い、殺す。ディレイニー元刑事部長はニューヨークを恐怖に陥れているこの連続殺人事件を解決すべく、捜査の協力を依頼される。 犯人の日常生活と殺人が描かれ、ディレイニーや警察が大騒ぎする。その繰り返しですが、巧みな物語展開で飽きさせません。描写が非常に事細かでうるさく感じる方もいそうですが、凝った言い回しは使用せず、単文を多用しているのですんなりと頭の中に入ってきます。情景が易々と頭に浮かび、殺人のシーンは酷く生々しい。そして、犯人の人物像が自然と構築されていきます。被害者はもちろん気の毒ですが、犯人も憐れでなりませんでした。 動機不鮮明の連続殺人犯はほとんどが男であり、女が犯人という事例は現実にはほとんど存在しない。このことをきちんと踏まえたうえで、例外的な女を鮮明に、鮮明過ぎるほどに描いたことを自分は最も評価しています。 ただしミステリとしてはいくつか問題あり。特に女が犯人である可能性を警察が除外していたのは大きな瑕疵ではないかと。確かに女の連続殺人犯はほとんどいませんが、現場の状況からすると警察は女が犯人である可能性を考慮せざるを得なかったのではないかと思いました。 これは以下二点の作者都合によって生じた瑕疵だと思います。 ディレイニーの指摘によって捜査の照準が女性に向けられるようにしたい。 犯人の人物像からしてあのような現場にせざるを得ない。 かつてはベストセラーを連発していましたが、忘れられつつあるローレンス・サンダーズ。自分も忘れかけておりましたが、たまたま押入れの奥から発見、再読して驚きました。 異常心理を扱った小説の中でも最重要な一冊だと今さらながらに思いました。 |
No.19 | 6点 | トギオ- 太郎想史郎 | 2015/02/04 22:13 |
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面白かった。文章も好みでした。自分はこの作品に終始付きまとう殺伐とした閉塞感に息苦しさを覚えましたが、同時にそれを愉しんでもいたようです。
それにしても、なんで「このミス」に応募したのかが謎ですね。ファンタジーノベル大賞ならさほど違和感もなかったと思うのですが。 小説として面白いかと問われれば面白かったと答えますが、ミステリを期待する人にはまったく薦められません。人によってはエンタメですらないと感じるかも。故に採点は低めに6点で。 「結局、僕よりも白のほうが長生きした。僕が死んで一世紀近く経ったのに、白はそのことをずっと気にしている」 本作の書き出しです。なにか感じるものがあれば、読んでみて下さい。 |
No.18 | 5点 | 永遠の0- 百田尚樹 | 2015/02/04 22:03 |
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この作品が社会に与えた影響、意義は認めたうえで採点させて頂きます。
戦記ものには疎い自分でしたが、最後まで興味深く読みました。感動もありました。私は作中のとある人物のように特攻隊員はテロリストだなんて思わないし、日本帝国軍人を悪人の集団だとも思っておりません。 ですが、自分は本作を小説としてはあまり評価できません。作者が自分で考えたであろう小説部分は物語も人物も陳腐。文章もけして上手ではないと思いました。 自分の認識では本作は数人の老人が資料を読み上げる話。その資料には興味深く、哀しく、いろいろ考えさせられる点がありました。 よって資料としては7点ですが、小説としては3点、中間を取って5点としました。 |
No.17 | 7点 | ブラジルから来た少年- アイラ・レヴィン | 2015/02/04 20:58 |
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アイラ・レヴィンといえばミステリファンにはまずは「死の接吻」だと思いますが、これもなかなかの快作です。「死の接吻」や「ローズマリーの赤ちゃん」に比べると描写が簡潔で話の展開が早い。個人的にはもう少し書きこんで欲しいのですが、これは必ずしも悪いことではないと思います。
物語は南米に住むナチスの残党が会合を開くところから始まります。悪魔の医師メンゲレがこの席上で94人の男を決められた日時に殺害するよう集まったメンバーたちに命じます。標的となる男たちはいずれも公務員で年齢は65歳前後。 この情報を偶然入手した老ユダヤ人のリーマスは意味不明な殺害計画だけに半信半疑ではありましたが調査に乗り出します。 94人の男たちはなぜ殺されるのか? メンゲレの目的はなんなのか? かなり無理のある計画であり、そううまくいくものかと感じる方も多いかと思いますが、個人的にはギリギリセーフとしたい。そして、荒唐無稽ギリギリで踏みとどまっているような小説は美味しい。 ただ、悪魔の医師メンゲレの終盤での行動はさすがに違和感がありました。いい年してフットワークが軽すぎるというか、他に手はなかったのか。あったろうけど、作者としてはメンゲレを動かしてクライマックスを盛り上げたかったのでせう。 ちなみに本作の原題はThe boys from brazil |
No.16 | 9点 | ヒューマン・ファクター- グレアム・グリーン | 2014/06/20 19:35 |
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これは傑作でしょう。
純文学とエンタメの美しい融合です。 スパイのお仕事が地味ですがリアルに描かれています。 人物造型や繊細な伏線の張り方なんかは見事としかいいようがありません。あと、自分も犬がよく書けていると思いました。いかにもボクサーらしい愛すべき犬でした。 グリーンの代表作が『第三の男』という風潮は良くないと思います。代表作はこちらのヒューマンファクターです。 |
No.15 | 8点 | 死者の書- ジョナサン・キャロル | 2014/06/20 19:12 |
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ミステリではなく、ホラーとファンタジーが混ざったような作品です。9点を付けたいのですが、ミステリではないので減点しておきます。
超有名俳優を父に持つ情緒不安定な高校教師の男が自分の大好きな作家の伝記を書くために、その作家が生前住んでいた町を恋人と二人で訪れます。町の人から歓迎されて、尊敬する作家の娘と親しくなって、とんとん拍子に事は運んでいるように思えますが、この町はなにかがおかしいと主人公は気付きます。そして……。 この作品は特定の作家への愛着、執着を切実なまでに描き切っています。自分もマーシャル・フランスという作家の作品をぜひ読んでみたいと思ったほどです。主人公がのちに恋人となる女性と古本屋で本を奪い合う?場面などはニンマリしてしまいます。 また、父子の物語としても秀逸でした。有名人を父に持ってしまったせいで自己を確立し損なった男。あまり好ましい人物ではありませんが(特に女性にとって)、彼がそうなってしまった理由は理解できます。自分を間接的に苦しめた父親を彼は誰よりも愛しているのです。 そして、ここにファンタジー要素も加わって、これらが結末に向けて一つに収束していくさまも見事だと思いました。 ※かなり癖のある作家なので、まるで受け付けないという方もけっこういると思います。自分は五人の友人にこの本を貸しましたが、うち二人からははっきりと拒絶されました(二人とも女性でした)。 |
No.14 | 7点 | 私家版- ジャン・ジャック・フィシュテル | 2014/06/20 18:43 |
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帯には「本が人を殺す……」とあります。これはどういうことなのか。ここが読者の興味をもっとも引く部分でしょう。いかにもフランスの作家らしく、事件が起こるまで時間がかかります。被害者と犯人についてきっちりと書いてから事件を起こすのです。
ハウダニットに関してはユニークではありますが、確実性に欠ける点や科学調査ですぐにばれるのではないかという懸念ありますが、犯人の執念というか、涙ぐましい努力含めてなかなか面白いと思いました。 犯行の動機が二つあるように思えて、どちらが主な動機なのかが判然としない点が気になりました。二つの動機が互いを食い合ってしまっているような気がします。 |
No.13 | 7点 | ルピナス探偵団の当惑- 津原泰水 | 2014/06/20 18:25 |
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おそらくは中高生あたりをターゲットにしている作品なのでしょうが、大人の鑑賞にも耐えうるクオリティだと思います。
特に第三話『大女優の右手』はかなり出来がよろしくて、8点をつけたいところです。 この人の文章はキレがあって好きです。ときおり顔を覗かせるマニアックな雑学も面白い。キャラクターも書き分けがしっかりしていて個性あります。 |
No.12 | 6点 | ぼくらはズッコケ探偵団- 那須正幹 | 2014/06/20 18:16 |
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正直なところ大人が読んで楽しめる作品ではありませんが、小学生に最初に読ませるミステリとしてはよくできているのではないかと思います。
永らく子供たちに愛されてきたシリーズだけあって、子供の世界、子供の物の考え方などはよく書けています。 |
No.11 | 9点 | ブラック・ダリア- ジェイムズ・エルロイ | 2014/06/01 15:20 |
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個人的には読みやすい文章とは思えませんでした。
構成も下手だと思いました。 焦点定まらず読み筋が掴みにくい作品でした。 主要人物の名前がブライチャートとブランチャード、途中でどっちがどっちだかわからなくなったりもしました。「どっちがどっちでも構わないんだ、どっちも俺なんだよ」と作者が囁いているような気がしました。 ブラックダリア事件という実際に会った猟奇殺人を題材にしていますが、作者に猟奇趣味はないであろうと確信しています。 この作品でエルロイは自分の母親を汚し、殺しました。だが、それを徹底することはできませんでした。 自分はこの小説のラストを甘いと感じましたが、その甘さが生まれた理由はエルロイが母親に対する気持ちを作品に反映させてしまったからではないかと思います。 これは技術ではなく情念で書かれた小説だと思います。 棺桶に入れて欲しい一冊です。 支離滅裂な書評で申し訳ありません。 |
No.10 | 8点 | 別れを告げに来た男- ブライアン・フリーマントル | 2014/06/01 14:18 |
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手抜きと思われそうですが、感想はkanamoriさんとほぼ同じです。スパイ小説としても完成度高く、ミステリとして読んでもいい。付け足すなら、主人公とソ連からの亡命者の腹の探り合いが非常に読み応えありました。 |