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tider-tigerさん
平均点: 6.71点 書評数: 369件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.49 7点 メグレと深夜の十字路- ジョルジュ・シムノン 2015/11/30 21:25
メグレが容疑者を尋問しているシーンから物語は始まります。
保険屋のミショネは車を買い換えたばかりでウキウキ。――ウキウキは勝手な想像です――。ところが、その日車庫を覗くと、新車は消えており、代わりに近所に住むデンマーク人カール・アナセンのおんぼろ自動車がそっと置かれていたのです。
――ミショネは激怒した。――
その頃、おんぼろ自動車の持ち主であるカール・アナセンは逃亡を図っていました。アナセンの車庫には死体入りの新車が置かれています。
そんなわけで、アナセンはすぐに取り押さえられ、冒頭の尋問シーンとなったのです。
ところが、このアナセンが只者ではない。海千山千のアナセンというわけでもなさそうなのに、厳しい尋問にもへこたれず、上品な態度を決して崩さないのです。
メグレはいったんアナセンを釈放することに。
アナ「ありがとう、警視さん」
メグ「いや、どういたしまして」
アナ「私は無実であることを誓います」
メグ「何も誓ってもらわなくてもいいさ!」

謎があり、アクションがあり、意外性もあり、エンタメとしてなかなかの秀作。そのうえ人物造型も非常に良く、シムノンらしさをしっかり保持している。好きな作品です。有名作であり、比較的入手し易いこともあってかシムノン(メグレシリーズ)入門に『男の首』を選ぶ方が多いようですが、個人的にはあれは入門向きではないと思います。じゃあなにが一番いいのかと問われると困りますが、『メグレと深夜の十字路』から入るのも悪くないのでは。

「シムノンは三十を過ぎたら読むといい」なんて言われているようですが、私に関しては当たっていました。
学生時代に読んだ時は「つまらん」と思いました。
三十ちょい前に再挑戦しました。「別に面白くないけど、ちょっといいかも」
さらに数冊読みました。「やっぱりそれほど面白いとは思えないけど、なんか癖になるな」
ついに古本屋で二十冊まとめ買い(絶版だったので古本なのに一冊千円くらいしました)。「これは一粒千円の宝石だ!」と確信、今に至ります。何度読んでも面白い。このサイトで高評価をつけづらい面白さなのが悩ましいのです。

No.48 7点 Xの悲劇- エラリイ・クイーン 2015/11/30 21:17
エラリィ・クイーンは大昔に数冊読んで、それらの内容をあまり憶えていないというか、なにを読んだのかも憶えていないありさまでした。
このサイトでいろいろ情報収集させて頂いておりますが、やはり、クイーンはきちんと読んでおかなければとXを購入。
あまり私好みの小説ではありませんでしたが、評価されていることには納得です。
レーンが他の可能性を一つずつ潰していって、真犯人に到達する過程は非常に面白かった。ある種の快感でした。
私の採点ではミステリとしては8点。小説としては5、6点くらい。
みなさんの書評を見て興味の湧いた作品もありますし(災厄の町とか面白そう)、今後はY、Z、最後の事件と読み進めてみようかと考えております。
最後に一つ。とても大きな瑕疵だと思ったものを指摘させて下さい。
(もしかして読み間違え、読み落としをしてるのか?)



以下、少しネタバレです

最初の殺人が起きてからずっと凶器のことが気になっていました。ドルリー・レーンが手袋とかなんとか言うだけで、誰もそのことについてはっきり言及しないのでどうなってんだと思っていたら、最後の方でレーンがおもむろにそれを指摘。なんと警部も検事もそれを聞いて感心しています。正直、ズコーッとなりました。これはちょっと考えにくい。
凶器を文字でしか見ていない読者が気に留めずに流してしまうのはまあ仕方がない。実感がないわけですから。
ですが、作中の警察関係者は目の前で禍々しい凶器そのものを見ているんですよ。どうやってこれを持ち運んだ? どうやって被害者のポケットに入れた? そうした疑問が湧かないはずはない。これだけはちょっと許せませんでした。

No.47 9点 一角獣・多角獣(異色作家短篇集)- シオドア・スタージョン 2015/11/27 23:45
さまざまなジャンルが混合した変な小説の詰め合わせです。
合う、合わないはあるかもしれませんが、駄作はありません。
ミステリではありませんが、高得点を付けさせて頂きます。
ミステリしか興味ないという方はスルーして下さいませ。

以下、ネタバレなしの寸評。

★一角獣の泉
処女が大好きな一角獣ではありますが、このモチーフをこういう風に使って、こういう美しい話に仕上げるのがスタージョンです。
★熊人形
――「お眠り」と、怪物は言った。口の中に血がいっぱい詰まっているので、怪物は耳でしゃべった。――本作の書き出しです。
浦沢直樹の漫画にテディベアが出てきた時、自分はこの話を思い出しました。
★ビアンカの手
内容はあまり紹介したくないので逸話を。
短編コンテストでグレアム・グリーンを押しのけて一等賞を取った作品ですが、「こんな異常な発想で小説を書く人とは関わりたくない」と、とある出版関係者に言われてしまいましたとさ。雑誌に掲載したら読者から抗議の手紙が殺到したというシャーリー・ジャクスンさんの『くじ』に勝るとも劣らない作品です。
原題は Bianca's Hands
★孤独の円盤
円盤って、もう死語ではないかと。今さらそんな話を読まされてもねえ……でも、泣いた。
★めぐりあい
グロリアという女性と恋に落ちるレオ。ある時、彼の前に宙に浮かぶ首が現れた。その首は「単性生殖にはシジジイがあってさえ、生存の価値はほとんどない。シジジィがなければ、存在することはできない」などとわけのわからないことを言う。
なんともつかみどころのない話。シジジィとはなんなのか?
原題はIt Wasn't Syzygy.
★ふわふわちゃん
お喋りといたずらが好きな猫の話です。
この短編集の中ではもっともわかりやすい話かな。
★反対側のセックス
序盤でシャム双生児のような死体が出てきますが、ミステリではなくて、SFっぽく展開して、オチは意外と……。
これも『めぐりあい』に登場したシジジィの話です。実は「めぐりあい」ではシジジィってのがなんなのかイマイチよくわからず、こちらを読んでようやく朧げながらに理解できました。
★死ね、名演奏家、死ね
『輝く断片』の書評にて寸評済みなので省略
★監房ともだち
なんともすっとぼけた友だちなんですね。とても怖い話なのに笑ってしまいます。
★考え方
女に扇風機を投げつけられた男は激怒して、女に扇風機を投げ返……さないのです。では、どうするのか? 
これは傑作です。

No.46 7点 トスカの接吻- 深水黎一郎 2015/11/23 12:28
衆人環視の元、オペラの舞台上で殺人は行われた。
悪役の首に女優はナイフを突き立てた。引っ込みナイフのはずだったので頸動脈を狙って思い切り。ところが、ナイフは本物だった。
誰が、いつナイフをすり替えたのか? なぜ彼は殺されたのか?

少しネタバレあります

芸術論とミステリを融合したシリーズの二作目。
最後まで興味深く読めました。オペラの演出が殺人事件と絡んでくる展開なんかは良かった。小説としては満足できました。ただ、ミステリとしては問題あり。全体の構図はいいんですよ。意外性もある。ですが、警察がちょっと有り得ない見落としをしたり、動機や犯行手段が強引に思えたりと瑕疵が散見されます。
芸術部分に比べてミステリ部分には「細部に神が宿っていない」んです。
瞬一郎氏が「ホリゾントに原爆投下の映像を映し出す」演出に不自然さ、センスの悪さを感じ取ってなにかに気付いたりするなど良い点がたくさんあっただけに細部の不自然さがどうにも気になってしまいました。
特に犯人の動機が消化不良に感じられた。読み足りなかった。
真犯人の心情がもう少し丁寧に描かれていれば。瞬一郎がどのように真犯人を懐柔し、どのような会話を交わしたのかは是非とも知りたかった。また、懺悔の神さまポーズで死んだ人と彼の確執についてもう少し突っ込んで書くべきだったのでは。
それから、記者会見のシーンがぬるい。あそこはもっといい場面に出来たと思いました。もっと緊迫させて郷田氏の悪い癖が炙り出されたりしても良かったのでは。

どうでもいいことですが、あのダイイングメッセージは……死にざまを想像すると笑ってしまう。自分だったら死後にあんな情けない姿で発見されたくないなあ。

安定の乱歩賞より、当たり外れの差が大きいメフィスト賞の方が好きなのですが、この作者は中でも特に好きな一人です。
安定した文章力、興味深い芸術論、凝った構成、人間心理の不可解な部分を掬い出す(人物造型そのものは弱いと思われますが)、知的でクールな作風にあって、違和感すら覚えるウェットな読み味を残すところなどなどが好きなポイントです。

No.45 8点 カラマーゾフの妹- 高野史緒 2015/11/15 14:06
十三年前にカラマーゾフ一家で起きた父親殺し。被害者の次男であるイワン・カラマーゾフが特別捜査官となって故郷(殺人の現場)に帰って来た。事件の真相を解き明かすために。

未完に終わってしまった『カラマーゾフの兄弟』の続編? です。原典では犯人が明示されていなくて、また、他にも未消化な部分が散見されるため、それらを統合し、筋の通った解決編を提示する試みです。
出版当時から読んでみたい、でも読みたくないと思っていた作品でした。
ようやく入手、ほぼ一気読み。

※以後、原典は兄弟 本作は妹と表記します。

兄弟はプロットの骨格はミステリであるにも拘わらず、ミステリ以外の部分があまりにも強烈なのでミステリとして読む人はあまりいない。構成が下手糞で好き勝手に話を膨らませていくものだから長大、しかし、無駄ではない。滅茶苦茶面白い。そんな作品の続編を原稿用紙五百枚かそこらで書かなければならないわけですから、さぞや大変だったことでしょう。
妹は兄弟の美味しい部分がずいぶん削ぎ落されておりますが、変な色気を出さずにミステリとしてまとめたのは潔い(さすがに近代文学の金字塔とまで言われる大審問官の章には触れざるを得なかったようですが)。
ミステリとしての『カラマーゾフの兄弟』に一つの解決を与えることには成功していると思います。
兄弟に思い入れがある人ほど楽しめるともいえるし、この作品を嫌悪するともいえる。否定的な見解があることは作者も覚悟していたはず。私も不満な点はたくさんありました。でも、良い点だってたくさんあるのです。
文章
達者だと思います。ただ、説明と描写のバランスが悪く、重苦しいと感じる方もいるかも。自分は兄弟(江川訳 原訳)と比較してしまったので軽く感じましたが。
プロット
発想と度胸はいい。カラマーゾフの続編なんて、思いついてもそうそう書けるもんじゃない。兄弟から不審な点を抽出して地道に捜査していくのはなかなかいい。ただ、説明が多く、展開がまどろっこしい部分あり。兄弟既読の方は少々うるさく感じたのでは。
構成
兄弟は滅茶苦茶。妹はきちんと整理されている。
人物造型
登場人物たちの魅力が兄弟よりも薄れているのは否めませんが、登場人物を恣意的に改変はしていないと考えます。改変を思わせる個所もそれなりの根拠はあると思われます。細かな部分では、あ、イワンだ! アリョーシャっぽい反応だなあ、などと頷ける部分がけっこうありました。
ただ、全体的に説明過多。人物はやはり説明ではなく描写すべきだとは思いました。


以下ネタバレあります。

妙に浮いているSFというかなんというかな展開についてはムジカ マキーナ(著者のデビュー作)で免疫がついていたので、「またやりやがったな(笑)」という感じでした。

上で触れた登場人物の改変についてですが、近年ではありふれたサイコ系のネタがいくつか使われている。これにウンザリさせられる方もおりましょうが、実は兄弟の中にこれを示唆する部分があるのです。
この真犯人を私は兄弟を読んでいた時点ですでに病的だと感じていました。
イワンはもっとわかりやすく病的でした。
妹の作者は人物像を改変したのではなく、兄弟から仄かに匂うそれを汲み取ったに過ぎないと考えます。
兄弟を読んでいる人は真犯人に驚き、信じたくないと感じることでしょう。だが、読んでいない人は別に意外だとも思わないのではないかと。むしろもっとも怪しい奴が犯人でしたと。

真犯人が明らかになるシーン、拍子抜けする人もいたことと思いますが、自分はエピローグも含めて凄いラストだと思いました。特に真犯人が自分の犯行を認めた時の言葉。
「だって誰も……  痺れました。この真犯人はこういうことを言ってもおかしくない。また、この言葉は兄弟の読者に対して投げかけられているとも取れます。いやあ、いい。
いろいろな面で原典のファンからすると許せない作品なのかもしれない。ですが、自分は評価します。

No.44 6点 盤面の敵- エラリイ・クイーン 2015/11/14 14:51
ヨークスクエアなる正方形の敷地の四隅にはそれぞれ城があり、敷地の中央には庭園がある。城にはそれぞれ主がいて彼らは従兄同士。このヨークスクエアの下男であるウォルトの元に匿名の手紙が届く。
――きみは、わたしがだれだか知っている。
きみは、きみがそれを知っているということを知らない。――
こんな風に始まるこの手紙はウォルトを賞賛しますが、客観的には少々気味が悪い。
ウォルトの元にはこの匿名希望の人物から再度手紙が届く。好かれも嫌われもしない孤独な男ウォルトに大いなる使命が与えられた。
ウォルトは手紙に書かれたことを忠実に実行し、ヨークスクエアの一城の主が花崗岩で頭を砕かれて無残な死を遂げた。
そして、――悲劇は繰り返される――北斗の拳オープニングより引用

実行犯が冒頭から明示された奇妙なミステリ。ウォルトを操っている黒幕を名探偵エラリー・クイーンが解き明かしていきます。
なかなか面白い。
ゲーム性の高いプロットではありますが、登場人物が駒にはなっていませんし(むしろ変なアクがある)、この手の小説にありがちな人物の行動の不自然さは辛うじて回避されています。
例えば、ウォルトは逮捕されてもなお口を割ろうとしないのですが、これはウォルトの人物造型、及び真相の開示によって納得できます。ギリギリですが。
ただ、読み進めるうちに不安は高まりましたね。どうやって収拾つけるのか。
容疑者が少な過ぎるんですよ。まさかカーみたいに「登場人物以外の犯人」に挑戦した?
それから、ここまで見事に操られてしまうものなの? という疑問も湧きました。この疑問は真相開示によって腑に落ちたのですが、神秘性、宗教性、及びウォルトと彼の関係性などは悪くないものの、このネタはちょっとなあ。あと動機がようわからん。
結論 真相のあのネタを除けば非常に面白かった。一点減点して六点とします。

シオドア・スタージョンの代作とされている作品ですが、スタージョン愛読者の自分は何頁か読んで、ああこれはスタージョンっぽいなと思いました。エラリー・クイーンはあまり読んでいないので比較はできないのですが。
スタージョンぽいと思ったのは以下。
手作業について細かく描写するのが好き。
孤独というキーワード、ウォルトやアン・ドルーなどの人物造型、取るに足りないとされていた人物の変容など、そのままスタージョンの作品に登場してもまったく違和感なし。
わりと素直な文章でスタージョンらしくないが、比喩(少々独りよがりな面のある)を多用しているあたり。
代作スタージョン説に異議はありません。文章(あまり個性を出さないよう気をつけてはいるが)と人物造型はスタージョン。プロット作成にはスタージョンは関わっていないとみています。

No.43 9点 シャーロック・ホームズの冒険- アーサー・コナン・ドイル 2015/11/01 14:15
あくまで現代の視点からミステリとしての面白さを評価するか、蟷螂の斧さんの仰るように「歴史的意義や現代ミステリーへの影響度などを評価すべき」なのか。もちろん、双方間違ってはいないのですが、私は蟷螂の斧さんと同じく。よって、この点数しかありません。
(この先の読書人生に夢と希望を持ちたいので十点はつけない方針です)
ミステリのみならず、キャラクター小説の基本もここには詰まっています。さらに異常な(わけのわからない)状況を作りだす才。雰囲気作りのうまさ。
こういう↓思わせぶりな言い回し。
「これまでぼくが手がけてきた五百ばかりの重大事件のうちでも、これほど底の深いのは、またとあったと思えないくらいです」バスカヴィル家の犬より
(神津恭介氏などがこういう言い回しを受け継いでおります)
それから、個人的に重要だと感じたのは殺人事件がそれほど多くはないこと。「一頁目から死体を転がして読者を惹きつけろ」という格言もドイルには無用。殺人に頼らないので、探偵小説につきまとう課題、警察の介在を排除しやすい利点があります。殺人に頼らないミステリがもっともっと発展してもいいと思っております。

以下寸評(角川文庫 鈴木幸夫訳) ネタバレあります。

★ボヘミア王家の色沙汰
痛快。
★赤毛連盟 
着想良し、まとまり良し、ユーモアまであって文句なし。
★ふきかえ事件
娘を結婚させないための奇策、娘の人物造型が巧みなことも相俟ってかなり上質な作品に仕上がっていると思います。
★ボスコム谷の秘密
悪くはないけど、どちらかといえば長編向きの話で、短編にはあまり馴染まないように思えました。
★五つぶのオレンジのたね
どうにもすっきりしない話。序盤がかなり魅力的だっただけにどうにも欲求不満。情報の少ない時代なので、当時の読者は「こんな組織があるんです。御存知でしたか。怖いですよねえチャンチャン」みたいな終わり方でも興奮、満足できたのでしょうか。
★唇の曲がっている男
英国紳士が物乞いで生計を立てていた。乞食は三日やったらやめられないなんて言いますが、それを真剣に小説化。素晴らしい着想です。それから、阿片窟の描写が非常に良かった。
★青い紅玉
なんてことはない話ですが、ホームズがガチョウを追いかける過程が面白い。
↓ちょっと粗探ししてみました。
ホームズ「あなたのガチョウと目方も新鮮さもまったく同じガチョウを用意しましたよ」
~三秒後~
ホームズ「あんな見事なガチョウは見たことない。どこで買ったか教えて下さい」
こんなこと言われたら相手は不審に思うのでは。
それから、帽子がでかい→脳もでかい→頭がいい この三段論法はちょっと。 
★まだらのひも
小学生の頃は感激したが、今読むとどうもあのトリックは……。
「バスカヴィルの魔犬」と重なります。
雰囲気良し、サスペンスあり、殺害の手段は成り行き任せ。
★技師のおや指
話は面白かったが、なぜあの女性は技師を助けようとしたのか?
★独身の貴族
消えた花嫁がどうにも身勝手に思えてあまり好きになれない話。
★緑柱王の宝冠
これはかなり好きです。
ジェイムズ・ティプトリーJrの「男たちの知らない女」というSF短編を思い出します。
★「ぶなの木」館
冒頭の苛立つホームズ、なめ切った(ように見える)依頼人からの手紙、うって変わって不気味な展開へ。子供の扱いというか役割が不鮮明なのが惜しい。あと箪笥から髪の毛の束が出てくるのがようわからん。他にもいろいろありますが、それでも好きな作品です。

No.42 6点 - エド・マクベイン 2015/10/23 06:44
雑役夫のジョージ・ラッサー(86歳)が勤務先のビルの地下室で斧で滅多打ちにされて殺害された。聞き込みにより、被害者の複雑な家庭の事情や、被害者が事件現場であるビルの地下室で違法の賭場を開いていたなどの情報がもたらされるのだが……。

この作品は評判が良くないようです。タイトルは斧でも内容は鼻毛切りレベルだと。確かに重要な作品ではないでしょう。だがしかし、個人的には面白かった。
八十六歳の老人が無残な死を遂げる。ところが、奇妙なことに犯行が凄惨なわりには作品には軽い雰囲気が漂っています。ユーモラスと言ってしまってもいいかもしれません。
まずは事件発生直後、パトロール警官が現場付近でいかにも怪しい黒人青年(サム)を発見し、キャレラ刑事とホース刑事の元に連れてきます。以下抜粋

「表の横丁でなにをしていたんだ、サム」
「おれはここのビル(殺害現場はこの地下室)で働いてるんだよ」
「と言うと?」
「ラッサーさん(被害者)に雇われてるのさ」
「仕事は、なんだ」
「薪割りだよ」

その場にいた全員沈黙。拳銃に手をかける警官もいます。繰り返しますが、凶器は斧です。思わず笑ってしまいました。もちろんサムは犯人ではなく、この後は聞き込みを中心としたお決まりの捜査が始まります。
ところが、どうにも肩すかしの連続でうねうねと低空飛行を繰り返すのです。
(被害者の息子の胸に詰まるエピソードもあったりしますが)
犯人はまったく見当つきませんでした。動機が意外でした(コットン・ホース刑事もびっくりでした)。このオチを面白いとするか、地味(つまらん)とするかで評価が変わる作品だと思います。
作者は実験というか、遊びというか、悪ふざけというか、そんな気持ちでこれを書いたのではなかろうかと勘繰りたくなります。
私はこれ好きです。個人的には7~8点。ただし、客観的に見て評価は6点としておきます。

No.41 6点 ハートの刺青- エド・マクベイン 2015/10/23 06:39
ハーブ河で若い女の水死体が上がった。死体の指には『MAC』という文字入りのハートの刺青が彫られていた。被害者の身元を洗いつつ、キャレラ刑事は犯人を追う。

原題はThe con man(詐欺師)。邦題の方が目を魅くのですが、原題の方が内容を端的に示している。邦題のハートの刺青が作中で謎の一つとなっているのですが、その秘密があまりにもしょぼい。「それだけのことかよ」と脱力してしまいました。
シリアスなものとややユーモラスなもの、二つの事件が並行して進んで行きます。本筋の殺人事件はスティーヴ・キャレラ刑事、詐欺事件は本シリーズ初登場にして黒人のアーサー・ブラウン刑事が担当します。二つの事件は絡み合うことはありません。マクベインの作品では複数の事件が同時進行することが多いのですが、それらが一つに収斂していくような快感はなく、完成度が高いとは言い難い。楽しい店舗が盛り沢山の雑居ビルって感じですね。

この作品はファンの間で評価が高いようですが、実は私はあまり好きではありません。
終盤の緊迫感がどうにも作為的に感じられ、とあるキャラの無茶な行動もちょっと頂けない。
ラストも映像としては美しいのですが、文化の違いというか、日本人男性のほとんどは少し引いてしまうのでは。
まさか、スワロウテイルバタフライ(映画)ってこの作品から着想を得た?
それから、本作の主人公であるキャレラ刑事。どうにも弱みがなさ過ぎて。すごくいい奴なんですよ。でも小説の登場人物としては面白くない。私は他のキャラにスポットが当てられている作品の方が当たりだと感じることが多いのです。作者もキャレラがシリーズの主人公とみなされることに抵抗を示しており、何度かキャレラを本当に殺そうとしたとまで言っておりました。確かにキャレラはいくつかの作品で死にそうな目に遭っています。
刑事ドラマにするにはうってつけの内容かもしれませんが、個人的には87分署シリーズの鼻につく部分が凝縮されている作品でした。
それでもそこそこ楽しく読めてしまえるのがこのシリーズのすごいところなんですが。

No.40 7点 殺しの報酬- エド・マクベイン 2015/10/15 19:20
曲がって来た車の窓からライフルで狙撃されて落命したのは恐喝を生業とする男だった。犯罪者間の争いの線は早々に消え、恐喝されていたうちの誰かが殺ったのだろうという推測の元に捜査は進められる。だが、容疑者たちは恐喝されていただけに後ろ暗いことがあり、みな口が重いのだった。

前作「被害者の顔」で初登場したコットン・ホース刑事が主人公です。ホースは前作ではやや疎ましい男だったのが、キャラが少し軽くなって、人好きのする奴になっていました。
まあ、それはさておき、さほど話題にならない作品なのですが、自分はけっこう良く出来ていると思っています。被害者が恐喝犯ということが活きています。多少御都合主義な部分はあるも、細かな伏線を張ったり、理由付けを行う努力はなされています。展開に捻りもあって、犯人に関してもちょっとした驚きがあります。

No.39 8点 電話魔- エド・マクベイン 2015/10/15 19:16
デイブ・ラスキンの婦人服店には立ち退きを要求する脅迫電話がしつこく掛かって来ていた。内容は「立ち退かないと殺す」という悪質なものであった。さらに、ラスキンの店のみならず、他にも二十もの店が同様の脅迫を受けていた。そして、事件と関係があると思われる死体が発見されるも、犯人の狙いがいまいちよくわからないのが悩みの種であった。

ドイル(シャーロック・ホームズ)へのオマージュ。さほど話題にならない作品ですが、自分は重要な作品だと考えております。しょぼい話と思いきや、だんだんとスケールが大きくなる展開もいい。それでいてマヌケな話でもあったりして。
事件というか、騒動というか、とにかく犯人の狙いがなんなのか、そこが眼目。
あとは渾名が禁止用語の犯人も薄気味悪くてなかなかよろしい。87分署の刑事たちが最も嫌だったであろう犯人ではないかと思います。
最初に読んだマクベインがこれなので、思い入れがあるのやもしれませぬが。

No.38 7点 警官嫌い- エド・マクベイン 2015/10/15 19:14
深夜、職場に向かう途上でその刑事は射殺された。
「ぐじゃぐじゃ言っても仕方がない。とにかく、町に出て犯人を探せ!」
捜査主任の号令の元、仲間を殺され憤怒に燃える刑事たちは犯人を追う。
だが、警官殺しの犠牲者はさらに増えていくのだった。

他の方も書いてらっしゃいますが、導入部がいい。一気に引き込まれます。私も熱くなりましたね。
二人目の犠牲者の扱いが軽いのが可哀想でした。もう少し突っ込んであげて欲しかったところ。三人目の犠牲者がかっこ良かっただけに。
まあミステリとしてはよくある誘導で、本格慣れしている人にはああ、あれね、とすぐにネタが割れてしまいそうです。エンタメとしてはかなり面白い作品です。

87分署シリーズについて
本シリーズは三十冊弱読みましたが、作品間の当たり外れの差が小さく、私の(甘い)採点基準ではすべて6~8点の間に収まります。ただし、飛び抜けた傑作というのはないように思われます。
長いシリーズなので、マンネリにならぬよう様々な趣向を凝らす努力はしています。
双方を知る方から猛烈な反論がありそうですが、自分の中では87分署はリチャード・スタークの悪党パーカーシリーズと対になっています。両者ともにテンポが良くて、気軽に読めて、楽しい。忘れ去られてしまうのは惜しい作品群です。

長所
会話がうまいと思います。プロットの通りに話を進めていくための不自然な(作者の必死さが見える)会話などはなくて、どうでもいい刑事たちの軽口さえ魅力があります。
どの作にも一つ二つは必ずいい場面があって、話そのものを忘れてしまってもその場面は憶えていたりする。
意外とユーモアがある。
テンポ良く、話の展開もうまいのでリーダビリティが高い。
ちょこちょこと捜査の細かな点を描写している(リアルだと誤解される一因)。
コツコツ頑張る(なんのこっちゃ?)。

短所
多少の有効成分はあれど、――推理――小説としては市販薬レベル。
刑事は魅力あるも、犯人や被害者で印象的な人物があまりいません。
本来は純文学志向(私の勝手な推測)なのに普段は抑圧しているせいなのか、ときおり文体が美文調に変わります。これが曲者で、効果を上げることもありますが、妙にそこだけ浮き上がって興醒めとなる場合も多々あります。
けしてリアルな警察小説とは思えない(mimiさんの御意見に私も賛成です)。昭和の刑事ドラマ(太陽にほえろ等)はこの作品の影響を多分に受けていると思われ……つまりは、そういうことです。

基本的には発売順に読むことを推奨しますが、どこから読んでもそれほど支障はありません。ただ、警官(サツと読む。口にするのはちょっと恥ずかしい)は電話魔を読んでからの方が良いようです。ある意味続きものですので。
それから「死んだ耳の男」は未読なんですが、タイトルからして、たぶん電話魔、警官を読んだ後にした方が良いです。

一発目は避けた方が無難な作品(作品のレベルの問題ではなく異色作ゆえです)
「灰色のためらい」 「我らがボス」 「夜と昼」「死にざまをみろ」
ちなみに私は「糧」より後の作品は未読です。

No.37 8点 シャーロック・ホームズの回想- アーサー・コナン・ドイル 2015/10/09 02:51
シャーロック・ホームズの回想を読み直して、子供の頃はミステリとして楽しみ、大人になるにつれてその他の部分を楽しむ、ホームズはそのような存在だったんだなと感じました。
私は本作をドイルのアイデアノートのように感じてしまいました。これから書こうと思っている長編小説のネタや場面を練習として吐き出しているような風。
ミステリとしては冒険はもちろん、帰還よりも落ちると思います。作者がミステリではないものに気もそぞろであったゆえに、矛盾した言い方ですが、散漫であり、また深みがある。
歴史小説を書きたかったのなら、『時の娘』や『ジンギスカンの秘密』のようなものを書いてみれば良かったのに。きっと傑作になったと思われます。残念です。

以下 ネタバレあります


収録作品寸評 (旺文社の田中純蔵訳です)
★シルヴァー・ブレイズ号事件 
小学生の頃に最初に読んだホームズもの。その時の訳では銀星号事件とかいう邦題でした。子供の頃の感動そのまま屈指のミステリ短編。
★黄色い顔
大好きな作品です。ただ、子供の顔を隠すのはわかるが、なぜわざわざそんな不気味なお面を? 子供だって嫌がるのでは? なぜ不気味なお面を被せたのか。その必然性が描かれていれば完璧でした。
★株屋の店員 
面白かった。ですが、自分の傑作をパクってどうするのだという疑問も湧く。
★グローリア・スコット号 
前半はよくまとまっていたのに後半の復讐譚の序章のような冒険活劇に力が入りすぎてなんの話かよくわからなくなりました。こういうのを書きたかったのですね。
★マスグレイブ家の儀式書
個人的には非常に好み。もう少し長めの物語にしてじっくり書いて欲しかった一編。ご先祖様の誰もがこの儀式の意味について考察しなかったのはちょっとボンヤリし過ぎ。
★ライゲットの大地主
二名によって一単語ずつ交互に書かれた手紙。そこからホームズがさまざまなことを読み取る場面が印象的。
★まがった男
曲げるのは唇だけにした方がよいようで。マングースになんの意味があったのでしょう?
★入院患者
犯人というか被害者は前半部分では賢かったのに、肝腎なところで大馬鹿でした。自分の命を守るためなのだからもうちょっと工夫しろと言いたい。
★ギリシア語通訳
これはちょっと……。兄の登場でテンション上がるも、結局、兄はなんのために登場したのかわかりません。
道行く男、子供が一人か二人かで兄と意見が分かれる。ホームズが絵本(か、ガラガラ)を見逃すなんてありえないのでは。兄の凄さを強調できていないように思えました。
★海軍条約事件
よくまとまっているも、あまり面白くない。
★最後の事件
子供のころはワクワクしましたが、教授の作り上げた犯罪組織や教授の人物像、起こした事件やホームズがどのように彼を追い込んでいったのか、大人の私が読みたい部分がまるで書かれていません。ホームズがすごいすごいと連呼する教授の凄さが読者にはまるで伝わらず、ダメな人物描写の典型。長編化希望します。
どなたかが書いてらっしゃいました「あの決着のつけ方はないだろう」という書評には笑いました。

No.36 8点 バスク、真夏の死- トレヴェニアン 2015/10/01 19:44
原題は『The Summer of Katya』邦題も悪くないけど、こっちの方がいいかな。
医師であるジャンの回想形式で綴られた恋愛小説にしてサイコサスペンス。
ジャンは第一次大戦前の夏に温泉街の小さな診療所で働くこととなった。ここで、カーチャという名の不思議な女性と出会う。活発だが、どこか風変りなこの女性に恋するジャン。だが、カーチャには本人と同じくらい風変りな父親がいる。さらに、カーチャの双子の兄ポールはカーチャと関わるのは危険だとジャンをカーチャから遠ざけようとする。なにが危険なのか? カーチャがたびたび口にする庭にいる妖精(精霊だったかな?)とは一体なんなのか?

物語は読み手に不吉な影を感じさせつつも、恋愛小説として緩いペースで進んで行きます。そして、急展開を迎えます。カーチャの秘密は精神分析学的にまあまあ納得のいく説明がつけられます。カーチャとの夏は終わりましたが、ジャンはいつまでも忘れませんでした。彼はバスク人だから。

トレヴェニアンの異色作といえるかもしれません。トレヴェニアンの中では夢果つる街とこれが好きです。
白眉はジャンがバスクの村の祝祭にカーチャの一家を連れて行く場面、祭りの描写があまりにも素晴らしい。ジャンとカーチャの幸福感が読み手にも伝わり、不吉な影のちらつく物語ながらもこの時ばかりは気分が高揚してくる。個人的には幸福感を描くのは悲劇を描くよりも難しいと思っています。
そして、強い光は影をさらに色濃くするのです(ガラスの仮面の受け売りです)。

No.35 6点 シャーロック・ホームズの推理学- 評論・エッセイ 2015/10/01 19:35
著者は疑念を抱きました。ワトソン博士は「ホームズは哲学の知識はゼロだ」と断言したが、それは本当だろうか?
論理学は哲学の一分野である。
故に論理学を知る者は哲学について無知だとはいえない。
私(著者)にはホームズが論理学を知っていたように思える。
哲学の知識がゼロなのはホームズではなくて、むしろ……

著者はホームズの推理の実例を挙げて、論理学者の観点からその推理の構造を解き明かしていきます。
有名な『あなたはアフガニスタンへ行ってましたね』を検討するところからこの作業は始まります。
ホームズに論理学の素養があったのか否か?

作品からの引用が豊富にあり、ホームズファンはなかなか楽しめると思います。が、ホームズファンならずともミステリを読むうえで参考になる部分があるのではないかと思います。論理学の入門書として読んでみるのもいいかも。
ただ、著者はこんなことも言ってます。
「優れた推理ができることと、優れた論理学者であることは必ずしも=ではない」
論理学なんてものを知らなくたってミステリは楽しめるのです。
※ホームズに興味はあるけど、論理学なんぞにはまるで興味はないという方にはちょっと辛い本かもしれません。

以下、参考までに目次を。
1 ホームズは「論理学者」か 2 ホームズとワトスンの出会い 3 観察力 4 観察と推理 5 消去による推理 6 消去による帰納 7 余剰法 8 ミルにおける帰納、演繹、仮説 9 ホームズと確率論的方法 10 分析と綜合 11 逆方向の推理 12 確率論的科学観 13 仮説形成 14 仮説形成の論理 15 ヒューウェルの帰納論 16 部分から全体へ 17 ホームズの複合的推理 18 ホームズの論理的センス 19 結論 ※この後はホームズとは関係のないダーウィンの話なので割愛します。

No.34 6点 メグレと火曜の朝の訪問者- ジョルジュ・シムノン 2015/09/26 13:02
とある夫婦が個別にメグレの元を訪れます。
夫は「妻が自分を殺そうとしている」と主張し、妻は「夫は頭がおかしい」と主張します。奇妙なことに二人ともメグレに警護やらなにやらを頼んだりはしない。だが、メグレは一抹の不安を感じて彼らの周辺を調べさせるのだが……事件は本当に起きるのか、どのような事件が起きるのか、意外というほどのことは起こりませんが、なかなかよく考えられている話だと思いました。
ちなみに夫の方がタイトルにある火曜の朝の訪問者であります。

シムノンは精神医学や精神分析にかなり関心があったようで、そうした知識を織り込んだ作品がいくつかあります(『メグレ罠を張る』など)。これもその中の一編です。精神異常者には精神異常者の論理に則った考え方があり、また、彼らは自分の考えを滅多なことでは変えない。
ただ、シムノンは精神医学に興味はあっても、そこにどっぷりと浸かりはしないでうまく距離を保っていたように思われます。

二人の女性が登場しますが、自分はそのうちの一人が大嫌いです。もっとも嫌いなタイプの女性かもしれません。
チャンドラーの『湖中の女』に登場した女性を想起させられました。
彼女らに対するメグレとマーロウの対応の違いが面白い。
「あんたみたいな冷たい女には会ったことがない」(自分の記憶ではこんなセリフでした)マーロウは本人にはっきりこう言いますが、メグレは大人なのでそういうことは言いません。
若い頃はマーロウに拍手したくなりましたが、年を取ったせいか今はメグレの対応の方が正解かなと感じます。まあ、メグレもかなり熱くなっておりましたが。
この冷たい女と対照させるべく もう一人の女性は温かい女?なわけですが、彼女にしても、温かい女というだけで終わらせないあたりはさすがシムノン。
主要登場人物のうち、誰か一人でももう少し違った性格であったり、行動を取っていたならば、もっと幸せな解決があったと思われ、それだけに酷く悲しい事件でした。
ラポワントは本当にメグレを尊敬しているのだなと感じさせて貰えたのが救いか。

No.33 8点 七人のおば- パット・マガー 2015/09/21 12:10
少なくとも私はこういう形式のミステリは他に読んだことがありません。真似する人が少ない理由は事件そのものを書くことができないため、ミステリとしては興醒めになってしまう可能性が高く、そのうえ(書き手から見て)難易度が高いからだと思われます。
ピーターはサリーの長い回想から「殺人を犯したと考えられるおばさんは一人しかいない」と結論します。ですが、あの回想から他のおばさんが殺人を犯していないと断言するのは無理がある。そして、あのおばが殺人を犯したんじゃないかと推定はできても、断定できないと思うのです。なんかミステリとしてはスッキリしない。でも、あのおばが夫を殺したということで腑には落ちる。この作品の場合はこれで充分だと思います。
探偵役のピーターと読者はサリーからの情報を共有しています。普通のミステリはフェアな手段で読者と探偵が情報を共有しないよう工夫を凝らし得るのですが、この形式ではそれをやるのは完全にアンフェア。
なので、犯人はこいつだと断定できるように書くと、読者に犯人がバレバレになってしまいます。
斬新で難易度が高いこの形式を成立させただけでも評価されていい作品では?

この話では語り手は信頼できるし公平でなくてはいけません。サリーは基本的にはどのおばに対してもニュートラルな態度であり、自分の意見を差し挟まず、好悪もほとんど出しません。これを守らないとグチャグチャになりますから。もちろん、どのおばも同じくらいの比重で扱います。サリーにはどの話が幹でどの話が枝かもわかっていないわけだし、そもそも枝を払ったら幹が丸見え。幹の割に枝が多過ぎるのは作品の形式上仕方のないことだと思います。
この枝を読ませるものに仕立て上げないと作品の評価も当然下がるわけで、作者は余計な苦労を背負いこみつつ頑張りました。

他の方も指摘されているようにキャラの書き分けが素晴らしい。七人のおばが七様の問題と個性を抱えている。彼女たちにそれぞれ物語を与えて、なおかつ散漫さを最小限に抑え、いや、もう作者は頑張りました。私は評価します。


No.32 8点 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー 2015/09/11 20:23
「このトリックには、さすがのわたしも脱帽する」
アガサ・クリスティ女史がこのように言っていたそうですが、このトリックを活かすための繊細で巧妙な筆致に女史は驚いたのではないでしょうか。
彼女は操られ易い人間だとかなんだとか言っておきながら、実は操られていたのは読者だった。
思いついてしまえば、多少書き方がまずくとも読者を驚かすことが可能なトリックもあれば、思いついたその先に、うまく書かなくてはならないという新たな課題を要求するトリックもあります。本作のトリックは完全に後者です。そして、自分はそのうまさに感心しました。読者に読み違いをさせるように仕向けた場面、会話が自然でうまい。故に埋伏の毒が成立する。
小粒感ある作品ですが、技巧的にはかなりのもの。再読必須。
けれん味たっぷり、大掛かりなトリックで読者を驚かす作家というのがカーのイメージだったので、良くも悪くも期待を裏切られました。

No.31 8点 虚無への供物- 中井英夫 2015/09/04 00:27
氷沼家につきまとう業、素人探偵たちが殺人事件の発生を予感していたら本当に氷沼家の人間が密室で死亡。連続殺人?が幕を開ける。ケレン味たっぷりで思わせぶりな始まり。だが、どこか不謹慎な探偵役の連中にどうも違和感があった。人が次々と死んでいくも連中はどこか軽い。有能とも思えない。
いくら読んでも事件解決の方向性すら見えない(探偵連中の意見がまるで一致しない)。はてさて解決手段は論理に傾くのか、あるいは怪奇趣味、耽美趣味に傾くのか、さらには衒学的でこれらは事件の解決にどう役立つのか? とにかくいろいろぶちこんで読者をヤキモキさせておいて、作者は現実世界に関心のなさそうな御仁なのに実は時事問題にも目を配っているようで社会派の顔も見え隠れする。私は混乱し、そして、解決、なんかすっきりせず。しかも罪悪感を抱かされる。 

人物造型は意外と現代的なところもあり、ライトノベルやBLの読者に受けるかも。BLもラノベもそれほど読んでおりませんが。男ばっかりの小説なのにどこか艶めかしい雰囲気がある。
特筆したいのはときおり顔を覗かせる美しい文章。
書き出しからして素晴らしい。情景が自然に、鮮やかに頭に浮かぶ。意識の流れならぬ視線の流れを順序良く丁寧に追っている。渾身の書き出しだと思う。
さらにこの書き出しが結びと対になっている(書き出しで浮かんで、結びで消える)のもまたいい。

初読時の感想↓
読者に古典ミステリの知識を求めるなど明らかに推理小説ファンに向けて書かれているわりには推理合戦や密室の作り方など、ミステリ部分がお粗末に感じられた。そこがもっとよくできていたら、とんでもない傑作だったかも。
再読時の感想↓
ミステリとしてお粗末、探偵役の連中がどうも不謹慎に感じられる、久生がウザイなどの瑕疵は瑕疵ではなく作者の計算だったのでは。

結論 ミステリを書いているとみせかけて、ミステリを破壊する。そのことにより文学的なテーマが浮かび上がる。ミステリの可能性も広がる。カラマーゾフの兄弟でドストエフスキーは神を破壊し、その後、再構築しようとした(再構築する前に作者は死んでしまった。ドストエフスキーは彼のアリョーシャになにをさせようとしていたのか……)。その試みに通ずるものを感じた。志の非常に高い作品ではあるが、ミステリとして凄いのかどうかには疑問もある。

※ミステリではありませんが、幻想博物館などの幻想短編小説もオススメです。

No.30 7点 告白- 湊かなえ 2015/08/27 19:27
共感できる人物が一人もいなくて、愚かだか同情はできる人物が辛うじて一名いるのみ。たまに読むならこういうものもなかなかいいものです。
陰鬱な話ですが、リーダビリティは高い。良くも悪くも軽いので難癖をつけつつも先が気になって一気読みしてしまいました。視点が交錯するシーンはかなり面白い。エンタメとしてはよくできていると思います。
あちこち無理がありますが、最も気になった点を。この話はクラスの生徒たちが先生の告白を親に黙っていないと成立しません。が、これは誰かが絶対親に話すでしょ。
6点か7点か迷いましたが、リーダビリティの高さを鑑みて7点としました。

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tider-tigerさん
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